贖罪の紅椿   作:のん

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第2話

 部屋にあったパソコンを起動させ、≪白騎士事件≫とワードを入力するとおよそ一千万件を超える膨大な検索結果が出た。

 その検索結果をしばらくジッと眺めていた箒であったが、やがて静かに……けれども重くため息を吐いた。

 

 「はぁ……」

 

 +++

 

 あれからひとまずバスタオルで体を拭き、寝間着に着替えた箒は時間の逆行、さらには一度は自分のせいで失った想い人を今度は自分の手で救うことができるかもしれないという思いから来るあまりの興奮からベッドに入ることもできず、早速如何にして一夏を守るか画策を開始していた。

 

 今にして思えば一夏は福音戦の時のみならず、クラス対抗戦時の無人機襲来、さらには学年別トーナメント時のラウラのISに搭載されていたVTシステム暴走など死んでいてもおかしくない場面はたくさんあった。

 もし仮に万が一、この時の流れが同じように繰り返されると仮定し、はじめ箒はそのような状況から如何にして一夏を守るか考えていた訳だが、ちょっと待てよ……? とあることに気付いたのだ。

 

 ――そもそも一夏がIS学園に入学しなければ……いや、そもそもISが軍事利用などされていなければ、このような未来は事前に回避できるのではないか?

 

 ISが人を殺めることができる兵器であるからそもそも間違っているのだ。本来、宇宙進出を目的として作られたISが≪兵器≫として認識されたのは、ISの生みの親である篠ノ之束がISの性能を認められず、その性能を世界に認識させるために引き起こした(これはあくまでも箒の予測の範疇を出ないが)≪白騎士事件≫がきっかけだった。

 

 十二カ国の軍事コンピュータの同時ハッキングに加え、放たれた各国のミサイル二三四一発を≪白騎士≫と呼ばれる一機のISを纏った謎の女性がたった一人でその全てを切り落としたという歴史的大事件――それが世間一般の≪白騎士事件≫に対する認識である。が、箒は束の身内であるために、その事件の首謀者が束であるという予測を――あくまでも予測の範疇を出ないが――立てていた。

 

 

 これはあまり自分では言いたくないことなのだが、自分は束に溺愛されているという自覚がある。箒自身は想い人(一夏)や家族と引き離す要因であるISを生み出した束を正直あまり好きになれなかったが、自分のためにわざわざ専用機である≪紅椿≫を用意してくれたり、出会うや否や過剰なスキンシップを求めてくることから、少なくとも他者よりは束に気に入れられている存在のはずである。

 つまり箒はこう考えたのだ。

 もしまだ≪白騎士事件≫が起きていないのならば、自分が束に呼びかけることで≪白騎士事件≫を未然に防ぐことができるのではないかと。

 

 しかしその箒の計画を実行する条件として≪白騎士事件≫がまだ起きていないということは大前提である。よって手っ取り早く事件がもう起きているかどうかの有無を確認するために、ネットで調べてみたわけなのだが、ここで冒頭に戻る。

 

 「はぁっ……」

 

 検索した結果は見事に一千万件を超すヒットもヒット、大ヒットであった。この結果がどのような結果を示していることはもはや明確であろう。

 

 (白騎士事件は防げなかったか……)

 

 予感はしていた。今もこうして≪保護プログラム≫の傘下にいるということはすなわち、ISが世界に最強の軍事兵器として認識されたからであり、逆に≪白騎士事件≫が起こっていないのなら、自分はまだ世間一般と何ら変わらぬ一般人であるのだから、このようなマンションの一室などにいるはずもないからだ。

 ただ、万が一ということもあるため念のため確認してみたが……やはりそのようなことはなかった。

 

 「……」

 

 考える限り、恐らくは最も確実かつ安全な方法が使えないことを悟り、しばし脱力してしまった箒であるがすぐさま首を振って頭を切り替えた。

 

 ISが軍事兵器として利用されてしまうのなら、次に考えられるのは一夏をそもそもIS学園に入学させないということだ。

 この出来事を防ぐには、まず一夏がISを起動させないということが大前提なのだが……ここにきて箒は頭を抱えることとなった。

 

 (そもそも一夏はいつどこでどうやってISを起動させたんだ?)

 

 この事がわからなかったらそもそも計画の練りようがない。

 箒はうんうんと己の記憶を遡らせる。

 

 初めて一夏がISを起動したことを知ったのはテレビのニュースでだった。その時はあまりにも突然の想い人の登場に舞い上がってしまい、ニュースの内容など碌に聞いてもいなかった。

 

 (では次だ!)

 

 それ以来もちょくちょくと新聞に一夏の記事が掲載された時はその顔写真だけ切り取って捨ててしまっていた。記事の内容など碌に読んでもいなかった。テレビに一夏のニュースが登場した時は顔写真に夢中でニュースの内容など――以下同文。

 

 (で、では次だ!)

 

 待ちに待ったIS学園での一夏との再会。六年ぶりの生の一夏の姿に箒の中の理性は消し飛んでいた。「まったく、お前はどうしてISなど起動させてしまったんだ」といったちょっとした皮肉を交えた会話など微塵も行った記憶がない。

 

 「あ……ああ……あ……」

 

 数分後、箒は自分のあまりの低能ぶりに耐え切れず、その精神を崩壊させていた。口からモクモクと煙のようなモノが立ち昇っているが大丈夫なのだろうか。

 

 (まったく情けない……。なんでISを起動させてしまったんだ? など日常の些細な会話で気軽に話せる内容だろう! というか、真っ先に訊いていても何らおかしくはない話題だろう! それなのに……なにをやってるのだ私は!)

 

 諦めてたまるか! と箒は思考をフル回転させる。

 

 まずISを起動させるには当然の事ながらISに接触する必要がある。しかし、男がISと触れ合う機会など早々ないのだから、おそらく一夏のIS起動は突発的な起動だったのだろう。

 では突発的にISを起動させてしまう状況(シチュエーション)とは何か。

 これがアニメや漫画の世界だったら、悪の組織に狙われる中、逃げ込んだ一室に鎮座する一機のIS――女性しか扱えないとされるソレだが助かるには……今起動させるしかない! 頼む、俺に力を貸してくれ、ISッ! ……的な展開もあるのかもしれないが、ここは現実、法治国家日本だ。そのような展開ではおそらくないだろう。

 

 「……」

 

 おぼろげな記憶だと、初めて一夏のニュースを見たのが中三の冬頃……つまり受験のシーズンだ。

 IS学園は受験の一環としてISの適性検査なるものがあり、その会場は市の多目的ホールなど案外、世間一般に身近なものである。

 

 (もし一夏が受験会場を間違えたとして、その間違えた会場の先にISが鎮座していたとしたら)

 

 ――好奇心のあまり少しくらい触ってしまうかもしれない。

 

 「……まさかな」

 

 最初の考えよりは幾分か現実味のある展開ではあるが、あくまで己のおぼろえで宛にならない記憶をたよりに組み立てたものでしかないので妄想の域を出ない。妄想を下に計画を練るのは危険だ。

 

 まさかその妄想がほぼ合っているなど――この時の箒にはわかるはずもなかった。

 

 「……」

 

 ≪白騎士事件≫を防ぐことができず、まだ百パーセント確定はしていないとはいえ、一夏のIS学園入学を防ぐことはかなり厳しいものがありそうだ。

 となると残されたのはIS学園に入学した一夏を様々な障害から守るということだが。

 

 箒の表情には陰りがあった。

 握りしめられた右手をゆっくりと広げ、じっと眺める。

 

 (私は……大丈夫なのだろうか……)

 

 あらゆる障害から一夏を守るには逆行前の自分の実力ではまだ足りない。それこそ世界最強級(ブリュンヒルデクラス)の≪力≫が必要となる。

 

 もし仮に私がブリュンヒルデ並の≪力≫を手に入れられたとして。

 私はその≪力≫を正しく使うことができるのだろうか。

 ≪力≫に溺れず、愛する者のために振るうことができるのだろうか――。

 

 恐い。

 もしまた同じ過ちを犯してしまったら、どうしようかと思うと身体が震える。

 それほどまでに今まで箒は≪力≫に振り回されてきたのだ。

 それがどれだけ危険なことであるのか――その悲しみと恐怖は、絶望はもう永遠に箒の中から消えることはない。

 

 「それでも……」

 

 震える身体を抑え、拳を握りしめると叫ぶ。 

 

 「――それでも、私がやらないといけないんだ!!」

 

 忘れてはならない。

 自分が今、どうしてこの世界に存在しているのか。 

 

 一夏を守るためだろう。

 

 それが自分が一夏にできる唯一の贖罪なのだから。

 

 「私は……今度こそ私は……」 

 

 一夏を守る。絶対に。この命に代えても守ってみせる。

 揺らぎかけた箒の決意はその後、もう二度と揺らぐことはなかった。

 

 +++

 

 ではIS学園で一夏を守るためにはどうすればいいのか。

 その答えはいたって簡単(シンプル)だ。

 

 セシリアや鈴のように自分もまた専用機持ちのIS代表候補生になるということ。このことに尽きる。

 

 有事の際、専用機持ちの代表候補生は場合によっては状況の鎮圧が任務として言い渡されることがある。

 あの銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走時の一件がまさにそうだ。それ以外にも無人機襲来の一件、さらにはラウラのVTシステムの一件など、結果はそのようなことには至らなかったが本来ならばISに関して素人の一夏ではなく、代表候補生や学園の教師陣などが状況を鎮圧するべきだったはずの事例は少なからず存在していた。

 

 今にして思えば、自分を含め学園は一夏をそんな死地に立たせすぎだったようにも思える。いくらブリュンヒルデの弟とはいえ、一夏はISに関して初心者であるはずなのに。死ななかったのは……それもまた一夏の持つ≪強さ≫ということなのだろうか、それとも単なる運でしかなかったのか、過ぎ去ってしまった今となっては答えを探る方法はない。

 

 とにかく有事の際、候補生ではない一般生徒はただ指を加えて見ていることしかできない。現に無人機襲来の一件では箒は一夏の何の力にもなれず、挙句の果てにはスピーカー越しに叱責して、敵の攻撃目標にされてしまうなど足を引っ張ることしかできなかった。

 

 まずは有事の際、戦場に立てる立場に自分を置いておかなければならない。一夏を守るにもまず話はそれからだ。実力をつけるためにも、専用機持ちの代表候補生になることは確定事項だ。

 

 しかし代表候補生になると言っても、なりたいと思うだけでなれるはずもないことは箒もまた百も承知しており、セシリア達から話を聞いた限り、そもそも優れたIS適性がなければ候補生になるための試験すら受けさせてもらえないらしい。……考えてみれば候補生、国家代表はISを動かすプロフェッショナルな訳で、高適性な人材が求められるのは当然といえば当然なのだが。

 ネットで調べたところによると、最低でもB+以上の適性は必要なようだ。セシリアの適性がA+と言っていたので、余裕を見てA前後は欲しいところであるが。

 

 そこまできて、箒はため息を吐いた。

 

 「はぁっ……」

 

 箒が最後に――つまりIS学園入試の際の適性検査を受けた時、適性結果はCだったのだ。適性は変動するものと聞いているが、このままのランクではIS学園に入学はできても候補生になることなどできない。そもそも箒は姉の七光りな所があるのだ、IS学園に入学できたのも本人の実力というよりは政府の意向による部分が大きいと言っても過言ではないのかもしれない。

 

 ああ、なんと歯がゆいものなのだろうか。努力や根性ではどうすることもできない、言うなれば≪才能≫という壁が箒の目の前に立ちはだかっている。

 

 しかし、もうここまで来てしまったのだ。今更引き返すことなどできない。ボディーガードである黒服の男たちに無理を言って、この場所――女性であるならば誰でも無料で受けることができるISの適性検査会場にやって来てしまったのだから。

 

 その時、自分の番号が呼ばれる。ああ、もうどうにでもなれ! と勢いよく椅子から立ち上がった箒は部屋に入り、検査官に頭を下げると、「ではISに手を触れさせてください」という指示に従い、鎮座する一機のISに近づいていく。

 

 この適性結果が、私の運命を決める――。

 

 ゴクリと唾を飲み込んだ箒は恐る恐るISに手を伸ばしていき――触れた。

 

 

 ヒヤリ、と一瞬の冷たい感覚。

 しかし、間もなくしてトクン、とその金属質の装甲からあたたかい脈動を感じた。何かと繋がったかのような、こそばゆい感覚。これまでも箒はISに触れたことはあったが、それは今までにない新たな体験だった。

 

 

 なぜだろう。落ち着く。検査前はあんなに緊張していたのにも関わらず。

 いつまでもこうしていたいかのような、そんな思いさえ抱いてしまう。

 

 ――守りたい人がいるんだ。こんな私だが……お前は力を貸してくれるか?

 

 思わず心のうちでそう問いかけてしまう。

 そう問いかけたところで検査官から声がかかる。

 

 「もう手を離していいですよ」

 「あっ、はい」

 

 我に返った箒はサッ、とISから手を離す。

 

 「あの、適性結果は……」

 「解析が終わり次第、お呼びいたしますのでロビーでお待ちください。十分もかかりませんのでそうお時間は取りませんよ」

 「そうですか。ありがとうございます」

 

 頭を下げ、部屋を後にする。

 呆気なく終わってしまった適性検査であるが、検査開始当初と裏腹に箒の中に焦りはなかった。

 

 (そうだ……もしこの結果が良くなくても、またやり直せばいいんだ。候補生に必要な適性結果が出るまで、それこそ何度でも――)

 

 よしっ、と新たに決意を胸に箒はロビーに向かう。己の贖罪のために――愛する人を守るために――箒はいい意味で前向きだった。

 

 「……」

 

 それにしてもとロビーにあるベンチに腰掛けながら考える。

 最後に感じたあの感覚――あれは錯覚だったのだろうか。

 箒が手を離そうとしたまさにその瞬間、あのISは一際強く、鼓動を返してきたのだ。

 

 ドクン、と――。

 

 +++

 

 「篠ノ之さん! 篠ノ之箒さぁーん!!」

 

 会場内が騒然とした雰囲気に包まれたのはその時だった。先ほど、検査室にいた女性が泡を食ったかのように走ってきたのだ。ただならぬ雰囲気に釣られ、思わず箒は腰を上げてしまう。

 

 「えっと、あの……どうかしたんですか?」

 「いいから来て! すぐに来て!」

 「え、あ……ちょっと……!」

 

 強引に腕を引っ張られ、箒は女性に連れていかれてしまう。視界の隅ではあの黒服を着たボディーガードたちが慌てたようにこちらに向かおうとしている光景が目に入った。

 

 連れていかれたのは会場の奥にある一つの部屋だった。部屋の中にはすでにもう二人、男と女の姿があり、彼らもまたただならぬ雰囲気であった。

 

 「連れてきました!」

 「よし、よくやった!」

 

 椅子に座らさせられるなり、箒の前にバァン! と紙とペンが提示された。

 

 「えっと、これはいったい……」

 

 状況がまったく理解できていない箒が呆然と口を開くと、目の前に立つ三人組はまさに興奮冷めやらぬといったように両手をバッ! と広げ、まるでカーニバルのように言った。

 

 「「「篠ノ之さん!!!」」」

 「は、はい」

 「「「是非とも我が国の代表候補生に!!!」」」

 「はい?」

 

 箒としては願ってもない話であったが、あまりにも突拍子過ぎて理解できていなかった。

 

 「どうしてですか?」

 

 そんな箒の問いかけに三人は思い出したかのようにアッ! と口を開く。

 

 「あれを持ってきて! 適性結果用紙!」

 「あっ、忘れてました!」

 「すぐ持ってきますので!」

 

 ドタドタと大の大人が駆け回るそのシュールな光景を箒はポカンと見守っていた。

 

 「これが君の適性結果よ」

 

 やがて一枚の紙を手渡された。

 適性結果と聞いて、やはり箒は緊張した面持ちで恐る恐るその適性結果用紙を見る。

 

 篠ノ之箒――適性結果――S――。

 

 紙には箒も予想だにしない結果が記されていた。

 

 「……」

 

 あまりに良すぎる結果に言葉を失う箒に三人の大人たちは再び声を上げた。

 

 「「「是非とも我が国の代表候補生に!!!」」」

 

 +++

 

 IS適性はその名の通り、≪ISに対しての相性値≫を示している。

 ISは女性にしか扱えない訳だが、そんな女性の中でも相性による≪差≫というものがあり、その適性分布は低適性であるEに近づくにつれて増えていき、逆にSに近づいていくほど減っていく。

 

 特に適性Sは世界的に見てもかの≪ブリュンヒルデ≫や≪ヴァルキリー≫といった世界最高峰のIS操縦者しか到達していないとされる最高の適性ランクであるが……そのあまりの少数に中々見つけられる人材ではない。現役のIS操縦者で適性Sを誇っているのはそれこそ第二回モンドグロッソにおいて決勝まで勝ち進んだイタリア国家代表のアリーシャ・ジョセフスターフくらいのものであろう。

 

 つまり何が言いたいのかといえば、今、世界では適性Aが実質的な最高ランクなのだ。適性Aであるならば十分スカウトものであり、たとえBランクであるとしても……運動能力に秀でていたり、適性の他にメリットがあればスカウトされることはある。

 

 そんなご時世で仮に適性Sの女性が現れたらどうなるかは……もはや言うまでもないことだろう。

 

 「待っていてくれ、一夏……」

 

 篠ノ之箒は日本の代表候補生となった。

 大切な者を守るために。

 同じ過ちを、もう二度と犯さないために――。

 

 箒の贖罪はまだ始まったばかりだ。

 




 箒は代表候補生になりました。といっても候補生の中ではまだまだ全然下っ端ですが。
 次からは日本代表候補生としての箒の生活がスタートしていく予定です。

 箒の適性Sはアレです。原作でも紅椿を使用した後、適性がSになっていたじゃないですか(適当)

 自分で言うのもあれですが、この箒、行動力半端ないですね(笑)

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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