平日の午後2時、普通の生徒は学業に勤しんでいる時間帯。研究所の青白い蛍光灯の光を受けながら、園田海未は呆然と座っていた。
「……? おーい、聞こえてるかーい?」
海未は研究員の声で我に返った。
「あっはい……すみません。その……」
「まぁ当然の反応かな。急に見たこともないドライバーを見せられて、使えって言われるんだから。」
すると研究員は立ち上がって、棚からカップを取り出して、インスタントのコーヒーを作った。
「今日は助手が出払ってるから、特別に私が淹れてあげるよ。……それはさておき、もう頭は整理できたかな?」
「えぇ、まぁなんとか。」
カップを持って落ち着きを取り戻しながら言った。もう話を聴ける程度には落ち着いていた。
「じゃあもう1回繰りか……いやとりあえず自己紹介をしておこうか。私が戦極凌馬。この研究所の所ちょ……」
「!? 貴方がですか??」
「おお、私のことを知っていたかい。私も成り上がったもんだ。」
「それはそうでしょう! 戦極凌馬っていったら戦極ドライバーの開発者、救世主とまで言われた人なんですから。……でも公の場に出てくる事は無かった。研究発表も自分の名前だけを出して、発表は部下にやらせた……」
「随分と私のことを調べてあるようじゃないか。もしかして私のファンかい?サインなら後で受け付けるよ。」
凌馬は嬉嬉として答えた。海未も話の趣旨が逸れているのに気がついて話を戻す。
「あの、そろそろ……」
「あっ、そうだったね。じゃあ本題の前に……」
凌馬は懐から戦極ドライバーを取り出して続けた。
「戦極ドライバーと、この青いドライバーについて大まかに説明しておこう。海未君、君は樹化という現象を知っているかな?」
「……じゅか?思想家ですか?」
「古代中国じゃないんだから。樹化っていうのは、地球のものがインベス供のツタに覆われること。これなら分かるだろう?」
これならニュースで何度も見た、と首肯する。
「実はロックシードのもとになっている果物、これを食べた時も生物の体が樹化するんだ。体の内側からね。そして樹化した生物は例外なしに、急激に進化する。」
「進化?」
「そう、進化だ。イヌも、ネコも、人間も、その果実を食べれば進化をして、インベスと同等の存在になれる。私はここに目をつけたんだ。」
「ふむ……」
どことなく空想上の話を聞いている気がした海未はとりあえず相打ちをうった。
「だが、その方法で進化すると十中八九、その生物は自我を失う。詳しいやり方は言えないんだが、そこで私は人間のままで樹化のエネルギーを利用できる方法を編み出した。それがこの、戦極ドライバーとロックシードなんだよ。」
「はあ……」
何気なくではあったが、憧れていた力が元々は人類の敵と同じだったという事実に、海未は些か落胆した。
「……戦極ドライバーについてはわかったんですが、その、例の青いドライバーはなんなんですか?」
「単純な話、戦極ドライバーより強い力を得られるってことだよ。」
凌馬は今度は戦極ドライバーを持ち、立ち上がって話を続けた。
「戦極ドライバーは、自我を失わない、人間のままで使える、という条件で作ったから、エネルギーを抑えざるを得なかったんだ。だから、実用レベルだけどフルパワーではない、というのが戦極ドライバー。対して……」
言いながら、青い方のドライバーに持ちかえた。
「パワーを上げて、樹化のリスクを大きくしたもの、それがこの、ゲネシスドライバーと、エナジーロックシードだ。一般人が使ったら、そいつはたちまち怪物になるだろう。でも海未君、君は使えるんだ。」
「なんでそんなことが分か……あっ」
海未はその時やっと、あのことが腑に落ちた気がした。
「その様子だと分かったみたいだね。そう、君の思ってる通り、あの血液検査で、樹化に元々耐性のある人材を探していたんだ。その1人が君。しかも耐性のある人はかなり限られているんだ。これを君に与えなきゃいけない理由、理解してくれたかな?」
「はい。」
自分は選ばれし者、と何度も頭の中で反芻しながら海未は頷いた。
「そうか。じゃあ、これを、受け取ってくれ。」
海未は手を伸ばし、ドライバーと青いロックシードを受け取った。これを使ったら注目の的になるだろうな、あわよくばμ'sの宣伝にもなるかも、と妄想が膨らむ。
「ありがとうございます。では私はここで。」
そう言って研究所を出ようとすると、凌馬に呼び止められる。
「今度は何ですか?」
「まぁ待ちたまえ。肝心の使い方を教えていないだろう。」
「あっ、そうでした…」
「それと……もう一つ聞きたいことがあるからね。」
「もう一つ?」
「まぁとりあえずソファにまた座ってくれ。コーヒーも淹れ直してやるから。話はそれからだ。」
そして立ち上がる凌馬と入れ替わるように、海未は少し深めにソファに座った。
家に帰ると疲れがどっと出た。
「今日は色々あり過ぎました…考えるのはちょっと止めよう…」
彼女は布団を敷くとすぐに眠りに落ちていった。
「海未ちゃん昨日はどうしたの!?何があったの!?ってかその青いの何!? カッコイイ!」
「質問は順番にして下さい穂乃果!答えようがありませんよ!」
「園田さんのベルトもしかして特注? スゴーイ」
予想はしていたが、これ程注目を浴びると少し困惑してしまう。研究所を出た次の日の朝、青いドライバーが乗った机の周りに生徒が集中していた。
「いやまぁ、特注と言ったら特注なんですけど……」
「ロックシードも私のと違う…これはヤバイやつね」
「そんなに大したものでは……」
「おーいお前ら、席につきなさい!ホームルーム始めるぞ!」
はーい、と言ってクラスメイトが霧散していく。海未の目には担任が珍しく救世主のように見えた。
「……そうだ、昨日もらったドライバー、今日の総学で使い方講座をやるから、ドライバーを持って講堂に行きなさい。」
園田も一応来なさい、とその後担任は続けて言った。
「はぁ………」
幼馴染み達と弁当を広げながら、海未は昼時の屋上にひとつ、ため息をついた。
「どうしたの海未ちゃん?最近やたらとため息が多いみたいだけど。」
「……もう使い方知ってるのに、なんで講習なんか受けなくちゃいけないんですか、ことり」
「いや私に聞かれても……」
(そんな暇があったら、早くアレを決めてしまいたいのに………)
「アレって何?」
「聞こえてたんですか穂乃果!?」
「うん、結構しっかり聞こえてたよ。で、アレって?」
「いえ……大丈夫ですから。」
「ダメだよ海未ちゃん、隠し事なんて。約束したでしょ?」
「でも穂乃果……貴女達に迷惑をかける訳には…」
「そうだよ海未ちゃん。迷惑なんて今までさんざんかけられてきたし、私たちもかけてきたでしょ。友達って、幼馴染みってそういうものだと思うの。だから、今回も迷惑かけちゃいなよ。」
「ことり……」
穂乃果も首肯している。そうだった、別に1人で考えなくてもよかったんだ。
「じゃあ言います。アレっていうのは……」
言いかける途中、海未の声はかき消された。けたたましいサイレンが、鳴り響いたのだ。
「!!? これは…………」
「そんな…こんな時に限って……」
それは火事とかの避難訓練の時のものとは違う、未確認生物出現の合図。テレビでも学校でも何度も聞いている凶報である。
「どこから来るんですか……」
「海未ちゃん、アレだよ。多分、」
ことりは学校の正面の道路を指さす。その先には、数十体のインベスが暴れているのが見える。
「あれがインベスなんだ……気持ち悪い」
「もう戦っている人も何人か居ますね。」
「海未ちゃん!ほら、穂乃果達も早く行かないと!」
「いや貴女達使い方よく知らないでしょう!?」
そう言った時には既に穂乃果は階段へ駆けていた。
「……行きましょうか。」
「うん。」
そして残った2人も階段へ向かった。
「……?」
1階まで辿りついて、海未は首を傾げた。
「海未ちゃんどうしたの?」
「…ちょっと数多すぎませんか?」
「敵の数?……私ははっきりとは分からないなぁ。」
いや、明らかに多い。海未はそれだけは確信出来た。より正確に言うなら、戦っている人の数とインベスの数が聞いていた話と違うのだ。
「絵里も確かに、人とインベスは1対1で戦うのが普通だって言ってた…… でも話が違うじゃないですか…」
その時、インベスはその場で戦う人の数倍の数で暴れ回っていた。驚くのも無理は無かった。
「何があったんですか……?警察は?自衛隊は?」
「分からないけど……こうなったらますます私達も行かないと。海未ちゃん、ドライバーの使い方教えて。」
親友の頼みに、しかし海未は首を横に振った。
「……海未ちゃん?」
それでも彼女は、目線を下げて首を振った。
「…もしかして怖いの?」
応えは無かったが、それでもことりは何かを感じ取っていた。
「ふふっ、よかった。安心したよ。」
予想外の言葉に海未はぎょっとして、一瞬顔が上がる。
「海未ちゃん、ちょっとこっちに座って。」
言われるがままに海未は廊下の端に座り込んだ。そして、その隣にことりも腰を下ろす。
「ここなら、見つからないはずだよ。」
「……貴女も怖いんですか。」
「うん。本当はあんな所に行きたくは、ないんだよ。」
「…私は」
海未は顔を上げて話し始めた。
「私は、ついさっき怖くなりました。インベスの数を見て、一緒に戦ってくれる人の少なさを見て。」
そして彼女は腰のカラビナから、青いメロンのロックシードを手に取る。
「幼い時に見た戦士達を、私は素直に恰好いいと思いました。いつか私も、ああなれたらと。そしてこれを手に入れて、私は興奮しました。やっとああなれると。でも、違ったんです。」
海未は自嘲気味に語り続けた。
「強い道具を手にしても、私はあの人達に全く及びません。数に気圧されてしまう、ただの臆病者でした。それなのに私は…自分が特別だって、どこか勘違いをしていたみたいです。私には到底、ヒーローなんかになれるはずがないんです……」
「……でも怖いのは当然だよ」
するとことりは海未の前に座り直した。
「…そうです。あの人達が特別、根性があったんですよ。」
「そうじゃないよ。きっとその人達も、すごく怖かったと思う。」
「えっ?」
「確かにその人達は、強かったんだと思う。でもその強さは、きっと元から持っていたものじゃない。何か自分自身じゃない、他に守りたいものがあったんだと思うよ。」
「…守りたいもの?」
「多分そう。例えば自分の親、子ども、友だち……。私も穂乃果ちゃんがすごく心配だった。だからさっきも、怖かったけど、戦いに行こうって、言えたんだよ。」
でもね、とことりは付け加える。
「そういうことが出来ない人も多いんだよ。だって、自分の命も大切だもん。それは責められるべきじゃない。普通のことなんだよ」
そしてことりは足を震わせながら立ち上がった。
「話が長くなってゴメン。やっぱり私行ってくるよ。海未ちゃんはしばらくここにいて。あと……使い方、ちょっと教えて貰いたいな。」
ことりだけを行かせていいはずがない。だが海未は首肯して、凌馬から聞いた通りの方法を教えていた。自分の戦う準備はせずに。
「…じゃあその刀を下ろして下さい。」
「こう?……うぉぉあぁ!?」
変身は無事に終わった。初めて変身した本人は未だに信じられない様な顔をしている。
「勝手が全然分かんないけど……行ってくるよ。」
「………えぇ。」
これでよかったんだ。ことりも言ってくれた。怖くて当たり前だって。逃げるてもいいんだって。ああ、研究所で出てきた自信は何処に行ったのかな。 海未は再び心の中で自嘲を始めた。情けなさと申し訳なさから逃げるように。すると突然、物静かだった廊下にガラスの割れる音が響いた。見ると、戦士が1人倒れている。ダメージを受けたからか、みるみる変身が解除され、少女が1人現れた。よく見知った、橙の髪の幼馴染みだ。
「穂乃果!?」
海未は急いで駆け寄った。やはり、切り傷程度だが怪我をしていた。
「うぅ……って海未ちゃん!?危ないよこんな所で、何してんの!?」
「すいません……ちょっと色々…」
「今はいいよ!…とにかくまた変身しないと。もうインベスそこまで来てる……うっ、痛い…」
「じゃあ私は……」
逃げます、と一瞬言いかけた。だがそれは飲み込んだ。こんな所で逃げていいのか。怖いなんて、身勝手な理由ではないのか。それ以前に、友を見捨てた自分を、他の人が許しても、自分で許せるはずがないだろう。
「……私は馬鹿でした。」
「??」
「私なんかがヒーローになろうなんてのが、間違いだったんです。ちょっと資格があるだけで、私はただの弱い人間です。でも」
海未はもう一度ドライバーを取り出して立ち上がった。
「でも弱いから逃げるなんて、絶対後悔します。皆を守るヒーローになるなんて仰々しいことはまだ、私には言えません。」
そして彼女は腰のカラビナからロックシードを力強くもぎ取った。
「なら今は、目の前の友だちを守ります!!それが友としての努めだから……!!」
海未は自分の腰にドライバーを装着した。
「海未ちゃん……?」
「すみません、独り言です。穂乃果は二階に逃げて下さい。後は……私に任せて。」
「……分かった。」
穂乃果が歩き出すと同時に、4体のインベスが廊下に入ってきた。
「まだ怖い…いや怖くない!! ここから先は、行かせません!!」
海未はロックシードを持った手を交差して天井に掲げ、大きく息を吸い込む。
「……変身ッ!!」
世界に武者がまた1人、誕生した。