24.Bonds 二人の距離
「ナベリウス?」
「そー、惑星ナベリウス!」
二週間後、シガはロビーでマトイと会話を話していた。二人とも、記憶喪失であるため定期的な診断を必要としており、今回は丁度日程が重なったのだ。
「一言で言えば大自然。森とか丘とか、人工的な自然環境じゃなくて、風が吹いて木々を揺らしてる。マイナスイオンが凄まじかった」
「へぇー」
アークスシップではどうしても手に入らない情報は、惑星に降りた際の実体験だ。これは、ある意味アークスの特権とも言える事柄で、一般市民では特別な事情が無い限りは、惑星への降下は許されていないのである。
「シガは、もういろんな惑星に行ったの?」
今現在でも、確認されている惑星は三つある。
一つ目はナベリウス。よくシガが任務を受けて赴く、大自然が特徴で知的生命体はおらず、原始的な食物連鎖によって生態系が成されている惑星だ。
二つ目はアムドゥスキア。地表には噴き出て固まった溶岩によって形成された洞窟で覆われている惑星であり、原住民が存在しているが、現在では交流が途絶えているらしい。
三つ目はリリーパ。外見からも見るに、地表の殆どが砂漠に覆われている惑星で、知的生命体は今の所、可能性だけが確認されている惑星であった。
「あ、いや……うん。中々厳しくてね」
現在、アムドゥスキアとリリーパの進入任務を受けているが、その独特の環境からうまく立ち回れていないのだ。そのため、適性が無いと判断され、今のところはナベリウスしか進入許可は出ていないのである。
「やっぱり、厳しい世界なんだね。でも、無理して怪我するよりは、少しずつ前に進む方が良いと思う」
マトイちゃんの言う事は最もだった。実際に、悩んでいる所で
やはり自分自身で釣り合う実力を持った上で、堂々と惑星に足を踏み入れたいと言う気持ちが強かったのである。
それに、まだまだ届かない。修了の時の【仮面】とゲッテムハルトさん。あの二人の域に手を伸ばすには経験が足りなさ過ぎる。ここ最近は、頻繁にあるオーラルさんの訓練でようやく、リサさんの薄ら笑いを止めさせるまで危機感を与えるようになった(それでも撃たれまくっているが)。
「まだまだ、新人の域は出ないから。変に背伸びしない様に心がけているよ」
無理に背伸びするのではなく、自分の出来る幅を見極めて、少しずつ、あの領域に足を向ければいい。
「うん。シガが無事だと、わたしも嬉しい」
ここ最近、マトイちゃんは良く笑顔を作れるようになるとフィリアさんが言っていた。病棟でも比較的に健康体である為、老人たちの話し相手や、簡単な手伝いなんかもやっていると言う。
「そう言えば、マトイちゃんは何か思い出した? オレはからっきしだけど」
と、共通の話題である“記憶喪失”について話を振る。シガは映像の様に走馬灯が走ることがあるが、全て断片的な事柄ばかりで、相変わらず解らない。
「わたしのこと? ……ごめん。あんまり思い出せない」
少しだけマトイは表情を暗くして答えを返す。皆が助けてくれているのに、自分自身の事は全く進展が無い現状に若干の罪悪感を覚えている様だ。
「普通の事は覚えてる。常識も、言葉も全部わかるよ。けど……わたしの周りのことは、なんだか靄がかかってて……思い出そうとすると――」
マトイは無意識にこの
一瞬でいくつかの映像が頭に流れ、連続でカメラがシャッターを切るように、高速で切り替わっていく。
“聞いてみたいこと、いっぱいあるんだ。しっかり付き合ってもらうよ?”
“何でもお答えしますよ? ちなみにオレの好みは――”
“ああっ、うわわわっ!? え、あれ、なんで、どうして?”
“驚きすぎだろ。会いに来ただけで動揺しすぎ”
“平和になるそのときまで、ふつうの女の子はお預け。……それまで、とっておく”
“……お前は、馬鹿だな”
“……ああ……これはもう……だめだね。どうしようもないや……”
“そんな事言うなよ……オレが……護るから……だから――”
「………――――」
マトイは眼を覚ました。場所は、自分が利用させてもらっている病室でベッドに寝てしまっていたらしい。どこまでが夢だったのか境が曖昧だった。
「おう。急に倒れるから心配したぞ」
と、混乱している所に横からもっとも安心できる声が意識を呼び起こす。そこには、シガがベッドの端に座って端末でどこかに連絡を取っていた。
「シガ……」
「なんか、悪かったな。無理に思い出させようとして」
マトイは、一時間ほど前に強い頭痛によって倒れてしまったのだ。丁度、フィリアもメディカルセンターから離れており、適切な処置を出来なかったが、無事に眼を覚ました事で、ようやくシガは安堵する。
「……ごめん」
と、マトイの口から出た言葉に、つば悪そうに後頭部を掻くシガは驚いて彼女を見る。
「シガの名前だけ覚えていたから……すがってしまってた。迷惑だったよね……」
シガとマトイは、何か関係がある。それがオーラルの出した結論であった。名前を教えず、マトイがシガの名前を知っていた事と、シガがマトイに対して、無意識に強い感情を呼び起こされた事がソレを決定づけている。
しかし、本人たちは何も知らないのだ。
お互いの関係。なぜ、自分に関わる記憶はすべて消えたのに、互いの事を強く記憶しているのか。どちらかの記憶が戻れば、それに繋がって片方の事も判明するだろう。だが、それがいつになるのかは、現在の科学でも判断する事は出来ない。
「迷惑……か。そんなわけないさ」
なんとなく、マトイは彼ならそう言うだろうと思っていた。だから、そう言われても特に何も感じない。
「ありがとう、シガ。気まで遣わせちゃって……ごめん」
その優しさが逆に彼女の心を苦しめていた。知らないから罪悪感に苦しむ。せめて、彼の事だけでも覚えていれば、どれだけ救われただろうか。
「わたし、がんばって思い出すから。少し時間はかかるかも……だけど必ず、思い出すから……」
それが、自分自身がもっとも手繰り寄せなければならない事柄であると――
すると、頭に何かが触れる感触が走った。俯いた顔を上げると、シガが隣に立ち、頭を撫でていた。
「え? シガ?」
驚いたように彼女はシガに視線を向ける。そして、何をされているのか理解すると途端に恥ずかしくなって彼と眼を合わせられない。
「まぁ、なんていうかさ。責任感は大事だと思うよ。でも、それとこれとは話がまるで違う」
シガはマトイの頭から手を放すと、左腕を見せる様に向けた。
「これが、オレのアークスとしての、か細い繋がりなんだ」
「アークスとしての……繋がり?」
マトイは、隣に椅子を寄せて座ったシガに問う。
「そー。
物で繋がる繋がり。左腕はアークスとして活動できるようになった事で、多くの繋がりを得た証でもあるのだ。だが、その繋がりは今後、永久に
「アークスとして、色々な人と出会った。恐ろしいと感じる人や、一緒に逃げ回った親友や、尊敬できる人たち。でも、ソレは
左腕が無ければ、修了に参加できなかった。アフィンとも会う事も無かっただろうし、アークスとなることも出来なかっただろう。
「だけど、マトイちゃん。君とは違う」
最初から、彼女だけは違った。目に見える形の繋がりでは無く……確かに心と心が繋がっていると確信できる感情。
仮面に彼女が殺されかけた時に激怒した事も、眼を覚ました彼女に名前を呼ばれた時も。言葉では言い表せないような……彼女との“繋がり”を感じていたのである。
「優しさでも、理屈でもない。この左腕以上の“繋がり”があるって事を、君が教えてくれた」
ロックベアと対峙し、本当の意味で追いつめられた時、咄嗟に映ったのが
彼女もオレの名前を、失った記憶の中で唯一覚えていてくれたのだ。きっと、自分たちが考えている以上に大きな絆で繋がっている――
「だから、マトイちゃん。すがってるとか、そんな事はオレからすれば本当に些細な事だ。寧ろ、どんどんすがってくれ! 大歓迎!」
冗談交じりにも、シガの言葉はマトイの心の中のある感情を揺さぶった。その込み上げた感情によって、マトイは――
「……シガ」
温かい涙が流れていた。悲しみでは無く、嬉しいと言う感情から。
「ありがとう」
今までで最高の笑顔でシガへ微笑んだ。
「シガ。それと、“ちゃん”はつけなくていいよ」
「いや、オレとしては、女の子には紳士な態度で――」
「わたしとシガは、他人じゃない。だから、呼び捨ての方がわたしは嬉しいな」
「…………そうかな。マトイ」
「うん」
「よし! マトイ。ハグしようか、ハグ」
「ハグ?」
「そう。こうやって、悩んだり、心が苦しいと感じた時に行う行為なんだ。心が温まる」
「どうやるの?」
「腕を開いて」
「うん」
「それで、このまま抱きしめる!」
「なんか……恥ずかしいな……」
「いや、結構日常的にやってるもんよ? いっちょ、ここいらで常識の一つを取り入れよう!」
「う、うん。腕を開くんだよね?」
「そー」
「それで?」
「オレが近づくから、座ったままで良いよ」
「マトイさん! 大丈夫ですか!? 倒れたって聞いて――」
「あ」
「フィリアさん」
「大丈夫そうだな」
「オーラル」
「…………オーラルさん。私はシガさんにちょっとお話があるので、少しの間マトイさんをお願いします」
「あはは。マズイ! そう言えば頼まれた依頼があるんだった!! イカナキャナー」
「こっちの方が重要です。シガさん……道徳の勉強をしましょう?」
「こっちを見るなシガ」
「さぁ、行きますよ。特別に手術室で講義です」
「嫌だぁ~!!」
「…………なにをやってたんだ?」
「ハグ」
マトイが空気にならない様に必至に描写したりしています。
EP1は本当に、マトイが空気なので。
次話タイトル『Worries お悩み相談アークス、シガ』