コッペリアの電脳   作:エタ=ナル

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第五話「裏切られるもの」

 極論すれば、試験官は蹴落とすために存在するのであり、受験者は蹴落とされるために存在するのである。トーナメント戦で敗者が脱落するのが当然なように、裏切りの道と名付けられたこの試験も、割り切ってしまえばそれとなんら変わらない。トーナメントで負ける人間が悪いように、ここでは裏切られる人間が悪いのだ。

 

 しかし、裏切るには相手が必要である。僕たちは協力しなければいけないのだ。裏切るべき時に裏切れるよう、できる限り仲良く攻略しながら、水面下でタイミングを見極めなければならないのだろう。

 

 現状、リスクなく裏切れるのは二人だけ。これから控える関門が、裏切られた人物の試験続行に支障がないものばかりである筈がない。仮に二人とも不可逆的状態に追いやってしまったら、三人目から先はギタラクルとの戦闘を覚悟しなければならないことは自明だった。二人しかいない貴重な裏切られ要員をいつ使うか。どれだけ二人を裏切り尽くせるか。いかにして二人で済ませるか。それが僕に課せられた命題である。

 

 というのが、試験官が考えたこのルートの正攻法だと推測される。

 

 まあ要するに、僕は正攻法で攻略する気はさらさらないのである。強いていえば最後の手段。保険扱い。精々そんなところだろうか。しかし、それは正義感に起因する選択ではなかった。

 

 そもそも、僕は裏切りの道に反感を抱いてない。ハンター試験の課題としては、これは適切な内容だと思っている。試験官の立場に立ってみれば、実戦に近い環境で、総合的な能力を評価できる。心身のタフさ、冷静な判断力、状況把握力、対人技能に戦闘能力。その上、受験者にとっては精神的な予防注射にもなる。現実のハントで裏切り裏切られる前に、試験という危険が比較的少なめの環境下で、あらかじめ予行練習できるのだ。試験官個人の嗜好を除外すれば、実に考え抜かれたいい試験だった。だが、それだけに。

 

 もし仮に、この試験をクリアできる人数の上限が、わずか一名に設定されていたとしたら?

 

 裏切りの道で、裏切られる側が常に一人とは限るまい。どうでもいい人物ではなく、絶対に裏切りたくない人を裏切らせる事こそ、この試験の真の趣向だろう。その意味では、僕達がこの道を選択したとき、試験官は小躍りしたはずなのだ。

 

 たとえ試験とはいえ、エリスに僕を裏切らせたくなかった。だから早いうちに対処する。僕が正攻法をとらない理由はそれに尽きた。彼女のためなら喜んで脱落しよう。しかし、きっとエリスは、裏切りを良しとしないだろうから。

 

 裏切りを演出したければすればいい。裏切りたい受験者は裏切ればいい。僕はエリスに別の選択肢を用意しよう。彼女が裏切らなくて済むように。

 

 

 

 二番目のポイントは実にあっけなく通過できた。誰か一人の衣服全部を捧げろと主張する扉の鍵は、しかしその要求を満たす前に、ポンズが発見したカードキーにより無力化された。発見の難易度は一つ前よりはるかに低い。確実にわざとなのだろう。都合のいい裏技のないポイントでも、希望に執着して仲間割れするように。

 

 だが、そこから先がくせものだった。

 

「また分岐……? いったい何時になったら次の場所に着くのかしら」

 

 ポンズが心底うんざりして溜め息をこぼした。先頭のポックルにも焦りが見える。だが現状、彼の進路選択は致命的な間違いを犯してない。オートマッピングの報告する所によるならば、僕達は確実に未知のエリアを開拓している。ポックルの勘は的確だった。優れた嗅覚とでもいうのだろうか。ハンターとしてよほど素晴らしい素質を持っているのだろう。

 

 しかし、同じような分岐をしつこく見せられ続けると、どうしても不安になるのが人間である。第二ポイントと第三ポイントを繋ぐ通路の距離は、それまでより遥かに長いようだった。これも揺さぶりの一つだろうが、実現するためには塔の全体的な構造を考慮して計画しなければならない大掛かりな仕掛けだ。ここまで演出に凝る試験官であれば、僕の撒く餌にも食い付いてくれるかもしれない。

 

「よし……、今度は右だ」

 

 その場でしばらく思案したあと、思い切った表情で彼は言った。

 

「右ね。わかったわ。……大丈夫よ。まだ前の部屋を出てから五時間しか経ってないもの。リミットは七十二時間もあるんだし、これくらいかかって当然なのよ。のんびりいきましょう。ね? ポンズも」

「ああ、すまない。大丈夫だ。焦って失敗なんてつまらない事はしないさ」

「そうね、ごめんなさい。私もちょっと軽卒だった」

 

 この場所にもファントム・ブラックで目印を付けてから、ポジティブに先を進む三人の後ろをついて行く。とりあえず手っ取り早い方法として要所ごとにマーキングを施しているが、これだけではいささか心もとない。他にも何か考えるべきか。

 

 そして、僕の様子を静かに見つめるギタラクル。彼にはそろそろ、悪巧みの相談をした方がいいのだろうか。

 

 彼と小声で相談しているうちに分岐。すぐその後に分岐、上下左右、階段と分かれ道の組み合わせ。そんな通路を進んでく途中、とある分岐に差し掛かった所で、ポックルがふと立ち止まった。

 

「風が鳴いてる。何かあるぞ」

 

 結論からいえば、その予感はまさに現実となった。

 

 

 

 部屋の壁面には金属製の無骨なレバー。隣には感電注意と大書きされた虎柄の看板。そんな、誰もが躊躇するであろう身体機能の根本に関わる凶悪な仕掛けは、ギタラクルによって一瞬で解除された。唖然とする僕達に目をくれず、開いた扉の先を見つめたギタラクルは、しかし微かに顔をしかめた。

 

 扉の向こう、少し進んだ通路の先に、今よりも大きな広間があった。二重関門。なんともまあ、心に揺さぶりをかけたがる事だ。

 

 その大広間には床がなかった。上を仰げば天井も見えない。深い深い奈落への入り口。そんな大穴に四方を囲まれた中央に、闘技場と思しき円盤がある。直径が八十メートルはあるだろうか。巨大な空間に浮かぶリング。そこには、多くの男達が控えていた。

 

「ようこそ! 百対一デスマッチへ!」

 

 中央に佇む大男が叫んだ。彼がリーダー格なのだろう。粗末な上下を着た集団の中でも、人を率い慣れた輝きがあった。

 

「これより諸君の中から代表者を選び、我々全員と戦ってもらう! 選抜は抽選! 武器の使用は禁止であるっ!」

 

 咆哮する大勢の男達。それは間違いなく歓喜だった。野獣のような、と形容してもいいような。

 

「勝利条件は我々全員の打倒か降参! 死ぬかギブアップすると敗北となる! 死亡した場合は次の代表者の選出に入る! ただし! ギブアップした場合は当人のみこの場所の無条件通過権が与えられる! その際、残りの諸君は試験終了までこの場で拘束される! 何か質問は!?」

 

 僕は片手を上げて一つ尋ねた。

 

「抽選で選抜された者が試合前に行動不能になっていた場合は?」

「その場合っ! ハンター試験の棄権を宣言済みか死亡していれば再度抽選をやり直す! そうでなければ気絶していても試合に参加してもらおうっ!」

 

 よくぞ聞いてくれたとばかりに男が答える。なるほど、彼等の考えは大体分かった。僕かギタラクルであれば屈強な男を同時に百人相手にするのも至極容易い。だが、僕達は最後まで選ばれない。最初に抽選で選ばれるのは、十中八九エリスかポンズ。そしてもし戦闘になった場合、デスマッチと称しながら死なせるつもりは微塵もない。ギブアップするまでは時間一杯、適当に玩具にするつもりだ。もしかしたら、ギブアップすら許さない算段かもしれないが。

 

 つまり結論を言うならば、戦闘に長けた僕とギタラクルに仲間を裏切らせるのが、この関門の隠された主眼だろう。

 

「では抽選に入る!」

 

 男が麻袋の中から取り出したのは、やはりと言うかなんと言うか、エリスのナンバーを示す札だった。皆に僕の推測を説明する。ポックルは怒りに顔を赤く染め、弓と矢をきつく握り締めた。ポンズの眼光は激情に染まり、帽子を爪弾いて蜂を静かに呼び出した。二人ともエリスの裏切りを懸念しないどころか、妹のために怒ってくれる気持ちはとても嬉しい。が、当のエリスといえば、無表情で男達を見つめている。

 

「なんなのよ、あいつら! エリス! 気にする事はないわ! 待ってなさい。今すぐ全員始末してあげるからっ!」

 

 念能力も使わずそこまで蜂を操るポンズの技量は見事だ。しかし……。

 

「アルベルト」

「ああ」

「纏を解くわ」

「……あまり無茶をするな。お前の情報も、気軽に晒していいものじゃない」

「ごめん、お願い。許せなくて。命がけの厳しい試験内容を課すのはいいけど、こんな嘲笑うみたいなのは違うと思う。だって、今年だけで沢山の人が亡くなってるんだよ!?」

 

 エリスの怒りは正当だが未熟だ。理不尽に対処する能力を測る試験。嘲笑に耐える冷静さを評価する試験。それらは成立して当然だろう。ハンターとして社会の荒波に晒されれば、そんなもの、日常的に待ち受けている。

 

 それでも。

 

「わかった。エリスが望めば否やはないさ」

 

 最愛の妹の髪の毛に、ぽんと手を置いて僕は言った。呆然とするポックルとポンズの間をとおって、エリスは現れた通路を渡って行く。

 

「お前っ! 見損なったぞこの野郎!」

「そ、そうよっ! あんたあの子のお兄さんなんでしょ! 止めなさいよ!」

 

 二人の危惧はもっともだ。エリスの体術は戦力にならない。たとえ念が使える事を鑑みても、彼女の勝ちは難しかった。エリスの発は大技専用で、この状況下にはそぐわない。対多人数戦闘の経験も技能もない。このような場合、群れに突っ込み掻き回し、主導権を握り続けることが常道だが、エリスの状況把握力では不可能だった。普通にやれば押しつぶされる。それが絶対の真実だった。だが。

 

「ありがとう。その気持ちは本当に嬉しい。でも大丈夫、あいつは勝つさ。必ずね。それより、僕達の後ろに隠れて、少しの間じっとしていてほしい。あと……、できればでいい。エリスをどうか、あまり怖がらないでやってくれないか」

 

 言って、僕は沈黙を貫くもう一人の人物に視線を向けた。

 

「ギタラクル」

 

 無言で続きを促される。

 

「携帯が圏外だ。振り込みは後でするから頼まれてくれ。僕達の堅で二人を守る。五百万でいいかな?」

「ケン?」

 

 疑問の声を上げるポックルを、腕で後ろに下がらせる。ギタラクルが頷くのを確認して、僕達は並んで体勢を整えた。そのとき、彼から小声で尋ねられた。

 

「練?」

「素だよ。エリスは練を修得してない」

 

 その意味は、きっともうすぐ分かってしまう。

 

「お待たせしました」

「ギブアップはするかい、お嬢ちゃん?」

「いいえ。合図はまだです? それとも、もう始めてもいいのかしら?」

 

 闘技場についたエリスは、無表情のまま相対した。舌舐めずりをする男達。勝利を確信した顔だった。背中から歯ぎしりが聞こえてくる。狼の群に襲われる哀れな子羊。眼前の光景は、それ以外の何かには見えなかった。男の一人が、ニヤニヤしながらコインをトスする。試合開始の合図だった。

 

 コインが地面と衝突する。百人の男が殺到する。佇んだままのエリスが、寂しそうな微笑みを浮かべた。

 

 纏。

 

 自然状態で垂れ流しになっているオーラを肉体に留める念の技術。エリスのそれは、その実、絶との複合技に近かった。それが解かれた。それだけで、ただ、それだけだった。

 

 見よ、蒼ざめた馬がやってくる。

 

 吹き荒れる生命エネルギー。垂れ流すだけで圧力をもつオーラ。地上に咲いた新しい恒星。今の彼女に比べたら、暴風雨の方が優しいだろう。次々と倒れ、吹き飛ばされ、あるいは嘔吐する男達。人の纏っていい威圧ではない。人の世にあっていい理ではない。単純に存在の尺度が違う。たったそれだけの事実である。

 

 こんな、どこにでもいる小娘が。

 

 加速する重圧。あまりにも暴虐。ドレスの裾が翻り、母親の首飾りがそよいで踊る。何の事はない。自然に垂れ流されるオーラだけで、物理干渉するほどの圧があるだけである。念を使えない一般人が、この中で生きていけるはずがなかった。

 

 尽く敵が倒れたのを確認して、エリスは一つ深呼吸した。途端、暴れ狂っていた生命力が、彼女を中心に収束する。自らのオーラを制御できる強固な纏。彼女が師匠から教わり鍛え上げた念の技術は、ほぼ全てがこれを実現するためだった。

 

 男達は辛うじて生きてる。肉体的には無傷だろう。精神も、しばらくすれば回復するに違いない。しかし、これだけは言える。エリスが纏をするのがもう少し遅かったら、彼等は確実に死んでいた。

 

 人は、微笑みで殺せるのだ。

 

 

 

 戦いとも呼べぬ戦いが膜を閉じた後、エリスが闘技場に渡った通路が再び現れ、僕達はこの広間を突破することを認められた。おそらくは試験官が見ていたのだろう。途中、確認した男達は思い思いに倒れ、気絶し、悪夢にうなされてはいたが、死傷者は一人もいなかった。

 

 しかし、エリスが無傷で本当に良かった。

 

 あれは実のところ、あまり戦闘向きな力ではない。ある程度の纏か堅があれば防げるし、同じように貫けもする。正味の攻撃力も大した事ない。エリスは流どころか凝もできないのだから。それでも、彼等の心を折るには十分だった。いざ、万が一の事があれば念弾で援護するぐらいは迷わずしたのだが、懸念で済んだのが嬉しかった。

 

「なんだったんだよ、あれは……」

「そうだね。ハンター試験に受かれば分かるさ。今教えられるのは、それだけかな」

 

 宥めるようにポックルにいう。彼は、そしてポンズも真っ青だった。僕達の背中に隠れていても、相当ショッキングだったらしかった。それでも、エリスを避けないのがありがたかった。むしろ彼等の方から積極的に、エリスに話し掛けてくれている。妹は本当にいい友人を持った。

 

「……あれ?」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとな。この場所、さっきも通った気がしたんだが……、いや、まてよ?」

 

 分岐点に来た時だった。ポックルが突然立ち止まった。何か違和感があるのだろう。腕を組んでじっと考え込んでる。裏切りの道という状況で仲間に素直に相談できる人格。違和感を的確に拾い上げられる直感力。それを気のせいと断じない判断力。それらを駆使し積極的にパーティーメンバーを統率するその姿勢。全て正しい。未熟なアマチュアの戯れ言だが、彼はきっといいハンターになる。そう思った。

 

 なおかつ、ポックルの疑問は的確だった。オートマッピングも内耳の耳石と三半器官を利用した簡易慣性位置システムも、ここを一度通った分岐点だと報告している。ならばなぜ彼が違和感を感じているのだろうか。それは、明らかに辿り着いてはいけない順路でこの位置に帰ってきたからだった。

 

 おそらく、迷路全体を動かす大掛かりな仕掛けが存在する。

 

「ちょっといいかな? 実はさっきから一度通った場所には目印を残していてね。この辺りに……、あれ? ないぞ?」

「通った事ない場所ってことか?」

「ああ……、多分そうだと思う」

 

 ファントム・ブラックの痕跡が残されてない事を確認し、ポックルと一緒に首を傾げる。確かに具現化系の能力とはいえ、こうもすぐに完全消滅する程やわではないはずだ。そう、誰かのオーラに掻き消されでもしない限り。

 

 今の僕の様子を、試験官は監視カメラで見てるのだろうか。

 

「仕方がない。先へ進もう。どうやらオレの勘違いだったみたいだ」

 

 決断したポックルに同意しつつ、隙を見てファントム・ブラックで再びマーキングする。今度はかなり強めに念を込めた。簡単に落ちる事のないように。

 

 横目で確認したギタラクルは、カタカタカタと佇んでいた。

 

 

 

 微かに、カタリと異音が聞こえた。確認するまでもない。隣のギタラクルが爆発した。遅れずに僕も追従する。床を蹴り壁を蹴り天井を蹴る。堅は既に展開してる。疾走。否、もはや既に飛行に近い。踏み締めた壁面が陥没する。景色が滝のように流れて行く。いっそ音すら置き去りにしてしまおうと、僕達二人は全速力で今来た迷路を逆走した。

 

 先ほどの分岐点まで戻ったとき、そこに屈んでいたのは顔面に傷のある男だった。最高速のまま飛来する僕達。驚いて腰から二本の曲刀を抜く男。反応があまりに悪すぎる。そこは離脱するべきだろう。いや、そんな暇すら与えないが。

 

 曲刀を投げようとするモーションを視認して、ギタラクルの飛び蹴りが炸裂した。面白いように迷宮を弾む二刀流の男。僕は彼に追い付いて、空中で拘束してしたたかに床に叩き付けた。

 

「やあどうも。お勤めご苦労さまです」

 

 顔面近くに着地して、朗らかな表情を選択する。余裕を演じ、立場の違いを分からせるための常套手段だった。男は唸りながらも堅すらしない。あまりに拙い。恐らく、プロハンターではないだろう。そのような制度は聞いた事がないが、ひょっとすると、試験のため雇われたアマチュアといったところだろうか。

 

「もうお察しでしょうが、僕が残した念は罠でした。失礼ですが、あれだけ陰湿な試験内容を考えた方々です。意に沿わぬ状況が続き苛立てば、それぐらいはすると思ってました。でも、まさかこんなに早く餌に食い付くとは思わなかったな」

 

 ファントム・ブラックを劣化させるのは、一般人が垂れ流す生命力でも可能だ。それぐらい弱い能力だけど、しかしさすがに、短時間で消すなら最低でも纏ができる程度の能力者がいる。つまり、試験官はそこそこの手駒を使ってこの場所の目印を消したわけだ。

 

「確認しておきますが、あなたが試験官ではないですよね。試験官自らがこそこそ暗躍するのはこの試験の趣旨に反するでしょうし、なにより、責任者が管制できる場所を離れるとは思えない。現在進行中の試験は、僕達のルートだけではないのですから」

 

 試験官に手をあげて不合格になった、という話をヒソカから聞いた。一次試験が始まる前の事だ。さすがに、それは少しまずかった。しかし、試験官が試験のために運用し、かつ直接的な妨害を担当させるための人員なら、受験者が排除すべき障害の一つのはずだった。そうであれば僕達は、それを正当な手段で実現したというだけになる。

 

「ぐっ……! 畜生っ! 嬲るかッ! 早く殺せっ!」

 

 伏したまま、悔しそうに唸る男。抵抗は無駄だと分かっているのだろう。しかし……、僕は一つ溜め息をついた。

 

「勘違いしてるようだけど、僕の目的は貴方の命じゃない。クリア条件はあくまでも、スタートから七十二時間以内に地上に辿り着く事なんだ。むしろ殺人みたいなマイナス査定を喰らいそうな行為については、必要最小限にしたいぐらいだからね。まあ、命なんてどうでもいいと言うのなら、後ろの怖いお兄さんに身柄を任せるだけだけど」

 

 当たり前といえば当たり前だが、こんな気合いが入った迷路といえども、いや、だからこそメンテナンスハッチは存在する。いちいち屋上のあの入り口から入るのでは、人手がいくらあっても足りないからだ。

 

「悪いけど、諦めて裏切ってもらいたい。貴方の雇い主の思惑を」

 

 男の顔のすぐ隣に、ギタラクルが針を飛ばした。それが、止めとなった。

 

 

 

「オイ! 大丈夫か! 一体何がどうなってるんだよ!」

 

 ドタドタと三人が駆け戻って来た時分には、男は情報をすっかり吐き出していた。信じられないが、これでもプロハンターらしかった。去年の試験でヒソカに一蹴されたという試験官、それがまさしくこの彼らしい。今年は雪辱が目的だったそうなのだが、可哀想だが、この実力では挑戦しても言わずもがなだったろう。

 

「ああ、親切な人がいてね。この人が裏切りの道から途中下車する方法を、隅々まで詳しく解説してくれたんだ」

 

 言って、念のことをぼかして説明した。ポックルとポンズは終始胡散臭そうにしていただが、どうやら出れるらしいことは分かってくれたようだった。

 

「それで、どうする? 優等生に徹するならこのまま裏切りの道を進むという手もあるけど、とりあえずギタラクルは抜けるらしい」

 

 裏切りの道の名前を出されて、三人とも実に嫌そうな顔をした。どうやら結論は一緒らしい。クリアの方法としては若干変則的かもしれないが、この道を進みたがるよりは精神的に健全だと思う。

 

 その後、僕達はエレベーターで地上に直行した。道筋全体を変形させ順路を変える機構自体が、管理エリアへのアクセスも兼ねていた。なるほど。これならよほど大きな円を張らない限り見つからないはずだった。

 

 第三次試験突破記録は十五時間三十四分。地階には、ハンゾーを始め既に数人の受験者がいた。

 

 

 

次回 第六話「ヒソカ再び」


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