聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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第27話 伝説の戦士!その名はブルーウォリアーズ!の巻

 しんと静まり返った氷原に風が吹いた。

 空気中に漂う水分が結晶化し、キラキラと輝くその様はまさしくダイヤモンド。

 

「昔――我が兄弟子である水晶聖闘士(クリスタルセイント)から聞いたことがある」

 

 対峙する氷河と氷戦士たちを包み込むように舞い上がる。

 

「神話の時代、北極を中心に君臨した最強の軍団だと。その拳は空を裂き、蹴りは大地を割る、アテナの聖闘士にも劣らない、それ以上の存在だった、と。しかし、ブルーグラードの民はその極寒的気象条件のために数世紀前に絶滅したと聞いている……」

 

「極寒的気象条件だと? フフフッ、おかしなことを言う」

 

「我らは永久凍土に生きるブルーグラードの民」

 

「伝説の戦士氷戦士(ブルーウォリアーズ)よ」

 

「滅びてなどいない。現に、我らはこうしてここにいる」

 

 そう言って不敵に笑う氷戦士たち。

 こちらを明らかに見下している。そのあからさまに侮蔑の込められた視線に対し、しかし氷河は激昂するでもなく、淡々と問い返す。

 

「それで、その伝説の戦士サマが、一体オレに何の用があるというのだ?」

 

「……貴様ッ!」

 

 言葉の内に馬鹿にされたと感じ取ったか。一歩踏み出した男を「よせ」と、止めた者がいた。

 背後から聞こえた声に、氷河が僅かに視線を向ける。

 

「アレクサー様!」

 

「な、なぜ、あなた様がここに!?」

 

 アレクサーと呼ばれた青年は、その視線を男たちへと向け、そして氷河を見た。

 氷河もまた青年を見る。

 額には黄金に輝くサークレット。身に纏う青く輝く鎧には細やかな装飾がなされ、男たちの纏う鎧とは明らかに格が違う。

 その身に纏う雰囲気にも、どこか優雅さが、気品が感じられた。

 なによりも、特徴的なのはその鋭い視線であった。決して揺るがぬ力強さ、絶対の自信が込められた、言うなれば王者の目だ。

 

「氷河よ、お前のことは調べさせてもらった。オレたちは力ある者を求めている。お前の力が必要だ、同志になってくれるか?」

 

 そう言って、アレクサーの手が氷河に差し出された。

 

「同志……だと?」

 

 しかし、氷河がその手を取ることはない。

 

「オレのことを調べたと言ったな。ならば、答えは聞かずとも分かり切っているはず。オレは、アテナの聖闘士だ」

 

「そうか……。嫌なら、死んでもらわねばならんのだがな。もう一度聞くぞ、氷河――」

 

 ――お待ちを! アレクサー様!!

 

 その時、この場にいた四人の氷戦士たちが氷河とアレクサーの間に割って入る。

 

「アレクサー様のお誘いを断るとは、何たる無礼者!!」

 

「この男、未だ聖衣を与えられてすらおらぬ半人前!」

 

「このような者の手など借りずとも、我らが力があれば!!」

 

「身の程を分からせねばなりません!」

 

 氷戦士たちから青白く立ち上る小宇宙。

 その様子にアレクサーは「仕方あるまい」と、小さく頭を振った。

 

「すまんが氷河よ、オレの言葉だけでは納得できぬらしい」

 

 身構える氷闘士たちを前にして、氷河は一言「構わん」と告げた。

 

「カビの生えたお前らのような戦士に……それができるのなら、な」

 

 その言葉が合図となり、氷戦士たちが次々と氷河に襲い掛かる。

 ある者は拳で、ある者は蹴りで、ある者は凍気を纏い、ある者は組技を狙い。

 各々が繰り出す技の全てに氷河は応じて見せた。

 

「ほう」

 

 アレクサーが感嘆の声を漏らす。

 

「まるで――白鳥の舞ではないか」

 

 受け、いなし、捌き、躱す。無駄のないその流麗な動きには、思わず目を見張る美しさがあった。

 

「馬鹿な!?」

 

「くッ、貴様ッ!!」

 

 予想だにしなかった状況にたじろぐ氷戦士たち。もはやその目には氷河を見下していた侮蔑の色はない。

 そこにあるのは――敵意。

 追撃を仕掛けるでもなく、ただじっと自分たちを見つめる氷河に対し、このままで終わらせられるかと、各々が渾身の一撃を繰り出そうと身構える。

 

 雪が降っていた。

 降り注ぐ氷の結晶がその数を増し、足元から這い上がる耐え難い冷気に氷戦士たちがその動きを止めた。

 氷河の右手が動き、その人差し指が氷戦士たちに向けられる。

 気付けば、氷戦士たちは氷の結晶が生み出す光のリングにその身を拘束されていた。

 

「この氷河の修める闘法の神髄は拳や蹴りにあるのではない、凍気よ。そして、お前たちの身体を拘束するそれは“氷の輪(カリツオー)”。もはや、指一本動かすことは出来ん」

 

「くッ、くく……」

 

「ぐ、ぐむぅううう」

 

「あ、アレクサー様……」

 

 狼狽し、呻き声を上げる氷戦士たち。

 それに対してアレクサーが行ったことは、氷河への拍手であった。

 

「見事だ氷河。それでこそオレが目を付けただけのことはある」

 

「……アレクサーとやら、お前の魂胆は分かっている」

 

 氷戦士たちからアレクサーへと、視線を向けた氷河が続ける。

 

「南下して他の土地を侵略するのが目的だな? そうすれば、アテナの聖闘士とぶつかり合うのは必至。その前に一人でも多くの聖闘士を始末するつもりなのだろう。さしずめ、オレはその為の撒き餌だ」

 

「フッ、そこまで見抜いているのならば、もはや説明は不要だな。しかし、一つだけ訂正しておく。お前を同志に加えたいという言葉に嘘はない。未だ未熟ではあるが……その才能、消すには惜しい」

 

「抜かせ、アレクサー! 未熟かどうか、受けてみろ! この氷河の拳を!!」

 

 氷河の身体から白銀の小宇宙が立ち上り、氷原に大小無数の氷の結晶が舞い踊る。

 

「“ダイヤモンドダスト”!!」

 

 突き出された拳からアレクサーに向かって白銀の世界が迫る。

 それは、眠りと死を運ぶ氷原の風(ダイヤモンドダスト)。全てを凍らせ打ち砕く必殺の拳。

 

「氷河よ、言ったはずだ。我らは神話の時代よりこの永久凍土の地で生きてきた民。この程度の凍気では、オレを倒すことなど不可能」

 

 その白銀の世界を、アレクサーは何の障害もないとばかりに歩みを進める。

 ここで、初めて氷河がその表情に動揺の色を見せた。

 

「な、なにい……。ダイヤモンドダストをまともに浴びて微動だにもしないとは……」

 

「言ったはずだ、未熟、とな。しかし、オレ以外の者であれば倒されていただろう。やはり、消すには惜しい才能よ」

 

 アレクサーから立ち上る小宇宙が、再び氷原にダイヤモンドダストを巻き起こす。

 

「よく見るがいい氷河よ。凍気とはこう扱うのだ。吹き荒べ氷原の風よ――“ブルーインパルス”!!」

 

 突き出された拳から氷河に向かって白銀の世界が迫る。

 

 

 

 その日、氷河がコホーテク村に戻ることはなかった。

 

「遅いなヒョウガ。なにしてるんだろ? せっかくのペリメニが冷めちゃうぞ」

 

 ヤコフは氷河を待った。

 次の日も、その次の日も。

 

 

 

 

 

 第27話

 

 

 

 

 

 1986年9月3日――聖域。

 12:08――黄道十二宮第一宮、白羊宮。

 

 

 

 積もる話もあるだろうと、アイオリアが立ち去り三人だけとなった白羊宮。

 腹が減ったと騒ぎ出した貴鬼に、なら外で飯でも食うかと、海斗が思案していた、そんな時であった。

 

「――戻っていたか海斗」

 

「ん? ああ、久しぶりだなカミュ」

 

 海斗に声を掛けたのは、白羊宮の奥、つまりは教皇の間から降りてきたカミュであった。

 その隣にはアスガルドの使者であるフレイの姿もある。

 海斗の訝しげな視線に気が付いたのか、口を開こうとしたカミュより早く、フレイが一歩前へと進み海斗に向かって軽く頭を下げた。

 

「フレイと申します」

 

 穏やかに微笑みを浮かべるその姿は、聖域ではあまり見られない珍しいものだ。

 

「フレイ殿はアスガルドからの客人でな。フレイ殿、彼が……」

 

 一瞬、どう紹介するべきか迷ったカミュであったが、海斗の側にエクレウスの聖衣箱があるのを確認すると――

 

「――エクレウスの海斗」

 

 そう呼ぶことにした。

 カミュの紹介に会釈で返そうとした海斗であったが、そこでカミュの様子がおかしい事に気が付いた。

 幾人からは「冷静沈着が服を着て歩くのがカミュ」と、陰で呼ばれているカミュが珍しく驚きの様子を浮かべていたからだ。

 その視線を追えば、そこには目を輝かせて自分を見るフレイの姿。

 

「おお! あなたがあのエクレウス!!」

 

 興奮気味に海斗の手を取るその姿は、まるで憧れのアイドルに街中で出会った熱狂的なファンである。

 

「いや、何が“あの”なのかは分からんが……エクレウス違いじゃないか?」

 

「ギガスの本拠地に単身乗り込み、囚われの巫女を救い出し、あの悪神たちの野望を打ち砕いた――真の聖闘士!!」

 

「……真の聖闘士? 待って、“あの”エクレウスさんって、貴方の中で今そんなことになってるの?」

 

 ぐいぐいと迫ってきて、やれ勇気だの愛だの正義の戦士だのと持ち上げられる。

 嫌味か何かとも思ったが、信じられないことにフレイの目はマジだ。

 100パーセントの善意による発言。それが分かるだけに無碍にもできず、助けを求めて周りを見れば、三人ともが距離を取り、誰一人目を合わそうともしない。

 100パーセントの私情による行動だっただけに、こうも手放しで褒め称えられては、居た堪れなさが半端ない。

 

「なるほど、あれが正しく“褒め殺し”というものか」

 

 やかましいぞカミュ、と。聞こえてきた呟きに内心で怒鳴り返した海斗は、今日の昼飯は何にするかと現実逃避をすることに決めた。

 

 

 

「すみません、昔から興奮すると周りが見えなくなってしまいまして……」

 

「……ああ、そう」

 

 海斗が現実に戻ったのは五分ほどが過ぎた頃であった。

 これを長いとみるか、短いとみるかの判断は人それぞれであろう。

 少なくとも、ぐったりとした様子を隠そうともしない海斗にとっては、永遠とも思える長さであったことに間違いはない。

 そんな海斗に、話は終わったなと、涼しい顔でカミュが話し掛ける。

 

「少し頼まれて欲しいことがある。東シベリアに行ってもらいたいのだ。私は暫く聖域から離れる事が出来なくなるのでな」

 

「……お前、人を見捨てておいて、よくそんなことが言えるな。で、いつだ? まさか、今すぐ行け、ってことはないよな? ……ないよな?」

 

「早いに越したことはないが、今すぐとは言わん。実は、私の弟子である氷河についてだ」

 

「氷河? 日本から送り込まれた、あの氷河のことか?」

 

「お前と氷河の縁については知っている。それも踏まえての話でもある。氷河は聖闘士の資格こそ得ていたが、未だ聖衣は与えられてはいなかった。それが、先ほど教皇からお許しを頂けたのだ」

 

「そうか、これで氷河も聖闘士か。オレと星矢と氷河とアイツで四人は聖闘士になった。少なくとも百分の四は確定か。ああ、悪いな独り言だ。それで、その聖衣を届けるんだな? どこにあるんだ?」

 

「東シベリアにある、とある永久氷壁の中だ。場所は氷河も知っているが、念のためだ。詳しくはこれを見てくれ」

 

「分かった。おい、貴鬼?」

 

 海斗はカミュから渡された地図をしまい、了承を返すとどこでも行ける扉(貴鬼)の姿を探す。

 白羊宮内を見渡すが、それらしい人影は見えない。

 セラフィナを見れば、白羊宮の外を指差していた。

 そこには、いつの間にやら白羊宮から下の広場へ向かって駆け下りて行く貴鬼の姿があった。

 振り返った貴鬼と海斗の視線が合ったのも一瞬の事、べー、と舌を出して貴鬼がその姿を消した。貴鬼の特種能力の一つ、瞬間移動(テレポーテーション)である。

 

「チッ、逃げたか。勘のいい奴め」

 

 小宇宙を燃やし、超常の力をふるう聖闘士であるが、こういったいわゆる超能力と称される力を扱えるものは少ない。

 変則的なものなら海斗も扱えなくもないが、行先は異次元でどこに出口があるかなど本人にも分からない代物だ。そんなもので移動しようなど正しく狂気の沙汰である。

 閑話休題。

 

 さて、今の海斗に与えられている使命は、十数年前に聖域から持ち去られたとされる射手座の黄金聖衣の捜索である。

 その事もあり、海斗はこの聖域の中である程度自由に動く事が出来る、数少ない聖闘士の一人であった。

 

「用意して明日には出ることにする。そうか、氷河に会うのは六年振りになるか」

 

「東シベリアに行かれるのですか?」

 

 すると、これまで黙って成り行きを見ていたフレイがこう言った。

 

「実は私も東シベリアに用があったのです。よろしければ、途中まで同行させて頂けませんか?」

 

「ん? 俺は別に構わないが。一応、用件を聞いても?」

 

「ありがとうございます。実は、東シベリアのさらに奥にあるというブルーグラードの地に行かなければならないのです」

 

 えっ、と。

 ブルーグラード。その言葉を聞いて、これまで話に加わらなかったセラフィナが反応を示した。

 

「既にご存じかもしれませんが、近年彼の地にて伝説の氷戦士(ブルーウォリアーズ)が復活したと聞きます。出来れば彼らにも来るべき邪悪との戦いに備えて協力をお願いしたいのです。それがかなわずとも、ブルーグラードはかつて知の宝庫と称された場所。何かしら、有意義な文献でも残っていれば、とも思っていますが……」

 

 フレイの言葉に、後半が本当の目的なんじゃないのかと、海斗はちらとカミュを見た。

 

「フレイ殿の言われることは正しい。ブルーグラードは、確かにそう言った面も持った地であると言われている。これは、イオニア老の受け売りだが」

 

「そういえば、ここ数年あの爺さんを見てないが……。まさか、まだ謹慎してるのか?」

 

「ああ、本人が一向に出て来ようとはしないらしい」

 

 困ったものだ、と。

 海斗とカミュが本題とは外れた会話に進み始めたが、そこに「あ、あの!」と、割って入る声があった。

 何事かと海斗が見れば、普段控えめなセラフィナらしからぬ、どこか切羽詰まった様子である。

 

 

 

「私も――ブルーグラードへ連れて行って頂けませんか?」

 


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