「私がソラたちを連行した後、再び顔を合わせたのは2日後でした。連行したその日に、脱獄したという知らせを受け、カセドラルの下にあるバラ園にてエルドリエという騎士と戦い、これを退けます。そこから、おそらくカーディナル様の元へ匿われ、武器……彼らが持っていたのは神器でしたから神器の記憶解放や完全支配術を学んだのでしょう。そこから《熾焰弓》のデュソルバート殿を打ち破り《天穿剣》のファナティオ殿の率いる騎士団を打ち破って私のもへとたどり着きました」
「……そう考えると、先輩たちって結構な強者たちを倒してアリス様の元へたどり着いたんですね」
「ええ、皆が皆人界の誇る無双の騎士たちでした。ですが、ソラやキリトに関してはこのアインクラッドという城を攻略し続け、妖精の世界、鉛玉の飛び交う世界を超えてきた戦士たち。その時の私は知る由もありませんでしたが、何故ソラのような真っ直ぐで美しい剣を使う人があのようなとこをしでかしたのか全く理解できなかったのです」
「私の話を聞いて、漸くその内容がわかったわけですからね。それでも、ソラ先輩がやったことは禁忌目録に違反することでしたし、それをさせた私にも責任はありますから……」
アリシアの顔が若干陰るのを見て、私は態とらしく咳き込んだ。
「アリシアの話から私の話になると、一気に殺伐とした話になりそうで困りますね……それでは少し長くなりますが」
この間連行してきた3人の罪人は噂によれば既に50階の大回廊を守護していたファナティオ副騎士長と彼女の親衛隊である『四旋剣』を打ち破ったこととなる。
さらに、その下ではデュソルバート殿を打ち破ったとも報告では聞いていた。
……だが、不可解なことが一つ。
元老長であるチュドゥルキンは彼らを闇の国の密偵だと私たち整合騎士に伝えた。
しかし、私たちが戦ってきた暗黒騎士とは決定的に違う部分が一つだけあったのだ。
そう、不自然なまでに決定的な違いが。
「何故、彼らは下した騎士たちを殺めなかったのでしょうか」
そう、私たち整合騎士にも暗黒騎士に敗れたものたちはいる。私は顔も知らない整合騎士が幾人も暗黒騎士に殺されたと整合騎士として呼ばれた当初から聞かされたことがある。
そう、私たち騎士同士の戦いは基本的には殺し合いだ。
だが、彼らの戦いを聞く限りでは傷を負わせることがあっても致命傷とはなり得ない、騎士たちの持つ神器すら破壊せず数時間もすれば動けるようになってしまうような傷しか与えないのだ。
金木犀の木の下で来たるべき戦いのために剣にたっぷりとソルスの光を浴びさせながら思考する。
「そもそも、彼らはどうしてそのような行いをしたのでしょうか。倒すべき敵、協会への叛逆者というのは一先ず理解できますが、闇の国……ダークテリトリーの密偵というのには納得できません」
それに、あの拘束した青年たちの中の1人。
確か、名をソラと言ったか。
彼ほどの意思の籠り、真っ直ぐな瞳の青年が何故そのようなことをしたのだろうか。
遠くで風素の一際大きく爆発する音が聞こえた。
これは、50階から繋がる昇降板でここへと上がって来る際に聞こえるものだ。
ならば間も無く彼らが来るのだろう。
修剣学院の学生たち。
到底、私たち整合騎士に敵うものかという慢心は捨てる。
彼らはすでに数名に及ぶ騎士たちを戦闘不能へと追い込んでいるのだ。それも、致命傷を一度たりとも与えないという余裕すら感じさせる戦い方で
ガコンッと昇降板がここ80階へたどり着いた音が聞こえた。
余計な思考は一度切り捨てる。
目の前に現れるのは正真正銘、私の敵たり得る存在なのだ。
人の姿が3人分、視界に入る。
先頭は尋常ではない剣気を感じさせる青年ソラ
その後ろを黒の青年
さらにその後ろを青の青年が私の目の前に現れる。
彼らが声をかける前に、私の方から声をかけた。
確かに彼らから見れば、私はこの金木犀の下で安らいでいるようにも見えるだろう。実際、そうする場合もあるのだから。
「少しだけ、待ってください。今日はソルスの光が一段と強いので《
その言葉に彼らはピタリと止まり、私を見つめる。
見たところ、彼らの装備は直剣が二振りと今まで見たことのない細身の剣が一振り。
押収した時に一度引き抜こうとしたが、ピクリとも動かなかった武器を見て、私は訝しげに彼を睨む。
それに気がついた彼も私を見て少し驚いた顔をした。
目が合った瞬間、どちらともなく目をそらす。
この間彼を見た時から、どこか懐かしいようなそんな気がするのだ。そして、覚えのない感情まで湧き上がってくる。
それを振り切るように、私は立ち上がる。
木へと姿を変えていた愛剣を手元に手繰り寄せる。
「……その木そのものが神器ってわけか」
「ええ、私の神器。《金木犀の剣》はこの世界で最古の金木犀を剣へと鍛え直したものです」
手元に花びらが集まり、それはやがて黄金の剣へと姿を変える。
「公理教会、整合騎士。アリス・シンセシス・サーティ。人界を脅かす、叛逆者としてお前たちをここで打ち倒すものです」
静かに、剣を構えて名乗りをあげると彼らのなかから一人、前に出てくるものが居た。恐らく、私と戦うのは1人と決めていたのだろう。後方で待機しているがあの水色の剣からは夥しいほどの冷気が漏れているのを見る限り彼が危なくなったら助けるつもりなのだろう。
「両儀一刀流剣術後継者ソラ。騎士アリスに尋常な勝負を申し込みます」
私では鞘から抜くことすらできなかった剣をことも無さげに抜き放ち、漆黒の刀身に真紅の刃を携えた細身の剣を構える。
「相手が誰であろうと構いません。1人づつ来ると言うのなら全員打ち倒して再び牢の中へ送り込むだけです」
彼と戦いたくはないと言う思いが、心の中で溢れ出して気が狂いそうになるがそれを必死に抑え込む。
頭の中に、見覚えのない光景が浮かぶがそれを振り切る
そして、2人同時に駆け出した。
初手からギリギリ目視できるほどの速度で振るわれる神速の剣に私は辛うじて反応することに成功する。
そして、数瞬の鍔迫り合いが起きるも、どちらも押し切れないと悟って次の攻撃へと移る。
「「───はあ!」」
互いの剣がシンクロし合うように、まるで今までずっと一緒にいたかのような錯覚に陥りそうなほどぴったりと合わさる。
互いに初めて剣を合わせるはずなのに、彼の振るう剣の方向、クセ、その全てが理解できる。
───この身体でソラは倒せないわ。あなたが倒そうとしても私がさせないもの───
頭の中でそんな声が聞こえる。
彼に出会ってから幾度と聞こえるようになった
(私と彼の立会いの邪魔を……するなっ!)
心の中で誰かに叫び返すが、剣は確実に彼の剣を落とし、そして彼の剣に弾かれる。
純粋に剣術での戦いで優位を取れないならば剣技を発動させるしかない。
私が最も愛用し、信頼する剣技を彼に向けて放つ。
それに対抗するように彼はその剣の刀身を真紅に染めて反撃してくる。
私の一撃に対して、7連撃にも及ぶ剣技を惜しみもなく使い、防ぎきる。
私はそれに驚きを隠せなかった。
私たち整合騎士とて二撃以上に及ぶ剣技を扱うものはいない。それは私たちは自身の持つ一撃の剣技を究極までに極め、それを必殺とするからだ。
それに対して、彼は流麗でありながら極められた7連撃にも及ぶ連続剣をいとも容易く使用したのだ。
確かに、その剣技を見れば下の階層で一騎当千とも謳われる整合騎士たちを破ってきたのも納得はできる。
しかし、それが私の敗北につながるかどうかはまた別の話だ。
「お前のその剣技、確かに見事なものです。しかし、それほどの剣技を扱うあなたが何故殺人という大罪を犯したのです!」
「それをあなたに言う必要があるか?俺は必要だと思ったからやった、それだけだ。貴女こそ、こんな腐った世界で何を守るために戦う?」
ひどく冷めた目で私を見つめ、そして逆に問いかけてきた。そんなものは私が騎士としてここにきた時から決まっている
「この人界の平和のためです!市民たちが安心して笑って暮らせるように、日々戦い、世界を守るのが私たち整合騎士の使命だからです!」
「公理教会が敷いた貴族の制度が、数多の市民を苦しめていると言うことに何故気がつかない!騎士は戦うだけが仕事じゃないだろう!貴女が央都の担当だと言うのなら!貴族の間違いを正すのが貴女たちの役割のはずだ!」
振るう剣を一際力強く振るい、再び至近距離での鍔迫り合いが起こる。
「確かに、貴女たち整合騎士はこの央都を含め人界の希望の象徴だろうさ!闇の国から侵攻してくるゴブリンをはじめとする異種族を相手取り平和を守っているのは貴女たちだ。だが、剣技をただ継承し、それを遊び感覚で振るい、与えられた権力を横暴に振るう貴族だっている。逆に言えば、貴女たちが頑張りすぎるから剣術を継承する本当の意味も忘れ!その剣が何のために生み出されたのかすらわからないまま見世物にされつづけるんだ!」
「…………それはっ!」
否定、出来なかった。
確かに、報告では上がってくるのだ。
私が管轄している地域はここ央都。
央都には特に貴族階級の高いものたちが過ごしている。
その中には確かにその地域の領主に対しての不満が綴られているものもあった。
領主でないにしても次男やその親族への対応をしてほしいとそう言う声は確かに私の耳へは伝わっていた。
しかし、それを行うのは私の担当ではないと目をそらし続けた。私たち騎士の役割はダークテリトリーの暗黒騎士やゴブリンなどの異業種と戦い、人界内での犯罪者をここセントラル・カセドラルへ連行することにあるからと
「俺の傍付き錬士だった子が口にしていたさ。『私たち貴族が剣を継承し、それを収めるのはいつかダークテリトリーから魔物が現れた時に市民を守るために戦うためで私はその役割に誇りを持っています』って!そう言う貴族の子だっている!そんな清くて真っ直ぐな子がただ気にくわないってだけでその身体を蹂躙されていいわけがないだろう!」
悲痛な叫びは私の心に重くのしかかった。
そう言う貴族だっている。
それは私だって知っていた。
その最たる例がペンドラゴン卿とアーデルハイト卿なのだから。
更に強く押し付けられる彼の剣は僅かに熱を放っているようで、私は彼の剣を無理やり押し返した。
「……しかし、法は法です。私は法の番人として貴方たちを下さねばならない。貴方がそう語るのなら今回の一連の騒動。事の発端は私たちの管理不足からくるものなのでしょう。それは確かに否定できない。心に傷を負った貴方たちの傍付き錬士には後ほど謝罪をしましょう。ですが、先程私は言いました。人を殺めるのは大罪だと。そして、私は法の番人であると!」
金色の刀身が千を超える花びらへと変化して彼へと襲いかかる。
それを防ぐかの様に彼の前に炎の壁が現れた。
恐らく、それが彼の剣の根源。
つまりは記憶解放の類なのだろう。
「このまま行っても、剣も話も平行線だ」
「ならば、私の持てる全てで貴方を倒します」
互いに剣を握る手に力を込めて同時に振るった
「「
花たちが大きな斬撃となって彼へと襲いかかる。
それに対して大きな炎の剣が花たちを迎え撃つ。
私の記憶解放により姿を変える花たちは炎系の攻撃にはめっぽう弱い。
しかし、それを補う様にこの場に満ちる莫大な光素を花の斬撃に乗せた。
時間にして10秒、しかし、それは私にとってはとても長い時間だった。
「くうぅぅぅう!花たちよ!お願い、この一撃を届けさせてください!」
「頼む、『紅音』!この一撃を届けさせてくれ!」
互いの剣に全霊での思いを込めて届けさせてくれと願う。
しかし、互いの記憶解放によって起こされる余波は私たちの誰にも予想できなかった自体を引き起こした。
花と炎が互いに出力を抑えられなくなり、暴発した事でカセドラルの壁へと大穴を開けたのだ。
外から吸い込まれる様に剣を合わせていた私とソラが外へ放り出される。私たちが外へ放り出された瞬間、大穴の空いた壁は一瞬で元に戻ってしまったのだ。
「ここまでが、私がソラと戦った話です。この時の私はソラの言葉に言葉を返すことができませんでした」
今思えば、懐かしくそして、一番心が乱れた日だっただろう。あの日の出来事があったから私は変わったのだから
「……私も今のソラ先輩とアリス様を見ているとそんなことがあったとは思えないです」
「そうですね……あの時の私も今の様にソラの隣にいることは想像もできなかったでしょう」
「それにしても、アリス様の頭の中に響いてた声?ですよね?それは一体何だったんですか?」
アリシアが首を傾げて問いかけてくるのに、私は少し苦笑いしながら答える。
「それも含めて話ましょうか。次は私とソラがカセドラルの外へ放り出されたところからですね」
そう、私のソラを追い求めるキッカケとなった一晩と私が私の中に辛うじて残っていた《アリス・ツーベルク》との対話の話を