リューガとジーノは集会所の中に入った。ここにはハンターズギルドの出先機関である出張所が設けられている。ハンターである二人が顔を見せるのは当然のことだ。
受付嬢の並ぶカウンター、二十人は座れるであろうテーブル、ハンターズストアに共用の道具入れ、数々の依頼が貼られた掲示板、そしてハンター達……と、集会所によくあるものは粗方揃っている。
そしてカウンターの横、入り口側には小柄な老人、もとい老いた竜人族の男が樽の上に座っていた。ギルドの制服に身を包み、酒を片手に資料を見ている。
彼こそがこの出張所を任されたギルドマネージャーであった。
二人が彼のところへ向かうと、老人も顔を上げる。そうして相対すると、まずジーノが口を開いた。
「はじめまして、ギルドマネージャー。指令を受けましたジーノ=バルバーリです。そしてこちらはリューガ=マエンバー。よろしくお願いします」
そう言ってお辞儀をするジーノ。それに追従してリューガも頭を下げる。
「おや、君達が件の……」
そう言うと老人は二人の姿をまじまじと見つめる。それからまた口を開いた。
「待っていたよ。私は。ここのギルドマネージャーだ。長い付き合いになるだろうからよろしく頼むよ」
彼はそう言って好好爺然とした笑顔を向けた。
「ええ、こちらこそ」と、ジーノが。
「よろしくお願いします」と慣れないように、リューガが返す。
お辞儀をする二人を優しげな瞳で見つめる老人。二人の頭が上がるのを見計らって話を続ける。
「君達にやってもらいたいことは二つ。どちらも送った資料で承知だと思うが改めて確認しようか。まず一つ目、ここから程近くにある湖とその周辺の生態系調査だよ」
「予め決められた区域毎のモンスターの種類や生息数を可能な範囲で計測し、その統計をとる……ってところですね」
ジーノがそう老人に返し、老人はそれに首肯する。
「そうだね。何しろここらの生態系は他所と比べてちょいと特異だ。この湖畔から少ししか離れてなくても生態系がガラリと変わってしまう。今後の狩猟許可の出し方を考えるにしてもコイツは重要だよ」
ここまで言うと、老人は手に持った酒を一口煽る。そうして間を置いてから居直り、また口を開いた。
「……さて、もう一つだ。こっちがメインと言ってもいい」
「遺産の発掘と調査、解読……ですね」
「ところで、遺産って……?」
分かりきったことのようにやり取りする二人とは正反対に、少し置いてきぼりのリューガが『遺産』という意味ありげな単語に疑問を呈する。それに対して説明を始めたのはジーノだ。
「過去の巨大文明を支えた器物、或いは後世に出来事を伝える記録……それ以外にも、前代の巨大文明が遺した物品のことを遺産と呼んでいてね、これらの秘密を解き明かすことで文明の技術やシステム、当時のモンスターのこと、そして文明の滅亡までの道をある程度推測できるはずなんだ。これらは現代の僕らの発展を促しつつ、巨大文明が犯した失敗を理解し、同じ轍を踏まないための助けとなる。まあ要するに、これからするのは過去から学ぶための調査って訳だ」
ジーノの答えに老人は満足げだ。ジーノの方は……どや顔である。
「うん、ジーノ君が言ってくれた通りだ。ジーノ君はこと遺産に関しては若いながらに優れた業績があってね、今回君らを呼んだのはそういう一面がある。ま、とりあえずこの二つをよろしく頼むよ」
「ええ、ご期待に沿えるよう、頑張ります」と、自信ありげなジーノ。
「精一杯頑張ります」と、真剣そのものといった表情のリューガ。
二人の返事に満足そうに頷くギルドマネージャー。そして「さて……」と呟きながらリューガを見据える。
「……ところでそっちの大きいの。リューガと言ったかな」
「はい?」
老人からの突然の名指しに、リューガはきょとんとした表情を見せた。構わず老人は続ける。
「何かやりたいことはあるかな?」
「え?」
リューガは困惑した。何故そんなことを聞くのだろうと訝んだ。
「やりたいことって言われても……」
「じゃあ言い方を変えようかね。……理想だ。理想は無いのかと聞いとるのじゃよ」
「理想?」
リューガは更に困惑した。そんなことは考えたことがない。それをこの場で言えと言われても無理がある。
黙るリューガ。間を嫌ったか、老人は続ける。
「言いにくいなら言わんで良いよ。ただね……無いのなら若い内に見つけると良い。そして、曲げてはいけないよ」
「あ、はい」
それからもう一人の方へと向き直る。
「それじゃあジーノ。君とは打ち合わせたいことがある。付いてきな」
「わかりました。リューガ、顔見せでもすると良いよ」
ジーノがそう言うと、二人はカウンターの向こうへと行ってしまった。残されたリューガは立ち尽くすこと数秒。
「言うだけ言って行っちまいやがった……さて、どうしようか」
そう呟くとリューガは横へ目を向ける。一人のギルドガールと目が合った。
「あら、どうなさいました?」
そう白々しく言う彼女。先ほどのやり取りを見ていたようだ。
「あー……どうにかする前に置いていかれました」
「それは見れば分かりますよ。で、どうするんです、リューガ=マエンバーさん?」
名前を呼ばれたことにリューガは一瞬驚くが、すぐにさっきの会話を盗み聞きされていたと察する。同時に少し嫌そうに顔をしかめた。
気を取り直してリューガが口を開いた。
「どうするもこうするも、顔を見せるくらいはしないと、とは思ってますよ。……俺は……まあ、知っての通りだろうが、リューガ=マエンバー。あんた方は?」
そう言って彼は目が合っていた例のギルドガールから目を離し、もう一人のギルドガールへとその目を向ける。先程まで話していた方の彼女はリューガのその仕草を見てニヤリと笑うと、その口を開く。
「アイリス=ラーナーですわ。さて、エリーゼ、彼の方を見てあげて?」
アイリスがそう言うと、エリーゼと呼ばれたもう一人のギルドガールはその顔を上げる。
「リューガ=マエンバーさんですね。私はエリーゼ=ファルケンベルク。ここでギルドガールとして働いております。以後お見知り置きください」
「またまたそんな堅くなっちゃってさ~、ほらエリーゼ、笑って笑って~」
「……」
飄々とした態度であるアイリスとは対照的な真面目一貫とした態度をエリーゼは取った。それさえも茶化してしまうアイリスを見てリューガは苦笑する。
そんなところでアイリスは「さて……」と改まると、穏やかそうな笑みで更に言う。
「ごめんなさいね。あなた、どうにも緊張気味みたいだからちょっと和ませてみようかなって思ったの」
「それにしたってそのやり方はどうかと思うわ……それにそもそも緊張なんてしてねーよ」
「あらあら、それは何よりですわ」
「……やっぱり馬鹿にしてるだろ」
「あ、バレた?」
うふふと笑いながらそう言ってのけるアイリス。リューガは思わず頭に青筋を立てた。
「こいつ……」
「アイリス、失礼にも程がある」
エリーゼが険悪な雰囲気の二人に割って入る。もっともアイリスの方は楽しんでいた様子で、止められたことで少し不満げな顔を見せた。
そんな片割れを気にすることなくエリーゼはリューガに案内を始めた。
「それではこの集会所の案内をさせていただきます──」
このあともやりたいことも、やるべきことも多い。今日は長い一日になりそうだ。そう内心思うリューガだった。
翌日。まだ日も昇っていない頃である。
リューガは湖のほとりにいた。早速生態系調査である。
特異な生態系とは聞いたがここまでとは……そうリューガは呟く。何しろ初めて見るモンスターばかりなのだ。この湖がある大陸は渓流や砂原などがある新大陸だ。そしてリューガは少年期を旧大陸で、ここ数年間を新大陸で過ごしている。数年間ともなると新大陸の多くの狩場を行き来出来る。つまりどこにどんなにモンスターがいるか、どのような気候ならばどんな生態系の共通点があるか、それくらいは理解でき始めるのだが、この湖ではそれが通用しない。それまで見たモンスターが殆ど存在しないのだ。