聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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第28話 氷原に降り注ぐ流星!の巻

 1986年9月6日――東シベリア

 10:38――コホーツク村より南東10キロ付近

 

 

 

「我々はここまでとなります。二日後の現地時間ヒトヨンマルマルに――」

 

「ああ、万一合流できなかったら――」

 

 シートから腰を上げたセラフィナが、膝をつき合わせそうな狭い機内を移動してドアを開けた。すると、びゅうと、冷たい風が一気に機内に吹き込んでくる。

 慌てて扉を閉めなおすと、彼女は防寒着のフードの位置を確認しながら同乗者たちの様子を見る。

 ちらりとこちらを一瞥した海斗は、大したことではないと分かると運転席のパイロットとの打ち合わせを再開した。

 向かい合うように座っていたフレイは、気付いていないのか、出発してから今までの間じっと目をつむったまま、身体を覆うローブの裾をつまみ、ブツブツと何かよく分からない言葉を呟き続けている。

 この高さで堕ちれば、とか。人には空を飛ぶ翼はない、とか。

 搭乗した時からそうではないかと思っていたが、飛行機がダメなようだ。

 

「あの、フレイさん? 到着しましたけど、本当に大丈夫ですか?」

 

「……ええ、大丈夫ですが? ええ、何も問題ありませんが?」

 

 そう答えるフレイの顔色は真っ青で、表情は死んでいる。

 問題しかない。

 出会って数日ではあるが、初対面の凛々しい印象は最早無く、セラフィナの中でフレイは“なんとなく残念な人”とカテゴライズされている。

 

「――何をやってんだ? ほら、降りるぞ」

 

 海斗はそう言って防寒着を羽織ると、手慣れた様子で扉を開く。吹き込む風に僅かに眉を顰めたが、特に何も言うでもなく外へ出た。

 

 

 

 けたたましいエンジン音と風を切るプロペラの音を聞きながら、両翼の変向プロペラを稼働させて上昇していく機体を眺めていたセラフィナであったが、「行くぞ」と掛けられた声に振り返ると杯座(クラテリス)の聖衣箱を背負い直して先を行く二人の後を追った。

 

「それにしても、聖域は随分と、その、近代化が進んでいるのですね?」

 

アレ(VTOL機)のことか? 出所は聖域の支援組織である、とある財団の所有物らしいな。俺たちみたいな存在は一般には秘匿されている、とは言っても、人がロケットで月へ行くような、科学技術の発達したこのご時世だ。神話の時代じゃあるまいし、一般社会に関りを持たない、ってのは無理な話だ。だったら使える物は使うさ。楽ができるに越したことはない」

 

「聖域関係者で科学技術に対してそこまで割り切って考えている人は、海斗さんぐらいしかいないと思いますけど?」

 

「そう……ですね。アスガルドも似たようなものですよ。人の生み出した叡智、科学技術そのものを否定するつもりはありませんが……」

 

「ま、この辺の感覚は生まれ育った環境の違いだろうな。俺と同郷の奴らなら、だいたい似たようなことを言うと思うぞ?」

 

「二ホンでしたか。世界的にもかなり裕福な国でしたね。冬に凍える者もなく、飢えに苦しむ者もない、と聞きます」

 

 アスガルドはあまり裕福な地ではありませんから、と。フレイが苦笑交じりに呟いた。

 

「大多数は、な」

 

 海斗はそう返しながら、その大多数に入れなかったのが城戸光政に集められた俺たちだけどな、とは続けなかった。

 今更な事でもあるし、聞かされて楽しい話でもない。

 海斗自身が一度は死んだ人間である。ある種の開き直りではあるが、今の生を、過去も含めて特に不幸だとは思ってはいない。

 

(……そういう点では、俺はあいつら(百人の孤児たち)の思いに、本当の意味で共感することはできないんだろうな)

 

 さすがに話が変な、重い方向に行ったな、と。話題を変えるかと考えるが、特に面白いネタもない。

 微妙な居心地の悪さを残しながら、それでも足を止めることなく針葉樹林の森の中を歩き続けることしばらく。

 

 冷たく澄んだ水の流れる川を超え、森を抜け、小高い丘を越えた先、切り開かれた白銀の中に目的地であったコホーツク村が見えた。

 

 昼食の用意をしているのか、暖を取るためか、多くの家々から白い煙が立ち昇っている。

 

 村の中心、広場と思われるそこには、老若男女問わず多くの村人たちが集められ、彼らを取り囲むように青い鎧を身に纏った男たち――氷戦士の姿があった。

 

 抵抗したのであろう。氷戦士たちの前には、呻き声を上げて蹲り、倒れ伏す村の男たちの姿があり、女子供は肩を寄せ合い、老人たちがその前に立つ。

 

 氷戦士の一人が、前に出た村の代表らしき老人の胸ぐらを掴み上げると、村人たちに見せつけるように吊るし上げ、声高に叫んだ。

 

 ――氷の聖衣はどこだ、と。

 

 

 

 

 

 第28話

 

 

 

 

 

 ヤコフという少年は、このコホーツク村にあって特別何かに優れた少年というわけではない。

 どこにでもいる7歳の子供だ。

 強いて言うならば、過酷な生活環境と限られたコミュニティの中にあって、数少ない子供であるヤコフは村の皆から愛されて育った、というところか。

 そしてもう一つ、少年は、少年が憧れる正義の味方(ヒョウガ)の側で、その成長を、強さを常に見続けていた。

 しかし、頼りにすべきヒョウガはいない。ならばどうする。

 村の皆を守りたい。ヒョウガならどうする。

 

「見ての通りだ、この村には何もない! 氷の聖衣など知らん!! 食料でもなんでもくれてやる、これ以上村の者に手を出すでない!!」

 

「クククッ、そうか知らんか。これは困ったなぁ、老人は物忘れが激しいからなぁ?」

 

「な、何を……!? ぐぅあああああ!!」

 

「ああ、村長!!」

 

「こうすれば思い出すか? フハハハハッ。どうした、思い出せんのならば他の奴に聞くだけだぞ?」

 

「……お、お前たち……いったい、何が、もくてき――」

 

「――(ひかり)よ。我らはこの力によって陽の当たる場所を手に入れるのだ! それこそが我らが悲願! 古の盟約? 祖先の罪? そんな下らぬモノのために、今を生きる我らがなぜ!? この永久凍土の地で、誰に知られるでもなく、影のようにひっそりと暮らさねばならんのだ!!」

 

 今、まさに目の前で悪者に祖父が苦しめられている。

 胸ぐらを掴まれて、吊るし上げられている。

 

「やめろーッ! じいちゃんを放せ!!」

 

 無我夢中だった。

 勝てるとか勝てないではなく、ただ祖父を助けたい。その思いのまま、少年は目の前の悪者へと挑みかかった。

 パチンパチンと、ヤコフの手が氷戦士の男の足を叩く。

 子供のヤコフの手では、どんなに頑張っても男の足を覆う鎧の部分を叩く事しかできない。通じるはずもなく、叩き続けるヤコフの手の方が赤く腫れあがる。

 

「何だ、この小僧は?」

 

 男は村長を物のように放り捨てると、冷たい視線でヤコフを見た。

 

「そうか、お前はあのジジィの孫か? ちょうどいい。おい、ジジィ! この小僧を殺されたくなければ、聖衣の在りかを話せ! 正直に、だ!!」

 

 男がヤコフを掴み上げ、空へと向かって放り投げた。その光景に村人たちは悲鳴を上げる。

 

「うわぁああああああああ――」

 

「おい小僧、大人に逆らうとどうなるのか――教育してやろう!!」

 

 

 

 ――お前を、な。

 

「――!?」

 

 身体が破裂した。

 意識を失う瞬間、男が感じた衝撃がそれだった。

 

 海斗の一撃によって身に纏われた鎧が砕け散り、破片をまき散らしながら男の身体が吹き飛ばされた。

 宙に放り投げられたヤコフは杯座(クラテリス)白銀聖衣(シルバークロス)を身に纏ったセラフィナによってそっと受け止められ、その手がヤコフの赤く腫れあがった手に触れると、まるで時を巻き戻すかのように癒やしていく。

 そして、村人たちを守るように、フレイが氷戦士たちの前に立ち塞がった。

 

「実際に見てみないと分からないものだ。伝説にあるブルーグラードの氷戦士(ブルーウォリアーズ)は、この氷原を守る誇り高き戦士の一族とも聞いていた。しかし、どうやら伝説は誤りだったようだな。力なき民をいたぶるその所業、醜悪すぎて――見るに堪えん」

 

「貴様ら、何者だ!?」

 

「我ら氷戦士を愚弄するかッ!!」

 

「いや、あの女の身に纏っている鎧――あれは聖衣だ! 聖闘士だ!! ならば貴様ら、聖域の者かッ!?」

 

 突如現れた乱入者に、村人たちを囲っていた他の氷戦士たちが集まってくる。村の外にも居たのだろう。その数は二十人近い。

 

「なあ? 一人か二人、口が利ければ十分か?」

 

「そうですね。どう見ても彼らは“使われる側”です。大した情報は持っていないでしょうから。それで十分かと」

 

 しかし、それを前にしても海斗とフレイに動揺した様子は微塵もない。

 二人がするのは相談ではない。確認だ。

 

「聖衣もない生身の分際で!」

 

「我らをなめるな!! ひねりつぶしてくれるわ!!」

 

 海斗とフレイ、二人のやり取り。その意図を理解し、憤慨した氷戦士たちの目には、もはやヤコフや村人たちは映っていない。

 

(――釣れた)

 

 この状況で海斗たちが最も恐れたのは、村人たちを人質に取られることにあった。

 即席ではあったが、よくもフレイが乗ってくれたと海斗は内心安堵する。

 これで、後は叩きのめすだけ。

 そう考えていた海斗の横を通り過ぎる影があった。セラフィナだ。

 普段のおっとりとした様子はなりを潜め、今は厳しい表情で氷戦士たちを見つめていた。

 

「……貴方たちが、どのような思いでこの地で暮らしてきたのか。それは、私には分かりません。でも、それでも、何かを奪い、力無き者を踏みにじってまで進もうとする、貴方たちのやり方は――間違っています!」

 

 怒りだけでもなく、悲しみだけでもない。セラフィナ自身が湧き上がるこの感情を、思いを理解できていない。ただ、心の内から出た言葉を叫んでいるだけだ。

 そう、間違っているのだ。太陽はどんな地にだって光を落とそうとしている。その光りある場所へ出ていくのは、ブルーグラードに春を呼ぶためだ。

 痛みを、悲しみを広げるためであってはならない。

 

 それは、我らの苦しみを知らぬ、温い世界に生きてきた者の語る――綺麗ごとだ。

 この場にいる氷戦士たちの誰しもが思い、しかし、誰しもがその言葉を口にすることはなかった。

 

 セラフィナが――涙を流していたからだ。

 それは、悲嘆の涙であった。

 

「……最早、最早止められんのだ! 我らはあのお方と共に、力によってこの道を行くと決めたのだ!!」

 

「我らは言葉では止まらぬ!! 間違っていると言うのならば、力でもって証明して見せろ!!」

 

「止めて見せます――この光で!!」

 

 天に向かって掲げられたセラフィナの両手に、高められた小宇宙が光の粒子となって集まる。

 それは、まるで夜空に浮かぶ星々の煌めき。

 

「――“スターダスト・レイン”!!」

 

 振り下ろされるセラフィナの両手と共に、星々の煌めきが流星と化して、この地に立つ全ての氷戦士たちに降り注いだ。

 

 

 

 

 

「正直に言えば、儂らもあの者たちの気持ちが……分からないわけではないのだ」

 

 氷戦士たちとの戦いが終わり、村人たちの手当ても終わった。

 幸いにして、彼らの中には重症と言えるものはおらず、治療を終えると各々が日常の生活へと戻って行く。

 セラフィナによって倒された氷闘士たちは、今は村から少し離れた所に集められていた。そこで彼女によって手当てを受けている。そこにはヤコフの姿もあり、セラフィナを手伝っていた。

 海斗に殴り倒された男だけは未だ目を覚ましていないが、それを除けば誰もが皆、まるで憑き物が落ちたかの様に大人しく従っていた。

 

 あの様子なら問題はないかと、海斗とフレイは村長から詳しい経緯を聞いているところであった。

 

「理由を聞いても?」

 

「古の盟約に縛られているのは我らも同じなのだ、若き聖闘士。この村に住むほとんどの者は知らぬことよ」

 

「察するに、貴方がたはブルーグラードの監視役、と言ったところですか?」

 

 フレイの言葉に村長が頷く。

 

「その使命を知る者は儂を含めてごく一部しかおらぬ。そして、もう一つが――」

 

「……氷の聖衣。永久氷壁に眠る白鳥座(キグナス)の聖衣」

 

「そこまで知っておるか。そう、あの氷の聖衣を真に相応しき者に託すことこそが聖域と交わした、もう一つの使命」

 

 そう言うと、村長は上着を脱ぎ、上半身裸になると海斗に背中を向けた。

 

「これが代々伝えられてきたモノよ」

 

 その背中には何かの所在を示す――地図が彫られていた。

 

「それで、あの氷の聖衣を与えられることとなったのは、お主か?」

 

「いや、俺じゃない。多分知っているだろうが――氷河だ。俺はあいつに聖衣を授けるように頼まれただけだ」

 

 海斗は懐からカミュから渡された手紙を取り出すと、上着を着なおした村長に手渡す。

 村長は、その内容を一瞥すると「氷河か」と、納得した様子で海斗へと返した。

 

「それで、今更なんだが。村長は氷河がどこにいるか知らないか? ブルーグラードがおかしな動きをしている以上、早いとこアイツに聖衣を渡したいんだが」

 

「うむ、それが儂にも分からんでな」

 

「ヒョウガを探してるのか? ヒョウガはこの三日間、村に帰ってきていないんだ。マーマのところにも姿を見せてない」

 

 氷河という言葉が聞こえたのだろう。

 海斗たちのもとにヤコフがやってきてそう言った。

 

「マーマ? よく分からんが、少なくともこの三日間は姿を見ていない、と?」

 

 うんと頷くヤコフ。

 少し、まずいかもしれませんね、と。ヤコフに聞こえないようにフレイが海斗に対して呟いた。

 かもな、と。海斗は頷くと氷戦士たちのもとへ向かう。

 

 手当てが一段落ついたのか、海斗に気が付いたセラフィナが駆け寄ろうと一歩を踏み出したところで――よろめいた。

 咄嗟にその肩を掴んで身体を支えた海斗であったが、「セラフィナ」と、声を掛けても反応がない。

 そういえば、癒しの力はかなりの消耗を強いたはずと、「大丈夫か」と、彼女の顔色をうかがおうと顔を近づけた海斗だったが――

 

「だ、だいじょう――あ痛ッ!?」

 

「んガッ!?」

 

 急に頭を跳ね上げたセラフィナの、意図せぬ頭突きをまともに喰らい、鼻を抑えて蹲る。

 超常の力を振う聖闘士とはいえ、油断したところに良い一発をもらえば……痛いものは痛い。

 

「あ、あ、あああ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

「……いや、いい。元気なら良いんだ、うん」

 

 あたふたと取り乱すセラフィナの姿を見て、海斗は内心ほっとしていることに気が付いた。

 氷闘士たちに見せた、あの時のあの様子。セラフィナであってセラフィナではなかった様なあの感覚。

 あれではまるで、ギガスと戦っていた時の、もう一人の自分の意識が浮かんだ時の己自身の様ではなかったのか、と。

 

(とりあえず、今は、そのことはいい。それよりも――)

 

 海斗は側にいた一人の氷闘士の前に立つ。

 

「聞きたいことがある。お前は、氷河という聖闘士の行方を知っているか?」

 

(こっちについては、状況はおそらく黒。最悪に近い)

 

「……知っている。ブルーグラードの地下牢に捕らえられていた。しかし、あの男は今頃――」

 

 

 

 ――処刑されているだろう。

 


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