コッペリアの電脳   作:エタ=ナル

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第三章エピローグ「狩人の心得」

1999年9月11日(土)

 

「もう、父さん? 駄目じゃないの。テレビなんて見てちゃ」

 

 薄い色の金髪をポニーテールに上げたエリスが、ホテルのキッチンから振り向いて言った。薄桃のエプロンを身につけて、木製のお玉を手にしている。後ろでは鍋が煮えていた。中では上等の去勢鶏を用いたブイヨンのスープが、脂を丁寧に除かれて、透明な茶色に仕上がっていた。

 

「今朝退院したばかりなんだから、安静にしてなきゃ」

 

 叱られてクラウスは顔をしかめた。ソファーに沈んだままに娘を見上げ、のっそりした仕草でリモコンを操作してスイッチを切った。が、彼の口元に残った歪みは不愉快さではなく、ささやかな嬉しさの名残りだった。

 

「どうしたの? 変な顔して」

「いや、お前の煩い口ともお別れかと思うとな」

 

 今度はエリスが顔をしかめた。むっとした仕草で背中を向けて、乾燥パスタの袋を開ける。ファルファッレと呼ばれる蝶に似た種類で、真ん中がリボン結びのようにくびれていた。大柄の友人から勧められた品だ。

 

「なによ。無理して死にかけた人の台詞じゃないわ」

 

 拗ねてみせる彼女の背に、クラウスは頑張ったなと声を掛けた。それは優しい言葉だったが、二人きりの部屋に沈黙が落ちた。エリスは歯切れ悪く俯いて、細い肩をますます細く小さくした。

 

「……うん、でも」

「友達か」

「うん」

「お前は通信スクールだったからな」

 

 クラウスはぼつりと呟いた。エリスは二度と彼らに会えない。発見した遺体は防腐処理して手続きを済ませ、それぞれの故郷へ送っていた。クラウスは何も言わなかった。悲しみの記憶は自分で乗り越えるべき過程であると、彼も彼女も分かっていた。

 

 しばらくして、二人はマッシュポテトとスープの軽い昼食をとってから、ソファーに並んでとりとめもなく話した。クラウスは高級な赤ワインを取り出して、娘の焼いたつまみを肴に、なんでもない会話に興じていた。エリスはアルコールをほとんど飲めなかったが、この日ばかりは相伴した。舐める程度であったのだが、頬に薄い紅が散った。舌はいつも以上によく回り、父子の会話に花が咲いた。

 

 彼ら二人の憩いの機会は、これが最後というわけではない。だが、二人きりとなると別であった。たとえ皆無とはいかなくても、確実に少なくなるだろう。娘の左手には指輪があった。薬指の付け根を彩るそれには、誰かの瞳と同じ色の金緑石が、優しい輝きを放っていた。

 

 のんびりした時はいつの間にか流れ、彼女が空港に向かう時間が近づいていた。エリスは髪をほどいて身を整え、クラウスは一人で再び感傷に浸った。虚空へ向けて乾杯を捧げる。彼の心に浮かんだのは、娘によく似た少女だった。淡いプラチナブロンドの髪は白に近く、儚い雪のような面影に、ブルーの瞳が哀しげに澄んで濡れていた。

 

 あれから十八年もの年月が経ったが、少女は歳を数えていなかった。

 

 

 

 幻影旅団との戦いが終わり、およそ一週間になろうとしている。かつて病院だった決戦跡地は、ハンター協会が購入していた。土地、建物、器財や医療機器までもが現存するものとして査定され、本来の価格で買い上げられた。彼らにとって、これは保障というより事業であった。同胞が成し遂げた偉業を保存し、広く知らしめるための投資であった。しばらくして汚染が完全に流れた後は、記念公園にもするつもりだろう。それは新たな名声を獲得し、後の世でより多くの特権を引き出すための礎となる。そのためには、使えない物件を元々の価値で買い上げる程度、なんてことはない出費だった。

 

 三日三晩眠り続け、アルベルトが昏睡から回復した頃、ここは既に聖地の様相をなしていた。遠巻きに多くの花束が供えられ、今も世界の各国から、多くの調査団や取材陣、そしてなにより、過去に旅団と思しき事件の被害者や遺族がひっきりなしに詰め掛けている。彼らは皆、目を精一杯に見開いて、鼻の穴を広げ、少しでも終わりの気配を嗅ぎ取ろうとしていた。

 

 ドリームオークションは終了したが、この年のヨークシンは未だ眠らず、身を焦がす熱気に酩酊していた。

 

 廃墟となった場所をアルベルトは歩く。賑やかな外と異なって、敷地の内側は恐ろしく静かで寂しかった。左腕の袖がはためいていた。

 

 降り積もった砂塵を彼は踏んだ。靴の裏が深く沈む。ここから円形に区切られた部分だけは、景色が他とは一変していた。都会に現れた赤茶色の砂漠。まるでここだけが数万数億の月日を経て、滅びを迎えたかのように、砂の中、壊れたビルが横たわっていた。

 

 第二新棟のあった地点。クロロが他界した位置であった。

 

 異様な印象を受ける光景だった。核と違い破壊の主体は爆風であり、残骸に焼け焦げた痕跡はひどく乏しい。単純に粉砕されただけであるが故に、その異常さが際立っていた。

 

 青空の下に穴がある。茶色い穴が。遠くにはヨークシン市街の街並みが見える。色の逆転したオアシスのように、化石のように佇んでいた。

 

「アルベルト」

 

 背後から声を掛けたのはクラピカだった。彼はアルベルトの隣へ並び、同じ方向を見つめながら言った。

 

「終わったんだな」

「ああ、終わったんだ」

 

 今まで、彼らは連れ立って街の各所を回っていた。大通りを歩き、セメタリービルの跡地を見て、虐殺のあったホテルを見舞い、蜘蛛の仮宿だった廃墟を眺めた。そして、最後に選んだ場所がここだった。振り返るほどに傷跡の大きさが印象に残り、旅団という存在の大きさが、否応なく脳裏に刻み込まれた。

 

 だが、それも全ては過去のことだ。人類は彼らを克服し、新しい歴史を築かないといけない。ここには記念碑が建つという。追悼を示すモニュメントが築かれ、平和と安寧を祈るという。石碑には推測される全ての犠牲者の名が刻まれ、悲運を悼み勇気を称える。ハンゾーたちも例外ではなかった。

 

 ただ一人、ビリーと名乗った少女の存在を除いては。

 

 ゴンの強い意向だった。アルベルトは彼女との交流がなく、データの上でしか知らなかった。よって反対をすることもなく、今後も他言しないことを約束した。真実は、それぞれの心にふさわしい形で、それぞれの胸に秘めればいい。そういうことになった。

 

「いい顔をするようになったな」

 

 クラピカは言った。アルベルトの首には細い銀の鎖があり、一つの指輪が下げられていた。リングの上にはサファイアが一粒乗せられている。やや緑がかった輝きは、彼女の瞳と同じ色だ。それを見てから、クラピカは右手に鎖を具現化した。

 

「ずっと、私の手で復讐を成し遂げる事にこだわってきた。だがな、奴らの長がアルベルトの手にかかって死んだと聞いた時、いや、目覚めてゴンたちと話した時」

 

 一つ息をついてから、彼は肩の力を抜いて上を見上げた。秋晴れの高く澄んだ青空を、鳥たちの群れが渡っていった。

 

「……なんでだろうな、ひどく救われた気持ちになった」

 

 嬉しそうに、寂しそうに、クラピカは柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう。これからは眼の回収に専念できる」

 

 左手で鎖に触れながら彼は言った。それは新しい決意だった。闇に回った眼球を集めて弔うことに、今後の人生をかけるのだろう。残る一人の殺害よりも、クラピカは、そちらを選ぶことができたのだ。

 

「その件だが、すまない。緋の眼を一対壊してしまった」

 

 アルベルトはクラピカに謝罪をした。梟を殺害した際のことである。あの時、盗まれた競売品は全てが空中に投げ出され、その後の戦いに巻き込まれた。後で確認をさせたものの、無事だった品は一つもなかった。どれもが稀に見る秘宝である。しかし、そうなることを分かった上で、クロロを奇襲するために犠牲にしたのだ。が、クラピカは首を振って、いいさと一言で全て流した。

 

「残念ではあるが仕方ない。友人の苦労を否定するほど傲慢ではないし、なにより、アルベルトは悲願を叶えてくれたのだからな」

 

 だからむしろ喜ばしいと、同胞も満足だろうとクラピカは言った。アルベルトはしばし同意をためらったが、再び促されて頷いた。それから二人は肩を並べて、ぶらりと散歩でもするように、敷地の中をぐるりと巡って眺めていった。それぞれの団員の果てた場所を、一つ一つ、なぞるように見定めていく。

 

 蜘蛛の生き方と死に方について、二人は静かに語り合った。アルベルトは今回、皐月を含めて十二人全員の息絶えた瞬間に立ち会っている。その際、彼ら一人一人について感じたことを、敬意すらも隠さずとつとつと話した。クラピカは幾度か顔をしかめることもあったものの、拒否をせずに全てを容れた。時折、クラピカが幾つか質問をし、アルベルトが端的に答えていった。そのようにして時間を過ごし、いよいよ帰る時間になった頃に、クラピカはふと思い出したように口にした。

 

「世話になったな。お互いに落ち着いたら、近いうちにまた会おう」

「そうだね、是非。エリスもとても喜ぶだろう」

 

 向き合って、どちらからとなく握手をした。

 

「私はしばらくマフィアに残る。どうやら、雇い主にひどく気に入られた様子でな。あの一戦に参加したことで、他の組を差し置いて面子を保ったことが嬉しいらしい」

 

 アルベルトは強く頷いた。彼がいなければ旅団の足止めは不可能だったと、奮戦を想起しながら肯定した。クラピカはやや複雑そうに苦笑して、独り言のように言葉を続けた。

 

「財力もあの娘の占いの力も、強力な武器になることだろう。せいぜい利用させてもらおうと思っているよ。まあ、向こうもそのつもりだろうがな」

「そうか。まぁ、ゴンたちは今ごろゲームを始めているだろうし、レオリオは受験を控えている。……しばらくはこのまま忙しそうだね。ただ、悪い忙しさではなさそうだ」

 

 結局、ゴンはゲームを買おうとしなかった。保有ではなく参加を目指すことにしたらしい。サザンピースの入場券を兼ねる目録には、彼ら手持ちの現金に加え、ダイヤを売ることで届いたそうだ。昏睡から回復したアルベルトは、修行に少し付き合わされた。

 

「お前は?」

「僕は、この件で協会に呼ばれている。どう転ぶかはそれ次第だ」

 

 彼は少し寂しそうに言った。

 

 

 

 出頭要請を受けたアルベルトは、数日ほど飛行船を乗り継いでその街に着いた。ハンター協会本部。特徴的な威容の高層ビルに、協会のシンボルが非常に大きく示されていた。同行したエリスをひとまず待たせ、彼は受付で指示されたとおりに、上層階の一室へと向かった。高級そうなドアをノックする。

 

「アルベルト・レジーナ、要請に従い出頭しました」

「どうぞ。お待ちしてましたよ」

 

 声に従って中に入った。が、会長の執務室で待っていたのは老人ではなく、ストライプのスーツを着こなした、若々しい顔立ちの青年だった。輝く笑顔が眩しかった。座っている応接用ソファーの対面の席を、至極自然に勧めてきた。

 

「ネテロ会長はご不在ですか」

 

 いぶかしむアルベルトの発した疑問を、青年は笑いながら否定した。

 

「いやぁ、ついさっきまでいたんですけどね。ほら、あそこに窓があるでしょう」

「はい」

「落ちちゃいました。あそこから」

 

 彼はキラキラと笑っていた。見れば、ガラスにはわずかながら汚れがあり、半分ほど拭き取ったような跡があった。なぜ高層ビルの上層階に、こんな手動開閉式の窓があるのか、アルベルトはしばし考えていた。今は閉じられ施錠もしっかりされていたが、開ければ風が吹き込むだろう。が、結局は気にしないことにした。

 

「いやぁ、たまにはこういう罪のない力技も面白いかと思いまして。ま、それはどうでもいいんで、アルベルトさん?」

「はい、なんでしょうか」

 

 再度勧められたソファーに座り、アルベルトは青年と向かい合った。彼はパリストン=ヒルと自らを名乗り、副会長だと役職を告げた。

 

「迅速正確がハンター協会のモットーです。ネテロさんについては後回しにして、あなたへの裁定についてお話しましょう」

 

 アルベルトはお願いしますと頷いた。パリストンは書類の束を取り出して、テーブルの上に丁寧に並べる。彼のオーラは一見して平凡を装っていたが、恐ろしい重厚さを秘めていた。そしてアルベルトは気が付いた。相手には、深さまで隠す気持ちがない。本気なら一般人すら演じるだろう。その時は、マリオネットプログラムですら見切れたかどうか。

 

 と、そのとき、外壁を駆け上がる音が聞こえた。

 

「こりゃぁ、待てぃ!」

 

 突然、外から下駄がガラスを破り、ネテロが室内に踊りこんだ。風が吹き、広げた書類が宙に舞う。アルベルトとパリストンはそれを素早く取り押さえてから、一度顔を見合わせた。数瞬して、パリストンは何事もなかったかのように続きを始め、アルベルトもそれに従った。

 

「それでですね、アルベルトさん、我々協会と致しましては」

「ええ、是非お聞かせください」

「だから待てぃちゅうとるんじゃ」

 

 ネテロは猛烈に踏み込んで、二人の持っていた書類を大人気ない速度で掻っ攫った。その時になってようやく、彼らはネテロを仰ぎ見た。

 

「あ、会長。お帰りなさい」

「お久しぶりです。ネテロ会長。ハンター試験以来ですね」

「おぬしら……」

 

 呆れ半分で若者二人を見下ろしてから、ネテロはパリストンの隣に無造作に座った。そして、手元の書類に目を通して、咳払いしてからおもむろに告げた。

 

「さて、おぬしが今回携わったという事件じゃが」

「はい、できる限り処分に従うつもりです」

「そう硬くならんでもよい。アルベルト・レジーナ。右の者、幻影旅団十二名を個人で打倒し、背後関係を明らかにし、組織的活動を停止せしめた一件をもって、特定の分野で華々しい業績を残したと認め、ここにシングルハンターと認定する」

 

 アルベルトは困惑に眉を強くひそめた。しかし、ネテロにふざけている様子は微塵もなかった。視線をパリストンに向けるものの、彼もキラキラと微笑むのみだ。

 

「今後は上官職に就任し、後輩の育成に力を入れることを要望する。……ほれ。認定証はビーンズの奴が用意しておるから、帰り際に今までのライセンスと交換することじゃな」

「それだけですか?」

「はて、それだけとは」

「私は今回、大量の一般人を殺害し、同業者へ著しい危害を加えました。間接及び直接的に、プロハンターと思しき者も最低数名は殺傷しています。それについては?」

 

 アルベルトの疑問にはパリストンが答えた。

 

「アルベルトさんから上げられた報告をこちらで精査しましたが、全て、ハントのためやむをえぬ最小限の犠牲であると判断されました。旅団員として下された命令に従う最小限度のものに留まることは明白であり、潜伏に絶対的に必要であったと考えられます。よって、当協会はあなたに対し、ハンター十ヶ条其乃四に定められた例外条項該当者であるとの判断を見送りました」

「ま、そういうことじゃの」

「では、陰獣の梟は」

「別件で指名手配されていたようだの。まあ、我々も正義に立脚する組織ではないのだし、マフィアの構成員一人を巻き込んだからといって、同胞を責めるいわれもなかろう」

 

 言っている理屈は理解できた。恐らくは世論の後押しもあったのだろうと、アルベルトは裏事情を推測する。それにそもそも、難色を示しても協会の決定は覆るまい。あとは、各人がどう受け止めるかという点に尽きる。

 

「了解です。理解はできました」

「納得はできんか?」

「いえ。それほどでもありません。ただ、時間が少々かかりそうですが」

「……ハンターたる者、それが必要と感じたら、罪も罰も自力で探して当然じゃよ」

 

 ネテロの言葉に、アルベルトは深く目を閉じた。ソファーに背中をもたれて深呼吸し、気持ちを落ち着けてまぶたを開く。思えば、エリスの体調も今後は相応に落ち着くだろう。旅団にかけられた莫大な懸賞金は犯罪被害者のための財団に全額寄付することに決めていたが、手元に残る名声だけでも、金銭に困ることはありえない。目の前に自由な人生が拓けたのだと、このとき彼はようやく知った。

 

「これから、妻と共に自分に何ができるか探してみようと思います」

「うむ。それがよかろう」

 

 ネテロもまた、深々と頷いて同意を示した。が、そこにパリストンが割り込んだ。一段と輝きが増している。

 

「胸を張りましょうよ! あなたは素晴らしい功績を残したんです。そんな方をシングルにせずに、他の誰をしろというのですか。さあ、今後のためにも受け入れてください。いえ、納得はあなたの義務に近い!」

 

 より一層胡散臭さくなったパリストンに、アルベルトは懐かしさを覚えて注視した。よくよく観察してみれば、芸風がどことなくキャロルに近い。が、彼女と違って軽薄さの中に重たい芯が垣間見える。人間らしい複雑性は、彼の好むところだった。

 

「ま、悩んでどうしょうもなくなった時は、いつでもワシの執務室を訪ねたらいい。鍵はいつでも開けておるよ」

「お望みならハントもこちらで紹介しますよ。それなりのやりがいと安定した収入は保証します。報酬から多少の天引きはしますけどね」

 

 アルベルトはソファーから立ち上がり、深々と頭を下げて二人に心からの礼を言った。そして、なにやら対立を始めた彼らを微笑ましく見守りながらも退室して、下で待つ彼女の元へと歩き出した。

 

 幸い、アルベルトは生涯を通じて己の道を見失わず、協会本部の敷地へは、二度と訪れる機会がなかった。

 

 

 

1999年9月22日(水)

 

 この日、歴史に一つの区切りがついた。

 

 当日未明の流星街。ハンター協会の所有する飛行船が、わずか一隻で議会前に降り立ったという記録がある。しかし、詳細は何も伝わっていない。これより半日におよぶ空白の時間で、誰が何を為したのか、それは人々の間で常に議論の的となった。が、確実なのはただ一点の史実でしかない。この日の正午、流星街は独立を宣言し、一時間以内に世界各国から公的に承認されたのだ。

 

 事実上の解体であった。

 

 その日のうちに近隣諸国を主力とする連合軍が飛行艦隊を発進させ、新政府からの要請という名目で治安維持活動が開始された。ゴミの廃棄は強制的に中断され、衛生部隊が子供や病人を発見と同時に保護していく。犯罪や暴動は武力を用いて排除された。外の世界の秩序を押し付ける行為には多くの非難や同情の声が上がったが、それ以上に際立っていたのは流星街に対する怒りだった。旅団と流星街の関係が明らかになり、前日に公表されていたためであった。

 

 彼らが受け入れるだけでなく奪っていたという新事実は、世論から見れば裏切り同然に映ったのだろう。この頃、世界は開放感を満喫し、もてあましてさえいたのである。自爆攻撃による報復の懸念も、憎悪を煽ることにしか役立たなかった。蜘蛛がほのめかしていた脅迫は、皮肉にも彼らが地上から滅びた後、故郷の痛恨事に直結した。

 

 住民の生活は保障されたが、国際人民データ機構への登録が一人も洩れなく義務付けられ、不法投棄は禁止された。存在は公認されたものとなり、異質都市としての長い歴史は、終焉を迎えたと言っていい。どこにでもある街を目指して、平凡な幸福へ向けて援助と監視が継続された。最深部は貴重な史跡として認定され、発掘と調査の対象となった。観光資源としての活用も目論み、整備計画も進んでいた。外部に散っていた同胞には、新政府から帰順と生存が呼びかけられた。

 

 長期的な構想はやがて十数年の歳月をかけて完遂される。その頃には市街地も笑顔と活気に満ち溢れ、ゴミの汚染は封印され、人々は牙を抜かれて温恭に堕ちた。計画に携わった人の中には、サトツを初め、多くのプロハンターの名前があった。

 

 

 

 壮麗な山脈の頂上で、一人の女が空を見上げた。蒼く、宇宙へと続く、どこまでも深い空だった。眼下には一つの集落もなく、誰の人影も見えなかった。地層の深い青を雪が覆い、息は白く、手はかじかむ。だというのに、彼女は空ばかりを見上げて佇んでいた。

 

「寒いじゃないか、馬鹿」

 

 真昼の星を見上げながら彼女は呟く。周囲に聞く者は誰もいない。正真正銘の独り言は、しかし、誰かへ向けて放たれていた。

 

 彼女の額には刺青があった。装飾された十文字の紋様。彼女はコートを纏っていた。黒い生地にファーが逆立ち、背中には逆十字が刻まれている。丈を合わせられたその一着は、今や、完全に彼女の体型に合致していた。

 

 だが、そのコートは彼女の趣味には合わなかった。デザインはかなり大げさで、自己主張が強すぎた。よほどメリハリの利いた素材でもなければ、衣装に喰われて滑稽だろう。そして何より彼女には。

 

「……重いよ」

 

 分厚い生地は、重かった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 光の天使が熱に病んで

 あなたは苦海をさまようだろう

 どこよりも出口に気をつけなさい

 きっと蜘蛛の巣に続くから

 

 蜘蛛が脚を噛み切るとき

 あなたは失せ物を取り戻す

 疲れていたら眠るといい

 愛しい天使の腕に抱かれて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※アルベルトは死ななかった。

 

 

 

次回 外伝「御子を見守り奉り 前編」

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