7月。日射しがだんだん強くなってきたこの季節でも、朝になればそれなりに気温が下がる。暑すぎず、寒すぎもしないこの時期の早朝は、万人に爽やかな朝を提供するであろう。
そんな気持ちのいい朝を歩く男が一人。
過ごしやすい気候だというのに、その男の目に光はない。寝不足という言葉で表現するのは無理がある程、その瞳は死んでいた。
黒のシャツに黒のスラックス黒い髪と黒々した姿の彼は一人、行きつけの店のドアを開ける。
突然だか、俺の朝は一杯のミルクコーヒーから始まる。適度な甘みを加えたカフェインを摂取することで俺の1日は始まるのだ。
まだぼんやりている思考回路を必死に動かしながら、ようやく俺の行きつけの店にたどり着く。
「いらっ……しゃい…ませ…」
店のドアを開け、入店のベルを鳴らした俺を出迎えてくれたのはいつものマスターの渋い声ではなく、可愛らしい少女の声だった。どうやらこのお店に新しい従業員が入ったらしい。
赤毛のポニーテールがチャーミングな子で、笑えばきっと可愛らしいのだろう。
「……窓際の席おねがいします」
しかしいくら可愛くたって接客態度がいただけない。俺の目を凝視したまま席にも案内しないのは接客としてはダメじゃないか?まぁきっと初めての接客で緊張してるんだろう。察した俺はいつまでたっても彼女、仮に赤毛ちゃんとしようか、赤毛ちゃんが俺の目を見たまま硬直してるのを見て、こちらから声をかけて助け舟を出す。
「し…失礼しました…こちらの席へどうぞ…」
ハッと我に返った様子の赤毛ちゃんはそう言って俺を窓際の席まで案内する。まだ朝なこともあって店内に客は俺一人だった。
しかしなぜ赤毛ちゃんは俺の目を凝視したまま案内するのだろう。
まさか惚れたか!?人生初、プライベートでメアドをゲットか!?
「そ…それではご注文がお決まりでしたらお呼び下さい!」
そう言うと赤毛ちゃんはそそくさと厨房に駆け込む。
彼女の想いに気づいてしまった俺の目には、赤毛ちゃんがまるでイケメンを前にした少女漫画の主人公のように映った。
『どうしたの?青鬼を前にしたタケシみたいな動きして。』
『誰ですかそれ…それよりも店長!お店になんかヤバそうな人が!』
『ヤバそうな人?あぁ…もしかして目が死んだ魚みたいになってる人かい?』
『いえ…多分もっと酷いです…なんというか…見てるだけで腐敗臭すら漂ってきそうなほどの…』
『間違いなく彼だね……大丈夫!彼って毎朝うちの店でミルクコーヒーを頼むんだ。それを飲むと目に力が入って、さほど怖くはなくなるよ』
『本当ですかそれ…正直信じられませんよ…』
『死んだ魚くらいにはなるよ?』
『……まだマシですね…』
何やらマスターと話してるようだ。
きっと俺にメアドを聞く方法を教えてもらってるんだろう。あの人とはそれなりに長い付き合いだからな……
ちょくちょく腐敗臭とか聞こえてくるけど気のせいだと思いたい。
「…すいません」
『ほら、呼ばれてるよ。注文を取ってきな?』
「うっ……は…はーい……」
何を頼むかすでに決めてある俺は少し声を張って店員を呼ぶ。おずおずと厨房から注文を取りに歩いて来る赤毛ちゃんだが、彼女の様子は先ほどとは少し違っていた。
先ほどとは違い一切目を合わせてこないのだ。口元には苦笑いとも言える出来損ないの接客スマイルが張り付いていた。
きっと自分の感情に気がついてしまい、戸惑っているのだろう……
赤毛ちゃん…それが愛だよ…
「いつものおねがいします……あ」
しまった相手は新入りの子だ。
いつものとか言っても分からないだろう。このままだとマイスイートハニー(笑)赤毛ちゃんが困ってしまう。
ちゃんと商品名を言ってあげないと。
「あぁ…すいません…ミル」
「ミルクコーヒーですね!」
「うぇ?えぇ…まぁ…そうで」
「ありがとうございます!」
そう言うと赤毛ちゃんはまたもや厨房に駆け込む。その動きはまるで花畑を走るように軽やかだった。
しかしなんで俺の《いつもの》を知ってたんだろう。
『こらこら、そんなクッパから解放されたピーチ姫みたいな動きしないの』
『す…すいません…』
あぁマスターに聞いたのか、納得した。
さて、ミルクコーヒーが来るまで5分ほどある。手持ち無沙汰なので窓の外でも見て時間を潰そう。
ただいま朝の7時半といったところだ。
土曜日ということもあって街はすでに賑わい始めている。
犬を連れて散歩をしている少女、ジョギングをして健康的な汗を流す青年、デートの待ち合わせだろうか?可愛らしい私服を着てしきりに時計を確認する女の子。こんな朝からデート?と思わなくもないがなにぶん俺は流行に疎い。きっと早朝デートみたいな名前で若者の間で流行ってるんだろう。
彼らに共通することは皆年若い学生ということだ。
ここは学園都市。
教育機関・研究組織の集合体であり、学生が人口の8割を占める学生の街にして、外部より数十年進んだ最先端科学技術が研究・運用されている科学の街だ。
住民の4割が超能力を使うことができるびっくりどっきり都市でもある。
これはこの街が某魔法学校のように全国から超能力者を集めているわけではなく、科学技術による人体改造によるものだ。外部には記憶術の類と認識されているようだがとんでもない、脳に電極を貼り付けたりする記憶術があってたまるか。
ここは学園都市。
若々しくもイカれた街。
そんな街の朝は外の世界とあまり差はないように思える。
俺が目を向けた瞬間人通りが減ったのは気のせいだと思いたい。
「お待たせしました〜」
休日の朝の風景を楽しんでいると、赤毛ちゃんがミルクコーヒーを運んできた。そそり立つ湯気が俺の鼻をくすぐる。
ようやく俺の1日が始まる。
何やら赤毛ちゃんがファーストコンタクトの時以上に俺の目を凝視しているが気にせずにミルクコーヒーを口に含む。
ほのかに甘い風味が舌と喉を駆け抜けていく。その感覚はとても心地よく、やさしく俺の身体を蹂躙する。表現するならそう、ガソリンを入れられた車だろうか?鉛のように重かった全身にゆっくりと力が入っていく。
飲み続けると舌を火傷してしまうので、一口飲んだミルクティーを口から離し、テーブルの上に置く。
「……ふぅ」
「…本当だった…」
思わず漏れてしまった吐息に赤毛ちゃんが反応を返す。
「……あの」
「あっ!すいません!」
俺の目を芸術品でも見るような目で見ていた赤毛ちゃんに声をかける。
自分が硬直していたことに気づいた彼女は、慌てた様子で謝罪する。そして、マイケルジャクソンも口笛を吹くような見事なターンを決め慌てた様子で厨房に駆け込んで行った。
『こら!お客様をUMAを見るような目で見たらダメでしょ!』
『すいません!でもみるみるうちに鮮度が上がっていったのでびっくりして…』
何やらマスターの声が聞こえる。赤毛ちゃんの謝罪の声が聞こえてきたことから、小言を言っているらしい。
あまり怒らないであげて下さい…
その子は自分の想いに素直なだけなんです…
「ごちそうさまでした…」
「ありがとうございました!」
数分でミルクコーヒーを飲み終わりレジに向かうと、赤毛ちゃんが声をかけてくる。先程のような出来損ない営業スマイルではなく、にっこりとした笑顔だ。
どうやら彼女はもう緊張してないらしいく、軽やかなレジ打ちで速やかにレシートを差し出してくる。
しかし俺はそのレシートを受け取らずじっと彼女を見つめる。
「……あ、あの〜?」
「…………」
いいんだよ?その手に持ってるレシートにメールアドレスとかラインI.D.とか電話番号とか書いてもいいんだよ?ほら、ちょうどマスターも向こう向いてる!
そういう想いを込めて彼女を見つめているとなぜか涙目になられてしまった。
そうだね、まだハードル高かったね…
潔くお釣りとレシートを受け取ると赤毛ちゃんは今日一番のスマイルを見せてくれた。
そんな朝のちょっとしたドラマを思い出しながら俺は携帯に表示された文字を見る。
『クソ組織』
通話停止ボタンを連打したい衝動を抑えつつ通話ボタンを押し携帯を耳に当てる。
電話越しに男か女かも分からないマシンボイスが流れてきた。
『仕事だ…空間接続』
このクソ組織が。
大筋は変わらないですけど結構追加されてます。