とある空母が夢を見た日々-艦これ-   作:あばらbone

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空はうんざりするほど晴れ渡っていた。太陽の周りに取り巻く雲はなかった。海は絶えず波を陸へ打ち上げ、心地のよい音をあげている。
 冷たい波の温度が、足から上ってくる。それとは対照的に、太陽に照らされている砂浜は、まるで熱されている。サンダルを履いてきて正解だったな。と、心底思った。
 少し強めの風が、彼女の頬を撫でた。新品のワンピースが風に煽られ、大きく揺れた。
 風が突風に変わり、彼女の麦藁帽子を吹き飛ばした。
「まって!」
 彼女は、無邪気な笑顔を振りまき麦藁帽子を追いかけ、走って行く。幸い、もう突風は吹くことがなく、麦藁帽子は遠くへ吹き飛ぶことは無く、水面に落ちた。
「よいしょ」
 彼女が麦藁帽子を拾い上げようと、かがんだ瞬間。地響きがする。
「きゃあ!」
 突如、海面が大きな音を上げ、膨らみ、割れる。彼女はその光景に驚き、尻餅をついてしまった。
 海面から現れたのは、彼女と同じくらいの身長の少女。白すぎる肌と髪、そして朱色の瞳を持つ少女だった。
 少女は、黙り込み、こちらを見つめている。
「あ…あなたは?」
 なおも少女は黙っている。少女は、視点を彼女から彼女の脇に転がった麦藁帽子へ移した。
 そして、その少女は、麦藁帽子を拾い上げ、彼女に手を伸ばした。
「危ない!」
「逃げなさい!」
 二人の男女が駆け寄ってくる、彼女の両親だ。彼女はそちらに振り返り、手を振ろうとしたが、両親の必死な表情を見て、状況を察した。
 この子は      
 私の眼の前で、閃光が走り、その後直ぐに轟音が聞こえた。
「パパ!ママァァ!」



第0章【艦隊の娘】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第零章【艦隊の娘】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室の窓を全て閉め切っていると言うのに、蝉の鳴き声が喧しく轟き、私の耳を刺激する。

 毎年の事だが、蝉の声は嫌悪感をかき立てられる。正直もうウンザリだ。

 ここは涼しい。

 エアコンがモーター音を苦しそうに吐き出している、冷気を送り出しているからだ。

 外をぼーっと眺めていると、雲の間から太陽の光が差し込んでくる。網膜を刺激し、思わず顔をしかめてしまう。

 日光は彼女の白い腕を照らし、より滑らかさを際立てた。

 ここからの海の眺めは美しい。薄い蒼の水面は、日光を受け入れ、そして輝かしく反射している。海藻が水中で踊るように波の動きに従いながら揺れ、これも日光で暖かく照らされている。

(泳いでみたいものね)

 ここ数年、海で泳いでいない。いや、泳げないのだ。

「いいかぁ、ここ、テストに必ず出すからな。それと、大学受験にも出るから   」

 教師が黒板をチョークで指し示した。黒板に突かれたチョークは、細かく砕け、粉末となり、落ちていく。

 ノートを取るために、黒板へ眼をやると【現代における海の危険性】という主題で、板書事項が黒板に書かれていた。

 

 …【深海凄艦】   

 

 黒板には薄ピンクの色で、そう書かれていた。

 

 

 彼女は帰路についていた。晴れ渡る空に浮かぶ太陽が、彼女の肌を焦がすように照らす。

 【深海凄艦】…三年前、突如現れたそれは、一瞬で地球の海の大半を占領し、支配している。

 三年前、自衛隊と米軍、その他の軍隊が持てるだけの技術と、戦力を持って対応していたが、苦戦。

 そして、三年前にはぐれ深海凄艦がビーチに揚がってきたことがある。そのとき、私と両親は、偶然にもそこで遊んでおり。深海凄艦が私を襲うとしたのを、命を投げ出して守ってくれたのが、私の両親である。

 私を守ってくれた両親は、ただの肉片になり、辺りへ飛び散り、後は塵になって消えた。血は霧の様に辺りへ舞い、薄れていったのをまだ覚えている。

 眼の前に肉片が落ちる。ただの肉。ただの肉を私は漠然と見つめていた。

 これがパパなの?これがママなの?

 まだ小学四年生だった私には、理解でき難いものだった。この肉塊を両親と認識することができなかったのだ。

 ここから先は良く覚えていない。気づけば、自衛隊に救助されていた。

 菊の様に白かったワンピースは、彼岸花の様に赤く変色し、血の重みで、通常のワンピースの倍の重さになっていた。

 あの時のワンピースの感覚はまだ残っている。

「っ…」

 不意に悪寒が走り、肩を撫でる。

 彼女は忘れようと頭を振り、前を向いて歩き出すと、バス停が目の前に迫ってきた。

 バス停にたどり着くと、時刻表を見上げた。すると、眼中に見たことのない広告が飛び込んできた。

「…これって」

 【あなたの力で、この国を守りませんか】【海上自衛隊】と大きく張り出されていた。

 父親と母親のことがフラッシュバックする。あの光景が、鮮明に見え始めている。

 思わず、数分読み込んでしまった。すると、遠くからバスのエンジン音が聞こえてくる。

 彼女は急いで、ポケットにしまってあった携帯を取り出し、広告の写真を撮った。なぜ撮ったのか自分でも分からなかった。

 バスのドアが、冷たい空気を吐きながら開く。彼女はあわてながらも正確にポケットに携帯を突っ込んだ、急いで乗り込み、空いている座席へ着いた。控えめなクッションの柔らかい感覚が、彼女を押し返した、

 彼女は再び携帯を取り出し、起動した。先程撮った写真を、再確認し始めた。ふと、短いトンネルに入り、携帯の画面が見やすくなる。太陽に邪魔されていたバスの中の温度を直に感じられる。

 やがてトンネルを抜け、太陽の日差しが、身体に突き刺さってくる。日差しを遮ろうと、カーテンを閉めようとしたが、身長が足りず、諦めた。

 いつの間にかじわりと汗を掻いていた。

 真夏日はまだ続きそうだった。

 

 

 タオルで湿った髪を撫でながら、ベットの上に座った。携帯のブルーライトで眼を悪くしないように、ブルーライトを防ぐ眼鏡を装着する。

 携帯のフリック入力で、文字を入力していく。軽快な指捌きで、気を着く間もなく、検索枠の中が、文字で埋め尽くされていく。

 エンターを押すと、ブラウザが応答し、検索を始めた。その間に、アイスミルクココアを一口飲む、冷たい温度が身体に染み渡り、身体を少し冷やす。甘い香りと味が口の中で柔らかく広がる。その間に携帯の画面が一瞬白くなるが、一転し、検索結果を表示する。

 目的のサイトをタップし、再びアイスミルクココアを煽る。

 彼女は、表示されたサイトに釘付けになった。そして思った。

 ここには、私の求めている物がある   

 彼女は更にサイトの奥深くへ突き進んでいく。彼女は眼を丸くした、年齢…学歴…資格の有無…これらの条件全てが不要だったのだ。主な入隊試験内容は【採血】【面接】だけだった。

 彼女が思っていたよりも簡単な物だった。

(私にも…できる?)

 入隊試験の実施日を確認するために、携帯を上へスライドする。どうやら、試験日は明日のようだ。

 明日のようだ。

「…明日ぁ!?」

 あまりの驚きで、携帯をアイスミルクココアへ落としそうになる。なんとかというところで携帯を抱き留め、安堵の溜息をする。

「あ…」

 肝心のアイスミルクココアを零してしまっていた。彼女は動揺しつつ、テーブルを拭いた。

 面接となると、電話をしなければならないのか。という考えが頭を過ぎった。しかし、スライドしていくと、その疑問は解消された。

 【事前登録および連絡などは必要有りません】と書かれていた。つまり、ただ現地に行くだけでも良いのだろうか。

(ちょうど学校も休みだ)

 彼女は少々不安になったが、藁にもすがる思いで、試験会場の情報を探した。

 

 

 目覚ましの音で目が覚めた、携帯を手にとり、アラームを止める。脳が若干覚醒し切れていないが、やるべき事はしっかり頭の中に入っていた。

 パジャマを脱ぎ、しわが出来ないように丁寧に折りたたむ。ドア付近に掛けていたスカートとワイシャツをたぐり寄せ、スカートに足を通す。ホックを付け、ワイシャツの袖を通し、順にボタンを留めていく。生憎、スーツは高く、購入できた物では無かった。

 昨日のうちに準備していた通学用の革鞄に、充電満タンの携帯や昨晩の内に書いておいた履歴書、そしてバスに使うICカードを入れた。

「よしっ」

 これで準備は出来た、今から出発すれば、入隊試験一時間前には到着するだろう。いつでも家を出ることが出来る。

 余裕をもって早く行こうと思った彼女は、革鞄を拾い上げ、部屋を出ようとした瞬間。

 不意に、腹部が小さな声で鳴いた。

「…朝ご飯食べなきゃ」

 採血され、健康面で異常と見られてしまっては元も子もない。ちゃんと食べていこう。

 ベットに革鞄を置くと、キッチンに脚を進めた。

 冷蔵庫に手を掛け、慣れた手つき開けると、冷気がゆっくりと流れ出してきた。

 冷蔵庫には必要最低限の食料が備蓄されており、内容は可もなく不可ものだ。しかし、数年前ならこれほどの食料はそろわなかっただろう。数年前は食料の輸入すら危うかったのだ、今は海上自衛隊のおかげでだいぶましになっている。

「目玉焼きでいっか」

 小ぶりの純白の卵を取り出し、冷蔵庫を閉じる。油が飛び散ると困るので、エプロンを取り出し、装着した。

 炊飯器を開き、白飯の残量を確認する。この食事分はありそうだ。炊飯器を閉め、早速調理に取りかかった。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 彼女は静かに手を合わせる。食器を水の張ってあるタライの中に入れ、スポンジを取り出そうとしたが、不意に視線が時計に向き、あまり時間が無いことに気づいた。

 スポンジを元に戻し、エプロンの紐をほどき、手際よくたたみ、テーブルの上に置いた。

 革鞄を拾い上げ、玄関へ向かって歩き出す。部屋の電気を消し、忘れ物がないことを確認した後、彼女は部屋を後にした。

 玄関の扉を開けると、初夏の熱い空気が流れ込んでくる。空は快晴、太陽は自慢げにこちらを見つめてくる。立ち止まっていても、汗が流れ出しそうな気温だ、水分はこまめに摂ろうと、彼女は心がけた。

 エレベーターの下降ボタンを押し、到着を待つ。エレベーターホールはエアコンが効いており、大変涼しい、しかし、このエアコンの涼しさは少しの間、味わえなくなってしまう。

 控えめなチャイムがエレベーターの到着を告げた。エレベーターの中には誰も居なかった。流石にこの真夏日に出かけようと考えている人は居ないようだ。

 エレベーターに乗り込むと慣れた手つきで一階に行くためのボタンを押した。まもなく、小さな浮遊感を彼女は味わった。

 気がつくと、そこはもう一階であった。エレベーターの扉が彼女の門出を祝うようにゆったりと開く。

 一階のエレベーターホールを抜けると、自動ドアまで辿り着く。自動ドアは彼女を感知すると、静かにその扉を開けた。

 先程味わった熱気よりも熱い物を感じる。遠くでは陽炎が踊りを踊るように揺れている。アスファルトの白線は太陽の光を強く受け、そして反射している。

 このマンションの嬉しい所は、何よりもバス停が直ぐそばにあると言うことである。夏場などは時間を調整して、バスを待つ時間を削り、直ぐに乗れるようにすることが出来る。もっとも、バスが遅れなければの話であるが。

 バス停のベンチに座ると、容赦なく太陽の光が彼女を襲った。今は朝だ、太陽の日射角度が浅く、屋根があってもその合間をすり抜けてくる。

 うっすらと汗をかき始めてきた。バスはまだかと、携帯でバスの進行状況を確認すると。

「う…、な…七分遅れ…」

 思いの外目的のバスが遅れている、彼女は早く来てと天に祈った。

 

 

 バスの中は、これでもかと言うくらいエアコンが効いていた。正直言って寒い。運転手の方に目をやると、やや太っている姿が眼に入った。彼女は嘆息し項垂れた。

(汗が引けばましになるかな)

 数十分後。だいぶ汗が引き、バスの温度になれ始めた頃に、バスが乗り換え地点周辺に近づいた。

 彼女は再び項垂れた。

 

 

 

「ありがとうございました…」

 運転手の無愛想な声が聞こえてくる。相変わらず日差しが眩しい。

 顔を上げてみると、そこには大量の新緑と古びた家が三軒ほど有るだけだった。

 バス停もだいぶ古くなっており、突風でも吹こうものなら倒れてしまいそうだった。

 何かの鳥が鳴いているのだろうか、辺りの森から、心地の良いさえずりが聞こえてくる。

 心なしかここは涼しい気がする、恐らくだいぶ都市部から離れているおかげだろう。

 ぼーっと辺りを眺めていると、バスのエンジン音が遠くから聞こえてくるのが分かった。

 これが、目的地に向かうバス…。

 彼女はバスに乗り込んだ。エアコンの温度は先程とは違い、適度でありなおかつ心地よい、油断すると寝てしまいそうだ。

 バスには人っ子一人いない。

「ドア、閉まります」

 彼女は声に驚き、運転手を見つめた。

(女の人だ…!)

 普段男性運転手しか見ていない彼女には新鮮な経験であった、しかも無愛想でなく、どこか優しい。やがてバスはゆっくりと前進し、辺りの景色も進み、加速していく。彼女は座席に押さえつけられた。

「次は【鎮守府】です」

 ノイズの混じった声がそう告げると。彼女は自分自身の心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。

(鎮守府…!)

 バスは山の奥深くへと突き進んで行く。人工物は見えなくなり、間もなく木々が辺りを満たして行く。

 眼の前にトンネルが迫ってくる。トンネルの側に、看板が立てられており、こう綴られていた。

【出口まで一キロ】

 彼女は眼を丸くし、息を詰まらせた。一体どんな辺境なのであろうか、彼女には想像すら出来なかった。

 トンネルに入り、奥に進んでいくほど暗くなっていく。バスの足下は、頼りないライトにより照らされていた。

 バスは急加速を始めた。

 

 

 

 数分が経過した。小さな光が彼女の目を刺激する、出口が眼の前まで近づいてきている。

 あの【鎮守府】という文字を見てから、胸のざわめきが止まらない。

 この感情はなんなのだろうか、それは彼女自身にも理解でき無かった。

 やがてバスはトンネルを抜ける。一瞬にして周りの景色が明るくなり、バス内部を明るく照らす。

「…わぁ!」

 彼女は感嘆した。眼の前には太陽に照らされ、美しく煌びやかな海の蒼色が広がり。小さな波が、白い砂浜に叩きつけられ、白い飛沫を上げている。

 

 綺麗。

 

 彼女はそう実感した。しかし、その感情も長くは持たなかった。あの時の光景が脳裏から湧きあがって来る。血の気が退いていくのを感じた。

 彼女は頭を振り、考えまいとした。今は眼の前の事に集中しなくては。

 バスが減速をし、カーブを曲がる。彼女の眼の前には大きくそびえ立った赤煉瓦の建物が写っていた。

 

 

 

「ありがとうございました」

 まるでウグイスが鳴いているかのような美しい声で、運転手は言った。先程の運転手とは大違いである。

 海風が彼女の頬を優しく撫でた。その風は海独特の香りをしており、彼女の鼻を突いた。

 彼女は眼の前を見据えると、【受付】と書かれているテントへ歩き出した。

 テントの下で、何やら作業をしている女性に声を掛けようと、彼女は女性の眼の前に立った。

 綺麗な肌に、黒色の髪に良く映えるカチューシャ、そして清楚を匂わせる眼鏡。いかにも大人な女性だ。

 彼女は、少々ためらいながらも、女性に声を掛けた。

「すいません、こちらで採血を受けっ…たいのですが」

 つい緊張してしまい、言葉が詰まってしまう。彼女は思わず赤面してしまった。

 女性はゆっくりと顔を上げると、こちらに笑顔を振りまきながらこう言った。

「はい、ではこちらのバッチをお付けください」

 女性はにこりと笑うと【420】と書かれているバッチを彼女に手渡した。

(420…!?)

 もう、これ程の人数が来ているということは、採血は長くなりそうだ。そう考えると、眼の前が眩みそうだった。

 あちらに座ってお待ちくださいと、女性に促され、希望者用のテントへと彼女は向かった。

 テントの下には、少々狭い感覚でパイプ椅子が設置されていた。屋根がある分いくらかは涼しいので、文句は言えない。

 座席に座ると、申し訳程度にクッションの弾力が伝わってくる。

「…!えッ…えっちょっ!」

 何やら、隣が騒がしい。一体何が起きたのだろうか。

「…!」

「やっちゃった…」

 隣の髪を縛っている、彼女とおなじくらいの年齢の女の子が座っていた。どうやら、私物の鞄に自身の水筒の中身をぶちまけてしまったらしい。

「贅沢にアク○リアス入れてきたのにぃ…」

 洗濯大変そうだなぁ、と彼女は心底思った。しかし、見過ごすわけにも行かない。

「あのよかったら、これどうぞ」

 彼女は、自身の水筒を取り出し、隣の女の子に差し出した。

「…!いいんですか!?」

 彼女が頷くと、隣の女の子は水筒の蓋を開け、勢い良く飲み始めた。

(…私の分も無くなっちゃいそうだな)

 隣の女の子は、水筒から口を離すと、満面の笑みを放ちこちらに表情をこちらに移した。

「ありがとうございました!助かりました!」

 隣の女の子はお辞儀をすると、律儀にも両手で水筒をこちらに差し出してきた。水筒を持つと、何ともいえない重量感が返って来る。

(…半分すら残ってない)

 彼女は少ししょんぼりすると、表情を悟られまいと、笑顔を振りまいた。

 隣の女の子は再び口を開いた。

「あなたも採血に…?って、そのバッチ付けてるって事はそうなんですよね」

「ええ、まぁ…。人数、すごいですよね」

 改めて見回してみると、恐ろしく多い人数だ。千は行っているのかもしれない。

「私、結構早めに来たのに、もう結構な人数が居たんですよね」

 彼女の胸元に視線を落とすと【319】というバッチが眼に入った。

「緊張しますね…私、こう言うの苦手で」

「私もです、こういう場は緊張します」

 隣の女の子は、彼女の言葉を聞いて安心したのか、安堵の表情を見せた。

「あ、私の名前は   」

 隣の女の子が、自身の名前を言おうとした瞬間、小さなノイズが鳴り響いた。

『311から320番までの方、採血テントまでお越しください』

「あっ、私もだ。お先に失礼します!お茶の恩は絶対返しますから!」

 隣の女の子は張り切った様子で立ち上がると、両手と両足をそろえ、歩き出した。

(そんなに緊張してるんだ…)

「あっ、鞄忘れてたっ!」

(先が思いやられる…)

 隣の女の子は、陽炎の中に姿を消した。

 

 

 

 あれから何分経っただろうか、そうも長くなかった気はするが、短くもない気もしている。待機所のテント内部の熱気は依然だんだんと高まって行っていた。

 まだかまだかと、彼女の身体はうずいている。あとどれほど待てばいいのだろうか。

『411から420番までの方、採血テントまでお越しください』

 来た   

 彼女は膝の上に置いてあった荷物を持ち、勢い良く立ち上がった。

(緊張する…) 

 両手両足がそろわないように、テントへ脚を運ぶ。ややぎこちない動きになっていたが、彼女は気にしなかった。

「よ、よろしくお願いします」

「はーい、お待たせ?何分くらい待った?」

 頭に大きな碧色のリボンが特徴的な、白衣を着た女性は。彼女に驚くほどのフレンドリーさを見せつけた。

 よく見ると、胸の辺りにネームプレートがぶら下がっている、【夕張】それが彼女の名だった。

「えと…たぶん四十分でしょうか」

「ずいぶん待たせちゃったね。待った分、直ぐ終わるから安心してね!」

 夕張は細めの張りを取り出すと、腕出して、と優しく囁いた。

 彼女の肌に、白いガーゼがあてがられ、アルコールが染み渡っていくのが分かった。

 夕張は、どこからか、注射器を取り出した。

 ちくり、と彼女の柔肌に、冷たい温度が入り込んでいく。そして、少量の痛みが後からやってきた。

「っ…」

「もーちょっとちょうだいね…よし」

 夕張は、慣れた手つきで針を引き抜くと。彼女は痛み感じることは無かった。

 針で空いた穴から、血が浮かび上がって来た。

 夕張は、急いで彼女の腕に絆創膏を貼ると、何かの装置に、彼女の血を照合し始めた。

「お、適合した…これは……」

「え?」

 夕張が黒電話を持ち上げ、ダイヤルを恐るべき速さで回すと、嬉々とした様子でこう言った」

「提督?私、空母が出たよ」

「…?……??」

 彼女は夕張が何を言っているか理解できなかった、一体空母とは何だろうか。

「ん、とりあえず、第一関門クリア」

 夕張は建造物の入口を指差すと。

「あそこの入り口入れば直ぐ分かるから!そこ行ってね!ハイ次の方!」

(えぇぇええ!?)

 彼女は袖が引っ張られる思いで、椅子から立ち上がった。

「…」

(…あの子の血中瞬間最高適正率。今まででの艦娘よりも…)

 夕張の髪が大きく揺らいだ。

 

 

 

「…」

 廊下には誰もおらず、沈黙と涼風が流れていた。

「…うぅ」

 ついでに緊張もだ。彼女の言われたとおり、入り口に入って見ると、なんと【面接会場】と記された、張り紙があったのだ。つまり、採血は合格…つまり第一次審査は通ったのだろう。

 先程からずっと、面接マニュアルを読み返しては居るが、一向に緊張は解れなかった。

「次の方、どうぞ」

 と、扉の奥から小鳥のさえずりのような声が聞こえてくる。この声……どこかで…?

 長考している場合ではない。彼女は座席から立ち上がり。扉の前に立つと、扉を三回ほど軽くノックし。

「お入りください」

 と再び響く女性の声を確認すると彼女は。

「はいっ」

 と、返事をし扉を開けた。

 ドアを開けると、そこには白い制服の人物と、先程受付に居たカチューシャの女性と頭に何やら角が着いている(生えている?)強面の女性が座っていた。

(な、なんなのこの光景は)

 はっ、と彼女はマニュアルに書いてあったことを思いだし、会釈をし、しっかりと両手で扉を静かにしめた。

「失礼いたします」

 と、一礼。

「硬くならないで結構、どうぞ座って」

 愛想のある優しい声で、カチューシャの女性は笑顔でそう言った。

 彼女は動揺しつつも、座席に座ると。

「本日はどうぞよろしくお願いします」

 と、再び一礼。

「先程の女の子よりかは緊張していないみたいね、あの子はおもしろかったなぁ、両手両足が一緒に出ていたしね」

「…大淀」

「すいません」

 小さな声で、抑揚のある声で大淀と呼ばれた女性は嬉々として語った。そして、直ぐ横の角を付けた女性に注意されていた。

「私は秘書艦の大淀と言います、あちらは長門。そして、こちらはこの鎮守府の提督です」

 提督と呼ばれた人物は、恐らくこちらに視線を移し、一礼した。提督は軍帽を深く被っており、正直男性か女性かすらも分からない。

「私の名前は   」

 彼女が、自身の名を告げようとしたとき、提督の右手がすっと上がり、掌をこちらに向けた。

「…?」

 彼女は息を飲み唖然とした。しかし、両隣にいる大淀も長門も一切動揺していない。毎回このような事をするのだろうか。

「…戦う覚悟は、ありますか」

 提督の口から放たれた言葉は、まるで鉛のように重く、鈍い。この異様な圧力に、彼女は胃が押し潰されるような感覚に襲われた。

 ほんの少しの間、部屋に沈黙が籠もった。その中で、大淀と長門は彼女を見守っている。しかし、彼女の脳内ではひたすら思考が繰り返されていた。

 

 わたしは、なぜここに来たのか   

 

 深海凄艦に復讐するため…?いや違う。私は   

 

「あります、私は戦えます」

 提督は安堵したのか、小さな溜息を一度すると、もう一度口を開いた。

「…分かりました。それと、貴女には最初の試練として、手術を受けてもらいます。それは、長く苦しい物です」

「はい」

 ここまで来たら、後にはもう引けない。やるべき事はただ一つ。

 大淀がにこりとこちらを見て微笑み。

「貴女をこの鎮守府の【艦娘】と任命します」

 長門が大淀に何やら、白い用紙を手渡した。大淀はそれを自分の胸元に寄せると、用紙に眼を落とした。

「よろしくね、【正規空母:大鳳】」

 

 面接会場に響く、私の新しい名前。ここで大鳳は、深海凄艦と戦うんだ   

 

 

 

(やっと解放された)

 西日がくすんだ窓から眩しく射しこんでいる。昼の時より一段と日差しが強く、廊下の温度が上昇している。

 彼女は一歩踏み出すと、出口へ向かって歩き出した。

「あっ」

 彼女は面接マニュアルを忘れていたことに気づき、踵を返し、戻っていった。

 彼女が戻ってくと、何やら見覚えのある顔の少女が佇んでいた。

 少女はこちらの視線に気づいたのか、彼女と視線を交えた。

「あ、また会いましたね」

 昼の隣の女の子だ。後ろで結んだ短めの髪を振り振りと可愛く揺らしている。女の子の手には彼女の面接マニュアルが握られている。

「あ、それ私の…」

 女の子はハッとし、マニュアルに視線を落とた。

「ああっ!ごめんなさい!これ貴女のだったんですね!」

 女の子は狼狽えると、慌ててマニュアルを差し出した。

「どうも…」

 彼女はマニュアル本を鞄に仕舞うと再び彼女を見据えた。相変わらず元気が良い。

「あの本、貴女も呼んでたんですね」

 女の子はバックから一冊の本を取り出した。

「あっ、それ」

 彼女と同じマニュアル本だった、しかも随分と読み込まれており、大量に付箋が貼られている。おまけに表面がベタ付いている、これはアク○リアスのせいだろう。

「そうです、同じ本だったんで、ついつい手に取っちゃいました」

 女の子は照れくさそうに笑うと、自身の本も鞄にしまった。鞄からは甘い香りが漂った。これもアク○リアスのせいだろう。

「…貴女は、決断しましたか?」

 女の子は憂いを感じさせる表情でそう呟いた。

「……私はしました」

 女の子はまっすぐこちらを見据えると。

「私は【吹雪】です、配属はここの鎮守府ではないんですけど…」

 と言った。

 彼女は少々戸惑ったが、今ここで改めて決断した。

 

「私は【大鳳】です、また会えるといいですね」

 

 

 昼下がり、まだ日が昇りきったばかりの日光に、彼女は照らされていた。彼女を照らす日光はとても暑く、立ち止まっていても汗が出るほどだった。

 墓石に撒いた水は、朝日に照らされ、煌びやかに輝いている。風に煽られた花々は、心地の良い香りを振りまき、彼女の心を落ち着かせた。

 ゆっくりと手を合わせると、彼女は瞼を落とし、祈った。

「…行ってきます」

 彼女は荷物の詰まっている鞄を抱きかかえるように拾い上げると、墓石に背を向け、海へと歩いて行った。

 晴天の空に映し出された彼女の背中は、あの時よりもほんの少しだけ大きく見えた。

 

 私の名前は【大鳳】。私は今日から艦娘になります。

 

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