兎を助けるのは女神じゃなくても間違っていないのではないだろうか   作:わんこたろう

4 / 9
よし!何とか間に合った!!

なんとか、1/31(日)の24:36には上げられたぜぃ!!



…………(¬ω¬;


そこ退け、そこ退け、兎が通る

 濃紺の東の空が、ゆっくりと、だが確実に白み始めてくる。空と対照的に、まだ黒一色に見える山を縁取るようにやって来た朝日を受けて、いっそ気高いほどに染まる雲が、細く、流れるような形を描いて浮かんでいる。まだまだ着込むには早い季節であっても、上衣無しには少々肌寒さを感じる時間帯。開店の早い商店のいくつかにポツポツと明かりが灯り、南東の歓楽街から、朝帰りの冒険者たちが三々五々姿を現すが、未だに全体が眠っている都市は、ひっそりと静まり返っていた。

 オラリオ最北端のここも、起きて活動している者の姿はほとんど見受けられない。夜明け前から二、三人が時々メインストリートを通りかかる以外、動いている者の姿が見られない。一際大きな長邸の前に立つ門番の青年が二人、こっくりこっくり船をこいでいるのが、辛うじて“起きている”人間にカウントできるほどだった。

 

 そんな都市の中の、数少ない例外の一。

 

 当の館の中庭に、一人の少年の姿があった。

 どちらかと言えば小柄な体を包む、ラフな服装。防寒用に羽織った、裾の短いベージュ色の上着から飛び出す頭には、兎人(ヒュームバニー)かと疑わせるような、白い髪の毛に深紅の瞳。

 

 ベル・クラネルは、黄昏の館の中庭で、一人佇んでいた。

 

 昨夜、見知らぬ場所で眠りに就くことに要らぬ負荷を感じていたベルは、中身の濃い一日を過ごしたことによる興奮も手伝って、すこぶる寝付きが悪かった。与えられた一室のベッドで寝転がりながら、まんじりともせずにごろごろと寝返りをうつだけで、一瞬たりとも寝入ることがなかったのだ。時折起き上がってみて、部屋の中をウロウロしてみては、今度こそ眠れやしないかと布団を被ることの繰り返しだった。そうこうしているうちに、窓から見える東の空が白み始め、どうせならもう起きてしまおうと、身支度もそこそこに、部屋から出てきたのだった。

 

「んーっ!」

 

 ひんやりとした朝の清々しい空気を肺いっぱいに吸い込み、ぐーっと大きく伸びを一つ。そこから息を吐き出してだらりと脱力したベルは、後ろへ反らせた頭をそのままに、まだ薄暗い空を見上げる。

 

 

 視界いっぱいに広がるあけぼのの空。その片隅で存在を主張してくる塔の先端に気付き、改めてそちらに向き直るベル。

 

と……

 

 

 

「おっはよー! アルミラージくーんっ!!」

 

 

 

 砲弾が直撃した。

 

 冗談抜きにそう感じるほどの衝撃に、そのまま吹っ飛ばされそうになる。突撃してきた本人(ティオナ)はと言えば、そんなベルの様子などどこ吹く風とばかりに、満面の笑みを浮かべていた。

 

「あ……えっと……ティ、ティオナ……さん?」

「おっ、早速覚えてくれたね~!」

 

 若干自信がなさそうにではあるものの、昨日の今日で名前を覚えられたのが嬉しいのか、ティオナがニパッと顔を(ほころ)ばせて笑い、クセの強い白髪の上に、ぽむっ、と置いた右手でベルの頭を撫でまわしていた。

 

「アルミラージくん、朝早いんだね? まだ殆ど誰も起きてないよ?」

 

 その誰も起きてない時間帯に大声で飛びついてきたのは自分だ、という事実は都合よく気付いていない様子のティオナ嬢。

 そんな、寝起きから全開の彼女に若干押されて、ベルはたどたどしく言葉を紡いだ。

 

「いや、その……何だか、寝られなかったので……」

「あたしも、昨日まで変な時間に寝てたから、まだ体が合わないんだ……」

 

 言いながら、ティオナが両手足をいっぱいに伸ばして胸をぐっと反らせる。

 

 

 ダンジョン遠征の際、ほとんどの者たちは十八階層を始めとする『安全階層(セーフティポイント)』にてキャンプをはることになる。

 地下深く広がるダンジョン内ではあるが、『安全階層(セーフティポイント)』では天井部分から生えている水晶によって、昼の時間と夜の時間が存在している。ただ、この明暗の周期と言うのは、どの階層であっても地上の日照時間と同期していない。そのため、時計を基準にしてきっちり時間を揃えでもしない限り、遠征から帰還した冒険者の大半は、一日二日はこの手の悩みを抱えることになる。

 中には非常に強い体内時計を持つ(リヴェリアのような)者もいることはいるのだが、残念ながらティオナはそのカテゴリには入らないらしく、今も眠気を飛ばそうと、肩や首をぐりんぐりんと動かして(ほぐ)していた。

 

 

「……そうだっ! ねぇ、アルミラージくん!」

 

 振り回す腕がブォンブォンと風を切って音を鳴らすのを、少しギョッとしたように見ていたベルに、ティオナがさも「いいこと思いついた」と言わんばかりに顔を輝かせ……

 

 

 

 

「眠気覚ましに、ちょっとダンジョン行ってみよっか?」

 

 

 

 

と、そんなことをのたまった。

 

 

 

「えっ!? いや、でも……そんな、いきなり……」

 

 思いもかけない申し出に、咄嗟に言葉に詰まる。当然ベルは、心の準備すらできていない。というか、ダンジョンって眠気覚ましで行くようなところではないのではと、そもそも当たり前のことが頭に浮かぶまでに少々時間がかかってしまったことに、ベルは自分で自分に恐怖を感じてしまう。

 心の中も外も不安でたまらない。

 しかし……。

 

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! あたしが一緒に行くから、何かあったら助けられるし!」

「で、でも……」

「冒険者ノ進歩、成長ニ犠牲ハツキモノデース♪」

「なんか一気に怪しくなりましたけどっ!?」

 

「あとそれ、ダイジョーブだけど、大丈夫じゃないやつです!」と、急にカタコトの異国人風の喋り方になったティオナに、珍しく猛然とツッコミをいれるベル。彼女の白いパレオの陰に、チラリと()()()()()()()が見えたような気がしたが……。

 

 

 

「バカ言ってんじゃないの」

「あいたっ!」

 

 突然後頭部から聞こえる、パコンという小気味良い音に、ティオナが軽くつんのめる。

 声の主に目を向けてみれば、そこには、目の前で頭を摩っている少女に瓜二つの顔が見えた。

 

「あ……お、おはようございます! ……えっと、ティオネ……さん?」

 

 挨拶をして、まだ少し自信なさそうに名前を呼んでくる少年に、アマゾネス姉妹の姉も「ん、おはよ」と苦笑い気味に返す。と、前触れもなくいきなり後頭部をハタかれたティオナが、即座に再起動をはたして、うがーっと姉に向かって吠えていた。

 

「いきなり何すんのさ、ティオネ! アルミラージくんも、スルーすることないじゃんっ!」

「えぇっ!?」

 

 とばっちりである。

 

「あんたが考えなしにこの子をダンジョンになんか連れて行こうとするからでしょ? っていうか、アルミラージって……」

 

 食って掛かってくる妹をサラリと受け流しつつ、後半部分で非難するような視線を投げかけるティオネ。そんなセリフを受けてベルも、

 

「あの……ずっと聞こうと思ってたんですけど、その“アルミラージ”って、何なんですか?」

 

と、二人の会話に当の単語が登場したことを、これ幸いとばかりに、質問する。

 

「ダンジョンの中層にね、そういう兎が出てくるんだ。毛が真っ白で、目が赤くて……」

 

「二足歩行して石斧(トマホーク)振り回して飛び掛かってくるモンスターよ」

 

「モンスターなんですか!?」

 

 ベルの口から、早くも本日二度目の綺麗なツッコミが飛び出す。「でも、結構可愛いんだよー」と、ティオナが笑いながらフォロー(?)を入れるが、当のベルはと言えば、殆ど初対面に近い相手にモンスター呼ばわりされたことに、少なからずショックを受けて、片方の頬を引きつらせていた。

 

 もちろん悪気があって言っているわけではないティオナは、そんなベルの表情の変化には一切気付くことなく、

「ていうか、ティオネはどうしたの? 遠征の次の日にこんなに早起きするなんて珍しいじゃん」

「あんたのバカでかい声で起こされたんでしょうが。館の中まで丸聞こえだったわよ」

 

 姉に指摘され、「うっ……」と言ったきり黙りこくってしまったティオナと、それにつられて早朝から他の団員に迷惑をかけてしまったかと、あたふたと慌てだすベル。

 殆ど全員をたたき起こしてしまったため、朝食も早くなるだろうということで、未だ身支度を完了させていないベルはいそいそと部屋に引き返していき、そんな様子を二人のアマゾネスが微笑ましく見ているのだった。

 やがて、扉をくぐったベルの人影が階段に差し掛かって上階へ上がっていったのを窓から認めた二人は、合わせたように同時に笑みを拭い去り、サッと真面目な顔つきになる。

 

 どちらからともなく顔を上げ、視線を送るその場所は、『黄昏の館』の漆黒の最上階。即ち、主神(ロキ)の居室。共に思い起こすは、昨夜遅く。

 

 

 

 

前日、深夜

 

「あぁ、そうだ。僕は彼―――ベル・クラネル―――を、他の神と契約してしまう前に、ファミリアに加えようと思っている。正直に言えば、()()()()()()()()()()()、だ」

 

 フィンの放った台詞を最後に、ロキの居室内は水を打ったように静まり返っていた。

 あまりに予想の斜め上を超えていく団長の発言に、一同が揃って口を噤む。その少年がどんな人物かを直接知るものこそ、却って驚きの色を隠せずにいる。ただ一人、ベッドの上で方膝を立てて座るロキだけが、先程から表情を殆ど変えず、この状況を楽しむように、口角と細い糸目でニヤリと弓を描いていた。

 

 

「……説明しろ」

 

 ややあって、衝撃からいち早く立ち直ったベートが、ぶっきらぼうに沈黙を破壊する。

 

「俺にはあのガキが、そこまで言うほどの野郎には全く見えねぇ。むしろそこらにゴロゴロ溢れてる雑魚にすら到底届かねぇ、とすら思ってる」

 

 歯に衣着せぬ物言いに、ティオナはムッと顔をしかめて見せ、リヴェリアもぐぐっと眉を寄せて、嫌悪感を(あらわ)にする。ティオネとガレスは「始まった」とばかりに肩を竦めて見せるも、やはり発言の真意を掴み損ねているためか、すぐにチラリとフィンに視線を移していた。内心驚いてこそいるが、それが表情として顕在しなかったアイズだけが、じっとフィンを見つめ続けていた。

 

 相も変わらず個性的な面々をぐるりと一周眺め、フィンが口を開く。

 

 

「順を追って説明していこうか。……ティオナ、リヴェリア」

 

 ゆっくりと語り始めたフィンが、幹部衆の中でも直接当該の少年と顔を合わせている二人に呼びかけた。

 

「彼の今日一日の行動がどうだったか、覚えてるかい?」

「えっと、確か今日オラリオに来たばっかりって言ってたよね……」

「街で他のファミリアの冒険者に会い、その者達に連れられてダンジョンに入ったそうだな」

 

 少し前に聞いてきた情報を、再度確認するように繰り返す二人。既にフィンから一度説明のあったものと同じ内容に、その場にいた他のメンバーにも、そこに相違がないことを確認することができた。

 

「んで、そのどこぞの冒険者ゆぅんが、その子を騙しとった、っちゅう話やったな?」

「結果として、特に悪さをするまでもなく、ことは終わってしまったようだがのう」

 

 ロキとガレスが後を引き継いで、そう続ける。ガレスの言う通り、ベルに対して詐欺を働こうとした件の冒険者たちは、具体的に何か行動を起こす前に、ベル諸共ミノタウロスの襲撃を受け、不幸にも(ベルにとっては幸運とも言えるが)その命を散らせていた。

 

「んで? それのどこをどう解釈したら、あのガキが使える、って話になんだ?」

「うーん……今の話だけだったら、僕も多分気付かなかったかな……?」

 

 焦れたように先を急かしてくるベートに、それでもフィンは、更にもったいつけるように言葉を返した。

 

「おおまかな流れは、今確認した通りだ。ちなみに、見た感じ嘘をついてた様子もないし、そんなことをする理由も無いだろうから、概ねそれが事実なんだろう。」

 

「ただ……」と、セリフを続けるフィン。

 

「それを踏まえた上で、重要になってくるのが次の三点だ」

 

 

 曰く、

 

 

①ベルのレベル

 

②時間

 

③ベルの荷物

 

 

 

 これら三項目を、一つずつ指を伸ばしながら挙げていくフィンに、やはりまだ納得のいっていない様子の他七名が、やはり首を傾げる。

 

「まず第一。これは、ほとんど前提のようなものだけど、あのベル・クラネルという子は、そもそもまだどの神とも契約をしていない。ということは、当然『神々の恩恵(ファルナ)』を得ていない状態ということになる」

「……ダメ情報にしか、聞こえねぇぞ……?」

 

 改めて告げられた衝撃的な事実に、ベートがむしろ、うんざりするような表情を見せた。

 

「そう、言ってしまえば、ベートの言う通りだ」

 

 その、半ば独り言にも近いようなうんざりとした発言に対して、意外にも肯定を示すフィンは、「だが……」とそのまま言葉を継ぎ足す。

 

「そこの点にだけ注目すれば、ただの“無謀な素人”でお終いなんだけどね……」

 

 発した言葉をフェードアウトさせるように言葉を切ったフィンの、何とも言えない顔。あたかも、自分の考えに、自分がこれからしようとしている話に、自分でも完全に納得しきっていないかのような、そんな様が見え隠れしていた。

 が、一先ずそれは割り切ったらしく、閑話休題、説明を再開するフィン。

 

「彼は、昼過ぎから三人でダンジョンに入っていったと言っていた。正確にはわからないが、仮にその時間を十二時半ごろだと仮定しよう。ティオネ、昨日僕たちが十八階層を出てからの行動のタイムラインはわかるかい?」

 

「十八階層が暗くなり始めてからの出発にしたので、地上の時間では午後の二時ぐらいだと思います。そこからモンスターと戦闘をしつつ進んで、例のミノタウロスに遭遇したのが、確かそれから三十分ほどだったかと……」

 

「そうだ。その後、逃走したやつらを追い始めたのが、十四時四十分ごろ。これは、僕が実際に確認しているから間違いない」

 

 

 フィンがこのタイミングで時間を確認していたのは、ミノタウロス捜索に費やす時間を正確に知っておくため。そしてもう一つ、時間帯から、ダンジョンの混み具合を想像するためであった。

 これが夜半や早朝など、ダンジョン内の冒険者が比較的少ない時間帯であれば、ああまで大慌てする必要もなかったのではと、ベルに遭遇するまではフィンもそう考えていた。

 とは言いつつ、実際にそれで殺されかけた人間が出ているのだから、判断としては決して最善とは言えないものであるという事実は存在するが、今は脇に置いておいて良い。

 

 そして、その後二時間。十七階層から十階層に至るまでを、遠征メンバーの総力を結集しての大捜索が行われ、当初把握していた32体の討伐報告を十一階層にて受け、探索終了を宣言。この時点で、午後四時四十分。

 

「最後に、彼の悲鳴を聞いた六階層の入り口付近にたどり着くまで……恐らくは二十分前後といったところかな」

「ってことは、あたしがあの子を助けたのが、午後五時ぐらいってことだよね?」

 

 最後のまとめ、というようにティオナが締めくくる。

 

 ここまでが、昨日の一件の時間軸上のあらまし。

 現時点で、話がどの地点に向かうのかを予測できていない者たちが、怪訝そうな顔を浮かべながら、答えを弾き出そうと話に出てきた状況を頭の中で再現していく。

 そんな中……。

 

 

 

「…………ッ!?」

 

 

 

 それまで軽く丸めていた右手を、形のいい顎に当てて思考に没頭していたリヴェリアが、突如雷光に打たれたかのようにビクリと体を揺らす。

 

「? ……リヴェリア?」

「何だってんだ?」

 

 

 どうやら何かに気付いたらしいハイエルフの反応に、アイズはきょとんと首を傾げつつ声をかけ、ベートがそれに続く。

 

 

 明白に、何かに気付いた様子を見せたリヴェリアだったが「いや、しかし……そんなはずは……」と、完全に自分の思考に没頭して、二人の声をシャットアウトしてしまう。

 

 再度長考に入る副団長をおいて「続けよう」と、確認を再開するフィン。

 

「最後は、その小僧の持ち物じゃったか?」

「え~? でもさぁ…………」

 

 ガレスの言葉に、引っ掛かりを覚えたティオナが言葉を挟む。ここにいる全員には情報がいっているはずなので、既に周知の事実なのだが、それでも唯一直接確認した身として、驚きを禁じ得ない。

 発見当時の少年が所持していた物は、ダンジョンにおいては最低限にすら届かないような品々だった。ちょっと厳しめのレジャーでのサバイバルならいざ知らず、自分たち第一級冒険者ですら、あの状態では例え上層だとしても、僅かとはいえ躊躇わずにはいられない。

 

 とにかく、「準備(モノ)が足りていない」の一言に尽きる。

 サバイバルナイフや非常食だけでは、未知の(うごめ)くダンジョンに滞在することも叶わないはずなのだ。

 

「いや、そうじゃない」

 

 しかし、我らが団長様は、そんな着眼点をすぐさま否定してみせた。

 

 

 

 曰く、「そこじゃあない」と。

 

 

 

「注目すべきは、彼が持っている物じゃなく、()()()()()()()()()()()、だよ」

「ティオナ、思い出してみろ」

 

 相変わらず禅問答のようなことを告げてくるフィンに、自分の結論に漸く落としどころを見付けて再起動を果たしたリヴェリアが、捕捉するように口を開く。

 

「あの少年が語っていた、ダンジョンに入ってからの内容だ。特に、ミノタウロスと遭遇して以降の……」

「えっと……ミノタウロスに追いかけられて……そしたら、例の詐欺師が転んでやられちゃって……迷子になって……」

「そう、そこだ」

 

 本人から聞いた内容を、箇条書きしていくように指折り確認しながら思い出すティオナに、リヴェリアからのインターセプトが入る。

 

「逃走中に起こったことを、彼は何か言っていなかったか?」

 例えば何かを壊した、というような……。

 

「あぁ、そう言えば、ランタンを落っことしちゃった、って言ってたね、使いかけのやつ」

「! ……ほぉ、そういうことか」

 

 直後、先の二人と同じくLv.6であるガレスも、得心のいった声を漏らした。

「えっ!? ガレス、何かわかったの!?」

「むしろ同じだけの情報を先に持ってたお前が、何でまだわかんねぇんだよ?」

 

 呆れたように言うベートに、すかさず「ベートだってまだわかってないんじゃん!」と、条件反射的にかみつき返すティオナ。

 二人のいつものやり取りが始まりそうになるが、その他全員でこれを無視して、サラリと流す。

 

「そのランタンに入れる照明用の魔石のストックはまだ鞄の中に入っていたみたいだから、使用期限の()()()が経過して、明かりが消える度に新しい魔石を交換するタイプのものだろう」

「ということは、だ……」

 

 

「「………………あっ!」」

 

 

 その瞬間、今度はアイズとティオネから同じ声が飛び出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間が、早すぎる……?」

 

 

 

 

 

 

 

 透き通るような金色の瞳を縁取る瞼を、真ん丸に見開きながら、アイズがポツリと零した台詞。その一言が、幹部八名の間に、凪の水面に垂らした水滴の波紋のごとく広がっていくのが感じられる。

 

「そうだ。これは、僕の予想も込みになるけど……」

 

 アイズの言葉に一つ頷いたフィンは、そう前置きをしてから、ダンジョンで起こったことの自分の予想を、改めて説明しだす。

 

 

 オラリオに到着したクラネル少年が、件の詐欺師二人組に(そそのか)されてダンジョンに入ったのが、十二時半。このとき、所持していた魔石灯をランタンにセットする。

 その後しばらく三名でダンジョン探索を続けるも、ロキファミリアが逃がしたミノタウロスに遭遇。このときに、使()()()()()ランタンを落下させ、破損。

 

「ちゅうことは、この時点での時刻は、どんなに遅くても午後三時半まで、ということになるのう」

「そこから逃走を始めて、二人の冒険者が殺され、自身は命からがら逃げたところを、ティオナに救出される。このときの時刻は、夕方五時前後だ」

「ということは」

 

 ガレスの言葉に続けて、リヴェリアが後を受け、フィンが結ぶ。

 

「この間、およそ一時間半―――短く見積もっても一時間前後―――彼は、ミノタウロスから()()()()()()()()()()ことになる」

 

「待って下さい!」

 

 

 フィンの話を遮って、ティオネが堪らずに、ほとんど叫ぶ様な声を上げる。

 

「その子は、まだどの神の眷属でもないんですよね? ということは……」

 

 

 

 

 

 

 

「彼―――ベル・クラネル―――は、ステイタスの強化を全く受けていない状態で、おおよそ一時間半もの間、ミノタウロスから逃げ続けていた……。少なくとも、ポテンシャルのみでそれができるほどの何かが、彼にはあるということだ」

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ団長の言わんとする真意が伝わり、一人残らず愕然とする。

 

 人が人として、人智を超越した(ばけもの)と対峙し、打倒するための力。

 超越存在(デウスデア)たる神々が人に開く道。人へ与える可能性。

 強力な武器は無くとも、最高の防具は無くとも、どんな傷病もたちどころに回復してしまう薬が無くとも、冒険者にとって、まず真っ先に必要となるもの。

 それが【神々の恩恵(ファルナ)】による【ステイタス】の強化だ。

 

 今回、かの少年がミノタウロスと“対峙した”とは言い難いし、ましてや、打倒するというのは、今はまだ夢のまた夢である。

 無様に泣き(わめ)き、恥も外聞もなく、ただ這いつくばるようにして逃げ出すことしかできなかった。

 

 否。

 

 泣くことができ、喚くことができ、逃げ出すこともできたのだ。

 レベル0(まったくの素人)が、ミノタウロスを相手に……。

 

「……ほんで?」

 

 

 ここまで己の眷属達の様子を優しく、どこか楽しそうに眺めていたロキは、相変わらず細めた目を湾曲させながら尋ねた。

 

 

「その子、どないする? もっぺん言うけど、ウチは自分らがきちんと話して決めたんなら、意見は尊重するで」

 

 

 

 

 最終的に、ベルの【ロキ・ファミリア】入団は、承認された。

 

 もちろん、何事もなくすんなりと、というわけにはいかず、とりわけフィンの説明があった後でも、ベートなどは中でも最後まで反対する意思を覆そうとしなかった。

 しかし、ガレス、アイズ、リヴェリアが積極賛成に意見を変え、元は反対寄りだったティオネにいたってもかなり態度を変えたことで、大勢が決することとなる。

 最後には「好きにしろ」と言ってロキの部屋を後にするベートだったが、あれはあれで新団員の加入を歓迎しているのだろうと、他のメンバーからは苦笑であったり、生温かい視線だったりが送られているのだった。

 

 

 

「それにしてもねぇ……」

 尖塔の内側の壁に沿うようにカーブした石階段を下りながら、ティオネがポツリと呟く。

「ん? どしたの、ティオネ?」

 ロキの部屋を辞し、ベート、アイズと四人で自室へと戻る道すがら、姉の口から漏れ出た言葉に、ティオナが首を傾げる。

 三人分の視線を受けたティオネは、階段の上方、元来た道をチラリと振り返り、肩をすくめてみせた。

「直接見ても、まだちょっと信じられないのよ。あの子……」

 言って見つめるその先は、黄昏の館の最上階。今まさに、ロキに呼ばれた兎の少年が、眷属の契約をしているだろうその場所だ。

「うーん……でも、あたしは結構期待してるよ? Lv.5(あたしたちとおなじレベル)は、まだ何年も先の話だろうけど、あの段階でミノタウロスから逃げられるって、すごいことだと思うし」

「運がいいってだけじゃ、ないと思う……」

 ティオナに追随するように、アイズが口を開く。

 対照的なのは、先程からズボンの隠しに両手を突っ込んだまま肩をいからせているベートだった。

「ケッ、あんなガキの成長なんか、いつまでもちんたら待ってられるかよ」

「はーい、いただきました~。ベートの高慢ちきー」

「アァ?」

 最早口癖の如く飛び出す、他の冒険者を見下したベートの発言に、ティオナが白い視線を向けて、ため息をついた。

「ベートさぁ。そんなに他の冒険者を馬鹿にしてて、何が楽しいの? あたしは、理解できないな」

「雑魚なんざぁ、いたぶって楽しむ趣味はねぇよ。本当のことを言って、何が悪いってんだ」

「だいたいよぉ……」と、更にベートが続ける。

「何だって、遠征時期のこのクソ忙しいときに新入りなんざ抱えなきゃなんねぇんだよ」

 

 ベートの言う通り、現在【ロキ・ファミリア】の面々は、非常に多忙を極めている。

 今日までの遠征で入手した魔石やドロップアイテムの換金に、ギルドへの遠征報告の提出。出発前に商工業系のファミリアを中心に受けたそれぞれの依頼(クエスト)の結果報告や要求品・達成報酬などの授受もある。各種回復薬などの消耗品は追加で補充をかけなければならないし、ダンジョンにおいて命を預ける武具のメンテナンスは、ある意味最優先だ。

 それに加え、今回の遠征は、そもそも二ヶ月後に予定されている大遠征に備えての主要階層主の撃破を目的としたものである。故に、その本命たる二ヶ月後の準備も、これからますます本格化していくだろう。

 そんな中での、右も左も分かっていない新人冒険者のファミリア入り。当然、冒険者としての“いろは”を教えていくことになるわけだが、それにだって指導役が必要になる。しかも、性質上それをLv.2の団員に任せる訳にもいかず、特に一緒にダンジョンに潜って、となったときにも確実に対処できるように、どうしたってそこそこ以上の実力の者が、指導役として必要になってくる。

 

 

 有体に言えば、人手が足りていない。

 

 

「まぁ、本人に責任がないとは言え、タイミングは最悪よね」

「でも本当に……フィンはどうするつもりなんだろう……?」

 アイズがボソリとこぼした質問に、しかしこの四人では回答を持ち合わせてはいない。ティオネとティオナが、二人そろって同じように腕組みをして「う~ん……」と頭を悩ませ、あれやこれやと、頭の中で代案を上げては、打ち消していく。ベートはといえば、「やってられるか」とばかりにそっぽを向いてしまった。

 

 

 

と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 !

(゚∀゚)   ←※注 ティオナ

 

 

 

 後日、アイズが他の団員に証言した内容によると、このとき「ティオナの頭の上で、小さな魔石灯が点いたのが見えた………………ような気がした……」とのこと。

 

「じゃあさ! あたしがあの子の面倒見れば良いんだよ!」

「はぁ?」

「……ティオナ?」

 

 突然聞こえてきたセリフに、ベートとアイズが不可解な表情を浮かべてポカンとする。実姉であるティオネだけが「あんたねぇ……」と、呆れた様子を隠そうともせずに言った。

 

第一級冒険者(あたしたち)が今日入ったばっかりの新人につくなんてこと、できるわけないでしょ?」

「えー、ベートみたいなこと言わないでよ~。大丈夫だって。今のところ、うちのファミリアであの子のことよく知ってるのがあたしなんだし」

「やめてよね、こんな痛々しいやつと一緒にするの。よく知ってるって言ったって、団長やリヴェリアと一緒に話聞いてただけで、あとは気絶してるとこを運んだだけでしょうが」

「……おい、てめぇ今サラッと、なんつった?」

 

 ティオネの否定をものともせず、若干興奮気味に(まく)し立てるティオナと、それに反論するティオネ。失礼に俎上に挙げられたベートが二人に(主にティオネに)食って掛かるが、アマゾネスの双子姉妹は、さも当たり前のようにサラリと華麗にスルー。

 

「だいたい、あんた今までだって、任された下の団員を振り回すだけで、まともに指導できたことなんかないじゃないの」

「おいコラ、ティオネ……」

「でもあたし、次の遠征の準備って、もうほとんど手着けられることないから時間はあるし、明日のドロップアイテムの換金だって、ティオネとアイズとレフィーヤだけでも大丈夫じゃん」

「それを決定するのは、あんたじゃなくて団長よ。許可もなくそんなことできないわよ。第一、団長がお許しになるかどうか……」

「人の話を聞きやがれ、けつでかアマゾネぶっ!」

 

 とうとう(二重の意味で)触れてはいけない部位に触れてしまったベートに、ティオネの昇○拳(アッパー)が炸裂した。そのまま教本に載せられそうなほどきれいに、且つ高速で放たれた拳が狼人(ウェアウルフ)の下顎を捉え、残り四、五段の階段をノーバウンドですっ飛び、バタリと踊り場に伏せてピクピクとしか動かなくなる。

「とにかく、そういうのは全部明日になってからよ」

「はーいはい。んじゃ、アイズ。早く部屋に戻ろう?」

「あ……うん」

 

 

 中々のバイオレンスシーンを、これまたサラリと流す姉妹に、若干戸惑いつつも、慣れた様子で同じくスルーするアイズ。倒れたままのベートに対して、ティオナはぴょん、と最後の数段を飛び降りて、()()()()ベートの背中に踵を立ててぐりぐりと踏み、そんなティオナに手を引かれていたアイズは、止むを得ず肩に乗り、そしてティオネは()()()()()()()()()()()腰、背中、後頭部にきっちり足跡をつけて行ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「……で? あんた、今日はどうすんの?」

 昨夜の回想から呼び戻してくる姉の声に、ティオナは「ん?」と振り向いた。

「昨日行ってた通り、ホントにあの子につくつもり?」

「んー……とりあえず、今日ギルドまで行って冒険者登録してくる、って言ってたから、それについていくつもり」

 そう答えるティオナに、小さく一つため息をついて、

「まぁ、登録するにしても、そっちの方が早いわね……。でも、余計なことするんじゃないわよ?」

致し方なし、とはしつつも、しっかりと釘を刺すティオネ。

 しかし、当のティオナは「大丈夫だって~」と、少し能天気に見える態度でヒラヒラと手を振り、そのまま館の中に戻っていってしまった。

 分かっているんだか、いないんだか。

 そんな実妹の様子に、再び漏れたため息は、少し朝焼けを強めた空に融けるようにして、やがて雲散霧消する。

 ティオネの姿も屋内に消えてからしばらく。オラリオの市壁を越えた遥か彼方の山の向こうから、始まりを告げる太陽が、ゆっくりと登ってくるのだった。




ホントはギルド行くまで書きたかったんですが、かなり長くなりそうだったんでここまでです。

次回から、ようやくベルとティオナの絡みが増えてきます!(予定)
更に、ベル君も、冒険者になります!
そして、ティオナさんの胸も[自主規制]から[自主規制]に大きくなります!!(なりませ……ゲフン、ゲフン)



次回第5話。目指せ、一週間以内更新!
……できたら良いですね!(←他人事)
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