想いを量れたのなら、どれだけ重いのか   作:千玖里しあ

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1 心に被さっていたものを暴いたのは、過ちだった。

不味くはないが味気もない病院食、を食べて一段落してた。

 

急な入院で手荷物なんて持参してることもなく、暇を潰せる小説や雑誌なんかも今日が今日だったので、鞄には入れてはいなかった。

一言で言うなら、退屈を持て余しては、いた。

両親は仕事があるし、俺なんかの為には中抜けして来るはずもないのはわかりきってるが、

妹の小町もまた、来てくれるとは思うが、事故が突然のことだったので学校にも連絡は通じてないだろう。

 

金を支払ってまでテレビを見たいほどでもないし、

流行りの番組を見てまでして会話したい知り合いがいるわけでもなく、

そもそも見たい番組は平日にはやっていない、からこそテレビをつける必要はないわけだ。

 

だからといえ、時間を潰せる手段があるわけでもなく、暇を何に費やすかを考えるのに考えてた頃に、

個室のドアをノックして、声を掛けたら入ってきたのが少女だった。

 

 

言葉を失う、ことを実感させられるほど整った姿っていうのを実際に目にしたのは初めてだ。

が、テレビやグラビアで見かけるようなアイドル、とも違った美しさと独特の澄んだ雰囲気、ってものが少女を包んでると話してる今でさえも思える。

 

単純に表すなら、綺麗と一言で示すしかない美貌で、

どっかで見た覚えのある制服姿の、女子高校生がベッドの脇のパイプ椅子に座ってる。

 

長い黒髪を背中に流して、膝に両手を揃えて置いた、

雪ノ下雪乃と会話の始めにそう名乗った彼女は、姿勢正しくまっすぐに俺を見ている。

目を逸らすこともなく、見つめてるともいえる。

 

誰かと視線が合う、合ったとしても外されない、なんてことは妹以外ではどれだけ久しぶりだったか。

 

 

「で、雪ノ下家の所有してる、お抱えの運転手が運転してる車で、

 雪ノ下が乗ってたから、って理由から、この事故の責任の一端は自分にあると謝罪に来たのは話してもらってわかった」

 

 

雪ノ下でいいと、さんづけで呼んで、敬語で会話に応えようとしたらまず、彼女に言われた。

 

今現在もだが、病室に入ってきてから、さっき俺が言った通り謝ってるときも目を逸らさない、

そんな姿勢で接してくるので彼女の性格はよほどまっすぐなのだろう。

また、まだ少しも接してない俺でもわかるぐらいなので、ちょっとばかしは挙動不審になりそうだが、俺にしては普通に会話に応じることはできてる。

 

これが初対面やリア充みたいな意味わからない奴、相手だったらドモったりもするだろうが。

 

 

「ええ、納得してもらえたと思ってもいいのかしら」

 

 

凜とした彼女の言葉もまた裏表もなく正直で、自身に責任を負う姿勢は俺には真似はできない。

 

しかし、彼女の言葉は一端どころか、責任の全てが自身にあると言外に示してるようで、それを許容するのも彼女に認めさせるのも間違いなのだと、さすがに俺でもわかる。

 

 

事故の経緯は簡単だ。

 

総武高校に受験をパスして高校生となった俺、こと比企谷八幡。

入学式の今日ぐらい、早起きしたこともあり早めに登校した途中で、

パジャマ姿の童顔巨乳の少女の手のリードが外れて、散歩してもらってた小型犬が車道に突っ込み、

そこに通りがかった高級車両が犬を避けようとするも、勢いを殺せず、

轢かれそうな犬を投げ捨てて、庇った俺が代わりに轢かれた。

 

と、言葉にしてしまえば、それだけのことでしかない。

 

車道に突っ込んだ俺の自業自得、がほとんどだ。

 

あえて責任を追及したとしても、当事者四人の中で、俺の次は運転手ぐらいだろう。

俺が何もせず、もし犬が轢かれ死んでたとするなら、心情的には飼い主が被害者で、雪ノ下は加害者ってことにもなるんだろうが、

俺が犬の代わりにこうしてる分には、被害者も加害者もなくすっきりしてると俺は思うのだが、それを話して納得してもらえるかは微妙なラインだ。

 

 

「いや、わかったにはわかったが納得はしてない。

 犬が轢かれてもいない以上、俺としては不快な結果にならなかったし、逆に人身事故として不始末を押しつけちまった俺の方こそ、雪ノ下とその運転手に謝罪しなければならないだろ。

 俺がこうしてるのは車に突っ込んだ結果としてはあたりまえで、

 雪ノ下に謝罪されても、お前ん家のとこから医療費とか入院に個室の費用、まで出してもらったんだから俺の方が貰い過ぎになる」

 

「…………そう」

 

 

リスクに対して、デメリットもあったがリターンが予想外に大きかった、という意味を込めて言ってはみたのだが、

俺の言葉の何が気に入らなかったのか、話し始めてから初めて、不快を示すように雪ノ下の眉が顰められる。

 

雰囲気、が怖い。冷たすぎて凍りつく、ような気配が、彼女から漂っている。

 

俺から話しかけるのは躊躇われるほど、正直に言えば怖いし、度胸もないので黙ると彼女も話し出そうとしないので病室が静かだ。

 

 

「……ひとつ、訊いてみてもいいかしら」

 

 

問いかけてくる雪ノ下の、その表情はさっきまでより和らいでいるが、硬いのは見てとれる。

 

何を聞かれるかは、事故に関することだろうとは空気を読まずとも行間でわかるが、

それが俺に答えられることなら、と少しばかし考えてから首肯する。

 

 

「私の質問、比企谷君がそのときに思っていたことを、そのまま答えてくれると、その……助かります。

 比企谷君は、犬を庇って車に轢かれた、と私は考えてます。

 それは、咄嗟の行動? 後先を考えてなく。自分の身を顧みず、それとも何かしら考えがあってのこと、なのかしら」

 

 

彼女の言葉、のどこに恥ずかしがったのかはわからないが、少しの躊躇いの後に、

雪ノ下が声に出した質問は、考えてみる必要も感じていなかったことなので、すぐに答えるには思考を整理することを必要とする。

 

さっき纏めた事故の経緯、で俺は確かに犬を救ける為に行動した。

 

犬を救ける、という意識があったわけでもない。

轢かれそう、だと思ったからこそ体が動いていたわけで。

そこに人間か動物か、という区別があるわけでもなく。

考える前に動いたからこそ、間に合った。

 

雪ノ下が言った通り、自分の身を顧みてはなく、後先も考えてない咄嗟の行動だった。

が、その行動のどこが間違っているかはわからないが、

現にこうして雪ノ下が謝罪に来て責任を感じさせている。しかも、雪ノ下の家にまで迷惑をかけた、のだから俺のしたことに問題はあったのだろう。

 

ひとまず考えは纏まった。

 

 

「その、だな。確かに咄嗟の行動で、後先も考えてないんだが、考えるよりも体が先に動いてたんで、

 今も考えてはみたんだが、俺のしたことに間違いがあったかはわからない。

 犬が救かったのはいいと思うんだが、雪ノ下にまで謝罪させてる、わけで……俺が迷惑をかけたのは問題、なんだとは思う。

 雪ノ下が何を聞きたいのかはよくわからないが、これで答えになってるか?」

 

 

じっと目線を逸らさず、俺の言葉を聞き逃さないようにしているので、言葉にするのが戸惑うぐらいだったが、

俺の言葉を聞き終えると首だけで頷いて、そのまま瞼を閉じて考え込んでしまったので聞かれたことに答えられたのかはよくわからない。

 

また病室が沈黙で静かだが、雪ノ下の雰囲気が柔らかくなってる分だけ、空気は重苦しくはない。

 

雪ノ下の思考を邪魔するのもどうかと思うので、黙って待つ、と数分。

 

 

「ごめんなさい。お見舞いに来てまで、黙ってしまって。

 またお見舞いに来る、つもりだけど、比企谷君は迷惑ではない? 傷に障るなら遠慮しますけれど」

 

 

目を開けるとまた、まっすぐに目線を向けて、口元を緩めて雪ノ下が微笑む。

 

 

「いやいや、やることないから、見舞いに来てもらえるだけで助かる。

 それにわざわざここまで来てくれる客も、見舞ってくれる知り合いもいないからな」

 

 

小町以外は誰も来ないのだから、雪ノ下に言った通り、見舞いに来てもらえると退屈せずにすむ、のもあるが、

正直なところ、ぼっちではあるが俺も男なので、

今までの人生で目にしたこともないぐらい、美少女な雪ノ下が来て会話してくれる、という機会を逃すこともしたくはない。

言葉には出さないし、そんなこと俺が言っても気持ち悪がられるだけだろうが。

 

雪ノ下の笑みが少し深まる。

 

 

「それは笑えばいいのかしら。

 そう言ってくれるのなら、また来るわ。それでは、さよなら」

 

 

パイプ椅子から立ち上がると、ドアの手前で振り返り、お辞儀してからドアを開けて去っていく。

 

雪ノ下の言葉はさすがに社交辞令だろうが、あのまっすぐで裏がないように見えた性格を考えるとまた来てくれるのかもしれない、と。

彼女の翻った黒髪から、香る匂いの残る病室で考える。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

明けて翌日、から数日が経った。

 

 

雪ノ下は彼女の言葉に反することなく、毎日夕方の日が暮れる前に病室に訪れる。

 

あまり社交的ではないように見える印象、のままで、

雪ノ下から投げかけてくる話題には学校や級友に関する話はなく、

どちらかというと読書の内容や、お互いの過去で共感できるものを探して話す、みたいな形になっている。

 

翌日のしばらくはぎこちなさもとれず、話題は硬かったが、俺が無難な話題を振ってみれば普通に返してくれる。

地雷な部分を、俺にしては頑張って空気を読んでみた甲斐もあったのか、

この数日の間に、話していても笑いが少しは漏れるぐらいには、雪ノ下との会話にはこなれたと思う。

 

 

と同じくらいに、雪ノ下の性格や言動の裏、にあるものも把握することはできた。

 

 

雪ノ下雪乃が凜として美しく、まっすぐに正しいと見えてはいても、

そう見えているだけで、そこにあるのは写真や動画に映っているかのような、

彼女の上辺だけを見て綺麗だと、見たままに評しているに過ぎない。

 

俺が見ようとして見えたのは、雪ノ下の強がって強張った姿だ。

そうだと捉えてしまえば、見えてくるものは弱さを曝け出さないようにして、

それがあたりまえのことだと、自分でも強がることが当然になっている痛々しい様だ。

 

それを指摘するのはどうかとも、関わった期間が短い俺が言っても戯言でしかないだろう。

 

 

「なぁ、雪ノ下、俺からもひとつ訊いてみてもいいか?

 雪ノ下が不快に感じたり、こいつ急に何言ってるんだとか思ったなら答えてもらわなくてもいいんだが」

 

 

踏み込んでみて拒絶されたとしても、

俺と関わる関わらないを決められても、雪ノ下の様相が気になるなら訊いてみるしかない。

 

きょとん、と不思議そうに首を傾げてから、微笑んで頷く。何気にあざといな、こいつ。

 

 

「比企谷君が私に質問、なんて珍しいのね。

 答えられることなら答えてあげる、でもえっちなことは訊いてはダメよ?」

 

 

こんな冗談を交わせる、ぐらいに近づいた距離を壊す、のは怖い。

だけど、気になるものは気になる。

 

彼女が見舞いに来てくれるたびに、積み重ねた会話と、

俺が事故に遭わなければ通っているだろう総武高校に雪ノ下がいる間、

暇な時間だけは俺の目同様に、腐らせるだけあったから考えた。

 

誰かのことを、ここまで知りたいと思ったことは初めてだ。

中学の頃、のぼせ上がって告白して玉砕して、黒歴史をまた掘って埋めたときも、

そいつのことを知ろうとしてから告白したわけじゃない。

 

優しくされて、俺だけではないにせよ、普通に話しかけられたから間違っただけだ。

好きになったわけじゃない。

受け入れてもらいたかった、だけで。

 

考えてたときも、今こうして雪ノ下と面と向かい合ってても、

好意は抱いてるにせよ、それは恋ではなく、敬意に近い親愛や共感だ。

雪ノ下雪乃を知りたい、理解したいという感情がそこにある。

 

雪ノ下のまっすぐさの奥に押し込めた、気持ちを知りたい。

 

 

「答えたくないなら聞いてくれるだけでもいい。俺の考えが間違ってるなら、それを指摘してくれていい。

 雪ノ下。

 

 お前が俺の知らない誰かになろうとしてまで、怖がってるものは、なんだ?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

俺の問いかけが不意をついたのか、雪ノ下の表情と動きが固まる。

 

 

「雪ノ下と話していて確かにお前はそこにいる、喋ってるお前と共感や理解ができる。

 わかり合えないと思うこともあれば、知ろうとしたくなる。

 そうしてみればそこに雪ノ下はいた。

 けど、中身がない。外側しか見えてこなかった。

 そこにあるのは雪ノ下雪乃ってラッピングされた、箱だけで、その中にあるべきものが入ってない。飾りつけられたお前だけがあるだけで、見ようとした中身がからっぽなら俺はどこを見ればいい」

 

 

自分でも言っていて抽象的に過ぎる言葉、だと思う。

俺が言いたいことの、言ってることの数十分の一でも伝わればいい、と思って言葉にしてるのだが、

雪ノ下が理解しようとしてくれたのか。

 

なんとなくでも通じて、雪ノ下の強張りが強まる。

 

 

裏表もなくバカ正直に見せかけた、そのまっすぐさも雪ノ下の一面であるのは確かだ。

自分ではがせないほど、こびりつくまでに雪ノ下が無自覚に塗り重ねたそれは、

雪ノ下雪乃を自分でも他人からも見させる、確かなものだと思っているんだろう。

 

が、言動の裏を探り、行間や文脈の裏や粗を読むようにしてみれば、

ぎこちなさや違和感も感じさせることもない、

雪ノ下という少女の、本音や人間性といったものが透けて見えてくる。

 

それのとっかかりに気づけたのは、ぼっちで似てるけど向いてる先が違うだけだったからか、

もしくは雪ノ下と関わりが薄かったにも関わらず、知りたいと考えていたからこそか。

 

 

雪ノ下の内側にあるものを例えてみるなら、

抱える虚無感の深さに怯えて、縋りついて溺れないようにしてる少女、だろう。

 

 

それが誤りかどうか、は雪ノ下の反応を見ればいい。

 

 

「自分ってものがないなら、お前がよく知る誰かの真似をすれば楽に生きられる。

 人からそうあるべしと見られてる自分を続けてれば、

 周囲に流されて、誰かの意思に従うままでいればもっと楽に日常を過ごせる。

 それも処世術ってもんだろ」

 

 

正しさや偽善、ってのは社会から弾かれないようにするには思いつきやすい言い訳だ。

それをなし続けるってのも俺はしようとは思えない大変さだろうが、

雪ノ下のスペックを考えればさほど苦労はしないだろ。

 

 

「どっちにせよ、俺的にはめんどくてやめたいが、お前にとってなら楽な方へと流されたまま生きてる、

 誰かになろうとして寄りかかった雪ノ下、が俺には見える。

 それは依存だろ。

 お前を知りたい、なのに、雪ノ下雪乃の中身をからっぽにしたままなお前は誰だ?」

 

「変わろうとする気持ちは、自殺でしかない。

 だけど、雪ノ下には自分に合わせたように世界を変えようとする意思はあっても、それはお前が変わりたいという気持ちを抱かないで済むようにしてるだけの逃避だ。

 自分を変えよう、なんて考えすらも自分ってもんが薄いから抱かないんだろ。

 ならお前がしようとしてた理想は、他殺を繰り返すだけだ。

 殺して、殺して、殺し続けた、お前以外の誰もを変えてけば、お前って基準値を当たり前にしてしまえば比較されず、雪ノ下が変わらなくても肯定されるだけだもんな」

 

「そんなもん瓦礫を積み上げて廃墟を組み建てる、みたいなものだ。

 俺は嫌だね」

 

 

突きつけるように、具体的に語ってしまうこともできる。

だけどそれは、死体を蹴りつけて弄び身元不詳にするような、趣味が悪く後味が最悪な行いだ。

鋭くて突き刺さるものは、誰だって怖いから俺だって嫌だから、先端を鈍くして和らげてしまった方がいい。

 

 

それでも、彼女は俯いてしまっていて表情が見えない。

膝に揃えられた手は握られて、肩を小さく背を曲げてしまっている。

 

まっすぐに見つめてくる視線はなく、そこに凛とした彼女の姿はない。

 

 

俺がまだ把握しきれてないだけかもしれない。

今見えてるだけで判断するなら、雪ノ下は意識は高いかもしれないが自我が薄く我欲に乏しい一面もまたある。

 

それは彼女を見るなら根拠になる。

 

何かや誰か、自分にとって絶対であると決めたものに縋ったまま依存する。

そんな生き方は楽だ。

自分を変えようとしなくともよくて、自分を誰かが決めた型枠に流し込んでしまうだけで形はできる。それっぽく仕上がれば、枠組みに従ってさえいれば流されるままでいてもいい。

 

否定されるのは、拒絶されてるのは自分ではない。

理想と現実は乖離している。

傷ついても痛みはなく、最低限動けば労力も少なくていいから疲れない。

 

 

だけど、だからこそ心は育たない。

 

 

似ていると思った、雪ノ下雪乃は比企谷八幡とは同類項ではあっても根幹から異なっていた。

 

ペプシとドクターペッパーの違いみたいなものだ。

炭酸でコーラに味は似ていても、飲んでみれば違いは明らかになる。

 

飲んでみなければわからない、が飲んでみても美味しくないわけではない。

 

雪ノ下という少女が弱さを認められない脆さがあっても、

それが彼女を醜くするのでもなく、

むしろ雪ノ下という少女の綺麗さに人間らしさを感じさせる一因にはなる。

 

 

変わりたいって気持ちは、確かに自殺だ。

 

今ここにいる自分を否定するのでもなく、肯定して、弱さを受け入れて生きていけるのならそれは強さだ。

 

 

「俺は、雪ノ下を否定したいわけでも、傷つけたいのでもない。

 依存するってことが悪いって言いたいんでもない。

 誰もに見せてる姿でも、誰かの真似をしてる姿でもない、誰でもないままの雪ノ下を知りたいってだけだ。

 それは、探しても見つからないもの、なのか?」

 

 

あるがままに、ありのままに飾らないものを見つけられたとして、それに名前をつけるのなら俺は一つしか知らない。

 

 

 本物だ。

 

 

それを彼女に見つけたい、だからこうして踏み込んだ。

 

 

ひとまず言葉を止め、雪ノ下の反応を伺う。

俺が言葉にしなければ、考えを纏め次第に雪ノ下は応えてくれる、と言った。

が、沈黙ばかりが残り、重苦しさとも違った息苦しい気まずさがそこにある。

さすがに土足で踏みしめ過ぎたか、と省みそうになると、雪ノ下が手を伸ばして揃え顔を上げる。

 

 

「あなたが……、あなたが、何を言いたいのか、私にはわからないわ。

 私を見ている? 知ろうとしてくれて、でもあなたは私を決めつけてる。あなたが見てる私は正しく映ってるのかしら? 私にはそんなもの見えないからわからない。

 そうね。

 まだ何も、あなたのことだって詳しくは知らない。あなたは話してくれない。私も言ってはいないもの。

 なのに私の何を知った、気になって言ってるの。

 私は姉さんになろうとしてもない、決めつけられたことに従って生きてなんていないことは、確かよ」

 

 

声色は普段通りに強いが、俺を見る視線は揺れていた。そこに動揺が浮かんでいる。

膝に乗せられた指先も、丸められたままの肩も震えている。

 

言葉には出なくても態度では示しているのが、見てとれた。

 

動揺はしていても否定することは怠ってない。

踏み込んだ部分は確かに脆い箇所だったらしく、誰になろうとしてるかに姉と失言してる。流されてることも否定しきれてはいなく、

雪ノ下の言葉を信じるよりも態度を疑わない方が楽だ。

 

だが、これ以上の否定は悪戯に傷つけるだけでしかない。

拒絶されたとしても、嫌われても俺は肯定するべきだろう。

 

 

「お前がどんだけ姉になろうとしてるのかは、俺にもわからないさ。

 理想として、誰もに期待され愛されてる人間になろうとして、

 その結果に、今こうして話してる、俺の目の前にいる雪ノ下雪乃でなくなんなら……、お前らしさってのが失われるならそれは、

 俺には何にも価値がないものでしかない」

 

「俺は、まだまだ15年しか生きてない。

 雪ノ下に話した通りの生涯で、黒歴史ばかりだ。

 そんな人生は他人からしてみれば失敗や恥ばかりで、 負け犬と言われるようなもんだろうけど。

 それでも俺の今までは、俺らしくあろうとしたからこそ、って言い切れるものだ。

 お前の人生にお前って言えるものは、雪ノ下雪乃だからこそってものはそこにあるか」

 

 

自分を認められる要素ってのは、さすがにこの歳まで生きてれば見つけている。

と思い、俺が恥を晒して自虐ネタまで持ち込んだのだが、

雪ノ下は俺から顔ごと逸らして目を合わせようとしない。

いくら待っても、彼女から言葉が返ってこない。

 

そこにあるのは否定だ。

つまり何も見つからないってこと、なのだろうか。おいおい、それは笑えないだろ。

 

わかりやすく、この空気を払拭するのに軽い調子で言葉を費やす。

 

 

「人生なんて、誰もが好き勝手にプレイするゲームみたいなもんだ。

 どんだけ楽しめるか、クソゲーってラベルつけて積みゲーにするかもそいつの自由だ。どんなゲームがあっても楽しみ方なんて人それぞれで、

 製作者の意図した最低限のルールに縛られるゲームと違って、人生は、ルールを自分で決めて自分ができる範囲なら好きにできる。

 楽しみ方を見つけるほうがよっぽど簡単だろ。

 さぁ、お前は、雪ノ下雪乃はどうしたい?」

 

 

 

俺なりに答えは示した。解は出た、それをどう受け止めるかは雪ノ下次第。

正解も誤解も、どう答えを出すかを俺には待つしかない。

 

 

雪ノ下が答えを出すのを待つ時間が、ながく感じていた。

 

 

 


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