弱肉強食。
文字通り、弱者は強者の肉となり食される、“本能の理”である。常に、“肉”を求め続ける強者が居る限り、弱者は単なる“肉”でしかない。
そして、強者が肉と認める己の“糧”を判断する方法はただ一つ――
『獣の嗅覚』
それは、ただ臭いをかぎ取るだけでは無い。時に防衛本能として、時に牙を立てる瞬間を見極める為の重要な器官として機能する。
だが、ソレは理解して持ち合わせるモノではなく、未だ人の理論に及ばない人の意識の奥底に存在する、“限られた者”だけが覚醒する圧倒的な“本能”だった。
今現在、
その一瞬で相手を
さらに場所は
その拳は、決して正面から受けてはならなかった。
ゲッテムハルトの戦いぶりをいくつも目の当たりにしてきたシガは、ソレだけは解っているつもりだった。全てにおいて、ゲッテムハルトの動きはシガを凌駕している。
その突き出された拳は単なる一撃では無い。
威力、速度共に何とかシガの反応できる程の質の高い代物であり、後ろにフーリエが居る事もあり、彼は
「――――」
重い音が響く。その拳を受けると同時に身体を砕かれそうな威力を、身を持って痛感した。だが痛みに反応して肉体と思考が硬直する前に、身体は流れる様に動いていた。
その突き出された腕に飛びつきながら足を絡めるとそのまま全体重を使い、拘束する様に関節技――肘十字へ移行する。
なぜか、ヒューイとの訓練で付き合わされて不本意に習得したその動きは絶対に使う事が無いと思っていた対人用の
「――――ハッ」
そのまま、絡めた全体重に押されて、ゲッテムハルトが倒れるのがシガの予想した未来だった。だが、彼はシガの全体重を
「!? 嘘――」
シガが両手と拘束を放して次の動作に移るよりも速く、ゲッテムハルトは彼の服の襟首を掴む。そして、残っている片腕で絡みついているシガの足へ力を加える。
パキッ。と嫌な音を聞いたシガは、一瞬で脳に伝わった
「カハッ――」
その威力に意識が飛びそうになったが、気を失う間もなく横から襲ってきた蹴打に辛うじて反応する。かろうじて左腕で受け止めるが、機能停止している機甲種を巻き込みながら転がり吹き飛んで行った。
「シガさん!!」
フーリエの声。ただシガは自負の念に駆られていた。
自分は甘すぎた。戦闘力の差は圧倒的。ソレは解っていた……解っていたハズなのに……ゲッテムハルトさんを殺してしまう事に気を使ってしまった。最初から実力はおろか、考え方でさえも勝ち目なんて無かったのだ。
戦いは対峙してから2秒で決した。
シガの敗因は“弱さ”と“甘さ”。一度の接触で足の骨と肋骨の一部を砕かれ、一瞬で戦闘不能に追い込まれたのは必然とした敗北なのだった……
「あーあー。やっちまたなァ……まぁ、いいか。次はちゃんと殺しに来い」
ゲッテムハルトの興味は吹き飛んで行ったシガから完全に消え去っていた。彼としてはもっと楽しませてくれると思っていたが、シガが全力どころか命に気を使ってきたのである。ゲッテムハルトとしては今の2秒間は
「シガさ――」
フーリエは機甲種の残骸を巻き込みながら砂地から突き出ている、柱に背中から当って停止したシガへ走り寄ろうとして、
「あァ? なんだ、このちっちぇーのは――」
この喧騒が珍しいと思ったのか、好奇心の強い小動物がトコトコ近づいてきた。兎の様な耳だが熊の様な身体を持ち、腰ほどまでの小柄な体躯の生物。
フーリエは、その姿を見て直感した。あの時、視界が
「まぁいい。どうせ、ダーカーに汚染されて俺たちを狙ってるんだろ?」
それはゲッテムハルトにとって当然の動作であり、彼らの命は
「アークスとして、ここで始末しておかないとなァ!!」
振り上げる拳へ抵抗できる者も、止める事が出来る者も居ない。場所は秩序の無い砂漠の惑星。ただこの場にいる獣だけが殺意与奪の権利を行使できるのだ。
「ダメッ!!」
それでも、その身を挺して護る事は出来る。彼女に出来る選択はそれしかなかった。
機甲種よりも容易く屠れる小動物の始末はさほど労力を要らないと、ゲッテムハルトとしては軽い一撃だったがそれでも、近接職の武器装備の一撃は強力なモノには変わりない。
フーリエは、狙われた彼らを庇う様に間に入ってゲッテムハルトの一撃を受けた。治ったばかりの装甲にヒビが入る程の一撃に思わず片膝を着いて蹲る。
「何?」
ゲッテムハルトは驚く様に、哀れむ眼でフーリエを見下ろしていた。何やってんだ? 馬鹿か、と――
「……っ……大丈夫? 今のうちに……早く逃げて……」
勝てる可能性は皆無で彼を止める事も出来ない。フーリエは自分の実力を理解し時間を稼ぐ事しか出来ないと悟っていた。だから、背後にいる小さき恩人を護るにはこの身を削る事でしか護る事が出来ないと――
「テメェの敵を、身を挺して庇うとか……お前、気が狂ってんじゃねぇのか?」
「敵じゃ……ありません! この子たちは……私を助けてくれた! だから……今度は私が……」
すると、背後に庇っていた恩人が逆にフーリエを護る様に前に出た。その小さな体が震えているが、それは彼がフーリエとゲッテムハルトの違いを明確に認識している証明だった。
「本当に……本当によぉ……くだらねぇ。そんな事を考えてるお前もくだらねぇ。そんなに敵と戯れたきゃ……テメェもアークスの敵だァ!!」
その彼の行動はゲッテムハルトの逆鱗を突いた。本気の拳を振り上げる。ソレは『トランマイザー』を易々と戦闘不能にする一撃を更に超えた一撃。フーリエもろとも“敵”と認識した彼女の恩人へ振り下ろされた。
「――――」
そんな中、フーリエは目の前に立った小さき恩人を庇う様に抱きかかえてその一撃に対して背を向ける。
そんなモノでは耐えられないと解っている。それでも彼女は最後まで自らの命と抱える小さき恩人の命を投げ出す事は出来なかった。
最後まで僅かな可能性を諦めない。その選択しか、この場の弱者には選べない運命だったのだ。
フーリエは、訪れる“
“強く在れ”
綺麗な夜の桜を見上げていた。それを見納めの様に見上げるオレの隣に扇子を片手に一緒にその景色を眺める瞳があった。
“力の無い者が無理に力を誇示しても、それは結局のところ単なる
彼女は笑う。少女の様な笑み。色の違う両目。額に生える一本の角――
“その中で、どうしようもない
彼女は言った。その元を去る、その日に……手向けの様にその言葉をオレにくれたのだ。
“強く在れ。どんな存在も許せるほどに、どんな存在にも優しくなれるように、そして……どんな理不尽からも――”
ただ、無意識だった。
失われていた記憶が視覚へ駆け巡る。今までの様に、無理やり映像が引き出た走馬灯ではなく、その言葉を告げていた
明滅する意識でも、その眼には目の前で脅威にさらされているフーリエさんが映る。ゲッテムハルトさんの周りにフォトンが見えている。だから……止められる。止めなきゃいけない!!
強く在れ。どんな理不尽からも――
「大切な
その意志を体現すると同時に、フーリエへ狂者の拳が振り下ろされる。
アグレッシブゲッテムサマーです。正直、この人はアークスでも上位クラスだと思います。EP1が終わったら、仲間になると思ったのになぁ。
次でシガとフーリエの探索は終了です。
次話タイトル『Lilipur heart 星の心』