兎を助けるのは女神じゃなくても間違っていないのではないだろうか   作:わんこたろう

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九日前に投稿した第一話について。


まだ一話しか投稿してなかったにも関わらず、もう評価がっ!
しかもまさかの「10」!
ありがたい限りです!


とっても嬉しいのですが……(=公=; ナゼニ?


花咲かないダンジョンの道、兎さんに出会った

 どこまでも大きく広がる森林全体を、深い闇がつつみこんでいる。

 最初の一本が芽吹いてから千年以上。今はもうそれがどの一本なのかも分からない。ひょっとしたら、すでにその形すらも残っていないかもしれない、それ程に緑豊かな森。風もないため、波の一つも立てずに凪いでいる雄大な湖。そこから何本も細く流れ出す小さな川の数々や、そこを訪れる生物たち全ての食物連鎖の始発点となる花や果実。

 多くの木々が立ち並ぶ、そんな大自然の奥。鬱蒼と生い茂る緑を掻き分け進んだその先、森が開けたその場所から、焚き火のオレンジ色が漏れてくる。

 意図的に間隔をとって並べられた大小様々なテントや天幕。ぽつりぽつりと点在する篝火。簡易式の物置として設置されたテントの周辺には、内部に入りきらなかったのか、使用頻度の高さからわざと外に置かれているのか、細々とした物品が所狭しと並べられている。忙しく、頻繁に人が出入りしているようなテントもあるかと思えば、まもなく始まる不寝番に備えて仮眠をとっている者の(いびき)が、外まで漏れているようなテントもある。

 

 そんな、控えめに言っても大がかりなキャンプ地のど真ん中を、一人の少女が裸足でテテテと軽快に駆けていった。

 

「ティオナさん!」

 

 セミショートの髪に、比較的珍しい褐色の肌。アマゾネス特有の、どちらかと言えば露出部の方が多い、白い民族衣装という、本人を知っていれば即座に誰かを特定できるような姿が視界に入って、一人の青年が少女に声をかける。呼ばれた少女はと言えば、その場で片足立ち状態でブレーキをかけ、「ん?」と首を傾げながら振り返ってみせた。

「また湖にでも行ってくるつもりっすか?」

「うん、食後の水浴び! ラウルも来る?」

 無邪気に頷いて見せ、あろうことか同行を申し出てくるティオナに「行かないっすよ!?」と、きっちりツッコミを入れてから、ラウルは困ったような表情を浮かべる。

「勝手に行ったら、また前みたいに行方不明扱いになるっすよ!? せめて、誰か女性団員を……」

「へーき、へーき! ちょっと行ったらすぐ帰ってくるよ!」

「それにしたって、ちゃんと見張りとかいないと……」

「じゃあラウル、お願いね?」

「見張りの意味がないっすよね!?」

 乙女の水浴びというものに対する男女の認識が、自分と相手とで完全に逆転している状況に、ラウルがほとんど悲鳴に近い声をあげる。そんな様子がおかしいらしく、ティオナはひとしきりからからと笑うと「んじゃね~」とだけ言い残して、ものすごいスピードで駆け出して行ってしまった。ラウルが改めて制止しようと手を伸ばしたころには、すでに彼女の背中は、彼では追いつけないほどに遠ざかっているのだった。

 ラウルの制止を振り切った(と言うか、制止を受けたことに気付いてすらいない)ティオナは、ツバメが滑空するかの如く、すいすいとキャンプ地の中を進んでいった。規模に対して決して余裕たっぷりとはいえない場所を、すれ違う団員たちを危なげなく避けながら。

 昼間に(おこな)った戦闘の数々と、この階層に上がってくるまでの大移動の疲れなどを微塵も感じさせない足取りに、メンバーの中でも古参の、比較的高レベルな者たちは、見慣れたものとして苦笑を浮かべる。それ以下の団員は「どこにまだそれだけの元気が……」と、信じられないものを見てしまったかのように表情を固めていた。

 向けられる視線をことごとくスルーしながら進んでいたティオナは、ふと、中央の一際大きい天幕を過ぎた所で、足を止めた。聞くとはなしに耳に入ってきた二人の人物の会話に、音のする方へ目を向けると、

 

「さあ、団長! あちらに、わ・た・し・とのテントを用意してありますよ!」

「いや、だからね……今日は僕も交代で本営に詰めてなきゃいけないんだけど……」

「団長が今日までの遠征でお疲れだと思って、三十五階層で採れた薬効のある香草を焚いて、ぐっすり安眠できるようにしてあります!」

「……ティオネ、僕の話を聞いていたかい?」

 

実姉が絶好調だった。

 

 自分と同じアマゾネスという種族で、これまた同じ小麦色の肌。形や色こそ違えど、どちらもアマゾネス製の装飾品と、やはり(他種族からすれば)露出部多めの衣服を身に着けているところまで、大まかな目鼻立ちまでもがとても似通っている双子の姉。

 ただ一点。最も分かりやすい外見上の特徴もあるのだが、これについては自分から触れたくないし、考えたくない。

 姉妹共に初対面の人間が、自分たちの顔を見比べて「おぉっ……」と、そっくりな人相に僅かな驚きを見せた直後に、わずかに視線が下の方に(具体的には胸元部分に)移動した瞬間に「あぁ……」と、何やら納得したような感じになっている気もするが、それは、紅白で分かれている衣装のトップの部分を見て区別がついているのに違いない。

 その昔、とある獣人の無神経狼(ベート)が、変態に……もとい、大変に失礼極まる暴言を吐いていた気もするが、そんなこととは無関係なのだ。

 

 

……誰が何と言おうとそうだもん………………。

 

 

 うっかり涙を浮かべそうになる思考を、頭を振って追い払い、想い人ににじり寄る姉に目を向ける。

 自分が知る姉の本性からではおおよそ想像できない、と言うより想像したくない程の“しな”を作り、喜色満面に溢れている。翻って小人族(パルゥム)の我らが団長様はと言えば、隠しきれない苦笑を滲ませて頬を掻きながら、それでもどこかしら慣れたようにやんわりとスルーし続けているのだった。

 

(よくやるよねー……)

 

 ティオネがフィンに迫るという、毎度見慣れた光景ながら、我が姉の見事な化けっぷりに、呆れた視線を投げかけるティオナ。やがて、どう言いくるめられたのか、フィンの発した言葉に「わかりました!!」と一言はしゃいだ声を出して、深層のモンスターでも追い切れない程の速度で駆け出すティオネに「ちょろっ!?」と、思わず小声でつぶやいたティオナは、深々とため息を吐くフィンを残して、元の道に戻っていくのだった。

 

 

 

 地下に広がる大迷宮において、所謂”安全地帯”なるものは存在しない。

 「比較的危険の少ない場所」や「下級冒険者のみでも通用する階層」はもちろんあるものの、一度バベルの大穴から下に潜ってしまえば、自らの視界が利かない場所には、常にモンスターの存在を想定しておかなければならない。また、感知できる範囲に敵影が存在していなくとも、壁や床や天井からは、いつ何時新たなモンスターが産み落とされても、全く不思議ではない。

 

 ただし、例外は存在する。

 

 自分の目で見て、耳で聞いて、あるいは、種族によっては鼻で感じて、モンスターの存在が一切認められないとき。壁も床も天井も、一切モンスターの”湧き”を気にする必要のない場所が、ダンジョンには存在する。

 

 ダンジョン十八階層。

 

 メカニズムこそ未だに全く解明されてはいないものの、それ以降の階層にもポツポツと点在している「モンスターが湧かない階層」であり、その特性上、冒険者からは『安全階層(セーフティポイント)』、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれる階層である。

 もちろん、ただその階層では湧かないというだけで、隣り合う階層とは普通に地続きであるため、他の階層と同じく、十七階層や十九階層から流れ込んでくるモンスターもゼロではない。ただ、ダンジョンの構造上のとある理由により、十七階層から降りてくるモンスターはかなり少ないため、その他の階層とは比べるまでもなく、圧倒的に遭遇(エンカウント)率が低いのだ。

 

 そんな、冒険者たちにとってはありがたい休息の地に、複数点在する泉の内の一つ。大きさこそ控えめであるものの、水量や透明度は申し分ないその中に、ティオナ・ヒリュテは泡の一つも吐かずに仰向けで沈んでいた。

 トレードマークのパレオから装飾品の類までの一切合切を外して、こめかみ辺りで束ねて垂らしている髪も解いた、所謂”生まれたままの姿”。普段はぱっちりと開いて爛々と輝かせている瞳を優しく閉じ、四肢の全てをダラリと伸ばした状態で、膝下ぐらいまでの深さの水底に寝そべっている。

 

 目を閉じ、耳を水中に沈めて音をほぼ遮断した状態で、とりとめもなく様々なことが、ティオナの頭の中を巡っていた。

 

 

 

 行きの途中で戦ったブラックライノスの一体に、凄い強いのがいたなぁ、とか。

 

 でも、今回は強竜(カドモス)の相手をしてないから、ちょっと物足りなかったなぁ、とか。

 

 四日前のバロール戦で、またアイズが一人で突貫してたなぁ、とか。

 

 その前のウダイオス戦で詠唱をとちったことを、レフィーヤはまだ気にしてんのかなぁ、とか。

 

 一昨日のキャンプのときに食べた、直前に大量ドロップした【ノワール・ボアの肩肉】が美味しかったなぁ、じゅるり……とか。

 

 またベートが人に「ド貧相」とか言ってきた(中略)ホントにムカつくあのベートのやつ(中略)マジベート(後略)…………とか。

 

 

 

そして……

 

(…………)

 

 未だ身動き一つしないティオナの薄く開いた口から、小さな気泡が一つ浮かび上がっていく。

 

 思い出すのは、つい先程。

 お気に入りの泉を目指してファミリアのキャンプを飛び出す直前に見た、姉の顔。

 そして……

 

 

 

 

 

 アマゾネスのヒリュテ姉妹。

 今でこそ、【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者に名を連ね、【怒蛇(ヨルムンガンド)】【大切断(アマゾン)】などと呼ばれ、同業者を中心に(一部、どちらかと言えば悪名として)有名な二人である。

 

 だが、その昔。

 まだ二人がオラリオに来る前。

 ヒリュテ姉妹の名前は、アマゾネスの間で、全く別の代名詞とされていた時代があった。

 

 

 曰く「異端児」「アマゾネスの変わり者」。

 

 

 種族の持つ最大の特殊性として、『産まれてくる子が全て女児』であるアマゾネスには、生物学上の雄個体が存在しない。

 当然、そのままでは彼女たちは子孫を残すことができない(どこぞの白兎(しょうねん)のように「お前は儂の畑の葉野菜の中から産まれてきたんじゃ!」というような言葉を、比較的近年まで信じていたわけでもあるまいし)。

 よって、一般的に彼女たちは繁殖に際して、多種族の男性の協力を得ることになる。

 

 

 実も蓋もない言い方をすれば、()()()()()

 

 

 そのため彼女たちは、個人差こそあれ、男性に()()()()傾向が顕著に現れるし、種族の同異を問わず、基本的にそれを隠そうともしない。

 

 

 だからこその『異端』。

 

 

 「男なんてどうでもいい」と二人そろって豪語し、ただ戦闘力を向上させることのみに心血を注いでいた姉妹は、同族はもちろん、他種族の者からしてみても「変わり者」なのであった。

 特にティオネに至っては、いっそ男というものに対する嫌悪感にも近いものを感じることが多々あった。

 そんなティオネが……。

 

 

 

(変われば変わるもんだよね~……)

 

 

 

 不意に、水中で薄っすらと目を開けたティオナが、心の中で呟く。

 はっきりといつからかは、覚えていない。ただ、ティオネの中で、明らかにフィンに対しての態度が変化した瞬間があり、今では誰の目にもはっきりと『大恋慕(ぞっこん)』である。

 

 さすがに『潜水』アビリティを以ってしても息が辛くなりだし、辺りに飛沫を撥ね散らかしながら、勢いよく上体を起こすティオナ。

 水から上がった仔犬のように、プルプルと顔を振って水気を払うと、ぼーっと、泉の縁に寄りかかり、ただただ脱力しながら、ぼんやりと考えてみる。

 

 

 フィンは同じファミリアの団長であり、自分たちの先達であり、そしてそれ以上に団員(かぞく)だ。

 ファミリアどころか、オラリオ全体で見てもずば抜けて高い戦闘力には、目を見張るものがあるし、同じ冒険者としてその強さに憧れもする。下位団員たちの中には、心の底からの尊敬を抱く者だっているだろうし、それこそ小人族(パルゥム)全体にとっては伝説級の存在だということも理解できる。人柄にしても、言ってしまえば”良いヤツ”だとも、普通に思う。

 

 ただし、そこまでだ。

 それ以上、どうしても思考が先に進まない。

 (ティオネ)の沸点の低さをよく知っているからこそ、感覚で理解することができない。

 

 

 あるいは、それが”他人(ひと)を好きになる”ということなのだろうか?

 よく分からないと感じるのは、自分がそれを知らずにいるからということだろうか?

 自分も姉と同じように、誰かを好きになることが、もしあるとすれば……

 

 

 

 

 

 

「んー……やっぱ、わかんないや!」

 

 

 

 

 

 わざと声に出しながら、ぐっ、と大きく伸びをする。

(あたしは、考えるの苦手だし! 今はとりあえずカンケーなさそうだし!)

「戻ろう、っと!」

 頭の中のもやもやとした考えをきれいさっぱり吹き飛ばして岸に上がり、脱ぎ捨てた服や装飾品を回収して、テキパキと身支度を整える。

 

 明日で、今回の遠征は終了する。

 

 今更、中層以上の階層などで苦戦するとは思えないが、それでもいざというときは他の団員たちを守る立場に、自分はいるのだ。

 

 

 本拠地(ホーム)に帰るまでが、ダンジョン遠征。

 

 

 いつだったか、団長(フィン)副団長(リヴェリア)も、主神(ロキ)までもが口にしていた言葉を思い出し、スタコラサッサとキャンプに戻るティオナだった。

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

 

 

「左翼前方から、アルミラージ! 数、4!」

「同じく、正面より5体!」

「さらに、その後方、ヘルハウンドです!」

「ぜ、前衛のタンク部隊は密集陣形! アルミラージをブロックするっす! 遠距離攻撃隊、ヘルハウンドに一斉攻撃! 向こうの砲撃を阻止っす!」

 

 十七階層へ上がった直後。地上の日照時間とずれている十八階層の水晶が、再度暗くなり始めたころ。【ロキ・ファミリア】第一班の一同は、次から次へ湧いて出てくるモンスターの大群の対応に追われていた。と言っても、先程から声を張り上げたり、実際の戦闘に参加しているのは、ほとんどがラウル以下、第二級冒険者の団員たち。

 本来であれば、第一級冒険者の誰か一人が先導するだけで、楽々突破できる階層であるが、十八階層を出てから先行する第一班において、団長のフィンはおろか、主戦力級のベートやティオナが戦闘に参加する気配もない(参加したそうではある)。

 

 理由はたった一つ。「下位団員が育たないから」。

 

 当然ベートやティオネが飛び出していけば、この戦闘自体はあっという間にケリがつくだろう。しかし、当然それでは、ファミリアの中堅から下位の団員が、全く経験を積むことができなくなる。それを回避するための策として、遠征時には上層及び中層にて、第一級冒険者たちの戦闘が制限されている。

 基本的にはLV.4以下のメンバーのみの力で戦うことになり、彼らの出番はよっぽどの緊急事態に限定されることになる。

 

 

 

 

 

「? …………ッ!? ヘルハウンドのさらに後方、ミノタウロス接近! ()()()()!」

 

 

 

 

たとえば、”今”とか。

 

 

 猫人(キャットピープル)のアキの絶叫のような報告に、団員全体が、ぞくりと反応する。ラウルなど、同期の言葉が示した光景を自身の目で確認した瞬間に、口をあんぐりと開けて、ほんの一瞬意識を飛ばしかけていた。今回の遠征が初参加の、とあるLV.3の団員が後日語ったところによると、このときのラウルの頭上に見えた緑色のバーのようなものが、一気にギュンと短くなって、黄色く変色したという幻が見えたという。

 

「だ、団長~……」

「おいおい、君がそんな情けない声を出したらダメだろう、ラウル?」

 

 処理能力の限界をぶっちぎった事態を目の前に、指揮を執る部下の前で弱音を吐いてしまうヒューマンの青年を、フィンが苦笑いをしながら窘める。

 

(とは言っても、これは……)

 

 貼り付けた苦笑いはそのままに、改めて目の前の光景を眺める。

 牛の頭に、2(メルド)をゆうに超す、人型の巨体。ダンジョンに、それこそ星の数ほど潜むモンスターの中でも、最も怪物然とした怪物。

 それらが、パッと見ただけで数えるのも嫌になるくらいの物量で、褐色の毛皮と殺意の塊と化して砂煙を上げながら、自分たちを目指して猛進してくる。

 ほとんど、トラウマものである。

 というか、気の弱い一般人であれば、下手をすればショック死しかねない。

「ベート、ティオネ、ティオナ。他のモンスターは残しておいて構わない。あれだけ処理しちゃってくれ」

 中層域最強のモンスターの大量発生という、なかなかの異常事態(イレギュラー)を前にして、仕方ないとばかりにフィンから発せられた指示。そして……

 

「お任せくださいっ、団長!!」

「そうこなくっちゃ!」

「ったく、ハナっからこうしてりゃ良かったんだよ」

 

ティオネは、団長から是非にと頼られた(と、本人は理解した)幸福感で、ティオナは漸く大暴れできそうな状況に喜んで、ベートは少々かったるそうに、三者三様の反応を見せた。だが、その直後。ギラリと残忍な笑みを浮かべて、受けた指示に()()()()の気配を醸し出す。

 

 向かってくる相手と比べようもないほどのスピードで、猛牛の群れに突っ込んで行く三人に、

 

 

「「「ヴォォォォォォォォォォ!!」」」

一斉に轟くミノタウロスの鳴き声。

からの……

 

 

 

「「「ヴモォォォォォォォォォ!?」」」

一斉に響くミノタウロスの泣き声(※注 誤字に非ず)。

 

 

 

 行動制限を解かれた彼らは、もはや群衆を得たガネーシャ、もとい水を得た魚。

 ティオネのナイフが、ティオナの大双刃(ウルガ)が、ベートの靴が、驟雨の如く魔物の群れに炸裂する。一撃ごとに頑丈な肉を裂き、骨を砕き、頭蓋を割る攻撃の嵐が、頭数でも大きさでも勝るはずのミノタウロスの大群を、あっという間に飲み込んで行ってしまった。

 

 さすがにこの人たちが出てくれば、ミノタウロスと言えどひとたまりもない。周囲の団員たちが、そろってそんなことを思い浮かべながら、唖然となるほど、鬼気迫る光景である。

 

 

というか、もっとシンプルに、とっても怖い。

 

 

 気が付けば、先程まで接敵していたアルミラージやらヘルハウンドやらの小型ないしは中型のモンスターたちも、いつの間にか姿をくらませている。いかなモンスターと言えど、恐怖と言う感情は抱くし、その結果、本当に極稀にではあるが逃げ出すこともあるのだろう。

 

 

 

 

「「「ヴモォォォォォォォォォ!!」」」

 

 

 

 そしてそれは、ミノタウロスも同じだったらしい。

 

「ええぇっ!?」

「嘘でしょ!?」

「ちょ、てめぇらモンスターだろ!?」

 

 

 恐らくは【ロキ・ファミリア】史上初。下手をすれば、人類史上初、()()()()()()()()()()()()()()()()という、珍事。

 

 いっそ見事なほどに進行方向を180度反転させて、襲いかかってきたとき以上の勢いで遁走し始めるミノタウロス達。それまで先頭にいた数匹にいたっては、若干涙さえ浮かべていたようにも見えたというのだから、相当である。

 

 あんな、一片も疑いの余地ない怪物に怯えられるというショッキングな事態に、がっくりと項垂れて落ち込む……

 

 

 

 

などという暇は、一秒も与えらえない。

 

 

 

 

「まずい!」

 

 突如絶叫した団長の方を、全員が一斉に振り返る。すると、普段はファミリアの主脳(ブレイン)として、常に冷静沈着、理知的であるはずのフィンが、ほんのわずかに顔を蒼ざめさせていた。

 

 

「今すぐ追いかけろ!! あんな状態で他の冒険者に出くわしたら、甚大な被害が出る!!」

 

 続く台詞に、今度はその場の全員が顔色を失う。一般的に、Lv.2からが適正と言われている中層域のダンジョンで、それでも、単独撃破するのであれば少なくともLv.3は欲しい、と言われるミノタウロスが、数十頭。挙句の果てには、興奮状態。

 

 

 そんなものと、並みの冒険者が出会えばどうなるか。

 

 

「ティオネ、ティオナ、ベート! 君たちは手当たり次第に駆逐しつつ、最速で先頭を追い続けろ!

 アキ、大至急引き返して、第二班のリヴェリアに事態を伝達! アイズを全速力でこっちに寄越せ!

 他のメンバーは、先頭の三人を追跡しつつ、討ち漏らしを始末しろ!

 残数、32体! 全て事件(こと)が起こる前に片付けるんだ!」

 

 

 フィンから矢継ぎ早に飛ばされる指示に、その場の全員が瞬時に行動に移る。LV.5の三人にいたっては、既に全力追跡を開始していた。

 

 

「あーんっ! もうっ、遠征の帰りなのにーっ!」

「文句言ってないで、脚を動かしなさい!」

 

 最早一般人はもちろん、LV.1の冒険者ですら目で追えないほどの速度で全力疾走しながらギャアギャア騒ぐアマゾネス姉妹の声を聞き流しながら、ファミリア一の俊足を遺憾なく発揮するベートが、ミノタウロスの集団の行先を見て、忌々しげに吠える。

 

「おいおいおい!? アイツら上に行こうとしてんじゃねぇか!!」

 

 秒単位で加速度的に悪化の一途をたどる事態に、第一級冒険者三人がさらにもう一段階、ギアを上げる。

 背を見せて逃げるミノタウロスの内の1頭が、十字路を右に折れていったが、ほとんど銀色の風と化して先頭を走るベートは、これを無視。討ち漏らしはとにかく後続に任せて、猛追を続ける。同じくティオネも当該の角をそのまま直進し、ティオナもそれに続こうとしたところで……

 

「ヴモォッ!」

「うぉっと!?」

 

 今まさにミノタウロスが逃げて行った曲がり角から、強大な一撃。

 間一髪躱したティオナが、空中で逆さまのまま目を向けてみれば、そこには上下反転した牛の頭が。

 

「邪魔!」

 

 着地するまでもなく、体勢を立て直すわけでもなく、問答無用で手に持った武器を振るう。ほとんど狙いも定めず、ただ相手を絶命させるためだけに放った一撃は、吸い込まれるように魔石に直撃し、巨大な牛人を瞬きする間に灰の山に変える。

 

「一匹目!」

 

 撃破を手応えで感じたティオナは、そのまま目視確認をすることもなく、元の道を全速力で駆けていくのだった。

 

 

 

 

 

2時間後

 

 

 

 

 

「十六階層、ラウルさんたちから6体討伐の報告が来ました!」

「十三階層、アイズさんとティオネさんから、15体討伐の連絡です。」

 

 【ロキ・ファミリア】の面々は、本隊を十二階層まで進出させていた。各階層に二人一組で放った伝令からの報告を受け、フィンが頭の中でもたらされた情報を精査し、重複が出ていないことを確認しながら、随時残存数を減算していった。

 

「フィンー!」

 

 フィンが討伐数を30体ちょうどまでカウントしたところで、十一階層へと繋がる通路から聞こえてくるティオナの声に、幹部の三人が振り向く。騒ぎの直後、団員たちを各階層にバラけさせたことから、分割の必要なしと判断したファミリアの首脳陣は、自身も混乱の生まれない範囲で走り回りながら、状況整理に力を充てていたのだった。

 

「今、十階層で2体倒してきたよー」

「あの階層にいた時点で、私たちが逃がした個体に間違いないと思います」

 

 帰還したアマゾネスの姉妹の報告を聞きながら、最新の情報を脳内で反映させた幹部三人は、示し合わせたかのように同時に「ほぅっ」と息を吐いた。

 

「どうやら、これで全て倒しきったようだな。他の冒険者に被害は?」

「十二階層以下では、特にそれらしい報告は上がってきてないっす」

「十、十一階層も問題ありません、団長」

 

 リヴェリアから、犠牲者の有無について問われ、ラウル、ティオネがきびきびと返答する。その返事に一先ずは満足したのか、ガレス、リヴェリアと頷き合って、探索終了を宣言し、地上への帰還命令を下すのだった。

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】帰還途中  六階層通路

 

 

「しかし、やばかったっすねー……自分、ホントに生きた心地がしなかったっすよ~」

 最後の最後に待ちかまえていた大事件を、早くも思い返すかのようなラウルの口調に、すぐ後ろのドワーフとエルフがが同調する。

「まったくじゃわい。 今後は、中層での戦い方も、少々考え直さねばならんかのう」

「少なくとも、ベートたちLV.5を一局集中で送り込むのは、今回限りにした方が良さそうだな」

 

 ガレス・ランドロック、リヴェリア・リヨス・アールヴと、ファミリアの三大幹部の内の二人の立て続けの台詞に、すぐさまティオナから「えーっ!」と、抗議の声が上がる。

 

「なんでー!? ちゃんと全部倒せたじゃんっ!」

「たまたま今回は被害が出なかっただけで、こんなことが遠征の度にあるようでは近い内に、ファミリア外から犠牲者が出てしまう。 それはいくらなんでもマズすぎるだろう」

「チッ……だから、そこのバカゾネスは二班で良いって言ったんだよ。余計な手間かけさせやがって」

「はいはい。ベートはアイズと同じ班じゃなかったから文句言ってるだけでしょー?」

「んだと、コラァ!!」

「やーい、思春期狼ー♪ いい加減アイズに見向きもされてないって気付け~♪」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、この大平原がぁ!!」

「どこ見て大平原とか言ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ちょっかいを出して、からかい、かみついて、ブチ切れる。

 毎度お決まりのパターンと化した二人のやり取りに、周囲の団員たちからは「始まった始まった」と、微妙な表情をされる第一級冒険者二人。すぐにオロオロとしだす(数少ない)苦労人ラウルが目を向けると、リヴェリアは額に手を当てて、頭痛を堪えるかのような表情を見せながら「好きにさせておけ」とこぼす。

 

 

(それにしても……)

 

 

 まだまだ元気そうな二人の様子に苦笑しながら、フィンはふと今回の遠征を振り返る。

 

 

 深層域、三十七階層にて階層主『ウダイオス』を撃破。

 同じく深層域、四十九階層にて階層主『バロール』を撃破。

 

 

 二か月後に予定されている本格的な大遠征に備えての、主要な階層主の撃破という主目的は、完璧に果たすことができた。その間、犠牲者や大きな怪我人は、ゼロ。

 最後にミノタウロス暴走という事件はあったし、あまつさえその一体を十階層(上層)にまで行かせてしまうという失態はあったものの、特段、被害者の出なかったその事件に目を瞑れば、今回の遠征は実に順調にいったと評して差し支えない。もちろん、ちゃんと地上へ、ひいては本拠地(ホーム)まで、無事に帰りつけてこその遠征終了であるし、いかに上層とは言え、最後まで気を抜けないことは、重々承知している。しかし、このまま何事も無ければ、主神(ロキ)とギルドには非常に良い報告ができるはずだ。

 

 

 

 

 なのに、何故だろう……。

 

 

 

(どうしてさっきから、親指の疼きが止まらないんだ……?)

 

 

 手袋を填めたままの右手親指で、下唇をそっとなぞる。冒険者になる以前から持っている、スキルとも呼べないような体質。ときに、『怪物の宴(モンスター・パーティー)』を事前に察知し、ときに、階層主の未発見の動きを見切り、ときに、他のファミリアからの襲撃を事前に教えてくれた、フィンの相棒。『怪物進呈(パス・パレード)』を未然に防いだことだって、二度三度ではきかない。

 

 そんな親指が今、主が出した遠征の総評に異議を申し立てるかのように、ズキズキと強く警鐘を鳴らしている。

 

(何か見落としているのか……?)

 

 

 

 表情が険しくなるのを隠しながら、それでも暫し口を噤んで、フィンは沈思黙考する。

 そんなフィンの耳には、未だに狼人(ウェアウルフ)とアマゾネスの言い合いがBGMとして届いてきていた。

 

 

「だいたいベートは、あーいう混線のとき邪魔なんだってば! 今度、モンスターと一緒にぶった切っちゃっても知らないからね!」

「てめぇがノロくさ動いてんのが悪ぃんだろうが! さっきだって、だったら俺より先にアイツらに追いついてみろってんだ!」

「しょーがないじゃんっ! あのミノタウロス、角から急に出てきたんだもん!」

 

 

 どんどんヒートアップしていく二人の会話に、フィンの意識が少しだけ向く。そう、あのとき最初の一体を始末したのは、ティオナだった。追跡を開始した直後、一体のミノタウロスが逃げ込んだ曲がり角を通った瞬間に向こうから……。

 

 

 

 

と……。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 突如、フィンの中に芽生えた疑問。その小さな芽を頂点として、様々に展開されていく可能性の数々と、稼働する思考によって削られていく選択肢。

 

 やがて……。

 

 

「……!!」

 

フィンの脳内で結実する。

 

 

 

「ティオナ、君が最初に倒した一体目のミノタウロス……」

「ん?」

 

 

 不意に話を振られて、ベートを一瞬で無視しながら振り向くティオナ。

 

「あのミノタウロスは、何であそこにいたんだ?」

「えっ? フィン、見えてなかった? あの直前に一体だけ、あの角を曲がっていったんだけど……」

「じゃあ、何故あいつはあそこから出てきた?」

「……?団長…………?」

「そりゃ……追いかけてきた私たちに不意打ちをかけようとしたからでしょ?」

 

 

 発せられる質問の意図をつかみきれぬまま、一つ一つ答えていくティオナに、完全に疑問の表情を浮かべているティオネ。

 他の者たちも似たり寄ったりの顔で疑問符を飛ばす中、フィンがぽつりと口にした一言が、周囲に不思議なくらい響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全力で逃げていたミノタウロスが、わざわざ立ち止まって?」

 

「……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、一同に走る衝撃。

 中層最強との呼び声高いモンスターだけのことはあるミノタウロスは、膂力も大きく、野生の勘も鋭い。

 だが、やつらは決して知能の高いモンスターではない。

 騙し討ちをしかけるだけの器用さなど当然持ち合わせておらず、その点に関してだけ言えば、十階層にいるインプにも劣るほどである。

 今回のように、逃げ込んだ先で待ち伏せて追跡者に不意打ちをかけるというような状況を、ミノタウロス相手に想定するのは、少々無理がある。

 

 

しかし……。

 

「でも、じゃああのミノタウロスは……?」

「別のミノタウロス、ってことか?」

 実際にあの場所にミノタウロスは存在した。これだけは、揺らぎようのない事実である。だとすれば、ティオナに襲い掛かったというのは、今回【ロキ・ファミリア】が逃がしたものとは、全く関係のないミノタウロスだったのだろう。

 

 

 

 

 

 そうなると、話は変わってくる。

 

 

 

 

 

 今までは

 

 

発見数:32体  -  討伐数:32体   =残存数:0体

 

 

であった。

 

 

 

 

 

 しかし、実際は

 

 

発見数:32体  +  追加数: 1体  -  討伐数:32体  =

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 

 

と…………

 

 

 

 

「ヴォォォォォォォォォォォ!!」

「ほぉおおおおおおおおおお!?」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 非常に遠方から、図ったかのようなタイミングでほんの微かに轟いてくる、魔物の吠え声。

 それは、今自分たちがいる六階層からは、ましてや、目の前に伸びる五階層へと繋がる道からは、本来聞こえてこない筈のモンスターの声。

 そして、絶望しきったような人間の悲鳴。

 

 

 気が付けば、飛び出していた。

 単独でミノタウロスを撃破し得るだけの戦力をもつ者は全員。それこそ、あまり褒められたことではないが、指揮官たる幹部の三人までもが、真っ先に飛び出したLv.5の四人に続いて。

 

(さっきのは、どの辺から聞こえた!?)

 

 

 大双刃を抱えたまま疾走するティオナは、もの凄いスピードで移動しながらビュンビュンとあちこちに視線を走らせた。聞こえた限り、その不幸な誰かは既にミノタウロスに捕捉されているはずだ。それがどんな人間なのかはわからないが、ミノタウロスと遭遇したときに、悲鳴を上げて逃げ出すしか選択肢がないほどの冒険者なのだとすれば、一秒遅れるだけで命取りになる危険性が非常に高い。

 

 

「ティオナ! こっちだ!」

 

 

 

 直前の分かれ道を、たまたま自分と同じ方向に駆けてきたベートに呼ばれる。狼人(ウェアウルフ)としての特性を生かした彼には、目や耳以上に、ミノタウロスの臭いを敏感に感じ取っているのだろう。

 

 ベートの先導でダンジョン内を駆け抜ける。途中で遭遇した(無謀にも襲い掛かってきた)ニードルラビットを、ほとんど反射的に跳ね飛ばして先に進み、鋭角気味に折れている曲がり角を曲がると、そこには案の定五階層には存在しているはずのないモンスターの背中が。そして、その真正面でへたり込んで身を竦ませている者の姿が目に入ってきた。

 

 

「ヤベェ!! 素人かよ!?」

 悪態をつきながら再度ロケットスタートをかけるベートに、続こうとするティオナ。しかし、この距離ではいくら自分たちでも間に合わない。

 ならば、方法は一つ。

 

 

「ベート、邪魔! 避けて!」

 

 

 

 一か八かのダッシュを開始した直後にベートが感じたのは、予想外に離れた所から聞こえてきたティオナの声。そして、避けなければマズイという、超巨大な身の危険。

 

 

「げっ!?」

 

 

 自分目がけて一直線に飛来する、とんでもない重量の超硬金属(アダマンタイト)の塊。振り向いた瞬間に目に入ってきた悪夢のような光景に、考えるまでもなく全力の回避行動。

 

 

「てんめぇ! 何しやがっ……!」

「うるさい、後で!」

 

 危うく殺されかけたことに、盛大に文句を言おうとベートが口を開いたが、問題の少女は、自ら放り投げた大双刃を追って猛スピードで走り去っていってしまった。

 

 

 

 ティオナは、心の中で舌打ちをしていた。

(魔石を外しちゃったか……仕方ない!)

 腹部に自分の武器を突き刺したままの怪物に、飛び掛かる。

 まずは、武器を取り返してから。

 

 

「ふっ!!」

 

 

 飛びついた大双刃の柄を強く握りしめたまま、目の前の広い背中を強く蹴りつける。

 

 

「やぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 完全に背後をとってから、両手に持った得物をフルスイング。若干の手応えを感じて、相手が絶命するのを確認してから、ティオナは漸く息を吐き出すのだった。

 

 

 

「いや~、あせったーっ! きみ、大丈夫だった? ……あれ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後に駆けつけてきたベートに、助けた相手に気絶されたことを馬鹿にされて、またケンカになった。




何とか年内に間に合って良かった……。


といっても、時系列的に今回は全然進んでいないので、本格始動は次回までお預けです。

もう少々だけお待ちくだされば、と思います。

※アップ後、微修正致しました。
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