【Girls-und-Panzer】 砲声のカデンツァ   作:三式伊吹

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・小さな思いは、やがて大きな意志へと変わる


ep.2

 運命に翻弄されるかの様に始まった播磨女学園の非正規戦車道。神無月しおりは、久しぶりの競技の中で己の中に今までに無い感情を感じていた。高揚感。嘗て続けていた戦車道に無かった、暖かい物。その存在に戸惑いを隠せずに居た。どうにか纏め上げた戦車道処女達と共に、決して有利ではない状況の中彼女達は辛くも勝利を得た。泥臭い勝利…然し勝利である事には変わりない。盛り上がる祝賀会。多少の生傷を負った少女らも居たが…彼女らは皆、勝利の美酒に酔いしれていた。

 神無月しおりもまた、その一人であった。しかし…その甘美なる味に酩酊はしなかった。彼女の心中にはずっと、ずっと蟠りが残っていた。次はどんな相手が来るのだろうかと。どの様に彼女達を導けばいいのだろうかと。こんな自分ではあるが、人に頼られてしまった。助けてほしいと。そんな人の必死な思いを無下にする事は出来ない。夕日の中、此方を見つめてきた真剣な双眸。双葉葵の言葉が忘れられずに居る。しかしやがて、はしゃぎ疲れた彼女は他の少女達と同じく、幼気な寝顔を浮かべて眠りに落ちた…

 その姿を見つめる双葉葵の心中は、果たして如何なる物であっただろうか。

 

【Girls-und-Panzer】

 砲声のカデンツァ

 

第二話:スロットルオン…アクセラレーション

 

 

 

 

 

 

 

 

 モスカウ文化高校との戦車戦を終えて幾日かが経った。学園艦に植えられた桜は葉桜となり、若芽を生い茂らせる。競技で壊れた戦車達は工業科の生徒達と、修理工場の人々が協力し合い無事に修理された。数日振りの戦車に、まだ戦車道を始めて一月も経っていないのにも関わらず、少女達は再会の感動を覚えた。

「始めは凄くしんどかったですけれど、何だか愛着が湧いちゃったんですよね。それに、私達の手で勝利を掴んだって言うのが大きいじゃないですか」

 五十鈴佳奈はそう言いながら、修理から帰ってきたT-34初期型の砲身を、装填手の阿賀野美希と一緒にクリーニングしていた。確かに、彼女の言う事は尤もである。共に過ごし、共に戦い、共に勝利を掴んだ。それは、人間と戦車と言う、有機物と無機物を繋ぐ絆に成り得る。神無月しおりは独り思った。よい事だと。戦車との信頼関係が無ければ、この先の戦いを、戦い抜く事は出来ないと…経験で知っていたから。

「いやー快調快調。修理工場の人達とウチの工業科の皆は良い腕してるねぇ。にしても練習で何度も砲弾は受け止めたけどもさー。KV-1の砲撃を至近距離でどてっぱらに食らった時は死んだかと思ったよー。怖かったねぇ本当。しおりちゃんの訓練のお陰で失禁せずに済んだよー冗談抜きで」

 

 

 

 双葉葵もまた、試運転と試射を終えたT69E3から抜け出し、修理に携わった人達の手腕を褒め称え、冗談を交える。その話に生徒達は「やだもう会長ったら。お下品ですよぅ」と苦笑を零しながら彼女を窘めた。

「はーい、それじゃぁ場が沸いた所で重大発表がありまーす。ちょっと皆、生徒会室まで来てくれるー?」

 はて、何の事だろうか?唐突な発言に少女達は小首を傾げた。一体どの様な重大発表があるのだろう。

「それは生徒会室に来てからのお楽しみなんだよねー。まぁまぁ、お茶出すから付いてきてよ」

 

 

 斯くして数十名の少女達はゾロゾロと生徒会室へと足を運ぶ事になった。場所は播磨女学園の校舎の下…居住区甲板の下、原型艦では艦首艦橋構造物と呼ばれていた物の中にある。窓の向こうは見晴らしのよいオーシャンビューであり、各種委員会の部屋や、講堂も設置されていた。

 生徒会室に集った少女達は銘々が椅子に座り、配られたお茶を飲んだり、持ち込んだお菓子を食べたりした。そして改めて生徒会副会長の田宮恵理子が説明の為に席を立つと、少女達を見渡した。

「それでは皆さんに発表があります。なんと、前回のモスカウ文化高校との試合で私達の戦車道にスポンサーが付きました!それも三社もです!」

 少女達はざわめき、そして喜んだ。

「はいはーい。静かに静かにー」

「スポンサーとなったのは模型屋の大帝国技研さん。滅多に見られないマニアックな三/四号とT69E3の活躍に惚れ惚れとしたそうです。戦車道の試合を撮影するフィルム会社からはブリッツワークスさん。殆ど無名の高校で、全員が初心者でありながら、ハートを熱くさせてくれる戦いに心惹かれたとの事です。そして最後に戦車のアフターパーツ会社よりトリットン・ウィルソン・パンツァー社さん。なんと本日、社員の方がお見えになっています!」

 

 

 

 田宮恵理子の説明に少女達はさらにざわめいた。当然であろう。スポンサーとなった会社の人が、自分達に会いに来たと言うのだから。双葉葵はそっとその場を静めて、咳払いをする。

「では、改めてお会いしよう!トリットン・ウィルソン・パンツァーの、早乙女光さんだー!拍手拍手ー」

 双葉葵の言葉と、そして少女達の拍手と共に生徒会室の扉から一人の女性が現れた。キャリアウーマンと言った風体で清潔に切りそろえられたボブカットの黒髪が良く似合っている。まるでモデルの様な肉付きの良い体系だった。神無月しおりは優しそうな笑顔の人だな…とぼんやりと思った。

「皆さん、ご紹介に預かりました、トリットン・ウィルソン・パンツァー社の早乙女光と申します。この度は皆さんの戦車道の活動を支援したく、お邪魔させて頂きました。そして皆さんに、ご提案があるのです」

「早乙女さんはねー、うちらと独占契約を結びませんかー?って話しかけてきてね。壊れたり消耗した戦車のパーツを早乙女さんの会社で買う代わりに、なんと!出来るだけ安く、役に立ちそうな戦車を買い付けてきてくれるそうだ!」

「勿論、どうしても我が社で用意出来ない部品は他の会社さん等で買って頂いて構いませんので、如何でしょう?」

「美味しい話だけども、うち独りで勝手に決めるのは気が引けたからねー。皆にこうして聞いて貰ったって訳。それでどうかなー。淑女諸君。この話に乗るかい?それともゴメンなさいしちゃうー?」

『異議なーし!』

 

 

 

 少女達は口々にそう答え、神無月しおりもまた静かに頷いた。

「じゃぁ決まり!早乙女さん。契約書類頂戴ー?ハンコ押すから」

「はい、此方になりますー」

 双葉葵は差し出された書類を、改めて、そんな事は無いであろうが、自分達が不利になる様な悪質で迷惑甚だしい契約が書かれていないかを確りと確認した後、播磨女学園生徒会会長の判子を押した。その様子を生徒会会計の、青島寧々が撮影していた。後にとある少女が聞いた所、学内新聞に使うのだと、目元を髪で隠した彼女はそう言った。

「にしても、早乙女さんって出来るキャリアウーマンって感じでカッコイイですねぇ!とっても美人だしー。やっぱり早乙女さんも昔は戦車道をやってたんですかー?」

 大島明海がニコニコと笑顔を浮かべながらそう言うと、早乙女光は少し困った様な表情を浮かべた。

「その…お言葉はありがたいのだけども…実は私、女性じゃなくて男性なの」

衝撃の発言に少女達は驚きの声を上げた。信じられない。声も高く、綺麗な彼女が男性には思えなかったから。

「私の家系は、言わばオペラで言うカストラートをして戦車道でする所だったんです。昔から男の癖にやけに女っぽい家系だと言われて、だから開き直って去勢して…勿論私も、去勢しています。そして戦車道を始めたって聞いたの。有名では無いけれども、それなりに門下生の方は居るのよ。

……やっぱり、可笑しいかしら。男で戦車が好きだなんて……」

 

 

 

 早乙女はそう呟くと、じんわりと目元に涙を浮かべた。部屋が静まり返る。皆が、どうしたものかと悩んでいる時、椅子を立ち上がる音が聞こえた。

「何故、そう思うの?」

 神無月しおりだった。彼女の言葉に早乙女光は顔を上げる。

「好きな物を、他人に悪く言われる権利なんて…無い…好きなら…胸を張って、好きって言ったら良い…男だからとか…女だからとか…そんなつまらない事で…虐げられる必要なんて、ない…」

「貴女…確か」

「……神無月しおりです…女形戦車道の早乙女流のお話…以前にも、聞いた事があります…それに…私には…貴女が女性にしか見えないし…女性としか思えない…だから…好きな戦車を、嫌いにならないで…」

「…はいっ…!」

 神無月しおりの言葉に、喜びの涙をほろほろと流しながらも、早乙女光はまるで救われたかの様に笑顔を浮かべ、隊長の励ましの言葉に周りの少女達は小さく拍手を贈った。早乙女光は目尻に溜まった涙を拭い捨て、よし、と気持ちを入れ替える。

「それでは皆さん、どんな戦車が欲しいですか?」

「ティーガー!」

「速くて強くておっきいの!」

「可愛いのがいいなぁー」

「やっぱり数揃えなきゃ。シャーマンだよシャーマン!シャーマンのファイアフライとか!」

「戦車のパワーアップも欲しいどすねぇ」

 

 

 

 喧々囂々と少女達は己の意見を叫ぶ。そんな彼女らを双葉葵はまぁまぁ、と宥めすかした。

「此処は皆を代表して、しおりちゃんに意見を述べて貰おう。うちらの隊長さんなんだし、私達の中では一番経験があるんだしねー。それでたーいちょ。どうするよ?新しい戦車」

 話を振られて、しおりは暫し考え込んだ。どうしたものか、と。そして…

「可能であれば、パンターやT-34-85、シャーマンファイアフライやイージーエイトと言ったバランスの取れた戦車が欲しい所です。私達の現状の戦力は圧倒的に他校に対して不利と言えます。前回のモスカウ文化高校さんは幸いな事に同数の戦車しか出しませんでしたが、果たして今後の非正規戦車道でその様にフェアプレイを行ってくれる学校ばかりとは限りません。酷い場合には、非正規戦車道での他校との試合を、体のいい移動標的への射撃訓練程度にしか考えない学校も少なからず居ます。

 

ですので、先ず新しい車両を得る。と言う事が第一。だからと言って、火力が足りない、戦力に成らない軽戦車や弱い中戦車等では困りますが…

 第二に何らかの突出した性能があるか、攻撃、防御、機動力のバランスが少しでも取れている車両であるか。この点を大事にしたいと思います。同時に既存戦車の戦力、または性能の拡充を図りたいと思います。T-34初期型はまだ伸び代がありますし、T69E3はM4シャーマンやその他のアメリカ戦車と大部分のパーツを共有していますので、90mm砲や105mm榴弾砲と言った装備が使えます。

 

クロムウェルも、ビッカースのより強力な75mm戦車砲が使えた筈。ソミュアと三/四号はこれ以上の火力の増量は砲塔の規模から鑑みて不可能ですので、何処かからより馬力のあるエンジンを引っ張ってきて貰いたいと思います。

 最後に、我々の学園に残っている、修理出来ずに放置されている戦車の中で戦力に成り得そうな車両の復旧です。中には貴重な戦車もありますので、部品を揃えるのは大変な上に、使えそうな車両をリストアップする必要がありますが、お願い出来ますか…?」

 

 

 神無月しおりの考えをメモ帳にさらさらと書き記しながらうんうんと早乙女光は頷いた。双葉葵は「流石は戦車道経験者だねー」と彼女を褒め、周りの少女達も感嘆の声を上げながら成る程とばかりに首肯した。

「注文の程、了解致しました!出来得る限り、ご要望にそえる様な戦車を即急に用意してきますので、皆さんどうかお待ちください。皆さんの今後のご活躍を祈っています。それと、怪我をしないように」

「それでは皆ー、態々来てくれた早乙女さんに拍手ー」

 生徒会室に拍手が溢れ、早乙女光は擽ったそうに微笑んだ。そして彼女は戦車道受講者一同に見送られ、学園艦艦尾にある飛行場から旅立っていった。ジーベルSi204輸送機に乗って。今後も商談があるのだと言う。

 

 

「素敵な人だったねぇ…」

 ぼんやりと大島明海が呟き、北村カレラもああ、と肯定した。

「とても清潔感があって、信頼出来そうな人だった。きっと私達に良い戦車を運んできてくれる事だろう」

「素敵な戦車だといいね!あっ、戦車増えたら乗る生徒も探さなきゃ」

「明海ちゃん、そこの所は大丈夫だからねー。もう色々と声掛けてあるよんー」

 大島明海が気が付いた人員問題に、双葉葵は大丈夫と横から会話に入ってきた。

「でも、もしも良かったら戦車に興味の有りそうな子にナンパしかけてきてよー。生徒会が色々と優遇してあげるからーって言ってさぁ。まぁあんまり酷い無茶振りは聞けないけどねー。お金持ちにしろーとか」

「ナンパって…葵センパイ、言葉が酷すぎますよぉ」

「ははは…私も、射撃部の子達に声をかけてみようかな」

「そりゃありがたい!射撃上手いってだけで嬉しいねー!そんじゃぁ、学校戻って戦車道の練習しよっかー」

「はーい」

 双葉葵の号令に則り、少女達は次々にシトロエンC6型のボンネットバスに乗り込んでいく。独り、神無月しおりだけが 最後まで飛び立っていったジーベルSi204輸送機の作る飛行機雲を眺めていた。

 

 

 アルグスAs 411空冷倒立V型12気筒ガソリンエンジンの音が響く。乾いていて、しかし何処となくドロドロと個性的なエンジン音が、キャビンの壁越しに聞こえる。窓越しに遠く離れていく学園艦播磨を眺め、早乙女光は呟いた。

「…神無月しおりちゃん…いい子だったけれども、不思議な子ね…硝子細工の様に儚げで、抱きしめたら崩れてしまいそうなほど脆そうなのに…何故、あんなに気丈に振舞えるのかしら?神無月の流派は厳しい所と聞いていたけれども…それの所為、なのかしら…?折れたり、しないで頂戴ね…応援してるから」

 白い飛行機雲を残して、ジーベルSi204輸送機はさってゆく。些細な心配を、その場に残していって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 春のまだまだ冷える雪模様の空を、排気ターボチャージャーのタービン音を響かせて、その巨体を空へと浮かべている 存在があった。ツポレツTu70旅客機である。そのエンジンは既存のシュベツォフASh-73空冷星型複列18気筒エンジンではなく、ミクーリンAM-42液冷正立V型12気筒エンジンに交換されていた。過冷却を起こし易い空冷星型エンジンの使用を辞めて、寒地でもその冷却水を温める事で暖気しやすい液冷エンジンに交換したのは偏に利便性の追求の為であった。その他にも、シュベツォフASh-73空冷星型からミクーリンAM-42液冷エンジンへの交換は機体の軽量化にも役立っている。尾翼には、モスカウ文化高校を現す楽譜と絵筆をあしらえた校章が描かれていた。ツポレフTu70はとある学園艦の空港へと着陸態勢に入ろうとしていた。

 着陸脚と各種フラップを展開し、滑走路へとアプローチしていく。巨大なその機体は、海風に惑わされる事なく見事に着陸し、滑らかに駐機エリアへとタキシングしていった。機を休め、エンジンの動力が切られるとタラップが近付けられ、ドアが開かれる。その中から二人の少女が現れた。青い瞳に長いシルバーブロンドの少女と、同じく青い瞳に亜麻色の髪を短く纏めた少女。アレクサンドラ・楠ことサーシャと、彼女の腹心ナイナ・アルダーノフであった。そんな彼女を出迎える人影があった。赤い髪の鬢を三つ編みにゆった緑の瞳の少女であった。

 

 

 

「いらっしゃい。サーシャ。遠路遥々お疲れ様ね」

「Здравствуйте!(ズドラーストヴィチェ)。マリー。元気なようで何よりよ」

 二人の少女は、そっと握手を交わした。二人は学園のとある一室へと通され、ゆっくりとくつろいだ。部屋は暖かく、暖色を基調とした落ち着いた印象のこの場所は、お客人の彼女らのお気に入りの場所でもあった。

「態々遊びに来てくれてありがとう。紅茶は如何?」

「えぇ。頂くわ。ナイナは?」

「私は珈琲を。バーラムは紅茶も美味しいですが、珈琲も中々の物ですから」

「ふふ…どういたしまして」

 やがて午後のお茶のセットと珈琲が運ばれ、少女達に振舞われた。

 

 

「そう言えば今年も此方で公演して下さるの?モスカウ文化高校の劇団ショー。うちはアレを楽しみにしている生徒達が多くって…他所の文化と娯楽に餓えているのよ」

 サーシャからマリーと呼ばれた少女はくすくすと微笑んだ。

「そのつもりよ。バレェと、オペラと、体育館を貸していただけるのであれば、フィギュアスケートもね」

「まぁ。嬉しい。それと、そちらで作っているビーツにチーズ。続けて売って頂けるかしら。美味しいって評判よ」

「有り難い限りね」

「それで…ただ、お喋りとお茶をしに来たわけではないのでしょう?」

 カチリ、とティーカップとソーサーが堅い音を立てた。質の良い焼き物の出す、良い音色だった。

「ご明察。戦車道のお誘いを少しね」

「正規の戦車道だったら、勘弁して頂戴」

 やれやれとばかりにマリーと呼ばれた少女は肩を竦めて見せた。オーバーな表現ではあったものの、彼女にはよく似合って見えた。しかし、サーシャはそんな彼女のリアクションを見ても微笑んでいる。

 

 

「公式の戦車道連盟加盟校との試合なんてウンザリよ。殆ど同じ相手。同じ戦車。同じ戦法。楽しみが無いわ。何が戦車道の暗黙のルールよ。戦車道のイメージダウン?そんなの、代わり映えのしない戦車道を続ける方がイメージダウンじゃないの。ただ、自分達の強者であると言う立場を守る為に自分達だけが有利なルールを作って、弱小と見くびり罵る相手から立場を脅かされるのが怖いだけじゃない。強豪と自称する学園の慢心でしかないわ。愚かしい。

 

 

あの伝説の第63回戦車道全国高校生大会の後、中には面白い戦いを見せてくれる人達も大分増えたけれども、忙しいか、試合が簡単に組める程の資金の余裕は無いか。悲しい限りだわ。そして頭の固い皆様は変革をなそうとしない。何の為に態々、今までの戦車道の禁を破って、あの文科省からの死刑宣告試合の後に、波乱のルール改正をしたのやら…」

 

 

 波乱のルール改正。それは文科省がとある学園艦の戦車道チームに持ちかけた、途方にも無い一方的虐殺を仕組もうとした試合の時の事。文科省側は今までの戦車道のルールを破り、反則とも言うべき高威力のオープントップの自走砲を改造し、試合に導入。対戦相手のチームをこてんぱんに叩き潰す腹積もりであったのだ。しかし、彼女らはそれを打ち破った。その試合以降、文科省側の圧力によって、自らの行いは正当であると言う意見を押し通す為に、公式の戦車道に置いてもオープントップの自走砲に、搭乗者の安全が確保出来る改造を施した場合のみ参加が許される事となった。

 

 

早い話が、開口部を装甲で塞ぎ、装甲を特殊カーボンでコーティングする事。これが後の世の戦車道界隈で伝わる、波乱のルール改正である。

 然し、事実上、一発の一撃に掛ける他無い、装甲の薄いオープントップの自走砲を態々改造してまで試合に投入する公式戦の戦車道チームは少なく、火力の増強と言う観点で弱小と呼ばれるチームや、物好きなチームでしか使われる事が無かった。しかし非正規戦車道においてはその限りではなく、ほぼルール無用のタンカスロンに近い此方の競技ではオープントップ自走砲を用いた新たな戦術や戦い方を生み出そうとし、人気を博していた。

 

 

「かなり、鬱憤が溜まっているみたいね」

 蜂蜜の甘い味と香りが広がる美味しいスコーンを一口食べながら、サーシャは言った。

「えぇ。そりゃもう。寂しいったらないじゃない?承諾してくれそうな学校は一方的に高火力をぶつけようとするし、遊びたい相手とは『今はいとまを持て余していない』と言うんだもの…訓練だけでは、ねぇ…」

 はふ…とマリーは嘆息を零した。

「そんな貴女に紹介したい相手が居るのよ」

 サーシャの言葉に、マリーはぴくりと反応した。そして笑みを浮かべる。楽しそうに。

「あら…貴女が態々そう言うなんて。どんな子なの?」

「私達はシオリチカ・オクチャブリスカヤと呼んでいるわ。えっと…日本語で十月は、神無月って呼ぶらしいわね?彼女の名前は神無月しおり。なんでも、最近戦車道を再開したらしいの」

「神無月…ああ、あの自称、『大胆不敵、見敵必殺』をモットーとする?」

 

 

「そう。色んな学校に門下の子を送って、専ら公式戦以外で大暴れしてまわったあの神無月流」

「でも、あの神無月流は可愛げのない戦いをするでしょう?嫌だわ」

 興味を無くしたとばかりにマリーは言うや否や、サーシャは言葉を連ねた。

「彼女は『あの人』に似ているのよ。何十年も前の『あの人』に…」

「あの人って…貴女、まさか」

「そう。決してへこたれない。決して諦めない。例え傷を負っても、泥濘に足を取られ様とも、まるで這いずってでも勝利に進もうとするその姿。暴虐的な力を振り回すのではなく、知恵と勇気と技で攻めて来る、私達の憧れの『あの人』にね…あの子は今、自分の戦車道を探しているのよ。

 

 

 神無月の家に産まれ、神無月の流派に居たけれども…神無月ではないのよ。紛れも無く。聊か、繊細で、危うい雰囲気もあって…少し心配になる少女だけども…どう?気にならない?ついでに彼女、とても可愛いわよ。貴女、可愛い子に目が無かったわよね?マリー」

 サーシャの語る言葉に、マリーはうっとりとした表情で頷いて見せた。

「俄然、興味が湧いてきたわ。その少女に…改めて、名前をいいかしら。もう一度」

「シオリチカ・オクチャブリスカヤ…神無月しおりよ」

 その名を聞いて、マリーは席を立ち上がり、窓の外を見やった。春の終わりの雪が降り積もる、寒い天気だった。

「神無月しおり…美しい名前ね。うふふ。あはははは!」

 彼女の視線の先には、グラウンドで練習をこなす英国戦車の姿があった。重厚で、力強く走る。大きな車体を持った戦車の姿が。喜びに満ちた少女の声は、そっと静かに雪空へと溶けていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 播磨女学園の戦車道受講者の少女達は、朝から大いにはしゃいでいた。工業科と地元の機械修理工場の手によって、エンジンがパワーアップされたのだ。かき集められた排気ターボチャージャーやスーパーチャージャーを装備した事により、エンジン馬力は大幅に引き上げられ、とても元気よく走り回れる様になった。お陰様でエンジンルームは、聊か第二次世界大戦中の戦車とは思えない様なパイピングと様々な補助機械類で埋め尽くされる事になってしまったが。

「いやぁー苦労しましたよ。シャーシとエンジンの余剰スペースを計測して、其処から無いパーツは全部イチから作り出して、いきなり実戦に出す訳にも行かないからガッチャガチャと激しい振動を掛けてみたり、何度もエンジンベンチテストをかけた上で、何処まで安全に過給圧を掛けられるのかテストしてみたり、オイルの循環と劣化に問題が無いかとか調べてみたり」

 

 

 長い髪を一つに纏めた工業科の生徒の纏め役、南雲紫が誇らしげに鼻の下を擦りながら答えた。試運転を行う戦車からは過給タービンの回転音が追加され、何処か不思議なメロディーを奏でている。双葉葵は、見事な仕事をしてみせた彼女らに感謝と労いの言葉を投げかけた。

「いやー本当お疲れさん。そんでもってありがとうね。皆には後で学内食道の無料チケットあげるから、美味しい物食べて休んでね。機械修理工場の小父様達にはどうやって感謝しよう。粗品じゃ失礼だしー」

「ありがとうございます。それと、出来るだけ壊れ難いように頑丈に部品を作ったと言いましても、ターボチャージャーやスーパーチャージャーはどうしても繊細な部品ですから、被弾には弱くなってしまいますが…」

「まぁまぁ!そこはほら、しゃーないしゃーない。世の中完璧な物なんて無いからさ。あちらを立てれば此方が立たず、なんてのはよくある事じゃないの。凹まなくたってええよー?」

「その代わり!」

 南雲紫はえへん、とばかりに胸を張ってから言葉を溜めると

 

 

「ターボチャージャーやスーパーチャージャーに依存しないエンジンのパワーアップも研究していますので、どうぞご期待下さい!会長だけに先にお話しますとね…排気量をアップしたりムフフな改造を施したりしちゃおうかと…」

「おぉ!機械の事さっぱり判らんけど、工業科の君達が其処まで言うなら期待出来そうじゃない!」

 双葉葵の、メカはさっぱり、と言う正直な発言に苦笑しながらも南雲紫は力強く頷いた。その時不意に、双葉葵の携帯電話に着信が入った。電子メロディが持ち主の耳を擽る。

「はい、こちら双葉葵ですー。あ!もう到着するんで?はいはーい。迎えの人遣しますんで、宜しくー」

「何か、来客でも?」

「まーぁねー。しおりちゃーん!」

 葵は三/四号の試運転を終えて、工業科の生徒らと一緒にエンジンの具合を調べていた神無月しおりに声をかけた。

「ちょっくらお使いしてくんない?空港まで」

 

 

 生徒会が雑用によく使う、薄いデザートイエローに塗装されたキューベルワーゲンを貸し出され、しおり達三/四号中戦車のチームクルーと、何人かの工業科の生徒達は播磨学園艦空港へと向かった。水平対抗の空冷4気筒エンジンは元気に働き、風除けに広げた幌が風でハタハタと揺れていた。

「にしても、空港にお使いってなんだろうね」

 ナビシートに座りながら、悠長にバニラの甘い香りが漂う紙巻煙草を吸いながら北村カレラは呟いた。後部座席では神無月しおり、大島明海、中嶋奏が身を寄せ合って乗っていた。少女だから、無理矢理後ろに三人も乗り込めたのである。ドライバーの霧島蓉子はマイペースに安全運転でキューベルワーゲンを走らせていた。

「さぁ…行ったら分かるとしか、言われなかったから…」

「空港って航空科の子達でいっぱいだよねー。面白い飛行機沢山あるし」

「文化遺産を定める法人と、産業省が結託して、学園艦を作ったみたいに重工業とかその他の産業を活性化させる目的も合わせて、機械文化遺産として過去の飛行機の再生産や修理が大々的に行われましたからねー。

 

 呉や横須賀とかでは、嘗ての海軍航空隊が元気に編隊を組んで空を飛んでいるとか、内陸の方では陸軍飛行隊を復活させて色んなショーに出たり、模擬空戦をしては腕を競い合っているそうですよ?」

「へぇ~。相変わらず奏っちは機械に詳しいねぇ」

「えへへ…其れ程でも…」

 不意に、道路を走っている彼女らに影が掛かった。はて、何事だろうかと空を見上げると、其処には銀灰色のとても巨大な硬式飛行船が浮かんでいた。ゆっくりと播磨学園艦空港へと向かっている。

 

 

「ツェッペリン級硬式飛行船!あんなに巨大なのは初めて見ました!グラーフツェッペリン並みの船体の大きさですねぇ!操舵装置は昔のLZ-4号みたいでちょっと古風だけども、それがまた可愛らしい!」

「わっ。奏っちテンションたかっ。そしてあの飛行船でっか!あんなにおっきいのが空に浮かぶんだ…へぇー」

「軽量なアルミ合金で作られたフレームで出来てますからねぇ…あ!エンジンが二重反転プロペラに改造されてる!古風ながらに近代化改修で性能向上を行っているのがまたいじらしい!」

 マイバッハ液冷正立V型12気筒VL-2エンジンから交換された、ダイムラーベンツ液冷倒立V型12気筒DB601Aエンジンが、おんおんと力強い音を立てながら巨大な空飛ぶ鯨を動かしていた。

 

 

 その巨体に見合わずに滑らかに動き、播磨学園艦空港の滑走路の片隅に飛行船はゆっくりと着陸した。しおり達、お使いの使者はその様子をキューベルから眺めていた。飛行船からタラップが下され、中から飛行船を操っていたクルーととある人物が降りてくる。それはトリットン・ウィルソン・パンツァー社の早乙女光であった。

「早乙女さん!」

「どうも、御機嫌よう皆さん。早速約束どおり、戦車を持ってきましたよ!」

「本当に!?それで、車種は何なんですか!」

 中嶋奏が興奮気味に問い掛け、早乙女光はふふふ、と微笑みを携えながら唇の前に人差し指を立てた。

「見てからのお楽しみよ。カーゴ、開けて頂戴!」

 

 

 彼女の指示により、胴体下部に追加で取り付けられたゴンドラカーゴのハッチが開かれ、中から戦車が現れた。それは戦車回収車であり、かの車両によって何かがカーゴの中から牽引されて出てきた。

「わぁ!ベルゲタイガーにベルゲパンターだなんて豪華な!使ってる所初めて見ちゃった!」

「ねぇねぇ、あんなに重たい戦車を飛行船に載せたりして、空を飛べる物なの?奏っち」

 当然の疑問にしおりも納得である。とてもではないが、タイガーやパンターを乗せられる程の力は無かったはずであるが、そこでもまた中嶋奏はえへんと胸を張りながら知識を披露してくれた。

「最近は技術発展のお陰で浮力を得るのにヘリウム等の軽いガスだけに頼らなくて済んでいるんですよー。なんでも重力低減装置が開発されたとかで、噂に聞くと飛行船型の巨大な学園艦が建造されるとかどうとか」

 

 

「ずーっと空の上って…高所恐怖症には辛い学校ねぇ…ところで…何あれ!?戦車なの?中身からっぽじゃん!」

「…ルノーB1Bis…」

 ぽつりとしおりが戦車の名前を呟いた。ベルゲタイガーに牽引されたそれは確かにシャールB1Bisであったが、砲塔は無く、側面の装甲パーツも剥ぎ取られ、車体砲も無く、中身の無いドンガラであった。果たしてそれを戦車と呼んで良いのか困るぐらいの代物であったが…

「大丈夫!安心して頂戴。このB1Bisはあくまでベース車両。足りないパーツは全部用意してあります。それも、B1terの改造キットをね!おまけに車体砲は奮発して、長砲身のSA44・75mm砲を持ってきたの!砲塔も少しでも乗ってて楽な様に大きめのARL 2C砲塔を搭載できる様にして準備してあるわ!」

 

 

 早乙女光の説明に、これならば期待出来そうかと神無月しおりは静かに思った。フランスのSA44・75mm砲は、M4シャーマン初期型の75mm砲と同程度の威力を有していたはずだと記憶していたから。

「パーツはベルゲパンターが牽引してるコンテナに入ってるの。それと、T-34の改造キットも!今までF-34・76mm砲で苦労していたでしょう?だから砲弾初速に優れるZiS-4・57mm対戦車砲を持ってきたの!これなら高速徹甲弾を使えば200mm近い装甲を貫通出来る能力があるわ!勿論、43年型のキューポラつきナット型砲塔も一緒にね!」

「やったじゃんしおりん!これでT-34の五十鈴さん喜ぶよ!何時も狭い狭いって泣いてたじゃん!」

「うん…強力な85mm砲が手に入らなかったのは、残念だけども…」

 その言葉に早乙女もよよよと涙を流した。

 

 

「そうなのよ!強力な85mm砲と、T-34-85の砲塔が全然見つからなくて!在ってもポンコツ寸前か錆塗れ泥まみれのひっどいのか、無駄にお値段の高いのとかばっかりでとてもじゃないけれど、そんなのを買ったら貴女達の負担にしかならない物だからもうどうやって安くて良い物を探そうかって必死になって必死になって…

 

 今回の中身カラッポなB1bisも、フランス系戦車を卸してる問屋から「戦車道の競技で壊れて中身は無いけどそれでもいいなら」って言って安く譲って貰って、其処から伝を頼ってちょっとでも強力なBi terの改造パーツをあちこちから引っかき集めて来たんだから!酷いわよね。幾ら戦車道で有名な学校だからって、有利な戦車のパーツを買い占めて回るだなんて」

「そんな事をしているのかい?他の学校は」

 北村カレラが問い掛けると早乙女は首肯した。

「えぇ。有名所中の有名所、黒森峰女学園とか、プラウダ高校とか。酷いわよ?じゃんじゃん使い潰して、じゃんじゃん買い占めて。戦車のパーツを作ってる所は儲かるでしょうけども、殆ど独占。他の学校に行き渡るパーツの量なんて全体の4割もあるのかしら。

 

 そんな事してるから、戦車道が広まりはしないのよ。嫌な話ね…サンダース大学なんかはその財力に物を言わせて自社工場みたいなの作って賄ってるみたいだけど。今回買ってきた改造パーツは、使い古されたパーツの中でも出来るだけ綺麗な物を選んで、事前に我が社でキッチリと修理して、ちゃんと使用に耐えるか確り確認してるから安心してね?」

「暴発の危険が無いなら、大丈夫だろ」

 ぶっきらぼう気味に霧島蓉子がそう呟いた。思い出した様に、早乙女が言う。

 

 

「そうそう…85mm砲は無かったのだけども、随分と程度の良いT-34G型の砲塔と122mm榴弾砲ならあったのよねぇ…どうしようかしら、って思ったけれど…今回は取止めにしておいたの」

「T-34G型は重たくて扱い辛いので…要らないかも…」

「そうよねぇ。それに体格の小さいT-34の子達に迷惑を掛ける訳にもいかないし。辞めておいてよかったわ」

 話を終えた早乙女はさて、と言葉を区切ると肩に下げていた鞄から書類を出した。 

「それじゃぁ、可愛い隊長さん。戦車の受け取りのサインを貰えるかしら?」

「ぁ…はい。その…私の署名で…いいんですか?」

「問題無いわ。受け渡す戦車の種類に色々な書類と、パーツのリストは事前に生徒会長さんに見て貰っているしね」

「では…」

 そう言うと、神無月しおりは早乙女光から借りたペンでサラサラと受領の署名を書いた。

 

 

「はい。完了!後はこれを、其処に居る工業科の人達にお渡しすればいいのかしら?」

「だと…思います。学園の倉庫まで…お願い出来ますか…?」

「勿論!ルノーB1も自走出来る状態じゃないからね。道路を先導して貰って良いかしら」

「分かりました…じゃぁ、そう言う事で」

 斯くしてキューベルワーゲンとベルゲタイガー、ベルゲパンターの隊列は、地響きを響かせながら学園艦へとルノーB1bisと、戦車のパーツが大量に詰ったコンテナを運んでいった。その頃…

 

 

 

「会長。少々お話が…」

 グラウンドから生徒会室に戻り、こまごまとした雑用を片付けていた双葉葵に、髪をサイドテールで纏めた少女、生徒会書記の長谷川凛が書類の入ったケースを片手に声を掛けた。

「んー?なんぞー?」

「彼女の事に関しまして、幾らか判明した事がありますので、そのご報告に…」

 そっと葵に耳打ちをした長谷川に、彼女はゆっくりと首肯した。

「此処じゃなんだから、個室行こうか」

「はい」

 他者に聞かれたくない話をする時、彼女らは小さな個室をよく愛用した。防音処置はバッチリで、中にマイクでも仕掛けられない限り中の会話を聞き取る事は出来ない部屋である。双葉葵は指定席のちょっと座り心地の良い椅子に座った。

 

 

 

「それで、どうだった?」

「はい。彼女、神無月しおり。ほぼ間違いなく神無月流戦車道の宗家の者です。それも直系の。彼女は五人姉妹の末っ子。上の姉二人は現在大学生戦車道をしているとか。三女と四女も現在、高校生戦車道を行っているとの情報が出ましたね。五人姉妹なだけあって、経歴を調べるのが非常に困難でした。何せ、長女が小学生の時からずぅっと戦車道を正規、不正規、タンカスロンを問わずにさせていたみたいで…」

 長谷川凛はインターネットや雑誌で掲載されていた記事、写真と言った物をスクラップにし、纏め上げ、引き伸ばした写真を双葉葵に見せた。其処には年齢はバラバラで、写真の質も差はあったが、神無月しおりの姿があった。

「うっひょぉー。エグいねー」

「大体でも判るのは、彼女、しおりもまた小学生から戦車道をしていた事。学校では基礎授業以外はほぼ毎日戦車道の戦車漬けだった様です。しかし…途中、中学生の時からパタリと情報が途絶えています」

「それがしおりちゃんが言ってた、『戦車道を辞めた』って話かぁ…」

「それと同時に…」

「うん?どしたよ。言葉を濁らせて」

 

 

「いえ…神無月流戦車道なのですが…あまり評判は、その…良くない、らしいです。戦車道の強豪校等からは賞賛を受けていますが、中堅や弱小と呼ばれる方々からの話を聞くと『大人気ない』と評される流派だとかで…」

「何それ…そんな事言われてんの?」

「流派としての傾向は、優れた火力で相手を徹底的に叩く物だそうで。特にアウトレンジからの一方的な攻撃が多く見受けられる様です。それが通用しない場合は、あの手この手を使って勝利を捥ぎ取って行くという…とある人物の言葉を借りれば『何が何でも勝つ』とか『勝利至上主義』だとか…」

「とてもじゃないけど、しおりちゃんの戦い方とは比べ物に成らないじゃないのさぁ。そりゃまーうちの戦車は弱っちくて、火力も装甲も強豪の皆様とは比べ物にならないけどもさぁー」

 あの子の戦い方は、見てていじらしいよね。出来る事は何?どうにかしなきゃって感じでさ…と双葉葵は呟いた。

「最後に…不穏な言葉を、耳にしたんです」

「不穏な言葉?何それ」

 

 

「良くは判りません。インターネットでも、戦車道を扱った雑誌を読んでも、全然情報が出て来ませんから。あの手この手で探しているのですけれど…『晩夏の大流血』と言う出来事があったそうです」

 流血、と言う言葉に双葉葵は眉を潜めた。戦車道は武道である。其れこそ、戦車道の歴史が始まって間もない頃から現在に至るまで、事故や最悪の場合、死亡事故と言う事もある。スポーツのラグビーやボクシング、柔道や空手でさえもそうだ。しかし、現在は其れこそ安全になったと言うにも関わらずそれは『大流血』と呼ばれているのは何故だ?

「きな臭過ぎるんじゃないのぉ…ちょっとぉ…」

「彼女のあの性格にも、何か関わりがあるのかも知れません」

「かーもね…怪しい宗家に、語られない不穏な言葉。こりゃー真面目にしおりちゃんとの付き合い方を考えてあげないと、彼女…絶対壊れちゃうね。戦車道を続けてたら。彼女には迷惑な事頼んじゃったなぁー…」

 夕日の中、彼女の呟いた言葉と、彼女の寂しげな赤い瞳。そして自嘲する様な、悲しい笑顔が忘れられずに居る。

 

 ―――私に、居場所をくれますか…?―――

 

 ずっと引っ掛かっていた。何故、居場所なのかと。もっと直接的に、寂しいと言えば良いのではないのか、と。一体彼女はどの様な心の闇を抱えているのか。とてもではないが、底が知れない。双葉葵はあれほど寂しげな瞳を見たことは一度だって無い。出来る物ならば、助けになりたい…そう思っていた。

「兎も角、長谷川は少しでも情報を集めて。時間掛かってもええから」

「了解しました」

「うちは、しおりちゃんとの今後の付き合い方を考えよう。あんな優しくて可愛い子をむざむざ壊してしまうなんて、とてもじゃないけど出来ないし、見過ごせないよ」

「お優しいのですね。会長は…」

 長谷川凛の言葉に双葉葵は苦笑した。

「弱い生き物だからさー。私って。抱きしめてあげる位しか出来ないのさ」

 その言葉は寂しく、双葉葵自身の心に刺さるのであった。

 

 

 

 

 

 

 数日後の事、播磨女学園の戦車倉庫に新しい戦車が鎮座していた。ルノーB1terと、砲塔を交換し、長砲身の57mm対戦車砲を搭載したT-34であった。T-34のクルーの五十鈴とその仲間達は喜び、他の面々も新たにチームとして加わったルノーB1terの勇ましい佇まいに頼もしさを感じていた。しかし、ソミュアS35の久留間舞子とその仲間達は少しだけ寂しげであった。自分達だけは相変わらずに火力も弱く、同じ様な物であったT-34に置いていかれてしまった様な気分だからである。

「仲間が強くなるんは嬉しいんどすけども…うちらがお役に立てまへんのがえろー悲しいわぁ…」

「じゃぁ、もうちょっと強いB1terに乗り換えるー?」

 双葉葵の正直な言葉の提案に、久留間舞子と仲間達は困った様に首を振った。

「困った事に、もうソミュアに愛着がついてしもうて…駄目な子程可愛い言うはりますんやろか」

「そっかー…いやでも!ソミュアにだって良い所あるよ!可愛いし!背中に何か乗せられそうじゃん!」

「会長はん…慰めてくれて、おおきに…」

 双葉葵はそっと神無月しおりにひそひそと耳打ちした。寂しげな久留間を見捨てる事は出来ないらしい。

 

 

「なんとかしてあげられないの?ソミュア」

「…無理かと思います。砲塔サイズも割とギリギリなので…」

「そこをなんとか!久留間ちゃん放っておけないじゃない」

「……」

 しおりは暫く悩み、同じフランス戦車のB1terを見つめた。しかし…

「…流石にどうにも出来ないかと…」

「そっかぁー…」

「所で会長?新しいルノーB1のクルーはどうするの?」

 B1terを見学していたクロムウェルの車長の柿崎セリカが問うて来た。その言葉に双葉葵はニィ、と笑う。

「ちゃんと呼んであるよー。こっち来るように言ってあるからそろそろ来るんじゃないかなぁ」

「チャオー。会長ちゃーん」

 噂をすればなんとやら。とはよく言ったもので、軽薄そうな声が倉庫の中に響いた。声の主の方へと振り向けば、これまた軽薄そうな、ウェーブが掛けられた長い黒髪をカチューシャやリボンで飾った少女だった。その少女が、数人の少女を引き連れていた。恐らくは他のクルーなのであろう。

 

 

「いらっしゃーい百合ちゃん。まぁちゃちゃーっと皆に自己紹介しちゃって」

「東郷百合でーす。小ちゃいバイクでレーサーしてました。他の子はあたしの友達」

「てな訳で、この娘がルノーB1terの車長になりまーす。異議はー?」

 双葉葵の問いに霧島蓉子がわずかに手を上げた。

「失礼だが、不安を感じるぞ…」

「アッハ。無理ないよねぇ。けどこう見えてあたしは真面目なんだぞー?試験じゃ何時でも80点以上取ってるし、昔バイクレースのチーム戦で皆で頑張って地域大会で2位に入賞したのだ。チーム戦はソロプレーじゃ優勝出来ないんだよー?所でさぁ。噂の時の人の隊長ちゃんって何処?」

 キョロキョロと辺りを見渡す東郷に、おずおずと神無月しおりは前に出た。

「…隊長を、やらせてもらってます。神無月しおりです」

「キャー!何これ!お人形か何か!?学内新聞に載ってた写真で見るよりスッゴイ可愛い!!」

「んむっ…!?」

 

 

 

 東郷百合の豊満なバストに抱きしめられ、しおりは息が出来なくなった。見かねた大島明海が助けに入る。

「ちょ、ちょっと東郷さん!?しおりん窒息しちゃうから!ハグストップ! ハグストーップ!」

「メンゴメンゴー。可愛い物に目が無くって。隊長ちゃんごめんねー?」

「……苦しかった……」

 漸く開放されたしおりは短時間でありながらゲッソリとして、ふらふらとした足取りで大島明海の横へと逃げた。

「アハッ。嫌われちゃったかな?でも仲良くしようねー」

「東郷さん。しおりんちょっとスキンシップ苦手だから勘弁してあげて。大人しい子なのよ」

「まぁまぁ、茶番も程々にして。早速訓練入ろうか。来週の週末、試合が入ったんだよねー」

 双葉葵が東郷百合と大島明海の間に入り、その場を制した。そして試合と言う言葉に周りがざわめく。

「今度の相手は何処なんだ?」

 北村カレラが双葉葵に問う。彼女はポケットから上品な便箋を取り出し、そして広げた。

 

 

「『拝啓、花便りも伝わる今日この頃、播磨女学園の皆様はお健やかにお過ごしの事と存じます。この度は我々との非正規戦車道の試合を、播磨女学園の皆様に申し込ませて頂きたいと思います。敬具。聖・バーラム学院戦車道メンバー一同より』…との事だよー。そう言う訳で次の相手は聖・バーラム学院って所。イギリス系の戦車を使ってくるみたい。戦車の数はこちらと同じ全部で6両。使う戦車は…田宮。お願い」

「はい。使われる戦車は巡航戦車カヴェナンターMk.IVに、歩兵戦車ヴァリアント。そして残りの戦車はサプライズ、との事で…詳細は伏せられましたが、大きくて重たくて個性的な吃驚しちゃう戦車、との事です」

「大きくて…重たくて…個性的…」

「判るのー?しおりちゃん」

 神無月しおりの呟きに双葉葵は微笑みかけた。

「恐らくは…ですが、チャーチルシリーズかブラックプリンスが来るのではないかと。エクセルシオールが来る可能性は…低いかな。これらの車両は装甲が分厚く、登坂性能に優れる戦車ですから…意外な所を走り抜けて現れてくる車両です。

 

 第二次世界大戦では、そうやってドイツ軍へと奇襲を仕掛けたと言う話も聞いています。歩兵戦車ヴァリアントも装甲の固い戦車です。試作車両しか作られませんでしたけれども…恐らく相手は、戦列歩兵の様にゆっくりとこちらに歩み寄りながら射撃を行ってくる物と思います。

 

 カヴェナンターは他の車両と比べれば足が速い車両ですが、装甲は薄いので大きな脅威ではありません。恐らくはですが、足の速い騎兵隊としてカヴェナンターが此方を翻弄し、その隙に敵の本隊たるチャーチルら歩兵戦車が装甲の厚みを生かして進軍。撃破してくる物と思われます」

「戦列歩兵って何ですか?」

 五十鈴佳奈が申し訳無さそうに問い掛けてきた。しおりは頷いて答える。

 

「戦列歩兵とは嘗て、近世ヨーロッパの時代にマスケット銃と銃剣で武装し、隊列を組んで戦った歩兵部隊の名前です。横隊の隊列を組んだ数多の歩兵が敵歩兵兵団へと歩み寄り、所定の距離まで接近したら一斉射を仕掛けると言う物でした。大変危険な作戦ですが、銃弾を物ともせず接近し、必殺の距離で此方へと銃弾を放ってくる敵兵の恐ろしさは凄い物があったそうです」

「…凄く怖いわねぇ」

 

「反面、横に広く広がっているので陣地転換などの行動や、足の速い騎兵隊が行う様な機動戦には弱かったと聞いています。我々は今回、敵チームに勝る速力を出来るだけ活かして戦いたいと思います。本日の訓練は、私達は互いに連携しての行進間射撃と、

 

 火力を一点に集中させる砲撃訓練を取りたいと思います。新しく来た東郷さん達は先ずは焦らずに基礎訓練を始めて下さい。充分な練習を積んだら、私達と共に訓練したいと思います。訓練マニュアルも用意してありますが、判らなかい事は気にせず無線で聞いてください」

「イエッサー。基礎は大事だもんねー?」

「それでは練習に入ります。総員乗車!」

 数十名の少女達が、それぞれの戦車へと乗り込んでゆく。ルノーB1terはグラウンドに残り、嘗て他の少女達がした様に基礎訓練を始めて、他の5両の戦車は戦車道の訓練が可能な広大な緑化公園地区へと移動した。

《隊長。そいで行進間射撃の訓練ってどうするんどすー?》

 ソミュアの久留間舞子が無線機で問い掛けてきた。

 

 

「出来るだけ一定の速度を保ちながら、遠くの標的に射撃します。ドライバーの皆さんは障害物や敵の砲弾を避けていると想定し、ある程度の蛇行運転を行って下さい。砲弾が命中するのが望ましいですが、焦らず至近弾を送り込む事を先ずは心掛けて下さい。ある程度の練習をこなしたら、蛇行運転をしないままの行進間射撃をします。車体が揺れている時と揺れていない時の命中精度の差を身体で覚えてください。それでは行きます!」

 神無月しおりの号令の元、先頭を三/四号中戦車が走った。次いでT69E3、クロムウェル、T-34改、最後にソミュアと言う陣形となった。

「それじゃぁ霧島さん。蛇行運転をお願いします」

「分かったよ」

 やがて、障害物や砲弾を避けていると言う想定の元、戦車は左右へと蛇行を開始した。

「全車!3時の方向。距離約500。行進間射撃を開始、撃て!」

 5台の砲声が次々に轟き、四角い標的へと砲弾が送り込まれる。三/四号中戦車、至近弾。T69E3、やや遠弾。クロムウェル。至近弾。T-34改、近弾。ソミュア、極至近弾。

 

 

「続いて次弾を装填!各車両は撃ち続けて下さい!」

 揺れる状況の中の砲撃と言う物は、恐ろしく当らない。車体の揺れは砲身の角度に直結し、些細な振動もまた、砲身の狙いを狂わせる。それでも、揺れ動く中のここぞと言う瞬間を得ると、撃ち出された砲弾は標的の限りなく近くへと着弾した。数十分の蛇行運転をしながらの躍進射撃を終え、今度は蛇行する事無く走行しながらの行進間射撃を行う。

 それまでの無駄な揺れが無くなり、どうしても発生する走行振動のみの中放たれる砲弾は、確かに先程よりも標的に狙いやすかった。キューポラから身を乗り出し双眼鏡で弾着の状況を把握していた神無月しおりは、今回の訓練が実際にどれ程役に立ってくれるだろうか、と不安で仕方が無かった…。

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日の事、午前の訓練を終えた少女達が戦車を置いている倉庫から最寄の空き教室で、生徒会が用意した日替わりの美味しいランチを食べていた所、生徒会副会長の田宮恵理子と、見慣れない少女達がワラワラと教室に入り込んできた。

「皆さん!競技の最中に着て頂く衣装が出来ましたよ!」

 彼女の言葉に少女達から歓声が湧き上がった。先日、衣装を作るからと身体測定を行ったのだ。学校指定の制服のままでも構いやしないが、汚れてしまったり、もしも破れてしまった場合は目も当てられない。それに、特別な衣装も準備した方が少女達のモチベーションも上がるからと双葉葵は専用の衣装を作る事を決めたのだった。

「それでは、栄えある一人目として神無月しおりさん。どうぞ着て見て下さい」

 塩気が効いて美味しいポテトサラダをもぐもぐと食べていたしおりは唐突に自分の名前を呼ばれてキョトンとした。しかし、状況を理解すると食事を中断して、袋を持って待っている田宮恵理子に近付いた。

 

 

「うちの大事な隊長さんですからね。似合うと良いのだけれど」

「はぁ…ありがとうございます。それじゃぁ…」

「しおりん!」

 近くに居た大島明海がそっと声を掛けて来た。はて、と思いながら振り向くと出来るだけ目立たない声で「く・り・い・む!」と囁かれ、嗚呼…と彼女が言わんとする事を理解した。

「では…着替えてきますので…」

 そう言うと彼女はトイレの個室へと向かった。大島明海はホッと胸を撫で下した。何かと妙な所で無頓着、無関心のしおりが、この場で唐突に着替えだしてしまったら、あの凄惨な傷跡をチームメイトの衆目の前に晒してしまう事になる。彼女はそれを恐れたのだ。北村カレラもそれを察したらしく、大島明海に向けてそっとサムズアップを向けた。彼女も頷き応えた。

 やや暫くしてから、神無月しおりはトイレから戻ってきた。少女達の前に新たな衣装を披露して。

 

 

「おぉー!」

「しおりん、似合ってるじゃん!かーわいいー!」

 上着はダブルブレストのパンツァージャケットであった。襟のライン等に色を持たせてアクセントとし、袖口にはボタン止めのシンプルなレース。プリーツスカートもシンプルに誂えられ、飾り裾がついていた。襟元には恐らく、役職を現したのであろうメタル製のバッヂが付いている。車長であるからか。マーク1菱形戦車の物が付いていた。

「これでこれからの活動でも、胸を張って写真に写る事が出来ますね!」

 田宮のにこやかな言葉に神無月しおりは取りあえず頷いておいた。写真か…嘗ての戦車道では何度か撮られた物だが、別段これと言って意識した事は無かった。誰かに何時の間にか撮られるか、呼ばれて撮られるか。その程度の事であった。然し…もしも、彼女達と一緒であるのならば…写真を撮られるのも、楽しいのかもしれないとぼんやりと思った。

 

 

 その日の夜。神無月しおりは三/四号中戦車のクルーらに己の傷を晒してからと言うもの、日課と成った傷消しクリームを大島明海に塗ってもらっていた。クリームは冷たく、そして他人に身体を撫でられるのはとてもくすぐったかった。

「まだ塗り始めてあんまり時間も経ってないけど、始めた時の写真と見比べると大分傷が目立たなくなり始めたねー。えらいねーしおりん。ちゃんと我慢して傷消しクリーム塗って貰って。良い子良い子」

「…んっ…ぁっ…くすぐったい、から…早く、終って…」

「だーめ。しっかり塗らないと効果が無いんだから。我が侭言わないで我慢して?もう少しだからね?」

 

 

 やがて、体中の傷跡に傷消しクリームを塗り終えると、大島明海は傷の経過を見る為に携帯電話で写真を撮った。神無月しおりはくすぐったさに疲れ、ぐったりとしている。

「そう言えばさぁ…しおりんの家族は怪我の事、何も言わなかったの?そんなにボロボロなのに」

 何気ない明海の質問に、しおりはぼんやりとした頭で応えた。

「…なんにも…戦車道と生活に問題無いなら…どうでもいいって…」

「ひどっ!?酷くないそれ!?家族としてありえないよ!?」

「…家族…か…ねぇ…明海さん…家族って…なに?」

「家族って…そりゃー、あれでしょ?愛し愛されて、互いを助けて、時には庇ってあげる。うちはお父さんとお母さんとってもラブラブだし、私の事もすっごく愛してくれてるよ。頻繁に電話掛かって来るし」

「…そっか…」

「……しおりんは、どうなの?」

 

 

 嫌な予感がしながらも、大島明海は聞かざるを得なかった。あえて、彼女の秘密に踏み込まねばならないのではないかと思ったのだ。この、何時でも物憂げな表情を浮かべる、危なっかしい友人に。

「…全然…お父様は居ないし…お母様は、何時でもずっと厳しい人で…戦車ばっかりの人…戦車道の仕事で家を空けてる事なんてしょっちゅうで…褒められた事なんて全然無くって、あれこれとお小言を言われたり…上の姉さんの二人は…何時だって私に厳しくって…負けたらいつも叱ってきた…

 

 私の、ひとつ上の姉さんは…私になんて興味が無いみたいで…気をかけてくれてたのは…三番目の姉さんだけだったけど…忙しいから、あんまり話す事も無くて…家ではお手伝いさんと、ずっと過ごしてた…友達って呼べる人と遊んだ事なんて全然無くて…

 

 家ではずっと、戦車道のシミュレータをするか…戦車を勉強するか…戦車の本を読んでばかりだった…学校でも、ずっと戦車ばっかりだったから…友達なんて出来なくって…テレビとか…流行の遊びとかも、全然知らなかった…ラジオは、聞いてたけれど…」

 

 

 ゾッとするような実態が、彼女の口から語られた。其れは最早、充分過ぎる程にネグレクトや家庭内暴力と言ったソレに等しいのではないかと、大島明海は思った。この哀れで可哀想な線の細い少女は、家族の温かみも、家族からの愛さえも知らずに、

 それ所か、人として享受する事の許される普通の生活と言う物を一切味わう事無く、そうやって孤独に戦車道を続けながら、この16年間をずっと生きてきたのか、と。そして…明海は口を開いた。

 

 

「…いいよ…そんなの、家族って呼ばなくても…」

「……?明海、さん…?」

「しおりんが、愛を知らないなら、私が教えてあげるよ! だって! 可哀想過ぎるよそんなの! 私が! しおりんを守るから! 私がしおりんの家族になるから! 褒めて貰った事も、遊んだ事もないなんて、可笑しいよ! そんなの人の送る人生なんかじゃない! 人生は、もっと輝いているべきものだもの! しおりんは、幸せになる権利があるんだよ!」

「…幸せ…」

 ぽつりと呟く。幸せ。それは今まで縁遠かった物である。果たしてそれは…

「…明美さん…幸せって…何…?」

「……っ!!」

 

 

 明海は大粒の涙を流しながら、しおりの身体を抱きしめた。体面も気にせずに、おんおんと泣いた。友人の、見間違えようの無い悲しみの涙の強い濁流に、しおりはどうしたら良いのか分からなかった。ただ、なんとなく、目の前の少女に病室で背中をさすって貰った事を思い出したので、彼女は覚束無い右手でそっと泣きじゃくる明海の背中を撫でた。どれだけ、大島明海は泣き続けただろうか。泣き声はやがて嗚咽に変わり、それも落ち着いてきた頃、彼女はそっとしおりの体を離し、泣き腫らした顔で言った。

「私…しおりんの恋人になるから。私が、しおりんを幸せにしてあげるから」

「…明海、さん…でも…」

 愛を知らない自分は、彼女の思いにどう応えれば良いのか。全く分からない。

 けれどもそんな友人の心を察したのか、明海は言葉を続けた。

 

 

「いいの。しおりんが何時か、愛が分かった時にありがとうって言ってくれれば、それでいいから…」

「…その…ごめんなさい…」

「いいよ…それと、しおりん? そう言う時は謝るんじゃなくて、ありがと、だよ?」

 困り顔と笑顔の混じった表情で、明海はそう教えてあげた。しおりは「うん」と頷き

「…ありがと…」

 とただ小さく呟いた。

 その日の夜。二人の少女は褥を共にした…

 

 

 

 

 

 

 

 日々を訓練で過ごし、約束の日となった。学園艦が港に寄港し、上陸する。そこから特別編成の輸送列車に戦車と共に乗って、目的地の開場へと向かった。相変わらずお祭りの様な観客スペースには、何台かの戦車が飾られていた。聖・バーラム学院の戦車である。車両は、歩兵戦車バレンタイン。歩兵戦車チャーチルMk1。そして、随分と古風なリトル・ウィリーだった。まるでファンサービスですね、と中嶋奏が写真を撮りながら呟いていた。

 

 

「春麗らかな平原だねぇ」

 遠くに見える、戦闘領域を見ながら大島明海は感想を述べた。春の花々が咲き乱れ、蝶や蜜蜂が暢気に野花の中を飛び回る様は、大変牧歌的であり、これからあの場所で激しい戦車戦が繰り広げられるとは、とても思えなかった。西の方には、今では人が住んでいない市街地が残されていた。

「丘陵地帯だからね…朝露とかでぬかるんでないと良いけれど」

「どう言う事?しおりん」

「地面が濡れていると、履帯が滑ったり、上手く走れなかったりするから、危険なの」

「あ、そう言えば雨の日の練習で蓉子ちゃんとかドライバーの皆がぶーぶーと不平零してたねぇ。ちゃんとグリップしないーって。あれってそう言う事だったんだ。戦車って滑る物なの?」

 

 

「結構簡単に…泥濘に嵌ると、中々抜け出せないし…今後の練習で、色々と考えておかなきゃ…」

「でも!今は目の前の競技だよ!今日も頑張ろ?」

 大島明海はそっと神無月しおりの手を握りながら、彼女を鼓舞した。

「…うん。頑張ろう」

 不意に近くをエンジン音が響いた。荷台に少女達を乗せた、ソ連のZis-5型トラックだった。

「ハァイ!シオリチカ!シオリチカ・オクチャブリスカヤ!」

「あ…サーシャ、さん」

 少女の一団の中から、見覚えのあるシルバーブロンドの少女、アレクサンドラ・楠が此方に向かって歩いて来た。

 

 

「嬉しいわね。名前を覚えててくれたのね。今日は貴女達の戦いを観戦に来たの。頑張ってね」

「…どういたしまして」

「それ、新しい衣装?中々似合ってて可愛いわよ」

「学校の人が、私達に作ってくれたので…」

「成る程。私達の学校でも、衣装は手先の器用な子達が用意してくれたわ。嬉しいわよね。そう言うのって。それじゃぁね。よい戦車道を」

 そう言い、観客席の方へと立ち去ろうとした矢先、サーシャは何かを思い出した様に振り向いた。

「そうそう、今日の対戦相手だけれども…驚かない様にね?無理な話かも知れないけれど」

「…はぁ?」

「あの子、人を吃驚させちゃうのが好きな、ちょっと困った子なのよ。悪い子ではないのだけれど」

「…助言、ありがとうございます」

 

 

 そう言うとしおりはサーシャに深く会釈した。

 やがて放送で召集がかけられる。隊長挨拶の時間だった。呼び出されたしおりは、双葉葵と共に出向いた。其処には優雅なジャケットに身を包んだ少女達が居た。気品のあるブルーがとてもよく似合っていた。

「ごきげんよう。聖・バーラム学院のローズマリー・レンフィールドと申します。ローズでもマリーでも、好きに呼んで頂戴な?」

「播磨女学園の、神無月しおりです…」

「貴女が、神無月しおりさんね…ふふ。あの子の言った通りの可愛い子…」

「…?」

「サーシャにはもう会ったのでしょう?あの子と私は友達なの。今回の試合も、彼女からの紹介なのよ」

「そうだったんですか…」

「それでは、よい戦車道を…宜しく」

「こちらこそ…」

 静かに互いに会釈しあい、そして解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 丘陵地帯を、六両の戦車が進んでいく。草花を踏み越え、地面に轍を残しながら。地面の質はそう悪くは無いらしい。濡れてもおらず、草花の下は泥濘にもなってもいない。多少もたつくだろうが、問題なく戦車を機動させる事が出来るだろうと、しおりは安心した。巡航速度で旗で記された所定のポイントまで進み、待機する。キューポラから身を乗り出していた神無月しおりは、三/四号中戦車の砲塔上面をそっと撫でた。

「…今日も、宜しく…三/四号…力を、貸して…」

《しおりちゃーん。改めて作戦の概要説明して頂戴ー》

 不意にヘッドフォンに双葉葵からの通信が入る。マイクのスイッチを入れ、しおりは喋った。

 

 

「先ずは索敵しながら前進します。恐らく、敵側の斥候のカヴェナンターが来ると思いますのでこれを迎撃。敵の本隊を見つけたらチームを二つに分離。二方向からの機動戦を仕掛けて、敵の弱点の背後を突きます。チャーチルにせよ、ブラックプリンスにせよ、正面装甲等は恐ろしく堅いですが後方の装甲は50mmしかありません。撃破のチャンスがあります」

《つまり、ぐるぐる回りながら攻撃するって事でいいんだよねぃ?》

「はい。その様な感じで攻めて行きたいなと」

《それじゃぁ、ぐるぐる回るからメリーゴーランド作戦だねー》

《回りすぎて私達がバターにならなきゃ良いけれど》

《スコーンに塗られるバターにはなりたくありまへんなぁ》

 無線機から少女達の無邪気な笑い声が聞こえてくる。その声を聞いて、しおりは内心ホッとしていた。他愛も無い会話が心を落ち着かせてくれる。ドキドキと、競技の開始を恐れる自分の心を。

 やがて、試合開始を知らせる信号弾が打ち上げられた。

 

 

「全車両、前進開始。三/四号中戦車を先頭に、パンツァーカイル陣形を取ります。パンツァーフォー!」

 播磨女学園のチームが動き出した。中央先頭に三/四号。その右翼側にT69E3とソミュア。左翼側にはT-34とクロムウェルとB1ter。長閑な丘陵地帯の稜線を警戒しながら彼女達は進んでいった。目下、異常なし。敵影見えず。その時不意に、地面に影が見えた。遠くでは分からなかった其れは、近付くと次第に事の全貌を理解した。

「全車、停止!地面に警戒してください!塹壕と対戦車塹壕があります!」

 状況に聡い神無月しおりが指示を下した。それぞれの車長も双眼鏡を取り出してフィールドを見つめてみる。そこら中に、塹壕と、大きな大きな対戦車塹壕の深い溝が走り回っていた。

「ちょっと、ちょっとちょっと何なのよこのおっきい溝!」

 

 

 三/四号中戦車の装填手ハッチから身を乗り出した大島明海が声を上げる。同じく、砲手ハッチから身を乗り出した北村カレラも苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。

「これじゃぁ機動戦を仕掛けようにも迂回、迂回で走り回れないじゃないか。どうするんだい?隊長」

「ネットで調べてみたら、ここはマジノ女学園や、菱形戦車で塹壕戦を嗜む戦車道チームの格好のフィールドの1つだそうです!どうしましょう、塹壕戦に置いては英国戦車を使役する彼方側に一日の長がありますよ、しおりさん!」

「地の利を取られたみたいね…」

 

 暫く考え込み、しおりは決意した。マイクのスイッチを入れて指示を下す。

「皆さん、落ち着いて。確かに塹壕と、対戦車塹壕で私達の予定していた機動戦は取れなくなりました。ですが戦いようはあります。

 市街地エリアに進入し、相手に対して近距離機動戦闘を仕掛けます。交戦距離が短くなるのでこちらの危険度はどうしても増しますが、取りあえずはその方向性で」

《了解》

《分りましたどすえ》

《はいはーい》

 

 播磨女学園チームは、再び前進を開始した。塹壕を乗り越え、対戦車塹壕を迂回し、市街地へと向けて進軍する。塹壕に次ぐ塹壕に阻まれ、思う様に中々進めないで居たが、それでも戦車は確かに前へと進んでいた。その最中に神無月しおりはコンパスを傍らに持ちながら地図に対戦車塹壕のあった場所を書き記していく。

 

 少しでも後々、有利になればと思ってだ。お陰で幾らか、この丘陵地帯の全貌が見えてきた。対戦車塹壕が引かれているのは南北の方向に進撃出来ないように引かれている。無論、多少の枝分かれでそのルールが乱れている場所もあるが、基本はそうだった。これならば、東西方向での狭い範囲ではあるが機動戦が取れる筈だとしおりは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリー様。騎兵隊より報告。狐の群れを確認」

 薄暗い車内の中、紅茶を飲んでいたローズマリーの元に報告が入った。カップに満ちていた紅茶の残りを飲み切り、お気に入りのカップが割れまいようにと、ケースの中に仕舞いこむ。口元をハンカチで拭いてから彼女はマイクを取った。

「栄えある騎兵隊の皆様お疲れ様、此れより狐狩りを開始しましょう。行動は予定通りに。『シスター1』に連絡。移動を開始するわよ。ドライバー?ちゃんと間に合わせて貰えるかしら」

「任せて下さいまし」

 

 アイドリングを保っていたエンジンに対し、アクセルが踏み込まれ、ディーゼルエンジンが咆哮する。その音の更に向こうから、独特の機械音が響いてきた。巨大な車体が塹壕を悠々と乗り越えていく。まるで王者の様に。

「あの子達はどれだけ驚いて、そして私を驚かせてくれるのかしら。楽しみね」

 砲塔から身を乗り出してローズマリーは丘の向こうを見る。遠く、砲声と着弾の爆発音が聞こえて来た。

 

 

 

 

《あっ…!しおりはん!丘の向こうに戦車の陰が見えましたどすえ。なんだかぺたこいわぁ》

 最右翼を進んでいたソミュアの久留間舞子から報告が入った。

「久留間さん!敵の戦車は今も見えますか?何処に向かっているか分りますか?」

《見えはりますよぉ。市街地のほう、進んどるみたいどすなぁ。砲塔が算盤の珠のようやわ》

「カヴェナンターって言ったよね、私勉強したよ!」

 

 

 何時でも砲弾の装填が出来る様に身構えていた大島明海が得意げに呟いた。しおりはそっと頷き、指示を出す。

「訓練の時にも言いましたが、カヴェナンターは戦力としては然程脅威ではありません。しかし、足の速い偵察車両を見過ごしていては此方の不利になります。カヴェナンターの追撃に向かいます。全車、右方向へ転進。」

 しおりの指示を元にチームは右へと転進、同時に複縦陣へと陣形を改めた。右列先頭は三/四号、以下T69E3とソミュア。左列先頭はT-34、以下クロムウェルとB1terとなった。カヴェナンターとの彼我の距離が1キロを切る。砲撃開始。先頭の三/四号とT-34の新しく搭載されたZiS-4 57mm対戦車砲が咆哮する。

 

 

「くっそ…意外と地面がデコボコして狙いが…」

「済まないな。揺らしてばかりで」

「馬鹿を言うんじゃないよ凄腕ドライバー。こんなフィールドなんだから仕方ないじゃないさ」

 北村カレラのぼやきに霧島蓉子は謝罪したが、彼女は責めなかった。たとえ命中弾で無くても、至近距離に砲弾を撃ち込まれた側は堪ったものではなく、回避行動の為にその動きは鈍った。彼我の距離はどんどん詰められていき、市街地へと入り込む頃には100mを切った。

「速度の出せる市街地の中で逃げられると厄介です。早急に仕留めます。五十鈴さん。こちらが榴弾でカヴェナンターの足止めをしますので、止めをお願いします」

 

《了解ですぅ。任せて下さい》

「明海さん。榴弾を装填。北村さん。何処でも良いのでカヴェナンターの進路を塞いで下さい」

「榴弾了解だよ!」

「任された」

 路地を駆け抜け、カヴェナンターは加速しようとする。其処を三/四号の榴弾が邪魔をした。建物を破壊し、そのガレキをカヴェナンターに浴びせかけたり、道を塞いで見せたのだ。流石の巡航戦車と言えど、榴弾の爆風にガレキの雨を浴びれた堪った物ではない。ついには、頭上から振り注ぐ三階建て程の建物からのガレキを浴びて速度を鈍らせた隙に、T-34のZiS-4の57mm砲の砲弾がカヴェナンターのエンジンを食い破った。

 

 

《カヴェナンターを撃破!やりましたよ隊長さん!》

 最初の撃破にチームが沸き上がるが、神無月しおりは辺りをずっと警戒していた。出来るだけ早く仕留める予定であったが、思いの他市街地の中に入ってしまった。何となく嫌な予感がする。不意に砲弾が飛び込んできた。地面を抉り、小石や砂が巻き上げられる。キューポラから身を乗り出していたしおりは咄嗟に身を屈め、僅かに頭だけを出すと周囲を調べた。

 通りの向こうのやや遠く。三両のヴァリアントが隊列を組んで此方に砲身を向けている。

「全車警戒!右側面の通りの向こうにヴァリアントが居ます!間合いを取って、態勢を整えてから路地を回って攻撃します!

 三/四号に付いて来て下さい!霧島さん、左に旋回。通りを走って、出来るだけヴァリアントとの間合いを広げて下さい」

《トンズラだー》

《ヴァリアント、ジワジワ迫ってきおります!ほんまに戦列歩兵やわぁ!》

 

 

 通りを6両の戦車が走り抜ける。横へと抜ける道は、大きいものならどうにか戦車が通れそうだと思ったが、三/四号やT69E3達は聊か苦しいかもしれないとしおりは考える。不意に、遠くから何かを踏み潰す音が聞こえて来た。

「この音は一体…?」

 その疑問は直ぐに消し飛んだ。巨大な車体が、斜面を登って播磨女学園の少女達の前に現れてきた。余りに巨大で、余りに重厚で、そして何処と無く古風な車体が。

《何あれ!?菱形戦車!?》

《チャーチルじゃないだと!?》

「The Old Gang・MK1とMK2!?」

 しおりは驚愕した。あんなモノを持ち込んでくるとは思いもしなかった。TOG・MK1とTOG・MK2の砲塔が、そしてTOG・MK1の側面ケースメイト砲が此方へと照準を向ける。

 

 

 TOG・MK2の車内からペリスコープを覗き見るローズマリーは喜びに打ち震えていた。そう。そうとも。私が感じたかったのはこの感情なのよ。見るからに動揺する戦車達。嗚呼、神無月しおりさん。貴女達の息遣いがペリスコープ越しに伝わって着そうだわと、独り独白した。そして、勤めて冷静を装い、無線機のマイクを握る。

「うふふ。嬉しいわ。あの子達ったらあんなに動揺しちゃって。『シスター1』へ。砲撃開始。『フォックステリアチーム』。ジワジワと輪を狭めなさい」

 75mmハウザー砲、ケースメイトに備えられた2ポンド砲、そして何よりも強力な17ポンド砲が立て続けに吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席の大きなスクリーンでは刻一刻と状況が知らされてくる。戦況中継を行う航空機のカメラからの映像では、播磨女学園チームは見事に聖・バーラム学院によって挟まれてしまった。その様子をプリャーニクを食べながらサーシャは眺めていた。その横に座るナイナがお茶を差し出しながら話しかける。

「サーシャ隊長。同志シオリチカは見事に包囲されてしまいましたね…」

「仕方が無いわ。斥候は潰さないと勝敗に大きく関わるもの。斥候を潰そうとするのは当然の行動でしょ…マリーは其処に付けこんだ。戦い慣れている者ほどその術中に陥りやすい。それに、狐を呼び込む囮役が余りに上手過ぎるのよ。マリーったら相変わらず戦列歩兵戦術と狐狩りが好きなんだから…」

「同志シオリチカは、どう動くでしょうか?」

「さぁ?分らないわね。だからこそ楽しみなのだけど」

 大小様々な砲弾が、次々に播磨女学園のチームへと撃ち込まれていく。戦況は、直ぐに動いた。

 

 

「退却して下さい!路地を後退!TOG・MK2の17ポンド砲は大変強力です!直撃したら終わりです!」

「何なのしおりん、あのTOGって言う戦車のオバケ!あんなの勉強したけど知らなかったよ!」

「イギリスが第一次世界大戦後に作った超重戦車です!菱形戦車から進化していった、塹壕を踏み越える事に特化した戦車なんです!多分、一気に丘を登ってきてここまで突っ込んできたのかも!」

 中嶋奏の言葉に大島明海はうへぇ。と困った顔を浮かべた。あんな凄い物を持ち込まれたらそうなるのも仕方が無いだろう。何よりも見た目のインパクトが凄まじい。恐怖は敗北へと繋がるから。それは錬度の少ない播磨女学園の少女達に取っては致命傷に成り得る。しおりは皆の感情が心配だった。

《ソミュアの久留間どす!通りからヴァリアントがじわじわ来よります!》

《くそ、挟まれたか!》

《拙いんじゃないの隊長ちゃん!指示を!》

 

 

 クロムウェルの柿原の苦い言葉と、B1terの東郷の焦りの混じった声がヘッドフォンに飛び込んでくる。どうにかしなければ。何かこの状況を打開する方法を。しおりは必死に周囲を見渡しながら考えを巡らせた。そんな彼女の視界に塔が見えた。古い時代の見張り塔だろうか。行き当たりばったりの閃きが脳裏に浮かぶ。

「聞いてください!狙える車両は左手に見える塔の根元を狙ってください!あの塔を倒してバリケードにします!」

《そんな無茶な!》

「無茶は承知です!砲弾を装填!撃て!」

《やるしかないよねー》

 やぶれかぶれとも思える砲弾が次々に塔へと撃ち込まれていく。着弾の煙が塔の根元を覆い隠していき、どれ程その足元を破壊する事が出来たか分らないが、徐々に塔は傾き始め…大きな音を立てながら倒れこんだ。周囲に砂煙が舞い上がる。

 

 

「東郷さん!B1の車体砲に榴弾を装填!民家を吹き飛ばして、退路を作って下さい!この市街地を下って脱出します!柿原さんと五十鈴さん!クロムウェルとT-34は途中で路地の中に隠れて、この市街地でヴァリアントの相手をお願いします!T-34とクロムウェルの速力と火力なら、絶対に勝てます!残りの4両は市街地を抜け出してTOG・MK1とMK2を相手にします!」

《あいあい、退路作るわね!》

《うちらお得意の高速戦闘か!任されたよ!》

《隊長さん達も、どうかご無事でぇ!》

「スモークディスチャージャー展開!煙幕を張って!これより脱出します!」

 其々の戦車に後付で装備されたスモークディスチャージャーが辺りに煙幕を展開した。その隙にB1terが車体砲を発砲。76mm砲の榴弾で民家は消し飛ばされ、戦車が一両通れる程の道が作られた。その後もB1terを先頭に、榴弾で道を切り開いていく。爆発音を盛大に撒き散らしながら、彼女らは窮地を脱した。

 

 

「それじゃぁ隊長。あたしたち離脱するから」

《歩兵さんは任せて下さい!》

《分りました。怪我だけはしないで下さい》

 しおりの言葉に柿原セリカはそっと笑った。戦果よりも、無事を祈る隊長か。優し過ぎるのよ。あの子は…

「五十鈴!気張っていくよ!大きく迂回して、ヴァリアントの後ろに回りこむ!そっから先は出たトコ勝負よ!」

《やるっきゃないんです!セリカさん、無茶しないでね!》

「分ってる。霰!アクセルベタ踏み!」

「りょーかい。荒っぽくなるよ」

 

 クロムウェルの液冷V型12気筒ミーティアエンジンと、T-34のV2ディーゼルV型12気筒エンジンが吼えた。重たい車体をぐいぐいと加速させて、市街地の通りを突っ走っていく。幾らかの路地を通り抜け、幾度か曲り角を越えて走った先、ヴァリアントの姿が見えた。

「撃ちこめ!撃破出来なくて良い。こっちに誘き寄せろ!」

 クロムウェルの75mm砲とT-34のZis-4・57mm長砲身が立て続けに発砲する。砲弾はヴァリアントの堅い装甲に阻まれ見事に弾かれてしまったが、三両のヴァリアントの意識は此方に向いたらしい。

「此処からが正念場だよ!気合を入れな!」

 柿原セリカが仲間達を鼓舞し、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ローズマリー様。クロムウェルとT-34の57mmが此方に接近。迎撃に出ます」

《逃げられちゃった上に分断されたわね。賢い狐だわ。存分に戦ってらっしゃい。『シスターズ』は三/四号中戦車の追撃に向かうわ。幸運を。怪我はしないようにね》

「ローズマリー様もご武運を」

『フォックステリア』と聖・バーラム学院のチーム内で呼称されているヴァリアント部隊の1号車の車長は小さく息を吐いた。刺し違えても、クロムウェルとT-34を仕留めねば。猟犬には猟犬の意地がある。

「車長。相手は此方の側面を突いてきます」

「分っているわ。全速力で移動!」

 

 徹底的に改良に次ぐ改良を施したヴァリアントの操縦装置をドライバーが操作する。試作車両がたったの1両しか生産されなかったヴァリアントを再生産し、使うなんて酔狂も良い所だろうが、ヴァリアントの車長はこの戦車をこよなく愛していた。重装甲を身に纏い、敵の砲弾を弾きながら進軍する時の相手の怯えぶりと言ったら堪らない。それは正に、昔見た映画の中の戦列歩兵の勇姿その物だったから。

「何処からでも掛かっていらっしゃい!」

 車長の彼女は吼えた。勇ましさ(Valiant)の異名は伊達ではない事を見せてやる。

 

 

「やるわよ大淀ちゃん。上手く回り込んでね。阿賀野ちゃん、装填頑張って!」

「五十鈴ちゃんも、外さないでよ?」

「外れたら全部台無しになっちゃうんだからー」

 全速力で通りを突っ走るT-34の車内で車長の五十鈴は仲間達を鼓舞した。前回はKV-1にこっぴどい目を遭わせられたが、今回は違う。主砲もより強い物に載せ変えて、エンジンの馬力もアップさせたのだ。

「次!右折!その次も右折!すり抜け様に撃つわよ!」

「了解です!」

「装填準備よし!」

 

 旋回Gで身体が振られる。中々にしんどいが耐えられない訳ではない。じっとスコープを覗いてまだかまだかと五十鈴はヴァリアントが視界に入るのを待った。そして、僅かに開けた空間に出たその瞬間、すれ違う。五十鈴は咄嗟に引き金を引いた。Zis-4・57mm砲が吼える。撃ち出された砲弾は惜しくも砲塔装甲を掠めていったが、感触は悪くなかった。

「次と次の路地も右に回って、ヴァリアントの後ろに付いて!」

「相手がそれに気付いたら?」

「出た所勝負よ!」

「五十鈴ちゃんのそう言う所、私は嫌いじゃないな!」

「痛いのだけは勘弁だけどねー」

 

 大淀がアクセルを踏み込みながら応え、阿賀野は装填を終え、次に備えた。石畳の路地を駆け抜けてT-34は回り込む。果たして其処には、信地旋回をしながら此方に主砲を向けるヴァリアントの姿があった。ヴァリアント、発砲。オールドナンス6ポンド砲がT-34の正面装甲の角に当たり、酷い衝撃を与えた。あまりの衝撃にエンジンがエンストする。

「エンジン止まっちゃったよ!」

 大淀が涙声で叫ぶが、五十鈴は咄嗟に思いついた。

「大淀ちゃん、クラッチ切って!」

 

 咄嗟の判断で五十鈴はクラッチを切る事を指示。惰性でT-34は走り続ける。その間に五十鈴は狙いを定めて、真っ直ぐにヴァリアントのドライバー席目掛けて発砲。高速徹甲弾が至近距離から放たれ、クリンヒット。その直前、ヴァリアントも次弾を発射。T-34も被弾。着弾の爆発で当たりに黒煙が立ちこめ…晴れた時、ヴァリアントからは撃破判定の白旗が上がっていた。砲弾を受けたT-34も同じくではあったが…

「こちら五十鈴。ヴァリアント一両倒しましたぁ。けども撃破されちゃいました…怪我は無いです」

 脳震盪を起こしそうな振動を諸に食らったが、五十鈴は満足感に満たされていた。あの重装甲歩兵を倒せたのだから。

 

 

 

「セリカちゃん、五十鈴さんから連絡よ!ヴァリアント撃破!」

 無線手も兼ねていた装填手の串良漣が車長の柿崎セリカに吼えた。此方は既にヴァリアントを擦り抜け様に一両を撃破。残った一両との大立ち回りを演じていた。

「残った猟犬が一番タチが悪い奴って訳ね…!」

「どうやって倒す?有効打が撃ち込めてないわよ」

 ヴァリアントの砲弾が直ぐ近くを掠めていく音を聞きながら、柿原セリカは暫し悩んだ。そして…

「『アレ』やってみよう。練習してた奴」

「本気!?履帯吹っ飛んだらどうするの?」

 砲手の霞が彼女の言葉に異議を唱えたが、セリカは首を振った。

 

「マトモに撃ちあってもクロムウェルの主砲じゃ太刀打ち出来ない!意表を突くしかない!」

「ったくもー…セリカったら頑固なんだから!霰!飛び切りの運転しなさい!」

「ほいほい!確り掴ってよ!」

 全速力でクロムウェルは駆け出す。ミーティアエンジンの強化されたスーパーチャージャーが独特のタービンサウンドを撒き散らしながらどんどん加速させていった。そして、ヴァリアントと相対する。ヴァリアント、発砲。霰は素早い操縦で此れを回避。全速力で突っ込む。

 

 

「正気なの!?」

 ヴァリアント一号車の車長は我が目を疑った。決して広いとは言い切れない路地の中を、あのクロムウェルは全速力で突っ込んできた。彼女からしたら自殺行為にしか見えない。

「次弾装填急いで!」

 

 

 相次いで撃ち込まれる砲弾の数々を、クロムウェルは寸前の所で避けていく。砲塔横を掠めていった砲弾の金切り声は凄まじい物があった。そして…ヴァリアントの横を通り過ぎる瞬間、セリカは吼えた。

「ブチ咬ませ!ブレーキングターン!」

 履帯とブレーキが盛大に火花を巻き散らし、高速で突っ走っていたクロムウェルを減速させる。ハードブレーキングで全車重をフロントに移動させながら、信地旋回。文字通り横滑りしながらクロムウェルはヴァリアントの真後ろを取った。

 

「拙いッ!?」

「喰らえ!」

 ヴァリアントの一号車車長が狼狽したその瞬間、75mm砲が発砲。極至近距離からヴァリアントはエンジンルームを撃ち抜かれ大破炎上した。敗北の白旗が歩兵戦車に上がる。

「いよっしゃぁ!猟犬を喰った!霰、霞!あんたらは偉い!」

「それは良いけどねセリカちゃーん。クロムウェル駄目だよ」

 ドライバーの霰はやれやれとばかりに背凭れに凭れ掛かった。

「多分だけど全力疾走からのブレーキングターンでギアか何処か壊れちゃった。動けません」

「あちゃぁ…工場の人達と工業科の皆に叱られる…でも、勝利は勝利だ!」

 

 時として開き直りが大事である事を、柿原セリカは知っていた。気が付けば喉がカラカラだ。車内に置いておいた水筒を開けてお茶を飲み込む。安物のパックのお茶が、酷く美味しく思えた。

 

 

 

 

 

「神無月さん!クロムウェルとT-34から連絡!ヴァリアント3両を撃破なれど、相打ちになりました!」

 無線機で通話をやり取りしていた中嶋奏が神無月しおりへと報告する。ティーガー戦車並みの重装甲を持つ戦車3両を相手にたった2両でよく奮闘してくれた物だとしおりは感心した。

 現在彼女達は丘の上の市街地を脱出。丘陵地帯を東から西へと移動していた。キューポラから僅かに頭を覗かせて後方を見ると、TOG・MK1とMK2とはそれなりの距離を離す事が出来たらしい。しかし依然として、TOG・MK2に搭載されている17ポンド砲の脅威からは逃げられないで居る。TOG・MK1の火力は然程の脅威でもないが、安全にTOG・MK2を倒すにはコレも倒さなくてはならない。どうしたものか。

 

 

「あの、神無月さん!良かったらこれ、使って下さい!」

 そう言うと中嶋奏はしおりに愛用のタブレット端末を差し出した。其処には今戦っているフィールドの地図が映っていた。精密なもので、なんと塹壕の場所や大きさまで分っている。

「必死になって此処のフィールドの詳細マップを探して来ました!お役に立てましたか?」

「中嶋さん…ありがとう。これで俄然、戦いやすくなりました。皆さん聞いて下さい。これよりTOGとの距離を広げます。三/四号にピッタリと付いて来て下さい。道を外れると塹壕に真っ逆さまです!霧島さん。速度を上げて。ナビゲートします」

「分った。ナビゲート頼んだぞ、神無月さん」

 

 

 播磨女学園の戦車を追撃していた所、TOG・MK2のドライバーは声を発した。

「…ローズマリー様。敵の動きが急に良くなりました」

「あら…?この塹壕で一杯の丘陵地帯で?」

「えぇ。依然として塹壕を避けて通る大回りのルートなのですけれども、随分とキレが良く…」

「一体どんな魔法を使ったのでしょう?」

 装填手の少女が不思議そうにローズマリーへと話しかけた。彼女はそうね、と言葉を区切って。

「案外、本当に魔法を使ったのかもしれなくてよ。彼女、御伽噺の中の魔女みたいじゃない?」

 

「魔女…ですか」

「えぇ。艶やかな長い黒髪に神秘的なルビーの様に赤い瞳。多くを語らず、物静か。烏合の衆とまでは行かないにせよ、まだまだ初心者のチームをあんなに見事に纏め上げて…それが魔女でないとしたら何かしら」

「ローズマリー様。敵チーム発砲」

「この距離では『シスターズ』の装甲を貫くのは難しくてよ。安心なさい」

「それが…煙幕弾です」

「煙幕…?」

 

 

 

《しおりちゃーん。この作戦上手く行くと思うー?》

 次々に煙幕弾をTOG・MK1とMK2の進路上に撃ち込みながら双葉葵は問い掛けてきた。

「相手は己の利点を活かして此方に突入してくる筈です。利点とは裏を返せば欠点でもあります。あれ程の頑丈な戦車に対抗するにはそこに付け入る他ありません。久留間さん、配置に着けましたか?」

《久留間どす。ちゃんと配置に付きましたどすえ。怖いどすなあ》

「爆発したりする訳じゃないから大丈夫です。ただ、この作戦の後はTOG・MK2に倒されるかも知れませんけど…」

 しおりは其処で言葉を濁した。言わば彼女らには捨て奸をさせようと言うのだ。この作戦は。

《隊長ちゃん。おっきいのが来たよ!》

 東郷の言葉にしおりは意識を切り替えた。最早後戻りは出来ない。

「全車、TOGに向かって牽制射撃!ソミュアを援護して下さい!」

 

 

 

「ローズマリー様。煙幕を抜けました」

「破れかぶれにしては妙な戦法ね…何を仕込んできたのかしら」

 振り落としてしまっても割れないプラスチックのカップで、僅かに注いだ紅茶を飲みながらローズマリーは呟く。彼女はこのプラスチックのカップが然程好きでは無かった。割らない為とは言え、味気の無いカップであったから。

「播磨女学園チーム、発砲開始!」

遠くから飛来する砲弾を、TOGは悉く受け止め、または弾いた。強力な装甲は彼女らの砲弾を物ともしない。TOG・MK1とMK2は悠々と丘陵地帯を越えていく。幾つもの塹壕を踏み越えて。

「ん…?ローズマリー様。相手側のソミュアS35の姿が見えません」

「あの可愛い戦車を態々、この段階になって別行動…?何をする気なの。しおりさん」

途端、車間を大きく開いて隣を進んでいたTOG・MK1のエンジンルームが爆発、炎上した。

「何事!?『シスター1』報告なさい!」

《こちら『シスター1』!突然の攻撃を受けてしまいました!状況不明!》

 何事が起きたのかとTOG・MK1の状況を確認すべく外を見たローズマリーは、対戦車塹壕の中をもがいて脱出しようと試みている泥塗れ、煤塗れのソミュアS35の姿を見た。

「もしや…!」

 

 

 

《久留間より隊長はんへ。TOG・MK1を撃破どすえ!重戦車を倒しましたわぁ!》

 無線機から聞こえた久留間からの報告に、牽制射撃を行っていた残りの3両は喜びの声を上げた。しおりはソミュアに待ち伏せ攻撃を行う様に指示をしたのだ。対戦車塹壕の中に潜り込み、どんな戦車であろうと絶対的に弱くならざるを得ない、車体下部を攻撃する事によって、相手を倒したのである。

「久留間さん、お疲れ様です。直ぐに脱出を!」

《それが塹壕の傾斜がきつぅて…きゃぁ!!》

 彼女の悲鳴が聞こえると同時に、TOG・MK2が発砲。17ポンド砲の餌食となり、黒煙を上げた。ソミュアS35に白旗が上がる。やはり撃破されてしまった。しおりは小さく唇を咬んだ。

《最後の一両、どうやって倒そうか?しおりちゃーん》

 しおりは考え、中嶋奏から渡されたタブレットを眺めてから、マイクのスイッチを入れた。

「全車、これより最後の作戦を伝えます。聞いてください」

 

 

 

「まさか、ソミュアでTOG・MK1を撃破してしまうだなんて…!」

 試合を静かに見守っていた副隊長のナイナが驚きの声を上げる。サーシャはパチパチと手を叩いてしおりを賞賛した。

「見事な物だわ、同志シオリチカ。相手は対戦車塹壕を楽々と踏み越える事が出来ると言う利点を、見事にウィークポイントへと変化させたわね。地の利を得ているバーラム学院の足元を、見事に引っ繰り返したわ」

「ですが、それでもまだ17ポンド砲を持ったTOG・MK2が残っています。同じ作戦は使えません」

「大丈夫よ。シオリチカならね。ほら…早速動いたわ」

 

 

 

「ローズマリー様。播磨女学園、再び煙幕弾を発砲。此方の視界を奪ってきました」

「距離を取って回り込むつもりかしら。榴弾を装填。煙幕を吹き飛ばしなさい」

「了解」

 17ポンド砲に榴弾が装填され、発砲。独特の野太く、遠くまで響き渡る音と共に砲弾は飛翔。音速を超えて煙幕弾が打ち込まれたであろう近くへと着弾し、煙を消し飛ばした。すると、その中から全速力で突っ込んでくるB1terの姿が見えた。はたしてそれは、やぶれかぶれか?

「徹甲弾を装填。落ち着いて攻撃なさい。まだ安全距離よ」

「徹甲弾、装填完了」

「ファイア」

 初弾、命中ならず。次弾、徹甲弾を装填。砲手はゆっくりと深呼吸をしながらB1terの動きを見極めてトリガーを引いた。17ポンド砲の砲弾がまるでB1terに吸い込まれて行く様に着弾する。黒煙を上げて、白旗を掲げるB1terであったが、その背後にはT69E3が隠れていた。

「そんな、一列で突っ込んでくる気!?」

 

 

《チキンレース仕掛けるとか、隊長ちゃんキレッキレー!》

 B1terの車長、東郷百合の言葉にしおりは無線越しに謝った。本当に、酷い作戦である。

「すみません。でも、あの17ポンド砲に対抗するにはこうする他無くて」

《いいよいいよー。確り先頭走るから、付いてきて!》

 

 全速力で駆け抜けるB1terを先頭に、次にT69E3。最後尾に三/四号中戦車、と言う隊列で一路、播磨女学園のチームは突っ込んでゆく。相対距離をどんどん詰めながら、TOG・MK2へと接近していった。その間にも17ポンド砲が吼える。

《マジ怖ッ!?》

 ギリギリで砲弾を回避し、至近弾を受けた東郷百合の悲鳴が響く。無理も無い。心臓を握りつぶす様な行為だ。幾ら特殊カーボンで安全だからと言っても、高初速かつ、高威力を誇る17ポンド砲の砲撃を正面から受ければその衝撃は計り知れない。

 だが、他にしおりには作戦が思い浮かばなかったのも事実だ。伸るか反るかの大博打である。そうこうしている内に、TOG・MK2が再び発砲。先頭を走るB1terに正確無比な射撃を撃ち込んでこれを撃破した。フロントから着弾の黒煙を上げてB1terがリタイアする横を、T69E3と三/四号中戦車が素早く通り抜けていく。

 

《ゴメーン。やられちゃった》

「お疲れ様です。怪我は!?」

《ないよー。心配してくれサーンキュ》

 東郷百合の言葉に神無月しおりはホッと胸を撫で下ろした。そんな彼女を双葉葵は優しく叱責する。

《しおりちゃーん。今はそれ所じゃないっしょー》

「すみません。どうしても…」

《ま、それがしおりちゃんの良い所なんだけどさー。青島、TOGの足を狙って!》

 

 T69E3の限定旋回砲塔が旋回し、狙いを定める。76.2mm砲が発砲し、砲弾を送り込むも、側面装甲に接触、火花を撒き散らして弾かれた。TOG・MK2は尚も続けて発砲。突撃を敢行するT69E3のやや前方に着弾。地面を耕し、土を辺りに撒き散らした。

《会長ー!スコープに土が被って前が見えませんー!》

《やっば!?田宮、右、右!続けて左!》

 T69E3のドライバーをしている田宮恵理子の悲鳴を聞いて、双葉葵は必死に彼女をナビゲートしようとする。しかし、精彩を欠いてしまったT69E3の動きは17ポンド砲を避けきれず、再び正面装甲に砲弾がクリンヒット。リタイア。

 

《ごめんしおりちゃん。後宜しくー》

「任せて下さい。霧島さん、頑張って避けて!」

「あいよ」

「明海さん、煙幕弾の残弾残り幾つですか!?」

「もう2発しかないよ、しおりん!」

 直ぐに残りの砲弾を数えた明海に、しおりは静かに頷いた。

「北村さん、TOGに向かって煙幕弾を撃って下さい!」

「この速度で行進間射撃か…難しいが…やって見せよう!」

「明海さん、煙幕弾装填!続けて次弾も煙幕弾!最後に高速徹甲弾!」

「任せて!」

「5シュトリヒぐらいだから650mって所か…!」

 砲弾が放たれ、煙幕弾がTOG・MK2目掛けて飛んでゆく。砲塔装甲前面の上に接触、弾かれる。次弾装填。大島明海は必死の思いで重たい砲弾を出来るだけ素早く薬室に送り込み、装填する。砲尾閉鎖。装填手安全装置オン。直ぐ様に隣に置いておいた高速徹甲弾へと手を伸ばす。カレラは振動と自車の速度の誤差を脳内で再計算し、照準を修正。発砲。煙幕弾は弧を描いてTOG・MK2の砲塔根元に着弾。同時にTOG・MK2も発砲。17ポンド砲が三/四号中戦車の砲塔側面に接触。火花を散らした。

 

「着弾なるも損害不明!」

「再装填、急いで!三/四号は!?」

「煙幕で見えません!」

「左旋回、急いで!三/四号は恐らく左から来るわ!私達の右には塹壕があるもの」

 TOG・MK2はその巨体を電動モーターで駆動させて、大きさに見合わぬ意外な滑らかさで旋回する。側面を晒してしまえばお終いだ。TOG・MK2は確かに重装甲の部類であるが、最早三/四号の必殺の間合いに入り込まれてしまっている。

「おいでなさいな!」

 ローズマリーが叫んだその瞬間、ドライバーのペリスコープに、ちらりと目の前を左から右に動く物体が見えた。そして運転手の少女は悲鳴を上げる。

「三/四号が右に!?」

 次の瞬間、TOG・MK2に衝撃が襲い掛かる。爆発音がローズマリーの耳に届いた。

 

 寸前の勝利だった。正に勝つか負けるか。三/四号は砲塔が故障。旋回が出来なくなってしまっていた。自車は相手から見て左側に位置しており、そのまま吶喊するのは危険と判断したしおりは霧島に左旋回を行う事を指示。塹壕スレスレの大回りを行い、TOG・MK2の右側面に到達すると右旋回を指示。砲塔を装甲に対してほぼ正対させるとTOG・MK2のエンジンルームを撃ち抜いた。黒煙を上げてその動きを止めた巨大なオールドギャングは、満身創痍の少女達の前に終に白旗を晒した。

《播磨女学園の、勝利!》

 二度目の勝利の無線が、播磨女学園の少女達の耳に届いた。無線機から少女達の歓声が湧きあがる。

 

「やーもー、今回は生きた心地がしなかったよー…17ポンド砲怖すぎー…」

 装填手席に座り込んだ大島明海はやれやれとばかりに大きな溜息を付いた。しおりにしたってそうだ。前回といい、今回といい、何時でもハラハラさせられる。しかし、疲れに反して心中に沸きあがる充実感はとても大きな物だった。

《しおりちゃーん、お疲れー。いやー三/四号が被弾した時はやられたか!?って心配になったよー》

 無線機で双葉葵が労いと心配の言葉を送ってくる。確かにそうだ。しおり自身もまた、あの時の砲塔部への被弾には負けを覚悟した。だが運命の女神は偶然にも三/四号に味方したのである。砲塔故障と言うギリギリの対価を支払わせて。

「…お疲れ、三/四号…」

 キューポラから身を乗り出して、砲塔左側面部に大きな擦り傷を残した三/四号の砲塔を、しおりはそっと撫でた。貴方のお陰で、私は力を出す事が出来た。貴方のお陰で、また勝利を得る事が出来た。皆が喜んでくれる勝利が…

 

「やれやれ。見事に負けてしまいましたわ」

 不意にしおりの耳を言葉が擽った。見れば、ローズマリーがクルーの少女を従えてこちらに歩いてくる。

「機動力の不利は承知でも、勝利するつもりはあったんですのよ?私達」

「その…色々と勉強になりました。斥候が囮役だったなんて…」

 三/四号から地面に降り立ったしおりはローズマリーに向かって心中を打ち明けた。その傍らで、双葉葵もそっとしおりに向かって駆けつけてくる。きっと彼女は何か、大事な話をするのかもしれないと思ったのだろう。

「楽しかったわ。神無月しおりさん。可愛げの無いと言われる神無月流の人らしくない…良い戦いだったわ」

「……あの、その……」

「あら、何か…?」

「…私は、神無月流が、嫌いなので…」

 言葉を濁したしおりは、おずおずと呟いた。

 

「まぁ…それは、失礼な事を言ってしまったかしら」

「…いいんです。私は…どう足掻いても、神無月の家の物だから…」

「……顔をお上げなさい?しおりさん」

 ローズマリーはそう言うと、彼女の頬と肩を労わる様にそっと撫でて、優しく呟いた。

「家柄や血縁とは確かに強い力を持つ物だわ。でも…貴女の戦車道は、貴女と、貴女の仲間達が作るのよ。戦車道は他人が決める物ではない。誰にも決める権利なんてないわ。唯一、それが出来るのは、貴女自身なのよ」

「…私が…戦車道を…作る…?」

「えぇ。貴女自身が。そして、貴女はきっと、素敵な戦車道を見つける事が出来るわ。これからも、貴女と共に歩んでくれる素敵な仲間達と、ずっと戦車道を続ける限り。貴女の心が、貴女だけの戦車道を求める限り」

「……はい」

 

 ローズマリーの優しい言葉はまるでしおりの心に染み入るようで、彼女は静かに頷いた。唇が自然と、笑っていたかもしれない。それは小さな笑みだったが、何故か、零れ出したのだ。心の中から。

「本当、貴女は素敵で、同時に不思議な人ね。まるで魔女みたい」

「…魔女…?」

「えぇ。御伽噺の中の魔女。艶やかな黒い髪に神秘的なルビーの様に赤い瞳。そしてあの手この手で私達を惑わしてくる。まるで魔法でも使われたんじゃないかしら、って思う程にね」

「ええねぇ。魔女。しおりちゃんは播磨に勝利を運んでくれる、勝利の魔女だよ!」

 横で静かに話を聞いていた双葉葵がうんうんと頷き、納得した。

「ふふ…播磨の魔女、ね。素敵だわ。そう名乗っては如何?しおりさん」

「…播磨の、魔女…」

 その言葉は何故だか酷くくすぐったかったが、しかし…なんとなく、しおりの心に馴染んだ。

「…悪くない、かも…しれない…」

「そう。おめでとう。貴女は今生まれたのよ。播磨の魔女として。これからも、よい戦車道をして頂戴ね?魔女さん」

「…はい…」

「最後にだけども…カトリーナ?」

 

 カトリーナと呼ばれた、金髪で亜麻色の瞳の少女が小さな木箱を持って現れた。

「これは私達の親愛の印よ。受け取って頂戴」

 品の良い木箱を受け取ったしおりはそっと蓋を開けると、中には可愛らしいティーカップのセットが入っていた。しおりは今まで見た事のない、上品な茶器にそっと息を飲み込んだ。

「グロリアーナの猿真似、と言う訳では無いけれど…是非貴女達とそのティーセットでお茶会をしたいわ。時間が出来たら遊びに来て頂戴ね。聖・バーラム学院は友人を何時でも歓迎しているから。無論、私達も播磨へ遊びに行くから」

「…はい。お待ちしてます」

「じゃぁね。新しく出来た、私の大事な友人さん。またお会いしましょう」

 

 そう言うと彼女ローズマリーはしおりの空いている手を取ると、そっと小さく口付けをした。

 やがて戦車回収車が現れ、それぞれの戦車が無事に回収されると聖・バーラム学院は静かに去っていった。悠々と帰っていく彼女達の姿を見送りながら、神無月しおりは呟いた。

「…私…戦車道で、友達が出来るなんて…思わなかった」

「しおりちゃん…」

 彼女の言葉は、裏返せば痛々しい言葉である。そう、今までの彼女には、戦車道で友達など出来る物では無かったのだ。それを理解して、双葉葵はそっと背中を撫でた。

 

「…でも…今日、友達が、出来ちゃった…」

「そうだね。きっと、前に戦車道をした、モスカウ文化高校のサーシャだって、しおりちゃんの事、大切な友達だって思ってるよ。断言できる」

「…双葉さん…私、判らないんです…今、私の中にある気持ちは…嬉しいって、気持ちなのに…何故か、涙が出てきて…涙が、止められなくて…なんで、嬉しいのに…心も、身体も、痛くないのに…涙が、出るんですか…?」

 ほろほろと涙を頬に流す少女を、双葉葵はそっとその胸に抱きしめた。

 

「大丈夫。大丈夫だから…しおりちゃんは、何も可笑しくないよ。人はね。嬉しい時も涙が出るんだから…だから、安心して泣いていいんだよ。今のしおりちゃんは、とても正しい。友達が出来て、嬉しいんだ」

 双葉葵は神無月しおりを抱きしめながらに思う。嗚呼、本当にいじらしい。そして本当に儚くて、なんて脆い少女なのだろう。友達が出来た事に喜び、そして喜びの涙が理解出来ずに戸惑うなんて。願わくば、彼女がもっと、喜び、笑って上げられる様にしてあげたい。この美少女に、飛び切りの笑顔を咲かせてあげたいと、強く思った。

 

 

 日が落ちて、気温がゆっくりと下がり始める。肌寒い風が肌を撫でて行くが、冬の様な寒さはもう無い。季節はゆっくりと初夏へと歩んでいた。少女は青春を過ごしていく。初めての経験、初めての感情に戸惑いながらも、一歩一歩、確かに歩んでいった。それは掛け替えの無い時間。極彩色の、大切な思い出。

 

 少女が初めて喜びに泣いた日は、これからの人生の彼女を言い表す、魔女の名前を冠した最初の一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

登場戦車一覧

・播磨所学園側 新車種。

 

・T-34長砲身57mm砲装備型

砲塔を1943年型のキューポラ付きナット砲塔に交換し、砲身長73口径のZiS-4・57mm対戦車砲に載せ変えた物。

 

・ルノーB1ter

重装甲で有名なルノーB1Bisを更に改良した物。「Ter」とは三番目を意味する。左右側面の装甲は傾斜装甲に改められ、B1Bisまでは弱点とされていた側面のエンジングリルが無くなり弱さを克服。車体砲も改良され僅かながら左右へと首振りが出来る様になっている。今回、播磨女学園で行われた車体砲の乗せ換え改造は実在の物ではないが、75mm長砲身砲を車体砲に搭載したソミュアSAu 40こと、ソミュア自走砲型の改造を参考に筆者が考案した物である。

 

 

・聖・バーラム学院

 

・TOG・MK1

第一次世界大戦後にイギリスが開発した超重戦車である。

聖・バーラム学院の物は左右のケースメイト砲にそれぞれ一門の2ポンド砲を装備しているタイプである。

また、エンジンと油圧駆動系を強化。機動力や旋回性能を向上させている。

午後のお茶を飲める様にポットが追加されている。

 

・TOG・MK2

第一次世界大戦後にイギリスが開発した超重戦車である。TOG・MK1の改良型。

サスペンションを強化した他、より強力なエンジンと電動モーターを装備し、機動力や旋回性能を向上させている。

TOG・MK1と同じく、午後のお茶を飲める様にポットが追加されている。

 

・巡航戦車カヴェナンター

恐怖の蒸し風呂戦車であるが、聖・バーラム学院のカヴェナンターは冷却系パイプに独自の改良を施してある。魔法瓶の様に真空二層構造の冷却パイプを使用。断熱材を接続部などに巻きつける等の改造で搭乗者のストレスを大分軽減させている。その他、ラジエータには強制冷却ファンを追加装備し、エンジンの出力向上とそれに伴うギアボックスやサスペンションの改良を行っている。

 

・歩兵戦車ヴァリアント

実際に製造された唯一の試作車から操縦装置の問題点を洗い出し、改造を行った上で再生産された物。基本的には既存の歩兵戦車の操縦装置を元に当車両を操縦するに当って便利な様に改造されている。鈍重である為、機動力を向上させる為にエンジンの出力向上とそれに伴うギアボックスとサスペンションの改良を行っている。

 

 

 

オマケ・コードネーム『シスターズ』について。

聖・バーラム学院でのTOGに割り振られるコードネーム。車両の名前の元にもなった、第一次世界大戦中に戦車開発の中心にいた人々を現す「The Old Gang」と言う名前に敬意を表して『シスターズ』(御姉様)と名付けられる事になる。また、第一次世界大戦ルールの戦車道競技に聖・バーラム学院が出場する際、菱形戦車にはより高位の『エルダーズ』(小母様、または長老)と言うコードネームが割り振られた。彼女達の戦車への愛情が伺える次第である。

 

 

 

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