リハビリも済んで、一応普通には歩けるようにはなった。
幸いともいうべきか、入院してた期間は二週間と少しばかしで、
その間、毎日雪ノ下とも顔を合わせていたことになる。
日に日に、がらんどうの中身にナニカを足して埋め尽くしてく彼女を見てれば、
あの日に雪ノ下に嫌われることも承知で追及した甲斐もあったものだ。
現実はそれまでよりも雪ノ下の俺への執着が強くなってる、気がすることだが。
雪ノ下が取ってきた院外への一時外出許可も、
俺の骨折がほぼ治り、あとは歩行訓練をこなして歩くのに慣れるだけだったから取れたのだろう。
退院してしまった以上は、だらけた生活を送るわけにもいかず、
入学手続きを済ませてる高校へと通わなければいけないのだが、気分が重い。
じっしつ転入生扱いみたいなもんだからな。
登校しようと支度をしてる最中に、雪ノ下からスマホに連絡があって、
勝手に一人で出発せずに玄関先で待ってるように言われた。
相も変わらず、運転手の都築さんの運転するリムジンだ。
まさかこれに乗って登校しろというわけじゃないんだろうな、と内心ひやひやしてたのだが、
雪ノ下は俺の鞄を取ると、遠慮もなく俺の腕をとって車に乗せようとする。
「お前、俺にまでこれで登校しろっていうのか。
目立ち過ぎるなんてもんじゃないぞ。
リムジンで、しかも美少女のお前と一緒の登校なんて」
「あらあら、だからいいんじゃない。
あなたは私のもの、私はあなたのもの、それを大衆に見せつけるいい機会でしょう?
時間は有限なのだから早く乗りなさい。乗らないと酷いことするわよ」
怖い、怖すぎる。何が怖いかと、具体的に何も言ってきてないのが不安だ。
仕方なしに、乗る前に一悶着あったにせよ、
都築さんに挨拶して車に乗らさせてもらう。
車に乗って一段落、すると俺をじっと見つめる雪ノ下。
「やっぱりね。
髪の毛セットしてないですもの。寝癖とブラシだけは梳かしてきたみたいだけれど
今から私がやってあげるから、動かないでね」
カットサロンでやってもらった通り、雪ノ下好みの髪型にワックスと手櫛で整えられていき、
ウェットティッシュで手を綺麗にすると、
ついでとばかりに襟元やネクタイも整えられる。
雪ノ下さん、やけに機嫌良いですが内心新妻気分ですか。
見舞いに来てる頃から、雪ノ下は心からの笑みを俺に向けてきていたような気がしたが、
車が正門前に着いて二人降り、他の学生の衆目に晒されるようになっても、
雪ノ下が俺に向ける笑顔の質は変わらない。
偽らざる本物だと、否が応でも俺に悟らせようとする。
周囲の生徒の視線は痛い。
当然、見知らぬ男子生徒が校内一の美少女に、心の底から惚れてるような満面の笑みを浮かべてみせてる、というのを見せつけられてるわけだ。
リハビリは済んでいても若干引きずる片足側で、雪ノ下が自然と支えとなってくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして。鞄、二人分も重くない?」
支えとなってもらい、リムジンで登校まで手伝ってもらったのだから、
自分と雪ノ下の鞄を二つは持たないと割に合わないだろう。
雪ノ下は彼に悟らせないよう、優しくしつつも頼ってもいるという信頼関係を周囲に示してる。
校内一の美少女がベタ惚れの相手がいるという噂が本当だと認めさせられ、
八幡としては雪乃のこういう対応が当たり前だとこの数週間で刷り込まれたので違和感もなく、
周囲としてはかなりのいちゃらぶ模様。
※※※
で、だ。
あわよくばと恋人の座を狙って、機会を窺ってた男子生徒は、
雪ノ下がそうしたにせよ、無自覚にいちゃいちゃしてる男子の出現に心穏やかにはなれず。
端的に言ってしまえば嫉妬していた。
彼らの起こす行動は二つに分かれる。
一つは、学年中の自称モテるイケメン連中がこぞって雪ノ下の元まで集い、
雪ノ下には見た目だけは彼女に改善されたイケメンよりも、君を好きな自分を口々に諦め悪く押しかける。
もう一つはというと、フツメンや腕っぷしに自信がありそうな体格のいい連中が俺を取り囲み、
これまた集団で口々に聞くに堪えない罵詈雑言で彼を理不尽に乏しめる暴言ばかり。
ぶっちゃけると意味が分からない。
ついには俺の胸ぐらまで掴みあげて脅してくる始末。
こいつら進学校に入学できた学力でも持ってるのか、と疑いたくもなるが、
俺だけならいくらでも乏しめられてもどうでもいいことなので気にしなかった。
が、しかし。
俺と一緒にいたからまでと雪ノ下を乏しめるかの呟きが、雪ノ下の周囲から聞こえてきて沸点が超える。
「おいおいおい、女の影でバトルの解説でもしてろってか。
んな男は死んでいいだろ」
胸ぐらを掴む男の喉を握り、握力で絞め力を込めながら胸元を掴む手を引きはがす。
喉を圧迫し呼吸ができず、喘鳴で脱力してきた相手を転がし、首を握ったままぶら下げて周囲を害意込めて睨みつける。
片手で伊達眼鏡を外し、胸ポケットにしまう。
こういうとき、世界を呪うかのような腐った目は、他者を威圧するには便利だ。
睨むだけで俺の周囲から集団が後退り、
暴力沙汰の気配に一触即発となるも、男どもの聞いてられない欲望で醜い告白にこちらも沸点超えた雪ノ下が冷徹に吼える。
「私の男に手を出すんじゃないわよ、誰にも渡さないんだから」
とりあえず掴んだままだった男の首を離して、放り捨てる。
だれもその苦しげに呻く男を気にする様子はなく、場は雪ノ下が支配してる。
男どもだけでなく、周囲の野次馬でさえ呆然とするほど、
無慈悲で残酷なほど冷徹に男どもの見え透いた嘘や下種な欲望を言葉にして否定し拒絶して見せる。
と、一人一人心をへし折り立ち直れなくさせて、毒舌を久しぶりに全開にしてたが、
久々過ぎて加減を誤り、体育会系でプライドと自意識高い奴を逆ギレさせてしまう。
激昂したまま雪ノ下に殴りかかり、
突然の暴力に不意を打たれ対処するには遅く、殴られる痛みを覚悟する雪ノ下。
の寸前で、俺が伸ばした左手で相手の殴る手首を掴み握り絞めて止める。
雪ノ下が殴られると、頭が真っ白になり咄嗟に庇うことが間に合い、
間に合ったからこそ遅ければ雪ノ下はその顔を傷つけられていたことに気づく。
瞬間的に頭に血がのぼる。本気でキレて本能で吼えて、
「てめぇ、なに女殴ろうとしてんだ。殺すぞ。
男が、女を! 俺の女に手を出すんじゃねぇよ」
握った左手を引いて相手を近寄せ、左側から右拳で頬から顎を渾身全力のストレートで殴り抜く。
失神して崩れ倒れた相手を追い打ちかけようとする、俺を後ろから抱きしめて
「もう大丈夫。私は大丈夫だから、ね」
そう必死に制止する雪乃。
男子生徒どもの剣幕で近寄れなかった、雪ノ下のクラスメートの女子生徒や他の経緯を見てた女子も俺を抑えるのを手伝い、
教師が事態を察せられて駆けつけてくる頃には、一段落がついていた。
※※※
雪ノ下と、彼女が抱きしめてあやし正気に戻そうとしてる俺は一緒に生徒指導室で、
雪ノ下と俺に詰め寄った男子生徒は人数が多いこともあり、
まとめて、殴られた男も無理やり起こして、一緒くたに空き教室で事情聴取。
互いに事情と経緯を聞き、雪ノ下はいつも起動してるスマホのICレコーダーの録音もあって正確だが、
男達は個人で勝手に自身に都合よく話したり、騒ぎの責任を認めもせず、
俺の暴力や雪ノ下の暴言が悪いと責任転嫁したりと、身勝手なそのもの。
暴力沙汰に巻き込まれた俺と雪ノ下を生活指導の教師は気づかってくれて、
事態が収拾つくまで保健室で休むことを勧められた俺に付き添う雪ノ下で、
ICレコーダーもあったことで、俺ら二人には責任もなく無罪放免は明らかとなるが、
登校初日から騒ぎを起こしたことで、女子を特に余計に注目を浴びることとなった。
「電話で母と先ほどの出来事の経緯を説明したのだけれど、
私を庇って、俺の女とまで言ってくれたことまで説明してみたら、
今度会う機会を作るから、って覚悟しててね」
保健室のベッドで寝転ぶ俺に、寄り添って座る彼女は頬を赤らめて嬉しそうに微笑む。
なにか人生で取り返しがつかないことをしてしまったような気がしないでも。
ま、雪ノ下がそれでいいならそれでいいか、と思ってしまうぐらいには俺も気を許してるんだろう。
でだ、蛇足だが男達は反省の余地もある者は多くはなく、
更生の為に正論と理論立てて生活指導の担当教師達が諭してくが認める者は少なく。
とくに雪ノ下への被害があったかもしれないと学校と雪ノ下から知らされた彼女の母親の激怒もあり、
後日に停学処分者しかいなかったはずが自主退学処分一名となった。
※※※
昼休み。
雪乃が用意した弁当を食べて腹ごなしに眠る八幡を、ベッドの上に正座して膝枕して彼女は彼の頭を撫でている。
ノックの音。
琴乃宮さんも含めて、彼女と親しくしてる雪ノ下のクラスメートの女子達が数名訪れる。
雪乃との互いの信頼関係に加え、後々考えないとわかり難い八幡の優しさ、
しかも雪乃を庇って男を殴り倒したのが格好いいと称賛。
で、それが噂は本当だと補強されて全校に拡散し、男達が停学になったことも噂されてると彼女たちは伝えてきたり。