コッペリアの電脳   作:エタ=ナル

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第三話「レオリオの野望」

 リュックをなくした。気付いたのは仕留めた豚を焼くときだった。たぶん、湿原の地下通路出口に置いてきたままなんだろう。残ったのはナイフと携帯電話だけで、替えの下着までなくしてしまったのは、何よりもエリスに申し訳ない

 

 あれだけ激しい戦いでも、携帯電話は壊れてなかった。頑丈さを第一に選んだかいがあったのだろう。こうでないと、貧者の薔薇を起爆する時、電話を探して右往左往する羽目になりかねない。それではあまりに愚かすぎる。

 

 仕方なくよく乾いた枯れ木と落ち葉を探し出して、原始的な方法で火を着けた。まあ、これ自体は大した手間じゃない。能力で無理矢理動かしている体にも負担ではなかった。グレイトスタンプを仕留めるのはエリスが二人分やってくれたし、僕の方が彼女にサポートされてる気になってくる。

 

 そうやって、前半戦を難無くクリアすると、元気な少年二人組に話し掛けられた。

 

「あら、ゴンくん」

「ん? 知り合いかい?」

 

 なんでも、僕がヒソカと戦ってるとエリスに教えてくれたのが彼等らしい。特に、ゴンという少年は人間離れした野生児で、その優れた聴覚で戦闘の様子を大まかに把握できたそうだ。そうであるなら、彼等は僕の命の恩人という事になる。

 

「そうだったのか。ありがとう。君達のおかげでこうして生きてる」

「わたしからももう一度お礼をいうわ。本当に、ありがとう」

「うん、どういたしまして」

「あんた、すげーな。あのヒソカと戦ったんだろ?」

 

 キルアという少年は言葉とは裏腹に、自分に対する自信に満ちあふれていた。『あんたもすごいが、オレもすごいよ』と。そして、それは確固たる実力に裏付けられての事らしい。この歳でこの体裁きができるとは、末恐ろしいにもほどがある。陰と陽に別れてるが、二人とも、戦慄すべき才能だった。

 

 彼らと話してるうちに試験官の説明が始まって、どうせだからと、二次試験後半は一緒に挑戦する事になった。彼等曰く、仲間がもう二人ほどいるらしい。

 

「どうも、はじめまして」

「よっしゃ! ゴンでかした!」

 

 常識的な挨拶をするクラピカ、ガッツポーズをとるレオリオ。二人とも一通り自己紹介をすませてから、試験の攻略に取りかかった。いや、取りかかろうとしたのだが。

 

「なあ、アルベルト。お義兄さんって呼んでもいいか?」

 

 肩を叩かれ、いい笑顔のレオリオに尋ねられた。もう片方の手でサムズアップ。彼の意思はよく分からないが、とりあえずサムズアップを返しておいた。

 

「別に呼称にはこだわらないから構わないが、どうしてか聞いてもいいかい?」

「おいおい、つれないな。素敵な妹さんじゃないか」

 

 ちらりとエリスを見るレオリオ。

 

 僕とレオリオ以外の面子はといえば、クラピカを中心に、酢と調味料を混ぜた飯に、とか、新鮮な魚肉を加えた、とか、魚? 川から捕ってくっか、とか、あーだこーだと議論している。その中に混ざっているエリスは目立っていた。確実に周囲の視線を集めている。大多数が男で占められたこの試験で、ドレスで着飾った女がいれば当然のことだ。

 

 なるほど。僕を義理の兄と呼びたいというレオリオの言葉の意味は分かった。それが吊り橋効果だろうが掃き溜めに鶴だろうが、魅力的に見えれば求愛する。年中通じて繁殖期である人間には、いかにもふさわしい行為だろう。パッと見、レオリオは不潔そうな風体でもない。衛生面の問題はないと推測できる。性格も、個人的には好感が持てる。

 

「エリスの同意があれば異論はないよ。まっててくれ。本人に尋ねてくる」

「あ、おい! ちょっと!」

 

 僕に恋愛感情はない。肉体が本格的な生殖本能に目覚めるより早くマリオネットプログラムを身につけてしまった影響で、性欲とそれに起因する異性間の愛情や子孫を残したいという願望が実感として理解できない。これは他の生理的欲求とは根本的に異なっている。食欲や睡眠欲は昔の事とはいえ、実感として理解していた頃のデータを再現可能状態で保存している。単に念能力で統制しているだけだった。

 

 しかし、性欲は前提が違う。知識では知っていても実感できない。僕に分かるのは幼児的な好きか嫌いかという単純な好意と、その強固なものとしての家族愛だけだった。しかし、だからといって他人の恋愛感情を否定するつもりはさらさらない。エリスがレオリオとの生殖行為を望むのであれば、僕は喜んで祝福しよう。

 

「エリス、レオリオと恋愛してみるつもりはないか?」

「レオリオさんと?」

 

 突然の提案に戸惑ったのか、エリスは目をぱちぱちと瞬かせ、やがて何かに思い当たったのか、レオリオを招き寄せて内緒話を始めた。ぽりぽりと頬をかいて困ったように話すレオリオ。合点がいったのか、クスクスと笑うエリス。ちらりと僕の方を見たその目は、困った人ねと言ってるようだった。

 

「アルベルト、レオリオさんはお友達よ?」

「つまり、恋愛感情に発展する可能性は低いという事かな?」

「ええ、そうね。ごめんなさいレオリオさん。アルベルトが失礼な事を言ってしまって。こういう人なの。悪気はないからゆるしてあげて」

「ああ、また、何かしでかしてしまったかな。確かに悪気はなかったけれど、もし不快になったのなら謝罪したい。すまなかった」

「お、おう」

 

 僕が頭を下げると、レオリオは困惑した表情ながらも許してくれた。気のいい人のようだった。

 

「でも、何でまた突然そんなことを?」

「うん、エリスもそろそろ年頃だと思い当たったからね。世間的には、いい男は早めに捕まえておいた方がいいそうだよ。見る限り彼はいい男だ。少なくとも僕は好みだと思う」

「アルベルトの好みにまかせたらヒソカみたいな人と結婚しなきゃならないじゃない。それに、いい男ならもう捕まえてるのよ」

「そうか。知らないとはいえすまなかったね。エリスの選択なら間違いはないだろうけど、兄として顔ぐらいは知っておきたい。今度僕にも紹介してくれないかな」

「そうね。考えておくわ」

 

 腕に抱きついてにこにこするエリス。頬が少し赤い。腕に伝わる心音などの諸元からは、体長不良というわけではないようだった。

 

「どうした? 急に抱きついたりして」

「捕まえてるのっ」

「そうか」

 

 意味はよく分からないが、エリスが満足ならそれでいい。

 

「諦めろレオリオ」

「ありゃぜってー無理だって」

 

 ところで、クラピカとキルアはなぜレオリオの肩を叩いているのだろうか。ゴンに視線で尋ねても、困ったように目を逸らされた。

 

 

 

 いつまでも関係ない話題に花を咲かせているわけにもいかないだろう。ニギリズシの試験は一見して料理の知識を問うものだが、その内実は大胆かつ的確に抽象化された情報ハントそのものだった。試験官のちりばめた情報を頼りに、未知の料理という名の獲物を捕獲せよという事だろう。流石はシングルハンター。いい試験だ。エリスに経験を積ませるにもちょうどいい。

 

 僕達は多人数の利点を活かすため役割分担を決め、三十分後に合流する事にした。具体的には、ゴンとレオリオが魚の調達、残りの各自が各々情報を集める担当だった。

 

 そして、三十分後。

 

「酢と調味料を混ぜた飯に新鮮な魚肉を加えた、っていうとこうなるよな」

 

 キルアが持つ皿にこんもりと盛られたのは、刻んでソテーした魚肉を飯に混ぜたものだった。試食してみたが味は悪くない。メンチのもつ皿に注がれていたのと同じ、大豆の醗酵ソースをかけるとうまかった。冷たい飯と温かい魚肉ソテーの温度が混じりあい、まだらなぬるさを演出するのが気になったが。

 

「いや、それだと試験官のスタイルにあわない。料理を待つ格好を見るに、恐らく完成品は一口大だろう」

 

 クラピカの指摘はもっともだ。僕は自分のデータベースの中から、使えそうな知識を提供する。

 

「ジャポン発祥の携帯食にオニギリライスボールというものがあったはずだ。こうやって、ご飯を握り固めて手で持って食べるらしい。サンドイッチみたいなものかな」

「よし、やってみよう」

 

 ゴンが怪力を活かしてぎゅっと握る。たちまちのうちに空気が抜け、かつて飯だった塊が残った。なるほど。ニギリズシという名にふさわしい。

 

 が、まずい。食感がやばいぐらいネチネチしてる。

 

「握りすぎじゃないかしら? もっと量を少なくして、軽く握る感じにしてみたら?」

 

 エリスがいう。彼女の料理の腕はかなり高い。そんなエリスの直感なら、かなりの信憑性があると見ていいだろう。

 

「だーかーらー。お前ら、レオリオスペシャルを無視するなよ」

「却下だ」

「明日がありますよ、レオリオさん」

「えっと、あはは……」

「つーかそんなに自信があるなら勝手に見せに行けばいいじゃねーかよ」

「おう、行ってくらぁ!」

「……あれって、中身は寄生虫だらけだけどね」

 

 ちなみに僕が試食した実体験である。食べたのが消化器内に円を展開したり体内に向けて念弾を飛ばしたりできない人間なら確実に大騒ぎになっていたと思う。あれ食わされたら試験官ぶちきれるんじゃないかな。

 

「ま、それはそれとして。やっぱり全体的に温くなるのが気になるね」

「素材が魚って前提は間違ってないの?」

「大丈夫だ、恐らく間違いないだろう。先ほどからマークしているハンゾーという受験者だが、彼が調達した食材は明らかに魚に片寄っている」

 

 クラピカの視線の先には、キョロキョロしながら必死に笑いを堪える受験者がいた。彼は先ほどからずっとあんな感じだ。きっと、本人は知らない振りでもしてるつもりなんだろう。

 

「なんかもうさ、あいつ拷問しちゃうのが手っ取り早くねーか?」

 

 キルアが僕とハンゾーを交互に見ながらいう。相当頭に来てるようだ。その気持ちは分かる。そういう意味で頼りにされてもあまり嬉しくなかったりするが。

 

「うーん。いっそ魚とご飯をわけてみるのはどうかな。こんなふうに」

 

 ゴンが掌の上に握りこぶしを置いて提案した。魚肉の上に握った飯をのせるというのだろう。いいアイディアだ。加えるといっても、なにも直接混ぜることに執着する必要はないわけだ。試作してみる価値はある。

 

「どうせなら天地を逆にした方がいい。その方が熱が移りにくいはずだ」

 

 新しい魚肉ソテーを用意しようとフライパンを火にかけるエリスに、僕は熱流束の観点から提案した。暖められた空気分子は重力の影響が相対的に小さくなり、統計的に上昇する傾向となる。簡単な理屈だった。

 

「いや、ちょっとまってくれ」

「おかえりなさい、レオリオさん。どうでした」

「だめだった。世界が俺に追い付く日はまだまだ遠いわ。いや、それよりよ。なんか生の魚肉を使う料理っぽいぜ」

 

 レオリオ曰く、帰りにハンゾーとすれ違ったが、その後で目をやった彼のスペースには、火を使った形跡が微塵もないと言う。また、試験官のメンチもレオリオスペシャルの形にこそ論外の評価を下したものの、素材が生のままだった事には触れなかったそうだ。生のままというかレオリオのあれは元気にピチピチ跳ねていたが。

 

 確かにハンゾーはフライパン等を用意していなかった。単に周囲を見て笑うのに忙しいのかと思ったが……。しかし、魚を生で食べるとは。キルアなど露骨に顔をしかめている。一方でゴンは割と平気そうだ。

 

「こんな感じか?」

 

 とりあえず、クラピカが手近な食材で簡単に作った。手の中で軽く握った一口サイズの飯にスライスした魚肉を生のまま載せて、形を全体的に整えてあった。見た目はそれほど奇怪ではない。民族料理として『あってもいい』とは思う。ハンター試験の課題にしては、いささか簡単すぎるような気もするが。

 

 と、そのとき。

 

「メシを一口サイズの長方形に握ってその上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが! こんなもん誰が作ったって大差ねーべ!」

 

 クラピカが自分の手元を見る。近い。凄く近い。そして全く意味がない。

 

 全てが無駄になった瞬間だった。

 

 結局、紆余曲折の末にマフタツ山の山頂から紐なしバンジーを敢行する事になるのだが、ヒソカとの戦いで痛んだ僕の体には、少しだけ負担が大きかったとだけ記しておく。

 

 

 

次回 第四話「外道!恩を仇で返す卑劣な仕打ち!ヒソカ来襲!」


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