「ゼノ」
ロビーを歩いていた赤髪のアークスは、不意に名前を呼ばれて、そちらに視線を向けた。
彼を呼んだのは、黒いキャスト――オーラルである。丁度、アークスシップに用があったため、立ち寄ったところを、昔世話したアークスを見つけたのだ。
「! 師匠! 久しぶりだな!」
オーラルの姿を見るやいなや、赤髪のアークス――ゼノは嬉しそうな声を上げた。
「相変わらず、ハンターで活動しているのか?」
「まぁな。だが、ちゃんと任務はこなしてるぜ。最初の頃はレギアスが茶々を入れて来たけど、キッチリ実力を証明して黙らせたからな」
「ちゃんと、戦えているなら
規律を重んじるレギアスとは違い、オーラルは本人の意志を尊重していた。無論、あからさまに危険な兆候があれば諭す事もあるが、少なくともゼノはハンターとして標準以上の立ち回りが出来ている。
ある種の“天才”に分類される才能を持ち、将来、大きな役職に就く可能性があるアークス候補であった。
「お前に依頼を持って来た。とは言っても、信用できるアークスには声をかけているのだがな」
「て、事は。人手が必要な依頼なのか?」
「ああ。遺体探しだ」
一週間前のアークス研修生の修了任務。ナベリウスに出現したダーカーによって、その日程は大きく乱れてしまった。当日にナベリウスに居た正規アークスは、ダーカーと交戦し、何とかこれを殲滅できたが、代わりに戦い慣れない研修生に被害が出てしまったのである。
現在、死亡、又は行方不明となっている研修生の身内たちが、本人の捜索願いを出していた。
「けど、遺体って事はないんじゃないのか? 行方不明の奴もいるんだろ?」
「一週間もナベリウスで、まともなノウハウもない研修生が生き延びられる可能性は皆無だ。現在判明している発進信号から、行方不明中で連絡の無い研修生、全ての死亡が確認されている」
「だけど……ダーカーは一定数殲滅したぜ?」
あの場には自分もいた。無論、ダーカーと戦い、何人か助けたと記憶している。それに眼に着くダーカーは全て倒したハズだった。
「研修生がやられたのは、ダーカーじゃなく原生生物だ。目先の
研修生の修了に選ばれるほど安全とされているナベリウスだが、ピクニックが出来るほど安全と言うわけでは無い。無論、原生生物も多く存在しており、危険な地であるのは変わりないのだ。当日は、凶暴な大型原生生物が、特に少ない時期だったのだが、ダーカーの出現によって縄張りを荒らされ、修了任務の
オーラルは言い加える。今回の遺体回収で、“遺体”が見つかればまだ良い方だと――
「エコーにも声をかけている。連絡を取り、二人で任務に当れ」
ナベリウスには、アークスしか降下できない。故に、こういう任務は必然とアークスの役回りとなるのだ。
ゼノは、必要な事を告げて去っていくオーラルの背を見ながら、自然と拳に力が入った。
「お前は休んでろ、ルーキー。ここからは、俺の戦いだ」
ゼノは、身の丈ほどある大剣型の武器――ソードをフォトンで背に出現させて、目の前に現れた二体のロックベアを見据える。
ロックベア。まるで岩に手足が生えた様な外見は、その体躯もあって彼よりも二回り大きい。太い腕も岩を繋ぎ合わせたような剛腕であり、それだけでも人のサイズを凌駕していた。
「先輩。アレは原生生物ですか?」
シガは始めて見る大型エネミーに、事情を知っているゼノに尋ねる。
「奴の名前はロックベア。この辺りの地域のボスって所だ。奴には既に、12人のアークスが犠牲になっている」
「! そんなに……」
アークスは原生生物と戦う事も必要であると言われているが、それほどまでに被害が出ているとは思わなかった。
「……危険な相手だ。ルーキー、お前は下がってていい。俺が相手をする――」
そう言いつつ、ゼノはソードを背負ったまま無造作に歩み寄っていく。
こちらよりも遥かに大きな体躯を持つ原生生物。まるで巨人のようなその姿は、一体でも苦戦は避けられない相手だろう。しかし、彼は眼の前の二体に向かって臆することなく歩を進めていた。
そして……ゼノが間合いに入った刹那、ロックベアの一体が剛腕を振り上げる。
「――――先輩!!」
車が突進してくるような圧力が彼を襲う。しかし、その剛腕は大きく空振りをし、腕を振った勢いを抑えきれずにロックベアは仰向けに転倒した。
「え?」
その様子にシガは、自分の見ている光景を疑った。間違いなく、ロックベアの攻撃は彼を捉えたように見えたが――
「――――」
ゼノは転倒したロックベアに一瞥し、何事も無かったかのようにもう一体のロックベアに歩を進める。
対するロックベアは、何か……得体の知れない
見切り。単純に、武術の一部を突き詰めると辿り着く境地である。
だが、対人用を想定して創られた武術の立ち回りに、体格や骨格の違う原生生物やダーカー相手に有効に機能するのか?
それは、現在のオラクルでも終わらない口論が続いている。その道を極めていても、あくまで対人用。だから、人以上の体躯、挙動をもつ存在には役に立たないとも言われていた。
しかし、今、この瞬間において、これだけは確かだった。
「…………」
そして、ゼノは、一撃も受けることなくロックベアの前に悠然と立つ。背のソードの柄にゆっくりと手をかけ――
その様子にロックベアは、掌と両腕を開いて、彼を叩き潰す様に勢いよく腕を閉じた。
「ッラァ!」
腕に押しつぶされるよりも早く抜撃したゼノは、そのままロックベアの表層を力の限り斬りつける。まるで岩を斬ったような音が耳障りな音が響き、体皮が僅かに砕けて散る。その重撃でロックベアは片膝ついていた。
そこへ、最初に転倒したロックベアが立ち上がっていた。ハンマーの様に拳を握り、彼に振り下ろす。
ゼノは横に転がって攻撃を躱す。土埃が上がり、若干視界が覆われる。
「…………」
分かっているし、理解している。こういう職業だ。危険であり、命の危機を感じる事も日常茶飯事だ。だから、少しずつ前に進まなくてはならない。
『研修生がやられたのは、ダーカーじゃなく原生生物だ。目先の
それが、ゼノが教えてもらった最近の被害報告だ。
戦って死ぬのはいい。仕方ないと言われてもしょうがないだろう。だが、今回の犠牲者は――
ゼノは、前後でロックベアに挟まれていた。
前方のロックベアは腕を大きく横殴りに、後方のロックベアは掴みかかる様に、攻撃を仕掛けてきている。
「一週間前に、ナベリウスに居たのは
目の前のロックベアの拳には、ソードの側面を強く打ちつけるフォトンアーツ『スタンコンサイド』で弾き返し、その反動で後ろへ振り返ると同時に、フォトンアーツ『ソニックアロウ』を背後のロックベアに飛ばす。
流れる様なフォトンアーツの運びに、二体のロックベアはそれぞれの攻撃で大きく仰け反った。
そして、サイズは大きく劣る彼を、強敵と認め、僅かな理性から慎重に距離を取ることを選択する。
「ふー」
息を吐きながら、身体を横にして二体のロックベアに負けず劣らずの立ち回りを披露したゼノは、ソードを寝かせて次の攻撃に備えていた。
二体一にもかかわらず、互角以上に立ち回っている。本来なら、大型エネミーは数人で戦うのが基本であると言われているが、彼は一人で二体を討伐しかねない勢いであった。
「――――」
その時、背後のロックベアが、別の何かに気を取られてそちらへ攻撃を繰り出す。攻撃を繰り出された存在は、そのままロックベアの股下を滑る様に抜けて、彼の背に駆けつけた。
「先輩。なんとなくですけど……いや、全くの予想なんですけど……先輩が戦う理由がわかりました」
彼の背に立ったのはシガだった。一体でもまともに戦えばただでは済まない大型原生生物。いくら、優勢に立ち回れるとは言え、流石に二体一は分が悪いと見ていた。
「気に入らないかもしれないですけど……背中を預けさせてください」
シガは、敵意を向けてくる目の前のロックベアを見定める。
「片方はオレが、きっちりと翻弄するんで。先輩はもう一体の瞬殺をお願いします」
二体一では不確定な勝率だが、一対一であれば、彼が負ける事は無いとシガは思っている。それほどに、心身共に頼もしいと思える先輩であった。
「…………お前、名前は? まだ聞いてなかったよな?」
背後から背を向けたまま彼が訪ねてくる。
「シガって言います。まだアークスになってひと月も経ってない
彼からすれば、自分など足手まといも良いところだろう。だが、足手まといなりに、少しでも出来る事をしたいと思っていた。
「いや……頼もしいぜ。シガ」
思考を二分する必要が無くなり、ゼノは目の前のロックベアにソードを構える。
シガは、納刀したカタナの鞘を左手で握り、いつでも抜刀できるように中腰で構える。
「行くぞ――」
二人は
ゼノです。先輩の名前です。正直言って、熟練アークスはこれくらいの実力があると思うんですよ。
次はシガがロックベアと戦います。とは言っても、新人なのでもちろん大型原生生物とは戦闘経験はありません。
次話タイトル『The persons who fight 人の最前線へ』