聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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第20話 運命(さだめ)の波を打ち砕け!の巻

 世界の始まりは、色も形もはっきりとしないどろどろとした塊であった。

 天も地も、火も水も、全てが一つに混ざり合った――混沌(カオス)であった。

 この混沌から最初に生まれたのが大地を司る女神――ガイアである。

 ガイアは天の神ウラノス、海の神ポントス、愛の神エロス、暗黒の神エレボスなどを一人で生んだ。

 その後、ガイアはエロスのはたらきによりウラノスとの間に子をもうける。

 男児が六人、女児が六人。愛の神の手引きによって天と地の間に生まれしこの十二人の子供こそが、後にティターン(巨神)神族と呼ばれる神々である。

 ガイアを娶ったウラノスは神々の王となり世界を支配する。

 しかし、ガイアは子らを愛したが、ウラノスは違った。ウラノスは己の子らを厭う。その事が、やがて大きな不和となり、父と子の争いの切欠となる。

 この間も新たな子を生み続けていたガイアは、その度にウラノスが子らを大地の穴へと落として行く姿に悲しみ、やがて、耐え切れずにティターン神族に加護を与えた。

 ティターン神族の末子クロノスはガイアより与えられた大鎌を手に、その期待に応えて父であるウラノスを討ち、神々の新たな王となった。

 しかし、ウラノスはその最期にクロノスに一つの預言を残していた。「お前も自らの子に王位を奪われるのだ」と。

 言葉は呪詛となり、ゆっくりと、しかし確実に、クロノスの精神を蝕み、やがて、狂気に堕ちたクロノスは自らの子をその手で次々と封じていく。

 その事に悲しんだクロノスの妻レアは、打倒クロノスのために六人目の子であったゼウスを母であるガイアの元へと送る。

 ガイアもまた、レアの求めに応じてゼウスに自らの生んだ新たな子らの力を貸し与え協力を示した。

 クロノス率いるティターン神族と、ゼウス率いるオリンポスの神々との戦い――後世に“ティタノマキア”と呼ばれる争いの始まりである。

 結果はウラノスの預言の通り、クロノスは自らの子であるゼウスらに破れ、ゼウスが新たなる王となり、オリンポスの神々による統治の時代が始まった。

 ゼウスは二人の兄弟と世界を分け合い、ポセイドンが海を、ハーデスが地下(冥界)を、ゼウスが天を治め、地上は皆の共有とする事とした。

 

 しかし、ティタノマキアは古き神々と新しい神々の間に大きな禍根を残していた。

 その中でも最も大きなものが、クロノスの死によるガイアの嘆きと怒りであった。

 ゼウスは、オリンポスの神々はガイアの想定を超えてやり過ぎたのだ。ガイアはゼウスに味方したとはいえ、同じ自らの子であるクロノスの死までは望んでいなかったのだから。

 

 流れたクロノスの血とガイアの慟哭から新たな神が生まれる。

 オリンポスの神々への慟哭より生れし存在。ガイアの加護により不死身の肉体を得た存在。

 それが、神々の力に抗する者、との神託を受けた神々の敵対者――ギガス。

 そして、ガイアの憎悪によって、憤怒によって、神々を滅ぼす者としての神託を受けた存在。

 炎と嵐を司る最大最強の魔獣。

 百の蛇の頭と凶鳥の翼を持ち、何本もの怪力の手足持つ。

 神の言葉を語り、獣の咆哮を轟かせた。その身は炎を纏い、嵐を生んだ。

 

 その名は――

 

 

 

 

 

~聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION海龍戦記~

 

 

 

 

 

「……ほう、随分と“変わった”ものだ」

 

 ポルピュリオンの口から感嘆の声が漏れていた。

 飄々とした態度とは裏腹に、セラフィナへと歩み寄る海斗の足取りは決して軽いものではない。

 身に纏うのは破壊された聖衣。傷付いた身体からは、一滴、また一滴と、紅い雫が流れ落ち、大地に赤い染みを残している。

 そんな状況でありながら、海斗の瞳の輝きは、その身から発する闘志は、その小宇宙は熱く燃え滾っていた。

 

「ふふふっ。その小宇宙、この地に現れた時とはまるで質が異なっている。面白い。デルピュネを討ち、獣将を退け、トアスを破っただけの事はある。しかし――」

 

 扉を吹き飛ばし、広間を破壊し、この神域に土足で踏み込むその振る舞い。

 それは赦そう。

 血と泥に穢れた身体でこの場に踏み入る。

 それも赦そう。

 

「お前は我らが王、神への聖なる儀式の邪魔をした。それを――赦す事は出来ん」

 

 外套を翻し、セラフィナの前に立ち塞がったポルピュリオンが海斗へと歩を進める。

 一歩、一歩と進む度に、ポルピュリオンの周囲の空間がぐにゃりと揺らぐ。

 闘衣の隙間から覗く肉体が、ぎちりぎちりと音を立てて密度を増し、肥大する。

 言葉とは裏腹に、ポルピュリオンの口元には笑みが浮かんでいた。嗜虐的な笑みが。

 

「……だったら、どうする?」

 

 視線をセラフィナからポルピュリオンへと移し、海斗が問う。

 気負いのない自然体であった。

 友人に明日の予定を聞く様な、そんな気安さがあった。

 

「どうする、か。神が、自らを仇なす存在に対して行う事など決まっていよう?」

 

 神たる自分と対峙してなお微塵の畏れすら見せぬその姿勢。

 その全てがポルピュリオンにとって許し難く、度し難く、しかし、どうしようもなく――好ましい。

 

 真(神)なるギガスであるポルピュリオンとトアス、アルキュオネウスの精神構造は他のギガス達とは一線を画する。

 ガイアの慟哭により戦う事を定めとして生まれた彼らはガイアすら予期せぬ歪みを宿していた。恐れを知らず、戦いに、闘争に飢えていた。

 全力を出す事を、出せる相手を求めていた。

 強者でさえあれば、それが神であるのか、人間であるのか等は些細な事であった。

 勝利して支配する。それはある。だが、支配は勝利に付属する要素でしかない。

 ガイアの意志は、復讐の念はその内に確かにある。だが、それは戦う理由でしかなく、己を突き動かす衝動とはなり得ない。

 

 ポルピュリオンは自らの外套を力任せに剥ぎ取ると、無造作に放り捨てた。

 そのまま右腕を、その掌を海斗へと向ける。

 

「人の子よ、心せよ」

 

 それは、文字通り、正しく“威圧”であった。

 質量すら感じさせる圧倒的なまでの意思の力。指向性を持って放たれたそれは、巨大な渦巻く塊となって空間を歪めながら海斗の身体を押し潰そうと迫る。

 波動が聖衣の崩壊を進め、剥がれ落ちた聖衣の欠片は、まるで陶器の様な音を立て粉微塵となって散る。

 

 ポルピュリオンがかざした掌に力を込めて拳とした。

 

「――神罰である」

 

 その動きに合わせるように“力”が圧縮され――限界を超えて爆発する。

 

「四散せよ」

 

「~~っ!! 海斗っ!」

 

 ビシリ、グシャリ、と。

 聖衣が、大地が、粉砕されて粉塵と化す。その音は、セラフィナの声を掻き消してもなお止む事はない。

 ポルピュリオンの宣言の通り、爆発に巻き込まれた海斗の身体が四散した。

 

 光り輝く飛沫となって。

 

「えっ!?」

 

「……む!?」

 

 その光景を目の当たりにしたセラフィナとポルピュリオンの口から驚愕の声が漏れた。

 だが、そこに含まれたものは違う。

 現状を把握出来なかったセラフィナと、理解出来たポルピュリオンとでは。

 セラフィナが息を飲み、ポルピュリオンが気勢を吐く。

 

「まさかな! 今生のエクレウスは――水気を操るか!!」

 

 ざあっと、宙を舞うのは聖衣の破片と水の飛沫。その雫の一つ一つに映り込む己の姿を眺めながら、ポルピュリオンは記憶の中にある千年前のエクレウスと、海斗のイメージを切り離す。

 

「小宇宙によって生じさせた水で作った鏡――水鏡か。小賢しい真似をする」

 

 砕いたのは水鏡に映った虚像であったのだと理解する。

 いつの間に、どうやって、と。疑問はあったが、状況がそれを考察する暇を与えない。それよりも気にするべき事が生じていた。

 

「これは……霧、いや蒸気か? クッ、濃過ぎるぞこの靄は!! これでは視界が……どこだ? どこに隠れた?」

 

 ポルピュリオンが周囲を見渡すが、その全てが靄に包まれ、海斗の姿が見付けられない。

 ならばと、小宇宙を探ろうにも、周囲の靄のどこからでも海斗の小宇宙を感じてしまう。

 

「くっ、くははははっ!! 面白い! 器用な奴よ……。さあ、これからどうするアテナの聖闘士? 見事な隠行だが、隠れるだけでは何も変わらんぞ?」

 

 姿は見えず、しかし、その存在は周囲のどこからも感じ取れる。

 時間稼ぎとも取れるこの状況に、ポルピュリオンは戦いを焦らされている事に僅かな苛立ち覚えていたが、それ以上に楽しんでもいた。

 次は何を見せてくれるのかと。いつ、この全力の拳を振るわせてくれるのかと。

 

『――そうかいッ!』

 

 前方から聞こえた声にポルピュリオンが反応する。見開かれた目がぎょろりと動いた。

 靄の中で、人の形をした光が動く。

 

「ぬぅうぅぁあああああああッ!!」

 

 ポルピュリオンが前方の光に左拳を撃ち込む。

 拳に触れたエクレウスの聖衣、その胸部が砕け散り、弾け飛ぶ。

 飛散した水の塊がポルピュリオンの拳を、顔を濡らす。

 

「胸部だけを纏わせた人形か!? だがッ――見えたぞ!!」

 

 それに構わず、ポルピュリオンが右の拳を握り込み、己の“背後”へと全力で振り抜く。バックブローだ。

 飛び散る水滴には己の姿だけではなく、背後で拳を構えた海斗の姿が映り込んでいたのだ。ポルピュリオンはそれを見ていた。

 ポルピュリオンの拳に、先程とは異なる確かな手応えが伝わる。

 顔を向ければ振り抜いた右拳を、右腕を盾にして防ぐ海斗の姿があった。

 加えられた衝撃により、踏みしめられた足下――大地に亀裂が生じていた。

 

 手甲が砕け散り四散する。

 

 骨が折れ、肉が裂け、鮮血を撒き散らす。

 

 海斗の右腕と――ポルピュリオンの右肘から。

 

 伸びきっていた右肘に、海斗の左拳が突き刺さっていた。

 へし折れ、あらぬ方向へと曲がった己の腕を見て、ポルピュリオンの動きが止まる。

 痛みで、ではない。

 バックブローを繰り出したその瞬間、ポルピュリオンは海斗の企みを粉砕したと確信していた。

 しかし、ならばこの結果は何だ。

 してやられた、そういう事なのか。

 

 秒にも満たぬ僅かな逡巡、思考の空隙。ポルピュリオンに生じたその瞬間を海斗は逃さなかった。

 

「――ッ!?」

 

 異変がポルピュリオンを襲う。

 顎先から頸椎へと凄まじい衝撃が走り、視界が跳ね上がる。

 光が失われ、暗闇が周囲を埋め尽くし、ポルピュリオンの足下から大地の感触が消失した。

 一体何が起こったのか。ポルピュリオンがそれを思考する余裕は無かった。

 ドゴン、と大地を砕く轟音が広間に響き渡る。

 後頭部への衝撃と、耳鼻に響き渡る轟音と震動がその暇を与えない。

 黒から赤に染まる視界。崩れる天井とパラパラと舞う飛礫が、その中で自分を見下している海斗の姿に、ポルピュリオンは自分が大地に叩きつけられた事を知る。

 

 見えないまでも、どうにか海斗の姿を感じ取ろうとしていたセラフィナは、薄れゆく靄の中から偶然にもその瞬間を捉えていた。

 ポルピュリオンの真下から飛翔する天馬。天を突く様に繰り出された海斗の蹴り上げがポルピュリオンの顎先を捉え、その巨体を宙へと浮かせる。

 その頭部を跳躍した海斗が左の掌底で打ち抜き、その勢いのまま大地へと叩き付けた事を。

 

 

 

「悪いな、最初(ハナ)っからまともにやり合う気は無かったのさ。勝ち方は二の次、目的はあくまでもセラフィナを連れ戻す事なんでな」

 

 海斗の左手を中心として、高められた小宇宙が螺旋の渦を描き始める。

 周囲を巻き込みながら徐々に勢いを増していくそれがポルピュリオンの全身を包み込む。

 

「……タルタロスの深淵で、永遠に寝てろ」

 

 それは破壊の尖塔。

 混ざり合う青と白によって作り出された天を貫く巨大な柱。

 全てを飲み込む破壊の渦。

 シードラゴン最大の拳――

 

「“ホーリーピラー”」

 

 嵐が過ぎ去り洞内に静寂が訪れる。

 残されたのは、天井を穿つ大穴と、螺旋状に抉られた大地だけであった。

 

 

 

 

 

 第20話

 

 

 

 

 

「こ、こっちを見ちゃダメですからね!!」

 

 顔を羞恥で真っ赤に染め、涙目になりながら睨んでくるセラフィナに対し、海斗は今更だよなぁと思いはしたが、それを口に出す事はしなかった。

 

「……ハイハイ」

 

 気の無い返事をしながら、海斗が磔にされたセラフィナの足下に屈みこむ。

 上からうーうー唸り声が聞こえるが、どうしたって面倒臭い事になりそうだったので、海斗は無視する事にした。

 左手でセラフィナの足首を拘束していた黒い鎖に触れる。

 すうっと、鎖に触れた指先から力が抜ける様な感覚に「鎖の分際で」と、本気を出した。

 パキン、パキンと軽い音を響かせながら、次々に鎖を砕いていく。

 

「あっ……」

 

 戒めを解かれたセラフィナの身体が宙を舞う。

 長い銀色の髪がふわりと広がり――

 

「よっと」

 

 待ち構えていた海斗の元へ、その腕の中に抱き止められていた。

 

「……ふぅ……」

 

 腕の中に柔らかく、そして確かな温もりがあった。セラフィナの鼓動を感じた事で、ようやく海斗が安堵の息を吐く。

 

「さて、と。あ~、帰りは……どうするかねぇ」

 

 おぼろげではあったが、この洞窟がどの辺りにあるのかは覚えている。

 覚えているが、それは言わば千年前の地図であり、比較に必要となる現在の地図が海斗の知識には無い。

 

「……地理の勉強をしておくべきだったか」

 

 そんな事を考えていると、海斗の胸元でじっとしていたセラフィナが動いた。

 セラフィナの手が海斗の右手に、背中に触れる。

 

「痛っ!? おい、セラフィナ?」

 

 そこは、傷だらけの海斗の身体の中でも、特に傷の酷い個所である。

 修行を積んだ聖闘士であっても、小宇宙を燃やさぬ日常の中であれば、それは普通の鍛えた人間と変わりはない。

 痛いモノは痛いのだ。

 焼け付く様な、じくじくと痺れる様な鈍痛に海斗は眉を顰めたが、セラフィナの手が傷をなぞる様に動くと、すうっと、冷たい何かが沁み込む、そんな感覚と共に痛みが薄れていく。

 

「……これぐらいの事しか、出来ませんけど……」

 

 癒しの力。本来は“杯座の聖衣に備えられた”能力である。

 しかし、セラフィナはそれを行使する事に“聖衣を”必要としない。

 

「……ぁ……ぅ……」

 

 海斗の胸元に顔をうずめたまま、セラフィナがぼそぼそと何やら呟いている。

 

「ありがとう、……海斗。……さん」

 

「……いや、別に、呼び捨てでも構いはしないぞ、俺は。一応、お前の方が年も上だしな。……上だったよな?」

 

「え、いえ、あの……その……」

 

 身体にかかる重さと、胸元に感じる確かな温かさ。

 間に合った。

 届いた。

 それを実感した海斗の内から、様々な感情が湧き上がる。

 知らず、セラフィナを抱きしめる手に力が籠っていた。

 記憶の残滓に感情が引きずられている。セラフィナにフェリエの姿を重ねている。その事は分っていた。

 

(……まあ、今ぐらいはな)

 

 それを、この時だけは海斗は気にしない事にした。

 自然に、お互いに抱きしめ合う形となっている事を意識してしまったセラフィナは、首筋までも赤く染めていた。

 

 そのまま千日戦争に突入する事になるかと思われた二人。

 それを防いだのは、

 

「ん、もういいのか? オレの事は……気にするな、続けてくれ」

 

 腕を組み、今にも崩れそうな壁に背をもたれ掛かせていたシュラであった。

 

 

 

 

 

 

 二度、三度、シュラは感触を確かめる様に、アルキュオネウスとの戦いで砕けた右拳を握っては開くを繰り返す。

 

「ふむ。少し、引っ張られる様な感じは残っているが……構うまい。しかし、たいしたものだ。正直これ程効果のあるものとは思ってはいなかった」

 

「出来ればあまり使わせたくはないんだけどな。ムウが言っていたよ、セラフィナのあの力は自身に掛かる負担が大き過ぎると。まあ、その力を一番使わせた俺が言えた事じゃないんだが」

 

 手頃な大きさの瓦礫に腰を下ろし、そう話す海斗とシュラの視線の先では、セラフィナがエキドナの傷を癒しているところであった。

 先程までは一糸纏わぬ姿のセラフィナであったが、今は玉座の周囲にあった布を使い、それを即席の貫頭衣として加工して身に纏っている。

 シュラの外套は先の戦いで失われており、ポルピュリオンが投げ捨てた外套はホーリーピラーに巻き込まれて塵と化していた。

 男二人の上着は貸し出そうにも血で汚れ、戦いで破れ、とても他人に着せられる様な物ではなかったという事もある。

 磔にされていたセラフィナのすぐ近く、血溜まりの中に倒れていたエキドナの事は海斗も気が付いていたが、正直言って既に息絶えているものだと思っていた。

 セラフィナは「せめて傷だけでも」とエキドナの元へ向かい、そこで彼女の命の炎がまだ消えていない事に気が付けた。

 その後、セラフィナどのような行動を取ったのかは語るまでもない。

 

「そう思うなら、その力を使わせぬよう、お前が上手く立ち回れ」

 

「……無茶振り過ぎるわ」

 

「フッ」

 

「……そこで笑うか。意外と性格が悪いんだな」

 

「なに、微笑ましいものだ、と思ってな」

 

「~~ああッ、ったく!」

 

 シュラのからかいに、海斗は苦虫を噛み潰したような表情をしたが、その後がしがしと頭を掻きながら、セラフィナの元へと向かった。

 その後ろ姿を暫く眺めていたシュラであったが、やがて、その視線を螺旋状に抉られた大地へ、大穴の空いた天井へ、消し飛ばされた“門であった”場所へと向けた。

 

「話に聞いていた海斗の師はアルデバラン。だが、幾つかの技の性質がアルデバランのそれとは大きく事なる。才能か? それとも……」

 

 シュラの視線が再び海斗の元へ。

 先程の海斗の言葉の通り、力を酷使し過ぎた為か、ふらりとセラフィナが倒れそうになる。その身体を海斗が抱き止めていた。

 そのまましばらく動きを止めていた二人であったが、やがて顔を赤くしたセラフィナと触れただの何だの、見ただの見ていないと、何やら言い争いを始め出す。

 とはいえ、二人の様子からたいした事ではないとシュラは判断した。

 

「……オレが気にする事ではないな。ん? ほう、なかなか鋭い平手打ちだ」

 

 やるな、と。どこかズレた感想を抱きながら、二人の元へと向かうシュラ。

 その口元が僅かに笑みを浮かべていた事に、彼が気付く事は無かった。

 

 

 

「エリカ?」

 

「いえ、レイカ? セア、セーラ……だったのかも……」

 

「どう見ても日本人、いや、少なくとも東洋人だろうからセーラは無いと思うが。いや、……聖良ってのもある、か。あるのか?」

 

 やらないよりはマシかと、海斗が着ていた服を破り、“水”で濡らすとエキドナの汚れた手足や顔を拭いてやる。

 エキドナの青白かった肌には血色が戻り、今は静かに寝息を立てていた。

 

「何の話だ?」

 

 エキドナの頭を膝の上に乗せたセラフィナと、身を乗り出してまじまじとエキドナの素顔を見ている海斗。

 顔を突き合わせてああでもない、こうでもないと何やら熱心に話し合っている。

 そんな二人にシュラは声をかけていた。

 

「ああ、この娘の名前だよ。ギガスとは関係なく、どうやら操られていただけらしい、って事でな。名前を言っていたそうなんだが、セラフィナはハッキリとは覚えていない。だとしても、さすがにそんな相手をエキドナと呼び続けるのもどうか、ってな」

 

「直接対峙したのはお前だ。そうだったのか?」

 

「……少なくとも、倒す気でエンドセンテンスをぶっ放したな」

 

「ちょっと、海斗さん!?」

 

「あの時点では――今もどうかは知らんが、敵だったからな。時効だ、時効」

 

「つまり、気付かなかったという事だな。ならば、セラフィナの言う事を信じるか、信じないか、だ。それも全てはその娘が目を覚ませばハッキリする」

 

 三人の視線が眠り続けるエキドナ――少女へと注がれる。

 

「目を覚ませば、か」

 

「……見える範囲での傷は癒しました。でも……」

 

 少しばかり騒がしかった海斗とセラフィナのやり取りの最中にも、この少女が目覚める気配は無い。

 

「操られていた、と言ったな。意識に、精神に何かしら仕掛けられてた可能性が高い。お前が気に病む必要はない」

 

「……はい」

 

 セラフィナも理屈では分っていた。しかし、感情は別だ。

 自分を攫った相手ではあったが、自分をその身を呈して護ろうとしてくれた相手でもある。

 自分の力は、こんな時にこそ役に立てなければならない力ではないのか。その思いがセラフィナを責めた。

 

「何にせよ――」

 

 それを見かねたのかどうなのか。

 意気消沈したセラフィナの肩に、そっと海斗の手が置かれた。

 

「俺の目的は達したからな。これ以上この場所に留まる意味も無い。とっとと地上に戻って、病院なり何なり、然るべき場所にその娘を――」

 

 気を使ってくれているのかと、海斗を見上げたセラフィナであったが、海斗はそこで一度言葉を切ると、鋭い視線を広間の入口へと向けていた。

 一瞬、その表情がどこか安堵した様な緩みを見せたが、直ぐに困惑したものへと変化する。右手で額を抑え、天を仰いだその仕草は、傍目にも、悩んでいる、というのがよく分る。

 

「……まさか、そっちから接触をしてくるとは。ここに居るのは俺一人だけじゃないんだぜ?」

 

 

 

 破壊された、口を開けたままの入り口に、並び立つ二つの人影があった。

 

「そこに居るのは……その聖衣、見たところカプリコーンの黄金聖闘士か。まさかこの場所で、かの聖剣の使い手と出会えるとは」

 

「抑えろクリシュナ。今、我らが戦うべき相手は彼らではない」

 

 黄金の槍を持った海将軍クリュサオルのクリシュナと、金色のフルートを手にした海将軍セイレーンのソレントである。

 

「……シュラも抑えてくれるとありがたい」

 

「ふむ。……説明は?」

 

「後でするよ」

 

 そう言って海斗が前に出た。

 成り行きを見守る事にしたのか、シュラはそれ以上何も言わずにセラフィナと眠る少女の傍へと下がる。

 

「お互いの無事を喜びたいところだが、場合によっては素直に喜べなくなりそうなんだが……」

 

 口調こそ何気ないものであったが、その視線は鋭くソレントを射抜いていた。

 

「どういうつもりだ?」

 

 地底湖での別れ際のやり取りにより、この場においては互いに不干渉とする。それが暗黙の了解であったはず、と。

 その事はソレントも分っていたのだろう。

 敵意が無い事を示す様に、クリシュナを一歩下がらせる。ソレント自身も手にしていたフルートを鱗衣にしまってみせた。

 

「目的は果たせた様だな。先ずは、おめでとうと言っておこう。何、たいした手間は取らせない」

 

 ソレントの視線がセラフィナと目を覚まさぬ少女へと向けられた。

 

「きみの想い人に少々確認せねばならない事がある」

 

「え? 想い……人? え? え、えぇえええ!?」

 

「誰が想い人だ、誰が。そこ、勘違いするな、聞き流せ」

 

「違うのかな? それは失礼。では単刀直入に聞こう。きみは宿したのか? ギガスの王、ギガスの神。大地母神ガイアの産んだギリシア最大の魔獣――」

 

 ――Typhonを、と。

 

 その名を、ソレントが口にした瞬間であった。

 余震も何も、一切の前触れも無く、この場に居る誰もがまともに立ってはいられない程の凄まじい振動が広間を襲う。

 

「!? この揺れは!」

 

「地震か!?」

 

「伏せてろ!」

 

 いたる所で天井が、壁面が崩れ落ち、大小問わず無数の岩石が広間へと降り注ぐ。

 海斗の声に従い、セラフィナが少女の身体を抱き寄せて身を伏せる。

 二人の頭上から一際大きな岩盤が落下するが、空を引き裂く海斗の拳によって粉塵と化す。

 

「海斗! 跳べ!!」

 

 シュラが叫んだ。

 二人へと注意を向けていた海斗は、何が起きたのか分らぬままに声に従い跳躍する。

 

「!? くっ!」

 

 地面が裂け、それまで海斗が立っていた場所が雪崩の様に崩れ落ちた。その亀裂から、巨大な火柱が噴出する。

 大地が隆起と陥没を繰り返し、刻々とその姿を変えていく。拡大し、拡散していく大地の亀裂から、鉄を溶かした溶鉱炉の中身の様な、灼熱した溶岩までもが溢れ始めていた。

 

「このタイミングで噴火か!?」

 

「いや、これは……」

 

 退避した先で、偶然にも背中合わせとなった海斗とソレント。

 その場所に、噴き上がった溶岩が、まるで意思を持っているかの様に弧を描き、二人へと襲い掛かる。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをして海斗が両手を腰だめに構える。一拍を置いて突き出される両の掌。

 初動と威力こそ違うが、それはアルデバランのグレートホーンであった。

 

「吹き飛ばすだけなら――コイツで」

 

 放たれた衝撃波が、二人に覆い被さろうとする溶岩を――突き抜けた。

 溶岩がリングの様に中央に穴を開け、衝撃波を抜けさせたのだ。

 

「何ッ!?」

 

「ただの熔岩じゃない!」

 

「この動き、不自然だ! 明らかに、何者かの意思が介入しているッ!!」

 

 肩を並べたのは一瞬。

 お互いに逆方向へと跳びこれを避ける。

 

「ッ!! ――海斗さん!」

 

 悲鳴じみたセラフィナの声に海斗が視線を動かす。

 偶然か、それとも。

 海斗の周囲は炎と熔岩によって囲まれ、ただ一人孤立する形となっていた。

 

「まさかな、狙いは俺か? セラフィナ! シュラ! そっちはどうだ!」

 

「あの娘とセラフィナは無事だ!」

 

 シュラの言葉の通り、炎によって遮られた視界、炎の壁の向こう側にはセラフィナ達のものと思われる影が見えていた。

 少女はシュラの腕の中にあるのだろう。この騒ぎでも目を覚ましていないとすれば、少々面倒な事になるのかもしれない。

 

「……他人の心配をしている余裕は無いか。そっちは外に出れそうか?」

 

「――大丈夫です! シュラ様が! 海斗さんは大丈夫なんですか!?」

 

 周囲を見渡す。

 揺れや落石は大分マシにはなっていたが、目に映る光景は変わらない。

 これがただの噴火、ただの炎であるならば、何の問題も無いのだが。

 

(そんなワケはないよなぁ……)

 

 奇妙な事に、海斗を囲む炎はある一定距離からはそれ以上内側へと迫って来る事がない。

 拳圧で吹き飛ばしても、瞬く間に新たな炎が更なる勢いを持って壁となる。

 明らかに、不自然であり作為的であった。

 恐らく、いや、確実に二人の海将軍も“この場”から排除されているだろう。

 事実、先程まで確かに感じていた小宇宙が急速に遠退いていた。

 セラフィナが狙いから外れた事は喜ばしいが、今度は自分が目を付けられたなと。

 厄日かと、海斗は頭を抱えたくなっていた。

 

 心当たりは――ある。

 

「こっちの事は気にするな! ただ、コイツを吹っ飛ばすにはちいとばかし派手な事になるな!」

 

 嘘は言っていない。穏便には済まないだろう。

 

「シュラ! 巻き込まれない内に早く脱出してくれ!!」

 

 海斗としては、正直に言ってしまえば、手を貸して貰えると助かったのだが、そうするとセラフィナ達の安全が保障出来なくなる。

 自分の事だけならまだしも、他人を守れるだけの余裕は今の海斗には無かった。

 元々、シュラはムウがジャミールを留守にする間、セラフィナの護衛をするためにやって来たと言っていた。

 ならば、この状況で何を優先するのかは考えるまでもない。

 

「分った」

 

 短く、はっきりとシュラが答えた。

 優先順位として正しく、そして期待通りの言葉を受け、海斗は安堵の溜息を吐いた。

 

(とりあえず、これで心配事が一つ減ったな)

 

 次は自分の事だと海斗が意識を切り替えようとしたその時であった。

 シュラ達と海斗を遮っていた炎の壁が“斬り”開かれたのは。

 

(――エクスカリバー!? 何を?)

 

 そんな事をしても、この炎は瞬く間に元の姿に、壁となるだけだ。

 疑問を抱いた海斗であったが、開かれた視界からこちらに背を向けたシュラとその手に抱きかかえられた少女が、真っ直ぐな視線を向けて来るセラフィナの姿が見えた。

 セラフィナと海斗の視線が交差する。

 

 

 

 そして、炎の壁がその勢いを増して再び壁となって立ち塞がった。

 海斗はセラフィナ達の小宇宙が遠ざかって行くのを感じ取りながら、事が済んだら御祓いにでも行くかと、半ば本気で考えていた。

 

「――別れの挨拶は済んだか?」

 

「……縁起でもない事を」

 

 もしかしたらと予想はしていた。

 呆気なさ過ぎたが故に。

 自分の小宇宙が増大していたとはいえ、仮にもトアスを従えた男があの程度で終わるのかと。

 

 振り返った海斗の前に、赤い闇が蠢いていた。

 そこから最初に具現したのは百の蛇の頭。

 次いで、鳥の翼と何本もの巨大な手足。

 蛇の眼窩から炎が吹き荒れ、暴風とともに大蛇の胴が這いずり出す。

 

「これは……コイツはッ!!」

 

 周囲には腐臭が立ち込め、目に見えぬ力が海斗の身体へと圧し掛かり、それに弾かれる様にして海斗は飛び退く。

 膝を着いた海斗の目の前で赤い闇が――魔獣が爆ぜた。

 熱気と重圧を、瘴気と狂気を撒き散らし、現れたのは赤と青、炎と風、二つの色を宿した左右非対称の金剛衣。

 胸元に込み上げる不快感を押し殺し、海斗はそれの前に立つ男を見た。

 

「これが、我が金剛衣。我らが神Typhonの力を宿した最強の金剛衣よ」

 

 男の名は――ポルピュリオン。

 その肉体には、掠り傷一つ見付ける事が出来なかった。

 

「……予感はあったが、そう来るか……」

 

 対するのは頭部と胸部を失くした、全壊した聖衣を身に纏い、続いた戦いで消耗した自分。

 思い浮かべた予測を振り払うように、即座に海斗が仕掛けた。

 後手に回るのは拙い。一度守勢に回ってしまえば、二度と立て直す事は出来ないとの確信があった。

 

「“エンドセンテンス”!!」

 

 放たれた無数の光弾が、次々とポルピュリオンの身体を撃ち貫く。

 鮮血が舞い散り、ポルピュリオンの身体がぐらりと揺れた。

 

 それだけであった。

 

「全てが思惑通りとはいかなかったが、結果だけで言えば概ね順調ではあるのだ。我が神の復活までは行かずとも、こうして我は力に満ちている」

 

 口元を歪めてポルピュリオンが笑う。

 

「あの娘を母体と出来ればそれで良し。それが叶わねば、新たな母体を探すだけよ。あの娘程の者が居るかは分らぬが、我にとってはその程度の事に過ぎん」

 

 海斗の目の前で、穿たれた肉体が、鮮血を噴き出していた傷口が、瞬く間に治癒し、欠損した肉体が再生される。

 

「デルピュネが聖域を落とせればそれで良し。仮に返り討ちにあったところで、その血肉と魂は我が神の供物となり――力となる」

 

 そう語るポルピュリオンの手には、真紅のルビーが握られていた。失われた輝きが戻り、赤い光を灯していた。

 

「我は貴様らに、その健闘を賞賛しているのだ。結果として、多くの力ある魂が我が神に捧げられたのだからな」

 

 Typhonの金剛衣が、瞬く間にポルピュリオンの身に纏われる。

 

「おかげで、こうして我は神代の力を、ガイアの加護を取り戻す事が出来たのだ。礼を言うぞ、エクレウスの聖闘士よ」

 

「……そういう事か。つまり、お前は、仲間の、配下の命すら贄としていたんだな? 自分以外のギガスが勝とうが負けようが、どうでもよかったワケだ」

 

 返答はなかった。

 ただ、浮かべられた笑みが、それが真実であると雄弁に物語っていた。

 

 ポルピュリオンが一歩進む。

 風を纏った右半身により踏み込まれた一歩である。

 

「くっ、これは!?」

 

 歩みだけで嵐の如き暴風が巻き起こり、風が刃となって海斗の身に迫る。

 もはやプロテクターとしての機能を失っている聖衣ではその全てを防ぐ事は出来なかった。海斗の身に、浅くはない傷が次々と刻まれていく。

 

 ポルピュリオンが一歩進む。

 炎を纏った左半身により踏み込まれた一歩である。

 

「クッ、ならば!」

 

 デルピュネの炎を打ち消した時の様に、海斗は目の前に水の障壁を展開する。

 果たして、予想通りに風の勢いを受けた炎が、熱波が、海斗へと迫り――

 

「――やっぱりかよ、くそっ!!」

 

 跳び退いていた海斗の目の前では、易々と障壁が削り、消し飛ばされていた。

 

(肉体を破壊できない訳じゃない。なら、ギャラクシアンエクスプロージョンで吹き飛ばせば……いや、多分それだけじゃあ――一手が足りない)

 

 事実、一度はホーリーピラーによってその肉体を消し飛ばしていたはずであった。しかし、こうして目の前にポルピュリオンは存在している。

 ガイアの加護による不死の肉体。厄介な、と海斗が呻く。

 ギャラクシアンエクスプロージョンで破壊するだけでは、時間稼ぎにしかならないとの確信があった。

 海斗はポルピュリオンの動きを観察する。

 決して戦えない相手ではない。それも自分が万全の状態であるならば、だが。

 

(せめて、聖衣だけでもまともな状態なら……)

 

 聖衣はただ身を守るためのプロテクターではない。

 むしろ装着者の小宇宙を高め、その力を十二分に発揮させるための増幅器的な役割の方が大きい。

 その効果は、白銀、黄金と、上位の聖衣であるほど顕著であった。聖衣自体に宿る力の桁が異なるのだ。

 無論、それを発揮させるためには天才的なセンスと確たる実力が必要であり、資格の伴わない者が黄金聖衣を身に纏ったところで青銅聖闘士はおろか下手をすれば雑兵にすら勝利を得る事は出来ない。

 

 そこでふと、ガルーダの冥衣はどうなった、と海斗は僅かに視線を動かした。

 すると、炎と熔岩の向こう側に、魔鳥へとその姿を戻したガルーダの冥衣があった。

 

「死んだ方がマシだなんて言う気は無いが、それも俺が俺であるならば、だ。……やれるか?」

 

 受け入れた上で、制御しなければならない。失敗すれば己を失い、冥衣の操り人形と化すのだろう。

 ポルピュリオンの醸し出す力の余波ですらダメージを負ってしまうこの状況では、身を守る鎧の有無は大きい。時間は無い。四の五の言っていられる状況でもない。

 

「……節操無しもここに極まる、か」

 

 メフィストフェレスは海斗に囁いた。歴史は繰り返す、と。

 その言葉に、海斗は自身の行動によって否を突き付けた。

 しかし、細部を変えども、再び繰り返そうとしている。

 こちらの意志を感じ取ったのか、海斗はガルーダの冥衣が鳴動するのを感じていた。

 

 命を掛ける理由が出来た。そのためにも、命を失う訳にはいかないのだ。

 シュラによって炎が切り裂かれたあの時、セラフィナが言った。

 ジャミールで待っている、と。

 

「来い――」

 

 座して死を待つつもりはない。

 

 

 

 どこかで、カチリと、運命の歯車が“回る”音が響いた。

 

 

 

 灼熱の赤に染まった世界を、一条の閃光が貫いた。

 そのあまりの眩さに、ポルピュリオンが眉を顰める。

 そして、その光が治まる事で顕わとなったソレを見て、ポピュリオンが驚愕する。

 

「何だ、この黄金の光は? 何なのだ、あの輝きは!! な、なにい!? あれは、あの聖衣は!?」

 

「……そんな、これは……」

 

 光の中から姿を現したのは、一つの身体でありながら互いに向き合う事のない双子を象った黄金の聖衣。

 

「……ジェミニの黄金聖衣」

 

 目の前の光景に、海斗もまたどこか呆然とした様子で呟いた。

 対峙する二人の前に、この大地の底に、ジェミニの黄金聖衣が天を貫き出現していた。

 

「そうか、これは……貴方の遺志か、カストル」

 

 それが、キタルファの願望が生み出した幻影であったのかは海斗には分らない。

 しかし、海斗の目には、ジェミニの黄金聖衣の前に立つカストルの姿が映っていた。

 

「は、ははは。はははははっ! 師弟揃って過保護過ぎるだろう? こうも、こうまでお膳立てされては! やるしかないだろう、やってやるさ!! 力を貸せ――」

 

 カストルが頷き、その姿が聖衣へと消える。

 

「来い――ジェミニ!!」

 

 海斗の声に応え、ジェミニの黄金聖衣がその姿を変える。

 エクレウスの聖衣が海斗の身体から分離し、ジェミニの聖衣が次々とその身に纏われていく。

 キタルファの記憶とジェミニの聖衣が、海斗の求めた一手を、成す為の力を与える。

 ガイアの加護がポルピュリオンを不死とするのならば、その加護を絶ち切ればよいだけの事。

 それを成すための力を、今ここに得た。

 

 黄金聖衣。その聖衣が放つ黄金の輝きは、決して用いられた素材の材質だけが理由ではない。

 “光を吸収し構造内に封じ込めエネルギーに変換する”という、下位の聖衣にはないその特性故に、である。

 そして、黄道十二星座を司るという事は、神話の時代より常に太陽の影響下にあったという事であり、その内には膨大なまでの太陽の、光のエネルギーが蓄積され続けている。

 つまり、黄金聖衣とは太陽の鎧であり、光の鎧であるとも言えよう。

 無論、それ程の光の力を制御するには相応の高い小宇宙が必要とされ、それを実行できるだけの力を持った者が黄金聖衣に認められ、身に纏うのだ。

 それが、一体どれ程の相乗効果を生むのか。

 

 ジェミニの聖衣を纏った海斗と、ポルピュリオンが対峙する。

 吹き荒れる風も、炎も。すでに余波程度の力では、海斗の身に何ら影響を与える事はできない。

 

「まさしく、まさしく因縁よな。千年前、我らの神の復活を邪魔したのがエクレウス。そして、この我と対峙した聖闘士が――ジェミニであったわ」

 

「らしいな。まったく、下らない因縁だ。だがな、それもここまでだ」

 

 風と炎が吹き荒れる赤に染まった空間に、眩いばかりの黄金の輝きが一際異彩を放つ。

 むしろ、周囲の炎がその勢いを増す程に、黄金の輝きもまたその勢いを増しているかの様であった。

 

 

 

「――ここで俺が終わらせる」


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