夜の世界に生きる存在。
人は彼らを妖怪と呼び、畏れた。
しかし、その存在を広く知らしめた人物が一人いた。
今宵、その人物をよく知る妖怪と人間が、ほんの一時、その人物について語り合う。

※この作品は遅ればせながら、水木しげる先生追悼作品として、急ごしらえで執筆したものです。
本当に短い作品ですが、読んでいただけたら幸いです。
水木しげる先生、いままでお疲れ様でした。
自由になったとはいえ、まずはゆっくり、人間の世界での疲れを癒してください。
また、ご遺族の方々、関係者の皆様にはお悔やみ申し上げます。

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妖しきものを描きし人へ

 昼と夜。

 人が光を手にしてより千年、その境界はあいまいなものとなり、人は夜の世界にも恐れることなく足を踏み入れるようになった。

 しかし、もともと夜の世界に住まう住民たちがいることを、人はいつしか忘れていた。

 人間は、その奇妙で奇怪な妖しき者たちを、かつては"妖怪"と呼んでいたことすらも。

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 昼の光が届かない闇の中、一人のちゃんちゃんこを着た少年が歩いていた。

 カラコロ、カラコロと軽快な下駄の音が響く中、少年は一つの屋台を見つけた。

 「……らっしゃい、鬼太郎さん。寒かろうて、なんか食べて行きな」

 「やぁ、おでん屋さん。ははは、ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて……」

 鬼太郎、とおでん屋の大将から呼ばれた少年の顔が、屋台の光に照らされ、明らかとなった。

 日本人めいたその名にしては珍しい、茶色の髪の毛は顔の半分を隠している。そして、蜂の腹のような模様をしたちゃんちゃんこの下には、青い服を着ている。

 その風貌に、大将は何も言わず、おでんが移された器を二つ(・・)、鬼太郎の前に差し出した。

 ほかほかと温かな湯気を立てているその向こうには、大根、卵、ちくわ、昆布と、おでんの具としては一般的な食材が並べられていた。

 そして、もう一つの器には、同じ食材が並べられていた。

 「こっちは目玉の親父さんの分でさぁ。熱いから、気をつけてくだせぇ……いま、燗をつけますよ」

 「おぉ、それはありがたい」

 どこからともなく、明らかに第三者の声が響くと、鬼太郎はうっすらと笑った。

 「父さん、飲みすぎないでくださいよ?」

 「わかっておるわぃ」

 鬼太郎に答えながら、髪の毛の中から、目玉が飛び出してきた。

 その目玉には、人間の体がついており、自分の足でおでんの器まで歩いていった。

 大将はその様子をまったく怪しむことなく、ただかすかに微笑みを浮かべながら見守っていた。

 鬼太郎と目玉の親父さんが取り出した大根に息を吹きかけてから口に加え、はふはふ、と口の中で冷ましながらも、おいしそうに食べている様子を見ながら、大将はそっとため息をついた。

 「……そういや、げげるの旦那はもうそっちについたころですかい?」

 「……ん?水木しげる先生かい??」

 大将の問いかけに、鬼太郎はゆで卵を口元に運ぶ手を止め、大将に視線を向けた。

 水木しげる、というのは、人間の世界に住んでいる漫画家だ。

 だが、鬼太郎は時々、彼に自分たち妖怪の存在を広めてもらうため、夢の中だけでなく昼間のうちにも怪しげな思念を送り、彼に漫画のアイデアを与えていたというのは、夜の世界の住人にとっては有名な話だ。

 現に、そのアイデアと、水木しげる本人の熱意がかっちりとかみ合い、彼が鬼太郎の物語を描き始めてからすでに半世紀以上が経った今も、鬼太郎たち、妖怪の存在は広く世に広まっている。

 だが、その水木しげる氏も寿命には勝てず、とうとう、その天命を全うした。

 おでん屋の大将はてっきり、彼の霊魂が鬼太郎たちの住む場所へ向かったものだと思ったようだ。

 その意図を察してか、鬼太郎は、くすり、と薄く、しかし悲しげな笑みを浮かべた。

 「……いいや、まだ来てませんよ……ほんとにマイペースな人だから、今頃は日本各地だけじゃなく、行きたがっていた南の島にでも行ってるんじゃないでしょうか?」

 「ははは、そいつぁ実に、あの人らしい……まぁ、まずは閻魔様のお裁きってところでしょうが、あの人のしてきたことを考えりゃ」

 大将はそういいながら、ほかほかと湯気を立てている鍋に視線を落とした。

 あまり知られていない、いや、数々の栄誉のために忘れられている(・・・・・・・)ことだが、水木氏は従軍経験がある人間だ。

 その際に敵軍の攻撃に会い、片腕を失っている。

 大将が気にしていることは、御国のため、という名目があったとはいえ、「戦争」という、人間の最も愚かしい行為で、自分の手を汚していたことだろう。

 「うむ……じゃが、あまり厳しい御沙汰は下されぬじゃろうて。先生は儂ら妖怪だけではなく、戦争の愚かしさや虚しさを題材にした作品も世に出したからのぉ」

 まぁ、それでも、もし地獄行きなどという御沙汰が下されようものなら、儂ら妖怪が総出で先生を弁護するがな。

 鬼太郎に小さく切ってもらったちくわぶをほおばりながら、目玉の親父が熱く語った。

 『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』といった妖怪や恐怖を題材にした作品が主であるためか、それとも、それらがテレビとして取り上げられたためか、知名度は低いが、水木氏は戦争を題材にした作品も世に出している。

 その一つが、死地に派遣された兵士たちの苦しみを描いた、『総員、玉砕せよ』だ。

 大将も、この本は持っていた。

 自身は、戦争を経験したことがないため、実感はない。だが、その絵から伝わってくるものに、幾度か、本を閉じてしまったことがある。

 「……ははは、そん時は頼みますよ。みなさん」

 その様子を見て、なおも薄く笑みを浮かべた大将は燗につけた日本酒をお猪口に注ぎこみ、親父の目の前に置いた。

 親父はそのお猪口を手にするでもなく、持ち上げる出もなく、よじ登り、とっぷりと全身をつけた。

 その姿は、まるっきり、風呂に入る父親そのものだった。

 「……父さんのその姿を人間のみなさんが見ることが出来るのは、あと何年さきになるんでしょうねぇ……」

 「そうじゃの……漫画として描き上げられてから、テレビに出て数十年。先生がこちら側に来てしまったから、もうあまり機会はないじゃろうが、水木先生を慕っておった若い人間は多いと聞く。先生のほかにも儂ら"本当の妖怪"の想いを受け取ってくれる人間が、いつか現れるじゃろうて」

 「そうですな。最近の人間は、何でもかんでも『妖怪のせい』『妖怪のせい』って言いやがる……おまけに"地縛霊の猫"だから"ジバ○ン"なんざ、名付けに風情も何もあったもんじゃねぇ」

 「ははは……確かに、僕たちの住処に変な妖怪たちが住み始めましたけど、あれを"妖怪"と呼ぶには抵抗がありますね……」

 大将の言葉に、乾いた笑みを浮かべ、鬼太郎は最後に残されたはんぺんをほおばり、立ち上がった。

 親父も満足したのか、お猪口から出て、鬼太郎の方へと走り寄っていった。

 鬼太郎は駆け寄ってきた親父を両手で包み、頭にのせると、ポケットから財布を取り出すしぐさをしたが、大将がそれを制した。

 「……香典の代わりでさぁ、お代は結構です」

 「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

 「今度は水木先生とご一緒に来てくだせぇ……あっしも、あの先生のファンなんでさぁ」

 「お逢いで来たら、声をかけておきますよ。それじゃ、ごちそうさま」

 「へいっ!またのお越しを」

 カラコロ、カラコロ。

 軽快な下駄の音とともに、鬼太郎と親父は去っていく。

 おでん屋は彼らが食べていった食器を片付けながら、その音を聞いていた。

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 やぁ、人間のみなさん。

 僕はゲゲゲの鬼太郎です。

 このたび、僕らの生みの親である水木先生が人間の世界から僕たちの世界に引っ越してきたようです。

 先生が描いた作品をつうじて、僕たちの存在を知った人たちも数多くいるでしょう。

 でも、先生は決して、お亡くなりになったわけではありません。

 もしかしたら、あなたの後ろで何をしているのか興味津々に覗き込んでいるかもしれないですよ。

 ……いずれにしても、先生が人間世界でのお仕事を終えたので、ここは人間のみなさんと同じようにご挨拶させてもらいましょう。

 水木先生、お仕事、お疲れ様でした。

 今はゆっくりと休んでください。

 ……では、僕らもこれで。

 あぁ、一つ言い忘れていました。

 水木先生が人間の世界(そちら)でのお仕事を終えたからといって、僕たち妖怪がいなくなるわけではありませんよ?

 最近出てきた奇妙な妖怪たちだけでなく、僕たち本物の妖怪(・・・・・)は、いつもあなたたちのすぐそばにいることを忘れないでください。

 それでは、本当にこれにて……。




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