俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第44話

『江ノ高、前半15分でなんと織田選手が退場になってしまったぁ! 1点のリードはあるものの、ここでの人数差はこの後の展開に大きな傷跡を残してしまう事になるのではないでしょうか!』

 

「納得いかねぇなぁ……」

 

 見方によっては、自分に非がない事を無理に強調しようとした織田先輩の思慮が足りなかったという考え方もあるだろう。

 相手の人数を減らしたことで、戦略的に有利な立場を作った世良選手の判断、行動はチームとしては正しい事をしているのだろう。

 

 だが、それで感情が納得するかと言ったら別の問題だ。

 

 そりゃチームのため、自分のためを考えたら当然の行為なんだろうが。

 こう……腹の奥底からふつふつと湧き上がってくる憤怒の感情がめちゃくちゃにしてやれと囁いてくるんだ。べ、別に厨二病でもなんでもないんだからね!

 なんて……茶化して考えようとしてみても収まらない腹のうち。

 こりゃ、本当に鬱憤を晴らさないと気が済まないようだ。

 ――昔からこんな義憤に燃える様な男だっただろうかと、自問自答しては苦笑してしまう。この気持ちが義憤からでも、世良に対する単なる苛立ちでも、もう理由はどうでもよかった。

 

 ファールからのフリーキック。

 キッカーは当人である世良だった。

 距離は約30m。ゴール正面と言っても差し支えのない場所からのキックだが、直接ゴールを狙うにはちょうどいいポジションだった。

 

『さぁ、鎌学のフリーキック! ここは気持ちを切り替えてしっかりと守ってほしいところです!!』

「……っ!!」

 

 世良の足元を注視する。

 姑息だが、通用するテクニックを披露してくれたんだ。ここでもそれなりのテクを魅せてくれるだろうと思っての注視。どれだけの人が俺の見取り擬きを知っているか知らないが……

 確かに、見せてもらった!

 

「李先輩、無回転だっ!!」

「く……!?」

 

 キック直後のボールの回転を見て、叫んだ。

 キッカーの世良はいきなりの大声に驚いていたが気にしない。

 忠告を受けた李先輩は、ボールを受け止めようとせずにしっかりとパンチングで前に弾き出した。そこに詰めていた俺が大きくクリア。

 やはり無回転ってのは軌道が読めない。いくらチートでもいきなりガクっと落ちる軌道には驚きを隠せない。が、叩き落すようにしてゴールを守った李先輩の反射神経には驚かされる。

 

「すまん……助かった」

「いえ、さすがです」

 

 クリアしたボールはラインを割り、鎌学のスローイン。

 つまり、まだ鎌学の攻撃が続くわけだが。

 こっちを見て悔しそうな表情を浮かべていた世良に向けて嘲笑を一つ。あからさまに意識してやっただけあって向こうも気づいたようで、凄まじい形相で睨み付けてきた。故意とはいえ、これで俺の事を意識してる選手が二人。

 ……この嘲笑は、確かに世良のシュートが決まらなかった事への意味合いも込められているが、それ以上に、彼の無回転シュートを見る(・・)事ができた事の方が大きい。

 ボールの蹴る位置、蹴り方。かなりにテクニックが必要とされるシュート。さすがにすぐは出来ないだろうが、これをも習得できればますます攻撃手段が広がる。

 

 リスタートと同時に投げ入れられたボールは世良の足元に。

 それを確認し、距離を詰める。

 

「なんだよお前……俺を止めようってのか?」

「ハッ! 来てみろ。お前は俺を抜けない」

「お前ぇ!」

 

 激高したように抜きにかかる世良だが、感情を表に出しただけでドリブル自体は冷静そのもの。あえてそういう風に言っただけか?

 いっそ、向こうから仕掛けてくるように挑発しよう。

 分かりやすいように、肩を下げて力を抜く。見た目で脱力している事がわかるように。視線もボーっとしてるように見せて、実際は世良の全体像をしっかり把握できるようにしている。

 明らかに苛立った表情を浮かべた世良は、仕掛けてきた。

 一切視線はボールを見ていない。体の軸もあまりぶれてない。

 ボールタッチは多く、足から離れないドリブルをしているが……覚醒した駆、テンションの上がった荒木先輩と比べると、ほんの少しだけ劣る。

 明らかに視線が動く。

 いくら挑発されてもしっかりと周囲の確認は怠らないらしい。

 が、数で不利に立たされている江ノ高がしっかりと守備をしており、パスをだせるようなスペースは無かった。

 

「ちっ!」

「舌打ちかい? 自分の程度の低さが出てるなぁ」

「なんだとっ!?」

 

 さすがに今の一言は効いたらしい。

 今まで来そうで来ないという感じだったのが、一気にボールを前に蹴り出して抜きにかかってきた。

 荒々しくも柔らかいという、なんだかよくわからない表現をしてしまったが。強引だがフェイントで抜こうとしてくる世良。またぎからのシザース……視線は絶えず俺を見て、チラッとたまに味方の位置を確認していた。

 

「が、ダメ」

「……な」

 

 世良が抜き去ろうとした瞬間。

 抜き足差し足の感覚、それでいて素早くボールの前に足をさしだす。

 威力を殺すように後ろに引き、クッションのように柔らかくボールを止める。

 

「え」

「上がれぇ!」

 

 いち早く上がり始めた荒木先輩にパスを出す。

 マコ先輩、火野先輩、そして駆。江ノ高攻撃陣がどんどん前線に上がっていく中、俺はDFラインから全体を見渡していた。

 織田先輩が抜けて数が少なくなった江ノ高だったが、より一層攻撃が激しくなっていた。一人少ない事を感じさせない動きでボールを回してはシュートし、こぼれたボールに食らいついている。

 俺も、クリアのために蹴られてきたボールを受けては前線に回していた。

 その際、世良がしつこく俺をマークしてきたが……そのすべてを難なくかわしてパスしていた。

 

「俺は、こんなところで……!」

「こんなところ?」

 

 3度目になるところ。

 世良のプレスをかわしてパスを出したとき、世良の愚痴がこぼれたのを耳にしてしまった。積極的に守備につくような人間じゃない世良は、そのまま俺を睨み付けていたが、繰り返すように呟いた俺の言葉に、より一層眉間にしわを寄せて睨み付けてきた。

 お前なんかに何が分かる!

 と言わんばかりの目。その双眸に映っているのは当然、目の前にいる俺だが……果たしてこいつは今この試合に立ってるのか?

 

「お前も俺も、今俺たちはここにいるんだ。どこでもない、ここにな」

「……」

 

 最初見たときから、どこか俺たちを見下しているような目をしていた。

 世良の言うこんなところってのは、日本のサッカー部の事を言ってるんだろう。つまり、俺だけじゃなくこの試合そのものを通して別の何かを見ているらしい。織田先輩に対する行為も、八つ当たり的なものがあったのか?

 

 ……はた迷惑以外の何物でもないけどな。

 

「ふんっ! お前なんかに言われなくても――」

『ゴォォォォル!! 江ノ高、2点目を決めたぁっ!!』

「なっ!?」

 

 ずっと俺に気を逸らしていた世良が驚いたように自陣のゴールを見た。

 俺はいつでも動けるように俯瞰視点で見ていたが、荒木先輩が個人技でMFを抜き去りそのままミドルシュート。何とかそれを弾いたGKだったが、そこにマコ先輩が走り込んでいた。

 もちろん、相手DFも反応していたが、マコ先輩渾身のダイビングヘッドに間に合わず、動き出したばかりだったGKも手を伸ばしたものの、すでにボールはゴールの中をころころと転がっていたのだった。

 

『江ノ高、これで2対0! 前半開始すぐから攻守の要である織田選手が退場になってしまい、不利な状況に立たされた江ノ高ではありましたが、なんとここで追加点をもぎ取りましたっ!!』

 

 呆然とする鎌学イレブン。

 喜びに包まれる江ノ高イレブン。

 愕然とした様子だったが、次第に苛立たし気な表情でそれを睨み付ける世良に、俺はかける言葉が見つからなかった。所詮、元より他人同士どころかチームが違うんだ。そこまでこいつに対して善意で何かしてやろうという気は起きない。

 これで折れるか折れないかはこいつの心次第だし……何より、それを決定するのも世良自身だ。

 

 リスタートまでの間、俺は世良の事をずっと見下ろしているのだった。

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