執政官アンナの溜め息   作:やーなん

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クロエの気まぐれ

「ふんふんふーん♪ 王子はどこかな~?」

 王城の廊下を浮遊し進むのは、幼げな肢体を惜しげも無く晒す堕天使クロエだった。

 今日も王城の食堂からねだって貰ってきたリンゴをかじりながら、彼女はお気に入りの人間を探していた。

 

 執務室、訓練場、そして食堂にも居なかった。

 となれば、あそこしかなかった。

 

「王子はここかなー?」

 クロエは『会議室』とプレートが張られているドアの前へとやってきた。

 どうやら会議中のようで、外まで声が漏れてくるほど内容は紛糾しているようだった。

 

 だがそんなことなど気まぐれな彼女には関係ない。

 会議室のドアを開けて、中に入ろうとした時だった。

 

「だから、堕天使たちは戦場に出すべきではないのです!!」

 中から、そんな声が聞こえ、彼女の手は止まった。

 

 

 

 本日は王城内の高官が勢ぞろいし、緊急会議が行われていた。

 案件は、先日起こった天使たちの襲撃による被害の報告、そして諸問題の対応だった。

 

 現在、王国内ではある噂が広がっていた。

 

 曰く、王子は女神アイギスの怒りを買い、その加護を失った。

 曰く、王子が淫蕩に耽る余り、天使が遣わされ町が焼き払われた。

 等々、尾ひれがついているがそんなものだ。

 

 

「前回の天使の襲撃について、各地のアイギス教会から説明を求められています」

 まだ若い文官の一人は顔を青くしてそう言った。

 会議室内は誰もが良い表情はしていなかった。

 幾ら経験が浅い文官の面々でも、宗教を敵に回すのは死ぬほど面倒なことだと嫌でも知っている。

 

 この大陸ではアイギス信仰が主流であり、王国でも半ば国教じみて定着している。

 民衆はアイギス以外の神を知らない者も多い。

 そして何より、現在の堕天使たちはかつて女神アイギスと共に戦っており、かの女神の眷属として扱われている側面が多かった。

 そして、それが問題になっているわけだが。

 

「教会の支持を失えば、戦いの準備もできません」

「皆が我のように食わずに戦えるわけではないからな」

 渋顔のアンナに暗黒騎士団長が軽薄に言った。

 

「兵たちの間にも、疑問を持っている者もいる。

 事実がどうであれ、それが末端まで知れ渡っているわけではないからな」

 そう告げる団長に皆の顔も曇る。

 この国の人間は信仰心が多かれ少なかれもアイギス信者であり、女神の加護を受け戦う王子というのは大義名分の大きな要因となっていた。

 それが失われれば、王国軍は瓦解するのは目に見えていた。

 

 

「そもそも、何故に我らは神の怒りを買ったのだ?」

 その文官の言葉に、直接前線で天使と対面したアンナに皆の視線が向けられた。

 この場には王子もいるが、基本的に彼の役割は最終的な判断を下すことのみだった。

 

「わかりません。

 神々の価値観によって粛清を行っている、としか」

「我が軍が人以外の味方にしているからではないのか!?」

「そうだ、エルフや亜人はまだいい。

 最近ではどう見ても魔物や死霊魔術師まで我が軍に参入している!!

 果てには魔神まで王城の一角に居座っている!!

 これでは神の怒りを買わない方がおかしいだろう!?」

 一人、二人、とその声に賛同する声も多く上がった。

 

「そんな、彼女らは共に志を同じくして戦ってくれる同士ですよ!!」

「では連中は王国の為に尽くしてくれるというのか!!

 王子に万が一のことがあったとしても、それでも王国軍に留まってくれるというのか?」

「私はそう信じています」

 アンナはそう断言した。

 そこで皆は王子の前で無礼な発言をしたと思い当たり、気まずげな静寂が会議室に満ちた。

 

 

「……確かに彼女らの功績は大きい。それは否定しないし、素直に感謝もしよう。

 だが、しばらくは堕天使たちを戦線に投入するのは控えるべきではないのか?」

 皆が冷静になり、一人の文官がそう発言した。

 

「それはなぜですか?

 彼女たちの力はとても有用です」

 アンナも軍内政治の一翼を担うものとして尋ねた。

 

「時期がマズイとと言っている。それに出すなと言っているわけではない。

 あんなことがあった後だ。国民感情もある。

 ほとぼりが冷めるか、或いは事態が収束するまでは戦線投入を控えてほしい、という提案だ」

 それは内政に問題が生じるという、切実な訴えだった。

 

「それに堕天したとはいえ、天使は天使だ。

 神々の命が下り、ある日突然敵に回るとも限らない」

「聞けば、我が軍に所属する堕天使と敵対し、魔物を嗾けてきたという話ではないですか」

「元来、天使は神の意思に従う機械的な存在だ、

 リスクは可能な限り抑えた方が良い」

 彼の意見を皮切りに、他の文官たちも次々に発言する。

 

「それは……」

「……はぁ」

 言葉を詰まらせるアンナに、団長はため息を吐いた。

 

「そろそろ意見も出尽くしただろう。

 王子に判断願おうか」

 そう言って、団長は王子を見やる。

 釣られて皆も王子へと視線が集中した。

 

 王子は答えた。

 今までの方針に変わりなどなく、敵ならば戦い、共に戦うなら手を取る。

 我らは何一つ恥じるところは無く、アイギス教会の対応は午後から考える、と。

 

 そうして午前の会議は終わったのだ。

 

 

 

 

「全く、王子にも困ったものですな」

「後継者のいない現状、世継ぎは必要なので我らは口を挟みませんでしたが、色香に惑わされるようなら諌言せねばなりますまい」

 と、愚痴りながら廊下を歩く若い文官たちが十字路に差し掛かった時だった。

 スッと足元に黒い棒のようなものが差しこまれた。

 

「おわ!!」

 それに足元を取られ、文官たちは将棋倒しになって廊下ですっ転ぶ。

 

「あはは!!」

 その黒い棒の正体とは、クロエが武器とする大鎌の柄だった。

 

「こ、こら!!」

 背後からの怒声を無視し、クロエはその場から逃げ去ったのだ。

 

 

 軽い意趣返しの後、クロエを考えていた。

 自分は確かにかつて女神と共に魔物と戦い、堕天した。

 だが、どうにもあまり覚えていないが、少なくとも他の堕天使たちと同じように人間のために戦った、という覚えがない。

 そう、気まぐれなのだ。

 

 だから王子の味方もするし、場合によっては魔物や悪魔さえ呼び寄せる。

 そこで、疑問が生じた。

 

 エルンや先日仲間になったミルノは神の意志に逆らい、堕天した。

 それはつまり、神の命令を遂行するためだけに存在する心無き天使に心が生じたことを意味する。

 

 では自分はどうなのか?

 愛でもなく、義憤でもなく、後悔でもなく堕天した自分は、はたして心があるのだろうか。

 

 クロエはかねてより、他の堕天使たちと正義や愛を共有できずにいた。

 それは自分がまだ、心を得ていないからなのではないのか、と思わずには居られなかった。

 

「らしくないなぁ……」

 自分はこういった悩みとは無縁だと思っていた。

 そして思った以上に、自分は落ち込んでいることに気付いた。

 

 

「おや、堕天使殿。

 そのような顔をして何か悩み事かね」

 食堂でまた何か貰おうかと厨房に向かおうをすると、昼間から酒を飲んでいる東の国の僧侶が居た。

 彼は酒臭かったが、それは普段からの酒飲みのせいで染みついた酒精の為のようだ。

 現在彼は二敗目で、それ以上は飲むつもりはないようだった。

 

「何を悩んでいるか知らないが、そういう時は酒よ酒。

 酒を飲めば下らぬ悩みなど、どうでもよくなる。

 ちょうど、酒の相手を探していたところだ」

 彼はそういって、瓶に残る酒を示した。

 クロエは喜んで酒瓶を呷った。

 

 

 酒の席だったからだろうか、クロエは下らない持論を口にしてしまった。

 

「確かに、心を持ったことは神にとって人も堕天使も失敗なのかもしれませんなぁ」

 ちびちびと酒を口にする彼は、なぜか笑ってそう言った。

 

「自分もこうして酒の為に戦いに参加した生臭よ。

 いかに悟ったつもりで居ようとも、これを出されば堕落もしよう」

 かっかっか、と笑い酒を呷る僧侶を見ていると、クロエは何だかどうでもよくなってきた。

 

「思うに、神は人の持つ心という不確定な力を恐れているのではないのか?

 そうだとすれば、全く神とやらも風情を理解していない。

 心があるから、人は面白いというのに」

 そのまま上機嫌で彼は酒を飲み干す。

 

「おや、もう終わりか。今宵の宴はこれで終いよ」

 酒瓶一本飲み終えると、彼はさっさとどこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

 食堂でリンゴを調達し終え、次は何をしようか考えながら移動している時のことだった。

 

「あ、団長」

「む、お前は……」

 暗黒騎士団長とばったり鉢合わせしたのだ。

 

 そのままどういうわけだが二人は廊下を一緒に歩いていた。

 目的がないのはクロエだけだったが。

 

「そういえば、お前。王国軍と衝突したそうだな」

「それが何?」

 クロエは文句でもあるの、とでも言いたげにそう言った。

 

「いいや、文句など有るまいよ。

 ただ、不承不承ながら王国軍の末席を汚す我だが、今回の一件ほど愉快なことが起こるとは思わなんだ」

「どういう意味さ」

「あの男だよ。あれは女の為に神に楯突くことも厭わないということだ。

 神の理に背いた我だが、これでは悪魔の元にいた頃と変わらぬな、と思ってな」

 クロエはその嫌味ったらしい言葉に顔を顰めたが、当人は実に楽しそうに兜を揺らす。

 

「まさか神と戦う日が来るとはな」

 戦いを渇望する暗黒騎士らしい闘志を隠さない彼は、赤く光る兜の双眸を細めさせた。

 

「まだ我がただの騎士だった頃の我は想像もしていなかっただろうな」

「昔のあんたって、どんな感じだったの?」

 普通なら触れられたくないだろうところを、クロエは容赦なく突っ込んでいった。

 

「どこにでも居る取るに足らない騎士だったよ。

 自分の無力さに絶望し、外法に頼る弱い騎士だった」

「強くなるために、人の心を捨てたの?」

「心を捨てる程度で強さや己の信念を貫けるのならば安いものだと思っていた。

 それがとんでもない自惚れで身勝手なことだと気付かずにな」

 だけどそれは、とクロエは口にしようとして止めた。

 廊下も突き当りに差し掛かり、彼が自分の行こうとした未知の反対側へと歩いて行ったからだ。

 クロエに目的も理由も無く、彼とは別の道を進んでいった。

 

 

 

 気まぐれもここまでくれば別の何かだろう。

 クロエは先日天使の襲撃に遭い、復興の真っ最中である町の前まで来ていた。

 

 自分が何をしたいのか、クロエにもわからない。

 このまま町に入ろうものなら大混乱になるのはわかっていた。

 

 だけどクロエは今の自分の気持ちを説明できずにいた。

 

 帰ろう、そう思った矢先だった。

 

 

「ゲッ、ギャッギャッギャ!!」

 魔物だ!!

 

 天使の襲撃に逢い、防御力が低下した町を襲うには格好の機会だったのだろう。

 数だけの弱い連中ばかりだが、町の人たちにはひとたまりもないだろう。

 

 助けるべきだろうか?

 だが、少しとは言え町には王国軍が駐留し、復興を手伝っている。

 この程度の連中なら撃退など容易だろう。

 だが、確実に何人かは死ぬだろう。

 

 

「ねぇ……」

 これは気紛れだ。

 決してほかの何かが理由ではない。

 

「ゲギャ!?」

「退屈だから、遊ぼうよ」

 血飛沫が舞った。

 

 

 

 

 

 後日、王子はアイギスの神器を身に纏い、戦火に見舞われた慰問することでアイギス教会からの信用を取り戻した。

 

 その程度で問題が解決するのだから、心底下らないとクロエは思った。

 しばらく後、王子から箱詰めされた高価なリンゴを送られたクロエは何故なのかと首をかしげたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




久々に投稿しながらメンテ待ち。
収集にゴールドラッシュが続いたから大討伐やる暇がねぇ・・。

それにしてもリッカちゃんの5フォンには心折れそうだった。
次の機会にはガチャでキキョウ狙おうかなぁ。
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