「そういえば海未ちゃん、明日は身体検査だよ!楽しみだなぁ……」
「そうでしたね……って穂乃果、さっきも同じこと言ってませんでしたか!?」
彼女達は母校の屋上で練習前に雑談をしていた。
「だって変身して戦えるんだよ?格好いいじゃん!」
そう言いながら彼女は少し目を輝かせながら太極拳のような、はたまた酔拳のようなよくわからない動きをしてみせた。
「いやそんな戦い方する人いないから。ったく……あんた達、戦うってどういう事か本当に分かってんの?」
「ふふっ、そう言うにこだってまだ戦ったことが無いんじゃなかったかしら?」
にこはうっ、と小さく呻いた。図星を指されて少し落ち込んでいる様子がその場の誰にでも見て取れた。
「そっ、それなら絵里はこの1年間で臨戦したことがあるんですか?」
「まぁ1度だけね。でも戦いにいったというより巻き込まれた感じだったわ。居合わせた時は怖くて身動きが出来なかったもの。他の人2、3人と協力してインベスを1体退治するので精一杯だったわ。今思い出しても怖い位よ。」
「そりゃあ最初は怖かったやろうなぁ。よしよし」
近くにいた希が生徒会長の肩に優しく手を添えながら言った。もう一人の落ち込んだ3年生は気にも留めていないようである。
「……分かります、その気持ち。」
「えっ、じゃあ海未ちゃんは遭ったことあるの?インベスに。」
「ええ。私からしてみると、ことりがまだインベスに遭遇していない方が不思議ですよ。」
「そう、なの?」
これには全員が頷いた。ことりは肩をすくめてしまった。
「いや、別に遭遇していないから変って訳でもないわよ。」
「その通り。インベスの出現ピークは8年前、ウチらがまだ小学生だった時や。その時でさえもインベスを生で見なかった。それは親御さんが一生懸命、ことりちゃんを守ってくれた証拠なんよ。」
(希ったら、よくこんなフォローを咄嗟に思いつくわね…)
(ええ…本心かどうかよくわからないのも、あの子らしいと言えるのかもね)
「ん?なんか言った?」
希の笑みににこも絵里も大きく首を振った。希の口は笑っているが目が笑っていない。その後希のフォローのおかげか、徐々にことりの顔はいつもの笑顔に戻っていった。
「そ、そうかなぁ……へへへ。ありがとう希ちゃん。」
「どういたしまして。そうや海未ちゃん、さっきのインベスに遭ったって話、詳しく聞かせて貰えへんかな?」
「はい……と言っても、大した話では無いのですが……」
海未は少し間を置いてから、記憶を絞り出す様に話し始めた。
「あれは私が小学一年生の時だったと思います。インベス出現ピークの前の時期ですね。大体の人はニュースでそいつらの存在を知ってはいながら、他人事の様に感じていたんでしょう。もちろん私もそうでした。ですが…」
そこで彼女はまた一拍置いた。話を聞いていたメンバーも思わず息を呑む。
「珍しく両親と街に出かけていたときでした。そこでインベスが数体現れたんです。私も両親も腰が抜けて動けませんでしたが、そこにドライバーを持った人がいたんです。彼らはインベスと同じくらいの人数で、皆懸命に戦っていたのを覚えてます。」
「へぇ……大体、人とインベスが一対一ってことね。インベス一体に数人でかかるのが当たり前の今の時代からすると、考えられないわ。」
「その当時はまだ、ドライバーを持っている人は少なかったですから。今みたいに学校でドライバーを付与していたわけではないですしね。」
思い出話をする海未の目は、珍しく輝いていた。
「……穂乃果が明日を楽しみにしている気持ちも、本当はよくわかるんです。あの日の、あの人達みたいになれるって思うと、少し胸が高鳴ります。」
「おっ、海未ちゃんも穂乃果と同じだね!穂乃果達が戦えば、インベスも皆倒せるんじゃない?」
「気が早いですよ穂乃果。まぁそれが出来たら一番いいんでしょうけれど。」
「そう、その意気だよ海未ちゃん!」
「二人とも……話に熱が入ってるところで悪いけれど、雨が降ってきたから、今日はこの辺で切り上げましょう。明日風邪をひくわけにはいかないでしょう?」
言われて、やっと雨が降っていることに気づいた。霧雨程度だが、服も大分濡れている。
「そうですね……じゃあ今日はこの辺で、ご苦労様でした!」
ご苦労様でした、と続けてほかのメンバーも声を上げ、それぞれが家に帰っていった。
「明日……ですか。」
寝床についても、興奮気味で眠れない。海未はいつもより深く布団を被った。
「えー、聞いてはいるだろうが今日の身体検査はいつもとは少し違うぞ。戦極ドライバーを貰うための検査だ。体調が悪い奴は後回しにされるからな。まさか体調悪いなんて言う人はいないよな?」
担任の質問に、クラスメイトの数名が首肯する。
「ならいいか。何か質問のある人は?」
「先生、検査って何をするんですか?」
「ああ、いつもやってる内科検診に加えて、血液検査をやることになってるぞ。」
血を抜くのかー、などと教室がざわめき始めた。担任もどうにか年頃の女子高生を静めようとしている。
「皆静かにしなさい!……あんまり怖がらなくてもすぐ終わるから。それにここだけの話だが、検査に引っかかる人は全国的にも珍しいそうだ。実際ウチでも三年前に検査を始めて以来、引っかかった人数は0なんだ。」
だったらなんでこんなことしてるのよと、ざわつきが強くなった。海未もそろそろ担任が可哀想になってきた。担任自身もしびれを切らしたようだ。
「……はいじゃあHR終わるぞ!検査は目安で3時間目の授業の途中になるはずだから、迎えに来る保健所の先生の指示に従うように!はい終わり!」
そして起立と礼を済ますと、担任はそそくさと教室を後にした。
「先生、少し可哀想でしたね……」
「あ、園田さんも思った?やっぱり女子高には男の先生は入れない方がいいんじゃないかなぁ。」
「そうですね。私だったらもううるさすぎて怒鳴りつけてますよ。」
「でもマジギレした園田さんも見てみたいかも〜」
席の近いクラスメイトとの話も楽しいが、内心は浮ついた感覚が離れない。
(そういえば今朝はことりとも穂乃果とも話していませんね……あちらもドライバーが待ち遠しいんでしょうか。)
そんな考え事をしているうちに、時計は既に3時間目の授業が始まる時刻を指していた。
早く準備をしなくては、と思っていると、チャイムの鳴る前に教室の戸がガラガラと開いた。
「はーい、今から検査になりますよー。廊下に出て、2列に並んで講堂について来て下さーい。」
保健所の先生のようだ。やっとか、と海未は息をつく。彼女はいつもより足早に廊下へ向かった。
「…では、出席番号順にカーテンの中に入って下さーい。一番の方からどうぞー。」
カーテンで区切った検査室は全部で5部屋あった。部屋数が多いおかげで、海未の順番は直ぐに回ってきた。中に入ると、まず普通の内科検診を受けた。そして次は血液を採る作業だ。
「はいじゃあ針を刺すから、じっとしててね。」
予防接種とは感覚が違うな、と思っているうちに針は抜かれていた。すると医者は採取した血液に透明な液を混ぜた。医学は海未の知識の領域外だが、許可が出るまで部屋から出られず暇なので、なんとはなしに質問してみることにした。
「何をなさっているのですか?」
「あぁ、これね。大丈夫、もうすぐ終わるし、どうせ何もない…………!?」
医者の目の色が急に変わった。海未も直ぐに異常を感じる。
「何か……私の身体に何かあったんですか?」
「……いや大丈夫。教室戻っていいよ。 じゃあ次の人呼んでー。」
平常心を無理矢理作った様な喋り方に違和感を感じながら海未は検査室を後にした。だが、外に出ると更に異常を感じた。自分以外は全員、既にドライバーを持っているのだ。海未は焦って、穂乃果の元へ駆けた。
「穂乃果!!」
「海未ちゃん?…どうしたの?そんなに焦って。」
穂乃果の手にもやはりドライバーが握られている。焦りが余計に加速する。
「私だけ……ドライバーを渡されなかったんです…」
「ええっ!?それってもしかして、体調悪いからおあずけって、さっき先生が言ってたやつ?」
「いえ……多分それとは違います。現に私、体調は万全ですし。ただ……」
「ただ?」
「血液検査のときの、先生の反応が異常に見えまして……そしたら何も渡されずに退出させられたんです。」
「穂乃果はそのときに渡されたんだけどなぁ……コレと一緒にね。」
そう言って穂乃果がポケットから、オレンジを模した錠前を取り出す。
「これがロックシード……はぁ、私も早く自分のが欲しいです……」
海未が落胆している所にことりもやって来た。振っている手にはやはりロックシードが握られている。こちらは葡萄の様な模様が描いてある。
「アレ、二人ともどうしたの?」
「海未ちゃんがドライバーをゲット出来なかったんだって。何があったんだろう…」
「まあ待ってみても良いと思うよ。果報は寝て待てって、言うしね♪ だからもう、教室に戻ろうよ。」
「ちょっと意味合いが違いますよことり……」
海未はうなだれたまま、渋々教室に戻った。
「……それでは授業はここまでにします。挨拶どうぞ。」
「これで4時間目の授業を終わります、ありがとうございました。」
ありがとうございましたー、と他のクラスメイトもやる気の無くなりかけた声で後に続く。海未も空腹と先の一件で、どうにもやる気が出ない。なんとか空腹だけは抑えようと、弁当に手をかける。
「園田、腹が減っているところ悪いが、今から理事長室に言ってくれ。かなり大事な話らしいから、今すぐに頼む。」
「えっ?は、はい。」
さっきのか、と思いながら、理事長室へ重い足を運ぶ。
(別に調子は悪くないのに……何でしょうか…)
そしてやっと理事長室へ辿りついた。
「流石にこの中は、気を引き締める必要がありますね…」
海未は無理矢理、表情を作った。そして部屋のドアをノックする。
「二年、園田海未です。」
「はい。どうぞ、入って下さい。」
「失礼します。」
「急にお呼びしてすみません、園田さん。昼休みに入ったばかりだというのに。」
「いえ、私は大丈夫です。それで南理事長、私を呼んだご用件は何でしょうか?」
「……そうですね、話は早く済ませましょう。今日の午後の授業、貴女には欠席してもらいます。」
「!? 何故ですか?」
「貴女自身も、先の検査で違和感を感じたでしょう?それに関して、行ってもらわなくてはならない場所があります。もう車は手配してあるので、今すぐそれに乗っていって下さい。」
理事長は更に海未に近づき、少し微笑んだ。
「もちろん公欠扱いにはしておきます。さぁ、早く。」
「はぁ、はい。」
急な展開に、海未はまだ事態を理解できない。
「とりあえず車の所にいけばいいのでしょうか……」
そうつぶやきながら、彼女は挨拶もせずに理事長室を後にした。
海未が校門を出ると、校門のすぐ近くに白いワンボックスカーが停まっていた。すると車から、白衣を着た男が2人出てきて、彼女の方に近づいた。
「園田海未さん……ですね?」
「えぇ、はい。」
「ご協力感謝します。話は聞いていると思いますので、早速こちらの車に乗って下さい。我々が運転します。」
海未は言われるがままに車に乗ると、何やら白い帯を渡された。
「何ですか?これは。」
「上司の意向で、目的地と経路は秘密にさせていただきます。ですので到着までは、これを目の周りに巻いておいて下さい。」
男の言う通りに目隠しをすると同時に、車が出発した。
男達は目隠しを外さないように海未を終始監視していたが、彼女は出発からものの数分で眠りに落ちていた。
「園田さん、起きて下さい、着きましたよ。」
「……はい。」
目隠しを外して、少し目を擦ってから外に出た。周りには倉庫が立ち並んでいた。
「ではこちらへ。」
案内に従って倉庫の一つに入ると、中央に大きめのエレベーターが置いてあった。どうやら地下に行くようだ。そのエレベーターにも乗って、地下を目指す。いよいよどこに向かうのか、海未も不安になってきた。
「あの……これから何処に向かうのでしょうか?」
「戦極研究所……と言って分かりますか?」
「えっ、それは確か……」
海未が何か言いかけると同時に地下に着いた。ドアが開くとそこにはロックシードや戦極ドライバーがあり、そしてニュースでもよく見かけたツタも保存されていた。呆然と立っていると、奇抜な格好の研究者が、こちらへ歩いてきた。
「確か園田君だったね?学校でドライバーを渡されなくて、さぞ驚いただろう?」
「はい。まぁ大分驚きましたね。私だけでしたから……」
「そう。君だけなんだ。そこで、コレを見て貰いたい。」
研究者はそう言うと、それまでとは異なる色のロックシードとドライバーを取り出した。
「さて単刀直入に言おう。これは君にしか使えない。君が使わなければ、人類は負けるかもしれない。」
「……は!?」
海未はもはや展開についていけなかった。