彼女を救う為に必要なモノは何だと思う?
いずれ来る“未来”をお前は見ていたか?
オレは見ていた。彼女の隣を歩いている人間が誰なのか、オレは10年前に視た。
だからだ。ダメなんだ。今のお前では彼女を護れない――
だから……返してもらう――
「異常はありません。ダーカーの侵食率も規定以下です。念のため、浄化治療を?」
「ああ。だが、先に彼を優先してほしい」
「わかりました」
アキはアークスシップに帰還し、メディカルセンターで先の任務で負った傷と、侵食されたダーカー因子の治療を受けていた。
外傷の種類は火傷が大半である。ヒ・ロガの攻撃で、フォトンによる防護が防ぎきれなかった熱による火傷。傷跡も残らずに綺麗に治るので気にする必要はないと、メディカルスタッフは告げて去って行く。
「! アキさん!」
すると、診察室から出てきたロッティはフロアで座るアキの姿を見て歩み寄る。
「やぁ、ロッティ君。君は大丈夫そうだね」
「はい。特に身体には異常なしです。診察でも因子の浄化を受ければ問題ないって言われましたのでっ!」
と、ロッティは不安そうに、この場に居ない二人の安否を気にする。
「二人は大丈夫だよ。意識もはっきりしていたし、キャンプシップでの簡易検査では因子の影響は少ないと診断できたからね」
ライトとシガもアキ達と同じ程度の負傷である。だが、アキとしては一つの懸念が残ったままだった。
それは、アークスシップへの帰路の時、キャンプシップで眼を覚ましたシガのフォトン特性が変化していた事についてだった。
「フィリアさん」
マトイは患者服の洗浄と収納を終えて、次の作業を求めてフィリアに声をかけていた。
「服の片づけは終わりました」
「ありがとうございます、マトイさん。そうですね、次は――」
フィリアとしてはマトイに手伝わせるわけにはいかない医療関係の作業が山積みとなっており、他の雑用を彼女に任せていた。時には、ロビーにいる老患者たちの話し相手なども任せたりすることもある。
「そう言えば、シガさんが治療に寄っています。会いに行ってあげてください」
「え……シガがここに?」
「任務でダーカー因子に強く当ってしまったようで、検査を求めてきました。それと、なんだか様子が変なんです」
「様子が?」
「はい。診断は終わっていると思いますので、声をかけてあげてください。シガさんにとってマトイさんの言葉は“良薬”ですから」
「そう……かな」
と言いつつも、嬉しい事には変わりない。
マトイはフィリアに一度断わってから、シガを捜してメディカルセンターの見慣れた通路を歩く。
すれ違う看護スタッフや、医師スタッフに度々挨拶を交わしながらほどなくしてフロアへたどり着いた。
「……あれ? どこに居るのかなぁ」
ひと目フロアを見回すがシガの姿を見つけられなかった。次に足を運んだのは診察室が面した通路。ここにはベンチが用意され、次に診察を受ける人が座って待てるようになっている。
「居ない……」
ここもハズレ。次はスタッフの人達も使う、自販機の置かれた休憩所へ。しかし、彼の姿を見つける事は出来なかった。
「……」
どこに居るんだろう……もう帰ったのかなぁ……
せっかくフィリアさんから時間を貰ったのに、肝心の彼が居ないのなら意味は無い。マトイはフィリアの元へ戻ろうとして、中庭が面した通路へ何気なく視線を向けると、
「あ……」
中庭の植物を目的に散策する入院患者に混じって、シガは用意されたベンチに座っていた。
「シガ。元気?」
「ん? マトイ――」
近づくと、シガはすぐに気がついた。いつもの表情で笑みを返してくれるが、その笑顔はいつもと違う気がする。
「隣座る? 今なら先着一名様だけ空けてあるよ」
「じゃあ、座ろうかな」
いつもは、マトイが座っている所にシガが並ぶことが多いが今回は逆のパターンだった。
「……何かあったの?」
表情からも彼が何か違うと言う雰囲気をマトイは悟っていた。最初は、気のせいかと思ったが、隣に座って確信を得たのである。
「……君に会えてオレは本当に良かった」
その言葉を口に出したシガは、何か別の事を考えながら発した様にマトイには聞こえた。初めて見る彼のその様子に、マトイは少しだけ不安になった。
「……どうしたの? シガ……」
少しずつ中庭から人が消えて行く。元より、あまり人気の無い場所なので人が絶えることは珍しくない事なのだ。
「……ゴメン。話はまた今度にしよう」
そう言ってシガは逃げるように立ちあがった。その服の袖を、マトイは思わず掴んで引き止める。彼女の行動も無意識に近いモノだった。
このままシガを行かせれば、何か取り返しのつかない事になる。そんな危険な様子をその背中から感じ取ったのである。
「…………」
「…………シガ。何があったの?」
マトイの問いにシガは何も答えない。まるで思い出す事を拒んでいるようで、それでも手を差し伸べてくれる彼女の手は払えなかった。彼らしさが葛藤しているように。
「シガ……」
「オレは……どれだけ自分が恵まれているのかを今日知ったよ」
彼女の手を払う事はせず、シガは言葉を繋ぎながら再び座る。そして、ヒ・ロガの精神の中での事を思い返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「返してもらう」
そう言って、白髪に仮面を着けた男は、オレに手をかざす。すると、確かに何かを奪われたような脱力感が全身を襲った。
「“無色の性質”。これは、お前にはまだ早すぎた」
何が失われたのか、オレはハッキリ理解した。フォトン流れが消え、錆色に侵食され始めた身体は正常のフォトンを纏う。
“フォトンを見る眼”と“無色の特性”を失っていた。
「何を――」
「なんてことは無い。ただ、戻っただけだ。お前にはコレは使いこなせない」
自らを侵食しようとしていたダーカー因子。それが、一部フォトンへと変わっている。白髪の男はまるで形作る様に、その少ないフォトンを手に収束させ、一本のカタナを創り出していた。
「次に、この力を使えるようになった時の為に覚えておくといい。強すぎる力は、いずれ己を滅ぼす。自分が何でもできると錯覚してしまうんだ」
白髪の男は向かって来るダカンの群を、まるでハエでも払うかのように次々に切り裂いて撃破して行く。しかし、それでも分が悪い事には変わりない。
この場で消費されるフォトンは有限なのだ。ほぼ無尽蔵に供給されるダーカー因子には焼け石に水だった。
「シガ、力に呑まれるな。一人で何でもできると思うな。人は、一人じゃ何もできない。出来ると思っていても
その時、暗闇に一点の光が灯る。それは、少しずつ近づく様にこちらに広がって来る。
「あれは――」
間違いなく、フォトンの光。きっとアキさんが上手くやったのだ。
もう、ここに用は無い。むしろ、早く離脱しなければ『無色のフォトン』でダーカー寄りに自分自身の特性がなっている可能性も――
「――――」
無色の特性は……先ほど目の前の男に取られた――
「ま、そう言う事だ。オレはここまでだ」
男は肩をすくめて困ったように告げた。もし、無色の特性を持ち続けていればこの場ではダーカー因子として浄化され消えるのはシガだった。
だが、それは……目の前の男が奪った事で彼が消える事に――
「訳が……」
「あ?」
「訳がわからねぇよ!!」
光が迫る。男によって影がかかり、シガは仮面で顔の見えないその男に向かって叫んだ。
「いきなり現れて、意味深な事を言って、それで勝手に消える? 本当に……お前は何なんだよ!!」
訳が分からない。この状況で理解が足りないのは、オレが記憶を失っているからなのか? 彼が誰だか知っていれば、全て理解して納得できたのだろうか――
「
光が周囲の闇を晴らす。そして、白髪の男の身体も
「お前は、ちゃんと道が見えているだろう? だからだ」
「――――」
すると、白髪の男はシガの肩を軽く押す。先ほどまで地に足を着けていたと思っていたが、ダーカー因子が浄化された事によって無の空間へと変わっていた。自分が落ちるように男の姿が遠くなっていく。
「忘れるなよ、シガ。お前は一人じゃない」
光の中へシガは落ちて行く。それは、夢と現実の境を通り抜け、次に目を覚ましたのはキャンプシップだった。
それがあの空間で起きた顛末だ。
誰も知らない。シガ自身でさえ、彼の名前は知らないのだ。そして、彼は消えた。それは
「…………よく、わからない奴だった」
その全てをマトイに話していた。どこまで信じてくれるか分からないが、それでも知っていて欲しかったのだ。
誰にも知られずにただ、闇から闇に消える。それが、どれだけ恐ろしい事なのか。知らない者にはわからないだろう。
「……私もよくわからない」
マトイもシガと同意見のようだ。名前も名乗らずに、勝手に消えた存在。そう思っても間違いではない。
それでもシガは、名も知らない彼の事を救えなかったと悔やんでいた。
「でも、もう一度だけ会えることがあれば、私はお礼を言うよ」
「……なんで?」
マトイの思っていることは当然のことだった。何故なら、名も知らぬ彼は――
「シガを助けてくれてありがとう、って」
名も知らない男は救ったのだ。彼女にとっての大切な人を。その死は悲しくても、決して無駄ではなかった。
マトイは名も知らない彼の死に嘆くのではなく、その生き方を肯定してくれた。あなたが居たからシガが帰って来てくれた、と――
「――ああ。そうだな。そう……だな――」
彼は無意味に死んだのではない。マトイの一言は悲観の念に押しつぶされそうだったシガの心に、僅かながらの“救い”をもたらす。
「シガ?」
感情が溢れ、瞳から流れる涙が頬を通る。シガは項垂れるようにその涙を隠した。泣いている所を……弱気になった所を彼女に見られたくなかったから。
「あ……ああ。ごめん……今だけ……今だけは――」
「……うん。そうだね」
マトイは彼が涙を見られたくないと悟り、立ち上がると正面からその涙を隠す様に優しく抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だからね」
彼女の暖かさに包まれながら彼はただ泣いた。
オレは弱い……だから……今だけ……今だけは涙を流す事を許してほしい。この後悔を忘れないために――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
浄化されて正常に戻っていく空間で白髪の仮面をつけた男は静かに消滅に身をゆだねていた。
〔誰かに……伝える事はあるか?〕
ダーカー因子の消滅によってこの
「ありがとよ。なら、一つだけ頼まれてくれるか?」
男は残った片腕で仮面を取る。その素顔を見てヒ・ロガは――
〔お前だったのか……
「ああ、オレだ。祖父さんか隊長のどっちかでいい。伝言を頼む」
〔なんと、残す?〕
最後まで自分の死を恐れずに、男は笑ってその言葉を残した。
「母さん
光がすべてを浄化した――
これでEP1-5は終了です。
糸は、今回でとりあえず見納めです。かなりのチートなので、次に使えるようになるのはだいぶ後を考えています。
色々な謎と伏線を残して、シガは初めて自分の力不足を思い知りました。犠牲になるのが自分ではなく他者であることは、ある意味自分が傷つくよりもつらいことになります。
次章から武器集めの再開です。いやー長かった。次章はストレートにストーリーを進めます。オリジナル展開を少し考えるので更新は週一ですが、中身の進みは遅くなるかもしれません。
次話タイトル『閑話1 とあるアークス達の作戦』