聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版 作:水晶◆
この世に邪悪がはびこる時に現れるという希望の闘士――聖闘士。
神話の時代より彼ら聖闘士は女神アテナを守り、そしてアテナと共に地上の平和を脅かそうとする神々や邪悪な存在と人知れず戦い続けていた。
彼らは、人の内に眠る小宇宙という核を燃やし爆発させることで、原子を砕く人知を超えた破壊の力を生みだすのだ。
その拳は空を裂き、大地を砕く。まさに一撃必殺の力。
それ程の超常の力を持った存在が聖闘士であるが、逆に言えば聖闘士の戦うべき敵は、それ程の力を持たなければ立ち向かえない存在であるとも言えるだろう。
それ程の力を持った存在――海斗とラダマンティスが繰り広げる戦いは、驚く程にシンプルなモノとなっていた。
ハイドロプレッシャーとグレイテストコーションの激突によって生じたクレーターをリングとしての、お互いが手を伸ばせば届く、そんな距離でのまるでボクシングの様な殴り合いであった。
無論、お互いの拳は一撃必殺。先に当てた方が勝ちとも言える状況に、お互いが紙一重の回避を見せ、隙あらば致命の一撃を狙い合う。
そうして、先に崩れたのはラダマンティスであった。
元々、蠍座の黄金聖闘士カルディアとの戦いで消耗していたラダマンティスである。また、全身に撃ち込まれたスカーレット・ニードルの影響も大きかった。
「ぐッ!?」
「もらっ――!?」
しかし、海斗もそこで攻め切る事が出来なかった。
ラダマンティスによって貫かれた胸の傷の影響である。
結果として、お互いが隙を曝すも攻めきれず、海斗の右拳をラダマンティスの左手が、ラダマンティスの右拳を海斗の左手が受け止める形で膠着することとなった。
だが、それも一瞬。
ゴッ、という鈍い音が周囲に響くと、両者の足元がクレーターを穿ち、そこにさらなる陥没を生み出していた。
「ぬ、ぐぅううううううううう!!」
「ぐ、あぁあああああああああ!!」
二人が選択したのは奇しくも同じ――頭突きである。
マスクも兜もない、むき出しの生身の箇所。
額から血が流れるのも構わず、文字通り、額を突き合わせて睨み合う二人。
再び膠着した状況を動かしたのは――
「天孤星ベヒーモスのバイオレート――参る!」
轟音と共に突如として現れた
西暦1743年。
同時刻、聖域――慰霊地の丘。
藍色の空が闇色を伴って広がりを見せ、沈みゆく陽の光は、空に浮かび上がるロストキャンバスの雲海をまるで燃え上がるかの様に照らしている。
冥王ハーデスとの決戦を前に厳戒態勢となった聖域にあって、十二宮の最奥にあるアテナ像を臨めるこの場所だけは、まるで世界から切り離されたかの様な静寂に満ちていた。
「昼と夜の狭間――逢魔が時、か」
迫りくる闇の中にあっても、決してその輝きを失わぬ黄金の鎧――
やがてはこの聖域を治める教皇となる人物であるが、その運命は今ここで述べるべきことではない。
さて、彼は今、アテナの聖闘士としてではなく、この時代ただ一人の聖衣の修復士としてこの場所にあった。
彼の周りには無数の傷付いた聖衣があり、その多くは大破と言える状態である。良くても中破、そこに軽微な傷等と言える様な状態の物は一つとして無い。
全ては、この聖戦で倒れていった聖闘士たちと、その最期まで共に在ったことの証であり、次代へと、未来へと紡がれる絆の印。
シオンの手が、傷付いた聖衣にそっと触れる。
――ドクン、と。
シオンには聞こえていた。
聖衣たちの鼓動が。
主を失くしてもなお戦い続けようとする声が。
今までの主のため、次の主のために生き抜こうとする声が。
そして、聖衣に託された聖闘士たちの想いの声が。
だからこそ、シオンは彼らの願いに応えると決めていた。
決戦のその時が来るまで、この場所で彼らの傷を癒し、向き合うのだ、と。
そんなシオンが、ふと、何かに気付いたかの様に、聖衣たちに向けていたその視線をゆっくりと上げた。
足音もなく、気配もなく。
闇夜に浮かび始めた星々の輝きをその背に受け、ただ、彼は――そこにいた。
「魔に逢うと呼ばれるこの時に、まさか貴方に出逢うことになるとは――
『フッ、私は既にこの世ならざる場所に在る者。であれば、この時に迷い出たとして、何もおかしなことなどあるまいよ』
黄金に輝く聖衣を纏った、盲目の黄金聖闘士。
冥王の加護ある限り不死となる冥闘士と有限の命の聖闘士が対等に戦うために、彼は己の全ての小宇宙と引き換えにして冥闘士の魂を封じる108つの珠からなる数珠を完成させる。
そして、今生の
その彼が、今こうして目の前にいることにシオンは驚きを隠せない。
『とはいえ、所詮この身は一時の幻に過ぎん。あの空に浮かぶロストキャンバスが示す様に、冥王の力がこの地上に色濃く表れ、生と死の境界が歪んだが故の、言わば泡沫の夢の様なモノ』
「……アスミタ?」
生来盲目であり、常にその目を閉じていたアスミタがその両目を開き、険しい表情を浮かべてロストキャンバスを見つめている。
彼は、他者との関りを殆ど持つことなく、常に超然とした態度を崩さなかったがゆえに、同じ黄金聖闘士からも何を考えているのか分からない男、敵か味方か分からない男とまで言われていた。
その彼が今、シオンの前で表情を変えている。そのことに、シオンは何と――人間らしいことか、と。場違いなことを考えた。
『シオンよ、君は聖衣の声が聞こえるのだったな?』
視線をシオンへと向けたアスミタが振り上げた右手が天を指し示す。
指先から淡い輝きが光輪となって放たれ、その輪が波紋の様に周囲へと広がる。その光の中心から現れたのは、最早死んでいるとしか思えない程に破壊された聖衣であった。
『全ての小宇宙を昇華させ、ジャミールの地で消えゆく筈であった私の意識に呼びかける者があった』
「それは!? その聖衣は……まさか!」
『不思議なことにな、この身となって、より鮮明に聞こえるようになったのだ』
それは、脚を失い翼も折れ、その身を地に臥した歴史の闇に消えたもう一つの天馬。
今より七百年以上も昔、アテナの聖闘士でありながら、海皇ポセイドンの
シオンがいくら触れようとも、語り掛けようとも、何一つ語ることのなかった
「
『シオンよ、この聖衣の声、君にはどう聞こえる? 私には、こう聞こえるのだ――今再び戦う時が来たのだ、と』
その聖衣が、今、シオンの目の前で青白い小宇宙を纏わせて立ち上がる。
その小宇宙に、青い瞳の青年の姿をシオンは見た。
青年が子馬座の聖衣を身に纏い、シオンの知らぬ双子座の黄金聖闘士と共に戦う姿を。
そこには、隻腕の牡牛座と、天秤座の黄金聖闘士の姿もあった。
そして、彼らが対峙する敵の姿も。
「な、何だ――この聖衣の記憶は!? 彼らは、一体何と戦っているのだ!」
黒い水が広がり、水はやがて海となる。
海はさざ波を広げ、大きく波打ち――形を成す。
成されたのは、黒き衣に身を包み、光輝の鎧を纏いし人の形。
それは、最古の神。
大地母神より生まれし原初の神々。その一柱。
『この聖衣の由来に興味はない。しかし、この聖衣の語る言葉は興味深い。このまま捨て置けば、この聖戦、どのような結末になるのか想像もつかん』
「アスミタ……貴方は……」
『シオンよ、やがてある男が動く。彼は銀河の星々をも砕く程の力を持つ。この聖戦の、アテナの力となってくれるだろう。何、多少口が悪いところがあるが、あれで人見知りなのだ』
フッ、と、アスミタが微笑んだ。
それは、シオンが初めて見るアスミタの笑みであった。
『為すべきを成した。そう思っていたのだがな。しかし、今の我が身は泡沫の夢。夢ならば、ただ我の想うがままに振舞うのも一興よ』
――この
第32話
腰まで伸ばされた黒髪を振りかざし、轟音と共に自らが降り立った――海斗とラダマンティスが組み合っていた――場所に、十字の傷跡を刻み付けたバイオレートが海斗に向かって疾走する。
「チィッ!」
ラダマンティスを追い詰めていた海斗にとって、招かざる第三者の登場である。
あと一歩のところで、と。思わず出た舌打ちと共に、海斗が二人から距離を取ろうとした瞬間、ラダマンティスともバイオレートとも異なる、新たな――巨大な攻撃的小宇宙を感じ取った。
「何だ、この小宇宙は!? ぐぁあああああああああ!!」
それが何かを確認する間もなく、本能のままに従って両腕を交差させ防御の態勢となり――海斗が熱を認識した時には、既にその身は地獄の業火に包まれていた。
「名乗ってやろう。冥界三巨頭が一人、天雄星ガルーダのアイアコス」
上空から、その背に炎の翼を広げたアイアコスが笑みを浮かべながら舞い降りた。
「貴様の身を包むのは“スレーンドラジット”。全てを焼き尽くす
迦楼羅とはインド神話における神鳥ガルーダが仏教に取り込まれた際の名であり、口からは金の火を吹き、赤い翼を広げるとされる。
燃え盛る火柱の中の海斗にバイオレートが迫る。
彼女は自分自身にも炎が移ることを一切構わず、炎の中へとその拳を突き立てた。
「これで終わりか。呆気ないものよ」
もはや興味なしと、アイアコスがラダマンティスへと視線を向ける。
果たして、ラダマンティスの表情に変化はない。依然として――変わらぬ闘志の炎を宿らせたまま、その視線は燃え上がる炎の柱から外れてはいない。
「……来るぞ」
ラダマンティスのその呟きに、アイアコスは何が、と問い返すことはなかった。
背後から感じる異様な小宇宙の高まりに振り返れば、海斗とバイオレートがいた場所に巨大な水の柱としか形容できない何かが螺旋を描き立ち昇っていたのだ。
――“ホーリーピラー”!!
「ッ――小癪な!」
その光景に、アイアコスの表情から笑みが消えた。
水の螺旋は海斗の身を包み込んでいた迦楼羅の炎すら消し飛ばし、大海の大渦に飲み込まれた小舟の様に、渦に巻き込まれたバイオレートの身体を蹂躙する。
「それは隙だ、シードラゴン!!」
そこに、ラダマンティスが好機とばかりに仕掛けた。
「ガァアアアアアアッ!!」
グリーディングロアの加速をもって、ホーリーピラーの破壊の渦へと突撃したのだ。
皮膚が切り裂かれ、冥衣が砕けるのも構わず、渦を突き破って海斗に迫り――ラダマンティスが吼えた。
「吹き飛ぶがいい! 受けろ!! “グレイテストコーション”!!」
ホーリーピラーが水の飛沫となって弾け飛び、砕け散った鱗衣の金色と、鮮血の赤が舞い散りラダマンティスに降り注ぐ。
至近距離からの直撃を受けた海斗の身体が黒い散弾と共に吹き飛ばされ、セラフィナとデジェルの眠る氷壁へと叩き付けられた。
「ぬッ……ぐぅっ……」
だが、呻き声を上げ、ラダマンティスもまた膝をついていた。
戦う意思はあれども、肉体に刻まれた深いダメージが、海斗への追撃を許さなかったのだ。
ラダマンティスの手が胸元を抑えており、冥衣が脇腹から袈裟掛けに砕かれていた。それは、ホーリーピラーによって負った傷ではない。
「――シードラゴンッ!!」
ラダマンティスの放ったグレイテストコーションが海斗の身体を捉えたように、ホーリーピラーを崩された海斗が咄嗟に放った一撃――レイジングブーストがラダマンティスを捉えていたのだ。
ギリ、と、ラダマンティスの噛み締めた口元から血が流れる。
憤怒に燃える瞳に映るのは、氷壁に手をつき、ふらつきながらも立ち上がる海斗の姿。
「……そのまま倒れていればいいものを……」
不意に、ラダンマンティスの視界が赤色に染まった。
見れば、迦楼羅の炎を背に広げたアイアコスがそこにいた。そして、その前には決して軽くはない傷を負ったバイオレートが、主を守るためと気炎を吐いて立つ姿も。
「なるほど。いや、実に大したものだ。海闘士の力、どうやら見くびっていたらしい。だが、それもここ迄よ」
アイアコスはバイオレートの肩に触れると、その右手を海斗へと差し向けた。
視線は定まっておらず、自力では身体を支えることも出来ないのか、海斗は両手で己の身体を抱きしめながら、その背を氷壁へと預けている状態であった。
その身を守るべき鱗衣の多くが砕け、もはや鎧としての用を成してはいない。
「事ここに至っては、もはや貴様に打つ手はあるまい。黄金聖衣とその背の躯ごと、砕け散るがいい」
行け、と。
アイアコスが右手を下ろす。それを合図にバイオレートが突撃した。
突撃した――はずであった。
大気が震え、ドン、という音が鳴り響き、気付けばバイオレートが後方へと弾き飛ばされていた。
咄嗟に両手両足を地面に着き、亀裂を走らせながらもどうにか体勢を立て直したバイオレートであったが、その表情からは困惑が見て取れる。
「これは……まさか……」
氷壁にもたれ掛かる海斗の姿に変わりはない。
立ち上がったラダマンティスが海斗へと迫り――再びドン、という音が鳴り響くと、今度はラダマンティスが弾き飛ばされていた。
海斗の姿に変わりはない。
瞼は閉じられ、両腕を組んで立っているだけだ。
翼を広げ、身を翻して着地したラダマンティスがアイアコスへと視線を向ける。
アイアコスもまた頷くと、バイオレートに視線を向けラダマンティスと共に海斗へと攻撃を仕掛け――全身を襲う衝撃に弾き飛ばされながら、何が起こったのかを理解した。
「奴は、死に体などではない。あれは構えだ! 東洋の術理――居合か!!」
「やはり! これは
「……まだ、こんな隠し玉を持っていたか! だが――」
先に仕掛けたラダマンティスとバイオレートの陰に隠れる形となったアイアコスは、故に、二人よりもダメージは小さく、素早く体勢を立て直すことに成功する。そして、勝利を確信した。
「底が見えたな! 所詮、
アイアコスのその声を、どこか遠くに感じながら海斗はただ己の小宇宙を高めていた。
ラダマンティスだけならば何とかなった。バイオレートが加わっただけならば、恐らくは何とか出来ただろうとは思っている。
しかし、アイアコスも相手に、三対一をどうにか出来たと思えるほど自惚れてはいない。
事実、こうして敗北寸前にまで追い詰められている。
(そうだ、それでいい。俺を警戒し、俺に集中すればいい。三対一だ。悪いが、勝利条件を変えさせてもらう)
ここで、三人を倒す事ができれば良かったのだが、この状況では奇跡でも起きなければ無理だろうとも理解している。
ならば、次善を狙うだけ。
そのための準備は既に終えている。後はタイミングだ。奴らが気を抜くであろう、その瞬間を待つだけでいい。
例えここで自分が倒れたとしても、背後の黄金聖衣を守り切れればある意味で勝ちだ。
(だからって、すんなりと死んでやるつもりもない。やれるとこまでは――やってやるさ。徹底的に、だ)
海斗がそう思考した、その時であった。
すさまじい揺れが襲い掛かり、天地の感覚が喪失したのは。
光速拳による居合。
それは、使い方を変えれば後の先を取る圧倒的な拳速が生み出す鉄壁の防御陣と化す。
間合いに踏み込んだものは、なす術もなく打ち砕かれる。
「だが、それも担い手が万全であればこそ。牡牛座の拳に比べれば――軽い!」
そう叫び、バイオレートが先陣を切った。
襲い来る衝撃によって冥衣が軋みを上げる。
頭部や胸部を覆う装甲は既に砕け散っており、鍛え上げられた肉体と、刻まれた無数の傷跡が晒されていた。
それを意に介すことなく、彼女は衝撃の猛威の中を突き進む。
彼女にとっては、アイアコスに尽くす事こそが全てであり、そのためならばその身を砕かれることも厭わない。
爛々と目を光らせたバイオレートが海斗に迫る。
迫り、迫り、迫り――
―――捉えた、と。襲い来る衝撃の中で、バイオレートが獰猛な笑みを浮かべた。
振り上げた左足を振り下ろすと、まるで、巨大な杭で打ち込まれたかのように地面が砕け――
「“ブルータルリアル”!!」
バイオレートを中心として、巨大な地震が発生した。
踏み砕かれた地面がめくれ上がり、次々と吹き上げられていく。それは大地の魔獣の咆哮であった。
瞼を開いた海斗の瞳に映ったのは、大地を踏み砕いたバイオレートの姿と、ガルーダの冥闘士の背に浮かぶ巨大な三つの瞳。
その瞳が自分を捉えたと認識した瞬間、放たれた強烈な眼光が海斗の目から脳へと伝わり、全身を焼き尽くす様に駆け巡る。
「――“ギャラクティカデスブリング”。この銀河の巨眼の前には、いかなる力も無力よ」
アイアコスがそう語るが、膝から崩れ落ちる海斗には聞こえてはいなかった。
「決して逃れられぬ眼光に、貴様の神経は焼き尽くされた。ボロボロに、な」
海斗の身体から、五感が急速に失われていく。
高められた小宇宙が霧散し、意識と共に周囲へ溶け込むように消えていく。
認識すべき全ての境界が曖昧になり、薄れゆく自我はその形を失い、自分が何者であるのかでさえ分からなくなる。
「我ら三人を相手によく持った、と褒めてやろう。だが、いささか荷が勝ちすぎた様だな」
消えていく。
音も光も、何もかもが消えていく。
やがては、この内に感じる命の熱も消えていくのだろう。
(駄目だ、それは――駄目だ)
――どこかで誰かが呼んでいる。
(この熱は、この熱だけは消すわけにはいかない)
――ダレかがダレかを呼んでいる。
(ああ、これは……。そうか、そこにもあったのか――)
今にも消え入りそうなソレは、ほんの僅かな金色の灯火。
だが、その僅かな灯火は確かな熱を伝えてくる。
まだだ、まだ消えるなと。
熱く燃え上がれ、と。
「そうだ、まだ燃やせるモノがあるなら――燃やさねぇとな」
その言葉は唐突だった。
もはやこの地で動くものはこの三人しかいないと、そう認識していた冥闘士たちにとって。
彼らが振り返れば、海底神殿の柱にもたれ掛かる様にして立っている黄金の輝きを身に纏った人物の姿がそこにあった。
そして、その声に、その姿に最も大きな反応を示したのがラダマンティスである。
その目が驚愕に見開かれていた。
「貴様ッ!!
「よう
砕かれた右腕は力なく垂れ下がり、今にも崩れ落ちるのではないか、そう思わせるほどに衰弱した姿を見せる蠍座の黄金聖闘士カルディア。
しかし、その身から立ち上る小宇宙は、先に相対した時と同じか、それ以上のものをラダマンティスに感じさせる。
そして――
『三人相手では荷が勝つと……ならば、三対三ではどうかね?』
静かな、しかし、明確な圧を持ったその声と共に、海底神殿を光輪が照らした。
その光の中央から、新たなる黄金の輝きが現れる。
それは、質量すら感じさせる程の圧倒的な小宇宙を放ち、冥闘士たちの動きを止めた。
「……チェシャからは貴様は死んだと聞いていたのだがな。化けて出たか
『化けて出るとは、おかしなことを言う。それは君らのことであろうよ、冥闘士』
忌々し気に、吐き捨てる様なアイアコスの言葉にそう返すと、アスミタが倒れ伏した海斗の側へと降り立った。
右の掌を握り、ゆっくりと開けば、そこから無数の花びらが舞い散り、それらが集まって一つの形を成す。
一陣の風によって花弁が舞い上がり、大気へと溶けて消えた。
そこに現れたのは、エクレウスのレリーフが刻まれた聖衣箱であった。
『君も、そうやっていつまで寝ているつもりかね? 君の半身はまだ欠片も諦めてはいないというのに』
狭まった視界に映る聖衣の箱。
海斗の伸ばされた手が、聖衣箱に触れる。
舞い上がる天馬のオーラが青白い炎となって海斗の身体を包み込む。
黒い髪はブロンドに染まり、色彩を失っていた瞳は本来の濃褐色から澄んだ青色へと。
額に、腕に、胸に、足に。
エクレウスの聖衣から発せられる純白の輝きが、まるで光の衣を纏わせるかの様に海斗の身体を覆っていく。
海斗の身体から立ち昇った白と青の小宇宙が、螺旋を描き巨大な光の柱へとその姿を変える。
青と白が交じり合い、混じり合う。
二つの色が一つになる。
それは空の青。スカイブルーのようであり。
それは海の青。アクアブルーのようでもある。
五感を喪失したはずの海斗が、迸る自身の小宇宙が生み出した光の中でゆっくりと立ち上がった。
それは、かつてギガスとの戦いの中で起きた奇跡の再現であった。