俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第65話

 試合の観戦を終え、俺は病院に戻っていた。

 別段運動をしていたわけじゃないため、特に先生に何か言われることも無く手洗いうがいに風呂に入ってそのまま就寝。怪我を癒すために睡眠時間を多く取るのだ。……いや、もうほとんど傷が塞がってるとか、そういう話はおいといて。

 

 先日、クラブチームの練習試合を見せてもらったんだが……ものの見事に宣言通りの結果。つまり、完敗を喫していた。というか、相手が強すぎたとあって3対0というスコアになってしまっていた。

 まぁ、相手は一部リーグで勝ちを重ねている相手で、こっちは2部リーグの中堅程度の実力だというのだからそれもしょうがない事なのかもしれないが。

 

 ――いやぁ、それにしてもカールという選手が凄かった。

 相手がドリブルで仕掛けてきたとしても、ほとんどその場から動くことなく相手の足元からボールを奪取。そのまま前線に大きくパスを出すというカウンター攻撃。この形から2点も奪っている。

 そして何より、筋力が凄まじかった。

 湘南の日比野よりも体格は劣っているものの、その足から繰り出されるシュートは何者にも触らせないと言わんばかりの威力。ドゴンと事故でも起きたのかと言わんばかりの音を響かせ、足から放たれたボールはそのまま真っ直ぐゴールネットを貫いていた。

 言わずもがな、カール自身のロングシュート。距離にして30m以上の距離からのシュートだった。

 

 ……俺が言うのもなんだが、あいつも結構なチートな奴と言うか。

 何でも、駆の兄貴、傑さんですら一対一で抜くことができなかったとか言う鉄壁のDFらしい。故に、同年代でその可能性の秘めている選手を今の内に引き抜いてしまおうと考えているとか何とか。

 完全に青田買いなんだが、サッカーでそういったことは禁止されてないのだろうか。それともなんだ? 俺が入院中であるから暇だろうと考えて、あくまで善意で行った行為ですみたいな?

 嫌いじゃない、この考え。

 まぁ、強いチームで色んな事を学ぶってのも有りだろうが、どうせだったら弱いチームに入団して強いチームを倒していきたいっていう願望もある。ジャイアントキリング。それを実現したいなと考えているわけだ。

 現役のプロ選手の実力を知らないからこんなことを言っているが……もしプロの選手がみんなカールみたいな実力の高い選手で構成されていることを考えると……ヤバイ(小並感)

 

 ――さて、入院してから1週間。

 ついに退院することができる俺は速攻で日本に帰国するための便に搭乗した。

 この日本行きの便も、例のあの人が用意してくれたらしく、病院から飛行機に搭乗するまでの間、誰かしらにエスコートしてもらうという事態に遭遇していた。まさにVIPのような扱いには心臓がバクバクしたもんだ。

 なにせ、俺の周囲を黒服黒眼鏡の男性が二人は最低でも張り付いているんだから周囲からの視線も凄かった。まぁ、俺が活躍したような感じで海外のメディアも報道していたし、もしかするとあのテロリストたちの親玉が……みたいな漫画の主人公か!

 さすがにそこまで大事にはならないだろうが、念には念を入れた感じのエスコートで見送られた俺はそのまま飛行機に。

 飛行機の中は、それはもう静かで……ずっと寝てただけだが、何事も起きずに日本に付くことができた。連続してテロリストに遭うことは無かったわけだ。

 

「うあぁぁん! ヤスぅぅぅ!!」

「か、母さん……あいや、ま、あ~……はぁ」

 

 人前で抱き着かれることに恥ずかしさを覚えるものの、海外で撃たれて病院に入院して滞在期間が延びるという事態を犯してしまった俺に、母さんからの抱擁を嫌がる事なんぞできはしなかった。

 しかし、何故かできている人の波。

 視線のほとんどが俺に集中しているような気がするのは何でだろうか。あと、テレビカメラが俺を中央に捉えている気がするのは何でだろうか。

 

「もう怪我の具合は良いのか?」

「父さん。ああ、もう大丈夫。運動しても問題ないって医者に言われてきたから」

「そうか……」

 

 ホッとしたように息を吐く父さんの様子を見て、無事日本に帰ってこれたんだと実感してしまった。ふと、体から力が抜けるような気がして、ふらついてしまう。

 

「や、ヤス!?」

「あ、いや、何でもない。ちょっと、フラッシュが目に入って」

「ふ、フラッシュ……ッ!」

 

 キッと鋭い視線を周囲に這わせる母さんの姿に、俺は驚いてしまった。

 今までこんな怒気を発したことのなかったから、俺の事でここまで怒ってくれているんだろう。が、まぁ……ここで母さんが怒気を感じるがままに感情を昂らせても良い事は無いから、母さんの手を掴んで前に進むことに。

 ただ単に、安心感から力が抜けてしまったというのを隠そうとしただけに、俺にも悪い所はあったのだ。少しして、呆然とこっちを見ていた父さんの手も掴んで強引に前に進んでいく。

 途中、取材したそうな男女の群れがあった気がするが、ただひたすら前だけを向いて歩き続けた。

 しょうがない。

 申し訳ないが、今は家族との時間を大切にさせてほしい。

 後でだったら何時でも取材に応えてやろうではないか。そういう思いを視線に込めて取材陣の人たちを見ると、何故か一歩後ずさっていた。普通に見ただけだったんだが、なんだろうか。

 

「あー……今は家族の時間を。取材については明日以降、お願いします。ただ、私は一人の高校生でしかないので、高校の部活の監督。それと江ノ島高校代表の方。そして、私の両親に話を通してからの取材を、どうか、お願いします。……本日お集まりの方々には申し訳ないですが、お時間を取らせて申し訳ありませんでした。それでは」

 

 踵を返して自宅へ。

 いやぁ、やっぱり日本は落ち着きますな。

 何より、周りにいる人のほぼ全員が日本語しか話さないってのが安心する。母国に帰ってきたんだという安心感。この肉体じゃなかったらテロリストに遭った時にどうなっていただろうかという不安が、今になって出てきた。

 その苛立ちが少し出てしまったが、まぁ……問題ないだろう。

 そもそもアポ無しで集まってくる取材陣は、一体どうやって俺が乗る飛行機の便の情報を得たのだろうか。と言うか、俺という存在がそこまで有名になるとは思っても無かったってのも大きいが。

 

「っと……駆か、どうした?」

『ヤス! 今日、日本に帰ってくるって聞いてたから……その、もう怪我は大丈夫なの?』

「おう。向こうで優しい人がいてな。その人が面倒見てくれた感じだ」

『そっか……また、一緒にサッカーできるんだね』

「おう。俺はまだ生きてるぞ(・・・・・)。安心しろ」

『……うん。それじゃ、また!』

「おう」

 

 携帯を閉じて一息。

 駆からの電話だけは少し気を使う。

 あいつの兄貴が亡くなってからそこまで経ってないからな。そこは気を使っていかないと……ってか、俺がその対象になってるのか。しかも死ぬかもしれないという事実が駆の精神にストレスを与えるかもしれない。

 ま、葉蔭戦では問題なかったみたいだし大丈夫だとは思うが。

 その葉蔭戦に出られなかった俺は、明日試合が予定されている鎌学に参戦できるかどうかの問題が残っている。直前まで怪我で入院していたから、岩城監督が試合に出ることを許してくれるかどうかがわからん。

 てか、両親が許してくれるかどうかだが。

 

「はぁ……怪我の問題じゃないからなぁ」

 

 完治した左の脇腹に手を当て、今後の展開がどうなるかに考えを巡らせることしか俺にはできないのであった。

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