聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版 作:水晶◆
地中海最大の島――シチリア島。
ギリシア時代からの遺跡が数多く残されており、温暖な気候も手伝って現在では観光地として名高い場所。
島にはヨーロッパ最大の活火山であるエトナ火山も存在している。
過去幾度か噴火した事のある活火山ではあるが、他の活火山と比べてその危険性は低いとされている事も有り、その周囲では多くの人々が生活を営んでおり、その山の麓では土壌の特性を生かした果樹園なども広がっていた。
それらは――全て表の顔である。
ギリシアの地に古からの結界に隠された
それは、エトナ火山の火口部に存在する。地下へと続く洞窟であった。日の光の届かぬ地の底でありながらも、幽玄を感じさせる淡い輝きに満ちた場所である。
例えるならば、月夜の静寂。
月明りに照らされた大地の様に、全てを見通せる程ではないが、周囲が見えない程でもなく。
全てが眠る夜の如く、しんと静まりかえってはいるが、決して無音と言う訳でもない。
その淡い輝きは、この場所が広大な洞窟である事を、カチャリ、カチャリと鳴り響く音が、この場所に何者かが存在している事を示していた。
「只今……戻りましたアルキュオネウス様」
闇色のトパーズの金剛衣を纏ったギガスが恭しく頭を下げる。
大柄なギガス達の中でも、この男の体躯は小さいと言える。無論、ギガスの中では、という前提ではあったが。
再び頭を上げた事で、その容姿が淡い輝きに照らされて露わになる。こけた頬、窪んだ眼窩、まるで皮を被った髑髏を思わせる風貌である。
このギガスの名はエンケラドゥス。ギガス十将の一人である。
「デルピュネ様はかの地より聖域へ。エキドナは、あの娘を連れて先に戻った筈ですが……」
「知っておる。エキドナはあの娘を連れて
答えたのはアルキュオネウスと呼ばれたギガス。
東洋の鬼を思わせる面を着け、黄金に輝く金剛衣を纏った男。漲る覇気、金剛衣越しからでも分る逞しい体躯。
ただ見られている、それだけの事であるのにエンケラドゥスは魂の奥底から湧き上がる震えを押さえる事ができない。この男が放つ雰囲気は、明らかに十将のそれを凌駕する。
「ネクタールの娘の側にいた青銅聖闘士をデルピュネとエキドナが、黄金聖闘士をお前が倒したと聞いたが……それは真実か?」
「ハハッ。多少は……抵抗されましたが、しかし、当代の黄金聖闘士があの程度とは……些か拍子抜けでありました。やはり、所詮は人間。所詮は小娘の使い走りに過ぎませぬ」
何かを思い出すかのようにエンケラドゥスの瞳がぎょろりと動き、そうして報告を終えると「ククッ」と声を押し殺して嗤ってみせる。
「所詮、か。グラティオン、アグリオス、トオウンの三人は敗れたのであろう? そうして、だ。さらに三人掛りで――ようやく聖闘士二人だ」
「お言葉ですが……最初からこのエンケラドゥスに全て任せて下されば、奴等にあの様な無様を晒させる事は――」
「釣り合わん。そう言っているのだ」
十将の中でも体躯に恵まれていないエンケラドゥスは、それ故に他の十将よりも手柄を立てる事によってでしか自分の自尊心を満たせない。
それが、吉報であるはずの勝利の報告を諌められては。知らずエンケラドゥスは眉を顰めていた。
「何故この私が王の座すパレスを離れ、地上との境であるこの場まで出向いたのか。それを疑問には思わなかったのか? お前たちの労をねぎらう為だとでも?」
「は?」
何をと、首を傾げるエンケラドゥス。その横をさして気にした様子もなく、ゆっくりとアルキュオネウスが通り過ぎる。
「プロメテウスのもたらした因果は、まだ我等を縛っている。思い出せ、オリンポスの神々を追いつめた我等を滅ぼした毒が何であったのかを」
やがて、歩みを止めたアルキュオネウスは、自身の右拳を腰だめに構える。視線は闇の中を向きながら、エンケラドゥスに背を向けたまま言葉を続ける。
「毒――それは人間だ。大いなる母ガイアの加護によりオリンポス十二神では我等を滅ぼす事は出来ぬ。しかし、その意を受けた人間であるならば……」
構えた右腕に力を込める。集束した小宇宙が密度を増す。ぐにゃりと、アルキュオネウスの右腕の周囲が歪み――そのまま『何も無い空間』に拳撃を打ち込んだ。
歪みが巨大な拳となって闇の中唸りを上げる。
『そう、人間であるならば――お前達ギガスを打倒す事が出来る』
キンッと、澄んだ音と共に暗闇に一筋の光が奔る。
パンと、周囲に衝撃波を撒き散らし、アルキュオネウスの放った拳撃が閃光に――両断された。
「ふむ。やはり、な」
「な!? 馬鹿な!!」
その光景に、さも当然と呟くのはアルキュオネウス。
「何故だ!? お前は確かにこのエンケラドゥスが倒した筈!」
対して、振り返ったエンケラドゥスは声を荒げた。
あり得ない、と。
「私がここまで出向いた事の答えが――これだ。尾けられていたなエンケラドゥス」
閃光が幾重にも奔り、空間が切り開かれる。
『一つ、言っておく。貴様に殺された覚えは――ない』
そこから溢れ出すのは眩いばかりの黄金の輝き。
『海斗には悪いが、当たりを引いたのはこのシュラだったな』
それは、太陽の輝きにも似た黄金聖衣の輝き。
光を纏いエンケラドゥス達の前に立ったのは――シュラ。
傷一つ無い聖衣、微塵のダメージも感じられぬその姿はエンケラドゥスの記憶とはかけ離れ――
「何故生きているのだ! 黄金聖闘士!!」
「……フッ。言ったはずだ“貴様に殺された覚えは――ない”とな。ジャミールの地では時折り『性根の曲がった亡霊』が彼の地に踏み入る者を惑わせるとも聞くが」
「亡霊だと!? 馬鹿な! それでは我らが倒したのはまやかしだとでも言うのか!? 認められ――」
「止せエンケラドゥス」
冷静さを欠いたエンケラドゥスの耳に制止の声は届かない。
「ならば! 今度こそ貴様を魂ごと四散させてくれる!! “ハウリングボマー”!!」
突き出された両手から放射状に広がるリングのビジョン。
それは無数に連なりながらシュラへと襲い掛かる。
「そのリングは触れた物全てを破壊する。原子の結合すら砕く超振動! 灰燼と化して消え去れ!!」
「奇遇だな」
そう呟き、シュラが右手を掲げる。
「このシュラの
迫り来る無数のリング。
目前に迫るそれを前にしてもシュラは揺るがない。
「抜かば――」
振り下ろされる手刀。
「――斬る」
それは一条の光と化して迫り来る破壊の力を両断する。
断たれたリングは放たれた勢いのままにシュラの横を通り過ぎ……光の粒子となって霧散した。
「言った筈だエンケラドゥス。釣り合わん、とな。不死の力を封じられた貴様ら十将では、黄金聖闘士の相手は荷が勝つと言う事だ」
ピシリと音がした。
「あ、あああぁああ……」
エンケラドゥスの金剛衣に浮かび上がる一筋の線。
「いや、ここはシュラと言ったか。お前の力量を認めるべきなのだろうな」
アルキュオネウスの言葉が終わると同時に、エンケラドゥスは鮮血を噴き出して崩れ落ちた。
「エクスカリバーか。余波ですら金剛衣を切り裂く。見事な切れ味だ、聖剣を名乗るだけの事はある」
「先を急ぐのでな、理解したのなら大人しく下がれ。逃げる者を背後から斬る真似はせん」
「……ふむ。驕りや増長と笑う事は出来んな。お前の強さには大言を吐くだけの資格がある」
そう言ってアルキュオネウスがシュラへと向かい歩を進める。
「このアルキュオネウスと戦う資格も、だ。お前の聖剣程ではないが、この右拳には少々自信があってな」
一歩一歩、その歩みが進む毎にアルキュオネウスからの威圧感が増大する。
それは意識や感覚を超えて、物理的な圧となってシュラに重く圧し掛かる。
「どうやら、貴様はこれまでに見たギガス達とは違う様だな」
そう、このギガスは違う。その身から感じる小宇宙は自分と同等か――それ以上。
理屈ではなく己の感覚に従いシュラが身構える。
じりじりと狭まる互いの距離。あと一歩、もう半歩で互いの間合いに入る。
そんな場所でアルキュオネウスがその歩みを止めた。
「我が名はアルキュオネウス、我らが王ポルピュリオン様に仕える神将アルキュオネウス」
先程放った拳撃の様に、アルキュオネウスが右拳を腰だめに構える。
「黄金聖闘士、山羊座のシュラ」
対するシュラもまた右腕を掲げ、その手は手刀の型に。
「いざ――」
「――参る」
互いの間合いへと踏み込み、両者は同時に必殺の拳を放った。
「エクス――カリバーー!!」
「
第12話
巻き上がる炎の螺旋。舞い散る火の粉。
燃え盛る火柱は周囲を赤く染め上げる。
「クッ、これはなんという炎……シャカ!」
勢いを増した炎から放たれる熱波が、駆け寄ろうとする教皇の行く手を阻む。
「ぬぅっ!」
「ふふふっ。どうじゃ、この炎の色こそあやつの命の色よ。燃え上がり燃え盛り。しかし、これ程の炎は見た事がない。実に美しい光景とは思わぬか?」
炎を背に、デルピュネが教皇へと向き直る。
「さあ、後はお主だけよ仮面の男。この地に秘されたアンブロシアの場所、答えて貰う」
悠然と進むデルピュネ。その歩みを前にして教皇――サガは己が決断を迫られているのだと理解した。
デルピュネの脅しにではない。
(……もはや、逡巡などしてはおれんか?)
「何、先にも言ったが、大人しく従うのであればこの場で命を取る事はせぬ」
降伏するか否かでは無い。己の力を見せる、力を振るう。その事実に対してである。
教皇となって十一年。己を、サガと言う存在を亡きものとし、正体を隠し続けた十一年。ここで戦ってしまえば、その築き上げた年月を、捨ててきたモノを無為にしかねない。
(早過ぎるのだ、まだ時期ではない。せめて――アテナが成長するまでは!)
『――この期に及んで』
「!?」
『この期に及んでお前はまだ偽善の仮面を取り繕う気かサガ』
内から響く声。
その声を聞いた、認識した瞬間、サガの意識が白く弾ける。
サガの周囲から一切の音が、光が消え去った。
そこは見渡す限りの闇。
上も、下も、右も、左も、何も――無い。
何も無い中心に、ただ己だけがある。
それだけが分る。
『目を覚ませサガよ』
「目なら覚めている」
そう、闇の中心にあるのは己だけ。
ならば、そこで向かい合う存在もまた己。
違うのは身に纏う色。目の前の己が纏うのは夜の闇より暗き黒。
『十一年だ。お前は教皇として良くやった。居もしないアテナを祭り上げ、虚飾に塗れながら。それでもこれまで聖域を纏め上げたのは紛う事無くお前の力だ。アテナ不在を明かす程度の事であれば、今更お前に逆らう者はおるまい』
黒の己が口を開く。
『フフフッ、下らぬ良心とやらの呵責に悩み続けるのは心苦しいのだろう? ならば――オレを出せ。お前以上に上手くやって見せよう。だから、お前はもう休め』
「……上手くやる、だと? ふざけた事を。状況を生みだしたのは貴様だ!! 生まれたばかりのアテナ! 幼き黄金聖闘士! 老師は動けぬ!! ならばこそ、だからこそ、やらねばならなかったのだ! この地上を邪悪から護る為には、このサガがやらねばならなかった事だ!!」
慟哭にも似た叫びを黒いサガはせせら笑う。
『ハハハッ、今更何を言っている! 状況を生みだした? 違うな、全ての発端はお前だ。オレであったがお前でもあった。アイオロス、教皇とその手に掛けた――サガなのだよ』
「……ッ!? 黙れッ!!」
激情に駆られるままに繰り出されたサガの拳が目前に立つ黒いサガを貫いた。
しかし、拳を打ち込まれた胸を中心に、まるで小石を落とした水面に浮かぶ波紋の様に黒いサガの身体が揺らぐのみ。
『今でもはっきりと思い出せる。屈辱だったろう? 仁智勇全てを兼ね備えた者として次期教皇に選ばれたのはお前では無く、互いに友と呼びあった――』
伸ばされた黒い手がサガの肩に触れる。
「言うな!!」
『
「違う! アイオロスは仁智勇を兼ね備えた男。次期教皇にふさわしいのはあの男だった!!」
『この期に於いても綺麗事か。己の自尊心と野心のために教皇を手に掛け、幼いアテナを亡き者にしようと企み、その罪をアイオロスに被せた者は……さすがに言う事が違う』
「黙れ! 黙れッ!! 黙れ黙れッ!! 私は正義の為に戦いたかった! アイオロスと共にアテナの為に戦うと誓った!! その全てを狂わせた貴様が言う事かッ!!」
両腕を交差させ上段に構える。
それは、かつてカノンが海斗に向けて放った技と同じ構え。
「そう、私は罪を犯した。貴様を抑える事が出来ずに教皇と親友を殺めた! アテナの身を危機に晒した! 報いは受けよう。だが、それは今ではない!!」
『何を言ったところで、所詮は我が身可愛さの保身にしか聞こえん。その言葉をお前が裏切者の汚名を着せたアイオロスの弟――アイオリアの前で言えるのか?』
「言ったはずだ、報いは受けると。今私が出来る事は一刻も早くアテナを見つけ出し、来るべき邪悪との戦いに備え一人でも多くの聖闘士を育てる事。それが成されればこの身、この命が引き裂かれようと構いはせん!!」
『大した覚悟だが、それでは困る。この身体はお前だけの物ではない。それを忘れてもらっては、な』
黒いサガもまた、両腕を交差させ上段に構える。それは鏡映しの様に同じ構え。
『大人しく従うならば良しと考えていたが、言っても分らんのならば、ならば力尽くで眠らせるまでよ――』
サガの掲げた両腕に光り輝く小宇宙が集約される。
そして現れる銀河の星々の輝き。
「くどい! 私は――アテナの聖闘士だ!!」
漆黒の闇を小宇宙が生み出した銀河の星々の輝きが照らす。
「貴様を表に出すわけにはいかん。我が内で砕け散り永遠に眠れ!!」
打ち合わされ、振り下ろされる両手。
「――“ギャラクシアンエクスプロージョン”!!」
銀河爆砕。それは、銀河の星々を打ち砕く破壊の瀑布。
爆砕した銀河の奔流が互いの銀河を埋め尽くさんとぶつかり合い、削り合い、喰らい合い、膨張し、そして――
『フン。いいだろう、この場はお前に譲ってやるさ。だが、忘れるな。お前という光が強くなれば、それだけ俺という影はその濃さを増すのだ。既に兆候は表れている。そう遠くない内に、この身体の主導権は完全に俺のモノとなる事を』
「分っている。貴様は私なのだからな。だが、そう思い通りに事を運ばせるとは思わぬ事だ。貴様の全てを私が理解出来ぬように、貴様もまた私の全てを理解する事は出来ないのだ」
――爆発した。
「――ッ!?」
肌に感じる熱波と吹き上がる炎の音で、サガは自分の意識が現世に戻った事を確信した。
歩み寄るデルピュネの位置から、もう一人の自分に囚われたのは時間にして僅か数秒にも満たぬ間であったと推察する。
「さあ、返答は如何に?」
それは、己が絶対的強者であるとする余裕からか。
漆黒の仮面越しであっても、醸し出す雰囲気からデルピュネが嗤っている事がサガには分った。
「この私が、その様な言葉に大人しく従うとでも思っているのか?」
そう告げるサガの言葉に迷いはない。
「来い、我が――」
身を焦がさんばかりに押し寄せていた熱風が止み、空に舞っていた火の粉はその姿を消していた。
宙を舞っていた赤い粉は、その色を白へと変え、幾何学模様の結晶となって灼熱した地に優しく降り注ぐ。
「これは……雪か。火の粉が雪に変わって行く」
それはあり得ぬ変化、あり得ぬ異変。それを目の当たりにしたデルピュネも「何事か!?」と周囲を見渡す。
そして、空を舞う雪の結晶よりもこの地に起きた異変を雄弁に示す光景がその目に映った。
シャカの身を包み燃え盛っていた筈の炎の螺旋。それが瞬く間に凍りつき、巨大な氷柱と化してそびえ立っていたのだ。
「あ、あり得ぬ! 炎が、我の炎が凍りつくなど!!」
デルピュネからは、つい先程までの余裕が失われていた。己の力への自信がどれ程のものであったのかがその狼狽する姿から読み取れる。
「一体何者が!? む、これは、氷の柱に亀裂が――」
動揺が、デルピュネの判断を鈍らせた。
「う、ああああああーーっ!!」
亀裂を奔らせ砕け散った氷柱が、無数の氷塊の散弾となってデルピュネを襲う。
直撃こそ免れたものの、吹き荒ぶ凍気と氷塊の勢いが女の身体を弾き飛ばした。
「この場の護りを薄くすれば、それに誘われる様にして姿を現すのではないか。ある意味賭けの様なものだったが、存外上手く行ったものだ。先の勝手な行動、申し訳ありません教皇」
「いや、責めはせぬ。良い判断だ」
砕けた氷柱の影から姿を現したのは水瓶座の黄金聖闘士――カミュ。
氷の闘技、凍気を極めた男。凍気を纏った彼が一歩一歩とその歩みを進めるだけで、燃え盛る炎が、熱波が消えてゆく。
「ありがとうございます教皇。しかし、お前には余計な事であったかな――シャカよ」
カミュが視線を向けた先には、炎の螺旋に呑み込まれたシャカの姿があった。
両足を組み合わせ、両腿の上に乗せた結跏趺坐の型で瞑想するその身には、先程まで業火の中にあったと言うのに、炎に晒された痕跡は一切見受けられない。
「いや、助かったと言わせてもらおう。おかげで、結界に阻まれていた迷い子を上手く呼び込む事が出来た」
「……迷い子だと?」
「タイミングが悪かったのだ。あのままここに現れていては、先の炎の渦に巻き込まれていたのでな」
カミュの疑問の声に対して、シャカが微かに笑みを浮かべた。
結跏趺坐を解き、立ち上がるシャカ。
瞼を閉じたままでありながら、まるでその先が見えているかの様に澱みのない自然な動作であった。
シャカの閉ざされた眼には、聖域の各地に立ち上る無数の小宇宙、命の輝きがハッキリと見えていた。
そこに、突如として現れた巨大な光。その輝きは青と白の螺旋を描き、群がる闇を消し飛ばす。
「デルピュネと言ったか。ピンドスで出会ったギガスもそうであったが、聖闘士を甘く見過ぎではないのかな?」
「……く、ククッ。ほざくなよ人間如きが!!」
怒号と共に、爆炎を噴き上げて立ち上がるデルピュネ。
その身に傷は無い、だが己の矜持を傷つけられた事への怒りがあった。それは周囲に広がる炎の勢いが如実に表している。
吹き付ける熱波は先程の比では無い。宙を舞っていた雪の結晶は再び炎の粉と化し、この場を紅蓮の世界へと染め上げていた。
「我が凍気を侵食するか。意趣返しのつもりか? よかろう、ならばこのカミュが――」
「カミュ、その必要はない」
そう言って、デルピュネとの間に立とうとするカミュをシャカが下がらせる。
そうして再びシャカとデルピュネが対峙した。
「元より、彼女の相手を務めるべきはこのシャカなのだ」
「ク、ハハハハッ!! かつて、一度はゼウスすら封じて見せたこの我を! たかが聖闘士如きが、神でもない人間如きが相手にすると!? ハハハハハハハハッ!!」
言霊という概念がある。
声に出した言葉が現実の事象に影響を与えるという、言葉に宿る霊的な力。
「――黙りなさい」
それは静かな一言だった。
しかし、その言葉には逆らい難いまでの力があった。
シャカの言葉にはデルピュネをして動きを止めさせるだけの何かがあった。
「気付かないのか? 感じる事は出来ないか? この地に現れたあの小宇宙を。お前が無力と嘲った聖闘士――エクレウスの小宇宙を」
「小宇宙だと? 馬鹿な事を、あ奴は確かに我らが――」
「おかしな事だ。ゼウスすら封じたと豪語しておきながら、たかが一聖闘士の生死すら判断する事が出来ないとは。これではシュラを倒したとの言葉もどれ程信憑性のある物か」
デルピュネはそれ以上を言う事が出来なかった。シャカの言う通り、結界越しにでもデルピュネには感じ取る事が出来たのだ。
ジャミールで遭遇し、拳を交わしたのはつい先程の事なのだ。忘れられるはずが無い。
「もう一度言おう。聖闘士を甘く見るな――と」