「――――え……」
「あァ?」
その場に居る全員が理解できないと言った眼で目の前で起こっている状況に驚く。
ゲッテムハルトの拳は振り下ろされている。彼は大気を貫くほどの拳速を放ていた。
フーリエは出来る限りフォトンを防御に回し、少しでもダメージを抑える為に身を強張られていた。
だが、二人が本来、感じるべき感覚は何も無かったのである。その理由を瞬時に把握したのは、全てを無言で見守っていたメルフォンシーナと――
「――――」
左腕を戦闘用に発動し、柱に背を預けて立ち上がれぬまま、開いた掌を向けているシガだけだった。
ゲッテムハルトの拳速で舞い上がった土埃によってフーリエを護る様に、細く、光る軌跡が見える。彼の拳に巻きつく様に、周囲の柱や機能を停止した機甲種から伸びるフォトンの“糸”は、完全にその動きを拘束していた。
「おいおい……なんだァ? こりゃぁ――」
怪訝そうに止まっている拳を動かす。周囲の“糸”が繋がっている根元が、ミシミシと音を立てるだけで拘束は解けない。
「……お前ら……本当に言葉も通じねぇ奴らと交流なんて出来ると思ってんのか!?」
自らと反する意志を見せつける二人――フーリエとシガに、ゲッテムハルトは苛立つように叫ぶ。その拘束されている腕はさほど気にしていない様子で、二人の護ろうとする意志だけを否定していた。
「……オレは、ゲッテムハルトさんやフーリエさんみたいに、疑うことなく前に進める程の強い目標はありません。けど――」
その道を必ず見つけると決めたのだ。オレ自身が求める力を……そして、何よりも――
「大切な者を護る為に“力”が欲しかった。ゲッテムハルトさん……アナタの力が――」
「…………くだらねぇ」
相変わらずの様子に、シガは笑いながら何とか柱を掴み片足で立ち上がる。
「……はは……ですよね。でも、オレは――護りたかった。フーリエさんとアナタを――」
いくら高い実力を持つゲッテムハルトと言えど、世間的にはただのアークスだ。それが惑星降下中に、他のアークスを殺してしまったら間違いなく重い処罰を科せられることになる。それは誰も望まない結末だろう。
「……ちっ、いい子ちゃんが!」
ゲッテムハルトは拳を通して腕まで巻きついている“糸”を力付くに引き千切った。その際に“糸”の繋がっていた物体の根元が壊れて拘束が解ける。千切れた“糸”はフォトンの軌跡となって空間に溶けるように消えた。
「わかっちゃいねぇ……オマエらは、何もわかっちゃいねぇぞ!」
そして、意外にも
「そんな奴らでも、いずれはダーカーに侵食されて狂う! そうなった時にテメェらは殺せんのか!? そんな甘い考えが今までの悲劇を生んできたとは思わねェのか! ああ!?」
「…………」
そのゲッテムハルトの問いにシガは答えられなかった。ただ、フーリエはそれでも曲がらない自分の意志を伝えるようにゲッテムハルトを見つめる。
それでも、信じたい、と強い瞳は彼に訴えていた。
「キャストのくせに……そんな目で俺を見るな」
「ゲッテムハルトさん。信じる事ってそんなに“弱い”事なんですか?」
シガの言葉に今度はゲッテムハルトが口をつぐんだ。そして、これ以上は会話する事さえ無駄だと悟ったのか、一度強く舌打ちする。
「一気に冷めた。帰るぞ、シーナ」
何か思う所があったのか、殺すつもりの一撃を見舞っていた様子から、多少張りつめた空気が抜き出た様子で彼は二人に背を向けて去って行く。
「……シガ様、失礼します。それと、ありがとうございました」
「シーナ! とろとろしてんじゃねぇ!!」
「は、はい! すみません!」
丁寧に礼をして、メルフォンシーナは慌てて歩いて行くゲッテムハルトへ追いついて行った。
「…………シーナちゃん」
良い娘なんだけどなぁ。うーむ、スリーサイズとか教えてくれないかしら――
「リー! リー!」
「おっとと」
聞き慣れない鳴き声は、例のちっこい生物が発した声であると解った。シガは『青のカタナ』を杖代わりにして、フーリエに歩み寄る。
彼女は肩と腕の装甲を破損していた。“機甲種”の攻撃でも耐えられるように調整したと言っていた装甲にヒビが入っている。これで本気でない一撃とは、本当にゲッテムハルトさんは色々とヤバイ人だ。
「……大丈夫です。私、頑丈なのが取り柄ですからね」
フーリエは、片足で器用に歩き、横に腰を下ろしたシガの様子を見て、申し訳なさそうに謝る。
「ごめんなさい! 私の所為で……シガさんに怪我を――」
「フーリエさん。これは当然の事をしたまでです!」
「ですけど……」
「男が女の子を助けるのに理由は要りません! だから、この傷は支払うべき対価って所です。でも、結局は護り切れませんでしたけど……」
結局、
「ほ、ほら! 私ってキャストですから! こんな怪我は怪我の内に入りません!」
落ち込んでいるシガの様子を察したフーリエは何とか元気づける様に、そんな事を口にする。
「フーリエさん」
シガの真剣な眼差しに、フーリエも緊張しながらその瞳を見つめ返す。
「女の子が怪我して大丈夫とか言ってちゃダメです! もっと自分を大切にしてください!」
「は、はい!」
と、シガは自己満足したのか、ようやくいつもの調子を取り戻した。そして、先ほどゲッテムハルトの攻撃を止めた事を思い出す。
「シガさん。先ほど、あの人から護ってくれたのはシガさんの力ですよね」
「そう……なんですかね」
あの時、どうしようもない一瞬で、目の前で失われる命を諦める事は微塵も無かった。無かったからこそ、自分に出来る事に対して極限まで集中した。
それが、フォトンの流れを視覚で捉える結果に辿り着いたのだろう。だが……それによって発生したあの現象は予想していなかった要素だ。
「まるで、“糸”みたいにフォトンが形を作っていました。一瞬で彼の攻撃だけを止めた……結果的に、誰も死なずに済んだんです」
フーリエには、
先ほどのゲッテムハルトがフーリエへ拳を振り下ろしていた時、シガの存在は完全にフリーだった。座った状態でも、“爪”を展開すれば、ゲッテムハルトを横から貫く事も難しくなかった。
どちらかの命を救う為に、どちらかを殺す。その選択が最も多くの者達が生き残れただろう。だが、シガの放った一手は、その血みどろの結果が強く出ていたその場で“誰も死なずに終わらせる”という未来を引き寄せたのである。
とは言っても、相当なダメージを受けたのは
「うごご……ア、アバラが……折れてるんだった――」
と、落ち着いて緊張が解けたのか激痛を思い出した。やっぱ、ゲッテムハルトさんの拳は半端無い。上手く衝撃を逃がしたつもりだったが、掠ってこれだ。
そんな彼の様子にフーリエは慌てて
「ふー、ありがとうございます。少しだけ楽になりました」
飲み干したら少しは痛みが和らいだ。まだ痛いが、我慢できない程ではない。すると視界の端に岩陰からこちらの様子を伺う例の生物たちを視界に捉える。
「本当に居たよ……」
シガもこの眼で見るまで信じられなかったが、確かに惑星リリーパで生きている生身の生物だ。しかも服を着て二足歩行している。
「……わかっています。あの人の言う事も一理あるんです」
フーリエは“彼ら”を見ながらゲッテムハルトに言われた事を思い返していた。
「ダーカーが居る限り、狂ってしまう可能性は常にあります。そうなってしまったら、倒すしかない。それは……アークスである以上、私がやらないといけない事です」
恩返しがしたい。その意志に嘘偽りが無くても、結局は問題の先送りでしかない、とフーリエは現実を認識している。だが、それを容易く納得したくはないのだ。
「私は、それでも信じたいんです」
すると、その中の一匹が心配する様に歩み寄って来る。先ほどフーリエを庇った一匹だ。
「ありがとう……心配してくれるの?」
「リっリっ!」
意志表す様に全身で何を言いたいのか伝えている様だ。声と言うよりは鳴き声。これは翻訳機で解読できる声ではない。理性のある意思疎通は難しそうだ。
残りの者達は未だ距離を取って物陰から見守っている。見た感じ、凶暴な肉食性があるとは思えない。臆病で小柄だから生き延びたのだと推測すると、“機甲種”と戦うアークスの存在は恐怖の対象でしかないのだろう。
「たはは……まだ怖いみたいですね」
「いや、でも一歩は踏み出せたんじゃないですか?」
遠巻きの彼らを見て落胆するフーリエだが、足元に居る彼は紛れもなく心が通った証拠であるとシガは見ていた。
「彼らが、きっと……この星の“心”ですよ」
“機甲種”と“ダーカー”の蔓延る砂漠の星――リリーパで心を持つ星の住人は彼らである。
フーリエの行動は、オラクルにとって……とても大きな一歩であり、この瞬間は歴史的瞬間なのではないのかとシガは感じていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、物語は少しだけ戻る。
「……やはり、一筋縄ではいかんか――」
「っ……」
周囲は対象を逃がさぬようにドーム状の隔離空間が設けられていた。
その中には片腕を喪失し、装甲にヒビの入っているオーラル。
深いダメージを負ったクーナ。
威嚇する様に唸り声をあげる、抹殺対象の造龍。
そして、オーラルの放れた腕部が握ったまま、地面に突き立つ、錆色の刀身のカタナ――
それは、シガとフーリエがゲッテムハルトと対峙する少し前。彼らの居た場所から、
次はリリーパでのオーラルとクーナVSハドレッドです。こちらは本作オリジナル展開となります。
次話タイトル『The another order 定めと向き合う』