ハイジャックされたANA600便が、空き地島に着陸した翌日の朝。
私、橘小鳥の戦兄である猿飛京夜先輩が、単独の依頼のために出かけて行ってしまいました。
依頼の内容は詳しく教えてはもらえませんでしたが、おそらくEランクの武偵が受けるような依頼ではないのだろうとか勝手に思ったりしてます。
だって、京夜先輩は本当に凄い人だから。
そんなことを考えながら、登校の支度を整えていった私は、今日も元気いっぱいな友人、昴と一緒に余裕を持って部屋を出ていきました。
登校した武偵高では案の定、昨夜のハイジャック事件の話で持ちきりでした。
なんて言ったって、学園島のすぐ近くの空き地島に飛行機が着陸してきたんですから、話題にならない方がおかしかったりしますが。
京夜先輩の部屋のベランダからも、その光景がバッチリ見えてましたので、私も着陸の瞬間を見ていたりしました。
いやぁ、よく着陸出来たなぁとか本気で思ったりしました。
しかもその飛行機を着陸させたのが、武偵高の生徒さんだと言うからさらにビックリです。
高校生が飛行機の操縦なんて出来るんですね……車輌科の生徒さんだったのでしょうかね。
京夜先輩はその着陸の手助けをしてきたと昨夜帰ってきて説明してくれましたが、詳しいことは聞けずじまいのままでした。
今日学校に着いてから、無断で車輌科のモーターボートや照明器具が持ち出されて、それを行なった武偵さん達が反省文を書かされていると聞きました。
たぶん京夜先輩もその中にいたはずなんですが、どうしてお咎めなしなのでしょう?
不思議で仕方ないです。
そんないつもより騒がしい武偵高の私のクラス、1年C組でそれでもいつも通りに一般授業を受けていた私は、話半分に先生の話を聞きながら『あること』をしていた。
教科書を前に立てて手元を見えないようにして、その隠れた空間で携帯を開いて調べものです。
何を調べてるかと言われれば、未だに謎の多い京夜先輩についてです。
以前、徒友契約をする前に京夜先輩について少し調べたのは記憶に新しい。
だけどその時わかったのは京夜先輩が漠然と『凄い人』だってことくらいで、具体的なことは未だ何1つ知らないんですよねぇ……
今週から晴れて諜報科に転科して、これから本格的に色々と教わることになるし、自分の戦兄について何も知らないなんて恥ずかしいですしね。
そんなわけで、京夜先輩が出かけていないうちに、色々とやってみようというわけです。
あっ、そういえば京夜先輩が帰ってくる間にやっておくように言われたこともあったっけ。
そっちはまあ、協力してくれる友達がいるから大丈夫かな。
えーっと……前は京夜先輩の簡易プロフィールだけ調べたから、今回はもう少し深いところも調べようっと。
武偵高のデータベースからだと、調べられることも限られるけど、それでも色々とわかることもある。
ふむふむ、京夜先輩は京都出身で、かの有名な『真田家』の側近の一族の子孫なんだ……
「って、えーーーー!!」
「ど、どうしましたか? 橘さん?」
京夜先輩の家系図を見て思わず声が出てしまった私に、先生が訝しげな表情でそう問い掛けてきた。
は、恥ずかしい……
「な、なんでも、ありません。すみませんでした」
うぅ、みんな笑ってるよぉ……いっそこの場から消え去りたい。
そんな恥ずかし体験をしたあと、みんなが再び授業に集中していったのを確認した私は、改めて情報収集を始めた。
えっと……真田家っていうと、あの真田幸村……正確には真田信繁が有名な家系だよね。
うちのクラスにも
そして京夜先輩の名字は猿飛。
ここから推測すると京夜先輩の先祖は猿飛佐助。かの真田十勇士の長か……
猿飛佐助は生前、忍の術を用いていたとされてる。
それが関係してるのかはわからないけど、京夜先輩もそれらしい技術を多数習得してる。
京夜先輩の諜報科での評価は最低のE。
それが示すように訓練内容でも射撃は諜報科で最下位。
潜入も下の下。破壊・工作も落第点ギリギリ。
本当に目も当てられない落ちこぼれぶり。
まともな平均値に達してるのが徒手格闘と投躑術のみ。
依頼もパーティーを組んだことがほとんどなくて、ほぼ単独行動タイプ。
そんなデータ実績から諜報科の中では『反面教師』と呼ばれてる、と。
そういえば諜報科にいる時の京夜先輩って、みんなからすごく避けられてるっていうか、眼中にないですって感じだったなぁ。なんだか嫌な感じ。
みんなわかってないんです。京夜先輩が本当は凄い人だって。
この前のバスジャック事件だって、バラバラなみんなをうまくまとめて先頭指揮を取ったって報告にあるんですから!
このぶつけようのない憤りを私は胸の内に秘めるしかないのが、凄く歯痒いです。
えっと、気を取り直して次は京夜先輩の依頼内容を。
依頼は諜報科ですから、潜入調査なんかが主で、苦手なんでしょうか、破壊工作の依頼は1件も記録がありませんね。
使用してる武装は手動巻き尺式の籠手型ワイヤーを右腕に常備。
懐に刃渡り30センチの小刀と投躑用クナイを数本。
ピッキング他を行うための万能ツールも常備。
比較的軽装なんですね。帯銃もしてませんし……ってそっか、京夜先輩は射撃がダメなんだっけ。
えっと……右腕に装着してるワイヤー装備は
いい仕事するなー、平賀先輩。
でも平賀先輩って武器の違法改造とか普通にやってくれる代わりに仕事が雑な時があって、それでいて報酬がぼったくりだって評判が。
そのせいで本来は装備科でSランクの実力なのにAランクに止められてるとかなんとか。
おっとっと。今は平賀先輩はどうでもいいんだよねぇ。
それでこの武装の名称が『巻き尺式籠手型ワイヤー』、通称『ミズチ』。
名前がカッコいい。京夜先輩も教えてくれればいいのになぁ。
キーンコーンカーンコーン。
そこまで調べ終わると、授業終了のチャイムが鳴って休み時間に。
みんなが思い思いの時間を過ごす中、私は開いていた携帯を閉じて机にとっ伏していた。
「小鳥殿、先程はどうしたでござるか?」
そんな私に話しかけてきたのは、同じクラスの友達の
陽菜ちゃんは長い黒髪のポニーテールで、いつもマフラーのような布を首に巻いて両手で印を結んで「忍!」とかやってるちょっと変わった子です。
まぁ、私が言えることではないのですが。
陽菜ちゃんはなんでも高名な忍の末裔とかで、そのせいか言葉も若干古い感じですが、今ではまったく気になりません。
専門は諜報科でランクはB。
諜報科らしく情報収集が得意で、転科した私に良くしてくれる一番の親友です。
あっ、昴も一番ですよ。人間以外ではですがね。
そんな陽菜ちゃんの質問に私は顔だけ陽菜ちゃんに向けて机にとっ伏したまま答えた。
「ちょっと京夜先輩のこと調べてたんだよねぇ」
「猿飛殿をでござるか?」
「うん。私、京夜先輩の戦妹にはなれたけど、まだ全然京夜先輩のこと知らないなぁって思って」
そういえば京夜先輩が猿飛佐助の子孫なら、忍の末裔である陽菜ちゃんもいくらか知ってることがあるかもしれないよね。
「猿飛殿は普段から抜かりがない人でござるから、なかなかにその正体を掴むのは難儀でござるよ。拙者も師匠とよく一緒にいる人物故、ずいぶん前から色々探ってはみてるでござるが、さっぱりでござる」
「師匠って、陽菜ちゃんの戦兄の……」
「遠山キンジ師匠にござる」
遠山キンジ先輩。
去年の冬まで強襲科にいた武偵で、今は探偵科に転科してしまっている。
驚きなのはあの強襲科で最高のSランクだったってこと。
でも転科した探偵科では最低のEランク。
なんだか京夜先輩に似た感じの方です。
「陽菜ちゃんでも探れないんじゃ、私には無理だよぉ」
机にとっ伏していた私は、陽菜ちゃんの言葉を聞いてさらに脱力してしまう。
「しかし、ここ最近はその実力を少し面に出している節があるでござるよ。その傾向が見え始めたのは、神崎殿と接触してからでござる。おそらく神崎殿との接触によって、猿飛殿になんらかの変化が生じたのだと拙者は推測してるでござるよ」
神崎……神崎……って! 神崎・H・アリア!?
強襲科のSランク武偵さんじゃないですか!?
そんな人と知り合いだなんて、知らなかった……
それを聞いて思わず机から飛び起きた私。
陽菜ちゃんもそれにはちょっと驚いたりした。
「……もしかして、昨夜のハイジャック事件って、アリア先輩が絡んでる?」
「その通りにござるよ。小鳥殿は本当に何も聞かされていないのでござるな」
「昨日は疲れた顔をしてたから詳しく聞かな……はっ! な、なんでもないよ陽菜ちゃん。はははっ」
あ、危ないよ!
私が京夜先輩の部屋に居候してることは秘密なんだった!
そんな私の不可思議な言動に案の定陽菜ちゃんは首を傾げていた。
マズい。話題を変えよう。
「そ、そういえば京夜先輩から無音移動法の練習をしておくように言われてたんだけど、陽菜ちゃん今日付き合ってくれる?」
「……問題ないでござるが、放課後は修行がある故、それまでならお相手つかまつるでござるよ」
「ありがとう陽菜ちゃんっ!」
良かったぁ。なんとか誤魔化せ……
「それから小鳥殿が猿飛殿の住居に居候してるのはすでに承知してるでござるよ」
てなかったよ!!
でも気を遣ってくれたのか、私にだけ聞こえるように耳元で言ってくれた陽菜ちゃん。
たぶん他人には話さないでいてくれるんだと思う。
あ、ありがとう陽菜ちゃーん。
そこまで話すと授業開始のチャイムが鳴ったので、陽菜ちゃんも「忍!」とか言って自分の席に戻っていって、私も脱力状態から気を引き締めて授業に取り組んでいきました。
……私の膝の上で昴がすやすやと寝てるのが凄く気になりますが。
そんなわけで一般授業が終わって、専門学科での授業。
私と陽菜ちゃんは諜報科の専門棟内の自由訓練スペースに移動して、無音移動法の練習をし始めました。
練習って言っても、陽菜ちゃんは元々出来たりするので、私が陽菜ちゃんからアドバイスをもらって実践する形に自然となるわけなんですが。
教わってみてわかったけど、無音移動法ってかなり難しい。
陽菜ちゃんが言うには「己を自然と一体化させるのでござる」ってことだけど、なんか精神論を言われたみたいな感覚で正直コツすら掴めないよぉ。
京夜先輩は京夜先輩で摩擦がどうだ接触角度がなんだとやたら現代科学っぽい教え方だったし、何故か根本的に理解できない。
同じ技術なのにどうして理屈が違うの! 教えて偉い人!
「小鳥殿。始めはゆっくりやってみるでござるよ。抜き足差し足忍び足と昔も言われている歩法故、本来であれば走ったりすることは前提にはないのでござる。拙者も走るとなるとそれなりに気配が漏れてしまうでござるし、猿飛殿もそこまでの要求はしていないのではござらぬか?」
あっ、そうなんだ。
陽菜ちゃんでも完璧に出来ないなら私が変に落ち込むこともないかな。
それに京夜先輩も陽菜ちゃんが言うように「日常生活で自然に扱えるように」って話だったし。
それでもハードル高い気がするけどなぁ。
「でも音を立てずにゆっくり歩くのとは違うんだよね? 私にはその違いがよくわからないんだけど……」
「大雑把に言ってしまえば実践的かどうかの違いでござろうな。武偵憲章にもござろう? 『行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし』と」
確かにそうかも。
実際の任務では機敏に動けるに越したことはないし、迅速性を求められることがほとんど。
使えない技術は切り捨てられるのが現実。
「しかしまぁ、小鳥殿にも向き不向きというものがあるでござろうし、身につかぬ技術なら見限ってしまうのもまた1つの選択にござる。自分の長所と短所を知ることも大事にござる」
自分の長所か……
短所ならたくさんあるけど、長所ってなんだろうな……
そんなことを考えながら陽菜ちゃんが修行と言う名のアルバイトに行く時間まで無音移動法の練習を繰り返しました。
陽菜ちゃんと別れた私はそのまままっすぐ帰宅。
留守を任された部屋でさっそく夕飯を作り始めました。
でも……京夜先輩が帰ってこないってわかってると、少しだけ寂しいかな。ご飯も作り甲斐がないし。
そんなことを考えながら料理をしていると、それを察したように昴が私の頭の上に飛び乗ってきてくちばしで突いてきた。
僕がいるだろって?
……うん、そうだよね。昴はずっと私の傍にいてくれたもんね。ごめんね。それからありがとう。
言葉にしなくても昴は私の考えがわかるみたいで、満足したのか頭から飛び立ってテーブルに移っていきました。
それから昴と一緒に夕飯を食べて、後片付けを済ませた私は、いつもなら京夜先輩からご指導をもらう時間になってから、やることがなくなってしまった。
「昴ぅ、何しよう……」
本当に何も思い浮かばなかった私は、つい昴に問い掛けてしまう。
昴に聞いたって仕方ない……え?
「お部屋の掃除?」
なんか凄い意見が返ってきた!
そっかそっか、お掃除ね……その手があったか。さすが昴様。頼りになります。
そんなわけで急遽お部屋の掃除をすることにした私。
京夜先輩の自室はプライバシーとか色々あるのでノータッチですが、そこ以外はバッチリやっちゃうぞー。
そして三角巾にエプロンと装備を整えた私が動き出したのです。
ピカピカになって見違えた部屋を帰ってきた京夜先輩が見たらなんて言うかな?
最初は驚くのかな。それで京夜先輩からありがとう、なんて言われちゃったりして。
そ、そうなったら嬉しいな。
「やっぱり――いた!! 神崎! H! アリア!!」
うわっ!? な、なに!?
声からして下の階の部屋からだよね……
「ま、待て! 落ち着け白雪!」
「キンちゃんは悪くない! キンちゃんは騙されたに決まってる!」
な、なんだか物騒なことになってそうですね。
あっ、でも京夜先輩に「下の階で何かあっても気にするな」って言われてたっけ。
「この泥棒ネコ! き、き、キンちゃんをたぶらかして汚した罪、死んで償え!!」
「や、やめろ白雪! 俺はどこも汚れてない!」
「キンちゃんどいて! どいてくれないと、そいつを! そいつ殺せない!」
「き、キンジぃ! なんとかしなさいよ! な、なんなのよこの展開!」
……すっごい気になるんですけど。
武偵高の生徒は基本的に好奇心が旺盛。
私も例外じゃないみたいです。
ってことで、京夜先輩ごめんなさい。
思い立ったが吉日。
私はフック付きのロープをベランダのてすりに固定して、レスキュー隊みたいにロープで下の階に下降を試みた。
「天誅ぅ―――ッ!!」
降りたベランダから見えた中の光景。
それは私の想像を遥かに越えた戦場だった。
巫女装束に日本刀を持った黒髪の女の人が、ピンクのツインテールの女の人に容赦なく斬りかかったんです。
さらに驚きなのは、その振るわれた日本刀を左右の手で挟んで止めた相手の人。
し、真剣白羽取りなんて現実に使える人がいるんだ……世の中広いなぁ。
それからその2人の冗談抜きのマジバトルが勃発。
部屋は見る見るうちに無残な姿へと変わり果てていきます。
だって、1人は日本刀を振り回し、もう1人も2丁拳銃を抜いてバシバシ撃ったかと思うと、すぐに背中から2本の小太刀を抜いて応戦したりともうメチャクチャ。
そういえばここって男子寮なのに、どうして女の人がいるのでしょうか?
京夜先輩の部屋に居候してる私が言える立場ではないですが。
ロープにぶら下がりながら私がそう考えて観察していると、中にいた男子生徒さんがベランダに出ようと近付いてきました。
たぶんこの人がこの部屋の住人なんでしょうね。
って、覗いてたのバレる! 気付かれる前に退散しなきゃ!
そこで焦った私は、迂闊にも手を滑らせてそのまま下のベランダへと落ちてしまった。
しかも丁度男子生徒さんがベランダへ出てきたバッドタイミングで。
「うおっ!?」
「キャッ!」
私はその男子生徒さんに突っ込む形でベランダに不時着し、その人を下敷きにしてしまいました。
あぅ……どうしよう。
とりあえず急いで男子生徒さんから退いた私は、その場で土下座。
顔も見れませんよぉ……
「す、すみませんすみません! ちょっと騒がしかったのが気になってチラッと覗いてました。どうかお許しを!」
あぅ……許されなかったらどうしたらいいかわからないよぉ。
「あぁ……その……なんだ……こっちも騒がしくして悪かったな」
でも、返ってきた言葉は意外にも謝罪だった。
それには私も思わず顔を上げてきょとんとしてしまった。
「とりあえずあの2人が危ないから、お前は元いた場所に戻れ。死にたくなけりゃな」
そして目の前の男子生徒さんは、部屋の中で大乱闘をする2人の女の人を指しながら私に戻るように促してきた。
確かにこちらに飛び火する可能性があるかも。
「は、はい! 本当にすみませんでした!」
「……ところで、上の階から来たみたいだが、もしかして猿飛の知り合いか何かか? 女子が男子寮にいるってのも変だが……」
ギクッ!
こ、答えづらい質問が……
って、京夜先輩を知ってる風な物言いだった気が。
「わ、私は猿飛先輩の戦妹の橘小鳥って言います! あなたは猿飛先輩を知っているんですか?」
「知ってるというかなんというか、同じクラスだからな。それにしても猿飛に戦妹がいるとはな……」
京夜先輩のお知り合いでしたか。
「あの、お名前は……」
「俺か? 俺は遠山キンジ」
遠山……キンジさん。って、陽菜ちゃんの戦兄だよ!
こんな近くにいたんだ……
「それより早く戻れ。俺も物置に避難する」
そう言った遠山先輩は、ベランダに備えられた防弾性の物置にそそくさと隠れだし、私も聞いてから慌ててロープを掴んで上の階に戻っていき、騒がしい下の階を気にしつつも部屋の掃除をしていったのでした。
あとから知りましたが、あの部屋の中で大乱闘を繰り広げていた2人は、武偵高生徒会長の星伽白雪さんと、あの神崎・H・アリアさんだったとか。
なんだか京夜先輩が下の階で何かあっても気にするなと言った意味がわかった気がしました。
あんな環境、危なすぎますよね。