王子たちの戦いにはいくつかの転機が存在するが、そのうちのひとつに魔術師との出会いが挙げられるとアンナは思う。
その魔術師こそ、秘法の伝承者オデットとの出会いだった。
強力な秘術を有していながら魔物と戦わず逃げることを選んだ彼女は語る。
曰く、魔物は戦えば戦うほど強くなる。
自分達が成長するように、魔物もまた強くなるのだと。
今にして思うと、彼女の予見は見事に的中していた。
魔物たちはアンナの想像以上に強く、そして卑劣に、悪辣になって幾度と無く王国軍と対峙し続けている。
王子は彼女の言葉に、魔物を根絶すると答えた。
オデットはもう覚悟は出来ているのだな、と言ったがアンナはなんとなく察した。
王子は魔物の根絶をこの時にこそ決意したのだと。
この先の見えないいたちごっこのような、修羅の道を歩むことを。
その覚悟を示すように、王子は戦力を拡大し続けてきた。
請われれば誰であろうと味方に引き込み、戦力の一部や協力者として仲間を増やし続けた。
幸いなことに、彼の道には多くの賛同者がいた。
他国の人間や在野の人材、無法者の山賊を束ねるコンラッドでさえ人間同士で争うことの愚かさを認識していた。
つい先日裏社会を支配していた闇ギルドの前ギルド長もそのような考えを持っていたと聞いたとき、アンナは人間の善性を喜ばしく思ったほどだ。
魔物の根絶を掲げる王子は、仲間となる相手の出自や種族を選ばなかった。
それこそ自らの意思で敵対した相手でさえ。
「本気ですか……王子」
だがそれでも、たった今王子から渡された書類に書かれていた草案には彼の正気を疑わざるを得ない内容が書かれていた。
「……」
王子は無言だった。
その瞳から決意は揺らがないだろうことは明らかだった。
「……分かりました。
それとなく、私の方から意思を確認してみます」
アンナは王子に一礼し、退出した。
彼女は頭の中で今日の予定をいくつか変更して、王城内のとある場所へと向かっていった。
「姿勢が甘いんだよ!!
そんなんじゃゴブリン一匹殺せないよ!!」
幾つもの怒号が飛び交うその場所に、一際甲高く女性の叱咤が轟いた。
「エルヴァさん、精が出ますね」
「んん? 執政官殿じゃないか。
あんたがこんなところに来るなんて珍しいね」
ここは王城の一角にある訓練所。
戦闘のない時期は暇を持て余している暗黒騎士のエルヴァは、こうして一般兵相手に訓練をしてくれていた。
彼女の周りには余程しごかれたのか、何人もの一般兵が力尽きて倒れていた。
以前は城内でも揉め事を何度も起こす指折りの問題児だった彼女も、かつては魔物に操られて王国軍と敵対していたものだった。
今では暇を見つけては一般兵たちに稽古をつけている。
「何か用かい?
まさか、あんたもしごかれたいのかい?」
「え、遠慮しておきます……」
「冗談だよ!!」
と、クセのある赤毛を揺らし彼女は笑った。
「あんたはひ弱なくせに最前線に出る気概は認めるがね、戦う才能は皆無だね」
「でしょうね……」
そんなことは言われるまでも無く自覚していることだった。
こほん、と咳払いして話を仕切りなおす。
「えっと、団長さんはどこでしょうか?」
「ああ、あの人に用か。付いてきな。
おいお前達、あたしが戻るまで外周二十週!!
終わるまで昼飯は食えないと思いな!!」
彼女の叱咤に、精根尽きかけていた一般兵たちは飛び起きて走り込みを始めた。
そんな彼らを尻目に、エルヴァは歩き出す。
アンナはその後に付いていく。
彼女に付いて行った先は訓練所の角の方で、どこか人目から離れた場所だった。
そこで一人、大剣を振るう漆黒の全身鎧の男がいた。
「団長」
「エルヴァか。我を団長などと呼ぶでない。
この身はただの死に損ないだ」
「団長さん、こちらにいらっしゃったんですね」
「……何の用だ、小娘」
一瞬何かを言いたげにしたが、彼はアンナに用件を尋ねた。
「ええちょっと……。
いつもこちらで指導をしているんですか?」
「……そうだ」
彼の役割は一定以上の実力者の能力向上を目的とした指導だった。
魔神アモンの襲来の折に開いた魔界の門で偶然、魔界に囚われていた彼は救出された。
かつてこの男が暗黒騎士団を率いて王国軍に幾度と無く対峙したのは誰もが知っていることだった。
そしてその強さも。
今では戦力として数えられないほど力を失ったものの、彼ほどの実力者を飼い殺すのも勿体無い。
王国軍は彼に調練してもらうよう願い出た。
彼ほどの実力者を一般兵の調練に使うのは余りにも惜しく、自らの力を覚醒させるに至る道筋を見つけた者などに具体的な指導をするようになったのだ。
「団長さんのご指導を受けた方々は皆第一線で並々ならぬ活躍していますよ」
「世辞を言いに来たのか。政治屋も暇なものだ」
アンナの当たり障りの無い言葉を、彼は皮肉った。
その物言いにムッとしないでもなかったが、アンナは彼に前置きは必要ないと判断した。
「団長さん、あなたも戦線に復帰するつもりはありませんか?」
その言葉に彼も、ここまで案内したエルヴァも驚いたような表情をした。
「我に、再び戦場に赴けというのか?」
「ええ、あなたが望むのならば」
真剣な表情でアンナは彼に言った。
「は、ははは、ははははははははは!!」
突然彼は笑い出した。
それは喜び勇んでいるというより、余りにも無謀な儲け話を聞いたと言った様相だった。
「断る。今の我などそこらを走り回っている雑兵に等しい」
そしてきっぱりと断言した。
「前線で直接戦うだけが戦いではないのではないですか?」
「満足に自衛もできぬ指揮官に兵が付いて来るとでも?」
彼の言葉に、アンナは言葉を詰まらせる。
それは余りにも一般的な考え方だったからだ。
後衛で指揮する軍師ですら、自衛の手段を持っている。
戦闘力があれば指揮能力は要らないとは言わないが、実力が無ければ指揮能力に説得力が出ないのだ。
「この話は終わりだ」
「……団長」
枯れ果てた老人のような彼の姿に、エルヴァは思わず目を逸らした。
暗黒騎士はエルヴァなどの後天的に暗黒の力を得た者を例外とし、基本的に使用者の魂が宿り動く武具を指す。
肉体が滅び、睡眠欲も食欲も性欲も無く、酒を楽しむことも誰かのぬくもりも感じることも出来ない彼らの本能は即ち、闘争だ。
死後、無念と戦いへの執着によってこの世に留まる彼らはアンデッドというより魔物化した武具といった方が正しいだろう。
そんな本能すら忘れたかのように振舞うその姿は、エルヴァにして見ていられなかった。
「ですが、もしかしたら、失った力を取り戻すことができるかもしれません」
アンナも食い下がった。
王子と共にしのぎを削りあった姿を見ていた彼女も、彼のその姿は見るに耐えなかったのかもしれない。
今の彼の姿は長い間雨風に晒され朽ちて行くだけの案山子のようだった。
「出来るものならな」
彼はそう言って鼻で笑った。
アンナは踵を返してその場を立ち去る。
「団長、あたしもひとつだけ良いかい?」
「なんだ? あと、我はもう団長ではない」
そう言ったところで、彼はエルヴァが普段と違う雰囲気であることを察した。
「あたしが鍛えた連中を雑兵扱いとは、幾ら団長と言えども許せないね」
「エルヴァよ、お前は……」
彼はどこかうらやむように呟いた。
「変わったな」
じゃり、じゃり、がこんがこん、ギャオーン!!
明らかに王城内の中で発してはいけないだろう異音が鳴り響くのは、かつては囚人などを収容していた地下施設だった。
そこを研究室兼私室として与えられている人物をアンナは尋ねていた。
「やあ、君がボクを尋ねてくるなんて珍しいね」
部屋の主はいつも浮かべている微笑とも半笑いとも言えない表情でアンナを出迎えた。
彼女は死霊魔術師メメント。
王国軍を幾度と無く苦しめた死者の王の義理の娘だ。
彼女の部屋の中は薄暗く、ぽつぽつと光るろうそくのみが室内を照らしている。
怪しげな本や薬品が棚に並べられ、そこはかとなく消毒液の臭いが漂う。
窮めつけは、奥の頑丈そうな扉から時折発せられる異音と振動である。
王国軍に在籍するどのウィッチよりも怪しげで不気味な室内だった。
とは言え、王子は彼女を重宝している。
ネクロマンサーという数少ない職種であるのもあるが、実態が知れれば他の魔法使いと変わらない。
死者の力を借りれる彼女の力は聖職者とは別の方向で死者を慰撫することも出来る。
何てことは無い、そう、なんてことはないのだ、とアンナは自分に言い聞かせる。
「もしかして、試作していた人間を生きたまま死者にする薬を試したいのかな?」
「それ、死んじゃってませんか……?」
「全然違うよ。この薬を使えば生きたまま死者のエネルギーを取り込むことが出来るようになるんだ。
ボクの魔力で強化すれば戦闘力は通常の三倍に……」
どこか胡乱な瞳で楽しそうに語る彼女に、アンナは身震いした。
彼女と出会った当初は敵対したり共闘したりで色々有ったが、あの時は理性を失い心まで魔物と化した義理の父を止める為に彼女も気を張り詰めていたからか、こうして仲 間に加わった後の印象とはまるで違ったのを覚えている。
「あ、どうも……」
動く白骨が紅茶を持ってきてくれたので、反射的にお礼をいうアンナだった。
「そ、それよりですね、今日は訊きたいことがあって来ました!!」
「うん?」
表情の読めない瞳と笑みがアンナに向けられる。
アンナは先ほどのことを彼女に話した。
「ふーん、なるほどねぇ」
興味深い話を聞いたとでも言うように、メメントは唸った。
「暗黒騎士、彼らリビングアーマーは死んだ人間が武具に宿り魔物として蘇生した姿だとボクは考えているんだ。
彼らにとって肉体とは鎧そのものであり、通常のアンデットと違い魔法で傷を癒すことも出来る。
だけど一度失った力を取り戻すなんて簡単には出来ないだろうね」
「では、方法があると?」
「元々は上位の悪魔から授けられた力がそいつにも通用したと言うことは、完全に自分のものとしたってことだからね。
全盛期までとは言わないけれど、虹の聖霊の力を凝縮した虹水晶が大量にあれば、或いは可能かもしれない」
「大量とは、どれくらいでしょうか」
「ざっと千個は欲しいかな」
メメントの言葉に、アンナは脳内のそろばんを即座に弾いた。
即、破産という文字が頭に浮かんだ。
虹水晶は使い道が限られるくせにかなり希少な鉱物で、生成に必要なコストもそれ相応だった。
それを千個。即断即決にはかなり勇気のいる案件だった。
「あ、ありがとうございます。大変参考になりました……」
「うん。あ、薬の披検体ならいつでも受け付けてるからね」
「それは遠慮しておきます」
こうしてアンナはそそくさとメメントの研究室から逃げるように退出した。
自分では判断できない、とアンナはこの話を王子の下へと持ち帰ることのした。
このことを王子に伝えると、彼は何とかするとでも言うように頷いた。
その帰りに、アンナは考える。
確かに彼の力は捨て置くには惜しいが、王国軍は彼がいなくても回っているのだ。
莫大なコストを費やすに値するのか、と考えて、馬鹿な考えだとその思考を振り払った。
これまで王国軍は、たった一人の女性の為に吸血鬼から血清をかき集めたり、強大な召喚獣を手に入れる為に地下深くに潜ったり、魔物たちに居場所を見出した女の子を救い出したりしたのだ。
あれ、どれも女の子ばかりじゃないか、と思ったが、そんな思考を隅に追いやる。
ともあれ、王子はきっと彼の為に動くのだろう。これまでのように。
そう確信しながら、アンナは己の執務室へと戻るのであった。
この話とその続きを書くためにわざわざ筆を取った次第です。
当然ながら、作者は団長を持っていません。黒ユニ2.5人分とか無理やん・・・。
幾分かの創作が入るでしょうが、ご了承ください。