さて、本日はいよいよ湘南との試合を行う日となりました。
俺はいつも通りのテンションなので気負うことも無く相手のメンバーを見たり、戦術面を確認したりしていた。バスの中、駆の隣に座っていたが、こいつはこいつで
試合が行われる場所は鎌倉学館。
俺と駆の母校でもある場所と言うことで、それなりに郷愁の念を抱いてしまっている自分がいる。まぁ、中学生時代は何にも部活に所属してなかったから鎌学に来てもそこまで大した感情は抱かないのだが。
しかし、ちらほらと懐かしい人の顔を見ることができるってのは良い事だなぁ。駆が手を振ったサッカー部の顧問の人だって知らないわけじゃないし、他にも俺たちの事を応援してくれてる同級生も見える。顧問をしていた先生は俺の事はあんまり知らないだろうけどな。
『いよいよ試合開始が迫ってきております。総体神奈川県予選決勝トーナメント第1回戦。江ノ島高校対湘南大付属。江ノ島高校は予選から超攻撃的サッカーを戦術として勝ち上がってきたチームに対し、湘南大付属はこれまでの試合を1対0で勝ち抜いてきた鉄壁の守りのチームです。全く正反対のこの2チームの試合の結末は私にも予想がつきません』
しかし、このマイク放送。たしかうちの高校の放送部がやってるんだったよな?
女子生徒はあんまり喋ってないが、この男子生徒の喋りはかなり慣れてるなぁ。うちのチームの事だけじゃなくて相手のチームの事もしっかり情報として喋れている。だからこその放送部なんだろうけど。しっかりとした情報を言えてるんだから大したもんだ。
今日の相手となる湘南チームで厄介な相手になる選手は、ゼッケン2から5番までの選手たち。この四人を合わせて『
だが、裏を返して見てみれば、それ以外の選手はそこまで得点力があるわけじゃないし、大砲みたいなフリーキックをする日比野だけを徹底的にマークしていれば点数を取られることは無いだろう。……と言っても、それはフリーキックを蹴るときだけの対応になるのは目に見えていることだが。
それに対してこっちのチームは皆積極的に攻撃に参加するという事もあり、放送部の彼の紹介が合った通りうまい事攻撃がかみ合えば超攻撃的な波状攻撃を仕掛けることができる。そして今回からはなんとこの人。
『荒木竜一、ゼッケン10番!』
あの荒木先輩が自身のアイデンティティであった盛大なまでの皮下脂肪を完全にそぎ落としてしまったのだ。
「へへ……体が軽いったらねぇや」
「先輩、これじゃもう誰にもからかわれなくなって残念なんじゃないですか?」
「てめぇ不知火! そこは普通に俺の体型を褒めろよ!」
「いやぁ……マコ先輩と芸人として生きていくことを考えていたはずの荒木先輩がこうなってしまっては悲しんでるだろうなぁと」
「く……どこまでも俺の事をおちょくりやがってぇぇぇ……」
鍛え上げられた肉体。
完全にサッカー選手になってしまった荒木先輩だが、少し悲しい。
それは、荒木先輩のオットセイをもう見ることはできないということでもあるからだ――
と言うのは個人的に思ってることで、チームの観点から見てみると、荒木先輩が痩せたことは非常にありがたい事であり、チームの攻撃の起点。要としての戦力が一気に増大したようなもの。
これでうちの攻撃力を数値としてみると相手の湘南よりも圧倒的に優っている。その分防御力が向こうに負けているんだけれども。もちろん俺を抜かしての数値ではあるが。
「織田先輩」
「ん? なんだ?」
「もしフリーキックをする機会があったら、俺に蹴らせてもらえませんか?」
「なに? 不知火が蹴るのか?」
「はい」
試合が始まる前のミーティングで監督に個人的に言われたことではあるが、DFとしてはもちろん、FWとしても動くことができるDFとして動き、目立ってほしいと。皆の前で荒木先輩に思いっきり目立つようにと言っていた監督だが、何故俺にはサシで話してくるんだろうか?
「自信はあるんだな?」
「はい」
「……良いだろう。本当は荒木に蹴ってもらおうと思っていたんだが、お前の事も信頼している。思いっきり蹴れ」
「はい!」
これで俺がフリーキックを蹴ることができる。
――日比野。お前のフリーキックなんて力があれば誰でも蹴れるってこと、証明してやるぜ。
『さぁ! 試合開始のホイッスルが鳴りました! 10番、荒木のキックオフから試合開始です!』
ゆったりとした動き出しからボールを保持する荒木先輩。
あれだけ監督に言われて火のつかないような男じゃないのは皆が知ってる事だ。
「おらぁ! もたついてるなら取りに行くぜ!」
相手FWがゆっくりと上がっている荒木先輩に突っ込んでいくが、これを走り出すことで一気に躱してしまう。荒木先輩のドリブルに合わせてうちのFW陣が敵陣を上がっていく。それに釣られるように動き出す相手DF陣。しかし、さすがは4本の矢と言われていることだけあってしっかりとした守備的動きをしている。これではうかつに攻めることはできないだろうがそこはさすがの荒木先輩である。
躱した直後に中央のマコ先輩にパスを出す。が、中途半端なパスはマコ先輩と相手MFのちょうど真ん中あたりに行ってしまった。これは奪えると飛び出した相手MFだが、このパスとして蹴られたボールはチョップキック。強烈にバックスピンが掛けられており、一気に荒木先輩の元へと戻っていった。
……これは初めての相手じゃなくても効きそうな有効な手段の一つとして俺も覚えておこうと思う。
そして自らパスを受けた荒木先輩はまたしても一人相手DFをドリブルで抜き去っていく。
『また一人かわしたぁ! これで4人! 試合開始からまだ一分も経たないうちに一気に4人ごぼう抜きしてしまった! そしてペナルティエリアまであとわずか! これはまさかまさかがあってしまうのかぁ!?』
5人目も一気に抜き、4本の矢のうちの一人、マイケル本田が荒木先輩の前に立った。
超絶と言っても過言じゃない荒木先輩の足業だが、本田もこれに付いていく。しかし、それでも荒木先輩のドリブルは止まらない。そのまま押し込むようにして一気にペナルティエリアまで突入してしまった。
……いや、これもう荒木先輩一人で良いんじゃね? と思わざるを得ない。
迂闊に荒木先輩を倒すことはできない相手DF陣だが、何とかシュートを打たせまいとボールを奪いに集まっていく。試合開始からまだ一分。
「打てぇ! 荒木ぃ!」
「先輩!!」
振り抜かれた左足。
一直線に白線を残すボールは、しかし途中で本田の足が掠って軌道が変わってしまう。
それをGKがワンタッチ。まだ生きているボールを日比野が蹴り出した。
「すっげ……」
キレッキレの動きを見せる荒木先輩。
今までの体型からは考えられないぐらいに動きが洗練されている。
先制点を奪うまでにはいかなかったが、この調子を維持していればいつかは点を奪うだろう。が、今回ばかりは俺も頑張ろうと思う。
――さて、点数を取らないと俺が先制点を奪っちゃいますよ?