聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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第10話 新たなる敵、その名はギガス!の巻

 ギリシアから北西部へと向かった所にピンドスと呼ばれる山脈がある。

 そこはアルプス山脈最南端の分嶺であり、標高二千メートル級の山々がギリシア本土を貫く様に連なる延長約百八十キロに及ぶ山脈である。

 その麓には、世界遺産にも登録されているメテオラの町が広がっている。無数の奇岩群に囲まれた静かな町であった。

 メテオラとはギリシア語で『宙に浮く』と言う意味があり、平地から四百メートルもの高さのある岩峰の上に建てられた修道院は、その岩肌が深い霧に包まれた時にはまるで宙に浮いている様に見えるという。

 

「ほう」

 

 起立した岩峰や奇岩群に囲まれた山中。町から離れたその場所で一人足を止めてその風景を眺めていた若者が感嘆の声を漏らした。

 

 黄金に輝く聖衣を纏ったこの若者の名はアフロディーテ。十二人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の一人、魚座(ピスケス)のアフロディーテ。

 美の女神の名を称する彼であるが、その名に違わずその美しさは八十八の聖闘士(セイント)の中でも随一と言われ、天と地の狭間に輝きを誇る美の戦士とも呼ばれていた。

 性別に依らぬ外見上の美しさだけではない。ただ観るというその佇まいが、長い髪を掻き上げるその仕草ですらが目にした者を魅了する。

 

「水の浸食作用によるものか、風食作用によるものか。この地形を生み出した謎は今をもって解き明かされていないと言うが」

 

 利便性だけで考えるのならば、この様な高所に修道院を造る事など不便でしかない。だが、戦乱を疎み俗世から離れて少しでも天に近い場所、神々を感じられる場所で修業をしたいと願った修道士たちにとってはこれ以上の場所はなかったのであろう。

 

「神を感じる為に費やされた敬虔なる修道士たちの努力、彼らの信念に基づいたその行為は賞賛に値する」

 

 まるで演劇の場に立つ役者の様に。

 アフロディーテは眼下に映るその光景に対して、まるで愛おしいものを抱きしめる様に、包み込む様に、両手を伸ばし広げてみせた。

 

「この光景は――美しい。その結果こそが重要なのだ、彼らにどの様な意図があったにせよ。この光景は私を飽きさせる事がない。いつまでもこの地に留まり続けたいと思わせる程に。しかし――」

 

 しかし、と。両手を下ろしたアフロディーテは、その表情に憂いにも似た陰を落とし、誰かに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「それは叶わぬ願い。私には果たさねばならぬ役目がある。ふむ、限られた時間であるからこそ、かな。こうまで私の胸に強く訴え掛けるのは……」

 

 そう呟くと、アフロディーテはゆっくりと背後へと振り返る。

 その右手の人差し指と中指の間には、一本の紅い薔薇があった。

 

「分るかな? 限りある時間の中にこそ見出せる美しさ、というものもある。その点で言えば、君達は醜いと言わざるを得ない」

 

 アフロディーテの視線の先には、金剛衣(アダマース)を纏ったギガスの姿があった。

 彼の背後には巨大な空洞があり、ぽっかりと漆黒の口を開けている。その暗闇の中から一人、また一人と現れる姿を現すギガスたち。

 

「君達の時間は遥か神話の時代に既に終わりを迎えているのだ。偽りの命を宿した“そこの土くれ”共々大人しく地の底――タルタロスへと還りたまえ」

 

 アフロディーテが手にした薔薇をギガスたちへと突き付ける。

 先頭に立ったギガスがアフロディーテの存在に、そして、足下に打ち砕かれた無数のギガスであったモノたちの躯が散乱している事に気付きその歩みを止めた。

 

「終わりなど迎えてはおらぬ。此処より始まるのだ。小癪な女神(アテナ)の雑兵に過ぎぬ聖闘士(セイント)如きが知った様な事を語る……実に――」

 

 歩みを止めたギガスがゆっくりと巨腕を振り上げ――

 

「――度し難い!」

 

 叫びと共に振り下ろした。それを合図として背後にいたギガスたちがアフロディーテ目掛けて襲い掛かる。

 

「フッ、ならば私も言わせて貰おう。遥か神話の遺物でしかない君達ギガス、その雑兵である土くれ如きではこのアフロディーテに触れる事すら――」

 

 アフロディーテの手にした薔薇の色が変わる。紅から黒へと。

 

「叶わぬ、と」

 

 色を変えた黒薔薇を手にした右手を振り上げる。すると、アフロディーテの周囲に無数の黒薔薇が姿を現し、

 

「この黒薔薇は、触れた物全てを噛み砕く。醜悪なる物に存在する価値などない。灰燼と化せ――“ピラニアンローズ”!!」

 

 あたかも意志を持つかの様に、その全てがアフロディーテへと迫り来るギガスたちへと降り注ぐ。

 

「な、これは!? 薔薇に触れた金剛衣に亀裂が奔る!? 馬鹿なこの金剛衣(アダマース)がたかが薔薇如きに打ち砕かれるだとぉおお!!」

 

「馬鹿な!? こ、こんな――うおおおおおおおっ!?」

 

「フッ、愚かな。このアフロディーテの手にした薔薇が、ただの薔薇であろうものか」

 

 その身に纏った金剛衣を破壊し、むき出しとなった身体を文字通り吹き飛ばした。

 まるで浜辺で作られた砂の城が波にさらわれて崩れていく様に。五体を砕かれ、砕けた欠片を次々と砂塵へと変えていくギガスたち。

 いつしか周囲を包み込む程に展開されたピラニアンローズはギガスたちに避ける事を許さず、迫る黒薔薇を弾き飛ばそうにもその黒薔薇に触れた時点でダメージを負う。

 ならばと、アフロディーテを叩こうにも黒薔薇の壁がその行く手を阻む。なす術もなく倒されるギガスたち。

 やがて、数十人近くあった人影はその全てを砂と化し、アフロディーテの腕の一振りによって生じた風に吹かれて散って行った。

 

「……土くれ故に醜い死骸を残さない、その点だけは評価しよう。さて、残るは君だけだ」

 

 全てが砂と化したと思われた中で、人のカタチを保っていたギガスがいた。そのギガスの周りには、無残に散らされた黒薔薇のなれの果てがあった。

 そのギガスは明らかに他のギガスたちとは違った。

 金剛衣の輝きが違った。身に纏う小宇宙が違った。(マスク)の隙間から覗く双眸に宿る意思の輝きが違った。その肉体の在り様が違った。

 血色が有った。鼓動が有った。

 そのギガスは土くれなどではなく――人の身であった。

 

「成程、教皇やシャカの言った通りか。ヒトの器を――命を得て現世に蘇ったギガスの力は強大である、と。まさかピラニアンローズを耐えるとはな」

 

「……何者だ貴様は?」

 

「君が覚える必要はないが聞かれたならば名乗ってやろう。私はピスケスのアフロディーテ。ああ、君が名乗る必要はない。美しくない者を記憶に留めるのは、私にとって苦痛でしかないのだ」

 

 ギガスに対して向けられたアフロディーテの右手には、再び紅い薔薇があった。

 それを口元に運び静かに銜える。

 

 その仕草に一瞬足りとは言え見とれてしまったギガスは、頭を振って目の前の敵を睨みつける。

 

「このギガス十将パラスを前に、よくもほざいた。よかろう、ならばお前にはもっとも醜く惨たらしい形での死を与えてくれるわッ!」

 

 パラスから立ち昇る小宇宙が物理的な風となって吹き荒れる。

 周囲に散った黒薔薇が同胞の亡骸ごと吹き飛ぼうとも、パラスが感傷を抱く事はない。

 

「神を前に大言を吐いた事、後悔するがいい」

 

 凄味を見せるパラスを前に、アフロディーテは僅かに眉を顰めていた。

 

「だから君は美しくないと言うのだ。その様に殺気を剥き出しにする等と。戦いとはもっと優雅に美しく行われるべきものだ、力有る者であれば尚更にな」

 

 風によって吹き上げられた砂塵を、降りかかる黒薔薇の花弁を払い落しながらアフロディーテは告げる。

 

 

 

「良いだろう。特別にこの私がそれを君に教えて上げよう。その身をもって――学べ」

 

 

 

 

 

 第10話

 

 

 

 

 

(この聖衣(クロス)は――違う。まるで別物だ)

 

 目の前に迫るギガスの巨腕。突き出された拳を片手でいなし、繰り出された蹴りは僅かに身をよじる事で避ける。

 四方から襲い掛かるギガスたちが繰り出す攻撃を海斗は冷静に捌き、隙を見ては痛烈な一撃を加えていく。

 

(カノンと戦った時とは明らかに違う。聖衣(クロス)自体の総重量は増しているはずなのに、むしろあの時よりも――)

 

 突進してきたギガスの背を蹴り、宙へと舞い上がる。

 

(小宇宙のノリが違う。俺の力を増幅するだけではない、まるで奥底から沸き上がる様なこの感覚……)

 

「新生は伊達ではないと言う事か!!」

 

 眼下を見下す海斗の表情には薄らと笑みが浮かんでいた。

 よく見れば、自分が吹き飛ばしたギガスたちの身体が砂塵となって崩れ去って行くのが見える。

 

「わらわらと……」

 

 上空にあってようやく海斗は襲撃してきたギガスたちの全容を知った。

 残るギガスは九体。

 その内、自分を見上げる者が三体、セラフィナの周りに三体、まるでこちらを観察する様に、離れた場所に立つ者が三体。巨人の中にあって、その三体は確かに巨漢ではあったが、まだ人の大きさと呼べる範疇ではあった。

 

「石像だけじゃない? あの三体は人間なのか? だからと言って――遠慮する必要はないな」

 

 右脚に小宇宙を集中させて狙いを付ける。

 目標はセラフィナの周りにいるギガス。

 

「我が脚は大地を穿ち天空を駆け抜ける――砕け散れ天翔疾駆(レイジングブースト)!!」

 

 大地を踏み抜き天へと駆け上がる天馬の震脚。

 それによって生じた波動が大地へと向かって放射線状に広がりギガスたちの動きを封じ止める。

 

「ぐ、うぉおおおお!?」

 

「ひ、光が!?」

 

 上空から叩きつけられた圧力がその身を大地に縛り付け、海斗へと向けた憤怒と憎悪の瞳に――光が奔った。

 

「避けきれん!! うわぁああああああああ!!」

 

 ドン! ドン! ドン!

 

 星空に流れ落ちる流星の様に。光の矢と化した海斗の小宇宙がセラフィナを囲むギガスたちを次々と撃ち貫く。

 大地諸共に砕け散り四散する金剛衣。

 穿たれたクレーターの中心で人のカタチを失いながら崩れ去る三体のギガス。

 

「か、海斗さん!?」

 

 周囲で巻き上がる砂塵と瓦礫、鳴り響く轟音。レイジングブーストの余波によって視界と聴覚を奪われたセラフィナが非難の声を上げた。

 周囲のギガスが反応出来なかった様に、セラフィナも反応出来なかったのだ。

 

「黙ってろ、舌を噛む」.

 

 そんな彼女の横に音もなく着地した海斗は、未だ視覚と聴覚を回復しきれていない彼女の身体を左手で抱き寄せる。

 

「苦情は後で聞いてやるさ」

 

 セラフィナの動揺を無視して海斗は残るギガスたちへとエンドセンテンスを放つ。

 光弾と共に吹き飛ぶギガス。しかし、その影は三つ。

 或いは受け、或いは避け、或いはその威力を自ら放った拳撃で相殺し。

 残ったのは少し離れた場所からこちらの様子を窺っていた三体のギガスであった。

 

「どうやら、お前達はこいつらみたいな石人形(ゴーレム)ってわけではなさそうだな」

 

 あらためて観察してみれば、成る程と納得した。

 目の前の三体、いや三人のギガスは明らかに血の通った生身の人間であろう事がわかる。

 これまでに倒したギガスたちからは“小宇宙が纏わり付いている”事を感じていたが、この三人のギガスは明らかに“内側から”小宇宙を生じさせていた。

 身に纏う金剛衣(アダマース)も、例えるならば青銅聖衣(ブロンズクロス)白銀聖衣(シルバークロス)と言った様に、その造形の精度からして他のギガスたちとは異なっていた。

 

「兵隊と指揮官、って言ったところか?」

 

「……あの、海斗さん、この体勢はさすがに恥ずかしいんですが……」

 

 この状況でそんな呑気な事を気にしていられるセラフィナに海斗は呆れ半分と関心半分を抱いたが、誰が悪いかと言えば非は自分にあったので非難めいた視線を向けてられていても黙殺する事に決めた。

 

(……それに、だ)

 

 大地を割って現れる、というふざけた登場をした相手である。

 しかも、狙いはセラフィナであると言っていた。迂闊に離れるわけにはいかない。

 

「お前たち、巨人族(ギガンテス)だと言ったな? 巨人族と言っても色々あるが、北欧系って感じじゃあないな。さしずめ神話の時代にオリンポスの神々と勇者ヘラクレスの前に敗れたギリシアの蛮神の方か?その魂は神々の力により冥府の底(タルタロス)に封じられた、って話だったか」

 

 目の前に立つ三人のギガスに注意を払いつつ、海斗は自分の拳を見た。

 先程、エンドセンテンスを放った際に気が付いた事だが、新生された聖衣の手甲には三又の鉾と思わしき装飾が施されていた。

 子馬座の由来を考えればおかしくはない装飾だが、狙ってやったのだとすればムウは随分とイイ性格をしていると、こんな時であっても苦笑してしまう。

 

「そう言えば、その戦いでは女神アテナや海皇ポセイドン、冥王ハーデスですら共闘したらしいな。まあ、どうでもいい話だが」

 

 そう言って肩を竦めてみせる海斗に対してもギガスたちは動かない。

 

「ここまで来てダンマリか? ああ、確かその戦いは――」

 

 ――ギガントマキアだったか?

 

 海斗がその言葉を発した直後であった。

 それまで大きな動きを見せなかったギガスたちが、まるでその言葉を引鉄として放たれた銃弾の様に一瞬の内に海斗の目前まで迫る。

 

「我はグラティオン」

 

「アグリオス」

 

「トオウン」

 

 そこには海斗に対して当初見せていた侮る様な雰囲気はない。立ち塞がる、排除すべき敵として、認識していた。

 

「――我らギガス十将なり」

 

「エクレウスの海斗。聖闘士(セイント)だ」

 

 名乗りを上げると同時にギガスが散開する。海斗の正面からグラティオンが、アグリオスとトオウンが側面から襲い掛かる。

 その攻撃は、これまで海斗が倒したギガスたちとは根本から異なっていた。

 速さも違う、重さも違う、一撃に込められた小宇宙が違う。

 

「――チッ、コイツは!」

 

「きゃあッ!?」

 

 突き放すか下がらせるか。僅かな逡巡の後、海斗はセラフィナを抱き寄せていた腕に力を込め、このまま攻撃に応じた。

 グラティオンの拳撃を空いた右拳で内から外へと打ち払いその体勢を崩す。右側から迫るアグリオスには反動で右側に開いた身体をそのままに、体勢を崩したグラティオンの身体ごと腰だめに引き絞った右拳での掌底によって吹き飛ばす。

 

「むおぅ、貴様!」

 

「ぐっ!?」

 

 必然的にグラティオンを受け止める形となり、海斗に向かっていたアグリオスの勢いが止まる。

 しかし、掌底を放った事で動きを止めたのは海斗も同じ。

 背を向ける形となった海斗の背後からトオウンが迫る。

 

「フォオオオ――」

 

 息吹ともとれる呼吸音と共にトオウンの拳が膨れ上がり、海斗の背中目掛けてその巨椀が振るわれた。

 

「何!? 小僧、貴様!!」

 

 しかし、当惑の後に怒りの声を上げたのは拳を振り抜いたトオウンであった。

 

「小娘ェ!!」

 

 怒りの眼差しのままに宙を睨む。そこには大きく跳躍した海斗とセラフィナの姿が有った。

 

「……私でもこれぐらいの事ならッ!」

 

 海斗は動けなかった。だから、セラフィナが動いたのだ。

 

「想定外は俺もだよ。ま、コイツを頭数に入れてなかったのは俺もお前らも同じだが、だからって――狙われたセラフィナ本人が手を出さないなんて道理はないわな!!」

 

 海斗がそうしていた様に、セラフィナがその両手で海斗の身体を抱きしめて跳躍したのだ。

 

「数はそっちが多かったんだ、卑怯だなんてぬかすなよ? “レイジングブースト”!!」

 

 

 

 

 

「……予想以上に硬いな。先刻までの連中なら粉々になったって言うのに」

 

 そう言って着地した海斗が振り向けば、新たに生じたクレーターから何事もなかったかの様に立ち上がるギガスたち。

 身に纏った金剛衣には所々に亀裂こそ入っていたが、完全に打ち砕くところまでには達していない。

 

「ダメージは……あるのかないのか分らんな。伊達に巨人族を名乗ってはいない、と。呆れたタフさだな」

 

 セラフィナに一度は助けられたとはいえ、あれは敵もこちらもが想定外であったが故の偶然だったと海斗は考えている。

 先の言葉とは裏腹に、海斗自身にセラフィナを戦わせる気はないのだ。

 

「なら、徹底的に叩きのめすまでだ。あまり俺から離れるなよセラフィナ」

 

「……分りました」

 

 一拍置いた後に返されたセラフィナのその返事には若干含む様なものがあったが、彼女は海斗から数メートル程距離を取った。守られている、という事への葛藤なのだろうという事は海斗にも想像は出来たが、だからと言って現状出来る事はない。

 

(可能な限り早急に終わらせる、それもダメージなしで、ってところか。下手に不安がらせるのも、な。……ムウに丸投げするか)

 

 どうやって神々の封印を解いたのか、どうしてセラフィナを狙うのか。十将と名乗ったからには同レベルの存在があと数人は存在するのか、その上はいるのか。気になる事は多々あったが、海斗に出来る事は目の前の敵を排除する事のみ。

 

 そうして目の前の敵に集中しようとした海斗であったが――

 

「海斗さん! 後ろ!!」

 

 目の前にグラティオンの姿が無い事に気が付いた。

 海斗から離れていた、背後にいたセラフィナはそれに気付いた。隆起する大地に。

 

「同じ手を!」

 

 背後から再び大地を割って現れたグラティオンに忌々しげに吐き捨てると、海斗は全力を込めた一撃をグラティオンに打ち込んだ。

 

 ドンッ!!

 

 金剛衣を打ち砕いたその拳がグラティオンの腹部に突き刺さる。拳が筋肉を引き裂き、衝撃が内臓を破り、振動が骨を砕く。

 その魂が神話の時代の神のものであろうとも、その力を振るう為の寄り代は生身の肉体。

 腹部でくの字に折れ曲がった巨体が、海斗に覆い被さるように倒れ込んだ。

 

「……終わりだ」

 

 これでは二度と立ち上がれまい。敵は後二人。ならばと海斗が拳を引き抜こうと力を込めたが、グラティオンの腹部から拳を抜く事が出来ない。

 

「これは!? くッ、まるで万力で絞め付けられている様な――」

 

 海斗の言葉にニヤリと口元を歪めてグラティオンが笑った。

 

「嘘、そんな!?」

 

 動けるはずがないと、セラフィナがその光景に息を飲む。

 

「フフフッ、残念だがこのグラティオンに『痛み』はない。痛みによって怯む事は決してないのだ」

 

 くの字の折り曲げていた身体を真っ直ぐに伸ばすと、腹部に拳を突きいれたままの海斗を見下しながら言い放った。

 

「そして我等真のギガスには母なるガイアより与えられた限りない不死性がある。この程度の傷など瞬く間に癒えるのだ」

 

 海斗の一撃に意を介した様子もなく、グラティオンは両手を組み合わせると頭上へと振り上げた。

 

「脆弱な肉体しか持たぬ人間と我らギガスでは戦いに等なるはずがなかったのだ。だが、お前は人の身でありながら我等三人を相手に短い間とは言えよく戦ってみせた。褒美として我が最大の拳で葬ってやろう。そこの女はその後に連れて行く」

 

 グラティオンの身体から立ち昇る小宇宙が組み合わされた両手に集束する。集束した小宇宙は二メートルを超えるグラティオンの巨体すらかすむ程に巨大な鉄鎚の姿を見せる。

 

「受けろ、人間よ。これが――破壊の鉄槌(ハンマー)だ!」

 

 振り下ろされるグラティオンの破壊の鉄槌(ハンマー)

 無慈悲に振り下ろされるそれは、未だ身動きの取れない海斗の身体を圧壊させる死の一撃。

 

「受け入れよ――己が死を」

 

 宣告と共に、鉄槌は寸分も違う事なく海斗の脳天へと振り下ろされる。

 振り下ろされる拳と共に、海斗の瞳に一条の閃光が走った。

 

 

 

 

 

 鳴り響く轟音と、大地を揺るがす震動。

 大地が裂け、岩壁にまで走った亀裂によって崖が崩れ地形が変わる。

 その破壊の中心では吹き上がる鮮血が大地を赤く染め上げていた。

 

「……あ、ああ……」

 

 呆然と、その場に立ち尽くすセラフィナ。

 アグリオスとトオウンも微動だにしない。

 

「……」

 

 全身を赤く染めた海斗の前で、ぐらりと、グラティオンがその身体を揺らす。

 振り下ろされた両腕には、その先にあるはずの組まれていた両拳が無かった。

 

「……ぐ、がぁぁあぁ……」

 

 血の混じった吐しゃ物を撒き散らし、呻きともつかぬ声を上げて、グラティオンが天を仰ぎ見る様に倒れ伏した。

 その全身に残るのは無数の拳の痕。

 それは、海斗の放ったエンドセンテンスによる破壊の痕跡であった。

 

「痛みを感じず、限りなく不死に近い肉体か。大した能力だが……“不死ではない”なら、どうとでもなるさ」

 

 身じろぎ一つしなくなったグラティオンの身体を見下し海斗が呟く。

 

 

 

「――余計な手出しだったか?」

 

 それはピンと張りつめた、刀剣の様な鋭さを感じさせる男の声であった。

 二人のギガス、アグリオスとトオウンすら言葉を失い、しんとした静寂の中。

 海斗に向けて掛けられた誰も知らぬこの第三者の声はその場にいた誰の耳にも届き、故にその場にいた全ての者の注意が向けられる事となる。

 

「むッ? 貴様、何者だ」

 

「その身に纏っているのは聖衣(クロス)か? 金色の聖衣だと!?」

 

 そこには黄金の輝きを放つ聖衣(聖衣)を纏った若い男――黄金聖闘士(ゴールドセイント)の姿があった。

 

「いえ、助かりましたよ。こちらの拳よりも速く振り下ろされる可能性もありましたからね。それしてしても、師から聞かされてはいましたが――」

 

 その海斗の言葉を合図とする様に、空からナニかが落ちてきた。

 

「……ッ!?」

 

 セラフィナが息をのんだのが気配で分る。

 さすがに刺激が強かったか、と。海斗はセラフィナに近付くと僅かに震えのあるその手を取り、移動する事でその視界を遮った。

 

「さすがは聖剣と称される手刀。拳圧ですらこうも容易く――切り裂く」

 

 セラフィナの前に落ちてきたモノ。それは組み合わされたままのグラティオンの両拳であった。

 

「ムウから俺の迎えが来るとは聞いていましたが、まさか黄金聖闘士(ゴールドセイント)が来るなんて思いもしませんでしたよ、山羊座(カプリコーン)の――シュラ」

 

 山羊座(カプリコーン)のシュラ。

 鋼の如く研ぎ澄まされた両手から放たれる手刀は、触れた物全てを切り裂く聖剣(エクスカリバー)と称される程の切れ味を誇る。

 力を貫く事こそが正義であると、決して折れぬ刃である事こそが自身の正義であるとして常に己を律し鍛え続けている。彼を知る者は言う。その生き様すら鋼であり刃である、と。

 

「シャカが言っていた。お前には数奇な星の巡りがあると。成る程、言い得て妙と言う事か。本当にこの様な場に出くわすとは思いもしなかったがな」

 

 セラフィナを一瞥したシュラは、そのまま海斗の横に立つ。

 

「しかし、本望ではある。ギガスは我ら聖闘士にとって倒さねばならぬ敵だ」

 

 自然と二人の背に護られる事になり、セラフィナの緊張がほぐれたのを感じた海斗はその手を離すと、シュラと共に残った二人のギガスを見た。

 二人の視線を受け、アグリアスとトオウンが身構える。

 

「必然的に一対一か」

 

 そう口に出して一歩前へ。

 僅かに歩を進めた海斗であったが、何者かにぐいと後ろに引かれ、シュラの背を見る事となる。

 

「海斗と言ったか、お前はそこで見ているがいい」

 

「……シュラ?」

 

 海斗を下げ、ギガスたちの前にシュラが立つ。

 

 

 

「敵を前にして他者に戦いを任すのは性に合わんのでな。折角の機会だ、学ぶと良い。小宇宙の真髄――セブンセンシズを極めた黄金聖闘士(ゴールドセイント)の戦いを」


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