ダウン・ツ・スカイ ――Down to Sky――   作:うえうら

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タイトルを全部英字したいんだけど、センスがないからなあ。



07 Kaleidoscope

 かれこれ2時間ほど飛んだ頃。

 アーデルの双発機と協力して、僕達はシルフを3回落とした。これで、シルフのプレデターは残り一機。対して、こちらは残り2機。息子の死を告げられたアズハルは精神を病んで、今はSkypeを切っている。それでも彼は、Locustシステムの40機を落としていた。多少は責任感があるらしい。本当にあるなら、息子の死は気にしないだろう。彼の想いは空へ上がるには重すぎたんだ。

 レーダを確認。

 Locustの群れへ機首を向ける。蝗の名を冠するこいつらが40やそこらで、打ち止めになるはずがなかった。

 エンジンが静かに唸っている。

 メータを確認。

 右下の雲の名から、一機上がってくる。

 黒塗りのプレデターだ。でも、シルフではない。

 ロールで周囲を確認。

 見通しは悪くない。

 相手は高度を上げて、バンクに入れた。

 スロットルを押し上げる。

 ラダーで機体を少し斜めに。

 すぐに戻す。

 じわじわとスロットルを絞る。

 あちらは旋回に入った。

 僕はバンクを強める。

 翼がほとんど垂直になった。

 エレベータ・アップ。

 景色が流れる。

 さらに、アップ。

 内側へ入った。

 相手がデッド・ポイントを過ぎた。

 僕のジャハードが後ろにつく。

 射程に入る。

 まだ撃たない。

 相手は左右に逃げようとする。

 ロールが遅い。

 距離をさらに詰める。

 さようなら。

 撃つ。

 離脱。

 反転して、下を向く。

 目視に敵はなし。

 レーダをチェック。

 SkypeをON。

『ねえ、アーデル』僕は呼びかけた。『これ、あとどのくらい続くの? 』

『いんや、分からん。敵さん次第だ』

『バッテリより先に、手中力が切れそう』

『リンはまだ“クスリ”に手ぇつけてないのか』

『まだだね、でも、手元にはある』

『お前も早く使えよ。エリクサーはピンチになる前にだ』

『OK、わかってる。本当に集中力が切れたら使うから、安心し――――』

「兄さん、リン兄さん!! 」

 扉の向こうから妹の声がした。

 コンコンとノックの音もする。

『アーデル、すまない、一旦切る』返事を聞かずに、僕はSkypeをオフライン。

「兄さん! 夕ご飯ですよー」凪の声は若干キーが高くなっていた。

「あー、ごめん。今日はいいや」ディスプレイから視線を離さずに、僕は言う。

「え、ああそうですか。ていうか、兄さん? 朝からずっとお仕事ですか」

「そう、大体そんな感じ」

「兄さん、今年こそは卒業できるって言いましたよね」

「大丈夫、大丈夫。4回休んじゃったけど、もう休まないから」

「本当ですよ? 兄さんの分はラップしておくんで、後で食べてください。昨日がカレーだったんで、今日はハヤシにしました」

「ありがとうね、凪」

「いえいえ、何て言えばいいんでしょうか。何となく、いいですよね。リン兄さんが稼いで、私が家事をするっていうのは。……その、あれみたいじゃないですか――――」

「あっ! リンみっけ! 」個人端末からの合成音声が凪の声を遮った。

 レーダを見ると、こちらに近づくマーカがあった。

 かなりの速度。

 間違いなく、シルフの最後の一機。

「凪、ごめん。ご飯ありがとう、忙しいから、ごめんね」

 会話を遮るために、謝罪の言葉を並べる。

 僕が身に着けた数少ない処施術の一つだ。

 扉越しに、彼女は何かを言ったのだろうけれど、僕の頭は言葉として認識しなかった。

 距離900。接敵までおよそ、10秒。

 Skypeをオン。

『アーデルさっきは急にごめん。こっちの援護これそう? 』

『いや、ちょっと厳しいな。イナゴ共がこの空域にウヨウヨしてやがる。兵舎も近い。ここで止めないと(まず)いな』

『OK。シルフは僕が相手する』

『任せたぞ、エース。Locustの追加はもうなさそうだから、もう少しでひと段落つけそうだ。“クスリ”早く使えよ、気分がトブからな! 』

『任された。じゃあ、せっかくだから、頂くよ』

 軽口を交わしあう間に、相対距離は300まで迫っていた。

 アーデルが言っていた“クスリ”を胸ポケットから取り出す。

 フリスクみたいに、一錠、手のひらに乗せる。

 それを口に含んで噛み砕く。

 飲み込まず、舌ですり潰すように、唾液と絡める。鼻の奥まで抜けて、脳の深部に沁み渡っていく感覚。

 最高に気分がハイな感じ。

 空を飛ぶ奴はみんなクレイジィだ。

「リン! 今、何を口にいれたの? 」個人端末からシルフの声がした。

 僕は慌てて、マイクのスイッチを切る。

「誰にも言わない? 」ピッチを上げて、高度を稼ぎながら僕は訊いた。

「たぶん」

「たぶんじゃだめ」

「じゃあ、絶対」

「これは、LSDのジェネリック」

「え!? それは、疲労がポンと抜ける薬品の仲間だよね? 」

「うん、そうともいう。たぶん、シルフに勝ち目はないから覚悟した方がいいよ。いわゆる共感覚ってやつ」

「いやだね、ヤク中に負けるつもりはないよ」

 シルフがそう言い終わった直後、

 互いにバレル・ロールですれ違っていた。

 風の色が見える。結晶みたいに透き通った翠。

 上斜め後方に敵機。

 大気の密度が音色を奏でる。

 シルフはまだ、背面だ。

 翼が空気をとらえる甘い味。やわらかな感触。

 「シュッ」と空気が主翼から剥離する音。

 痺れるような刺激。目の覚める蒼い色。

 そのタイミングで、ラダーを突っ張る。

 風の流れを手に取るみたいだ。

 右へのロールを止め、後ろを見る。左からだ。

 エレベータ・ダウン。

 フラップを上げる。

 スロットルを押し上げた。

 エレベータ・ニュートラル。

 左へエルロン。

 ハーフ・フラップにラダーを加えて、ターンした。

 右へ反転。

 撃ってきた。

 歪な色だ。

 音色も不協和音。

 これじゃ当たりっこない。

 操縦桿を引いて、ループに入れる。

 空気を切る。グラデーションのように色が滑らかに変化する。

 上を向いたところで、ロール。

 プレデターが見えた。

 旋回しながら上がってくるつもりだ。

 地面の近くには数匹のLocustが汚い音を立てていた。

 後で始末してやろう。

 エンジンを絞って、舵を左右に打ってブレーキング。

 フル・フラップ。

 ダウン。

 大気の鮮やかな色が機体を包む。

 万華鏡のような多彩な光を風が奏でた。

 操縦桿をさらに倒す。突っ張って、ラダーを切った。

 ストール。

 可変ピッチ修正。

 瞬間、エンジンが唸る。

 機体は左へ傾く。

 スロットル・ハイ。

 機首が下へ落ちる。ぶるっと震えて、翼がついていく。

 加速。

 落ちろ、もっと速く。

 舵が完全に戻る。

 下を向いている。

 シルフが真下に見えた。

 黒塗りの機体に浮かぶ、白い球体と一対の羽。

 一度ロールして、周囲を確認。

 全然余裕。

 シルフはやっと気づいて右へロール。

 さあ、上がってこい!

 じわじわと水平に戻し、背面に入れる。

 フラップを下げる。

 エレベータを引いた。

 スナップで機体が翻る。

 失速しない。

 相手が前方で慌てて反転する。

 遅い。

 射程に入った。

 撃つ。

 機首で一瞬の閃光。

 左へ抜けていく。煙が上がる。

 左へ急旋回して離脱。

 一瞬、フラップ、すぐに戻す。

 半ロールで背面。

 プレデターは中程から千切れていた。

 黒い尾を引いて、赤土に落ちていく。

「ヒャッホウ!! 」最高にハイってやつだ。

 自分の叫び声すら快感になる。

 LSDジェネリックが与えてくれるのは共感覚だ。「リンゴ」という文字から、色が見え、音を聞き、感触を得て、味を知る。鋭敏な感覚が熱いシャワーみたいに僕に突き刺さる。

「げ……、これで、1002敗目なんだけど」

「スカイブルーだね」感じたままに僕は声を発した。

「え、どういうことリン? 」

「いや、シルフの声の色がスカイブルーだってこと」

「へえ、共感覚ってそういうことか」

「そうだね、本当に機体に乗ってるみたい」

「いいな、羨ましいな。きっと、楽しんだろうね」しみじみと、やわらかい感触の声だった。

「まあね、万華鏡みたいに刺激が沢山ある」僕は額から伝う汗を右手で拭った「でも、いいことばかりじゃない。副作用がまだよくわかっていないんだ。警察にみつかったら、所持しているだけで、たぶんOUT」

「依存性とか、禁断症状は? 」

「うーんと」僕は首を捻った。「僕達って空へ上がることにかなりの欲求があるでしょ。それに比べれば全然少ないと思うよ」

「ふむ、なるほどね。まあ、ダンスしている時が一番だっていうのは否定しない。でも、躰を大事にね、リン」

「大丈夫、疲れたときにしか使わないから」僕の返事は真っ白な空の色。

 

 

 シルフと踊ってから、2時間。

 僕はLocust退治に追われていた。既に日も落ち切っている。日本の空と違って、本当に真っ黒。帳が降りるとはこういう情景なのだろう。

 機体を半ロール。

 景色に変化はない。上も下も区別なく黒。

 星々は嘘のように鮮明だ。きっと、光害がないからに違いない。子供の頃に科学館で見たプラネタリウムとそっくりで、ちょっぴりおかしかった。

 夜空を満喫したので、サーマルを入れ直す。

 機載カメラで熱観測を行い、ノートPCのアプリが仮想HUDに補正をかける。それを頼りに、僕は機体を操っていた。

 肉体的な疲労はほとんどないけれど、精神はかなり疲れている。脳だって肉体なんだから、乳酸がたまるかもしれない。こういうシチュエーションだとAIのが便利だ。

 ドローンのジャハードは既に省エネモードで飛行中。Locustくらいなら省エネで大丈夫だと、上から無茶なお達しを貰ったからだ。

 メータに気をかけながらコントローラを触る。機体のご機嫌をとるために、操縦しているようなものだった。僕は一体のLocustにつき、一発の弾で確実に仕留めていく。

『ねえ、アーデル』からからの声で僕は呼びかけた。『これ、いつ終わるの? 』

『どうにも、イナゴがいなくなるより、バッテリ切れか弾切れの方が早そうだな』彼のしなだれた声に、疲労の色が見えた『ところで、リン。“クスリ”持ってねえか』

『いや、あるけど』僕はケースを振って、シャカシャカと音を立てる。『物理的な距離で無理でしょ』

『そうなんだよな、距離がな。いいや、需品部に多めに出してもらえように頼んでおく。リン、お前はどうする? 』

『僕は用法用量を守ることにするよ』

『了解、いつも通りだな。――――って、おい! 速い奴が来てるぞ!! 』

『そっちの観測情報を』

『わかった』

 すぐにデータリンクされ、レーダが楕円に拡張される。

 そして、マーカが映った。

 プレデターを超える速度。

 だが、音速ではない。おそらく、回転翼機だろう。

 僕がいる空域よりも、アーデルの方が3000ほど近い。

『ほんとだ、敵だよね? アーデル』

『そうだろうな、まず俺がやるから、援護に来てくれ』

『OK。でもさ』僕は首を傾げて見せた。『省エネ中にどうやって踊るのさ? 』

『そういや、そうだな。偵察くらいに留めておく』

『了解、僕もそっちに行ってみる』

 最高速度の4分1で、僕はアーデルの下へ向かった。

『おい、これ、見た目はプレデターっぽいぞ』

『なるほど、そうか』

『げっ、撃ってきやがった』

『逃げた方がよさそうだね』

『いや、オレのアラディンはここでお陀仏だ。お前のジャハードだけでも、帰投させておけ――――おい、こいつもシルフか!? キャノピの後部にマーキングがあるぞ』

『え!? ていうかさ、どうやって確認したの? 』

『アラディンの暗視装置はサーマルじゃなくて、光学増幅式だから機銃の瞬きで十分なんだ』

『ああ、そういえば。すまない、一度切る』僕はそう告げて、Skypeの窓を閉じた。「ねえ、シルフ、5機だって言ったよね」

「いや、僕は知らない。もしかしたら、あいつかも。お願い、迷惑じゃなかったら、確かめてもらえないかな。そのマーキングの形を」

「いいよ、省エネ巡航だって、僕は負けるつもりないしね」

 言い終わった直後、レーダからアーデル機がロストした。

 彼の双発機を撃墜した機体が向かってくる。回転翼機の理論限界に到達するほどの速度だ。

 僕は力学的エネルギィを増やすため、高度を上げる。奴もそれを察してか高度を上げてきた。このままいけば水平平面でぶつかるだろう。それでいい、ヘッドトゥヘッドなら、速度は足し算される。

 30秒もしないで、熱観測補正がかかった視界に、敵機が映った。橙に映し出されたシルエットは曖昧だが、確かに、プレデターだと認識できる。

 マーキングを確認するため、熱観測補正を解除。マクロを開いて、1秒ごとに熱観測がつくよう、設定変更。

 チカチカと暗視装置がついたり消えたり。

 相手はこちらの速度をどう思うだろうか。

 真正面と見せかけて、半ラダーに入れておく。

 みるみる近づく。

 シルエットが大きくなる。

 あと、

 4秒で、お互いの射程に入る。

 3,2,1、撃った。

 ピッチ・アップ。

 エルロンを倒して、半ロール。

 背面で接近。すれちがいざまに機銃を連射。その光で、敵機を照らすよう試みる。

 でも、てんでダメだ。

 後ろに張り付くくらいしないと、分からないだろう。

 奴は、機首をこちらに向けて、上がってきた。

 少なくとも、シルフの機動ではない。そう、直観した。

 シルフのそれよりも、直線的で、鋭角的で、鋭い。そんな印象。

 奴は上がりながら、ロールしている。

 こちらの速度は上がらない。

 省エネを強制解除。

 バッテリ残量はレッドゾーン。4%しか残っていない。

 やむなく、省エネモードに再設定。

 機首を倒す。

 トルクで右へ。

 ぐずぐずするな。

 後ろにつかれそうだ。

 迷っている暇はない。

 上昇は控えよう。

 エレベータを引き、そのまま下へ。

 この一瞬が危険。

 撃ったか?

 いや、大丈夫。

 降下で速度を稼ぐ。

 相手は右斜め後ろ、上方。

 真下を向き、エレベータをさらに引く。

 どのように、回避機動するか。

 ラダーを引き切る。

 操縦桿を素早く引く。

 右主翼が失速。

 コントローラブルな錐もみ。

 即座に操縦桿をニュートラル。

 ラダーを逆。

 機体は風に舞うように、横転。

 視界の右端に敵機が見えた。

 スロットルを絞る。

 半ロール。

 キャノピとキャノピが向かい合わせに。

 相手の機首が上がった。おそらく、ループに入る。

 その直前、機銃を連射。

 光が瞬く。

 白いボンネットに、青いマーキング。

 正六角形に鋭角の2対の羽?

「バンシーだ!! 」シルフが声を上げた。

 僕の躰が少し震えた。

 バンシー? また妖精シリーズか。

 半ロールで追いかけるように、ループに入る。

 いけるか。

 ラダーを切る。

 速力が足りない。

 機体が軋む。

 失速。

 エレベータを引き、機首を下げる。

 ループを済ませた相手は、後方だ。

 ちょっと距離がある。

 ナイフエッジで有効面積を減らす。

 落ちながら、右へ旋回。

 相手はまだ後ろ。

 視界の端を線が抜ける。

 一つ、

 また一つ。

 金属音が響いた。

 食らった。

 左翼端か。

 視界にノイズ。

 錐もみ。

 落下。

 舵が効かない。

 落下。

 真っ暗闇に落ちていく。

 衝突。

 音も、映像も残らなかった。

 ――くっそ!!

 拳は固く握られていた。

 Skypeをオン。

『すまない、やられた』

『いや、仕方ない。省エネ飛行だったしな』

『ああ、ジャハードが……』

『そんなに、落ち込むな。ジャハードなら予備はあるんだから』宥めるように優しい声音。アーデルにしては珍しい。『あと、アズハルから伝言がある。反省会はまた後日、日取りはメールで伝える、だそうだ。では、お疲れさん。日本ではもう夜明けに近いんじゃないか』

『あー、うん』僕はデジタル時計を盗み見る。『もう、5:00だ。今日も大学休む』

『そうしろ、そうしろ、そしてこっちに就職しちまえ』

『まあ、選択肢としてはありだね。そうだ、20ほどLocust残ってるけど、それは大丈夫そう? 』

『地上からも攻撃できる。アラブの戦士をあまりなめるなよ』

『OK。それを聞いて安心した。では、お疲れ様。ティスバフ アラへール』

『なんだそりゃ。ウ インタ ミン アフロ』

 こちらがお休みと言うと、アーデルも笑いながら定型文で返してくれた。

 今日は、丸一日起きていた気がする。

 抜け殻が風に流されるみたいに、ベッドへ倒れ込んだ。

 躰全体が錆びついてしまったみたいに重かった。

 自分の熱が冷えた布団を少しずつ温める。自分は生きているのだと、無駄に実感した。

「シルフ、お休み」

「そうだね、お休み、リン」

「あ、そうだ」僕は端末へ向けてひとさし指を伸ばした。「今回のダンスをしっかり復習しておくように。これはまあ、僕もなんだけど」

「うん、それはもちろん。いよいよ、カウントダウンが告げられたみたいだから…………」 

 スカイブルーの声を灰色の雲が覆ていた。




スカイ・クロラシリーズの中で一番好きなキャラは瑞季ちゃんです。
真相を知った後に読む、瑞樹とユーヒチ君の会話が凄くいいですね。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
感想、お気に入り、評価、とても嬉しいです。

酷評でも批判でも、何でも欲しいです。
全てが研鑽になります。
どうか、ご指導、ご鞭撻のほどを、よろしくお願いします。

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