兎を助けるのは女神じゃなくても間違っていないのではないだろうか   作:わんこたろう

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お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、サブタイトルのつけ方が童謡や和歌をもじったものになっているのですが、そろそろネタがつきそうです……


………………何故、こんなのにしたよ、あの日の自分…………。


熊にまたがらず、兎の稽古

 遠く離れた山から、ダイアー・ハウンドの遠吠えが周囲一帯に響き渡った。

 夜空高く浮かぶ月に向かって放たれたその声は、夜間の放射冷却によって冷やされた地表へと落ちていき、遠く離れた仲間の下へ。あるいは、まだ見ぬ獲物へ向けての「いつでも狙っているぞ」という恐怖を煽る警告として。

 大木が立ち並ぶ暗く閉ざされた視界に、聴覚からも襲い掛かる原始的な恐怖。それらを見下ろす、墨を流したような夜空の下、弱肉強食の野生の世界を市壁で締め出す街中で、最も遅くまで開いている酒場の明かりが落とされ、オレンジ色の光を投げかけられていた街路が、すぐさま冷たい夜闇に飲み込まれる。

 不夜の区画を残して寝静まった街の中で、今日の役目を終えた魔石灯がもう一つ、主に休息を言い渡されるまでの秒読みに入っていた。

 

 

「ありがとうございました……」

 

 

 声を張っていた訳でもないのに、カサカサに掠れた声で自室に引き揚げていった少年を見送ったのはつい先程。使用していた書物やその他の道具を簡単に片付け、ランプの()を落としたリヴェリアが、先の少年と同じくその部屋唯一の扉から廊下へ出ていったのはホンの五分程前。

 エルフの副団長様は、男子塔の階段を上がり、団長執務室へと歩を向けていた。

 右半身を少し欠いた座待月(いまちづき)が南の空の頂きに差しかかる今の時間帯。常であれば起きて活動している者のいない時刻であるが、辿り着いた先の扉を、殆ど日中と変わりない強さで、白い右手中指の背がノックした。

 

「どうぞ」

 

 名乗るまでもなく聞こえてきた返事に、慣れた手つきでノブに手をかける。それ自体の重厚さを裏切るように滑らかに開いた扉の向こうは、案の定というか予定通りというか、未だに明かりが灯っていた。部屋の中に見えるのが小人族(パルゥム)とドワーフの二人だけであるという、ある程度予想していた通りの光景に、後ろ手に扉を閉めたリヴェリアが謝意を口にした。

 

「済まない、待たせたか?」

「こっちも難航しておってな。ついさっきまで、お主の方が先に来ておるかと思っておったわ」

 

 尋ねられたガレスが、苦笑混じりに漏らした鼻息で口髭をそよがせた。その隣で同じように顔を歪めているフィンを見るに、元よりそのような関係性でもないが、特にこちらを気遣っての発言という訳でもないらしい。何とも言えない調子で息を漏らしたリヴェリアが「こちらも似たようなものだ」と呟きながら、二人と向き合う形に椅子の角度を合わせて腰掛けた。

 

「どうだったかな、彼は?」

 

 落ち着くなりピンと背筋が伸びるのを見てから、フィンがリヴェリアに質問した。具体性をかなり欠いたその問いは、それでも当の本人にはきちんと意味が伝わったらしく、言葉を探すタイムラグすらも感じさせぬままに、返答を得ていた。

 

「概ね順調、といったところだ。明日にでも、という訳には流石にいかないが、このまま行けば数日中には三階層までという条件付きでダンジョンに送っても問題ないだろう」

「……と言う割には、初日から大分時間をくっているようじゃが?」

 

 下された評価と実際の間に、若干のギャップを感じたガレスが片方の眉を上げて問う。

 

「頭の出来はそう悪くもないのだが……文机(ふづくえ)に向かう習慣の乏しさだけは如何ともし難いものがあってな。よく質問もしてくる分、時間がかかった」

 やれやれと頭を振りながら、「まったく勿体ない奴だ」と無意識のように口をついて出た言葉に、フィンもガレスも、話題に上っている少年の評価を、心の中でそっと一割ほど上昇させる。何だかんだと、彼女にしては珍しく愚痴のような口調になっているが、表情は完全に面倒見の良い教師のそれである。要は、直向(ひたむ)きに教えを請うてくる少年の態度が保護欲を(くすぐ)ってくる故、久方振りに現れた手のかかる教え子が、可愛くて仕方ないのだ。

 

(それは僕らも同じかな……)

 

 目の前の先生(リヴェリア)に共感を覚えつつ、ひっそりと微笑ましさを隠しながら、フィンはガレスと二人で同時進行させていた方の大まかな状況もリヴェリアに伝えた。良くも悪くもない進捗である。

 

「まぁ、取り分けティオナの方は、短期間で済む道理もないからな。一先(ひとま)ずは上々か」

「しかしのう……」

 

 妥協以上の心情で頷いてみせるリヴェリアとは裏腹に、渋みを感じさせる形に眉根を寄せたガレスが、右手で二、三度顎髭(あごひげ)を撫で付けた。

 

「結局この後が続かんじゃろう? リヴェリアの見通しが正しけりゃ、あと二、三日中には直接の指導役をつけてやらねばならんはずじゃ」

「最終的に、どうにもならなければ私が時間を割いても良いが……」

 

 ドワーフの英傑からもたらされた、現実を再認識させる言葉に、リヴェリアもずっと考え続けてきたことを述べる。

 

 入団したばかりのベルを指導する人員を、どうするか。

 

 例えLv.1でも、ある程度経験を積んだ先輩団員でもいれば、チームを組んで臨ませればそれで解決する問題だが、これも何とも間の悪いことに、前月の頭で、当時の【ロキ・ファミリア】所属のLv.1最後の団員が、ランクアップを果たしたばかり。

 即ち、これだけの規模のファミリアでありながら―――オラリオの歴史で見てもかなり珍しいことに―――一時的とは言え、先日までの【ロキ・ファミリア】には、下級冒険者が一人も在籍していなかったのである。

 

「どうにもならなければ」とは言いつつ、遠征の準備に全団員が東奔西走しているこの状況においては、ほぼ確定的にそうなるであろうことを踏まえての、リヴェリアの発言であった。

 

 正真正銘、ピッカピカの新人(ニュービー)に副団長自らが直接指導につく。

 

 この異例の事態に、様々な異論・反論が出ることはもちろん予想できるが、むしろその時期的な問題を逆手に取れば、とりあえずの建前は成立させられるという、誰がどう見ても苦肉の策である。

 

 

 

 

 

「あぁ、ごめんごめん。そのことなんだけど……」

 

 

 

 

 ただしこの問題の解決は、思いのほか早くもたらされた。

 

「僕も夕方思い出したから伝え忘れてたけど、その問題については大丈夫そうなんだ」

「? まさか、本当にティオナをつけるつもりか……?」

「いくら何でも早すぎるのは、お前さんも見ての通りじゃぞ?」

 

 

 団長であるフィンの口からこぼれ出た言葉に、すかさず二人の首脳からツッコミが入る。

 下位団員のインストラクション不足を解消するために、ティオナには“指導のための指導”を施しているし、これである程度の形ができれば、他のLv.5団員の三人も。いっそのこと、ラウルを筆頭としてLv.4の何人かは、彼らをすっ飛ばして同じことを教えてしまっても構わないと、ロキを含めた四名の首脳陣が認識を共有していた。が、それはあくまでも、将来的にそのようにしていく、という見通し(ビジョン)の話であって、今すぐどうこうという代物では、到底あり得ない。

 ましてや、ベルに関しては、二ヶ月後の遠征がネックになっているだけなのだ。さすがにその間全くダンジョンに潜らせない、ではマズイが(指導も無しに潜らせるのは論外として)、遠征が終わってしまえば、ベルとチームを組めるLv.2や3の団員は、いない訳ではない。

 逆に言えば、その二ヶ月、ないしはそれよりも短い期間ではどうにもならなそうだからこその問題であるともいえる。

 

 しかし、当然ながらフィンもその辺りは心得ており、そんな二人の台詞を即座に否定してみせる。

 

「もちろん、ティオナじゃない。でも……」

 

 

 そう言って、フィンは机上の小さな暦をひっくり返して二人に向け、翌日の日付を、人差し指でちょんちょんと突いてみせる。

 

 

 

 

()()()()()()()なんだ」

 

 

 数秒の沈黙。

 然る後に、種族も体格も、戦闘スタイルもまるで違う二人は、揃って「あぁ!」と声を上げ、手を打った。

 

「そう言えば、遠征前に盛んに話しておったのう」

「今回の件ですっかり失念していたとは……」

「実際、向こうの都合で、明日はロキがあっちに赴いて儀式だけ済ませてくるから、事実上は明後日になるけど……()()が戻ってくる」

 

 フィンのその言い分に、リヴェリアとガレスが得心いったように頷いてみせるのだった。

 

 

 

 

 

 二日後

改宗(コンバージョン)……ですか?」

 夕食の後、早速当番に割り振られた後片付けを済ませたベルは、黄昏の館の基部にぽつんと存在する会議室の一つに呼び出されていた。今後の訓練についてのおおまかな流れを伝える、とのことで行ってみたそこには、フィンとロキが、既に室内の椅子に腰かけてこちらを待っているところだった。

 そこで聞かれた「改宗(コンバージョン)について知っているか」という内容の問いに対し、首を傾げてみせたベルを前にして、フィンが説明する。

 

「簡単に言えば、一度眷属になって『神の恩恵(ファルナ)』を得てから、他の神の眷属に移ることだ」

「もちろん、ベルを余所にやろう、っちゅう話やないから安心しぃや?」

 

 聞いた途端に、わかりやすく困惑の表情を浮かべた(というかほとんど泣きそうだった)ベルに、椅子へ逆向きに腰かけて、背もたれに頬杖をついていたロキが語りかける。またもあからさまに、心底ほっとした様子を見せたベルの様子から察するに、どうやら、入団三日目にしてファミリアから追い出されるのではと、早とちりの勘違いをしていたらしい。

 

「こっちから出る、ゆう話やなくて、戻ってくんねん」

「ちょうど一年前に、僕らのファミリアの団員が他所のファミリアに出向していてね。その団員が今日戻ってきてるんだ」

 

 フィンによれば、改宗(コンバージョン)には余計な問題や嫌疑を防ぐために、「一年以内に連続して改宗することはできない」というようなルールがあるらしい。そのシステムを用いて、ギルドの仲介の契約で【ヘファイストス・ファミリア】へと団員を送り込んだのが、ちょうど一年前の昨日。再度の改宗が可能になるまでを期限としていたため、本日、その団員が【ロキ・ファミリア】に復帰するとのことであった。

 

「えっと、お話は何となくわかったんですけど……」

 

 説明のための言葉を一度切ったフィンに、ベルが言った。

 

「僕は、何でここに……?」

「あぁ、彼女には……」

 

コンコン

 

 ベルの(もっと)もな質問にフィンが答えようとしたところで、会議室の扉にノックの音が響く。次いで「フィン~、呼んできたよ~?」と、扉越しのせいでこもったティオナの声が聞こえてきた。

 

「あぁ、ご苦労様。一緒に入ってきてくれ」

「はいは~い……あれ? アルミラージくんも来てたんだ?」

 

 返答を合図に扉が開かれ、部屋に入ってくる女性が二人。

 先に入ってきたのが、アマゾネスの元気印『ティオナ・ヒリュテ』であるということは、後ろからついてきた小柄な彼女が、先程から話に出てきた人物なのだろう。一緒に入室してきたティオナどころか、ベルと比べても小さく、恐らくはお互いが直立した状態で、ベルの顎が彼女の頭に乗るか乗らないかというレベルの低身長に、一瞬だけ(子ども……?)という想像が頭をよぎるが、足取りや雰囲気などから、彼女が小人族(パルゥム)なのであると気付いた。

 パルゥムだということには、別段驚きはしない。

 一地域内での多様性こそ下がるものの、オラリオでなくとも亜人(デミ・ヒューマン)や獣人は世界各地に点在しており、ベルにも、ドワーフと犬人(シアンスロープ)に一人ずつ、祖父と暮らしていたときからの知り合いがいる。今ベルが最も驚かされたのは、

 

 

「あっ」

「む?」

 

その彼女が初対面ではなかった、という事実だった。

 

「さっきの……!」

「おぉ! 昼間の少年か!」

 

 互いの顔を見るなり、双方とも驚愕の声を上げて目を見開いた。

 

「なんや、ベルも(ひさぎ)も知り合いやったんか?」 

「うむ。ここに来る途中の道で、ぶつかってしもうてな」

「そう言えば、楸が来たのってアルミラージくんが帰ってきた直後だったね」

 

 楸の言葉に、うんうんと頷くティオナ。

 今日も朝食後からみっちりとリヴェリアの講習を受けていたベルは、日中どうしても外せない用事があると彼女から言われ、いつもより一時間多く、リヴェリアから休憩時間をもらっていた。ベルはそのせっかくの機会に、日頃缶詰め状態のホームから外に出たのを幸いと、日用品の買い出し等、雑多な用事を済ませるため街へ出ていた。

 が、久々に外出した解放感からか、あるいは、自らの自制心を高く見積もったのがマズかったのか、気が付いたときには、告げられた午後の講義開始時間のまさに目前。前日に同じ理由から、とんでもない雷を落とされていたベルは、その瞬間に一気に顔を真っ青にして、道中ぶつかりそうになった数人の同業者から舌打ちされるのも気付かないまま、猛然と『黄昏の館』目がけてダッシュするはめになっていた。

 

「かかかっ! 約束に遅れたときの副団長殿の説教は、げに恐ろしいからのう! 気持ちはわかるぞ!」

 

 変わった笑い方ながら、実に楽しそうに話す楸に、ベルは少しだけ誤魔化し笑いを引き攣らせていた。(まさかこれ、リヴェリア様に聞こえてないよね?)と、そんなはずはないと分かっていつつも、嫌な不安が頭の中から消えてくれない。

 そんなベルの胸中など気にする風もなく、一頻(ひとしき)り笑い納めた楸は、目の前の少年に向かって、白い手甲を填めた右手を差し出した。

 

「改めて。今般、【ヘフィアストス・ファミリア】より戻った、カラスマ・(ひさぎ)じゃ。よろしくお願い致し申す」

「ベ、ベル・クラネルです! よろしくお願いします!」

 

 差し出された手を取り、おずおずと握り返すベル。綺麗な薄い緑の袖から伸びる手に、ベルはすこしドギマギしつつ握手を交わし、

 

「!?!?!?」

 

直後、飛び上りそうになった。

 

(強っ……!?)

 

 右手に感じたのは、ひんやりと気持ちの良い冷たさでも、女の子特有の滑らかな感触でもなく(それらもあるにはあったが)瞬間的に言葉を失う程の圧力。

 予想に反してガッチリと掴んできた楸の手は、その感触を裏切ることなく、ベルの右手を締め付けてきた。折れるかと思った、というのはさすがに誇張だとしても、手の関節と言う関節が軋みそうになるほどの強さに、掴まれた手を中心として筋肉に緊張が伝わり、全身が強張る。

 

「おぉ、すまぬな。加減を間違えた」

 

 活きの良い海老よろしくビクンッ、と縮み上がったベルを見て、言葉とは裏腹に特に悪びれた様子もなく、謝罪する楸。

 反射的に涙を浮かべた眼でチラリと見てみれば、フィンは相変わらずのすまし顔だったし、ティオナに至っては、ニシシとまるで悪戯を仕掛けたのが自分であるかのように笑っていた。

 

 

 

 ひどいや……。

 

 

 

「さて……」

 

 脱力した右手首をぷるぷると振っているベルを後目に、フィンが全員分の視線を集めるように言った。

 

「ベルへの説明の途中だったけど、全員揃ったところで、改めて最初からだ。まず、楸」

 

 呼びかけられて視線を送った先、団長の表情が切り替わっているのを感じ取った楸は、自分の中でカチリとスイッチが入る音を感じ取った。

 

「復帰早々で申し訳ないが、君には明日から早速やってほしいことがある」

「うむ。二ヶ月後の遠征であるな? 向こうでも話は時折耳にしておったぞ」

 

 元所属していたファミリア、ということを抜きにしても、【ロキ・ファミリア】の動向と言うのは、どうしたって同業者の間では話題に上りやすい。ましてや、遠征に関しては、どのファミリアであろうと、必ず事前にギルドに申請をする義務が課せられているため、【ヘファイストス・ファミリア】内部にいた楸についても、少なくとも遠征の存在と、その大まかなスケジュールぐらいは把握している。

 その遠征に向けて、楸自身がどの準備を担当すればいいのか。少し遠まわし気味に団長へと向けられた問いは、しかしながらすぐさま否定されるのだった。

 

「いや、今から君を到達階層更新のパーティに組み込むのは、正直に言って止めておきたい。すまないが、今回の遠征時は本拠地(ホーム)のガードに残っていてくれ」

「? では、わしは何をすれば良いのじゃ?」

 

 早くも予想と違う方向に流れを変えたフィンの言葉に、再度疑問をぶつける楸。するとフィンは、スッと顔の高さまで上げた右手を、そのまま目の前の白兎の肩に乗せ、

 

 

 

 

 

「この子を鍛えてやってほしい」

 

 

 

 

と、一言。

 

 

「えっ……?」

「この子を?」

「ほぉ……」

「あ~、なるほどね~……」

 

 

 ベル、楸、ロキ、ティオナの順で、二人ずつ二種類に分かれて反応を返してきた。

 ベルと楸は単純に今聞いた内容にきょとん、と不思議そうな顔を浮かべてお互いをじぃっ、と見ている。すぐにフィンの思惑をつかんだロキはゆっくりと頷き、ティオナはパチンと両手を打ち鳴らした。

 

 

 

 これこそが、フィンが考えていた、ベルの指導役の問題の解決策。

 

 

 他の上位団員は遠征に向けて手が離せないし、かといって下位団員に任せたのでは、まさかの事態に対処できない、という可能性もある。

 事実、その状況で以前のようにミノタウロスを始めとした中層域のモンスターや、そこまでいかずとも、万が一上層の中でも後半に出現するモンスターが固まって襲ってでも来たら、ベルという保護対象を抱えた状態では、Lv.2の冒険者が複数ついていたとしても、あっという間にキャパシティをオーバーしてしまう。

 

 ところが、楸ならば、それらの問題を一挙に解決させることができる。

 今回の遠征メンバーからは外れた立場で、尚且つ指導者としての腕も申し分ない。何より……、

 

「そもそも楸は、以前から団員の格闘術訓練の教官をしていたからね。【ヘファイストス・ファミリア】へも、『戦闘術の訓練とその指導法のレクチャー』のために行っていたんだ」

「良かったやん、ベル。なんせ楸は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()L()v().()2()やで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、最強……ですか!?」

 

 ロキから出た言葉に、目を剥いて驚きを示すベル。バッ、と音が鳴りそうな程の勢いで顔を向けた先には、主神様から持ち上げられて、若干居心地が悪そうに笑いながらポリポリと頬を掻くパルゥムの姿がある。

 

 

(こんな小さな子が……Lv.2最強……)

 

 

 無意識に、まじまじと無遠慮な視線を送ってしまうベルだったが、落ち着いて考えてみれば、そうおかしなことでもないのかもしれない、という思考に辿りつく。

 この三日間で、【ロキ・ファミリア】が、オラリオ内でも随一の探索系のファミリアであることは、徐々に理解できてきたし、なればこそ、同ランク最強と呼ばれる者の一人くらいは所属しているだろうことは、想像に難くない。

 それに、見た目と強さが一致しない、ということであれば、最も身近なところにはティオナがいる。あの細い身体で、大人の背丈をも超える超硬金属(アダマンタイト)の巨剣をブンブン振り回し、その気になれば、ベルが視認すらできないほどの速度で、人外の魔物をバッサバッサと切り伏せているのだ。極め付けに、そもそも団長が、見るからに強そうなドワーフの重戦士(ガレス)でも、有智高才(うちこうざい)なエルフの魔道士(リヴェリア)でもなく、ともすれば少年にすら見えてしまいそうな小人族(フィン)なのだ。

 そういった諸々を考えれば、目の前に立つ和装の少女―――少なくとも見た目は―――が、実はLv.2で最も強いと言われても、一応納得できる。

 

 何より、ベルとて男の子である。

 

 最初の衝撃さえ通り過ぎてしまえば、『最強』の二文字が持つ不思議な魔力に()てられるまでは、そんなに時間は要らない。数秒後には、目をキラキラさせながら、楸に対して尊敬の眼差しを向けている少年がそこにはいた。

 

「細かいやり方や、教える順番なんかは君に任せるが、最低限上層で通用するだけの戦闘技術を身に着けさせてほしい」

「ダンジョン探索についても、わしが教える、ということで良いのか?」

「大まかには、今日までリヴェリアが教えているはずだから、それを実地で補う程度でかまわないよ」

 

「そういったものは、自分の肌で感じて勉強するしかないからね」と、フィンが肩を竦めてみせて、楸は(おとがい)に手を当てて暫し考え込み、すぐに「あいわかった」と頷いてみせた。

 

「しからば、ベルよ。明日は朝餉(あさげ)の後すぐに中庭に来るのじゃ。装備の類は持たんでよいから、動きやすい恰好でくるのじゃぞ」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 ペコリ、と頭を下げるベルに対し、こちらも満足そうに一つ頷いた楸を見て、フィンが言う。

 

「ベルについては、以上だ。君はもう戻ってくれて構わない」

「わかりました」

「わしも、今宵は引き上げるとするかの……」

 

「明日も早いしの」と、ベルと共に会議室を辞そうとする楸に、

 

「あ、楸はまだ残ってくれ。ティオナと一緒に話がある」

 

と、フィンからストップがかかった。

 

「あたし?」

「なんや、ティオナ。何か、怒られることでもやったんか~?」

 

 名指しされたティオナが、ニヤニヤ笑いを浮かべながら脇を(つつ)こうとしてくるロキをデコピンで黙らせる。革製の(むち)でも炸裂したかのような音と同時、ひっくり返って、声も上げずに床を転げ回るロキだったが、楸が「久々に見たのう」とどこか満足気(まんぞくげ)に呟いた以外、まともにロキの心配をしているのは、ベルただ一人だけだった。

 

「……えっと、じゃあ……お先に失礼します」

 

 すごい音したけど、神様大丈夫だったのかな、と未だ床上で悶絶している自らの主神を後目に、ベルはそろりと扉を抜けて、自室へ向かう階段を上っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

 

 

 じっくりと登ってきた太陽が、南東の空の高い位置まで歩みを進めていた。ここ数日続いている好天を裏切ることなく晴れた青空の下、暖かく、少し埃っぽさを孕んだ風が、『黄昏の館』の開け放たれた窓から廊下に入りこんできた。

 

「おっ、やってるわねー」

 

 朝食後一番で引き取りに行った、【ディアンケヒト・ファミリア】の回復薬(ポーション)のセットが詰まった大箱を三つ抱えて倉庫に向かう道中、Lv.4の人間(ヒューマン)であるナルヴィは、通りかかった窓から外を覗いて、感心したような声を出した。

 

「あの子が、こないだの遠征のときの……?」

「みたいですね。ティオナさんに助けられたっていう……」

 

 すぐ後ろをついてきた、同じく人間(ヒューマン)のリーネが漏らした疑問に、エルフの少女レフィーヤが、「よいしょっ」と大箱を抱え直しつつ答える。吹き込んできた強めの風に細長い耳を、束ねてなお腰まで余裕たっぷりにとどく長い髪を吹き流しながら、隣の塔の陰に隠し損ねた太陽に、思わず目を細めている。

 

「まったく、新人なら少しはこういうお仕事も手伝ってほしいです」

「それは、仕方ないですよ。こんなに大きい『黄昏の館』の、どこに何があるかだってまだちゃんと覚えきれないでしょうし、一つ一つ教えながらやってたら、私たちの仕事が遠征に間に合わなくなっちゃいます」

 

 少しだけむっとした顔で不満を漏らすレフィーヤを、リーネが真ん丸眼鏡の下で微笑を浮かべながら(なだ)める。「タイミングが悪かっただけよねぇ……」と、ナルヴィも少年を弁護する立場に回るが、「でも……」と、それだけでは納得できなかったレフィーヤが尚も言い募る。

 

「Lv.5のティオナさんに、あんなに付きっ切りで見てもらうなんて……ずるいです…………」

 

 紺碧(こんぺき)の瞳に若干の嫉妬の色を見せながら、段々と音量を落として、もじょもじょと呟くレフィーヤ。しかし、

 

「いやぁ~、どうかなぁ……」

 

と、目の前で唇を尖らせる後輩に苦笑いをしてみせながら、ナルヴィが言葉を返した。

 

 

 

 

 

()()って、本当に羨ましいと思う? レフィーヤ?」

 

 

 

 

 言いつつ、塞がった両手の代わりに、くいっと顎をしゃくって指し示してから、自身も改めて視線を送る。

 

 彼女が顎で指したその先。

 先程から三人が見つめる場所には、リズムをとるように手を打つ袴姿のパルゥムと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーい、ペース上げるよー? アルミラージく~ん」

「無理です、無理です! ちょ……ぎゃぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手押し車のハンドルの如く少年の両脚を抱えて駆け足になるティオナと、顔を地面ですりおろされまいと、全体重を支えている両腕を猛然と動かし続けて、悲痛な叫び声を上げる白兎の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「よし、小休止じゃ!」

 

 パン、と一つ大きく手を打ち鳴らした楸の言葉を合図に、ティオナがゆっくりと歩調を緩めて立ち止まった。生まれたての小鹿も心配しそうなほど激しくぶるぶると腕を振るわせていたベルが、その言葉をきっかけに、ふっと全身の力を弛緩させて、べしゃりと芝生の上に倒れこんだ。

 

「た、戦い方……を……教え、て…………くれるんじゃ…………?」

 

 息も絶え絶えで、顔を上げることさえ億劫(おっくう)になったベルが、白い頬を地面にへばり付けたまま楸に問うた。

 そんな、ぺしゃんこ状態のベルのすぐ脇で、楸は腰に両拳(りょうこぶし)を当てて仁王立ちしながら、得意げに返答した。

 

「まずは何と言っても、最低限の筋力が無ければ話にならぬからな。考えてもみるのじゃ。どんなに武の技術を磨いたところで、アリではゴリラには勝てぬじゃろう?」

 

 何かの聞き間違えなのか、ほんの少し楽しそうな音色を含んだ楸の尤もな言葉に、「うぅっ……」と悲しげなうめき声を漏らすしかできないベルは、未だ回復の兆候を見せない両腕を何とか突っ張って、地に()い付けられた身体を引き剥がしていた。

 朝食後からティオナと楸の三人で中庭に出て、既に二時間。最初の十数分こそ、現状のベルの身体能力を見るために時間が使われたが、あとはほとんど全部が筋力トレーニング。足腰を中心に、ときおり今のように腕や(ふく)背筋(はいきん)などの上半身を使う動きを挟みながら、ずっとティオナと楸の二人に(しご)き抜かれているベルだった。

 

「このまま頑張ってれば、アルミラージくんもあたしの大双刃(ウルガ)使えるようになるかもね~」

 

「今度、貸してあげるよー」と、無邪気に笑って見せるティオナに、とりあえず曖昧に笑ってみせたベルは、心の中だけでそっと「無理です」とツッコミを入れるのだった。

 

「……」

 

 へばって動けないのをいいことに、ティオナから好き勝手に撫でくり回されるがままになっているベルを見遣りながら、楸は先程までの訓練の様子を一人静かに反芻していた。

 ベル本人には、午前中は「体力測定とトレーニング」と伝えていた。ベルがトレーニングだと思っているであろう内容は、繰り返していれば筋力は確実についていくだろう。

 しかし、実際には、楸は午前の時間全てを「測定のみ」に充てているつもりだった。前半の測定の目的が、現時点での筋力、体力、柔軟性、運動神経を測るものだとすれば、後半の測定は、より精神的なもの。

 

 

"終わりが見えない状態で、どれだけ持久力を維持できるか”

 

“もうだめだ、となってからの「あと一踏ん張り」で、どこまで力を搾り出せるか"

 

 

即ち、メンタルの強さを測定するためのメニューとしていた。

 

 そのため、実施していた内容は、楸が自分で提示しておきながら、本人もしっかりと認めるほどのハードワーク。こんなものを午後も続けていけば、今日の分だけで身体にダメージを蓄積して、却ってマイナス効果にしかならないはずだ。本人には間違っても聞かせられないが、もっと早い段階で崩れ落ちていても、全く不思議ではなかった。

 

(昨日の時点で、分かっておったはずじゃが……)

 

 軽く顎を反らせて、昨日の光景を思い返す。

 彼女が初めてベルと遭遇した、北通りで見たもの。

 あの時には本人の事情など知りはしなかったし、ましてやこんな関係になろうとは想像もしていなかったが、疾走していった少年の後姿を、より正確には走り方を、楸はよく覚えていた。

 はっきり言って滅茶苦茶だった。

 今から思えば、元が山村での育ちという環境からついたであろうしなやかな筋肉に、限りなくゼロに近い倍率をかけた走り方。姿勢から脚の蹴りから、何もかも“なっちゃいない”走りが、楸の目の奥には焼きついている。

 昨夜、団長から紹介されたときもそうだった。

 ベル少年と交わした握手で、突然見せたあの悪戯まがいの行動。実のところ【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の全団員は、過去に全く同じことを楸からされている。

 あれにより測った、ベルの反射速度や目線の動き、突発的なダメージへの対処能力は、お世辞でも中の下。痛みの発生源である手元と、その原因たる楸の顔、その両方に即座に視線を送ったことは評価できるが、あとの二つは推して知るべし、という言葉に尽きる。

 ベートのように、目を見張る反応速度で、むしろこちらの手を潰し返してくるかのような強さで握り返してきたり(結局上手くいかず、痛がっていたが)、ましてやフィンがやってみせた、“手が触れる寸前で直感的に危機を察知し、伸ばしていた手をさらに突き出すことで手首を握らせて、握りつぶせないようにする”という神がかった対処---後日の楸曰く「あれはもう、超越存在(デウスデア)で良いのではないか?」---など望むべくもないが、それにしても楸がベルに下した評価は「平均以下」であった。

 それが、蓋を開けてみれば、明らかな無茶振りに対して、これだけの球を放って返すだけの現実を、この少年は見せているのだから、楸も少々驚いている。

 

 

(案外、根性は一人前なのかもしれんのう……)

 

 

 ぐったりと伸びていた状態から、漸く姿勢を起こしてティオナの攻撃に、効果の伴わない空しい抵抗を見せるようになった少年を改めて眺めてから、楸は片方の口角を誰にも気付かれないようにそっと持ち上げた。

 

 

(団長殿は、育て甲斐のある仲間を見つけたもんじゃな)

 

 

「よし、休憩終了! 再開じゃ!」

 

 

 パンパン、と小さな両手を一際大きく打ち鳴らしたパルゥムの彼女は、段々と悪戯の度が過ぎ始めたティオナを、白兎(ベル)から引き剥がすために近寄っていくのだった。

 




というわけで、ベル君の特訓回その2です。

訓練方法について、スポーツや武道を現役でやられてる方から見たら、ツッコミどころ満載かもしれませんが、その辺はご容赦ください。


また、以前より感想欄等でご指摘をいただいていましたが、今回、試験的に傍点の打ち方を変えております。
こちらにつきましても、ご意見を頂ける方がいらっしゃいましたら、感想欄、ないしはメッセージ等で頂ければと思います。
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