毒の回り始めた体に鞭を打って決死の覚悟でヒルダに挑み、その弱点である魔臓の位置を示す目玉模様を見つけてきた理子に、オレ達は集まって作戦会議を始めた。
「……両太もも、右胸の下、それとヘソの下だよ。目玉模様は腿と腹に集中してた」
「場所はわかった……だが、どうする。そのベレッタには、あと1発しか弾がないだろ」
「あと……2発なら、あるわ……!」
しかし、現状でどうやらベレッタの銃弾はあと1発しかないようで、アリアもいつもつけてる角のような髪飾りを取って、その底を外し2発の銃弾を取り出しガバメントに装填するが、これでもあと1発足りない。
「――キーくん。アリア。ありがとう。でも大丈夫。理子も方法を考えてあるから」
それであと1発をどうするかと思考しかけたところで、オレに支えられる理子がまだ策があると言うのでそれを聞けば、相討ち覚悟の最終手段のようで、それを確実なものとするために機動力となる翼を優先的に破壊したとのこと。
「でも……あんた1人で、どうやるのよ。ベレッタには1発しかないんでしょ?」
「ベレッタの弾を1発残したのは、魔臓を失ったヒルダを殺すためだよ」
その言葉に眉を寄せてしまうが、ふと目が合った理子は声には出さなかったが「ごめんね」と言うような表情で笑ってくる。
「――待て、理子」
「武偵法を守れっていうんなら……ゴメン。キーくん」
「そうじゃない。ヒルダに……違和感を感じるんだ。お前に作戦があるなら、それは――今は、使うな。4点同時攻撃で仕留めるぞ」
しかしHSSのキンジは、この状況で何かを感じ取ったらしく、いきなり4点同時攻撃を提案するので、当然オレ達も不可能だと思うが、雲行きがどんどん悪くなってきていて、遠くに聞こえていた雷ももうすぐ近くに落ちてきそうだったため、前回のブラド戦で落雷に驚いて狙いを外したアリアのことを考えると、これ以上話し合ってる時間もない。
「アリア。同時攻撃をやるにはアリアの力が必要だ。その2丁でヒルダの右胸と下腹部を撃ってくれ。強襲科では急所を撃たないよう訓練されてるが、撃てるな?」
「う、うん」
「理子。理子はヒルダの右腿を撃つんだ。4発目は――俺が何とかする。猿飛は……」
「狙いが外れないようにヒルダの足止めか? 感電しないようにってのは難しいんだが、やってやるよ」
「無理を言ってるが、頼む」
具体的にどうするのかわからないままだが、全員がキンジの作戦に乗ってやることを決めると、翼以外の回復を完了させたヒルダが、ビリビリになったドレスを脱ぎ捨てて体に電気を纏ったまま立ち上がってこちらに歩み寄ってきていたので、理子をアリアに預けて支えてもらい、オレとキンジは前へと歩み出る。
「行くぞ……! 俺が合図したら――撃て!」
叫んだキンジはそれと同時に駆け出して、ほぼ同時に前へ出たオレも並走してヒルダに接近。
2人いることで狙いが定まらなかったヒルダは、横凪ぎでまとめて倒そうと槍を振るってくるが、直前で両手を組んで即席の足場を作ったオレを踏み台にキンジをヒルダの頭上へと投げ飛ばし、オレもすかさず身を屈めて槍を躱す。
その際に分銅付きのワイヤーでヒルダが投げ捨てたドレスを回収し右手に巻き付け立ち上がり、振り切った槍の持ち手を持ってヒルダの動きを止める。
ここまでの戦闘を見ててヒルダの服は耐電性があるのはわかっていたので、それを利用させてもらった。
「理子! アリア! ――撃て!」
そのタイミングでヒルダの背後を取っていたキンジが叫び、ほとんどタイムラグなしで2人がヒルダへと発砲。
ヒルダの体から3つの血しぶきが上がったのを認識するのと、キンジがその場でぐるん! と1回転したのが同時で、ほんの一瞬遅れてヒルダの背後から銃弾が撃ち込まれたのがわかった。何したんだあいつ……
その攻撃でピタリとその動きを止めたヒルダから離れたオレは、信じられないといった顔でキンジを見たヒルダの体にある目玉模様4つが撃ち抜かれていることを確認。
後で何したかキンジに聞いておくか。
「――――――――……」
魔臓を撃ち抜かれたヒルダは、その場でルーマニア語の詩のようなものを呟きながら、その膝を折り、前のめりに倒れてうつ伏せになって沈黙。倒した、のか?
「……理子っ……!」
それを確認するより先に、そんなアリアの声が耳に入ってそちらを見れば、アリアの肩を借りていた理子がぐったりと顔を伏せていたので、オレもキンジも慌てて駆け寄ると、理子はヒルダの柩のそばに寄るように指示するので、その通りに移動して柩を背もたれに座らせる。
容態を心配するオレ達に理子は作り笑いをしてみせるが、毒が回り始めてもう7分ほど経過している。これ以上は理子が持たない。
だからオレは息絶え絶えな口調で遺言みたいなことを言い出す理子を無視して、懐から『あれ』を取り出そうとしたが、その時にちょうど近くに落雷があり周囲に稲光が起こるが、理子がその表情を驚きへと変えたのを見て、異変に気付きキンジと一緒に背後へと振り返る。そこには……
「ほほほっ――ご気分はいかが? 4世さん」
三叉槍を手に持って平然と立つヒルダの姿があり、撃ち抜いたはずの魔臓を示す目玉模様の傷も治っていた。
「あぁ、いいわ。4人とも、とってもいい表情。特に――理子。無念でしょうねぇ。命を投げ打ってまで戦ったのに……ほら。私はご覧の通り、平気よ。ねぇ、今、どんな気分? ほほほっ、もっと悔しがりなさい。それを串刺しにするから、面白いのよねぇ。私は生まれつき、見え難い場所に魔臓があるわけではなかった。その上、この忌々しい目玉模様を付けられてしまったの。だから――これはお父様にさえ秘密にしてたけど――外科手術で、変えちゃったのよ。魔臓の位置をね。ほほほっ、おーっほほほほほッ!」
イラッとする笑いを聞きながら、オレはそれで合点がいった。
理子との共闘前にあいつは妙な自信で自分を倒せるのかと言っていたが、あれは目玉模様の位置を知られて、そこを狙っても自分が倒せないことへの自信だったのだ。
今さら気付いたところで遅いのだが、自分の魔臓がどこにあるかを笑いながらに問いかけてきたヒルダは、自分自身も知らないことを告げて、手術をした医者も亡き者にして口封じをしたことをベラベラと話し、絶望に染まるオレ達の表情を見て心底楽しそうにしていた。
「ああ、なんていい天気なのかしら」
オレ達の表情とこの悪天候がヒルダにとっては最高にいいものらしく、落雷の音さえも心地よさそうにする。
「4世。121年前、建造中だったエッフェル塔で――お父様は、お前の曾祖父――アルセーヌ・リュパン1世と戦った。奇遇なものね。双方の子孫が戦ったこの塔もまた、造りかけ……でも、いい塔よ。とても高くて、気に入ったわ。まさか当世でもっとも高い塔を、東洋の猿が造るとは思わなかったけれど。私は、好天の日を待ってたの。だからワトソンも今夜呼んだわ。なぜ竜悴公一族が雷雨の夜、塔で戦うのか……教えてあげるッ……」
ワトソン? 誰だそいつは。
と思ったのも少しだけで、言い終わったヒルダはその手の三叉槍を頭上高く掲げて、それを誘雷針にしてガガァーーーーーーンッッ! その身に落雷を受けた。
目の前の閃光に顔を腕で庇って光が収まったのを確認して見れば、第2展望台の雨粒が高熱によって蒸発し白い水蒸気となって吹き荒れていた。
「――生まれて3度目だわ。
その白煙の向こうから、ヒルダのそんな声がして目を凝らせば、さっきまで弱々しく纏っていた電光は、青白く、激しく変貌していて、近付いただけでもやばそうな雰囲気を出していて、耐電性の下着やタイツは残っていたが、髪をまとめていたリボンは燃えてなくなり、強風に煽られた長い金髪が暴れていた。
その姿はまさに空想の生物――悪魔とでも呼べる出で立ちだった。
「お父様はパトラに呪われ――この第3態になる機会もない間に、
目の前の悪魔は高揚した気持ちを抑えられないのか、笑いながらオレ達を殺そうと口を開き、槍を足元へと突くと、それだけでコンクリートの床に稲妻が走り、蜘蛛の巣状に亀裂が入った。
「
要はヒルダが超高電圧の電気しか取り入れられないのは、雷を直接体に取り入れられるように神が与えた力だと言いたいわけだ。
「――だからもう、人間なんかいらないの! おーっほほほほほっ! ほら、ほら、ご覧なさい! 怖れなさい! 涙を! 流して! 命乞いするのよ!」
その力を見せつけるように、第2展望台の縁にあった鋼鉄の柱を槍で殴り、ひん曲げていく。
その隙にキンジがアリアの小太刀を投げてヒルダの足を斬るが、何事もなかったように瞬時に回復。よろめきすらしなかった。
そして柱への攻撃をやめたヒルダは、にんまりと笑ってから壊れた柩に上がると、三叉槍を振り上げてその槍の先端に青白い稲妻を発生させ、その形を球体へと変化……雷球に。
いや、あまりにエネルギーがありすぎるからか、雷球は不安定でその形が揺らめく。
「私と長時間戦ったご褒美に見せてあげる。竜悴公家の奥伝――『
何でオレだけ消し炭コースなのか。
しかしこうなってはもうヒルダのさじ加減でオレ達の今後が決まってしまう。
だが今、この状況で全滅を逃れるには……
そう考えて立ち上がったオレと同時に、キンジまでが立ち上がって残りの小太刀を持つので、どうやら考えたことは同じらしい。
「お前は残っとけ。強いやつが残る方が、後々のためだ」
「女を守るのは、昔から男の仕事だ。ここで退いたら男じゃない」
「物事は合理的に考えろよキンジ。後先をちゃんと考えて……」
残る手段はあのヒルダを黒焼け覚悟で突撃してここから地上へ飛び降りること。それを2人でやるのはバカなことだ。
だからキンジを不意打ちで倒してでもオレが前へ出ようとしたら、そのオレより早く鳩尾に一撃入れてきたキンジにしてやられ、その場で膝をついてしまった。
くそったれ、加減なしかよ。立てねぇ……
そんなオレに一撃入れたキンジは、オレ達を守るようにヒルダに立ち塞がって、柩に足をかけた。
「人生の角、角は、花で飾るのがいい……あたしのお母様の、言葉だ……」
そこで不意に、後ろの理子がそんなことを言って近くの大きなヒマワリの花束を抱える。
キンジも小太刀の刃から振り返らずにこちらを覗き見ている。
「だから……ヒルダ。お前にやるよ。お別れの、花……」
「ほほッ……4世にしては殊勝な心がけね。でも慎んでお断りするわ。私、ヒマワリってキライなの。太陽みたいで、憎たらしいんだもの。お前も知っているでしょう? 私は、暗い所が好きなのよ」
「くふっ……暗い所が好きなお前に、1つ、日本の諺を教えてやるよ。『灯台もと暗し』……自分のすぐ足元には、何があっても……大抵、気づかない」
キンジとオレを挟んで会話する理子がヒルダ。
互いに姿が見えない中で、理子はヒマワリの花束を不敵に笑いながら解いていく。
「これは近すぎても遠すぎてもダメだった。ベストな距離が必要だった……」
その中から出てきたのは、銃身を短くされた
「理子、お前は――天才だっ!」
それを確認したキンジが横っ飛びし、柩からダイブするのと、オレが転がって理子の射線から出たのは同時。
そこで理子の散弾銃に気付いたヒルダが、ハッとした瞬間。
「くふっ。今、サイコーのアングルだよ。ヒルダ。
――ガゥンッ!!
轟くような銃声が第2展望台に響き、放たれた銃弾は通常の銃弾とは異なって散弾。
小さな弾子となって空中で散開し、ビシビシビシビシビシッ!! ヒルダの全身を余すところなく撃ち抜いた。
これなら魔臓が体のどこにあろうと関係ない。その全てを撃ち抜ける。
「あ……ッう……ううッ……!」
全身を撃ち抜かれたヒルダは、呻きながらその場に片膝をついたのと同時に、頭上で輝いていた雷星が槍へと戻りヒルダの体を通過して足元へと流れ、それに伴って無限回復力を持つはずのヒルダの体が高圧電流で燃え上がった。
つまり、魔臓がその機能を失っているということ。
「あァう……! そんな……これは、これは悪夢……悪夢なんだわ……だって、おかしいもの……! 私が、この私が、こんなヤツらに……こんなに、ひどい……!」
柩から転げ落ちたヒルダは、悲鳴を上げながらオレ達から逃げるように這って動くが、全身が燃えているために視界がないようで右往左往していたが、そんなヒルダに近付くことが出来ないオレ達はただ見ていることしか出来ない。
そして第2展望台の縁にまで行ってしまったヒルダは、そこで手を滑らせて、第2展望台から落下。
断末魔のような悲鳴は、徐々に遠ざかっていき、ついには聞こえなくなってしまう。これは、さすがに生きてないか。
それを見てから、動けるようになった体で理子へと近寄ったオレとキンジ。
「さっき、ショットガンを使うなって言ってくれて、助かったよ……あのとき使ってたら、理子は……ヒルダの胴と脚だけ狙って――失敗してた。そしたら、銃を奪われて、おしまいだったよ。キョーやんも理子を庇おうとしてくれて、すごく……嬉しかった。これで、理子は……本当の理子に、なれたかな……ブラドとヒルダを倒して、自由には……なれた。でも、キーくんとアリアは結局、倒せなかった……くふっ……それどころか、また助け合っちゃったねぇ……キョーやんとは……1度でいいから、コイビトらしく……したかったなぁ……」
……長い。
もう毒が回って10分になるので、諦めるのもわかる。
キンジもアリアも理子をなんとかして助けると決意した顔をしてるからこっちはいい。
だが理子よ。お前が生きようとしないでどうするんだよ!
そう思っていると、理子のやつがゆっくりとその目を閉じ始めたので、キンジとアリアを退けて理子の真横に座ったオレは、そこからゴヂンッ! 理子の額めがけて頭突きをお見舞い。
それを受けた理子は、ビックリして閉じかけていた目を見開いてオレを涙目で見て、キンジとアリアも口をあんぐり開いて固まる。
「おら、まだ寝るなバカ」
「……京夜?」
「キンジ、下に降りて電話でヘリでも呼んでこい。こいつはオレが何とかする。アリアは……目、つむってろ」
訳がわからないといった感じの2人に大した説明もなしにそう指示を出すが、キンジはオレを信じて立ち上がり第2展望台を去っていき、アリアはどうするのか気になるのかオレをずっと見てくる。
目を閉じてた方がいいぞ、たぶん。
しかしアリアを気にしてる時間もないので早速懐からここに来る前に夾竹桃にもらった粉末の入った試験管を取り出して蓋を開けると、それを一気に自分の口に放り込む。
途端、オレはその粉末のクソみたいに不味い味にリバースしかけるが、それを力技で押し戻して口の中で唾液と絡めていく。
夾竹桃からもらったのは、理子の体を蝕む毒蛇の腺液の解毒薬。
毒を専門に扱う夾竹桃が、必要になるかもと持たせた最後の手段だ。
しかしそれは唾液――アミラーゼに十分溶かしてから流し込まなければ効果が全然なくなるらしく、しかも『良薬は苦し』の遥か上をいく不味さとあって、いきなりこれを咀嚼して飲み込める人間は絶対にいないと言われていた。
しかも理子はいま意識も朦朧としていて、拒否反応に対して押さえ込むことも出来ないだろうから、だからその過程をオレが代わりにやる。
予想の遥か上をいった解毒薬の不味さに何度も吐き出しそうになるが、いま目の前で死にかけている理子を絶対に助けるという意志だけでねじ伏せて、粉末の感触がなくなるくらいにまで唾液と絡めたオレは、また目を閉じかけている理子にジェスチャーでこれからすることを伝えると、反応を待つより先に理子の口へと『直接』それを流し込んだ。
いきなり口の中に吐くほど不味い異物が侵入してきたことで、当然理子は拒絶を示すが、意地でも飲ませるために重なった唇をガッチリと固定し、たとえ吐いても何度でもそれを押し戻す。
その光景にアリアがアワアワした態度をしていたが、今はそれどころじゃない。
最初は手足をバタバタさせていた理子だったが、次第にそれも収まって口の中の物を1度で大きく飲み込むと、それ以降は落ち着いたのでオレも理子の唇から離れた。
「…………死んだ方が……マシだったかも……」
「そう言ってくれるな。こっちは必死だったんだから」
「うん……ありがと、京夜……」
「礼なら夾竹桃に言っとけ。もう寝ていいから、次に目が覚めた時はオレが好きな笑顔を見せてくれ」
その言葉を最後まで聞いたかどうかといったところで目を閉じていた理子は、それ以降喋らなくなってしまうが、その顔には危なげな色はなく、呼吸も落ち着いていた。
即効性とか言ってたから、まぁどうにかなるだろ。これで期限がわからない漫画のアシスタントは決定だな……
それからキンジが呼びに行ったヘリの到着を待つ間に、雨で濡れないよう上着をかけてアリアについてもらって、オレはヒルダの落ちた第1展望台へと足を踏み入れて、そこで生死を確認しようとしたのだが、どこにいたのか、黒一色のベストとコートを着込んだ小柄の男が、焼け焦げて意識のないヒルダを診ていた。
ああ、ヒルダが言ってたワトソンとかいうやつか。
「ヒルダは、生きてるのか?」
「うひゃっ!? だ、誰だい君は! 急に後ろから話しかけないでくれたまえ!」
ずいぶんと中性的な声だったが、そんなことはいいとしてとりあえず気配を殺して近付いたことには謝罪して改めて問いかけると、どうやらまだ息があるらしい。
それもここに放っておけば死んでしまうのだろうが、凄いというかなんというかだな。
どうやら医者であるらしいワトソンは、ヒルダを助ける気満々だと言うので、オレも武偵法9条を理子に破らせるわけにもいかないためそれに賛成し、ヘリでの搬送をスムーズにするために理子とアリアのいる第2展望台へとヒルダを抱えて戻って、それから20分ほどして到着したヘリに理子とヒルダとワトソンが乗り込んで武偵病院に直行。
オレとアリアとキンジは、ワトソンが乗ってきたというポルシェを借りて、アリアの運転で跡を追うように武偵病院へと向かっていった。