「お、オーラル。帰って来てたんだ……」
マトイは親に恥ずかしい所を見られた娘のように、顔を真っ赤にしてしおれて行く。
「さっき帰港した。何か問題は無かったか? 定期検査はフィリアに一任していたが」
「全然っ大丈夫だよ! 私もシガも、元気……」
今度は、背を向けてロビーを去って行くシガの背中を思い出す。どんどん歩いて行って、その背中を最後に二度と会えないのではないかと、最近は思う様になってしまっていた。
「あまり、気を背負い過ぎるな」
オーラルはマトイの隣に座り、諭す様に優しい声を出す。
「お前の今の状態は、身内がアークスになったばかりに掛《かか》かる症状だ。心配でしょうがないが、自分では傍に居る事が出来ないと思い込む」
マトイは自分がオーラルやシガのようにフィールドに降りる事が出来ない事を自覚していた。アークスでは無いのだ。だから、出発する人たちの背中までしか見送る事が出来ないのである。
「だが、それは大きな間違いだ」
「え?」
よくある事で、思い過ぎるが故に気がつかないのだ。それは一人で抱え込んでしまう事で他人にも相談できず、他が気付いてあげるしかない。
「前にシガが言ってたんじゃないか? 帰る所があるから、アークスは前を向いて戦える。ここに護るものがあると自覚しているから、臆することなくフィールドに降りる事が出来る」
「……あ」
そこまで言われて、マトイはシガに言われていた事を思い出した。
“ちゃんと伸ばした所に手が届くようになっておけば、良いんじゃないかなって”
あの時、彼は何を思ってそのような事を言ってくれたのか。私は今の今まで彼の事を心配するだけだった。けど、そうじゃない。待っている者が出来る事はそれだけでは無いのだ。そしてその時、私はこう答えた。
「私も届くかな……」
シガの様に、自分が今成すべき事を見つけて、それに向かって手を伸ばす事。それが今私に出来る事なのかもしれない。
「良い顔になった。もうそろそろ時間だろう。フィリアの所に戻れ」
オーラルは立ち上がるとマトイの起立を促す。気がつけば時間は経っていた。
「ありがとう、オーラル。もう行くね」
「何かあったら連絡しろ。当面は『オラクル』を放れん」
うん。と短く返事をしてマトイは走って行く。その背中は迷いなく、今出来る事を見つけた様に止まる事は無かった。
彼を心配するだけでは無く、彼が帰って来たときに笑顔で言ってあげよう。
おかえりって――――
オーラルは迷いながらも道を見つけて前を向く彼女から、早々に視線を逸らして歩き出す。
ただの気まぐれだ。それに、悪い方向へ進んでしまうと、こちらの計画にも支障が出る。今は、前を向いて進んでもらわなくてはならない。
「…………ああ、知っている。
選ぶのは一つだけだ。それがウタの願いでもある。
「……シオン。ウタは良い奴だっただろ? だから
だが、本格的に動くのはまだだ。確実に目的を果たすには何度石橋を叩いても安心できない。
大丈夫だ……ルーサー以外には悟られていない。
端末が鳴る。それは自らの上司――『虚空機関』の総長からの連絡である。
「はい……今から行きます」
欠けたモノは取り戻した。後は全てを奴が握った時に達成される。後悔して無くした大切な二人が帰って来るのだ――
「悪いな……シガ。マトイ」
この場には居ない、最も自分を信頼してくれる二人へ何を思うのか。そんな言葉が漏れ出た。
シガたちは、一直線に進むのではなく所々調査をしながら進んでいた。
調査と言ってもアキとライトが持ち込んだ機器が何か反応を示した時だけ、その場に留まって周辺を調べると言った形である。
「シガ先輩。凄い汗ですよ」
周囲の警戒と、先に進むルートの確認から戻ってきたシガは、アキとライトの傍に居たロッティからそんな事を言われた。
「無茶苦茶暑いけど……ロッティちゃんは暑くないの?」
だらだらと滝のように汗を流すシガと違い、ロッティやアキ達は涼しそうにしている。
「普通ですけど……ん? あれ? 先輩の
「え? あ、ちょっとまって――」
腰の端末から確認できる、周囲の環境と適応するための最適なフォトン係数を確認する。
【環境適応率45%】
「は? あれ?」
「え?」
シガとロッティは一度眼をこすって、改めで確認した。
【環境適応率44%】
あ、下がった……
「どうしたのかな?」
何か別の事をしている二人にアキは興味をそそられ近寄ってきた。どうやらここでの調査は終わったようだ。器材は既に片付けて先に進む準備を済ませている。
「アキさん。これってユニットの故障ですかね」
シガは端末の情報をアキに見てもらった。彼女は、ん? と見て何かを思い出した様にアイテムパックを探り始める。
「シガさん。これはユニットの故障では無いですよ。と言うよりは、シガさんのフォトン特性が下がっているんです。その所為で、ユニットの性能が十全に発揮されていないようですね」
「あ、なんかオレだけ無茶苦茶暑いのもその所為だったり……」
「え、それじゃ。シガ先輩って今まともにフォトンを使えないって事ですか!?」
それは非常に困る。しかし……『青のカタナ』の出力は特に問題ない。出力下限になる警告も出ていないし。
「お、あったあった。すまないね、シガ君。本当は依頼の始めで渡しておくべきだった」
アキが取り出したのは一つの腕章だった。左肩につけてみると良い、と差し出されたので言われた通りに取り付けてみる。
【環境適応率98%】
表示が正常に戻った。同時に左腕に強くフォトンが循環される様を見て取れ、同時に気だるい暑さが一瞬で消え去る。
「おおう!? なんだ……この感じは――」
コォォォ! と覚醒したような高揚感が全身から溢れ出る。まるで制限された力が解放された様に――
「それは気のせいだ。ふむ、どうやら役に立てたようだね」
「何をしたんですか?」
最近、アムドゥスキアに降りてから余計に暑いと思っていたが、何か原因があったのだろうか。
「前に、君のフォトン特性について説明したのを覚えているかい?」
アキは歩きながら説明を始めた。
シガの持つフォトン特性は、周囲のフォトンさえも使役下に置く事が可能であると“糸”を使う事で証明している。
だが、逆に言えば自らのフォトンが周囲のモノに染まってしまう短所が存在しているのだ。それはシガ自身も気づいておらず、前の依頼で彼が異常に汗を流していた事を気にしたアキが片手間に調べて発覚した。
彼は
一般的なアークスは、外部との環境差を自らのフォトンを纏う事で軽減できる。しかし、シガは無色であるが故に、自らのフォトンを纏っても外部との環境差に差異がなく、塗りつぶされてしまっていた為、適応できていなかったのだ。
「その事をオーラル君が想定していない訳ではないだろうが……少なくとも、今までの君はまともに環境適応が機能していなかったのだよ」
そこで、アキがシガの左腕の為に用意したのは、負傷してフォトン適応に支障を来した際にフォトンの適応率を手助けする補佐ユニットである。シガ用に多少仕様はいじっているものの、理論的には問題なく機能し、一時的に数値を正常に戻したのだ。
「今回の依頼中はもつだろう。アークスシップに戻ったらオーラル君に相談したまえ」
「はい。て言うか普通に会話してますけど……いつ
普通に会話をしていたが、左腕の件はオーラルさんの許可が無ければ閲覧不可の情報であるハズだ。
「それは実に簡単な問いだ。オーラル君に直接許可を取ったのだよ」
「あ、なるほど……って! オーラルさんは帰って来てたんですか!?」
思わずシガは叫ぶ。色々と確かめたい事もあり、彼の帰還を一番に待ちわびていたのはシガなのだ。何度も連絡を入れているが何の連絡も無かった。
「丁度入れ違いになったようだね。私とライト君は、君とロッティ君を待ってる時に発着場で顔を合わせてね。少しダメージを受けていたが行動に支障はなさそうだったよ」
マジか……入れ違いとは。けど、これでようやく色々な事が進む。この任務から帰ったら真っ先に連絡を取ろう。
火山洞窟を徘徊していたコ・リウは、剣を振るっていた。
相対するのは、黒い虫のような生物。群で襲いかかってくるその敵は、歴戦の戦士でもあるコ・リウにとってすれば烏合の衆でしかない。
前衛と後衛に特化した種類で襲い掛かって来るが連携も無いのだ。前に戦った隻腕のアークスの方がはるかに手を焼いた相手だった。
〔アークス以上に〕「星を汚す〕〔いくらカッシーナとは言え〕〔これ以上は好きにさせぬ〕
切り裂き、悲鳴を上げて絶命する四足の敵。眼につく全ての敵を倒しきった。
〔面妖な〕〔死体さえ残らないとは〕
どこからともなく現れるこの敵は、テリオトーでもしばしば確認されている。その度に、その場へ出向き屠って来たのだが、カッシーナは更に特に多い――
〔――――〕
ふと、手に持っていた愛剣を落してしまった。剣を拾おうとして立ちくらみのように視界が歪む。思わず片膝を着くと、額を抑えた。
〔なんだ――〕〔なにかが――〕
身体の内側から何かが湧き出る様に、ソレによって理性が塗りつぶされていく。
コ・リウはダーカー因子に呑み込まれている事にさえ気がついておらず、何が起こっているのか理解する間も無かった。
〔ゴアアアァァ!!〕
そしてまた一人――龍族がダーカーに侵される。
少しずつ確実に、星に広がる病は止まる事無く、命の全てを汚していく――
マトイさんが光を見つける回でオーラルさんの闇が見える回でした。
次話タイトル『Sickness侵食されゆく』