因みにとある方からのリクエストでもあります。(多少内容は変わっておりますが)
セルゲイとバレットなんていなかった。
──私は何をやっているのだろうか。
セキュリティに弛緩ガスを嗅がされ、あまつさえ本来守るべきであるはずの零羅に守られる始末。
「私を──置いて先に行ってくれ……」
こうして惨めに守られるままならいっそ、ここで倒れた方がましだ。
ましてや──零羅や月影を巻き添えにするなど考えられない。
だが、月影はオベリスク・フォースを撹乱する為にと飛び出し、零羅は私を守るためにオベリスク・フォースと単身戦い始める。
あの忍者の考えた事だ、勝算は少なからずあるのだろうが辛い事に変わりはないはず。幼い神経を磨り減らしている零羅はとてつもない苦痛を相手にしているのだろう──今すぐにでも逃げたしたい程に。それなのにオベリスク・フォースを迎え撃っている幼き体躯には『私を見捨てて逃げる』と言う考えは微塵も浮かんではいない。
「零、羅……私はいい。お前は逃げてくれ……」
「大丈夫だよ、さっき言った通り……セレナは誰にも──渡さない」
私の懇願の声さえ、零羅の意思を固くしてしまうだけである。
一体、どうすれば──
「──レディース……エンド、ジェントルメン……」
今になって思い出すのはユーゴとの試合で思わず叫んだ言葉。フレンドシップカップの観客、トップスコモンズ関係無く全てを虜にした魔法の言葉も、今は何も意味を持たない。
「僕は《CCC 鎧重化身ロックアーマー》で直接攻撃!」
オベリスク・フォース
LP 4000→0
「ぐわぁぁぁ!!?」
零羅がシンクロ、エクシーズ、融合のループを駆使し三人のオベリスク・フォースを仕留める──もうこれも何回目なのだろうか。
倒れたオベリスク・フォースが細かい粒子となって消える──恐らくアカデミアに戻ったのだろう。
だが同時に零羅も膝を付く。いくら勝っていると言えども細いバーンダメージは何度も受けており、ダメージが実体化するリアルソリッドビジョンでは心身ともに消耗が激しいのだろう、息は荒く、今にも倒れそうである。
しかし身体の所有権を奪おうと襲い掛かる疲労に抗うかの様に再び立ち上がり、更なるオベリスク・フォースの増援へ備える。
「もういい……もう止めてくれ……」
私の為に零羅や月影、そして彼らを指揮する零児にも負担がかかっている。
誰か……助けてくれ……。
絶望に打ちひしがれ、もう現実から逃げてしまおうかと零羅の健闘をも無視し意識を手放そうとする──が、その時私の頭の中に一人の顔が浮かぶ。
先程の魔法の言葉を言った奴であり、あの相手に対する甘さは気に入らないが、エンタメデュエルと言うもので鮮やかに私を魅了した奴。今までデュエルとは勝つ事が全てであり《殺し合い》であった私にデュエルの楽しさを教えてくれた奴。
そして、助けを乞う者がいるなら──絶対に救おうとする男、榊遊矢。
あいつならあるいは…………いや、いくらなんでも、今はデュエル中だろう。もし終わっていたとしても、来るなんて事は絶対に有り得ない。第一どうやってここに来るというのだ。
アカデミアで培ってきた、培ってしまったデュエル戦士としての理性が私の直感を否定する。
奇跡を信じ偶然を願う、そのような戦い方は──アカデミアに埋めて来た。
……この状況ならばたとえ私でなかろうと、諦めるだろう。
だが、切り捨てた筈の考えは未だに頭の片隅に残り続け、諦めない事を諦めさせない。
果たして。
「零羅ぁぁぁぁ!!」
オベリスク・フォースの増援の前に怯み、屈しかけた零羅の前に突如として遊矢がDホイールと共に現れ、オベリスク・フォースと零羅の前に着地する。そしてヘルメットを外し、零羅に話しかけた。
「零羅……大丈夫か?」
「遊矢、僕は大丈夫。それよりセレ──うっ……」
遊矢が助けに来たことに安堵したのか、零羅がバランスを崩し倒れかける。それを遊矢が慌てて支え、零羅を座らせる。
「……零羅、オベリスク・フォースと対等に戦った零羅は、もう弱くなんかないさ。だから後は俺に……任せてくれ」
慈愛に満ちた言葉を零羅にかける。だが、語尾に僅かだが強く、怒りを滲ませている。
「っ──オベリスク・フォース。仲間を傷つけ笑顔を奪い、柚子を連れ去ろうとする……そしてそれすらも愉しむお前らを俺は──
──絶対に許さない」
「「そして、もう瑠璃の様な事は二度と──起こさせはしない!」」
最後の一言を言った際、ほんの一瞬だが遊矢の声が重なって聞こえた気がした。
強い意志を持ち、しかしそれと等分の後悔を含む声。
僅かに見える遊矢の目は怒りを写し赤く染まり、髪は逆鱗の如く大きく逆立っている。
「ふ、いい度胸だが、すぐに痛い目に合わせてやるぜ」
「だが安心しな、すぐにそのお仲間と再会させてあげるさ」
「精々足掻いて見るんだな、いくぞ……」
オベリスク・フォース三人が次々と乱入者に向かって挑発の言葉を吐く。その言葉に対し遊矢も、
「仲間を傷つけさせはしない。
俺は柚子を、そして仲間を守るんだ……!」
と、強い決意を露にする言葉で返す。
「──だからお前らはここで倒す」
「「──デュエル!!」」
***
「くっ、なんだこいつは……」
「強すぎる……」
「あ、諦めるなお前ら!?」
「──覇王黒龍 オッドアイズ・リベリオン・ドラゴンで三人へ直接攻撃。【反旗の逆鱗、ストライク・ディスオベイ】!」
オベリスク・フォース1
LP 2200→0
「ぐわぁぁぁ!!?」
「もう一度だ、《覇王黒龍》で直接攻撃。
【反旗の逆鱗、ストライクディスオベイ】!」
オベリスク・フォース2
LP 2200→0
「ぐはっ!!」
「──これで最後だ、直接攻撃。さあ、終わりにしよう。【反旗の逆鱗、ストライク・ディスオベイ】!」
オベリスク・フォース3
LP 2200→0
「だぁぁぁ!?」
遊矢が一瞬の内に三人を仕留め、同時に立っていた髪がフッと降りる。
「……零羅、怪我は?」
「僕は大丈夫、だけど──」
と、不意に零羅が此方を向く、恐らく私が動けない事を伝えようとしたのだろう、零羅の視線に沿うように遊矢もそちらを向いた。
「──僕と合流する前に弛緩ガスを嗅がされて、セレナが──」
「ゆ、ず…………?」
「えっ……?」
零羅が困惑した声を出す。遊矢が何を言っているのか分かっていないようだ。とは言え私も遊矢が何を言っているか理解出来ていない。柚子、と言ったのか……?
「柚子……やっと会えた、……俺はやっと、柚子を守る事が……出来たんだ……!」
まさか、私を柚子と勘違いしているのか? 元々私と柚子は似ており間違えられるのも何回があったが、遊矢に間違えられたのは今回が初めてである。それほど迄に
「待て、私は柚子では──ぐっ……ゆう、や……?」
慌てて訂正の言葉を口にしようとしたが、途中で強い衝撃が走り、言葉を最後まで言うことは出来なかった。
だが、その身体的な衝撃は対した事ではない──遊矢が、いきなり私を抱き締めたと言う精神的な衝撃に比べれば。
「──柚子、ごめん」
「…………」
余りにいきなりすぎて、返す言葉が見つからない。
押し返そうにも、私を縛り付けるガスは消えておらず未だに私の身体に力は入らない、辛うじて腕をゆっくり動かせる程度だ。そして私を柚子だと思っている遊矢は私の心中など気が付くはずも無い。遊矢は、更に言葉を紡ぐ。
「俺、皆を守ろうと思ってた。そして、皆にエンタメデュエルの素晴らしさを伝えようとしてた……。
でも、上手くいかなくて、しかも、皆を……柚子も守ることも出来なくて、何も笑顔にさせることが出来なくて、なにがランサーズだ、なにがエンタメデュエリストだと……思ってた……こんなんじゃ、父さんのエンタメを伝えられないって……」
最後の言葉が僅かに震え、僅かに嗚咽も聞こえる。
……遊矢が、泣いている? エンタメを伝える事を1回たりとも諦めていない──少なくとも私が見ている時はだが──あの遊矢が……?
後ろ向きの事を決して言わない仲間が自分を大切な人と勘違いし涙する。こんな状況にあった事など無いので、何も言えずただ遊矢の懺悔を聞く。
「セルゲイとの試合の時も、俺は何も出来なくて、柚子が、吹き飛ばされた時も……俺は見てるだけで……。
クロウと黒咲の試合の時だって、柚子がいたのを分かっていたのに、動けなかった…………」
「っ……遊矢、それはお前のせいじゃ──」
その殆どが遊矢の意思ではなんともならなかった事であり、その事に対して遊矢が自分を責めることは無い。
それを伝えようとするが、遊矢の言葉がそれを遮る。
「でも、クロウが、オベリスク・フォースがシンクロ次元に来ている事を教えてくれて、その前にあんだけ酷いことをしたのに……それで寧ろ俺が助けてもらっている事に気が付いて……それだけじゃない、ジャックも、俺の為を思ってああ言ってくれたし、月影にも色々助けてもらってる……。
皆に助けてもらってるからこそ、俺は零羅を、そして柚子を助けてられた。
今度は……俺が皆を、皆で守る」
嗚咽混じりの声ではあるが、その言葉からは確かに遊矢の意志が見える。そして──
「俺は俺のエンタメでみんなを……、そして今度こそ俺は……柚子を……柚子を、絶対に守る。
守りきってみせる。柚、ず……」
徐々に嗚咽が小さくなり、次第にそれが寝息となっていった。どうやら、泣きじゃくって落ち着いたのか、眠ってしまったようだ。
「……どうすればよいのだ」
抱き付いた体勢のまま遊矢が眠りこけてしまったので若干重い。そして直視こそしてないが少し見えている零羅の視線が痛い。
漸く少しづつ動かせるようになった身体をゆっくりと動かし、遊矢の頭を私の太股の辺りに下ろす、所謂膝枕というやつだ。中々に恥ずかしいが、ゴツゴツした床に転がす訳にもいかないだろう……。
「……零羅、いつオベリスク・フォースが来るか分からない、外の様子を見ていてくれないか」
先程より私達から目をそらしていた零羅が此方を向き、言葉に含んだ意味を察したように入り口へ向かう。
先程遊矢が倒したオベリスク・フォースが最後なら良いが、月影も戻ってくる頃だろう、大丈夫だと思われる。出来れば何も起こらないで欲しいが──今日は、今日だけは……今日だけは? 私は一体何を考えている……?
「榊、遊矢……」
私にデュエルの楽しさを教えてくれた奴であり、どこか気になる奴。
そして……どこか脆いところのある少年。
「先程から良く分からぬ、感情とも言えないものが私の頭の中を埋めている……なんなのだこれは……」
これが、いつだか聞いた──というものなのだろうか。
遊矢を守りたい。
甘さ、脆さが遊矢を追い詰めない様に、私があらゆるものから守りきってみせたい。
そして……守られたい、アカデミアからの追手やセキュリティ、あらゆる脅威から私を守り抜いて欲しい。
だが、これがもしも──なのだとしたら、この思慕は……沈めなければ。
私が遊矢を守り守られたいのと同様に、遊矢も柚子を守りたいと思っている、恐らく柚子も。それも、私よりずっと前から。
その二人に割って入ることなど、私には出来ないし、したくもない。柚子は大切な仲間であり、戦友だ。そもそもこの戦争が終わったのならば私は融合次元、遊矢はスタンダードへと帰っていく。どうして共にいる事が出来ようか。
だから、この想いは深く沈める。
私は陰ながら、遊矢と柚子を迫り来る悪意から守る事にしよう。
だから、今だけは隣に居させてくれ──
***
「……ん」
うう、良く寝た……と、ここは何処なんだっけ?
俺は確か……、クロウとのデュエルの後、オベリスク・フォースの迎撃の為に外に出て、零羅の所まで行き、相手を殲滅した。仲間を守る為とは言えエンタメを捨て、勝ちだけを求めて。
その後……そう、何か素晴らしい事があったはずなのだが……ここから記憶が途切れている。どうしてこんな所で俺は寝てるんだ? こんな所なのに何故か枕は柔らかいし……。と、周囲の状況を把握する為に目を開く──
「……えっ、せ、セレナ!?」
目を開けると何故かセレナの顔が目の前にある。
どうやらセレナも寝ている様だ。恐らく俯いた体勢で座って寝ているのだろう。
と言うことはこれ……膝枕って奴じゃ……。
って事は柔らかい枕ってセレナの足……。
「…………」
なんとも言えないものが俺を沈黙させる。恐らく俺は赤面しているのだろう。そして段々と昨日のその後の事も思い出して来た……。まさか俺、柚子とセレナを間違えて……?
は、恥ずかしいと言うよりもうセレナの顔を直視出来ないよなこれ……。
しかもさんざん泣いた後の事についての記憶も途切れている。
恥ずかしさを振り払う様に勢い良く飛び起きようとする。
だが、その方向が問題だった。
「っ痛ったぁ!?」
俺の頭とセレナの頭が思いっきりぶつかった。
余りに痛さに飛び起きた勢いと同じ勢いで倒れこむ。
「いたた……敵襲か?」
その衝撃でセレナも起きる。
「お、遊矢。漸く起きたのか。
それにしてもなんだったのだ今の衝撃は?」
「な、なんでもない……。
それより、昨日は……ごめん。
俺、柚子とセレナを間違えてて……」
セレナから目を逸らし、おもむろに起き上がる。
「そんな顔をするな……、私に抱き付いて散々泣きじゃくったお前は、泣き疲れ寝ていたぞ。ふふ、中々可愛らしい寝顔だったじゃないか」
「こ、これ以上は俺のメンタルが持たないから止めて欲しいな……」
随分前──具体的に言えばセレナの膝枕で寝ていた事に気が付いた頃から、既にいっぱいいっぱいなんだけど……。正直何が嘘で何が本当か分からない……少なくとも日曜の夕方に放映出来なくなる様な事はしていないと……信じたい。
会話が止まり、ふと目線を上げると、セレナと目が合った。
──その時のセレナの顔が、一瞬歪んでいる様に見えたのは、気のせいなのだろうか。
「……遊矢」
「お、おう。」
先程とはうって変わって真剣な口調に、意識を集中させる。
「遊矢……昨日私に……正確に言えば柚子と間違えて私に言った言葉……。
『俺が皆を、皆で守る。
そして今度こそ俺は柚子を、絶対に守る』
……この言葉は、柚子に言ってやれ。
間違えたままではなく、しっかりと本人に、直接。
その言葉を一番聞きたいのは……柚子、なのだからな……」
「セレナ……?」
これまでの会話が嘘のように、語り始めるセレナ。
その言葉はすんなりと俺の心へと届き、やるべき事となり留まった。
「なあに、私の事は気にしなくても良い、私が柚子に似ていたのが原因なのだからな。間違いは誰にでもある、さ……」
「セレ──」
──そしてセレナが、何かを堪えて絞り出す様に言葉を紡いでいる事も。
「だが、お前の言いたい事、皆を守ると言う意志は私にも伝わった。
私も遊矢を……いや、遊矢達を守ってやろう。無論、皆でな」
ここまでしてもらって、立ち直れない様では次元戦争を終わらせる所かデュエリストとしても失格だ。
「……ああ。俺は柚子に自分の意志を直接伝えてみせる。そして皆を……守る。
エンタメデュエリストとして、皆を笑顔にしてみせる!」
「……それでこそ、榊遊矢だ」
と同時に、結局気がついて無いようだがな、と呟いたのを聞いた──気がした。
「セレナ、色々と謝りたい事はある──」
「心配するな、私は傷ついてなどいない」
「……ごめん」
「何を謝る、私達は仲間だろう、こんな事でいちいち謝る必要などない。さあ、零羅を連れて皆の元へいくぞ」
それと同時にセレナの瞳から一粒の涙が流れた……あるいはここで慰めの言葉を口にするべきなのかもしれないが、これ以上何かを言えばそちらの方がセレナを傷つける気がしたため、思いとどまる。代わりにいつものあのセリフをセレナの分まで声高々に叫ぶ。
「ああ。お楽しみは──これからだ!!」
何故今さらになって投稿したかと言いますと、現在ゆやゆずの方の短編も書いており、この作品とリンクする予定なので先にあげておこう、という訳でございます。
……あくまで予定。