宣戦会議の締めを語っていたジャンヌに割り込むように不穏な言葉と怪しい笑みを浮かべたヒルダ。
どう考えても良いことは起きないだろう。
「……? ――もう、か?」
「いいでしょ別に。もう始まったんだもの」
「待て。今夜は……ここでは、お前は戦わないと言っていなかったか」
「そうねぇ。ここはあまりいい舞台ではないわ。高度も低いし、天気もイマイチよ。でも、気が変わったの。折角だし、ちょっと遊んでいきましょうよ」
そう話しながらにオレとキンジを見るヒルダとジャンヌ。
よく見ればジャンヌはマバタキ信号で「逃げろ」と送ってきている。
その間、同時にデュランダルを持ち上げたジャンヌは、その刃に氷を纏わせ、ヒルダは足元の自分の影に溶け込んで姿を消した。
その光景に驚愕するキンジは棒立ち。手に持つベレッタも対象が定まってない。
「遠山、逃げろッ! 30秒は縛る!」
影に潜んだヒルダがキンジへと近寄ってくる中、ジャンヌは叫んでデュランダルをうごめく影に投げつけてザクッ!
と影と地面とを縫い付けた。
「臆すな! バカキンジ!」
それでもまだうごめく影に危機感を持ったオレは、棒立ちのキンジの尻に割と加減なしのキックをお見舞いして無理矢理に動かす。
こっちだって逃げたいんだ。だがお前を置いてくと怖い巫女さんやら何やらがいるんだよ。
そうしてキンジに活を入れた矢先。
不意に視界に入った玉藻様が、学園島の方を向いていることに気付き、オレもそちらを見ると、ゾロゾロと他のやつらもそちらを向いた。
その数秒後、その方向から小型のモーターボートの走る音が聞こえてきて、この空き地島に接舷する音がしてから、その辺りから見覚えのある姿が現れた。
「SSRに網を張らせといて正解だったわ! アタシの目の届くところに出てくるとはね。その勇気だけは認めてあげるッ! そこにいるんでしょ!? パトラ! ヒルダ! イ・ウーの残党! セットで逮捕よ! 今月のママの高裁に、
神崎・H・アリア。
そのカンの良さは認めるが、状況把握が全くできてないぞ。
今お前が暴れたところで、命を無駄に散らせるだけだ。
「ア、アリア! 今はマズい! ここには……」
キンジも叫ぶが、アリアはその手にガバを抜いて尚も接近してくる。
そのアリアに振り向くLOOと音を上げる巨大メカ。
その動作で警戒レベルを上げたアリアが、いきなり発砲。
巨大メカの頭上に位置していた風車のプロペラを折ってその重量で巨大メカを潰した。
あれ、まだ敵かどうかも微妙だったよな。
その様子に心底楽しそうに踊り始めたのは、身の丈以上の斧を軽々と持つツノ少女ハビ。こいつは無視していいのか?
それと同じように潰れた巨大メカに爆笑していた魔女カツェ。
その背後にはそろりそろりと大剣を振りかぶるシスターメーヤが。
「厄水の魔女……討ち取ったりィーーーーッ!」
……取る気あるのか?
折角の背面攻撃を台無しにしてる。
しかしそのメーヤに最初から気付いていたらしいカツェは、その手に西洋短剣を持ち出して切り結んだ。
「あー、メーヤ……お前ホント、いっぺん死なないと治らねェなァ。そのアホさ」
オレと同じようなことを言葉にしたカツェは、短剣で大剣をいなすと、大剣は足元のコンクリートに落ちて突き刺さった。
「お、大人しく斬られないとは……ああ神よ、この者の罪をお許し……いえ、許さなくて結構です! 神罰代行ッ! 謹んで務めさせていただきます!」
そう言うメーヤは、すでに肩で息をしながら大剣を下段に構える。スタミナないなぁ。
そんなメーヤに対して、カツェはその懐から骨董品のような形状の銃を取り出しメーヤに数発ほど発砲するが、明らかに有効距離内にも関わらず、その弾は1発としてメーヤには当たらなかった。
そのメーヤも当たらないのがわかっていたような顔である。
「チッ。やっぱダメかよ。とことん運のいいヤツだな」
やっぱ、と言った辺り、あらかじめ予測していた節のあるカツェは、その銃をすぐにレッグホルスターに収めて短剣を構え直しメーヤめがけて駆ける。
2人が切り結ぶ直前。
その間に素早く割って入った人物がいて、その人物、カナさんは、持っていたサソリの尾の背で大剣を、柄で短剣を器用に静止させていた。ホントズルいよな、HSSって。
そうして動きを止めてすぐに腕の方向を変えてメーヤとカツェのバランスを崩して転ばせた。
「お2人さん。今はまだ――ちょっと早いわ。もう帰りましょう? ね?」
転んだ2人に笑顔で語ったカナさんは、それでまた霧の中へ後退。
そのタイミングでアリアがオレとキンジの元まで辿り着いた。
「アリア、今はギャアギャア暴れてる場合じゃないぞ。そのくらいわかるな」
「ギャアギャアなんてしてない! でもそうらしいわね。最初は霧でよく分かんなかったけど……」
オレの言葉に1度噛みついたアリアだったが、そんなこともどうでもよくなる状況だと理解はしたようで、その手のガバを威嚇するように周囲に向けた。
「パトラはキンジのお兄ちゃんと一緒みたいだし――ヒルダは、逃げたみたいだし」
アリアに言われてさっきデュランダルに縫い付けられていたヒルダを見てみると、確かに影はなかった。
でもなぁ、オレのカンはアリアより冴えてる時がある。
こと危険予知に関しては、だが。それによると、非常に良くない空気だ。
それで改めて周りを見回してみると、リバティー・メイソンを名乗ったトレンチコートを着た男はいなく、キンジの足元には手毬に化けた玉藻様。
さらにさっきの巨大メカの中から出てきたスクール水着みたいな紺色のコスチュームを着た女の子が、アリアを指してルールー! と喚いてどこかへと逃げてしまった。
「なぜ来た、アリア……! 気をつけろ、ヒルダはまだいるッ。それも、近くに……! 逃げるぞ! ヤツはイ・ウーから――『緋色の研究』を盗んでいる! 危険だ!」
そこへ地面からデュランダルを抜いてジャンヌが近寄ってきて、この周囲にダイヤモンドダストの霞を作り出しオレ達の姿を隠していく。
このダイヤモンドダストに紛れて逃げる算段だな。
ジャンヌの意図を瞬時に理解したオレは、そのダイヤモンドダストが濃くなるのを待ち、タイミングを図っていたのだが、不意にアリアの影の中からヒルダが現れて、その背後を取った。
「――
おそらくルーマニア語で何か言ったらしいヒルダは、その左手でアリアの後ろ首を掴んで捕らえる。
――パァン!
そのヒルダに対して先手を打ったのは、プロペラの上にいたレキ。
レキの撃った弾はヒルダの頭部を左上から右下へ貫通。したのだが、そのヒルダはアリアから手も放さずに頭をグラリとさせただけ。やっぱりブラドと同じ、か。
「愚かな武偵娘に、おしおきよ」
撃たれても平然としていたヒルダは、笑いながらその口を開いて、鋭く伸びる2本のキバを見せてアリアの首に突き立てた。
悲痛で声にならない声を上げるアリアの顔のすぐ脇を、ヒルダめがけてジャンヌがデュランダルを突くが、ヒルダはアリアから離したキバでデュランダルを受け流して距離を取った。
「嬉しい誤算だわ。私は
そんなヒルダの高笑いに苛立ちを覚えつつ、アリアの様子をうかがうと、死ぬようなダメージではなかったようだが、がくっと片膝をついてしまっていた。
「毒――か!?」
「……マズいぞ、遠山の。毒よりマズい事になりそうじゃ」
そんなアリアの様子にキンジが毒かと予測するが、その足元に転がっていた手毬状態の玉藻様がそれを否定。
毒よりマズいって、どういうことだ?
その疑問は、次に起こったアリアの変化で解けることとなった。
何やら苦しそうにし出したアリアの体から、緋色の光が漏れ始めたのだ。
これはパトラと戦った時に、ピラミッドの上部を根こそぎ消滅させたあの光と同じものだ。
おそらくはアリアの体に継承されたという緋緋色金が発光しているのだろう。
しかし何故? ヒルダのヤツは何をした?
「ヒルダめ。お主、『
「光栄に思いなさい。史上初よ。
そうやって玉藻様はヒルダと話をしてから、手毬の状態からさっきの子供の姿へと戻り巫女や神主が持つ御幣を持って構え、シスターメーヤにも何やら『戻せ』と指示をした。
そのすぐあと、アリアの体から緋色の光がいくつか散り散りに飛び、そのうちの2つほどを出た先から玉藻様とシスターメーヤ、ジャンヌが打ち合わせたように御幣や剣で受け止めて押し戻しアリアの体に戻した。
しかし飛び散った残り5つの光は、ヒルダ、カツェ、ハビ、諸葛、パトラ。眷属に属した面々の手に渡ってしまった。
光は収まるとどうやら小さな宝石のような固体になったようで、それが何なのかはわからないが、玉藻様の慌てようから良い予感はしない。
その宝石のような固体を手に入れた眷属のメンバーは、みな歓喜してから霧に紛れて一斉にこの場を離れていく。
この状況を作り出したヒルダも、高笑いしながら自らの影に沈んで消えていく。
「猿飛の! 誰でもいい! 追ってあやつらから『殻金』を奪い返してこい!」
その光景に唖然としていると、玉藻様がオレにそんな指示をしてきたので、何がなにやらといった感じではあったが、幸姉の件もあったので藍幇の諸葛をすぐに追った。
立ち込める濃霧を突き進んで空き地島の北端まで辿り着くと、そこでは小型のクルーザーに今まさに乗り込もうとしてる諸葛の姿があった。
諸葛はいち早くオレの気配に気付いてクルーザーに乗り込んでからその動きを止め、オレと相対した。
「これはこれは、猿飛京夜さんではありませんか。あの中で最も戦闘力の低い私を追うとは、中々に冷静な判断です。さすがは狙姐が認めた男、といったところでしょうか」
「別に勝算とかは度外視してたんだが、確かにあの中で一番なんとかできそうなやつとは思った。だから強行策に出る前に、ヒルダから受け取った殻金、だったか。そいつを渡してくれ」
「残念ながらそれは叶いませんね」
諸葛は戦闘能力ではオレに劣ることは理解しているようだが、それでもオレから殻金を奪われない自信があるのか、笑顔を崩さずに返答してきた。
その自信が何なのかよくわからなかったが、言葉でダメなら強引にやるしかない。
そう思い臨戦態勢に入ろうとした瞬間、諸葛の後ろ、クルーザーの中から1人の少女が姿を現した。
その少女は、長い黒髪の小学校高学年くらいの背丈で、名古屋武偵女子高のカットオフ・セーラーを身に纏っていた。
ナゴジョには、防弾制服の布面積を可能な限り減らすことで『自分は絶対に撃たれない』とアピールする風習があり、この少女も腹が丸見えの上着と限界まで短くしたスカートを履いている。
その少女と目が合った瞬間、オレは直感で悟ってしまった。
――勝てない。
と。それで諸葛の自信の根拠が判明し、距離を詰めることすら叶わなくなったオレは、その少女への警戒レベルを最大まで引き上げて、懐から幸姉の手紙を取り出そうとした。
その瞬間、少女の頭上に光の粒子が天使の輪のように形を成して出現し、その右目が赤く光った。
――パッ!
そしてその光は一瞬前までオレの眉間があった場所を通り過ぎていった。
あまりにも突然に『死の回避』が発動し、首が左へ勢いよく曲がったオレは、そうなってから初めて攻撃されたことを自覚。
正直なにをされたのかすらわからなかったが、あの光が即死レベルのものであったのは間違いない。
意図としない首の曲がり方で多少痛めたが、それを気にしてる余裕もなかったオレが、光を放った少女を見ると、意外にもその少女の方が驚いた顔をしていた。
しかし次には愉快そうな笑みを浮かべてオレをまっすぐに見据えた。
「……この辺でやめておきましょう。私もここであなたと戦うメリットがありません。もっとも、あなたが藍幇に来ていただけるなら歓迎しますが」
「やめとけ。諜報科は手駒にするのが難しい部類だからな。みすみすアジトに連れていく愚行は避けたいだろ?」
そんな今にも襲いかかってきそうな少女を制するように諸葛が割って入るが、その表情は今までより余裕がない。
おそらくこれ以上やれば少女を御しきれない可能性があるのだろう。オレもここで死にたくはない。
そう思って警戒レベルを下げると、少女の方もシラけたかのように闘志を消したのがわかった。
それから懐にあった幸姉の手紙を諸葛に投げ渡すと、諸葛はそれを受け取ってオレを見る。
「うちの姫様からのプレゼントだ。中身は知らないから帰ってからでも読め」
その言葉で、手紙の差出人が真田幸音だとわかった諸葛は、そこで堂々と封筒を開けて手紙を読み始めて、その内容に笑いを漏らした。
「あなたの姫は怖いですね。これから気を付けるとしましょうか」
「なんて書いてあったんだ?」
「いえね、これから日本で合法じゃないビジネスをすれば、容赦なく『潰す』そうですよ。あの方にはココ姉妹が苦汁を飲まされた月華美迅やあなたのサポートもありますし、非常に厄介な相手です。敵に回さないようにしなくてはなりませんね」
そうは言ってみせる諸葛だが、あの言葉の裏には『目の届かないところでなんとか』という意味が含まれていることを理解する。
つまりビジネスをやめるつもりはない。幸姉も言ってやめるなんて思っていないはずだから、牽制の意味で渡したのだろう。
「藍幇が手に入れた殻金はオレが取り戻す。次会った時は覚悟しておけよ」
「藍幇も簡単にやられるような組織ではありません。あなたもそれを覚悟した上でまたお会いしましょう」
その会話を最後に、諸葛と少女はクルーザーで空き地島をあとにしていき、オレは濃霧とあの少女の危険が去るまでその場を動くことができなかった。
これから、あんな化け物と戦う事になるのか。
幸姉……オレ、あの時の選択、間違ったかもしれん……
結果的に何もできなかったオレが、すっかり霧の晴れた空き地島を歩いて曲がり風車の近くまで戻ってみると、そこにはすでにキンジと玉藻様。それからシスターメーヤと気絶したアリアしかおらず、ジャンヌとレキの姿もなかった。
おそらく2人も逃げた眷属の誰かを追ったのだろう。
「殻金は取り戻せたかの?」
「いえ、未知数の強敵に阻まれまして……すみません」
「気にするでない。儂もあわよくば、くらいにしか期待しておらんかったからの」
収穫なしのオレに対して玉藻様は励ましのつもりなのか、そう言ってきたが、期待されてないと言われたようなものだったのでちょっと悔しかった。
しかし自分の力不足を嘆いていても仕方ないので、いつまでもここにいても意味がないと判断した玉藻様が場所を移すと言ったことで、キンジの部屋へと移動を開始した。
その帰り道の途中で、シスターメーヤがコンビニに寄ると言い出し、キンジと玉藻様が先に行き、オレが同行して案内をすることとなって、シスターメーヤと一緒にコンビニに入ったのだが、この人、コンビニの洋酒の酒ビンをほぼ全て買い占めて、菓子パンもいくつか購入。
顔をひきつらせる店員から酒ビンの入ったビニール袋を貰って外へと出て、この買い物がなんなのかを歩きながらに尋ねると、シスターメーヤは優しい笑顔で隣を歩きながら答えた。
「私はⅠ種超能力者でして、自分の体を削って
へぇ、超能力者ってのも大変なんだなぁ。
そういえば幸姉はⅠ種とⅡ種の混成型Ⅳ種超能力者だって言ってたっけ。
魔眼がⅠ種で、言霊符がⅡ種。
なら幸姉も何かを経口摂取してたってことか。そんなに食の偏りはなかった気がするけどなぁ。
「それって、必ず経口摂取での回復方法が当てはまるんですか?」
「そうですねぇ。極々限られたⅠ種超能力者はそれではダメという方もいる、とは聞いたことはありますけど、噂程度ですので私には断言はできません。ですがどうしてそのようなことを?」
「ああ、ちょっと知り合いに超能力者がいて、その人が特別なにかを飲み食べしようとしなかったので、例外とかあるのかなと」
超能力者でもないオレがいきなり突っ込んだ質問をしてきたため、シスターメーヤも疑問を持って返してきたので、特に隠さずそう回答すると、何やら少し考える素振りを見せたが、すぐにやめて自己完結したようだった。
まっ、幸姉に関しては本人に聞いてみればわかることだし、今ウンウン唸るものでもない。問題は……
「それで、アリアの容態についてはどうなんですか?」
「『緋弾のアリア』ですね。詳しい話はタマモさんがしてくれますでしょうが、今のところは問題ないはずです」
「今のところは?」
「はい。緋弾は7枚の殻金で覆い包むことによってその力を人の操れるものとしていました。その殻金をあのヒルダが外したのです。内2枚は私達で戻しましたが、2枚では力は不安定。このままの状態が続けば、アリアさんはいずれ、『世界を壊します』」
……話のスケールが大きすぎてピンと来ないが、要はあの殻金とかいうやつを7枚すべてアリアに戻さないと、大変なことになるってことは伝わってきた。
「となると、眷属に取られた5つの殻金を取り戻すことが、アリアを救う唯一の方法、ということですね」
「はい。
「どのみち一筋縄ではいかないような連中ばかりとなると、奪還も容易じゃないですしね。1枚ずつでも確実に取り戻すのが最良ですかね」
「サルトビさんは冷静なご判断が出来る方なのですね。大丈夫です。私も必ずや魔女狩りを完遂して、カツェ=グラッセから殻金を奪い返しますので」
そうやって両手をヨイショと胸元まで上げて頑張るぞと見せたシスターメーヤだったが、持っていた酒ビンの重みのせいですぐにふらつき腕を下ろした。
なんか普段のシスターメーヤはほんわかしてて頼りになるのかどうか心配になる。戦闘の時も不意打ちで声出してたし。
そんな少しフラフラ――超能力を使用した影響か知らないが――なシスターメーヤと一緒に第3男子寮までやって来て、キンジの部屋まで案内してあげると、部屋のリビングでは「ももまん……天国……」と寝言を言いながらソファーに寝かされているアリアがいて、それにとりあえず安心しつつ、シスターメーヤの買った酒ビンをリビングのテーブルに置く。
「玉藻様。今後オレはジャンヌの下で動きますけど、しばらくは守りに徹するべきですかね」
「うむ。既にこの浮島に『
誰と比べられてるんだオレ……
鬼払結界というのは、玉藻様の警戒網みたいなものだと昔に聞いていたから、オレもその言葉に頷きを見せて、それから自分の部屋へと戻ったのだった。
部屋へと戻ると当然暗いと思っていたのだが、意外にもキッチンの方に明かりがあり、そちらを覗いてみると、羽鳥のやつがダイニングテーブルに試験管や怪しい液体の入ったビーカーなどを広げて何かをしていた。
その羽鳥はキッチンに入ったところでオレの存在に気付き何故かムッとしてから作業をやめてオレを見る。
「君は気配が希薄すぎる。近付くならひと声かけたまえ」
「こんな夜中に怪しい実験してるやつに気を遣う義理はない」
「怪しいとは失礼だな。これはれっきとした実験だよ」
そうは言うが、何をしてるかわからない時点でオレにとっては充分に怪しい実験なんだよ。
「んで、何の実験だよ」
「君に教える義理はない。が、ちょうど試作品ができたところだ。被験者として飲むなら教えないでもない」
先程のオレの言葉を似せて返してきた羽鳥だったが、次にはつつい、とテーブルに置いてある白濁した液体の入ったビーカーをオレに近付けた。
「誰が飲むか。まず飲めるものなのかも怪しいし、被験者としての時点で何らかの作用があるだろ」
「心配するな。中身はアルコールとその他色々を混ぜたものだ。味もお酒と変わらない。おそらく」
だからそれが何なのかを教えろっての! イラッとするなこいつ。
オレの心情を読んでるか知らないが、何とも取れない笑顔で仕方ないといった態度を示すと、素直にビーカーの中身を吐露した。
「自白剤だよ」
「死ね」
そんなものを勧めるこいつの神経はおかしい。
「だいたい、それをオレに飲ませて何を自白させる気だったんだよ」
「そうだね……例えば君の想い人とかその辺を自白させると、面白いかもね」
今はそんな人いないがな。
そう思ってはみるが、表情には出さずに羽鳥のやつを見る。
「それか……『猿飛の秘伝』、とかね」
「んなもんあったら武偵として苦労してない」
ダメだこいつ。やっぱり気を許せない。
即答に近い形で自虐気味に返したオレだが、猿飛の秘伝と聞いた時は表情に出そうになった。
何でこいつが猿飛の秘伝のことを知ってる?
読んで字のごとく『秘伝』だぞ。
「だろうね。ところで君は、『究極の自白剤』というのがどんなものか考えたことがあるかい?」
「知るか。それに自白剤は非人道的だから使用すら禁止されてる部類だろ」
これ以上こいつと話していると危ないと感じたオレは、寝室へと歩きながら会話を終わらせにかかった。
「自白剤には色々あるんだよ。心理的自白剤とか人道的なものもね。その中で私が究極と謳うのは……『生きている価値を喪失させる』自白剤。対象の存在理由を無くしてしまう、ね」
それを言い放った瞬間の羽鳥の表情は、これ以上ないくらいに含みのある笑顔で、不覚にもその笑顔に背筋を凍らせてしまった。
こいつも、どうにかしないとな。
明らかに何か目的のある羽鳥の言動、行動に最大級の警戒心を持ったオレは、そう思いながら寝室へと入って、その夜は床に就いたのだった。