ただ、怖かった――
何もできない。自分が――オレ自身が……何も護れない無力な存在であると、この一週間、ずっと思っていた。
記憶を失う。それは、まるで世界に取り残されたような錯覚と、戦う事も出来ない身体の無力さに、ただただ、怯えていた。
だから、
一週間の間。けれど、たった一週間。怖さを、怯えを、振り払うように、武器を振り続ける。左腕が不完全なオレは、アザナミさんに言われた、カタナの構え方では力が発揮できなかった。それでも……何が何でも、オレがオレ自身に怯えないためにも――
見つけたかった。
見上げる程の体躯。人の胴体程の太い腕。岩の様に背や身体の要所から突き出る武骨な角。前かがみに落す重心を支える短い両足も筋肉質で原始的な能力を携えていた。飛び道具を持たず、使わず、己の体躯と拳と腕力に絶対の自信を持ち、
ロックベア。それが、岩がそのまま意志を持って襲い掛かってきたように錯覚する、大型原生生物の名前だった。
ロックベアは、両腕の拳を打ち慣らし、独特の威嚇で眼前のシガへ敵意を向けていた。
「見えてるよ――」
シガは
ふと、
爆発にも似た、落下音が辺りに響き、衝撃が周囲の木々を揺らす。
巨体から想像もつかない瞬発力で飛び上がると、そのままシガの上に落下したのである。巨大な体躯と重量が成せる、技とも言えない攻撃。しかし、
「現れた時に、その瞬発力は一度見てる」
シガはロックベアと場所を入れ替わる様に、前に転がって躱していた。まだ、カタナは納刀したままである。
ロックベアが両腕の力で逆立ちする様に起き上がる。そして、用いる瞬発力で間合いを一瞬で詰めると――
「――!?」
巨大な丸太のような剛腕がシガを襲った。
ロックベアにとって戦いとは己の誇示に過ぎない。
産まれ持った、原生生物としての巨大な体格。小型生物など、拳の一振りで数多く屠ってきた。
群など必要ない。単身で持つ、体格、腕力、瞬発力を前に倒せなかった生物はほとんどいなかった。一部、自らと同体格を持つ獣が存在するが、ロックベアにとってすればさほど脅威では無い。
この身体から生み出される拳の威力は、身体全体をバネにして繰り出す事で単調ながら、驚異的な威力を持つ。鋭く、そして速く、そして――不敵。
それが、原始的に殴り倒す事に特化したロックベアの戦闘手段だった。
「――っと。すっげぇな」
ロックベアのこちらの命を狙って来る剛腕を、下がり、屈み、巧みにかわしていた。相変わらず
彼は避ける度に、近くを流れる風圧で態勢を崩しそうになるが、耐えて、耐えて、攻撃の
シガの最終適性結果。
試験教導官マールー。法術適性B。
試験教導官リサ。射撃適性C。
試験教導官オーザ。近接――――
「――――」
ロックベアと向き合って、初めて納刀されたカタナの鯉口が切られた。
シガの狙ったのは、迂闊に多く踏込み、大振りしてきた右ストレート。ソレに合わせて、抜刀し、腕の付け根を狙って緑色のフォトンの刃が斬りつけられる。
適性B――
「タイミングが合わなかったか――」
通り抜ける様にロックベアの背後に出たシガは、攻撃フォトンの集束タイミングが合わなかった事を気にかけつつ、再びカタナを納刀する。
そのシガへ、ロックベアは振り向くと同時に巨大な拳で再び殴りつける。シガの一刃で、僅かに拳は傷ついているが、さほどダメージは無い様だった。
「――――」
単調で、放ったロックベアの苛立ちを感じ取れる、迂闊な一撃。
又もシガは、潜る様に動きながら、同時にカタナを抜刀。同じ腕を斬りつけ、ロックベアの背後へ抜けた。
「今のも合わなかった……」
三度、ロックベアの攻撃。ソレを針の穴を通す様にシガは躱し、同時に抜刀にてダメージを蓄積していく。
片腕が義手のオレには、これしか……戦闘形態は思いつかなかった。
ロックベアが向けてくる、こちらの命を狙う剛腕を躱して……一閃。振り向きの裏拳に合わせて、こちらも懐に潜り……抜刀。
それは、地味な“居合い”の形。
派手さも、力強さも感じない。常にカタナを鞘に納めて立ち回る
しかし、本来の腕の様に、両手で添えてカタナを振ることが出来ない以上、片腕だけでも最大の力を発揮する、『居合い』意外に、シガは構えを思いつかなかった。
戦いに入ってから、ロックベアは不思議と驚いている。
この体躯と瞬発力をもってして……目の前の敵を捉える事すら出来ないのは、最初に対峙した
シガは大きなロックベアに、あえて距離を詰め、懐に入る事で大きな腕の稼働範囲の内側へ入る。その結果、ロックベアは無意識に攻撃の打点をずらしてしまっているのである。
これは、自分よりも遥かに大きな身体を持ち、人型であるロックベアだからこそ、通じる立ち回りであった。
アザナミさんに悪い事をした。せっかく頼りにしてくれたのに、こんな不完全な構えでなければ……オレは戦えない。
辿り着いた『居合い』を基本とするカタナの攻撃モーション。だが、これは片腕で力の加減が難しいシガが、武器を安定して使う為に辿り着いた構えなのだ。両腕のある人間が使えば、自ずと力不足を指摘されてしまうだろう。
「余計な事は帰ってからだな」
今は、目の前の敵に集中しなければ。大自然の溢れる惑星ナベリウスの生態系は、弱肉強食。当然、このロックベアも、その連鎖に入っている。だから、その向けられる片腕に攻撃を集中した。
相変わらず、ロックベアはシガを捉える事が出来なかった。それどころか、攻撃する度に確実に貰うカウンターによって、狙われ続けた片腕は、体毛の下に合った皮膚を浅く切りつけている。ダメージの蓄積は、明らかにロックベアが上だ。
このまま、この攻防を続ければ狙われ続けた腕が、大きなダメージを受けるのは時間の問題である。
「勝つ……せめて、アザナミさんが、創ろうとしているモノを証明する!」
それぐらいしか出来ない。だからこそ、ここで負けるわけにはいかないのだ。
ロックベアの攻撃。この一撃を躱して、その腕を貰う――
シガは今まで以上に、次の一撃を深く斬り込む為に集中した。間合いは完璧に身体で計っている。躱すルートも、踏み込むタイミングも完璧――
ロックベアの一撃。今までと変わらない動作から繰り出された、剛腕をシガは躱し――きれなかった。
「!! がっ――」
まともに左側から殴りつけられたシガの身体は、くの字に折れ曲がる様に、近くの木をなぎ倒し、バキバキと木々が折れる音を響かせながら吹き飛んでいく。
「――――」
唯一、シガは見誤った。ロックベアの怒り時の瞬発力は、通常時の倍近くまで跳ね上がる。ソレによって、刹那の見切りでの立ち回りに、僅かなズレが生じていたのだ。
シガの攻撃を受け続けて、怒り状態になっていたロックベアは、上がった瞬発力で彼を易々と捉えたのである。
ロックベアは、片方を始末したと、ゼノの方へ身体を向ける。そちらは攻撃の受け流しなどを駆使して、正面から殴り合うようにもう一体と対峙する構図になっていた。
「――――俺に何か用か?」
自分の戦うロックベアから、視線を外さずにシガを打ち負かしたロックベアにゼノは問う。
「お前ら、
ゼノは、自らの対峙するロックベアの拳を側面に躱しながら、身体を横に向け、振り下ろされた剛腕にソードを叩き込む。
シガを始末し、味方の援護に回ろうとしたロックベアは、不意に自らに向けられる
「……がは! はぁ……はぁ……」
血を吐き、息も荒く、折れて倒れた木の幹に手をかけながらも立ち上がって武器を持つ
そう、
本能で生き残ろうとする戦いでは無く……信念を貫こうとする者との戦いを――
瀕死ながらも立ち上がったシガ。次で決着がつきます。負けるのもある意味勉強です。
次話タイトル『ARKS 第一歩』