今日は午前のうちにリハビリは済んでいた。
骨折したにせよ、意外と治りは早いようで、松葉杖さえあればそこそこ歩くこともできる。
相も変わらず、寝るときにベッドで骨折した足を吊り上げられるのは変わらないのだが。
雪ノ下が病室を訪れたのは、昼よりも二時間ばかし前の頃合いだった。
休日だからだろう。
普段見慣れた制服姿ではなく、長袖のチュニックにカーディガンを羽織っていた。
手にはユニクロの印字された、中身の詰まったビニール袋を提げている。
「あー、そのなんだ、急に来たりなんかしてどうかしたのか?
それにその袋も見てると嫌な予感しかしないんだが」
問いかけてみると、袋から新品のTシャツとジーンズを手渡される。
これをどうしろと? まさか着替えろってことか。
雪ノ下はにっこりと笑みを浮かべると、着替えるよう指先で示す。
「比企谷くん、今日はデートをしましょう。いえ、しませんか? ……デートをします。
杖もこう用意したのだから、あなたからの拒否は認めませんので、あしからず
病院の外来には外出許可は取ってあるから、
あとは比企谷くんがそれに着替えて出かけるだけよ。駄目かしら?」
デート、デートか……。
わざわざ新品の服まで用意してまで来てもらって、それを断るのもどうかってもんだが、
あいにくと妹以外の女性と出かける、ってのは怖気づく。
それに、前回の見舞いに来て最後ら辺で記憶が曖昧だが、なにか俺にとって不都合で怖いこともあったような。
そこら辺を気にするでもなく、
「わかったわかった。着替えるからいったん、雪ノ下は病室の外で待っててくれるか?」
「あら? 手間取るといけないから手伝ってあげましょうか?」
「いや、いい。さすがに着替えぐらいはこの十数日で慣れたわ。
じゃ、外に出ててくれ」
案外、言葉とは裏腹に素直に雪ノ下は病室の外へと出ていく。
ビニールから出した服を、パジャマから着替えてみると、
シャツはけっこうゆったりとして余裕があり、
ジーンズを履き変えるのはギブスもあって手間取ったが、こちらは腰回りは合うが太ももや脛のあたりはゆったりとした造りだ。
適当に自宅から持参してた上着を羽織り、病室の外で待ってる雪ノ下へと声を掛ける。
※※※
てっきりタクシーやバスでどっかに出かけるものだと思ってたのだが、
雪ノ下は家のお抱えのハイヤーを待たせていた。
乗る以前に運転手さんは事故のときの方と変わらず、お互いに謝り合いで雪ノ下が止めざるをえなかったが。
雪ノ下の車が運転してるのでどこに向かってるのかは定かではなく、
彼女に聞いてみたところ、東京の都心へと向かってるらしい。
「で、都内に行ってまで何をするんだ? あいにくだが今日は俺は持ち合わせはないぞ」
「私から誘ったのだからお金のことは気にしなくてもいいわ。
どうせ使う機会も少ないのですし、今日は比企谷くんのイメチェンをしてみます。
もうすぐ退院で、人間の第一印象は外見からなのだからあなたも気にしないとね。
私好みに変えさせてもらうのだから代金とかは気にしなくてもいいわ。
あなたはそれでもいいかしら?」
雪ノ下が行きつけのヘアカットサロンで、事前に予約済みなのだと。
外見に気を使った覚えもないし、他人の視線なんてどうでもいいのだから気にもしてなかったが、
雪ノ下がそこまで気にするっていうならそれに付き合うのもいいだろう。
車内で、買い漁った男性向けのヘアカット系のファッション雑誌をいくつも並べ、
雑誌から見つけた好みの髪型を俺へと見比べて、幾つかどれが似合うかをあたりをつけてるのだろう。
「あなたにはどれが似合うでしょう。悩むわ」
結局のところ、雑誌から選んだ候補から俺に似合うのを幾つか組み合わせてカットしてもらい、
そのついでに雪ノ下も毛先だけを整えてカットしてもらっていた。
あとは、雪ノ下が自分でもできるように俺の髪型のセットの仕方を教わってたのが気になるところだ。
※※※
ヘアカットの後、雪ノ下があたりをつけてたメンズのファッションショップで、
彼女が好みの服装を何着か着合わせられ、
気に入ったのを決める頃には昼も半ばを過ぎていた。
慣れないことをさせられて疲れてもいたので、適当なカフェレストランで昼食。
髪型も変えられ、服装も病院からの出かけとは異なる格好で、
他にも買った服とかは袋に纏めて、雪ノ下が足元に置いている。
食べてるときには静かに、会話もなく食事を楽しんだ。
雪ノ下が適当に選んだ店だったのだが、美味しさといい値段を気にしなければ当たりだろう。
食後の紅茶を雪ノ下が、コーヒーを俺が飲む一時を楽しみながら。
「で、このあともなんか俺に付き合わせることでもあるのか? この際だ、いくらでも付き合うけどさ。
今日俺をイメチェンでもして雪ノ下に、得でもあったのか」
「そうね、あとはあなたの濁り目を和らげる意味合いでも、伊達眼鏡でも選びに行きましょう」
「おいおい、表現ぼかして言ってるけど、それって俺の目が腐ってるって言ってるようなもんだからな。
眼鏡したぐらいで和らぐとは思えないけどさ。
さて、こうして会話を楽しむのもいいが、何かしら会話でゲームをでもしないか?」
制限時間はお互いの飲み物が飲み終えるまで。
「いいわ。受けてたちましょう。
話題は何?」
「そうだな、まず雪ノ下が今日、急に突然、俺をこうして連れ出したこと。
ヘアカットと服を買いに、ってのは急ぎでも事前に準備してしまえばすぐできることだ。
なら、どうして俺を病室から連れ出そうとしたのか? そこが焦点だな」
「俺が病室にいること自体が、雪ノ下には不都合な事態が起きるってことなんだろう。
で、そこが問題となるのは雪ノ下の苦手としてることだ。
つまり姉か、両親。だが、両親がわざわざ来たところでいまさらお前はどうともしない。
ならそこで答えは出てる、姉が俺のとこに訪れるから、俺を連れ出してきた、ってわけだ」
「今の雪ノ下はまだまだからっぽだからどうにもできやしない。
だから今は逃げ出した。ま、それも選択肢の一つだ。
世界は理不尽で、現実はどうにもできないクソゲーだがまだバグっちゃいない。
お前が自分の中身を埋めようと、一歩踏み出せばきっと何かは変わるんだろう」
「そう。ねぇ、比企谷くん、私って変われると思う?
あなたに向けられる言葉はいつも私には辛辣で、だからこそ正しいと私は思うわ。
だからあなたと関わることをやめたくはない。惹かれるわ」
「そうだな、昨日の最後にもそんなこと言ってたけど、いまさらでしかないんだよ。
誤解じゃないんなら雪ノ下から向けられる感情は嬉しくて、
勘違いをごちゃまぜにしなきゃ見えることが前提で、雪ノ下との関係を変えるのは逃げるみたいだ
俺は本物がほしい。上辺だけの関係なんていらない」
「だからこそ、やりたくないからってゲームをやめる。馬鹿じゃねぇのか。
比企谷八幡に敗北はない。勝利することもないが。
だから、これからの付き合いでルールを一つ決めよう。
俺は雪ノ下を知ろうとして、雪ノ下は俺を知ろうとする。それが最低限のルールだ」
雪ノ下は胸がときめくのを抑えて、表情にも表れないようにする。
まだ彼とのゲームは始まったばかりで、少しでも優位性を保っていられるように。
だが、惚れた方が恋愛では負けだ。
その後。
眼鏡ショップで伊達眼鏡を選び、
ついでに、男物だが雪乃にもだぼだぼでギャップ萌えな、八幡の部屋に置こうと目論んでる部屋着を数着彼に選ばせる。