狂った龍族――コ・リウの予想以上の膂力に油断していたシガはなす術もなく壁に叩きつけられた。
「カハッ!?」
まるで高所から落下した様な衝撃が背中から体内を駆け、肺の空気が乾いた声と共に強制的に放出された。
まずい……トぶ……次に殺されてなければだが―――
意識の途切れる数瞬で、シガは無防備となる事で必然と訪れる己の死を予感していた。『青のカタナ』を本能的に近くの壁に投擲する。そして、思考は暗転した。
アキは、コ・リウとシガが壁の向こう側へ移動した時には後を追うように走っていた。
頭の回転が速い彼女は状況がいかに切迫しているかは理解している。予想外の力。それはアキとしては予想していた事態だが、シガの反応から彼は想像もしていなかったと見ている。
だから、奇襲を受けた形となった。そして、次は――
「待ちたまえ」
壁に叩きつけられて気を失っているシガに、コ・リウは剣を振り上げていた。ソレを阻止する様にアキは発砲。フォトンの弾丸に反応してコ・リウはシガから大きく飛び離れる。
「ふむ、身体能力は二倍ほどに向上している。そして、理性は欠片も無い……か」
次にアキを敵と見なしたコ・リウは、気を失ったシガよりも彼女を標的に移し替える。その時、
〔アガァァァ!!?〕
コ・リウは頭を抱えて苦しみ出した。そして、身体から錆色のフォトンが溢れ出る。
「! これは――」
「先生!」
「アキさん!」
そこへ、ライトとロッティも遅れて現れる。そして、三人が目の当たりにしたのはこの星を蝕む“病”そのものだった。
「…………」
次に何かを認識したシガの視界は、火山洞窟の熱や薄暗さを捉えたものでは無かった。まるで別の空間に転移したように真っ白な空間が永遠に続いている。
「誰だ……?」
そして、シガの目の前に立つのは仮面を着けた白髪の男だった。身長的には同じくらいで体格も似通っているが顔だけは晒すつもりがないらしい。
「
白髪の男は左腕を消失していた。左腕の袖は空洞である事を証明する様に、力なく垂れ下がっている。そして、仮面の奥の“青い眼”がシガに向けられていた。
品定めする様に相対する者の全てを探る様な眼。あらゆる知識を持った上で探りを入れる視線。その視線を向けられたシガは、すぐに嫌悪感を覚え白髪の男を睨み返す。
「……一体何者だ?」
「ただの世話焼きさ。そして、時代の“飽和点”に呑み込まれた存在でもある」
喋りたがりなのか、白髪の男は残っている右腕をかざし、説明する様に呟く。
「例えば、一つの時代の終始の
「繰り返される破壊と創造。永遠の
白髪の男が語るのは、まるで全てを知っているかのような神のごとき視線から見た言葉だった。
「“飽和点”と“根幹”は定まっていない。今この瞬間にも無限に枝分かれし、変化し、そしてそこに辿り着く者だけがソレに成り得る。オレは――――」
そして、右腕をかざしつつ青い眼がシガを示す様に向けられた。
「シガ。お前が“根幹”に最も近い存在であると感じている。
「……気に入らねぇな。その達観具合」
何か目的がある様にも感じられず、探る様な眼も変わらない。シガは己が好きにはなれない存在で間違いないと感じていた。
「全てを鳥瞰しているような……全てを知った上での回りくどい言い方……生き仏にでもなったつもりか?」
友好的では無い嫌悪感をシガから向けられて、白髪の男はどこか嬉しそうに笑う。
「おっと、残念。嫌われたようだな」
白髪の男は歩き出すとシガの隣をすれ違う様に通り過ぎる。
「まぁ、仕方ないんだ。ソレは、どうしようもない事でもある。オレは既に
だが、今は――。と白髪の男は自らの背を負うシガの視線に気づいて告げる。
「状況を乗り切る方がお前にとっては重要か。そして、
「…………」
言われなくても分かっている。己の力が足りないから今“爪”と“撃”を失っている。だから、一刻も早くオーラルさんに調整してもらわなければならないのだ。
「オレに言わせれば“
白い空間が揺らぎ始めた。そして、白髪の男の姿も蜃気楼のように霞んで消えて行く。
「オレは彼女を護れなかった。だからお前は繰り返すなよ。お前はオレと違って、一人じゃないんだ――――」
〔ア゛ア゛ア゛ア゛!!〕
地の底から恨む様に苦しむ声をコ・リウが咆哮のように叫ぶとその頭に不気味に脈動する肌色の球体が出現した。
「――――侵食核」
ソレを見て、アキは驚愕に目を見開く。彼女の推測では、まだこの段階では無いと思っていた。だから――
「――――」
反応が遅れた。アキは投擲されたコ・リウの剣を避ける事が出来ず咄嗟に『アルバライフル』で受けた。銃体に当り、『アルバライフル』は叩きつけた様に砕け散る。砕けた衝撃で思わず後ろへ倒れ込んだ。
そのアキを殺すべく、コ・リウは疾走し宙で回転して落下する剣の着地地点でキャッチする意図を狙っての速度だ。
ここは戦場。頼れるのは研究者としての知識では無い。今必要なのは生き延びる知恵だけなのだ。それ以外の思考は死を意味する。
「さ、させない!」
シガの次に“
「あ……」
理性の無い眼。不気味に身体を覆う錆色のフォトン。頭に存在する不気味な侵食核。そして一瞬で幾重にも死を迎えるほどの殺意――
向かって来る
「――――」
まるでゴミでも払うかのように盾で殴られて、小柄な彼女の身体は軽々と吹き飛ばされる。それでも死ななかったのは彼女が事前に発動していた『ガードスタンス』の効果も大きい。
怖い……これが……敵? アークスはこんなのと戦わないといけないの? こんなになっても……立ち上がらないといけないの?
ロッティは衝撃で全身が痺れていたが、それでも立ち上がって対峙するには問題ない。しかし、精神的な恐怖によって彼女の心は折れてしまった。
そんなロッティを道端の子石のように蹴散らしたコ・リウは、宙に舞う自らの剣をキャッチする。アキは僅かにもロッティが時間を稼いだ間に別の
「――――くっ」
しかし、今度は投擲されたコ・リウの盾によって銃身が跳ね上がった。壊れてはいないが数秒だけ間が生まれる。その間にコ・リウは更に距離を詰め、遂にアキを間合いに捉えて剣を振り下ろす――
「先生!」
その一閃は次に間へ入ることができたライトが『アルバロッド』で防ぐ。しかし、シガでも耐えきれなかった
「ううう」
侵食核を狙えば――
その間でもアキは侵食核を撃ち抜く事を狙った。アレは現在、脳と直結している。破壊する事で、動きを止めるか、殺す事が出来――
“アキ、あまり思いつめるな。これは研究者が必ず通る道だ”
その時、頭をよぎったのは
アキは引き金を引けなかった。だが、今は瞬きの間に最善の判断をしなければならない。
めまぐるしく移り変わる戦局の中を駆け抜けるのは生半可な修羅を経験していなければ不可能である。このパーティで、その役目はシガが引き受けるべき事柄だった。
「先輩!? どうしたんですか!? その怪我」
あれは先輩がクラスを決めたと喜んでいた時に顔を合わせた際の驚きだった。
イオ先輩は痛々しく包帯を巻き、時折思い出した様に、いてて、と呟いている。
「怪我をするのが仕方ないって思うつもりはないけど、それで自分の中にある壁を乗り越える事が出来れば、それでもいいと思うんだ」
詳しくは話してくれなかったが、初めて相対した絶望に、イオ先輩は自分の壁を乗り越えられたと晴れ晴れとしていた。
「乗り越えなければならない壁。それは人それぞれだと思う。そこで立ち上がる事が出来るかどうかが、アークスだって――」
立ち上がる。目の前の脅威に立ち向かえるかどうか。先輩……わたしは――
その時――視界の端に壁に突き刺さる
後は迷わなかった。それは彼女の持つ“立ち向かう資質”が強く何かを護りたいと体現した――アークスの証だったのだ。
少しずつライトは押されていたが、次の瞬間、『アルバロッド』に亀裂が入り。破壊される。
それはアキがコ・リウを殺す決意を数秒だけ躊躇した間に訪れた死。
高速で返す剣により、次の一閃でライトの命は奪われ――
「やぁぁぁぁ!!」
その一閃は、『青のカタナ』を持ったロッティが横から斬りかかって来た為、ソレを防ぐために動いた。
青色のフォトンと錆色のフォトンが弾けるが、鍔迫り合いも無くロッティは再び弾き返される。
触った事も無い武器。攻撃力があったかもわからない。
武器を手に立ち上がったロッティはそんな事を考えるよりも、アキとライトを護る事だけが恐怖に立ち向かう要素となっていたのだ。
しかし、だからと言って脅威を攻略できるわけではない。
弾き飛ばされたロッティの眼には、蹴り飛ばされるライトが映り、次に『アルバライフル』を向けるアキよりも先に剣を振り下ろすコ・リウが映っていた。
ダメだった……。もう何もできない。良くて数秒だけ時間を稼いだ程度だった――
「ナイス、ファイト。ロッティちゃん」
前を駆け抜ける黒髪の剣士が労う様にロッティへ告げた。
シガはアキへ振り下ろされた一閃を“糸”で止めると、走る勢いのまま、コ・リウの横っ腹に飛び蹴りを叩き込む。
ロッティとライトが賭した数秒は、
謎の存在と邂逅。まぁ、前話から読んでいる方ならピンとくると思います。ちなみにシガの正体は既に固めてます。なので、それらしいミスリードはあっちこっちにちりばめてますよ。すべてがわかるのはEP2の終盤です。
ロッティさんは、まだ未熟と言うことで恐怖に対する葛藤を書きました。イオも小説では似たような感じでしたし、誰にもあることだと思っています。
次話タイトル『Dissection 龍族の遺体』