「おっと、新一くん」
博士宅での騒動が終わり、帰ろうとしていた乱歩を阿笠が呼び止める。乱歩は慌てて周りを見回すが、子供たちには聞こえていないようだ。乱歩はそっと胸をなでおろす。
「気をつけてくれよ博士」
「すまんすまん。で、これなんじゃが」
乱歩は博士から蝶ネクタイを受け取り、首をかしげた。
「バッチと一緒に作っておったんじゃ。蝶ネクタイ型変声機といってな。......まあいい。使ってみるといい」
一見蝶ネクタイに見えるそれの裏側には、調節するためのネジのようなものが取り付けられていた。乱歩はそれを口元に近づけ、適当に声を出してみる。
「あー。ってなんだこれ!」
ネクタイに内蔵されたスピーカーから聞こえてきた声は乱歩ではない、低い声だった。
「わかったじゃろ。どんな声でもそのネジで調節すれば出すことが出来る」
「すげえな博士!」
ネジを調節し、再び声を出す。変声機からは新一の声が聞こえてきた。これで新一の声が出せる。乱歩は変声機を握りしめた。
「乱歩くん、どうしたの」
「あ、えっと。ごめん。ちょっと用事があって。じゃあ!」
外で待っていた子供たちに手を振り、乱歩は一目散に自宅へと向かう。
「はあ、もう少し誤魔化し方あるでしょ。新一兄ちゃん」
コナンの小さなつぶやきはその場の誰にも聞こえてはいなかった。
自宅へと帰ってきた乱歩は、ポケットから自分の携帯を取り出す。呼び出す相手は決まっていた。快斗に頼れない、自分の言葉で伝えなければならない相手。その相手は数回のコール音で出てきた。
『新一?』
蘭の声を聞き、乱歩は変声機を口元に当てる。
「蘭か?」
『新一! なにやってたのよ! 心配したんだから』
「悪い。ちょっと立て込んでて」
沈黙が続く。電話の向こうから聞こえてくる、蘭の心配そうな声に、乱歩はちくりと胸が痛んだ。蘭の前に姿を表すことが出来ない今、これからも蘭には迷惑をかけてしまう。
「お、俺さ。しばらくは忙しくて。その、帰れそうにないんだよ。だから、その......」
『新一?』
「コナンとか、快斗とか。それに乱歩のこととか、よろしくな。あいつらが少し心配でさ」
『......帰って、くるよね?』
咄嗟に答えが出せない。乱歩自身、元に戻ることが出来るのかわからないからだ。でも、
「帰ってくる。絶対」
絶対に戻る。その決意も込めて、乱歩はそう答えた。
『そう。わかった』
蘭はそう一言だけ告げて電話を切った。無音の携帯を耳に押し当てたまま、乱歩は変声機を持っていた腕を下ろした。
「ごめんな。蘭」
機械に頼らない、本物の新一の声で電話をしたかった。ごめんと目の前で謝りたかった。でもそれは叶わない。今の乱歩は小学生であり、新一ではない。乱歩は無意識に拳を握りしめていた。