聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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2021/2/21・27 誤字、脱字修正。ご指摘ありがとうございます。
2021/03/20 加筆修正


聖衣の墓場~あり得たかもしれない世界線~
第31話 想いを繋げ未来のために! 激突!! 海龍対翼竜!の巻 加筆修正版


 遥か神話の時代。

 海皇ポセイドンの統治のもと、栄華を極めた海底都市アトランティス。

 しかし、それも今や遠い過去。

 深い海の底で朽ちた建物が並ぶだけの滅びた都。かつての栄華は既に無く、人の営みもありはしない。

 静寂だけが支配するがらんどう。

 

 その永きにわたる静寂を打ち破る存在があった。

 冥王ハーデスの居城、空に浮かぶロストキャンバスへと向かうため、海皇ポセイドンの助力を求めてこの地に訪れたアテナの聖闘士(セイント)蠍座(スコーピオン)黄金聖闘士(ゴールドセイント)カルディアと水瓶座(アクエリアス)の黄金聖闘士デジェル。

 聖闘士の目論見を阻止すべく、そして海皇の遺産を手にすべく、冥王ハーデスの側近たる女帝パンドラと冥界三巨頭の一人、天猛星ワイバーンのラダマンティスが。

 そして、海皇の力によって世界の支配を企むブルーグラードの後継者にして、海闘士(マリーナ)としての力を得た海龍(シードラゴン)のユニティ。

 三者三様の思惑が混じり合う中、カルディアとラダマンティスが、デジェルとユニティがお互いの全てをかけてぶつかり合う。

 そうして混迷を極めた争いは、カルディアがラダマンティスを倒し、デジェルがユニティと和解したことで終わるかに見えたが、パンドラが海皇の遺産を破壊すべく放った一撃により、そこに込められた神の力が暴走したことで、誰もが意図しなかった終わりを迎えた。

 神の怒りを鎮めるため、神の力の器とされた女性と親友(ユニティ)を救うためにその身を犠牲にしたデジェル。

 希望を託されたユニティを、己の最期の力を振り絞って崩壊する海底都市から救い出したカルディア。

 

 残されたのは、神の怒りによって崩壊し、氷によって覆われた、静寂が支配する滅びた都。

 見上げる空に浮かぶ水の天蓋だけが、主なき都に未だ遺された神の力の威容を示していた。

 

 これは、今から二百数十年前の出来事である。

 

 

 

 

 

 己の内、心臓から感じる激しい熱と、指先から感じるほのかな温かさに、ラダマンティスはその閉じていた目をゆっくりと開けた。

 その視界に映るのは崩壊した海底都市と、それを覆い尽くした一面の氷によって生じた冷たい白銀の輝きである。

 神の怒りによって引き起こされた大洪水。その全てを凍結させるほどの圧倒的なまでの凍気。これを成したのが誰であるのかは考えるまでもない。

 

「……これ程とは、な。あの男(アクエリアス)も、ただの小虫ではなかった、ということか……」

 

 大洪水による破壊と、それを食い止めるために放たれた凍気の余波から身を守るため、自身を覆っていた冥衣(サープリス)の翼を開く。

 広げられた漆黒の翼からは氷の粒子が舞い散り、輝きに包まれて立ち上がったラダマンティスにはある種の幻想的な美しさがある。

 その彼の両手には、意識を失ったパンドラが抱きかかえられていた。

 

「パンドラ様は――ご無事か」

 

 胸元から確かに聞こえる呼吸の音に、そっと安堵の息を吐くと、ラダマンティスは油断なく周囲を見渡す。しかし、ここにはもう何者の気配も感じることは出来なかった。

 ギリ、と。

ラダマンティスが噛み締めた口元から音が鳴る。

 

あの男(スコーピオン)の熱に敗れ、あの男の熱によって命を拾う、か。なんと――」

 

 ――無様かッ!

 

 その手にパンドラを抱いていなければ、叫び狂っていたであろう。

 それほどの怒りが、屈辱が、ラダマンティスの身体中を駆け巡っていた。

 凍土と化したこの場から生じる冷気も、今の彼の内から生じる激しい熱を抑えることなど出来はしない。

 

 しかし――

 

「ご無事ですか、ラダマンティス様!」

 

「……バレンタインか」

 

 その自分を呼ぶ声に、振り向いたラダマンティスからは一切の激情が消え去っていた。そこあるのは冷徹な将としての姿であった。

 天哭星ハーピーのバレンタイン。冥王軍にあって数少ないラダマンティス直属の冥闘士(スペクター)

 この場に現れた彼の存在が、ラダマンティスの冥王軍としての、三巨頭としての矜持が、部下の前で己の無様を曝すことを許さない。

 

「パンドラ様は……お気を失っておいでですか。それに、ラダマンティス様もお怪我を――」

 

「俺の傷など、どうでもよい。そんな事よりも、お前はパンドラ様を連れてロストキャンバスへと戻れ」

 

「それでは――ラダマンティス様は、どうされるのですか?」

 

「俺には、まだこの場でやらねばならんことが残っている」

 

 ラダマンティスはバレンタインにそう告げると、この崩壊の中心地である海底神殿へとその視線を向けた。

 そこには、氷壁の中で互いに手を取り合う様にして眠る女性――海皇の力の器として死した身体を捧げられたユニティの姉であるセラフィナとデジェルの姿があり、その氷壁を護るかのように鎮座する水瓶座の黄金聖衣があった。

 

「聖闘士どもの目論見も阻止できず、パンドラ様にも傷を負わせ、黄金聖闘士の首の一つも取れなかった。ならば、せめて――」

 

 ――あの黄金聖衣だけでも、この手で砕いておかねばなるまい。

 

 それが戦士として恥ずべき行いであったとしても、ラダマンティスがその手を止める理由にはならない。

 

「そうだ、全ては冥王軍の……ハーデス様のために!!」

 

 その為ならば、いくらでも自分を殺す事ができ、どこまでも残虐に強くもなれる。

 それこそが、天猛星ワイバーンのラダマンティスであった。

 

 

 

 

 

 第31話

 

 

 

 

 

 パンドラを連れてバレンタインが去ったことで、この地に立つ者はラダマンティスただ一人。

 足元の凍土を踏み砕きながら、一歩、また一歩と、二人の眠る氷壁へと近づいていく。

 

「貴様らを小虫と侮っていたことは、詫びよう。認めよう、貴様らは冥王軍の脅威足り得た、と。だからこそ、次代への禍根はこの場で絶つ。聖闘士共にその黄金聖衣を遺してやるわけにはいかん」

 

 大洪水により海底神殿が崩壊する最中、意識を失ったパンドラの身を守ることを優先したラダマンティスは、その激流の中でデジェルがユニティに後を託し、己の全てを賭して神の力の暴走を抑えて見せたことを知っている。

 冥王軍の勝利のために、冥王ハーデスのために己の全てを捧げる。それを行動原理とするラダマンティスには、己よりも劣る者のためにその身を犠牲としたデジェルの行動が理解出来ない。

 

「封ぜられし海皇の力、その依り代となった娘、か。その娘に殉じたのか、水瓶座(アクエリアス)。しかし、それは戦士としては惰弱。貴様だけならば、あの状況でも生き残る術はあった」

 

 氷壁に近付くにつれ、そこで眠る二人の様子がよく分かる。

 

「我らと戦えるだけの力がありながら、貴様は――降りたのだ、この聖戦の舞台から。あのような男を生かして何になる? あの男の存在が、この聖戦に何を成すというのだ? 貴様のその命と釣り合うだけの価値があるのか?」

 

 目前に死が迫っていたにもかかわらず、どちらもが、心配することなど何もないと。そう受け取れる、そんな微笑みを浮かべていた。

 

「貴様も、その娘も、何を満足したような顔をしているのか。それは誤りよ。現に、今――こうしてアテナの聖闘士の最大戦力である黄金聖闘士が命を落とし、聖衣もまた失われようとしている」

 

 ラダマンティスが拳を構える。

 狙うは、水瓶座の黄金聖衣。

 

「せめてもの手向けだ。この“グレイテストコーション”を受けて――砕け散れ」

 

 腰だめに構えた右拳に漆黒の粒子が集まる。

 それは漆黒の翼竜の咆哮。それが解き放たれた時、全ては撃ち貫かれ、灰燼と化す。

 

「“グレイテストコーション”!!」

 

 その威力は黄金聖衣だけではなく、その背後の氷壁ごと消し飛ばすのだろう。

 

 果たして、その漆黒の散弾、黒い流星雨は――光り輝く障壁によって食い止められていた。

 それは、水の流れによって生み出された、水の天蓋に届かんとする程の巨大な壁であった。

 その壁が、ラダマンティスと黄金聖衣との間にそびえ立っていたのだ。

 

「……ほう、足掻くだけの力は残していたか」

 

 ラダマンティスは視線の先に光りを放つ小さな結晶の姿を捉えていた。パンドラによって砕かれたオリハルコンの僅かな欠片。それが光を放ち水の障壁を生み出していたのだ。

 

「曲がりなりにも神の器であったか。聖闘士共々お前の肉体は氷壁の中にある。ならば――」

 

 そして、その輝きを生み出したのは、海皇の鱗衣を身に纏ったセラフィナであった。彼女は苦悶の表情を浮かべながら、己の力をオリハルコンの欠片へと注いでいる。

 欠片の輝きが増すたびに障壁はその強度を増し、グレイテストコーションの威力を消し去っていく。

 

「なるほど。死してもなお、か。驚嘆すべきは神の力かその執念か。しかし、無駄なことよ。一撃を防いで見せたことは褒めてやるが」

 

 拳を解いたラダマンティスがそう告げる。

 セラフィナがグレイテストコーションの猛威を防ぎ切った時には、その姿は蜃気楼の様に揺らぎ、身体の末端からまるで糸が解きほぐされていく様に光の粒子と化していく。

 

「消えゆくその身でこれ以上何が出来る?」

 

「……あなたの言う通り、今の私は肉体に残されたほんの僅かな神の力によって生じた思いの残滓。それでも、だからこそ、私はこの聖衣を守ります。例え、ここで消え去ろうとも。この聖衣はデジェルの、地上に生きる人々の思いが詰まった希望なのです」

 

「そうか。ならば――その希望とやらと共に消え去るがいい、亡霊よ」

 

 ラダマンティスが拳を振い、セラフィナが防ぐ。

 水の障壁に叩き付けられたラダマンティスの拳から生じた力の余波が、大気を震わせ海底神殿を揺らす。

 水面に落とした雫が飛沫を上げて波紋を広げる様に、二度、三度と繰り返される度に、障壁は歪み、たわませ、飛沫を上げて削られていく。

 

「くっ、う、ううう……」

 

 ラダマンティスが言った「何が出来る」という言葉は正しい。

 いかに神の力を宿そうとも、彼女は心優しき娘でしかない。知識としての闘争は知っているが、それだけであった。

 障壁が、自身の存在が削り取られていこうとも、彼女に出来ることは、ただ耐えることのみ。

 それは、ただ結末を引き延ばすだけの無駄な行為なのかもしれない。

 

「――それでも!」

 

 それでも、と。

 何もしなければ、何も変わらないことを彼女は知っていた。

 たとえ耐えることだけしか出来なくとも、ではない。

 耐えることが出来るのだ、と。

 その先に何かがあることを信じて、彼女は己を盾とする。

 

 

 

 そうして、終わりの時は訪れた。

 

 パァン、と。

 風船が割れるような音が辺りに響き、水の障壁が弾け飛ぶ。

 拳を突き出したラダマンティスと、それを、膝をつき力無く見上げるセラフィナ。

 彼女の身に纏っていたはずの鱗衣は、その力の喪失と共に失われている。

 二人の頭上からは、飛散した水の障壁がまるで雨のように降り注いでいた。

 

「……終わりだ」

 

 力を失くした彼女は最早障害にならないと判断し、ラダマンティスがセラフィナの横を通りすぎ、水瓶座の黄金聖衣の前に立つ。

 己の必殺の拳にて完全なる破壊を。聖衣に向けて翳された手に漆黒の粒子が集まる。

 セラフィナがその間に両手を広げて立ち塞がったが、一瞥しただけでラダマンティスがその意に返すことはない。

 

 そのラダマンティスの目が驚愕に開かれた。

 

「グレイテスト――何ッ!?」

 

 自らと聖衣の前に立ち塞がったセラフィナの身体を、主なき水瓶座の黄金聖衣が覆ったことに。

 

「そんなっ、デジェルッ!!」

 

 驚愕したのはセラフィナもであった。

 聖衣からはセラフィナを守ろうとするデジェルの遺志を感じる。

 それは本来であれば喜ぶべきことであっても、今、この場においては――

 

「つくづく――惰弱!! 情のままに、大局を見誤るかアクエリアスッ!!」

 

 ラダマンティスの激情を駆り立てる結果となった。

 セラフィナには見せなかった憤怒の表情と、大気を震わせる咆哮を上げてラダマンティスがその力を解き放つ。

 

「“グレイテストコーション”!!」

 

 その瞬間、セラフィナの眼前に浮かび上がったオリハルコンの欠片から眩いばかりの光が発せられた。

 閃光が黒弾を光の中へと消し去っていく。

 ならば、と。閃光に怯むことなく、突き出されたラダマンティスの拳が、水瓶座の聖衣とは異なる黄金の輝きによって食い止められた。

 

「今度は何だ! 何ッ!? くッ、まさか――」

 

 それは鱗衣(スケイル)であった。黄金に輝く海龍を模した鱗衣。

 オブジェの形を成していた鱗衣が弾け飛び、瞬く間に人の形へとその姿を変える。

 

「こんなことがッ!? まさか、神の奇跡が起きたとでもいうのか!!」

 

 ラダマンティスの記憶にある限り、この地で聖闘士(アクエリアス)と戦っていた海闘士(シードラゴン)は、銀色の髪と青い瞳の青年――ユニティであった。

 しかし、今目の前で海龍の鱗衣を身に纏い立ち塞がった人物のマスクから覗く髪は黒く、開かれた瞼から覗くのは濃褐色の瞳。

 その視線の鋭さも、身に纏う小宇宙も、明らかに戦う者のソレ。

 

「――貴様、何者だ?」

 

「人に名前を尋ねる前に、自分から名乗ったらどうだ冥闘士(スペクター)? さて、まあ、でも……鱗衣(コイツ)を身に纏っているなら、こう名乗ろうか――」

 

 そして、その人物は――

 

「――海龍(シードラゴン)。海龍の海斗」

 

 ――ラダマンティスに対して、あんたの敵だ、と。そう告げた。

 

 

 

 海斗自身、この状況に戸惑いがなかったわけではない。

 むしろ、戸惑いしかなかった。

 ユニティの姿を見たことで思い出された過去の邂逅。そこで彼が語った過去と、未来を託す、と遺された言葉。

 どこかに飛ばされるのだろうと予想はしていたが、ホワイトアウトした視界に色が戻ったかと思えば、目の前にはまさに絶体絶命の窮地にあった水瓶座黄金聖闘士の姿。

 咄嗟に放ったエンドセンテンスで相手の技を相殺したかと思えば、全身が引っ張られるような感覚と共に視界には様々なモノが映り込む。

 

 それは氷に覆われたアトランティスであり、氷壁の中で眠るセラフィナに酷似した女性と、どこかカミュに似た青年。

 書庫の様な場所で語り合うユニティと二人の黄金聖闘士。

 冥闘士と対峙する水瓶座と蠍座の黄金聖闘士。

 

(これは――一体? 俺は何を見せられている?)

 

 海斗の戸惑いもよそに、次々と場面が移り変わっていく。

 水瓶座の黄金聖衣を纏った青年と、海龍の鱗衣を身に纏ったユニティとの戦い。

 星空を眺めながら語りあう二人の少年。

 水の障壁によって冥闘士から黄金聖衣を守る女性。

 

(記憶、か? それも、一人じゃない、これは――)

 

 二人の少年の手を取る笑顔の少女。

 震える女性の手を掴み、涙を浮かべるユニティ。

 神の力の暴走させた女性と、それを抑える水瓶座の黄金聖闘士。

 冥闘士の前に、その身を挺して立ち塞がった女性の身を覆う水瓶座の黄金聖衣。

 

 その、黄金の輝きに包まれた女性と海斗の目が合った。それは、海斗の気のせいであったのかもしれない。

 力を使い果たしたのか、光の粒子と化して消えゆく彼女が浮かべていたのは、驚愕と、安堵と、そして――慙愧の念。

 ここで何が起こり、そして自分が何を求められているのか。

 推察するに、彼女は責任を感じ、心配をしているということだ。

 選択したのは自分であり、そこに彼女が責任を感じることなど何一つない。そう言ってやろうかとも思った海斗であったが、それも違うかと考え直す。

 考え直したところで、気の利いた言葉など出るはずもなく。

 らしくはないとは思いながらも、旅の恥は掻き捨てだ、と開き直り、彼女に向けてハッキリと言った。

 

 ――あとは任せろ、と。

 

 その言葉に、セラフィナは儚くも笑みを浮かべると、ありがとうと言い残し、光の中へと消えていった。

 

 

 

「シードラゴン、だと? 海皇の兵たる海闘士(マリーナ)、その海将軍(ジェネラル)が、なぜ聖闘士の味方を、いや、俺の邪魔をする」

 

 突如として目の前に現れた存在に、ラダマンティスは警戒を引き上げた。

 自らを海龍(シードラゴン)と名乗った男は、周囲を見渡した後、背後の氷壁の中で眠る二人と水瓶座の黄金聖衣をじっと見つめている。

 いつの間にか、そう、この男が自分の前に姿を現したその時には、立ち塞がっていたセラフィナの姿は既に無く、聖衣も元のオブジェの形態に戻っていた。

 多少気にはなったがそれだけである。

 一見すると隙だらけであったが、男から立ち上る小宇宙には一切の揺らぎはない。

 ラダマンティスの戦士としての直感が、迂闊に動くなと警鐘を鳴らしている。

 

「……そこを退けシードラゴン。今は貴様ら海闘士に用はない」

 

「意外だな、問答無用で仕掛けてくるかと思ったんだが」

 

 苦笑をしつつ、振り返る海斗。その視線には油断なく、ラダマンティスの一挙一動をまるで観察している様でもあった。

 

「それで? 俺がここから退いたらお前はどうするんだ?」

 

 大げさに肩を竦めて見せるのは侮りか、誘いか。

 

「貴様には関係の無いことだ。もう一度だけ、言う。そこを退けシードラゴン。退かぬなら――」

 

 

 

 自身の身に纏われた海龍の鱗衣。

 目の前には傷付きながらも、闘志の衰えぬ冥闘士。

 

(やはり、この水瓶座(アクエリアス)はカミュじゃない。サダルスード(千年前の水瓶座)でもない。俺の知るセラフィナは、もっと子供っぽい。現代(いま)じゃないことは確かだが――)

 

「……そこを退け海龍。今は、貴様ら海闘士の相手をしている暇はない」

 

「意外だな、問答無用で仕掛けてくるかと思ったんだが……」

 

(どこかの地に飛ばされる、とは想像していた。しかし、時間軸を飛び越えた? あり得なくもない、か。俺がそうだしな。だが、最悪、世界線すらも超えたことを想定する必要があるか?)

 

「それで? 俺がここから退いたらお前はどうするんだ?」

 

 そこまで考えて、海斗は苦笑した。

 

「貴様には関係の無いことだ。もう一度だけ、言う。そこを退けシードラゴン。退かぬなら――」

 

 そんなことよりも、今は、目の前のこの状況を切り抜ける方が先だ、と。

任せろと言った以上、発言には責任を持たなければならない。

 

「退かせてみせる、か? 上等だ――」

 

 振りぬかれたラダマンティスの拳と、海斗の拳がぶつかり合う。

 

「――やってみろ!」

 

 ここに、二百数十年の時を超えた海龍と翼竜との戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ぶつかり合った海斗とラダマンティスの拳。

 無人の廃都に、ゴッ、と轟音が鳴り響き、衝撃の余波が氷原と化した周囲を砕き破壊する。

 鱗衣(スケイル)冥衣(サープリス)。ぶつけ合ったお互いの拳に亀裂を奔らせ、打ち負けたのは――

 

「ぬっ、ぐぅ!?」

 

 ――ラダマンティスであった。

 

「どうした? 膝に力が入ってないな、冥闘士!」

 

 拳を弾かれ、ラダマンティスの上体が開く。

 追撃の一撃に、腰を落とし、手を地に着いたラダマンティス。その崩れた体勢に好機と見た海斗が迫る。

 冥衣に刻まれた、無数の細かな鋭いナニかを撃ち込まれた様な痕。恐らくは、蠍座の黄金聖闘士と戦った痕跡だと海斗は見ていた。

 かつて、自身もギガスとの戦いで同様の攻撃を受けたことがあり、その小さな傷がどの様な影響を与えるのかを知っている。

 既に敵は満身創痍。ならば、一気に仕留める、と。

 

 その判断は、誤りではない。

 誤りがあったとするならば――

 

「冥界三巨頭……この天猛星ワイバーンのラダマンティスを――見縊るなッ! 聞くがいい、この翼竜の轟を!!」

 

「なッ!? しまった! コイツ――体勢を崩したんじゃない!! これは、構えかッ!?」

 

 ――目の前の敵が、ラダマンティスであったこと。

 

「ちぃッ!!」

 

 己の失策、判断の甘さに海斗が舌を打つ。

 回避は――出来ない。

 自分の背後には託された聖衣がある。

 

 迎撃するか?

 

 間に合わない。

 

 ならば――受け止める。

 海斗の脳裏にイメージするのは決して揺らがぬ黄金の猛牛の姿。

 

 覚悟を決めた海斗に対して、己自身を漆黒の弾丸と化したラダマンティスが咆哮した。

 

「串刺しにしてやろう! 受けろ――“グリーディングロア”!!」

 

「ぐっは――!?」

 

 ドゴォン!!

 

 翼竜が海斗を捉え、その一撃が直撃する。

 余りの衝撃に海龍のマスクが吹き飛び、鱗衣の胸部には亀裂が奔る。

 そのまま勢いを殺すことなく、冥衣の兜にある二本の角が鱗衣を貫き、海斗の口から、傷口から鮮血が飛び散った。

 

「その背の黄金聖衣ごと、諸共に砕け散るがいい!!」

 

 海斗の身体ごと、凍土を破壊しながら黄金聖衣と二人の眠る氷壁へと翼竜が突き進む。

 凍土が砕け、むき出しとなった海底神殿の石畳に、踏みしめた海斗の両足によって刻まれた二本の線が刻み付けられていく。

 氷壁の、黄金聖衣の破壊は目前。

 

 そうして、目標まであと僅かといったところで、翼竜の突進が、ラダマンティスの勢いが止まった。

 ビシリ、と。

 海斗に抑えられた冥衣の両肩から小さな音が鳴ったかと思えば――バゴッと音を立てて、黒い輝きを撒き散らしながら冥衣の肩当てが圧壊する。

 砕かれた冥衣の隙間から、生身を曝したラダマンティスの両肩を海斗が掴んだ。

 

「何っ!? 貴様……」

 

「――お前こそ、舐めるなよ?」

 

 口元から血を流しながらも、そう微笑みかけてくる海斗の姿に、ゾクリ、と、ラダマンティスの背筋に冷たいものが走った。

 刹那、下から加えられた衝撃にラダマンティスの視界が揺れ、次いで、その身が天高く打ち上げられていた。

 

「“レイジングブースト”」

 

 一撃目は、頭部を狙った膝蹴り。

 二撃目により、蹴り飛ばされた。

 天翔ける天馬の蹴撃。

 視界に映る海の底、海底都市の水の天蓋を眺めながら、ラダマンティスは己の状況を把握する。

 先の一撃で兜は弾き飛ばされ、両肩は破壊された。

 蠍座によって撃ち込まれた熱は、今も全身を駆け巡り、この身を焼き尽くそうとしている。

 ラダマンティスは冥衣の翼を翻し着地した。

 それだけの事で全身に激痛が走る。

 しかし――

 

「問題は、ない」

 

 自分を見据える目の前の男に向け、己の意思に従ってこの足は動く。

 

「何の問題も、ない」

 

 右手も、左手も、動く。

 猛る闘志に一切の衰えはない。

 

「――ならば! 何の問題もないということだ!!」

 

 咆哮するラダマンティス。

 その漆黒の小宇宙に陰りは見えず、むしろ、勢いを増すかのように燃え上がる。

猛る小宇宙は両翼を広げたワイバーンの姿をその背に浮かび上がらせていた。

 

「来るか、シードラゴン!!」

 

 ラダマンティスの目が、海斗から立ち上る激流の様な小宇宙に大海の魔獣――海龍の姿を見た。

 海龍の周囲に浮かび上がる水が大海の如く広がり、風を纏って荒れ狂い、嵐と化して吹き荒れる。

 流水へと変質した小宇宙が、海斗の突き出された両手の前に渦となって収束していく。

 

 ラダマンティスの両手の前に、漆黒の粒子が集まり、収束されたそれは、まるで臨界を迎えたかのように膨張し、抑えきれない漆黒の粒子が荒れ狂う。

 漆黒の翼竜が大きく羽ばたき、その口腔から破壊の力が解き放たれる。

 

「塵一つ残さず全てを吹き飛ばせ! この翼竜の咆哮と共に!! “グレイテストコーション”!!」

 

「受けろ! 大海の魔獣、幻想の王の咆哮を!! “ハイドロプレッシャー”!!」

 

 黒と青。ぶつかり合う二つの力を前に、海底都市が揺れた。

 

「ぬぅおおおおおおお――オオォオオオオオオオオ!!」

 

「くぅうううっ――が、あ、アアアアアアアアアッ!!」

 

 拮抗し、互いを食らい合い、せめぎ合う力の余波が、嵐を伴って海底都市を蹂躙する。

 神の力によって施された結界に綻びが生じ、穴の開いた天蓋からは大海の水が滝となって降り注ぎ、海底都市を濡らしていく。

 

 

 

 

 

 そんな光景も、今の二人には目に入らない。

 ただ、打ち倒すべき敵として、お互いの姿しか見えていない。

 

 だからこそ、二人はこの第三者の登場に気付く事が出来なかった。

 海底都市の高みから二人の戦いを眺めていた存在に。

 

「フン、ラダマンティスめ。随分と楽しそうではないか? なあ、お前もそうは思わないかバイオレート(我が片翼)よ」

 

「……ですが、アイアコス様。今優先すべきは――」

 

「フフッ、まあそう言ってやるな。我らにとっては久しぶりの闘争だ。はしゃぐ気持ちも分からんでもない」

 

 一人は、その背に、天に向かって広げられた翼をもった冥闘士――冥界三巨頭が一人、天雄星ガルーダのアイアコス。

 そして、その横に傅くのは、左肩に巨獣の顔を模した冥衣を纏う女――天弧星ベヒーモスのバイオレート。

 

「だが、お前の言う通りでもある。ならば、そろそろ終わらせてやるか」

 

 アイアコスが差し出した左腕にバイオレートがその身を委ねた。

 一度、彼女の身体を強く抱きしめたアイアコスは、バイオレートの身体を抱いたまま、その左腕をゆっくりと振りかぶる。

 

 コクリと、うなずくバイオレートの姿に笑みを見せ、アイアコスがバイオレートを――投げ放った。

 

「“ガルーダフラップ”!!」

 

 大地の魔獣(ベヒーモス)が、空を飛翔する。

 

 

 

「さあ、行け、我が片翼よ。奴らに、お遊びの時間は終わりだと伝えてやれ」

 


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