問題児たちが異世界から来るそうですよ?~月の姫君~   作:水無瀬久遠

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十六章 黒き風の暴挙

最初の変化はすぐ身近に起こった。

突如として、帝の身体を黒い風が包み込み、カグヤを弾き飛ばす。

 

 

《きゃっ……!?》

 

「っ!?カグヤ!!」

 

 

手を伸ばした時には、もう遅かった。

帝の周囲を囲む様に球体へと変化したそれは、彼の動きを完全に封じていた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

すぐさま手に冷気を集中させるが、全く力が発揮できない。

流石に、コレばっかりは帝も絶句した。

 

 

(ギフトが使えない…?まさか、封印されたって事か?)

 

 

ゲームが始まって、まだ全く時間が経過していない状況で、まさか逸早く自分が拘束されるとは思ってもいなかった。

それ以前に、あの黒い封書には白夜叉の名はあっても、自分に関する記述はない。

だというのに、自分が封印される事は相手側の不備だと思っていいだろう。

 

未だ、混乱状態の頭。

そんな時、バルコニーの方から悲鳴が上がる。

ハッとして顔を上げると、其処にはバルコニーからはじき出された仲間達の姿。

 

チッと短く舌打ちした。

 

 

「きゃっ……!」

 

「お嬢様、掴まれ!」

 

 

空中に投げ出された飛鳥を、すぐさま十六夜が抱きかかえて着地する。

その視線は、もう既に次の事柄へと移っている。

 

 

「チッ。“サラマンドラ”の連中は観客席に飛ばされたか」

 

 

“ノーネーム”一同は舞台側へ。

“サラマンドラ”一同は観客席へ。

 

 

《い、十六夜様!!飛鳥様!!》

 

「カグヤ……おい、どうなってやがる。なんで、帝まで白夜叉と同じ状況なんだよ」

 

「それは、俺が聞きたい。……だが、のんびり状況確認が出来そうな状況じゃねぇよな」

 

 

帝が鋭く周辺を見詰める。

会場は阿鼻叫喚。

誰もが我が身可愛さに、会場から逃げ出そうともがいている。

このままでは、魔王が襲う以前に怪我人が出るだろう。

流石の状況に、軽薄な笑みを浮かべている十六夜の眼は、何時もの余裕が見えない。

帝も、この状況には流石に参っているのだ。

 

 

「魔王が現れた。……そういう事でいいんだな?」

 

「はい」

 

 

振り返って問う十六夜へ、黒ウサギが真剣な表情で頷く。

その言葉で、その場にいた全員の表情に緊張が走る。

 

 

「……簡単に状況を確認するぞ」

 

 

必死に自身を落ち着け、帝が言う。

“ノーネーム”一同の視線が、彼へと集まる。

 

 

「先ず、黒ウサギに問う。この状態、白夜叉の“主催者権限(ホストマスター)”が破られた、と言う訳じゃないな?」

 

「はい。黒ウサギがジャッジマスターを務めている以上、誤魔化しは利きません」

 

「次……カグヤと耀に問う。この状況で敵だと思える相手の人数は?」

 

「……ごめん。これだけ混乱していると、匂いも音も役に立たない」

 

《………多分、2~3人位だと思います。私の風を、何かが乱しているせいで、はっきりと確信は持てませんが》

 

「上々だ」

 

「……これまでの事を考えると、連中はルールに則った上でゲーム盤に現れている訳だ。………ハハ、流石は本物の魔王様。期待を裏切らねえぜ」

 

「おいおい、状況を見て笑えよ。俺は洒落にならない状態なんだぜ?」

 

 

こうして会話しているが、帝の周りには黒い風が動きを制限し、ギフトも満足に使えない。

そのせいか、帝が茶化す言葉には普段の戯けた雰囲気が一切ない。

緊迫した声で飛鳥が問う。

 

 

「どうするの?ここで迎え撃つ?」

 

「ああ。けど、全員で迎え撃つのは具合が悪い」

 

「俺もそれには、同意だ。俺と白夜叉が封印状態、“サラマンドラ”とは孤立。正直、現状は魔王側に有利だと思っていい」

 

「では、黒ウサギがサンドラ様を捜しに行きます」

 

「…そうだな。黒ウサギはサンドラと合流。十六夜とレティシアで、魔王連中の足止めしてくれ」

 

「…あら、また面白い場面を外すのね」

 

 

不満そうに口を尖らせる飛鳥。

だが、それに構える程状況は芳しくない。

 

 

「なら、お前はどう魔王と戦うつもりだ?」

 

「どうって……」

 

「飛鳥、お前は武人じゃない。お前が持つギフトでは、魔王を支配する事は絶対に出来ない。その状況で、お前はどうやって戦うつもりなんだ?」

 

 

厳しい言葉に、言葉が詰まる。

悔しげに表情を歪ませる飛鳥へ、帝は淡く苦笑した。

 

 

「頼むよ、飛鳥。お前は耀と一緒にジンを護衛しつつ、白夜叉の元へ行ってくれ。“契約書類(ギアスロール)”に指名された以上、白夜叉にはゲームマスターとしての権限がある。今後の事を考えると、彼奴とも話し合う必要がある」

 

「………分かったわ」

 

「うん。任せて」

 

「お待ちください」

 

 

動き出そうとする一同へ、声がかけられる。

振り返った先には、同じく舞台に上がっていた“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャとジャックがいた。

 

 

「大凡の話は分かりました。魔王を迎え撃つと言うなら我々“ウィル・オ・ウィスプ”も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

 

「う、うん。頑張る」

 

 

前触れもなく魔王のゲームに巻き込まれたアーシャは、緊張しながらも承諾する。

 

 

「それなら……カグヤと一緒に住民の避難誘導をしてくれ。こんな混乱した状況では、何時怪我人が出てもおかしくはないし、身体の小さな奴は死ぬ可能性もある」

 

「ヨホホ♪分かりました」

 

《でも、帝。貴方はどうするつもりなんですか?》

 

「俺の事はいい。自力で脱出する手段を探すつもりだ」

 

《でも……》

 

「カグヤ、聞き分けてくれ。お前のネームバリューなら、混乱した状況でも目に付く。それに『声』が一番通りやすいのは、お前だろう?」

 

《………分かり、ました》

 

 

少しだけ不安そうに、だが最後にはしっかりと頷く。

これで、全員がすべき事が分かった。

一同は視線を交わして頷き合うと、各々の役目に向かって走り出す。

逃げ惑う観客が悲鳴を上げたのは、その直後だった。

 

 

「見ろ!魔王が降りてくるぞ!!」

 

 

上空に見える人影が落下してくる。

ギリッと帝が奥歯を噛み締め、十六夜が両拳を強く叩き、レティシアに向かって振り返って叫ぶ。

 

 

「んじゃ行くか!黒い奴と白い奴は俺が、デカイのと小さいのは任せた!」

 

「了解した、主殿」

 

「絶対に深追いはするなよ!!相手が自分より上手だと思ったら、情報収集のみに専念しろ!!」

 

「ヤハハ、わかってらぁ」

 

 

楽しげな哄笑を上げ、十六夜が舞台会場を砕く勢いで境界壁に向かって跳躍。

レティシアもそれに続く様に、漆黒の翼を広げて飛び立つ。

その姿を見送り、帝は自分を取り巻く黒い風を調べ出す。

触るだけでも弾かれる手は、ジンジンと痛み、ギフト無しでこの状況を打倒する事は絶望的だと思っていいだろう。

 

(兎に角、今はヒントが欲しい。何か………)

 

辺りを彷徨わせていた帝に、黒い羊皮紙が映り込む。

もしや、と先程持っていた羊皮紙を取り出し、書面を確認する。

案の定、先程までルールを綴っていたそれに、別の文字が浮かんでいる。

 

 

『※ゲーム参戦諸事項※

 

    ・現在、プレイヤーの()()()()()()()()()()()()()()()

     ゲームへの参戦を望む場合、参戦条件をクリアして下さい。』

 

 

「………おいおい。俺はプレイヤーとして封印されたってのか?」

 

 

流石に、この状況は予想していなかった。

狙われるのだとしたら、サンドラか白夜叉が普通だ。

だが、十六夜や黒ウサギの口ぶりからして、サンドラはどこかへ吹っ飛ばされただけで、特に封印が課せられている様な状況ではないようだ。

つまり、こうして封印状態となったのは東の階級支配者(フロアマスター)である白夜叉と、帝のみ。

そこが、どうにも帝は納得が出来なかった。

 

 

見えた影は四つ。

そのどれにも、帝は見覚えがなかった。

そして、自分への恨みがあると言うなら、絶対に相手側は自分の名を名指ししてくるだろう。

 

だが、今回名指しされたのは白夜叉一人。

 

(つまり……俺の封印は、白夜叉のオマケと考えるべきか?)

 

それなら、相手の目的も少しではあるが見えてくる。

 

契約書類(ギアスロール)”に書かれたコミュニティ名はハーメルン。

そして、鼠に襲われた飛鳥とカグヤ。

そこから導き出せる事は、今回のゲームが“ハーメルン”の伝承に由来したゲームだという事。

 

だが、“ハーメルン”の碑文に白夜叉を封印する様な記述はない。

つまり、勝利条件の内どちらかが、白夜叉の封印を解く鍵だ。

 

(そうか………相手は白夜叉を封印したんじゃない。奴らは)

 

 

思考が纏まった瞬間、ビクッと帝の身体が痙攣した。

驚いた様に視線を上げた先は、現在仲間達が向かったであろうバルコニー。

微かではあるが、聞き慣れない笛の音が帝の鼓膜を揺らす。

 

 

「耀……飛鳥!!?」

 

 

微かに響く二人の『声』。

その音の内、一人分の音が一切聞こえなくなる。

帝は眼を見開き、逸る心臓を押さえつける様にグッと拳で押さえつける。

 

 

「飛鳥!!!聞こえてるなら、バルコニーから顔を出せ!!飛鳥!!!」

 

 

必死さの入り混じった声で、彼女の名を叫ぶ。

だが、それに応えたのは、見慣れた真紅のドレスを纏う少女ではなく………白装束の女だった。

 

 

「え?嘘ぉ……白夜叉以外にも、封印されてる人間がいるなんて」

 

 

驚いた様におどける彼女は、バルコニーから降り立つと、繁々帝を見詰める。

その女を睨めつけ、帝が唸る。

 

 

「テメェ……俺の仲間達はどうした?」

 

「仲間?……あらら、もしかして、あの赤いドレスの子とか、グリフォンのギフトを使う女の子とかかしら?」

 

「………飛鳥に何かしたのは、テメェか。道理で『声』が聞こえなくなる訳だ」

 

 

怒りに銀髪を戦慄かせ、殺気を漲らせる。

底冷えする様な視線も、封印されていれば、唯の檻にいる猛獣程度。

そんなものは、恐れるに値しない、と女は笑う。

 

 

「ふふ。どんなに凄んでも無駄よ。封印(ルール)に囚われた君なんて、全然怖くないんだから」

 

 

そう、この封印がゲームに則って行われているというならば、これは云わば箱庭の力。

それを敗れる程、帝も自分の存在が大きいとは思っていない。

だが、だからと言って大人しく解除される事を待つ、等今の帝にその選択肢は存在しない。

黒い風へと拳を叩き付け、グッと奥歯を噛み締める。

 

女は、既に勝利を確信しているのだろう。

悔しげに歪む彼の表情へ、高らかに笑い声を上げると、芝居がかった仕草で大きく両手を広げる。

 

 

「さあ!我々“グリムグリモワール・ハーメルン”のゲームはコレからが本番よ!最高に過激な歌劇(オペラ)を始めましょう!」

 

 

ゆっくりと唇へ持っていく銀のフルート。

奏でられるは魔笛の旋律。

 

高く、低く、妙なる音色は舞台会場に留まらず、境界壁の麓を徐々に呑み込んでいく。

 

(魔笛……こいつが、ネズミ捕り道化(ラッテン)?………なら、この笛の音は………っ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

《………え?》

 

異変が起きたのは、その直後だった。

ゆっくりと浸透する魔笛の音に、カグヤの胸に不安が募る。

 

 

《は、早く避難を!!》

 

 

この音には、底知れない悪意が感じられる。

早く戦えない者達の避難を完了させなければ、被害は広まるばかりだろう。

彼女の『声』に応えるかの様に、誘導を手伝っていた“サラマンドラ”のプレイヤー達も避難誘導を速める。

 

その時だった。

 

 

「ぐ……GUWOOOOOOoooooooo!!!」

 

 

突如上がった獣の咆哮。

ハッとしてカグヤが振り返ると、そこには血走った赤い瞳で彼女へと襲いかかろうとする“サラマンドラ”の同士。

慌てて回避すると、変わる様に別の同士が襲い来る同士を押さえつけにかかる。

 

 

「お、おい!どうしたんだ!?」

 

「GUWOooooooooo!!!」

 

 

暴れる同胞。

だが、暴れ出したのは彼だけではない。

 

 

「きゃぁぁぁ!!?」

 

「うわぁぁぁぁ!!?」

 

「GYAOOOOooooooo!!」

 

 

理性を失った瞳で、守るべき者達へ襲いかかる。

その惨劇は、もはや正気の沙汰とは思えぬ現状。

カグヤ自身、悪い夢でも見ているのかと思える様な状況なのだ。

 

(意識を乗っ取られてる……?もしかして、この笛の音が原因?)

 

微かではあるが、カグヤの鼓膜を揺らす甘美な音色。

そこに潜む悪意は、仲間達を暴徒化させ、同士討ちや破壊行動へと走らせる。

 

 

《……掻き消して、芭蕉扇!!》

 

 

カグヤはすぐさま芭蕉扇を構えると、多量の風を生み出し、避難場所を覆う。

もし、この笛の音が原因だとするならば、風を操るカグヤは天敵とも言える存在。

風によって、音を掻き消せれば暴徒達は沈静化できると予想したのだ。

だが、それは甘い考えだった。

 

 

「GYAaaaAAaaaaaaa!!」

 

《っ…》

 

 

雄叫びを上げ襲い来る火蜥蜴。

混乱する状況で必死に攻撃を交わしつつ、芭蕉扇の風で空気を乱してみるが、現段階で操られている同胞達は戻る気配はない。

 

(一度操られている者達には、効果が薄い……?でも、それならどうすれば………)

 

 

風の手を緩める事なく、カグヤは必死に思考しつつ、攻撃を交わす。

避難場所に収容された人々が、未だに暴徒化していない事から、操られていない者達が、新たに操られるといった事にはならない様だ。

 

つまり、それはカグヤの考えが正しかった事を意味する。

なら、今操られている同胞を救う手だては?

 

 

(やはり、音の発信源を叩かない限り、状況の打開は…………)

 

「――――カグヤ嬢!!」

 

 

鋭い声にハッとして、カグヤが顔を上げる。

背には固い感触があり、目の前には三匹もの火蜥蜴。

思考に没頭し過ぎて、逃げ道を間違えた様だ。

声を掛けてくれたジャックは、アーシャと共に暴徒化した同胞達にどうすればいいのか、と困惑したまま応戦している。

その状況で、自分の救援を期待するのは絶望的だろう。

 

ジリジリと迫る包囲網。

風を利用して飛翔する事も考えたが、それを予備動作なしに行う事は出来ず、なによりこの背にしている壁は、避難場所のモノ。

もし、自分が下手な交わし方をすれば、彼らは避難場所の壁を破壊し、中で震えている非戦闘参加者を容赦なく襲うだろう。

 

 

(ダメ……逃げられない……!!)

 

 

 

ここは、自分に与えられた役目。

それを放棄しようなどとは、カグヤには考えもしない選択肢。

多少の怪我を覚悟して、芭蕉扇を強く握る。

手足が体に付いていられたなら、御の字だと思えと自分に言い聞かせて。

 

丁度、カグヤが覚悟を決めた時、それを見計らったかの様に三匹の火蜥蜴が飛び掛かる。

 

 

―――――その瞬間

 

 

()()()ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!』

 

 

聞き慣れた声が、世界を静止させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

魔笛とは別に響く『音』に、帝は耳を塞いだ。

この行動が無駄だとは自覚しているが、それでも反射的にそうしてしまうのだ。

 

だが、脳へと直接響く『音』に対して、それは意味をなさない。

どれだけ抵抗しようとも、彼が“帝”である限り、彼が“月影”の名を持つ限り、それは逃げられない業。

 

 

「く、そ………っ」

 

 

込み上げる吐き気を自身のプライドで押さえ込み、割れそうに痛む頭で必死に思考を回す。

響く『音』の中には、普段から聞き慣れた『音』もある。

だが、その『音』でまともに聞こえるのは、十六夜と黒ウサギ位なモノだろう。

他の仲間達の音は弱々しく、現状が劣勢だという事がよく分かる。

 

帝は必死に息を整え、震える手で右耳のピアスを掴む。

手から感じる固い感触。

 

彼はゆっくりと数回深く呼吸し―――――――()()()()()()()()()()()()()

 

 

「っ……!!」

 

 

脳天を突き抜けるような痛みと、飛び散った鮮血。

それだけが、今の帝を繋ぎ止める方法。

だが、それはあまりにも異常過ぎる。

フラフラと頼りない足で自身を支え、黒い風の結界へ手を振れる。

 

もし、自分の考えが正しいのであれば……

 

 

「……『み…』……一時………『へ…上』」

 

 

微かに紡がれる言の葉。

 

次の瞬間、彼を拘束していた風が何事もなかった様に霧散していく。

この現状に、ラッテンは魔笛を奏でながらも驚愕した表情を向ける。

 

 

(嘘……“契約書類”のルールを跳ね除けた!?)

 

 

ギフトゲームにおいて、箱庭の審判は絶対。

そして、それを定めた“契約書類”は内容を変更する為にはホストとゲームマスターでの話し合いが必須。

 

だというのに、目の前の彼は()()()()()()()()()()に封印を解いてみせた。

規格外……なんて言葉では測れない行為。

 

 

「あぁ………やっぱり……そういう事か」

 

 

ククッと笑う声は、完全に正気を失っている様に響く。

彼は目の前で笛を奏でるラッテンに眼もくれず、そうする事が当たり前の様にクルリとバルコニーの方へと方向転換。

 

フラフラと頼りない足取りでその近くまで歩む。

もしや、白夜叉の封印も解くつもりなのか、とラッテンは演奏を中断するか悩む。

だが、それは意味のない事だった。

 

彼は数歩歩いた後、足元から何かを拾い上げる。

それは、白夜叉やサンドラが挨拶の際に使っていた声量調整のギフトが付属された拡散機(マイク)

 

それをしっかりと持ち、彼は自分で吸えるだけの息をありったけ肺へと溜めると、そのまま

 

 

 

「『()()()』ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

喉が壊れんばかりの声量で、叫ぶ。

キィーン、と耳鳴りがする様なそれは、一気に区画全てへと響き渡り――――――残ったのは、静寂。

 

いきなりの事に、ラッテンは眼をむく。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

しかも、魔王である自分の主を含めて、だ。

こんな事が現実に起こるのだろうか。

 

予想外の事態。

だが、彼女の中に恐怖が生まれる。

彼をこのままゲームに参加させてはいけない。

このままでは……()()()()()()()()()()

 

肩で必死に息をする今なら、自分でも殺せるかもしれない。

己が恐怖に従う様に、ラッテンが拳を振り上げ――――――その時、激しい雷鳴が鳴り響いた。

 

 

「そこまでです!」

 

 

振り上げた拳が、彼の髪を風圧で揺らす。

当たるギリギリで止められた拳に気を留める事無く、彼はゆっくりと視線を上げる。

この雷鳴は……

 

どこか高い建物の屋根、幾度も轟く雷鳴を発していたのは、軍神・帝釈天より授かったギフト―――“疑似神格(ヴァジュラ)金剛杵(レプリカ)”を掲げた黒ウサギである。

 

黒ウサギは輝く三叉の金剛杵を掲げ、高らかに宣言する。

 

 

「“審判権限(ジャッジマスター)”の発動を受理されました!これよりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行して下さい!繰り返します――――」

 

 

「………間に合った」

 

 

黒ウサギの宣言を聞き、彼は安堵した様に笑う。

強く体に残る熱と疲労感に、ゆっくりと薄れる意識。

 

(俺が今出来る精一杯は……これっぽっち……とはな)

 

倒れる寸前、彼は自身に対して自傷的な笑みを送る。

意識が完全に闇へ沈む寸前、誰かが自分を呼んだ様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――暗転

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

――――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

宮殿内は、負傷者で溢れ返っていた。

嫌な予感が胸を押しつぶしそうな中、カグヤは必死に仲間達の姿を探す。

暫く彷徨っていると、見知ったウサ耳が目に飛び込んでくる。

 

 

《黒ウサギ!!十六夜様にジンも!!ご無事でしたか!?》

 

「カグヤ様、ご無事でしたか!?」

 

「カグヤも無傷…とはいかなくとも、それ程酷い怪我はしてない様だな」

 

 

元気そうな十六夜と黒ウサギの姿に、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

《……他の皆様は?》

 

「実は……十六夜さんと黒ウサギを除けば、満身創痍です。飛鳥さんに至っては姿も確認出来ず……すみません、僕がしっかりしていれば……」

 

「……おい、帝はどうした?彼奴、まだ封印状態なのか?」

 

 

軽く辺りを見渡し、十六夜が問う。

一度、舞台区画を経由して中に戻ってきた十六夜は、封印されていた場所に帝の姿がない事は確認してある。

てっきり彼の事だから、交渉テーブルに着く為の根回しでもしているかと思った。

 

だが、返ってきたのはカグヤの震える声。

 

 

《兄は……ここにはいません》

 

「どういう意味だ?」

 

《兄は………重症を負い、今は“サラマンドラ”よりお借りした一室で、治療を受けています》

 

「み、帝様が……重症!?」

 

 

有り得ない、とでも言いたげに、黒ウサギが悲鳴を上げる。

あの狼姿ならばあり得る事だが、人の姿へと戻った帝がそう簡単にやられるとは思えない。

だが、カグヤの様子は尋常ではない。

 

彼女は必死に毅然と振る舞おうとしているが、その体は震え、空色の瞳も涙を溢さんと必死に押さえている状況。

それほどまでに、彼は重症なのだろう。

チッと十六夜が舌打ちする。

 

 

 

「……命に別状はないんだな?」

 

《っ……分かり、ません。私が……駆け付けた、頃には………もう…………》

 

 

後半から、涙声に変わったカグヤは、そのまま嗚咽を漏らす。

その言葉で、ジンと黒ウサギの表情に緊張が走る。

 

怪我や病を癒すギフトを持つ彼女にすら、手に負えない重症。

それは、つまり相手側魔王のギフトによって引き起こされた効力(エフェクト)の危険性がある、という事。

 

カグヤが所持する治癒系ギフト“大天使(ラファエル)の祝福”は、どんな怪我も病も治癒できる強力なギフトである反面、与えるギフトによって齎される病には効果が薄いという欠点がある。

 

 

《兄より……言われてきました。私も、出来る事なら、交渉の席に参加したのですが》

 

「ああ……そもそも、審議決議ってのは何の事だ?」

 

「“主催者権限”によって作られたルールに、不備がないかを確認する為に与えられた、ジャッジマスターが権限の一つでございます」

 

「ルールに不備?」

 

《はい。元々は、奇襲を仕掛けてくる事が多い魔王への対策に作られた権限だそうです。真偽を確かめる前に発動させる事が出来、ゲームマスターより異議申し立てがあった場合に、“主催者(ホスト)”と“参加者(プレイヤー)”でルールに不備がないかを考察する事が出来るんです。……簡単に申し上げますと、タイムアウトの様な行為ですね》

 

「ほお……?無条件でゲームを仕切り直せるなんて、かなり強力な権限じゃねえか」

 

 

思わず感心の声を上げる十六夜。

しかし、黒ウサギとカグヤの表情は複雑なまま。

 

 

「いえ、そうとも限らないのですよ。審議決議を行ってルールを正す以上、これは“主催者(ホスト)”と“参加者(プレイヤー)”による対等のギフトゲーム。……えっと、単刀直入に説明しますと、“このギフトゲームによる遺恨は一切持たない”という相互不可侵の契約が交わされるのですヨ」

 

《つまり、このゲームで死人が出ようとも、負けようとも………相手への報復目的のゲームを挑む事を禁止する、という事になります。負ければ誰も助けてはくれない、という意味です》

 

「ハッ、最初から負けを見据えて勝てるかよ」

 

 

十六夜が失笑すると、大広間の扉が開いた。

大広間に入ってきたのはサンドラとマンドラの二人だ。

サンドラは緊張した面持ちのまま、参加者に告げる。

 

 

「今より魔王との審議決議に向かいます。同行者は五人です。―――まずは“箱庭の貴族”である黒ウサギ。“サラマンドラ”からはマンドラ。その他に“ハーメルンの笛吹き”に詳しい者がいるのならば、交渉に協力して欲しい。誰か立候補する者はいませんか?」

 

 

参加者の中にどよめきが広がる。

童話の類は知られている範囲が極めて狭い為、伝承の障り程度であれば知る者は居るだろうが、細部に詳しい人間は少ないだろう。

誰も名乗りでない中、カグヤが真っ直ぐに挙手する。

 

 

《私達がいます!!“ハーメルンの笛吹き”ならば、我が“ノーネーム”リーダー、ジン=ラッセルを含む三名がいます!!》

 

「……は?」

 

「おう!“ハーメルンの笛吹き”についてなら、このジン=ラッセルが誰より知っているぞ!」

 

「ちょっ!十六夜さん!?カグヤ様まで!?」

 

 

カグヤの発言に、便乗する様に声を上げる十六夜。

それに驚くジン。

十六夜は悪戯半分本気半分で捲し立てる。

 

 

「めっちゃ知ってるぞ!兎に角詳しいぞ!役に立つぞ!この件で“サラマンドラ”に貢献できるのは、“ノーネーム”のリーダー・ジン=ラッセルを措いて他にいないぞ!」

 

「ジンが?」

 

《それに、我がコミュニティには“グリムグリモワール”のギフトゲームを何度となく完勝してきた同士がいます!この現状において、我々以上の適役者はいません!!》

 

 

キョトン、とした顔を向けるサンドラ。

そんな中、カグヤが畳みかける様に言葉をぶつける。

ここまで積極的に売り込む事は、かなり珍しい。

普段よりも覇気がある彼女の姿に、十六夜がニヤリと笑う。

 

 

「……他に申し出がなければ“ノーネーム”のジン=ラッセルにお願いしますが、宜しいか?」

 

 

サンドラの決定に、再度どよめきが広がる。

 

 

「“ノーネーム”が……?」「何処のコミュニティだよ」「信用出来るのかしら」「決勝に残っていたコミュニティか?」「ありえねえ」「おい、他に立候補者は―――」

 

 

《――――黙りなさい!!》

 

 

普段よりも低い怒声に、場の空気が一瞬にして凍る。

温厚な彼女らしからぬ声。

どうにも、北側に来てから彼女の沸点が普段よりも低くなっている様だ。

とはいえ、自分達の命運を決めるゲームの交渉テーブルに、“ノーネーム”が着く事に不安になる事は予測できた筈だ。

 

だが、その姿勢が今のカグヤの琴線を逆なでする。

 

 

《不満があるなら、名乗りを上げなさい!!“ノーネーム”が不安だというなら、自分が出ると前へ出なさい!!》

 

 

厳しい叱咤に、誰もが顔を見合わせ、俯く。

彼らとて、自分が出た所で何の役にも立たない事を自覚してはいるのだろう。

流石に、これ以上カグヤも怒鳴る行為はしなかったが、その表情は曇ったままだった。

 

深々と自分を律する様に息を吐く彼女へ、十六夜が軽く肩を叩く。

 

 

「落ち着けって。彼奴らが、名乗りを上げる事なんて、ありえない……そう分かってんだろ?」

 

《……それでも、可能性があるなら挑まなければ、相手に服従する事と同じです》

 

「………おい、少し頭を冷やせ。そんなんじゃ、帝の代役なんて勤まらないぜ?」

 

 

ポンポンと再度彼女の肩を叩き、十六夜はジンの傍へと戻っていく。

どうやら、未だに困惑状態のジンを説き伏せに行ったのだろう。

カグヤは少しだけ視線を下げ、袂へ手を入れる。

指先は直にお目当てのモノへと当たり、カグヤはゆっくりとそれを取り出す。

 

彼女の手に握られているのは………赤い紐を通してループタイにしてある月のブローチ。

兄の部屋を出る前に、カグヤが無断で失敬してきたモノだ。

 

(………兄さん)

 

何時も傍で守ってくれた兄は、今は頼る事は出来ない。

両手で包み込む様に握ると、額に付けて眼を閉じる。

ここからは、十六夜達と共に自分が前線で戦わねばならない。

不安に心臓が握り潰されそうになりながら、カグヤは心を鎮める。

 

(絶対に……負けられない。絶対………)

 

 

「――――カグヤ様?」

 

 

ふと、声をかけられ、カグヤは顔を上げる。

その先には、交渉テーブルへと向かおうとする仲間達の姿。

心配そうに声を掛けた黒ウサギが、気遣う様に彼女の肩へ手を伸ばす。

 

 

「御加減が悪いのですか?やはり、ここは黒ウサギ達に任せて……」

 

《大丈夫です、黒ウサギ》

 

 

やんわりと微笑みながら、カグヤは黒ウサギの手を断る。

逃げ出したくなる弱気な自分に叱咤すると、持っていたループタイを首にかけ、カグヤは彼らと共に交渉の席へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、貴賓室。

 

 

「ギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”の審議決議、及び交渉を始めます」

 

 

厳かな声で、黒ウサギが告げる。

十六夜達の対面には、白黒の斑のワンピースを着た少女が座り、その両隣に軍服のヴェーザーと白装束のラッテンが立っている。

カグヤは、十六夜とジンの後ろで直立しつつ、注意深く彼らを睨む。

 

(“ラッテン(ネズミ)”と“ヴェーザー河”………サンドラ様のお話では、巨兵は“シュトロム()”と言っていた。………それなら、帝をあんな目に合わせた張本人は、間違いなく魔王である彼女)

 

招かれた部屋は、豪奢な飾り付けが施された貴賓室だった。

テーブルには、既にサンドラ、マンドラ、ジン、十六夜の順で座り、カグヤはその後ろに立つ。

使用人である彼女が、席につく事はない。

それは、本人たっての希望だ。

 

そのせいだろうか、ジンが時折後ろにいるカグヤの姿を気にしている様で、時折視線を後ろへと向けてくれる。

 

その姿に、隣に座っている十六夜が呆れた様に、軽く肘で横腹を突いている。

 

 

「まず、“主催者(ホスト)”側に問います。此度のゲームですが、」

 

「不備は無いわ」

 

 

斑の少女は言葉を遮る様に吐き捨てる。

 

 

「今回のゲームに不備・不正は一切ないわ。白夜叉の封印も、ゲームのクリア条件も全て整えた上でのゲーム。審議を問われる謂われは無いわ」

 

 

静かな瞳とは裏腹に、ハッキリとした口調で話す斑の少女。

 

 

「………受理してもよろしいので?黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘を吐いてもすぐ分かってしまいますヨ?」

 

「ええ。そして、それを踏まえた上で提言しておくけれど。私達は今、無実の疑いでゲームを中断させられているわ。つまり貴女達は、神聖なゲームにつまらない横槍を入れているという事になる。――――言ってる事、分かるわよね?」

 

 

涼やかな瞳で、サンドラを見詰める。

対照的に、サンドラは歯噛みした。

 

 

「不正がなかった場合………主催者側に有利な条件でゲームを再開させろ、と?」

 

「そうよ。新たなルールを加えるかどうかの交渉は、その後にしましょう」

 

「………わかりました。黒う」

 

《お待ちください》

 

 

審議を取ろうと、サンドラが黒ウサギを見る。

その瞬間、その声を遮ったのは―――カグヤだった。

 

 

「……カグヤ様?」

 

《ジン、発言の許可を頂いても?》

 

「は、はい!」

 

 

礼儀として、一応コミュニティのリーダーであるジンへ許可を求める。

彼は慌てて頷く。

その隣で、十六夜が少しだけ楽しげに笑う。

 

 

「おい、カグヤ。お前、今の発言に異議申し立てがあるのか?」

 

《はい。申し訳ありませんが、私から先にお話させて頂きたいと思います》

 

 

挑発的な笑みに、カグヤは涼やかな笑みで応える。

途端、斑の少女が怪訝そうな眼でカグヤを睨む。

 

 

「貴女……誰よ」

 

《“ジン=ラッセル率いるノーネーム”出身、使用人をさせて頂いています。月宮カグヤ、と申します》

 

 

礼儀正しく一礼するカグヤ。

だが、その瞳は氷塊を思わせる程に凍り付き、敵意を滲ませている。

 

 

《結論から、申し上げます。このゲームに不備は一切ないでしょう》

 

「なっ……」

 

「……へぇ」

 

 

平然と紡がれた言葉にマンドラが絶句し、斑の少女が楽しげに笑う。

ジンも驚いた様に目を丸くしているが、その隣にいる十六夜は少しだけ不思議そうな表情を向けている。

きっと、彼には不正に該当する内容までは、分かってはいないのだろう。

カグヤは柔らかな笑みで、十六夜へ話しかける。

 

 

《十六夜様は、こういった交渉には初めてでしたね。どの程度がゲームの不正に該当するか、よく分かっていないと思います》

 

「ああ。正直、どの程度が引っかかるのか、よく分からない」

 

《………少し、ご説明致します》

 

 

カグヤが佇まいを直す。

 

 

《十六夜様も知っての通り、ギフトゲームは参加者側の能力不足、知識不足は不備だと認められません。例え、不死を殺せと命ぜられようとも、殺せない方が悪いのです。今回のゲームは、クリアの必須と思われる“ハーメルンの笛吹き”の伝承に対する知識ですが、()()()()()()()()()()()。》

 

「へぇ?そりゃ理不尽だ」

 

《今回のゲーム、サンドラ様が考える不備とは、白夜王の封印だと思います。彼女は、()()を明記しながらも、()()は出来ないとなっています。これには、本来もっと明文化された要因が必要と思われる……そうですね?》

 

「はい」

 

「確かに……記されていたのは『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』の一文のみ、だもんな」

 

 

しっかりと頷くサンドラに、十六夜が納得した様に呟く。

そう、今回参加者側が不備だと指摘するのは、白夜叉の封印に関する項目だ。

その解除法が明確な明記がない状態で、彼女の参戦が認められないのは、確かに不備だと叩かれても仕方がないだろう。

 

だが、それは違うとカグヤは否定した。

 

 

《魔王側に問います。このルールに不備はないのですね?》

 

「くどいわ。白夜叉の封印はルールに則って、しかるべき力が働いたという結果よ」

 

 

平然と頷く斑の少女。

その言葉に、カグヤはクスリと笑みを浮かべる。

 

 

《では、問い方を変えます。………その封印は()()()()()ですか?》

 

「……その筈よ」

 

 

カグヤの問いに、斑の少女は怪訝そうに表情を歪めつつ、頷く。

その瞬間、後ろに控えていたラッテンが慌てた様に少女へ話しかける。

 

 

「マスター!!ちょっとま―――」

 

《黒ウサギ、先程の回答に審議を!!》

 

 

それを許さぬ様に、カグヤのその声を遮り、黒ウサギへ畳みかける。

早急な要望に、黒ウサギは暫し驚いた様に目を丸くしたが、すぐに瞑想を始める。

ピクリピクリと動くウサ耳。

 

チッとラッテンが舌打ちした。

 

暫しの沈黙。

ゆっくりと眼を開けた黒ウサギは、満面の笑みで頷く。

 

 

「箱庭からの回答が届きました。カグヤ様の言い分を受理します。“主催者(ホスト)”側が嘘をついています」

 

「なっ……」

 

 

驚いた様に目を見開く斑の少女。

それとは逆に表情を綻ばせるサンドラとジン。

十六夜が上機嫌に口笛を鳴らす。

 

 

「へえ……してやったり、てやつか?」

 

《はい》

 

 

しっかりと頷き、カグヤも嬉しそうに笑う。

悔しげに歯噛みした少女は、キッと後ろに控えていたラッテンを睨む。

 

 

「どういう事?」

 

「じ、実は………」

 

《白夜王の他に……一名。彼女と同じ様な状態に封印されたプレイヤーがいました。―――――私の兄です》

 

 

鋭く彼らを睨む、カグヤが告げる。

 

そう、今回のゲームでは名指しされた白夜叉だけではなく、()()()()()()()帝までもが封印されていた。

それは、どう考えても相手側の設計ミスだっただろう。

そして、彼が封印された事を知るのは仲間である“ノーネーム”と現場に居合わせたラッテンのみ。

彼女も、まさか其処を突いてくるとは思っていなかったらしく、魔王である少女へは告げていなかったのだろう。

その油断を、まんまとカグヤが逆手に取ったのだ。

 

これにより、ゲームの主導権は参加者側へと大きく傾く。

 

だが、それでもゲームは主催者側が主導を握る事は変わらない。

それでも、相手の思い通りになる事だけは免れられるだろう。

 

斑の少女は少しだけ苛立った表情で、黒ウサギに視線を向ける。

 

 

「それで……ゲームの再開は何時まで伸ばせるの?」

 

「日を跨ぐ、と?」

 

 

サンドラが意外な声を上げた。

これには、マンドラも同様だった様だ。

彼らに、このまますぐにでもゲーム再開を持ち込まれれば、敗北しているのは参加者側。

 

 

「ジャッジマスターに問うわ。再会の日取りは最長で何時頃になるの?」

 

「さ、最長ですか?ええと、今回の場合だと………一か月でしょうか」

 

「そう、なら―――」

 

「待ちな!」

 

「待って下さい!」

 

《ダメです!!》

 

 

十六夜とジンが同時に待ったをかけ、カグヤが悲鳴にも似た声で否定する。

三人とも、その声には緊迫したモノが混じっていた。

 

 

「………なに?時間を与えてもらうのが不満なのかしら?そちらの方が、有利になる様に譲歩してあげているのよ?」

 

「いや、有り難いぜ?だけど場合によるね。……俺は後でいい。御チビ、先に言え」

 

「はい。主催者に問います。貴女の両隣にいる男女は“ラッテン”と“ヴェーザー”だと聞きました。そして、もう一体が“(シュトロム)”だと。なら貴女の名は………“黒死病(ペスト)”ではないですか?」

 

「ペストだと!?」

 

 

一同の表情が驚愕に歪み、一誠に斑の少女を見詰めた。

 

―――“黒死病”とは、十四世紀から始まる寒冷期に大流行した、人類史上最悪の疫病である。

 

この病は敗血症を引き起こし、全身に黒い斑点が浮かんで死亡する。

グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”に現れる道化が斑模様であった事。

そして、黒死病が大流行した原因である、ネズミを操る道化であった事。

 

この二点から、“一三○人の子供達は黒死病で亡くなった”という考察が存在するのだ。

 

 

「ペスト……そうか、だからギフトネームが“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”!」

 

「ああ、間違いない。そうだろ魔王様?」

 

「………。ええ。正解よ」

 

 

涼やかな微笑で斑の少女―――ペストが頷く。

 

 

「お見事、名前も知らない貴方。よろしければ、貴方とコミュニティの名前を聞いても?」

 

「………“ノーネーム”、ジン=ラッセルです」

 

 

コミュニティの名前を聞いたペストは、チラリと背後に立つカグヤにも視線を走らせ、小さく笑む。

どうにも、相手側は“ノーネーム”でありながらも、恐ろしく手強いプレイヤーが在籍している様だ。

 

 

「そっ。後ろの使用人も含めて、覚えておくわ。………だけど、確認を取るのが一手遅かったわね。既に、参加者の一部には、病原菌を潜伏させている。先に日取りの選定を言質したのは、私達。その意味……分からない訳ではないでしょう?」

 

 

交渉において、先に口にした事が前提として話が進む。

今回、自身が不利になる危険性を感じたペストは、先にゲームの日取りを一か月後だと公言した。

つまり、参加者側はどうにかしてこの発言を撤回させねばならない。

 

カグヤの顔色が真っ青に変わる。

 

 

《一か月なんて………ほぼ、プレイヤー全員が死滅します!!それに………彼は………兄はそこまで持ちません》

 

 

呻く様に呟く言葉。

その言葉に驚いたのは、十六夜とジンだった。

二人の顔色も一瞬にして青に変わる。

 

 

「カグヤ、どういう意味だ?」

 

《……既に、黒死病を発病したプレイヤーがいます。兄です。………多分、持って三日が限界だと……お医者様に言われました》

 

 

ゾッとした。

既に、感染者が発病し、いつ死んでもおかしくない状態だというのだ。

そうでなくとも、黒死病は発病まで最短で二日。

重病人がいるなら、もっと早く発病する危険性もある。

参加者側の表情が凍りつく中、ペストは涼やかな笑みで問う。

 

 

「此処にいる人達が、参加者側の主力と考えていいかしら?」

 

「………」

 

「マスター。それで正しいと思うぜ」

 

 

黙り込む参加者に代わり、ヴェーザーが答える。

 

 

「なら提案しやすいわ。―――ねえ皆さん。此処にいるメンバーと白夜叉。それらが“グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に降るなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」

 

「なっ、」

 

《お断りします!!!》

 

 

真っ先に怒声を上げたのは、カグヤ。

その瞳には、烈火の如き怒りが滲み出している。

 

 

「あら、私は貴方達の事が気に入っているのよ?サンドラは可愛いし、ジンは頭いいし………それに、貴女も綺麗だし」

 

「私が捕まえた紅いドレスの子もいい感じですよ、マスター♪」

 

 

ラッテンが愛嬌たっぷりに言うと、“ノーネーム”のメンバーの顔が強張る。

 

 

「ならその子も加えて、ゲームは手打ち。参加者全員の命を引き換えなら安いものでしょ?」

 

 

微笑を浮かべ、愛らしく小首を傾げるペスト。

しかし、その笑顔の裏にあるのは真逆の意。

()()()()()()()()()()と、この少女は言っているのだ。

 

戸惑う一同。

しかし、十六夜とジン、カグヤは冷静に状況を考えていた。

 

 

「………これは白夜叉様からの情報ですが。貴女達“グリムグリモワール・ハーメルン”はもしや、新興のコミュニティなのでしょうか?」

 

「答える義理はないわ」

 

 

即答だった。

しかし、それが逆に不自然さを浮き彫りにしてしまう。

十六夜はすぐさま察して畳みかける。

 

 

「成程、新興のコミュニティ。優秀な人材に貪欲なのはその為か」

 

「…………」

 

《沈黙は是となりますよ、魔王》

 

 

厳しく追及する声を上げる。

ペストは笑みを消し、眉を歪めて二人を睨んだ。

 

 

「………だから何?私達が譲る理由はないわ」

 

《いいえ、十分な理由だと思いますよ。何せ……一か月も時間が経てば、ほぼ全員が死滅するのですから》

 

「カグヤ様の言う通り。僕も一か月間生き残れるとは思えない。それに、貴女達だって、優秀な人材を無傷で手に入れたいと思っている筈です。違いますか?」

 

 

追及の手は緩まない。

更にジンが畳み掛ける様に言う。

 

 

()()()()()()()()()()()()()。だから貴女はこのタイミングで交渉を仕掛けた。実際に三十日が過ぎて、その中で失われる優秀な人材を惜しんだんだ」

 

 

断言して言い切る。

今回に限ってだが、ジンはこの解答に絶対の自信があった。

しかし、ペストはそれでもなお憮然と言い返す。

 

 

「もう一度言うけど、()()()()()?私達は最初に再開する日取りを言質した。つまり、今からでも自由に変える権利がある。一か月でなくとも………二十日。二十日後に再開すれば、病死前の人材を、」

 

「では、発病したものを殺す」

 

 

ギョッと全員がマンドラへと視線を向けた。

その瞳は真剣そのものだ。

だが、その言葉に笑みを浮かべる人物がいた。

―――――カグヤだ。

 

 

《では、最初の見せしめは兄、ですか?》

 

「ああ、例外は認めない。誰であろうとも……サンドラだろうと、“箱庭の貴族”だろうと、この私であろうと」

 

《………そうですか》

 

 

真っ直ぐと言葉を紡ぐマンドラへ、カグヤは淡い苦笑を浮かべると、クルリと方向転換し、出口の扉へと歩み出す。

その姿に、慌てて黒ウサギが待ったを掛けた。

 

 

「か、カグヤ様!!どちらへ―――」

 

《―――兄を殺して参ります》

 

 

平然と返ってきた言葉。

その一言に、全員が絶句する。

彼女は一体、何をしようというのだろうか。

何故、平然と――――誰よりも慕う兄を殺す、等と言うのか。

その疑問が、参加者側の表情を一気に曇らせる。

 

クスリ、とカグヤが優雅に笑む。

 

 

《元より、兄に言い付けられていました。「もし、参加者側が魔王に降るという判断をつけるのであれば、その時は首を斬れ」と》

 

「そ、そんな……」

 

 

言葉をつまらせるサンドラ。

これが、ブラフだと思いたいが彼女の瞳が本気だと、雄弁に語っている。

そして、それがカグヤが兄である帝に言い付けられた事なのだろう。

 

 

「か、カグヤ様!それはあまりにも乱暴すぎるのでは……」

 

《これも、兄が望んだ事です。………そして、私が決めた事》

 

「あら……出来るの?貴女に」

 

 

引き留めようとするジン。

面白がる様に笑うペスト。

 

 

《やります。そして………私自身も共に果てます。私とて、魔王のコミュニティに降る位ならば、この場で首を斬った方がマシですので》

 

 

過激すぎる宣言。

空気が一気に緊迫する中、十六夜は何かを思いついたのか、黒ウサギへと言葉を投げる。

 

 

「黒ウサギ。ルールの改変はまだ可能か?」

 

「へ?………あ、YES!」

 

 

黒ウサギも何かに気が付いた様に、ビン!とウサ耳を伸ばす。

 

 

「交渉しようぜ、“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”。俺達はルールに“自決・同士討ちを禁ずる”と付け加える。だから、再開を三日後にしろ」

 

「却下。二十日」

 

 

即決を下される。

しかも、数字は全く変わっていない。

理想的な期間は、例の謎解きの事も考えて一週間以内。

だが、仲間が瀕死である今、三日以内にする事が最優先だと思ってもいい。

他に交渉出来るモノはないかと見渡し、黒ウサギと目が合う。

 

 

 

 

「今のゲームだと、黒ウサギの扱いはどうなってるんだ?」

 

「黒ウサギは大祭の参加者ではありましたが、審判の最中だったので十五日間はゲームに参加出来ない事になっています。………主催者側の許可があれば別ですが」

 

「よし、それだ魔王様。黒ウサギは参加者じゃないから、ゲームで手に入れられない。けど黒ウサギを参加者にすれば手に入る。どうだ?」

 

「………二週間」

 

「ちょ、ちょっとマスター!?“箱庭の貴族”に参加許可を与えては………!」

 

「だって欲しいもの、ウサギさん」

 

 

焦るラッテンに素っ気ない一言で返答する。

黒ウサギを引き合いに出しても二週間が限度。

だが、これ以上に相手が食い付く交渉道具があるのだろうか。

全員が思考を巡らせる中―――――カグヤが口を開く。

 

 

《ジャッジマスターに問います。現在、()()()()()()はどうなっていますか?》

 

 

突然の問い。

確か、彼は封印状態から何かしらの行動を行い、プレイヤーとして復帰している筈だ。

それなのに、彼女は一体何を知りたいというのだろう。

 

訳が分からない………

 

そう困惑する中、黒ウサギは自慢のウサ耳をピクリと震わせると、驚いた様に目を丸くする。

 

 

「は、箱庭より回答です。月影帝は………()()()()()()()()()()()!」

 

 

「なっ……!?」

 

 

その言葉に、全員が目を丸くする。

確かに、あの時振ってきた“契約書類”の範囲に彼が含まれていた。

だが、箱庭の回答には彼は存在しないモノと扱う様になっている。

 

全く意味の分からない矛盾。

だが、その場でジンが何かを思い出した様にあ、と声を上げた。

 

 

「も、もしや、帝様は“離脱権限(リロード)”を発動させたのですか?」

 

「……“離脱権限”?」

 

 

聞き慣れぬ言葉に、十六夜が首を傾げる。

 

 

《そういえば、十六夜様は私と帝の存在を御存じではありませんでしたね。……十六夜様、帝が人の姿となった時、どう自己紹介したのかを覚えておりますか?》

 

「……確か、“竹取物語”の生き残りだとか、“箱庭の御子”だとか言ってたな」

 

《はい。私達“竹取物語”には、一つだけ特別な特権が与えられています。それが“離脱権限”です》

 

 

離脱権限(リロード)”とは、“竹取物語”の血を引く者達にのみ与えられ、効力は参加者となった時にのみ発動する特殊権限。

これは、()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 

《元々は、特殊過ぎるギフトを一子相伝で受け継いできた一族が、魔王側に利用されない様に齎された特権だそうです。私も、兄も滅多な事では使わない様にしていますが……》

 

「ふぅん……つまり、黒ウサギが持つ“審判権限(ジャッジマスター)”を発動させなくても、仕切り直しが可能って事か」

 

《はい。ただし、発動は一度のみという諸刃の剣です。そして、無条件に発動させて離脱出来るのは()()()()()()()()です。本来であれば、兄も然るべき手続きの元、“ノーネーム”をゲームから除外するつもりだったのかもしれませんが………》

 

 

しかし、その手続きを行う前に病魔に倒れたのだろう。

少しだけ視線を下げ、項垂れるが、すぐさまその瞳がペストへと向けられる。

 

 

《交渉材料として、兄は最適だと思います。魔王である貴女は新米でしょうから、知らないとは思いますが………後ろに控えているお二人ならば兄―――――月宮夜光(やこう)を御存じですよね?》

 

「っ!?」

 

 

普段とは聞き慣れない名前。

だが、その一言でヴェーザーもラッテンも眼を引ん剥く勢いで見開く。

しかし、それは“サラマンドラ”のマンドラも同じだった。

信じられない、とでも言いたげにカグヤを見詰め、今にも嘘を問いただしそうな勢いが窺える。

 

 

「ハハ……まさか、“魔王殺し”が“ノーネーム”に在籍してるなんてな」

 

「……どういう意味なの?」

 

 

怪訝そうに首を傾げるペスト。

 

 

「俺達も、前のマスターに言われてた事がある。『絶対に“魔王殺し”に単体で挑むな。存在自体を抹消されるぞ』ってな具合に」

 

「そうそう。前のマスターだけでなく――――私達の姉妹魔道書も悉く負けちゃって………前のマスターが負けるなら、彼奴だろうなってぼやく位に強いプレイヤーですよ」

 

《魔王のギフトゲームに単身で挑み、完勝する……それ故に付いた通り名が“魔王殺し”です。ですが、現在は重病人として闘病生活が必須となっております。ゲーム復帰も、無理でしょう》

 

「……つまり、だ。“魔王殺し”の異名を持つ彼奴も、現在は重病人として床に臥せ、ゲーム参加は絶望的。だが、ゲームの日数を縮めてやれば、死なずに……しかも、戦わずに手に入る。どうだ?」

 

 

カグヤの目配せを受け、十六夜が更に切り込む。

相手とて、強力な手駒を戦わずして、しかも無傷で手に入る。

その為にはかなりの日数を縮めねばならないだろう。

思案する様に腕を組むペスト。

しかし、彼女が口を開く事はなく、沈黙だけが空間を満たしていく。

 

やはり、材料として弱いのだろうか。

不安が参加者側に広がった時――――――ジンが意を決して口を開く。

 

 

「それなら、ゲームに期限を付けます」

 

「なんですって?」

 

「再開は一週間後。ゲーム終了は………()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ゴクリ、と黒ウサギやサンドラ達が息を呑む音が貴賓室に響いた。

その間にジンは、呆然と成行きに目を丸くしていたカグヤへと振り返った。

 

 

「カグヤ様。……一週間です」

 

《ほ、ほぇ?》

 

「一週間、()()()()()()()()()()()()()()。できますか?」

 

 

真剣に見つめる彼の瞳。

カグヤは暫し瞑想し―――――胸へと右手を置くと、恭しく頭を垂れる。

 

 

《お約束します。月宮の名に懸けて、私の誇りに掛けて………一週間、絶対に誰も死なせません!》

 

「……これで、参加者側に一週間は死者が現れません。それでも、今後現れるであろう症状やパニックを想定した場合、精神的にも体力的にもギリギリで耐えられる瀬戸際。そして、()()()()()()()()()()()()()()。だから、全コミュニティは、無条件降伏を呑みます」

 

 

如何ですか?と畳み掛けるジン。

それは、ほぼ最低ラインで必要な時間を確保し、尚且つ死者を出さない参加者側の希望と、無傷で人材を手に入れたい主催者側の希望の丁度中間位の内容。

確かに、それならば理想的だと思ってもいいだろう。

それに、ラッテンやヴェーザーが危険だと言うプレイヤーは、現在参加出来ない状態であり、重病人。

ゲームへ参加されては厄介だろうが、ゲーム参戦が絶望的な今ならば、ゲームを仕掛ける事なく手に入れられる。

 

確かに理想的だ。

 

そう、理想的ではあるが―――――面白くはない。

 

 

(………気に入らないわ)

 

 

ペストは不愉快だった。

一見して合理的に話が進んでいるが、何もかもが参加者側の目論見通りになっている。

それが気に食わない。

 

それに、とペストはサンドラ達“サラマンドラ”ではなく――――“ノーネーム”へと視線を向ける。

 

この現状を作り出したのは、他ならぬ“名無し”達。

そして、魔王として若輩者である自分でも分かる程に、この“ノーネーム”には貴重な人材が揃っている。

自分の名前をいい当てた事といい、この交渉といい………真っ直ぐにジンを見詰め、ペストが問う。

 

 

「ねえ、ジン。もしも一週間生き残れたとして………貴方は、魔王(ワタシ)に勝てるつもり?」

 

「勝てます」

 

 

間髪開ける事無く、ジンが即答する。

それは、脊髄反射に近い答えだったのかもしれないが、それでも自分の同士が負ける事等疑わない澄み渡った瞳をしていた。

それが余計に――――――ペストの神経を逆撫でした。

 

 

「………………………………そう。良く分かったわ」

 

 

ペストは不機嫌な顔を一転させ、にっこりと笑った。

そんな華が咲いた様な笑顔で、

 

 

「宣言するわ。貴方は必ず―――――私の玩具にすると」

 

 

瞳は壮絶な怒りを浮かべた。

ゾクリ、とカグヤの背に冷たい汗が滑っていく。

 

次の瞬間、激しく黒い風が吹き抜け、参加者達が顔を庇う最中、主催者―――――“黒死斑の魔王”は消えた。

完全に気配が立たれ、ここに存在しない事を確認すると、カグヤはその場でクタリとへたり込む。

 

 

「か、カグヤ様!?」

 

《す、すみません…………腰が、抜けました》

 

 

あはは、と乾いた笑みで答える彼女は、先程の毅然とした態度が嘘の様に弱々しい。

今まで、ずっと張りつめていたモノが全て音を立てて崩れていくかの様に………カグヤにとって、この交渉は必死だったのだ。

 

 

「それにしても………まさか、カグヤから『殺す』だの、『交渉材料』だのという言葉が聞ける日がくるとはな」

 

《あ、はは………全て、兄の入れ知恵ですよ?》

 

「ハッ、だろうな。どう見ても、オマエのガラじゃないだろ?」

 

《はい。なので………もし、止められなかったら、本当に兄を殺しにいかないといけなくなる所でした》

 

「カグヤ様、無茶をし過ぎですよ!!」

 

 

未だ床に座り込んだままのカグヤを、黒ウサギが助け起こす。

だが、今のカグヤには自身の身体を支える事は、困難な程に足が震えてしまっている。

いや、足だけではない。

 

手も、身体も、心すら―――――今更襲ってきた恐怖によって、マトモに使える状態ではないのだ。

 

 

《……見苦しい姿を晒して、すみません》

 

「そんな事ないのです!!カグヤ様は、プレイヤーとして立派に立ち向かっていました!!この黒ウサギが証人ですヨ!」

 

《黒ウサギ……》

 

「お前、初めての交渉だったんじゃねぇのか?普段は、帝がいけしゃぁしゃぁと高説を述べてそうだもんな」

 

《はい………》

 

 

十六夜の指摘通り、普段の交渉には帝が投入される事が多い。

ゲームの経験、そして知識の豊富さはコミュニティの中でも信頼されていたのだ。

カグヤは、その姿を見る事はあっても、自分がその席に立とうとは思った事がない。

 

兄の後ろに隠れ、兄に守られ……兄に愛されて育った自分が、戦える程強い生き物だとは思えない。

だが、それでも――――

 

 

《私が……守るんです》

 

「カグヤ様?」

 

《守りたいんです。帝も、耀様も、飛鳥様も、十六夜様も、ジンも、黒ウサギも、レティシアも……私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()んです》

 

 

だから、もう逃げたくない……。

そう呟く彼女の瞳には、誰よりも強い信念と闘志が爛々と輝いていた。

 

―――― 一瞬、十六夜はその瞳に言いなれない不吉さを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名“The PIED PIPER of HAMELIN”

 

 

 

・プレイヤー一覧 現地点で三九九九九九九外門・四○○○○○○外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ(“箱庭の貴族”及び“箱庭の御子”を含む)。

 

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

     ・太陽の運行者・星霊 白夜叉(現在非参戦の為、中断時の接触禁止)

 

 

 

・プレイヤー側・禁止事項

     ・自決及び同士討ちによる討死。

     ・休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。

     ・休止期間の自由行動範囲は、大祭本陣営より500m四方に限る。

 

 

 

・ホストマスター側 勝利条件

     ・全プレイヤーの屈服・及び殺害。

     ・八日後の時間制限を迎えると無条件勝利。

 

 

 

・プレイヤー側 勝利条件

     一、ゲームマスターを打倒

     二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

・休止期間

     ・一週間を、相互不可侵の時間として設ける。

 

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下に、ギフトゲームを開催します。

 

 

 

 

 

 

        “グリムグリモワール・ハーメルン”印』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





更新が遅くなりました、水無瀬です。
何故だか、水無瀬のPCがハーメルンに繋がらなくなりまして………くそ、孔明の罠か(唯言ってみただけ)


さて、前回帝について補足できなかったので、ここでちょこっとだけお話。

帝の解除条件は、『狼男』と『カエルの王子』をミックスした結果です。
月の満ち欠けは、カグヤと帝が所属していたコミュニティ“竹取物語”の“月”に準えて、という部分でもあります。

まぁ、キスは………水無瀬の趣味趣向により出来ました(キリッ)

“ペルセウス”戦で、飛鳥が感じた唇への違和感は、帝が力一杯投げ込んだギフトカードの感触だったんですね!
狼なのに、いい腕(口?)してるぜシスコン!!!(作者としてどうかと思うコメント)




ここからは、水無瀬のぼやき。
最新刊、発売は1日でしたが早めに発売する書店で、小説をいち早くゲットしてきたのですが…………うん、ないわぁ←

いや、もう………ね?
今回ばかりは、ちょっと頭を悩ませる様な内容でしたよ!
てか、ピンチ!?ピンチなの!?金糸雀姉さん、マジぱねぇ!!!!(落ち着け)

ネタバレをするのも良くないので、この程度ですけど…………早く来い!!7月!!!
続きが気になる!!十六夜押しな水無瀬としては!!!



………よし、いつもの水無瀬が帰ってきましたよぉ←

では、次のお話です。
次は謎解き編ですね!ほぼ空気だった帝くんにも頑張ってもらいたい部分ですが………大丈夫か?あのシスコン狼。
そして、ここから先はカグヤオンステージ!!彼女が頑張ってくれます!!
予定では、この後に間章を挟み、三巻に移行する予定です。
間章は帝の過去に関係するお話と、二巻頭で激怒したカグヤへ問題児三人が謝罪するお話を予定してます。

まぁ、魔王騒ぎでカグヤ自身はそれどころではない!!みたいな状態ですけど。




では、また

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