「た、助かった。さ、サンキューな、えっと……」
汗だくになりながら自転車を漕ぐ少年が戸惑いの表情を浮かべて私の顔を見ている。
おっと、そういえば自己紹介もまだだったな。
しかし、変な案山子は退けたとはいえ、安全かどうかもわからないこの状況で自己紹介してる場合か?
うーん……やっぱり安全な場所に移動してからの方がいいのかもしれんなー。
などと考え込んでいると。
騎場が。
「人に名を尋ねるのなら、まずは自分から名を名乗るべきだ。このドカスが! ……と、お嬢様は仰っております」
「なっ……」
「ちょ、ちょっと待て! 私はそんなこと言ってないぞ! 人の台詞を勝手に捏造するな騎場」
こ、この執事。本当、どうしてくれようか。
誰もそんなこと言ってないわ。
「それは失礼しました。お嬢様、この無能でお馬鹿な執事にぜひお仕置きを。昨夜のように激しく、鞭や蝋燭、ロープを使った大人なアダルトなプレイでも構いません。どうか、どうか、この私めにお仕置きを……」
「ええい、止めろー! 一体どこの変態主人だ私は⁉︎ 昨夜も今朝も、過去も現在未来永劫貴様にそんなプレイ要求などせんわー」
「……おや、おかしいですな。武藤殿の話しでは女性が主人の場合、大抵ドSなプレイが好きだから執事は主人の要求を満たすべく、常にドMな思考でいるべきだとの講習を受けましたのに……」
「環さん……あの人は何をやっておるのだ」
「……」
はっ! いかん。なんか自転車漕いでる少年からもの凄く冷めた視線を感じるぞ。
ち、違うのだ。わ、私はドSでも騎場もドMではないのだ!
悪ふざけに引っかかっただけなのだ。
「大丈夫だ」
へ?
「わかってる。人には言えないことは誰にでもあるしな。だから、お前らがどんな趣味思考を持っていたとしても俺は誰にも言ったりしないから……大丈夫だ」
いや、あの……だから、誤解なんだって。
「よかったですなーお嬢様。これで思いっきりこの私めにお仕置きできます故に」
「貴様は黙ってろーーー!!!!!」
騎場の頬に向けて握り締めていた右拳を振り下ろす。
「ありがとうございまふ……」
殴られても幸せそうな騎場の顔を見て思った。
あ、ダメだな。コイツ。早くなんとかしないと。
近衛隊の立場もそうだけど……九鳳院家の権威が地に堕ちてしまう。
なんとか、誤解を解いた私は騎場の運転するバイクに乗って少年が漕ぐ自転車と並走しながら走行する。
目指すは第二グランド。
少年の話しでは、自転車のサドル下に爆薬が仕掛けられているみたいだからな。人気がないグランドで自転車を爆破させ、被害を最小限に抑える。
それが今しなければいけないことだ。
「自転車を降りたり、減速させたりすると爆発させる……そう言ったのか」
少年の話しを聞きながら考える。減速すると起爆するタイプか? ……いや、遠隔操作で起爆するタイプのものでもあるな、きっと。
近衛隊の連中が訓練とかで使ったりするのを何度か見たことがある。
九鳳院は何かと狙われるからな。そういったモノを使った訓練とか普通にやるから分かる。
私は九鳳院令嬢だが、
「ああ、だからあんたらも早く離れた方がいいぞ。この大きさだと電車すら吹っ飛ばすくらいの威力あるからな」
「武偵憲章1条「仲間を信じ、仲間を助けよ」……私は仲間を見捨てないぞ。絶対」
大好きで偉大なお父様。そのお父様は仲間を見捨てることは絶対にしなかった。
だから、その娘である私が仲間を見捨てて逃げるなんてこと……出来るわけないだろう⁉︎
「なんで、そこまで……」
「決まっておるだろう。私が武偵だからだ! それに困ってる人、助けを求める人を助けるのも武偵の仕事だからな。それにここでお前を見捨てたら私は尊敬するお父様みたいにはなれないからな」
「武偵憲章4条に、「武偵は自立せよ。要請なき手助けは無用の事」とありますが……如何致しましょう?
要請が無ければ
騎場がそう言ってきたが、そんなこと知るか。
今助けないでいつ助けるのだ!
「勝手に怒らせとけばいい。そんなもん、どうとでもなる」
「はぁー……後で村上先生に怒られても知りませんからね」
うっ……それは困る。
師匠と同じくらい、怒らせたら怖いからな。あの人は……。
「さて、どうやって助けますかな。自転車から勢いよく飛び降りても爆発に巻き込まれない保障はありませんし」
「うーむ。サドル下を狙って銃弾を撃ち込むというのは?」
「おい、あんな腕前でどの口が言ってんだ」
「……私めはお嬢様を殺人犯にしたくないですなー」
「あんな腕前で悪かったな! 本気出せば、本気出せばきっと当たるさ。本気出せば!」
少年と騎場にそう言った時だった。
「お、グランドの入り口見えてきたぞ」
第2グランドが見えてきた。
あと少し。あと少ししか時間はない。
どうにかしないと……何かいい案がないか、考えていた時にその音は聞こえてきた。
「そこの バイクは ただちに そこの 自転車から 離れ やがれ」
私達の後方から人工音声が聞こえ、振り向いた私の視線の先には