【Girls-und-Panzer】 砲声のカデンツァ   作:三式伊吹

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・代償の果てに得られる物は。真実の果てに暴かれる物は。


ep.5

 

 

 

 

 

 梅雨の中、執り行われたヒストリカルゲーム。役者としての振る舞いを要求された神無月しおりは酷く疲れきっていた。

 三日間にも及ぶお祭り騒ぎの後の事、神無月しおりは思いを巡らせる。戦車道のあり方を。自分のあり方を。

 答えはまだ出ない。いや、出せないで居る。ズキズキと痛む右腕の幻肢痛が、まるでそれを訴えかけるかの様に。

 

 

 汽車は走る。少女達を乗せて。汽車は走る。戦車を載せて。暫くもすれば、梅雨は終わり、初夏になるだろう。

 時の移ろいは少女の心の移ろいでもあった。しかしそれを知る者は誰も居ない。

 神無月しおりは今暫くの間だけ、友人の温もりに甘えていた。何が来るとも知らずに。

 

 

 

【Girls-und-Panzer】

 砲声のカデンツァ

 第五話:ヴィジテッド…シェル・リロード

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日の事だった。学園艦が久しぶりに本拠地の播磨へと寄港する事となった。久しぶりの播磨への寄港と相成って少女達が交わす会話は楽しげに盛り上がっていた。

曰く、実家に顔を見せたいだの。近くの街で買い物がしたいだの、会いたい人が居るだのと、それこそ話題の枚挙に暇が無い。転校生の神無月しおりにとっては、「そうなのか」程度の出来事であったが。

 

 

 そして夕方。茜色にその船体を染めながら播磨女学園はゆっくりと接岸した。するとどうだろうか。播磨の学園艦寄港ポートの一角に、既に先客と思しき学園艦が居るではないか。その艦影は嘗ての戦争で使われたと言う、ガトー級潜水艦に酷似していた。夕日の最中、それをジッと見つめていた中嶋奏は少女らに説明した。

 

 

「あれは艦番からして、カーチスライト学園ですね。アメリカ系の学園艦の中では小さい部類ですが、学園艦ごとの個性が強いらしいですよ? 史実のガトー級宜しくいっぱい作られた学園艦ですからねぇ。あと他の学園艦と比べて比較的小さいから色んな港にも入港しやすいんだとかー」

 彼女の説明に、少女達は感心するようにへぇー…と漏らした。

「奏っち、船の番号も覚えてるの? すごいねー」

「いやぁ、それほどでもないですよぉ。艦番の隣に校章のマークも描かれてましたし」

 大島明海による賞賛の言葉に、彼女は照れ臭そうに答えた。

 

 

 

 

 

 少女達が接岸してからの日程にワイワイと喜ぶ最中、播磨女学園の戦車隊はと言うと、街の振興パレードとして駆り出される事となった。

「いやぁー。折角の本拠地やしねー。それに地元の人達にこんなに頑張ってまーすってアピールしたり、地元の部品メーカーとか企業とかにも

 ウチらが使ってる戦車に対する良いコマーシャルになるからさー。搭乗体験会とかもやって、未来の戦車乗りを育てようって画策もあるわけー。あとお祭りみたいなもんやから、屋台も出せて学園艦にとっては一石二鳥、ならぬ三鳥! なんつってー」

 双葉葵の正直な言葉に少女達はくすくすと笑った。ブイ。とばかりにVサインを少女らに向ける中、神無月しおりはぼんやりとしていた。

 

 

 パレードか…そう言えば前にも一度した事があったっけ…あの時はドライバーだったけれども…と。今回は間違いなく、先頭に立たされるのだろうな…と考える。先日のヒストリカルゲームがそうであった様に。

 

 

 

 

 

 やがて夕日も海の向こう側へと沈んでいき、夜の帳が降りる頃。ぼんやりとラジオを聴きながら本を読んでいた神無月しおりの携帯電話にメールが入った。送信者は…双葉葵だった。

『こんな時間に悪いけど、ちょっち戦車の格納庫にまで来てくれない? 正門はあけてあるから』

 神無月しおりは『わかりました』とメールを返信すると、いそいそとアパートを抜け出し、愛用のバイクに跨る。既に暗くなった播磨女学園の門は確かに開いていた。傍らには風紀委員がパイプ椅子に腰掛けながらタブレットPCを弄っている。

 

 

「待ってたわ。早く生徒会長との用件を終らせて頂戴」

「すみません。お邪魔して…」

「別に良いわよ。食券って言う報酬を貰ってるから」

 手をヒラヒラとさせる風紀委員を他所に、神無月しおりは校内へと入っていった。そしてグラウンドの傍らに存在する、戦車の格納庫までバイクを走らせ、エンジンを止めた。静寂が、辺りを包み込む。僅かな光が戦車の格納庫の扉から漏れ出ていた。

「失礼します…神無月です」

「ああ、待ってたよーしおりちゃん」

 双葉葵は三/四号戦車の砲塔の背中に寄りかかっていた。

 

 

「しおりちゃんにはとても感謝してるよ。一杯迷惑もかけちゃったけど、ね。だけど…どうしても話しておきたい事があったんよね」

「…話しておきたい、事…?」

 双葉葵はそう呟きながら、三/四号戦車の砲塔を小さく撫でた。まるで慈しむ様に。同時に何かを懐かしむかの様に。

「そう。知って欲しいのは『前任者』の事」

「『前任者』…」

 神無月しおりはふと思い出した。それはこの学園艦で戦車道を始める時の事、久留間舞子が述べていた事を。『うちの学校には戦車道の隊長はんが居てはったと聞いてたんどすけども』と…

「…確か、久留間さんがそんな事を話してましたよね…?」

 

 

「そうそう。久留間ちゃんのあの言葉には正直言ってビクーッてなったねぇ。あれ、すっごい薮蛇だったからさー」

 たははとばかりに苦笑を零す双葉葵に、この人は何時も苦笑を零しているな…と神無月しおりは思った。

「『前任者』って言うんはね…名前を『羽黒しずく』って言う女の子だったんだ。本来は、この三/四戦車に乗って、指揮を執る筈やった子なんだ。去年入学してきた、一年生だった。華奢で小さな体で、戦車隊を引っ張ってたんだ。勝ったり負けたり、色々あったけどね…だけど…」

 双葉葵は一度、言葉を区切り、天井を見上げた。白熱灯の照明の光が少し眩しかった。

 

 

「彼女、生まれつき体が弱かったんよね。凄い儚げな少女だった。しおりちゃんもそうだけど、彼女…しずくはもっと、まるでそう…指先が触れるだけで壊れそうなぐらい、線が細くて…とてもか弱い女の子だった。戦車道をする度に体は弱っていって、その容態は悪化の一歩を辿ってたんだ。だけども彼女は戦車に乗りたがった。戦車だけが私の生きがいだからって言って。最後には、寝たきりになっちゃってさ…」

 双葉葵はふぅ…と溜息を付いて、再びゆっくりと三/四号の砲塔を撫でた。

 

 

「そして死んじゃったんよね…新学期の夜。入学式の夜。ひっそりと心臓麻痺で…」

「…死んだ…」

 まるで現実味が無い。友人を病死で亡くしたと言う事が。それも戦車道をやり続けた果てに。だけども…神無月しおりには、双葉葵が酷く寂しげなのがよく分かった。きっと彼女にとって、大切な友人か、それに類する存在だったのだろう、と…

 たはは…と少女は苦笑する。まただ。貴女はそうやって、辛い事を我慢してる。神無月しおりはそう思った。「安らかな顔だったよ」と双葉葵は何処か寂しげに言う。そして…

 

 

「あたしはさぁ、今改めて思うんよね…あの夜、しずくが逝っちゃったのは、しおりちゃんに全てを託して逝っちゃったんじゃないかって」

 嗚呼、これで播磨の戦車道は安泰だ。ってきっと何か精神的な物で分かったんじゃないかな。って…

「…私に、託す…?」

「まぁ、あたしの勝手な憶測だけどねん」

 こんな与太話につき合わせてごめんねぇ。と言葉を発する双葉葵に、神無月しおりは俯いた。

「しおりちゃん…?」

 俯く後輩の姿に、双葉葵はどうしたの? とばかりに名前を呼ぶが…

 

 

「…もし、託されたのだとしたら…それは…託す相手を間違えてると…思います」

 神無月しおりの発する言葉は、震えていた。涙声だと言っても良い程だった。

「だって…だって、私は化け物だから。ただのケダモノだから…!」

 小さく、小さく声を荒げて、神無月しおりは涙をぽろりと零した。

「ちょっ…しおりちゃん!? 待って!」

「Gute Nacht …おやすみなさい…っ!」

 そう答えると神無月しおりは倉庫の外へと走り出していった。直後、バイクのエンジン音が響き、遠のいていく…

 

 

 葵は思考する。彼女の言葉の意味を。彼女の真意を。だけども、意味が分からない。

「化け物…? ケダモノ…? どゆこと…?」

 以前には、居場所が欲しいと言われ、今度はまるで突き放す様に自分はケダモノだと言う。全くもって正反対の言葉と行動に葵は困惑した。しかし、双葉葵はふと気が付ついた。

 

 

 神無月の流派。常在戦場、大胆不敵、見敵必殺。悪評さえ噂に聞くその戦いぶり。しおりのマシ-ンの様な思考。徐々に双葉葵の頭の中で、神無月流を、神無月しおりを構成するピ-スがはまってゆく。

 何故、神無月しおりはあんなにも戦車道を最初は嫌がって居たのか。何故「私が指揮を執っても恨まないで」と言ったのか。最後のピ-スの存在と、意味さえ分かれば、答えは出るはずだ。だがそれは同時に末恐ろしい何かを見いだしてしまうのでは無いかと、双葉葵は不安になった。

 

 

 

 

 

 

 翌日の事。学園艦から現れた戦車隊によるパレードは功を奏した。隊列を組み、広場では空砲さえも撃った。その迫力に一般市民は興奮し、歓声を上げた。

 詰め掛ける多くの人々に、キューポラから体を出していた神無月しおりはそっと手を振って回った。大島明海による、事前の入れ知恵である。

「無理に笑わなくて良いから、観客の人達に手を振ってあげてね? しおりんは顔が良いから、きっと大丈夫」

 

 

 事実、民衆は口々に言った。なんて凛々しい少女だろう。なんて美しい少女だろう。何処かのお嬢様か? と。その熱狂振りに、神無月しおりは少し押され気味だったのは、言うまでもない。

「しおり君は今や播磨のアイドルと言っても良いからね」

 三/四号の砲塔の射手ハッチから身を乗り出していた北村カレラにそう言われ、キョトンとする。

「ああ…つまりは、人気者って意味さ」

 人気者…こんな私が…? と心の中で神無月しおりは首をかしげた。

 

 

 戦車しかとりえのない私が何故人気なのか、さっぱり分からなかった。

 上手く笑う事も出来ない。体は傷塗れ。他人が容易く出来る事も出来ない。常識も所々欠けている。愚図で、播磨の学園艦に着てからは泣いてばかりの自分が何故、人気者なのだろうかと。

 その後、予定外のインタビューが突然入ってきた。曰く戦車道雑誌の者だと言う。双葉葵はボヤいた。

「お兄さーん。アポイントメントって言う言葉知ってるー? 一言インタビューしたいんですけどって言ってくれたら、ウチの隊長だって迷惑がかからずに済んだんだからさぁ。ウチの隊長、口下手の恥かしがり屋さんなんよ」

 

 

「いやぁすみません。生の言葉を取材したかった物で。お名前は神無月しおりさんで、お間違いなくって?」

 インタビュワーの言葉に、神無月しおりはこくりと頷いた。こんなインタビューを受けるのは、何時も自分の姉達だったな。と思いながら…

「まず最初に、貴女達の勝利の秘訣とはなんでしょうか!?」

 最初の質問からして、神無月しおりは言葉に困った。勝利の秘訣…? なんだろうか、それは。

「ほらしおりん、何時もやってる奴…!」

 ひそひそと、大島明海が助け舟を出してくれた。そして嗚呼、と神無月しおりは気が付く。

 

 

「日々欠かさない練習と、同時に休養。そして仲間達との確かな連帯です」

「成る程! 正に播磨の魔女と呼ばれる事はある! しかし、休養とは…?」

「訓練に次ぐ訓練では、体が疲れきってしまうから。疲れきった体では、得られる物も得られません」

「成る程、成る程、では最後に、ズバリ、神無月さんは休日は何をしているのでしょうか!」

 この質問には酷く困った。なんて答えれば良いのか神無月しおりの頭では答えが出て来ない。

 その時不意に、つんつんと腕をつつく感覚があった。それは肘でつついてきた北村カレラだった。彼女は小さくウィンクする。ああ、そうか。

 

 

「友人達と、ゆっくり過ごしています。ご飯を食べに行ったり…映画を見たり…アパートに招かれたり…」

「何とも美しい学生生活ですなぁ! どうも、有難う御座いました!」

 そう言って、インタビュワーの男性は去っていった。

「やれやれだねー…全く。嗚呼言うのには困らされるよ」

 双葉葵の言葉に大島明海と北村カレラはうんうんと頷いた。

「正直に言って、どんな歪曲な表現に取られるか分かったもんじゃないからな。あの手のインタビューは」

「見なきゃいいのよ! そうしたら嫌な思いもする必要ないもん! ね、しおりん」

「ん…うん」

 

 

 斯くして、神無月しおりがインタビューを受けている間の事、霧島蓉子と中嶋奏は何をしていたかと言うと戦車の搭乗体験会に借り出されていた。

 霧島蓉子はボヤく、非正規戦車道の為にチューニングされた戦車で優しく運転するのはとても難しかったと。

 中嶋奏はと言うと、砲塔の後ろに設けられた体験搭乗の為の乗り場の上で解説に勤しんでいたと言う。子供達や興味のある大人たちからの質問攻めにそれはもう疲れたそうな。

 

 

 振興パレードを含めた一連のイベントは大きな問題が起きることもなく、万事が上手くいった。そして夕方。水平線の間際に太陽が沈みゆこうとする頃、少女達は疲れ果てた表情を必死に隠しながら、学園艦へと戻っていった。

 特に戦車隊としては播磨の戦車道チームとしての小さなプライドがあったからである。無様な姿は晒したくない。と言う…ほんのささやかなプライドが。

 

 

 

 

 

 

 翌日の事である。戦車の日常整備を行っている最中に突如、見慣れない戦車が学園艦へとやってきた。それもたったの一両で。

 それは嘗て戦ってきた学園艦の校章を付けておらず、鷹が日本刀を握り締めた様な厳ついイメージを思わせる校章であった。

「なんだなんだ、道場破りか?」

「道場破りって、普通は道場に行ってやるものちゃうんどすか?」

「いやまぁ、学園艦の一番上手な奴と戦って回るーって話も無くはないらしいけど…」

 少女達がやいのやいのと話し合っている中、校内放送が入った。

 

 

『神無月しおりさん。神無月しおりさん。お客様がお出でです。至急、グラウンドの戦車前までどうぞ。』

 この呼び出しに対して神無月しおりは薄々嫌な予感がしていた。爽やかな初夏の風が吹き抜けていく。だが、彼女の心はそれに反してどんよりと曇っていた。そして嫌な予感は確信へと変る。

 グラウンドに現れた戦車はかつて、見覚えのある車両だったから。それは38tNAだった。改良型の砲塔と5センチ砲を備えた強化型タイプである。

 

 

 砲塔のハッチから、少女が体を乗り出して、そして叫んだ。

「見つけた…漸く見つけた! しおり!」

「…鹿取舞さん…」

 少女、鹿取舞は嘗ての同級生であった。同時に、何度も同じ戦車に乗った事もあった。

「どうして、私達を放って行ってしまったんだ! 何の相談もなく!」

 少女は叫ぶ。きっと置いていかれたと思ったのだろう。心配する気持ちもあったのだろう。しかし…

「…相談って、一体何を…?」

 しおりの言葉に少女はぎょっとした。

 

 

「それは、戦車道の事とか…」

 言葉を詰まらせる鹿取舞に対して、神無月しおりは言葉を連ねていく。

「私は、分からなかった。相談するって言う言葉の意味も、行為も。あの時、あの学園で過ごす意味も、あの学園に居続ける意味も。そして、あの時は、大嫌いな、勝つ事しか考えてない戦車道を辞めたくて仕方なかった」

 神無月しおりの最後の言葉に、鹿取舞はピクリと反応した。まるで燃え盛る石炭の様に顔を赤くして。

 

 

「じゃあ、何故今、戦車道をやっている!」

 彼女の指摘に、神無月しおりはゆっくりと答えた。言葉を違えない様に、一字一句、ゆっくりと。

「友達が、出来たから。私の、居場所が出来たから。ここが、私の帰る場所だから。皆と楽しい戦車道が、出来るから…」

「私は、友達じゃなかったって事か!? 甲斐女学園は、お前の居場所では無かったと!?」

 鹿島舞のその言葉に、神無月しおりはゆっくりと首を横に振りながら、ただ静かに溜息をついた。それは疲れた溜息でもあったし、悲しみを含んだ溜息でもあった。

 

 

「甲斐学園の貴女達は、皆戦士だった。何時だって、戦車、戦車、戦車で…友達とは呼べない…息苦しくて、仕方が無かった。私は…ちょっと戦車が好きな位の、普通の女の子? になりたかった…」

「うぐ、ぅ…」

 事実を指摘され、神無月しおりの本音を語られ、鹿取舞が呻くのをよそ目に、神無月しおりは言葉を続けた。この学園であった事を。

 

 

「…貴女達は、皆でご飯を食べに行ったりした…? アパートに招かれたり、食事会に招かれたりは…? 私が泣いている時、何も言わずに肩を貸してくれた? 私が幻視痛で苦しんでるとき、助けてくれた…?」

「それ、は…」

 そう。出来なかった。否、『しなかった』事なのだ。全て。いや、しようと思えば出来た物を、甲斐女学園の彼女らはしなかったのだ。神無月しおりに手を差し伸べると言う事を。何も。

 

 

「…皆、私の為にしてくれた。こんな不器用な私の為に…こんな、こんな出来損ないの化け物みたいな私に!」

 神無月しおりは叫んだ。心からの叫びだった。涙声でさえあった。その叫び言葉を聞いて…否、叫び声が聞こえた双葉葵は眉を顰めた。

 まただ。彼女は言った。自分の事を『化け物』と呼んだ。何故そこまで自分を卑下するのか。傍らに立っていた仲間たちもざわつく。あの神無月しおりが、自分の事を『化け物』と呼んだ事に驚きを隠せずに。

 

 

 

「だったら…だったらお前のお友達とやらを呼んでみろ! 高々数ヶ月、戦車に乗った程度に過ぎないお友達を!」

 鹿取舞は意地になって、本心でもない事を口にした。それが災いを呼ぶとも知らずに…。

「…私でも、分かる。私の友達を…馬鹿にしたね…?」

 神無月しおりの頭の中で何かがブツリと切れた音がした。ルビーの様に美しいハズの瞳が、まるで地獄の業火の様にさえ感じられた。ぞっとするぐらい、怒りに満ち溢れた目で神無月しおりは嘗ての同級生、鹿取舞を見つめたのだった。

 

 

「会長さん…戦車、借ります…三/四号を。悪いけど皆、付き合って貰って良いかな…?」

「えっと、しおりん…どうするつもり…?」

 大島明海の言葉に神無月しおりは淡々と、だがハッキリとした意思で答えた。

「一対一で戦います。そして、私の過去を清算する…」

「過去を清算する、って…」

 大島明海はまるで神無月しおりらしくもない言葉に、自分の言葉を詰まらせた。

「あの子は嘗ては私の戦友ではあったけど、今はそうじゃない。私の居場所は此処であって、私の友達は…此処にいるから。それに…友達を侮辱されて許せる訳が無い…」

 

 

 

「…仕方無い。離縁状を叩きつけるのを手伝うかぁ」

 北村カレラはやれやれとばかりに答えた。そして言葉を連ねる。

「ま、それに私達の事を馬鹿にされたって言うのも癪だしね」

「あたしも乗る。三/四号の試運転だ。実戦を兼ねた方が都合が良い」

 霧島蓉子が滑らかな動きでドライバーズシートに乗りこみ、エンジンを始動させた。工業科と学園艦の機械屋が手掛けてくれたマイバッハV型12気筒エンジンの心地良い音が響き渡る。

「えーっと…38tNAの貴重なデータを直接見るチャンスですから!」

 中嶋奏は無理やりにでも理由をつけて、無線手席へと潜り込んだ。

「…明海さんはどうする…? 私の私闘に付き合う必要は…」

 大島明海は僅かに考え込み、そしてくわっと目を見開いた。

 

 

「いいや、ある! しおりんが友達を馬鹿にされて怒ったように、私もしおりんを馬鹿にされて許せる訳がないよっ!  絶対、けちょんけちょんにしてやるんだから!」

 ふんす、と鼻息も荒く装填手席へと潜り込んでいく大島明海の姿に、神無月しおりは小さく笑った。

 

 

 

 

 

 三/四号戦車と38tNAが練習エリアへと場所を移す。その間にも、戦車道に興味のある一般の生徒や、そして播磨女学園の戦車道メンバーが観覧席へと足を運んだ。

 そんな中、双葉葵は生徒会長としてこの私闘を見守る為に戦いの合図を知らせる為のシグナル拳銃を握っていた。手が震えている。何故だ。しおりちゃん達の技術なら早々負けるハズは無いのに。『恐ろしく嫌な予感が』する。

 

 

 …対して、三/四号戦車の中は冷え切っていた。物理的にではない。だが、背筋がぞっとするぐらい寒かった。その寒さの原因はひとえに神無月しおりの冷え切った怒りが満ち溢れていたからに他ならない。

 戦車に乗る前は、ただ怒っていただけだと思っていた仲間達だったが、それに気が付いた瞬間、神無月しおりからオーラの様な物を感じ取っていた。

 

 

「明海さん。初弾、榴弾。次発も榴弾」 予想だにしない指示に、明海は驚いた。

「中嶋さんは車載機銃で相手ドライバーのペリスコープを狙ってください。ドライバーの邪魔が出来ます。カレラさん。相手は斜めに動いてくると思いますが一発でしとめて。

 砲塔のペリスコープの間。車長らの視界を奪います。霧島さん、全力で突っ込んで。すれ違う寸前に180度ターン。方向は任せます。ブレーキを思い切りかけて、戦車を前屈さるぐらい確り減速させてください。

 戦車をターンさせた後、カレラさんは敵の履帯を破壊。三発目、明海さんは徹甲弾を装填。足を止めた所で主砲をへし折ります。最後の四発目、徹甲弾でケリをつけます」

 

 

 淡々とした指示だった。だが逆らいようの無い何かを感じさせた。まるでそう、少女達の体が神無月しおりの意志に取り込まれたかの様に。それは彼女の、神無月しおりの暗黒面とも言える所業であった。

「それじゃぁ、始めるよー」

 試合を知らせるシグナルフレアが空に放たれ、ポンッと間の抜けた花火の様な音が響く。

「パンツァーフォー。指示通りに動いて。敵、左に移動、砲塔左旋回、射撃用意…撃て。中嶋さん、指示通りに」

 

 

 合図と共に三/四号戦車は全速力で駆け出した。対して軽量な車体を生かして加速しようとする38tNAは速攻で出鼻を挫かれる事と成った。

 三/四号戦車の左側面に回り込むつもりが相手の車体機銃でドライバーの視界を邪魔され、その隙に的確な射撃で砲塔のペリスコープにヒビを入れられた。歪んだ視界では状況が把握できない。

「左旋回! 急いで!」

 

 

 鹿島舞がそう叫ぶが、既にもう遅い。180度ターンを終えて前屈する程にブレーキをかけた三/四号戦車の目の前には38tNAの履帯があった。狙いを殆ど修正する必要も無いぐらいに。

 神無月しおりの指示に北村カレラはゾッとした。そしてトリガーを引く。榴弾が放たれ、38tNAの履帯と車輪がやられた。少女にはまるで神無月しおりが預言者か何かの様にさえ思えた。

「相手の足は潰しました。次、徹甲弾。敵の砲塔側面に出て主砲を折ります」

 

 

「…あのさ、しおりん…やりすぎじゃ…ヒッ…!」

 大島明海は小さく悲鳴を零した。そこに居たのは神無月しおり等ではなく…本物の魔女であったから。怒りと同時に冷静さを兼ね備えた、恐ろしいオーラを放つ少女であったから。

「攻撃手段が残る以上、此方が負ける可能性はありますから…」

 観客が見守る瞬間、バキィンッ! と甲高い金属音が響いた。それは戦車の砲身が砲弾によってへし折られた事を意味した。

 ゴロンゴロン、と歪にひん曲がった砲身が地面に転がっていく。三/四号戦車の無線機に声が響いた。

 

 

『こんの…! 鬼! 悪魔! 人でなし!』

 鹿島舞の容赦の無い罵声に対して、神無月しおりは淡々と答えた。

「貴女が私の友達を侮辱するなら、私は喜んで悪魔になる。私は…ケダモノだから」

 その声を聞いた誰しもが恐ろしいと感じる程の冷たい声で神無月しおりは言い捨てる。そして…終演の砲声が轟いた。

 ドォンッ!と砲声が鳴り響く。側面からの無修正距離射撃が放たれるや否や、38tNAはドンガラガッシャン!! と派手に横転した。

 

 

 

 

 

 試合とも呼べぬ戦いが終った後、三/四号戦車に仲間達が近付いてきた。しかし、それは神無月しおりの勝利を祝い喜ぶ為の物ではなかった。皆、表情が何処か曇っていたり、険しかった。

「あのさぁ…えっと、私達の事を侮辱されて怒ったのは分かるけど…ちょっとやりすぎなんじゃない?」

 柿原セリカが恐る恐る、そう言って見せた。その言葉に東郷百合も続く。

「なんだか隊長ちゃんの戦い方、見てて怖かったよ。なんて言うか…そう! 悪い意味で全力だった」

 そしてバウムガルト・桜もまた、言葉を連ねた。

 

 

「一体全体、どうしたと言うのだ。何時もの心優しく、凛々しい隊長らしくもない…嫌に怖い、オーラを出してまで…」

「あ! 私も見た! まるで鬼火みたいな青いオーラ!」

「うちも見たで。なんかえらい怖いオーラを…」

 戦車道チームの皆が、口々に揃えて言う。青いオーラを見た。まるで鬼火の様だった、と…。それに対して神無月しおりは俯き、言葉を小さく発した。

「…ごめんなさい…ごめんなさい…私は…どうしても…皆を馬鹿にされたのが許せなくって…だから…ごめんなさい…」

 

 

 神無月しおりの言葉に、仲間達は黙りこくった。それ程までに、この少女は私達の為に怒り狂ったのか、と。たとえ相手を徹底的に捻じ伏せる程に、怒り狂っていたのかと。

 その間の事…

 …試合の最初から最後までの間、神無月しおりの容赦ない戦いぶりを見学しながら、無線を傍受していた双葉葵は身震いした。

 ついに見つけた。ついに見つけてしまった。見つけたくなかった最後のピースを。

 

 

 これが、神無月流か。これが常在戦場、大胆不敵、見敵必殺をモットーとする神無月流の真実か…!

  八島七瀬の言葉を思い出す。『己の身を一本の刀の様に研ぎ澄ませて、戦いの中に身を置く事しか出来ない』と。

 エリザベド・ガリマールの言葉を思い出す。『鬼火を纏った神無月の戦車には気を付けろ。睨む瞳は魔眼の瞳、食らい付かれれば無事では済まない』と…

 全ての言葉が、符合する。いや、符合してしまったと言わざるを得ない。

 

 

 神無月しおりが度々自分の事を化け物であるとか、ケダモノであると言った理由がこれかと、双葉葵は恐怖のあまり身震いした。

 神無月流…なんて恐ろしい流派だ。正真正銘、相手を捻じ伏せる戦い方を教え込まれた、戦車道の化け物を作り上げる流派か !と…

 

 

 

 

 その後、横転した38tNAの中から這い出してくる鹿取舞に対して、神無月しおりは今なお、ジッと冷たい目線で見つめていた。鹿取舞は申し訳なさそうな表情で、言葉を紡いだ。

「…悪かったわよ…貴女の友達、侮辱したりして…神無月流の事を差し引いても、貴女達は立派に強かったわ」

 悔しくも正直に謝罪と感想を述べた香取舞に対して、神無月しおりの怒りのオーラはすっと消えた。

「なら、良いの。…頭、怪我してる…」

 あれ程怒り狂っていた神無月しおりはそう言うと、香取舞の手を取り、戦車の中から助け出してやると、ハンカチで流血を拭いてあげた。

 

 

その様子を見て、鹿取舞は少し唖然としながらも、小さく笑った。

「本当、変ったのね貴女。もう昔の貴女じゃぁないわ」

「…そうかな…?」

「そうよ。昔の貴女だったら、自分のハンカチなんて使わなかった。味気の無い医療キットで済ませてた。

 まぁ…医療的には後者の方が正しいんでしょうけど。それでも貴女は変ったと言わざるを得ないわね…良かったわね。普通の女の子に近付く事が出来て」

 嫌味のない、優しい言葉だった。同時に、少し寂しげでもあった。

 

 

 

 ズタボロに破壊された38tNAを回収車のトラックに乗せて、少女達は学園艦を立ち去っていく。なんとも準備が良い。

 それとも鹿取舞は、少なからずやられる事を見越していたのだろうか?彼女は去り際に、神無月しおりと三/四号戦車のクルー達に可愛げのある捨て台詞を投げていった。

「今度会うときは、あなたの友人、全員連れて来なさいよ。待ってるから。私達のチームで全力でお相手してあげる」

「…勿論…その時が、来たら」

 神無月しおりがそう言うと、鹿取舞はクスリと笑い「出して頂戴」と言うと、回収車のトラックを走らせた。

 

 

 

 

 

 騒乱に塗れた午前は終わり、午後になった頃…その日の午後、各戦車の車長を担当する少女達は使われていない教室にヒッソリと集まっていた。

 朝の出来事に対して語り合う為に。神無月しおりの行動に対して語り合う為に。

「朝にも言いましたけど、隊長はん。幾らなんでもアレはやり過ぎやったと思うて…なぁ? オマケに自分の事、バケモノ言うてましたし…」

 久留間舞子が何処か困った様な、苦々しい表情で呟いた。

「私達を馬鹿にされて怒る気持ちは分かりますけれども…バケモノって言えば、あの戦いぶりは鬼気迫る戦いぶりでした」

 

 

 五十鈴佳奈も同様に、困った様に呟いた。とてもではないが、普段の神無月しおりとは思えなかった。

「最早殺戮だ。あれでは武道ではない。道を外れてしまっている。まるでオーガだ…アレではな」

 バウムガルト・桜は憤慨する様に呟いた。確かに自分達を思っての行動だと理解は出来たのだが。

「あんまりにも、あんまりだよねぇ…特に最後なんて、鬼畜の所業だったじゃん?」

 

 

 東郷百合が心配そうに呟いた。神無月しおりの行いは、レース活動で言えば他のライバルを物理的に容赦なく蹴落としたに等しい。横転した38tNAを見て、ミニバイクでレースを行っていた東郷百合にはそう感じられた。

「それともう一つ」

 柿原セリカが手を上げて少女らの視線を集める。

 

 

「改めて言うが、何か…フィクションで言う所の、鬼火の様な物が三/四号から見えて無かったか?」

「あ! 私も!」

「私も見た! ゆらゆら~って漂ってるの!」

 東郷百合と五十鈴佳奈も同意した。

「鬼火と言うか、オーラと言うべきか…」

 バウムガルト・桜は考え込むように呟いた。

「あの鬼火、何かしおりさんと関係ある気がするんですよね…」

 

 

 五十鈴佳奈は自信なさそうに、そう呟いた。

「容赦の無い戦い方と?」

「多分…」

 バウムガルト・桜の問いかけに五十鈴佳奈は根拠のない返事を零した。結局の所、少女達の考察は、推測の域を出なかった。ただ分かる事は「何時もの神無月しおりでは無かった」と言う事。

 不慣れな『普通の少女』としての生活におどおどとしていて、まるで何処かのお姫様かと思わせる容姿でありながら、一度戦車に乗るとハキハキと指示を出す、あの凛々しくも何処か抜けていて可愛げのある少女では無かった。と言う事であった。

 

 

 

 

 

 

 波乱と困惑に満ちた一日を終えたその翌日。神無月しおりと大島明海は街へと出かけていた。大島明海は理由は語らずに友人をショッピングへと誘ったが、彼女が少しでも普通の女の子に近付いてくれれば良いなと思っての事だった。

 …そう。今思い出しても背筋に悪寒が走る。ぞっとするぐらい怖かったのだ。神無月しおりの出す冷たいオーラが。

 

 

 きっと、あの時一緒に三/四号戦車に搭乗した皆もそう思っているハズである。まるでそれは、神無月しおりを含めて搭乗員全員が機械の、戦車の一部にされてしまったかの様な、異様な支配力があった。

 そんな事が、普通の女の子にあって良い訳がない。そして忘れさせてあげたいと大島明海は思ったのだ。ショッピングモールを渡り歩き、ウィンドウショッピングを楽しむ大島明海と、彼女に手を引かれる神無月しおり。

 

 

 服飾店に入り、店員と大島明海によって服装をコーディネートされれば、どんな服もよく似合った。一足早い夏のワンピース服も、ゴシック服も、ふんわりとしたジャンパースカートに、ジーンズにジャケットと言うラフな格好もよく似合った。

「あーもー、しおりん素材が良いから何着ても似合うー! どれにしよぉ!?」

「ふぇ…もう、疲れた…」

 

 

 着せ替え人形の如く、とっかえひっかえ衣服を着替えさせられ、神無月しおりは疲れ果てた。

「よし! これもいってみよー! フェミニンな感じの奴!」

「もうやだ…助けて…」

「だーめー! これも『女の子のお洒落道』、だよ!」

「うぅ…」

 普通の女の子とはこんなにも苦労する物なのか、と神無月しおりは心の中で少しゲッソリとした。

 

 大島明海の事は好いているが、北村カレラや霧島蓉子の様な、気を使わなくて良い相手の方が楽だとしみじみと思った。

 そして神無月しおりは思いもしなかっただろう。服装を決め終わったら今度はアクセサリーを決める時間が待っていた、と。

 

 

 

 結局の所、神無月しおりのヒラヒラしたスカートやレースの付いた豪奢な服には抵抗感と恥かしさが有った為、無難なツーピースの服装や、ゆったりとしたワンピースに決まった。

 それだけでも十分に何処かのお嬢様の様に見えた。そして恥かしいと思う神無月しおりの感情はある意味少女らしくもあったが、同時に戦う事しか出来ない彼女に対して僅かな悲しさを大島明海に感じさせた。

 

 

 買い物の最中、お手洗いをしたいと言う事で、神無月しおりは大島明海と別れた。個室で一息の休息を取る。普通の女の子になるのは、とても大変な事なのだなぁ…等と何処か達観めいた事を考えていた。

 お手洗いから戻ってきた神無月しおりだったが、はて、近くに居た筈の大島明海の姿が無い。何処へ行ったのだろうかと辺りを見渡すと、少し離れた所で大島明海が見知らぬ二人の少女に絡まれているのを見つけた。

 

 

「だから、嫌だってば! 一緒に遊びに来た子が居るんです!」

「良いじゃん良いじゃん。その子も誘ってアタイらと遊ぼうよ」

「きっと楽しい時間になるよぉ。ケヒヒッ」

「嫌だって言ってるじゃない!」

 見るからに不良少女だと神無月しおりは理解した。そして駆け出す。すいすいと道行く人をすり抜けて。

 

 

「しおりん!」

「おっ! すげぇベッピンじゃん! うわっ!?」

 神無月しおりは咄嗟に大島明海の手を掴んでいない相手に足払いを仕掛けた。そして驚いた隙に大島明海の手を離したもう一人の不良少女に対して一本背負いで投げ飛ばした。神無月しおりの素早い行動に周囲は騒然となる。不良少女達は呻きながら立ち上がってきた。

 

 

「痛てて…こんの、クソアマがぁ!」

「調子に乗って付け上がりやがって!」

 まさに絵に描いた様な不良だと言わんばかりに、二人の少女はバリソンナイフを取り出し、神無月しおりと応戦しようとした。

 だが、それよりも早く、神無月しおりは腰に吊るしていたホルスターからモーゼルM712を抜きかけた。しかし彼女がモーゼルM712を抜くのを途中で辞めたのは、不良少女を咎める、よくとおる良い声が聞こえてきたからである。

 

 

「こらぁー!! あんた達ー!」

「げっ。『委員長さま』だ、逃げろ逃げろ」

「へっ! 命拾いしたな! お前ら! あばよっ」

 まるで絵に描いた様な捨て台詞を吐きながら、二人の不良少女は立ち去って行った。

 突然の出来事にポカンとしながらも、金髪をポニーテールに纏めて、そばかすが可愛らしい少女が走って駆け寄る。

 

 

「危ない所だったわねぇ。そしてごめんなさい! ウチの航空科はヤクザな子が多くって…本当にゴメン!」

 頭を下げながら謝る少女に困惑しながらも、神無月しおりはモーゼルM712のグリップを手放せないでいた。それは警戒が解けないからではなく、一度握ってしまったが故に、危険と言うシグナルから来る緊張が解れないのだ。それに気が付いた少女は努めて優しく言葉をかけた。

 

 

「ああ、だめだめ! そんな危ない物しまって! 幾ら自衛の為だからって、発砲したら警察が飛んできちゃうわ! ね? はい、ゆーっくり、ゆーっくり。もう大丈夫だから。悪い不良はお姉さんが追い払ったから。ね…?」

 優しい説得の言葉に、神無月しおりはゆっくりとモーゼルM712のグリップから手を離し、ホルスターに収めた。

 

 その様子を見て、大島明海と見知らぬ少女はホッと胸を撫でおろした。

「て言うかしおりん、なーんかごっつい皮で出来た小さなバックをベルトに通してるなーって思ったら、護身用拳銃持ってきてたの?! びっくりしたー」

「そうそう。こんな市街地で発砲したら大騒ぎ間違いなしよ? それにしても良かった。貴女がいい人で。丁度お昼時よね? 迷惑かけちゃったお詫びにお昼を奢るわ。そこのハンバーガー屋で良い? 美味しいわよ」

 

 

「あっ…すいません。ご馳走になります」

「…なります」

 ぺこりと会釈する大島明海に神無月しおりはそれに倣った。

「ふふっ。お嬢様の方は口下手なのかしら? 可愛いけど。ささ。レッツゴー!」

 

 

 

 

 

 そして二人は少女に促されるままにハンバーガー屋へと入っていった。学園艦の中に入っているハンバーガー屋とは雰囲気が全然違うのだなぁ…と神無月しおりは思った。

 学園艦の中のハンバーガー屋は落ち着いた雰囲気の店だったが、この店は俗に言うアメリカンな雰囲気の溢れる場所であった。神無月しおりの言葉を借りれば、ワイルドな店、であろう。

 

 

「先ず、改めてごめんなさい! 後であの子達はコッテリと叱っておくから。そりゃもう嫌って言うぐらいお仕置きしとくから! 本当に貴女達に怪我が無くてよかったわぁ。あと連れて行かれなかったのも。ウチの学園の性質の悪い子なんて、人の居ない所に連れ込んではそりゃもう言葉に出来ない事をするんだから…」

 

 

 やれやれ、とばかりに少女は語る。学園艦によってその風紀は様々なんだ。と大島明海はしみじみと思った。そうこうして居る内に、ハンバーガーとポテトとジュースのセットがやってきた。値段の割にビッグなサイズに神無月しおりは少し驚いた。

「ほらほら。熱々のウチに召し上がれ♪ 此処、ウチの学園艦が出資してるお店なのよ。気に入って貰えると嬉しいのだけど」

 

 

「はぁい。頂きます」

「Mahlzeit.(頂きます)」

「あら、ドイツ語? ますますお嬢様みたいね! 可愛い」

「何このハンバーガー、美味しいっ! そういえばしおりん、時々ドイツ語使うよねー。前に居てた学校の影響? ってあぁ、ほっぺたにケチャップ付いてる。んもう、ドジっ子さんだなぁしおりんったら」

 そう言いながら大島明海は神無月しおりの頬についたケチャップを紙ナプキンで拭いてあげた。

 

 

「…Lecker (美味しい)」

「はい? レッカー? レッカーってレッカー車の事?」

「…違う。美味しいって意味」

「ほえー。なるほどー。ドイツ語ってこう、難しい! ってイメージあるけど、簡単な単語もあるのねぇ」

 等と、二人のほのぼのとしたやりとりを眺めていて、ウンウンと幸せそうにポテトを摘まんでいた少女はふとした事に気が付いた。

「ああそうだ! 名前、名乗ってなかったわよね。ジェーン・フォードよ。気軽に呼んでね」

 

 

「大島明海! 宜しくねジェーン」

「……神無月しおり。宜しく」

 その名前を聞いた途端、目の前の少女はガタッと椅子から立ち上がり、驚いた表情で神無月しおりを見つめた。

「貴女が、あの播磨の魔女の!? 噂は聞いてるわ! 色んな学校と戦って、勝ち続けてるって! 会えて嬉しい! ね、ね。握手しましょ、握手!」

「え、あ、ぅ…えっと、はい…」

「きゃぁああ! もう今日は何かしら。女神様の思し召しかしらね!?」

 

 

 握手を交わすとジェーン・フォードは嬉しさのあまりブンブンと手を振った。そのパワフルな行動に神無月しおりはタジタジであった。

 「戦車道新聞とか、雑誌で何度も見かけたけど、やっぱり写真よりも何倍も可愛いわね貴女! 今日はおめかしして、そちらの彼女とデート? いいわねぇ…青春してて」

 ジェーン・フォードはほっこりと呟く。同時に、羨ましいなぁとばかりに。「私にも素敵な彼女が居たらなぁ…」とボヤいて。

 

 

「そうだ! こうして出会ったのも何かの縁だから、戦車戦しない? ウチの学園艦も戦車を持ってるの! 日取りは貴女の所の会長さんと調整するから! ね? ね?」

 ジェーン・フォードの言葉に、神無月しおりは暫くの間、うーんと悩んだ。人当たりも良いし、見るからに優しい人だ。大島明海と何処か似た様な空気を感じる。それにガラの悪い不良も追い払ってくれた。変な戦いを仕掛けてきたりはしないだろうと思い、そして…

「…ウチの会長がイエスと言うなら」

 

 

 神無月しおりは、ジェーン・フォードからの提案を飲んだ。その言葉を聞いて彼女は感涙、とばかりに目を潤ませ、喜びを露にする。

「サンキュー! 本当にありがとう!」

 ジェーン・フォードは立ち上がるとテーブル越しに神無月しおりを思い切りハグした。大島明海はジェーン・フォードの服が汚れないようにと咄嗟にハンバーガー達をテーブルの横に逃がした。神無月しおりは顔に当たる柔らかな食感に既視感を覚える。…嗚呼、この感覚は東郷百合に出会ったその日にハグされた時だ、と彼女は思い出した。

 

 

 

 

 

 やがて、港町が夕日に染まる頃、神無月しおりと大島明海は、ジェーン・フォードと別れた。それぞれの学園艦へと帰る為に。

「良い子だったね。ジェーンさん」

「うん…明美さんみたいだった」

「えーっ。私あんなにアグレッシブでパワフルじゃないよぉ?」

「…ふふっ」

 大島明海の言葉に神無月しおりは小さく笑った。

 

 

 彼女の頭の中では言葉で上手く説明出来ないが、似た者同士はお互いの似ている所を理解できないのだ、と言う事にくすくすと笑った。

「もー。しおりんったら笑っちゃって…ま。それはさておき。それじゃあ帰ろっか。私達の学園艦に」

「うん…帰ろう。私達の学園艦(帰る場所)に」

 二人は夕暮れの港町を歩いていく。ゆっくりと、その日一日の出来事をかみしめる様に。新たな出会いに対して小さな高揚感を感じながら。遠くて近くに見える、大きな学園艦を目指して。

 

 

 

 

 

 

 日々は流れ、初夏の風の心地いい日々がすっかりと鬱陶しい梅雨の雨の記憶を忘れさせてくれる頃。カーチスライト学園との非正規戦車道の試合が無事に組まれた。そしてその日の戦車道の訓練を終えて帰宅した神無月しおりはパソコンを起動させた。

 最低限の使い方は知っていた物の、取り扱いが不安だった彼女はメカに詳しい中島奏にレクチャーを頼んだ。神無月しおりは目的のソフトウェアを起動させる。それはメッセンジャーソフトであった。

 

 

 しおり:『カーチスライト学園を誰かご存知ですか』

 神無月しおりはカタカタとキーボードを打ち込む。何処となく映画で見たタイプライタを彷彿とさせて、小気味が良かった。暫くして画面を見てみると返信が帰ってきていた。

 サーシャ:『カーチスライト? 聞いたことないわね』

 エリザベド:『残念ながらあたくしも。マリー? 貴女は聞いた事がありまして?』

 

 

 神無月しおりは考える。それ程までにマイナーな学園なのだろうかと。もしかしたら、あの色んな意味で巨大な事で有名なサンダース大学付属高校が有名すぎるだけなのだろうかと。そして再び返信が帰ってきた。

 マリー:『噂に少しだけ。面白い戦車を集めてるんですって』

 エリザベド:『アメリカの主力戦車ってよくも悪くもM4ばかりでしょう? 何を出してくるやら…』

 

 

 エリザベド・ガリマールの言葉も尤もだ。量産型戦車としてはあまりにも生産性と性能のバランスが取れており、また多数の派生戦車を生み出して、改良に次ぐ改良の結果、他国の様に様々な戦車を開発する事が無かったぐらいの名戦車、M4シャーマン。勿論、決してシャーマンだけで嘗てのアメリカは戦争に勝とうと思った訳では無い。幾つもの試作戦車や、より強力なパーシングと言った存在もあるのだから。神無月しおりは暫し悩んだが、戦ってみるまでどうにもならない。と結論づけた。

 

 

 しおり:『皆さん、情報提供ありがとうございます』

 サーシャ:『今度の試合、皆で見に行きますからね。ご健闘を』

 エリザベド:『貴女の戦い、楽しみに待っていてよ!』

 マリー:『エリザベド? 興奮して紅茶を零さないでね?』

 エリザベド:『なっ…! それは秘密にして下さいましと言ったでしょう?』

 少女達の他愛もないやりとりに、神無月しおりはくすりと笑った。そして最後の文章を打ち込む。

 

 

しおり:『それでは、おやすみなさい…Gute Nacht 』

マリー:『グッナイ。良い夜を』

エリザベド:『Bonne nuit!』

サーシャ:『Спокойной ночи (おやすみなさい)』

 そして少女達は眠りに就いた。これからの未来に起きる出来事に小さくドキドキしながら。

 

 

 

 

 やがて、試合の予定日がやってきた。何時もの様に列車に戦車を載せて、何時もの様に少女達は特別編成の汽車に揺られる。仮眠を経て、窓から朝日を浴び、朝食を摂ってはパンツァージャケットに着替える。最早日常の一部と化した行動だった。

 戦車を列車から下ろし、会場までの道をゆっくりと走る。神無月しおりは知らず知らずの内に、この会場までゆっくりと走る時間が好きになっていた。すれ違う人々に、小さく手を振って。それは心境の変化なのかもしれない。

 

 

 そして試合会場の運営本部拠点に到着した。

「全車両、一列横隊にて駐車。駐車完了後、各車両は戦車の最終確認をお願いします。整備担当の方々に任せきりにならないように」

 9両の戦車達が、微塵の乱れもなく整列する。観客は物珍しさや楽しさでカメラで撮影したり、写真を撮ったりしていた。そんな最中、近付いてくる人影があった。

「シオリー! 会いたかったわー!」

「ひゃっ!? …その声は、もしかして…ジェーンさん?」

 

 

 突然の背中からのハグに驚きながらも、神無月しおりは聞き覚えのある声に応えた。

「大正解ー! えへへー今日の試合、楽しみにしてたわよ」

「それは、どうも…」

「あれ? もしかして乗り気じゃない? それともお姉さん迷惑だった…?」

「いえ、あの、違うくて…」

「ジェーンさんジェーンさん! しおりん口下手なの! ゆっくり話してあげて!」

 

 

 砲弾の最終確認を行っていた大島明海は三/四号戦車からそう叫んだ。そしてジェーン・フォードは頷き返す。

「それで、どうだった?」

 彼女は優しく、短く、ゆっくりと神無月しおりに語り掛けた。まるで聖母の如く。

「…楽しみに、してました。面白い戦車を…持ってるって聞いて…」

「そっか! そう言って貰えて何よりだわ! 戦車のチェックが終わったら、私達のパドックに着て頂戴な。軽食とドリンク、振舞ってあげるから!」

 

 

 そう言って、ジェーン・フォードが立ち去ろうとするや否や、ギョッとした表情でとある戦車を見つめた。

「T69E3!? 何でこんなレア物駆逐戦車がある訳!? それも三両も!! キャーッ!!」

 最終整備を行っていた整備員と戦車クルーは抱き着いてくるジェーン・フォードにとても吃驚した。双葉葵は彼女の行動にタハハ…と苦笑する。よもやこのマイナーで良く分からない駆逐戦車をこんなにも愛してやまない人物が居るとは、と。

 

 

「えーっと、喜んでる所悪いんやけどジェーンちゃん? いちおー最終整備してる最中やからさー…危ないよ?」

 双葉葵の言葉にジェーン・フォードはハッとなってオリーブドラブ色の装甲に頬擦りするのを止めた。

「ごめんなさい! つい、ね? つい中々見かけない戦車だったから興奮しちゃって。嗚呼…欲しい位だわ…」

 熱の篭った視線でT69E3を見つめる視線に、双葉葵の苦笑は止まらない。

 

 

「悪いけど、こー見えてもウチの主力の一角を担う大事な戦車やからね~。それにトレードしようって言われても困るし。あたしもこの戦車に愛着持っちゃってるんでねぇ」

 そう言いながら、双葉葵はとんとん、と戦車の装甲を撫でた。もう既に何度も一緒になって死線を潜り抜けてきたのだ。今更手放すなんて、出来やしないのだ。この戦車は大切な『戦友』なのだから。

 

 

「良いの良いの! 見れただけで幸せだから! 本当サンクス! 今日の試合を組んでくれて! それじゃぁまた後でね!」

「はいよぉー」

 斯くして両校の隊長、副隊長は相まみえた。しかし、その裏で…

 

 

 

 

 

 

「コマンダンテ。一つ話があるのだが…」

 神無月しおりの元に、バウムガルト・桜がやってきた。はて、何事だろうと小さく首を傾げる。

「先日の事だ。あの恐ろしい戦いぶり…あれのお蔭で皆が不信がっている。コマンダンテが『道』を外れたのでは無いかと…」

 そう語るバウムガルト・桜は何処か心苦しそうでもあったし、同時に心配そうでもあった。そして答えを待った。

「…私は、あんな戦いを、しないよ…」

 

 

 俯き、神無月しおりはそう答えた。

「『アレ』は私の『道』じゃない…アレは『神無月流』の『道』だから…でも、あの時はどうしても許せなくて…」

 震えた声で語る神無月しおり。それは恐怖している様でもあった。

「あんな戦い方…! したくなった…! だけど、だけど…! 私の血がそうさせた…! 神無月の教えが『叩き潰せ』と私の体に命じた…! 嫌で嫌で仕方が無いのに…! 逃げられたと思ってたのに、逃げられない…!」

「コマンダンテ…」

 

 

 ボロボロと涙を零す神無月しおりを、バウムガルト・桜はそっと抱きしめた。

「つまり、本意では無いのだな…?」

 神無月しおりは、静かに頷いた。抱きしめられた腕の中で。

「もっと教えておくれ。コマンダンテ。『アレ』は如何して起きてしまったんだ…?」

 優しく、バウムガルト・桜は問いかけた。そっと神無月しおりの背中を撫でながら。

「…怒りに、心が染まった時…戦えと脅迫された時…『アレ』は起きる…」

「…そうか…よく分かった…」

 

 

 バウムガルト・桜は神無月しおりを抱きしめていた腕を、そっと開放した。そして微笑む。

「やはりコマンダンテはコマンダンテだ。優しいお人だ。優しさの余り、オーガになってしまう位に、な…」

「…オーガ…」

「話は付いた。私から皆に語っておこう。あの暴虐は不本意であったと。神無月の教えがそうさせたのだと」

「だったら、尚更…私が…」

 不意に、神無月しおりは涙の滲む目尻をハンカチで拭かれた。

「貴女は口下手だろう。コマンダンテ。それに、貴女は我らが播磨女学園の戦車道チームの隊長だ。パドックに呼ばれて居ただろう? 行ってきたまえ」

 

 

「Ja…(はい)」

「宜しい」

 そしてバウムガルト・桜は神無月しおりを送り出していった…その後、少しして…

「聞いていただろう。お前達」

 ガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえ、のそのそと4人の戦車長たちが現れた。

「全く、盗み聞きとはふしだらな。私が話を聞いてくると言ったではないか」

「でーもぉー! やっぱ気に成るじゃーん!」

 東郷百合がぶーぶーと不満の声を上げた。それに久留間舞子が続く。

 

 

「しおりはんの事、どないしても気に成ったさかい。ねぇ…?」

「にしても、神無月の教えねぇ…神無月流ってそんなにおっかない流派なワケ?」

 柿原セリカが頭をボリボリとかきながら疑問を口にした。それに五十鈴佳奈が答える。

「おっかないらしいですよ。軽く調べましたけども。正に先日、しおりさんがやらかした『アレ』みたいに」

「だが、彼女はソレを嫌がった。彼女はそれを否定したがっていた。逃げ出したいとまで言っていた」

 

 

 バウムガルト・桜が全員に言い聞かせる様に、ゆっくりと、しかしハッキリと言った。

「我らがコマンダンテはロクデナシの破壊神では無いと言う事だ。だが怒りに我を忘れた時、彼女は豹変する。だがそれは彼女の大切な『道』を違わせる事だ。それだけは決して在っては成らない。彼女が望む『道』が『我々と歩む道』である限り、私は彼女を守りたいと思う」

「最初から神無月と付き合いのあるあたし達三人はよぉく知ってるよ。神無月の『戦車道』はとても優しくて、だけども毅然とした、綺麗な戦車道だって」

 

 

「えぇ。本当。練習の内容だって、確りとした理由を立てて、実践してみせて、私達を此処まで導いてくれました」

「そうどすなぁ。しおりはん、ほんまに優しかったわぁ…」

「とどのつまりだ」

 バウムガルト・桜は言葉を締めようとする。

「我々のコマンダンテは、信用に値すると言う訳だ。そして私は願う。優しい彼女の『道』を、他の誰にも決して違えさせないと」

 

 

「そしてアレだろ? 怒りに我を忘れそうになった時、手を差し伸べてやる」

 柿原セリカが照れ臭そうに言った。

「優しいあの子を守ってやらんとねぇ。ねぇ? 五十鈴はん」

「えぇ。私達は彼女に此処まで導いて貰った。そして私達にも『道』を見出させてくれた。楽しい『戦車道』を」

「つーまーりー。隊長ちゃんの事を信じて背中預けて暴れてくれば良いってワケだ! あ、勿論隊長ちゃんの指示通りにね?」

 東郷百合の雑な発言に、皆はワハハと笑った。

 

 

「さて…そろそろ行こうか。我々もパドックに」

「喉渇いたー」

「小腹も空いたねぇ…」

「サンドイッチでもあるとええどすなぁ」

「あたし、フライドポテト食べたい」

「あんまり食べ過ぎて吐かないで下さいよ? クロムウェルは足が速いんですから」

「うっせぇ! 自分の胃袋ぐらいちゃんと管理出来るってーの!」

「うふふふ…」

「舞子、その含み笑い止めろよー。もう」

 少女達は談話を交わしながら、パドックへと歩いていった。

 

 

 

 

 一方その頃、パドックでは…一足先に着いた三/四号戦車のクルーと、双葉葵が辺りを見て回っていた。播磨女学園の女生徒達が出店を開く様に、カーチスライト学園の少女達もまた、出店を開いていた。

 出来立てを売りにするポップコーン。果汁100%のジュースや炭酸飲料。ホクホクのフライドポテトに、物珍しい物ではステーキを売りに出していた。

 

 

 それもワニ肉を使ったステーキを。物珍しさと意外と美味しいとの事で、列が出来る程だった。

 そして駐車場スペースには6両の戦車が並べられていた。中嶋奏にとってはこちらの方が目を引く存在だったであろう。何故なら全てが個性的であったから。それもそのハズ。6両の戦車はM4シャーマンでありながら、一つたりとて同じでは無かったから。

 

 

「わぁ! 鋳造車体! それに前面機銃の付いた試作型の車体まで! 溶接車体は勿論の事、初期型サスペンションのVVSSから

 改良型のHVSSサスペンション! それに…トーションバーサスペンションの試作品! もうシャーマン展示会ですね! 

 …でもなんで、てんでバラバラなんでしょう? それに全部105mm榴弾砲装備ですねぇ…」

「それはね! M4の拡張性と私達なりの個性を出したかったからよ!」

「ひゃわっ!」

 

 

 突然後ろから話しかけられた中嶋奏は驚いたが、声の主、ジェーン・フォードは至って楽しげだった。

「M4って色々と種類があるけれども、皆それぞれ普通のままじゃない? だから面白みに欠けるなーって思って、M4の拡張性を生かして改造してみた訳! 実際個性的で面白いでしょ? それにしても貴女、凄いメカ知識ね! ウチの学校に見学に来ない?」

「あはは…それ程でも無いですよぅ」

 

 

 中嶋奏に負けない程のジェーン・フォードの語りぶりに少女はたじたじに成りながらも、カーチスライト学園を見学するのも少し面白そうだなぁ…と考えていた。

「あのう…実は私、フィアット500に乗ってまして」

「チンクエチェント! 可愛い車よね! で…それがどうかしたの?」

 はてさてどうかしたのか? とばかりにジェーン・フォードは首を傾げた

 

 

「実はボディとシャーシの一部が錆びて腐っちゃって…私の学校の工業科の皆さんや工場を経営してるおじ様達は私達の戦車の整備に手を割いてくれていて、正直な所、修理をお願いするのが申し訳ないと言うか何と言うか…それにボディがボロボロのフィアットが可哀想で…」

 中嶋奏は正直に自分の愛車の状況を説明した。そのいじらしさと愛車を思う気持ちにジェーン・フォードはOh…と声を漏らした。そして彼女は中嶋奏の手を強く握る。

 

 

「是非ウチの学園艦にお邪魔して頂戴! 貴女のフィアット、ピッカピカの新車同然に仕上げてあげるから! 勿論ちょっぴりお金は貰うけど、ローン組んで良いし、金利なんて取らないわよ!」

「わぁ! 本当ですか!? 有難う御座います!」

「もっちろん! ウチの学園艦は車が大好きな子、一杯居るからね!」

 友人と、対戦校の隊長の微笑ましいそんなやり取りを眺めながら

 神無月しおりは無料で提供されたオレンジジュースを片手に、クラブハウスサンドイッチをゆっくりと咀嚼していた。

 

 

 色んな具が挟まれていて、表面を炙られていて美味しい。と少女は思った。サンドイッチを好んで作る神無月しおりは「こう言うサンドイッチもあるのか」と少し感心していた。

「しおりん、美味しい?」

同じくクラブハウスサンドイッチを食べながら微炭酸飲料を飲んでいた大島明海は少女に問いかけた。

「うん…美味しい…自分でも、作ってみたい」

「そっか、そっか!」

 

 

 神無月しおりの好印象に対して、大島明海はただただ嬉しそうだった。時を同じくして、クラブハウスサンドイッチをペロリとたいらげ、辺りを見学していた北村カレラの背中に声をかける存在があった。

「カレラ? カレラじゃない!」

 自らの名前を呼ぶ声に、北村カレラは驚きの表情で振り返った。

「エレノア! エレノア・クライスラーじゃないか! まさかこんな所で再会するなんて!」

「それはこっちの台詞よ! 元気にしてた? 随分と貴女、背が伸びたのね?」

「そう言う君は随分と可愛らしくなったじゃないか」

 

 

「もう! そうやって人を口説く癖は相変わらずなんだから」

 憤慨するような、しかし何処か懐かしむ様な声でエレノア・クライスラーは小さく笑った。

「北村さん、その子はどちら様?」

 大島明海は何やら楽しげに談笑する友人に素直に問いかけた。神無月しおりは相変わらずゆっくりとクラブハウスサンドイッチを咀嚼していた。

「ああ。中学生の頃の友人兼ライバルって奴でね。射撃大会で競い合った仲だよ。お互いに勝った負けたの繰り返しでね。良い思い出さ…」

 

 

「最後は貴女が勝利をもぎ取っていったじゃないの! あれには凄く悔しかったわ!」

「殆ど僅差だったろう? 私だって凄くハラハラしたんだから」

「それでも、勝利は勝利だわ。今日の戦車戦、必ず勝ってみせるんだから。楽しみにしててね!」

 にしし、とばかりに笑って「バァイ!」と去っていく少女に、北村カレラは手を振って見送った。

 

 

「やー…射撃部の特待生だって聞いてたけど、北村さんにこんな過去があったなんてねぇ…意外だわぁ」

「まぁ。色々あったのさ。色々と、ね…彼女に付き合ってくれと告白した事もあった」

「えぇっ!?」

 北村カレラの爆弾発言に大島明海は大変驚いた。少女同士が告白したからではなく、中学生と言う身空でありながら告白したと言う事に驚いたのだ。

 神無月しおりはキョトンとしながらジュースを啜っていた。

 

 

「まぁ、フラれちゃったけどね。『とても嬉しいけれど、貴女の気持ちには応えられない』って言われて」

「はぁ~…人生って何があるか分からないわぁ」

大島明海の言葉に、北村カレラはアハハと苦笑を零した。そうこうしている内に、播磨女学園のチームメイトも揃い、カーチスライト学園のパドックでは楽しげな歓談が行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 フィールドは、のどかな平原だった。所々に大きな藪と、古い建物が点在する場所だった。神無月しおりは昔見たヴィレル・ボカージュの様だな…と思っていた。藪からの不意打ちに気をつけたいと思いながら、改めて戦略を頭の中で修正し、練り直す。

 そうしている内に、間の抜けた花火の様なポンッと言う音が響き、白い煙が上がった。試合開始の合図である。今日の試合は殲滅戦であった。

 

 

「皆さん聞いてください。ソミュア、T-34、クロムウェルの三両を使って三方向に向けて偵察に出て貰います。相手の戦力はM4シャーマンの105mmが6両。

 残りの3両は未知数です。皆さん気をつけて行動して下さい。シャーマンファイアフライや76mmの長砲身シャーマンが出てくる可能性もあります。

 本隊は二列縦隊にて左右を警戒しながら前進。それでは、パンツァーフォー」

『了解!』

 

 

 元気の良い、何時もの返事が無線機に響く。神無月しおりは内心ホッとした。自分の思いが無事に皆に伝わった様で。…自分が嫌われたりしていない様で。

 播磨女学園戦車隊の本隊がゆっくりと前進する中、ソミュア、T-34、クロムウェルは藪やデコボコ道を抜けて偵察に回っていた。時折停車し、双眼鏡を使い周囲を見渡す。しかしどうして中々、敵の姿が見当たらない。どうした物だろうか。

 

 

「こちら、ソミュアの久留間どす。困った事に敵はんの姿は見えまへんなあ…いや、いてはった! 壊れかけた教会の中に3両! 種類は…暗おしてちょいとわかりまへんなあ…堪忍ねぇ」

『こちらT-34の五十鈴。此方も同じくね。敵影は無いわ』

 偵察班からの知らせに神無月しおりは眉を顰めた。

 

 

敵は一体何処に隠れているのか? 隠れている車両の正体とは? そしてまだ、柿原セリカからの連絡が無い。一番の快速を誇るクロムウェルに期待する他無いのだろうかと、少女が不安に駆られた瞬間、無線機が鳴った。

『此方クロムウェルの柿原! 本隊ヤバイぞ! 早く何かに隠れろ!』

 切羽詰った声が聞こえた。果たして彼女が見た物とは…?

 

 

 

 

 ……時間は僅かに巻き戻り、場所を移して……

 クロムウェルはその快速と小柄な車体を生かして藪の影に隠れながら全速力で突っ走っていた。エンジンは快調。柿原セリカはキューポラから身を乗り出して周囲を警戒しながら索敵行動を取っていた。装填手の串良漣は心配そうに呟く。

「セリカちゃん。真面目に索敵するのも良いけど、戦車から振り落とされたり怪我しないでよ? 前みたいに頭ぶつけて流血騒ぎなんてゴメンだからね?」

 

 

「心配するなって。だからこうしてちゃんとベルトフックで体を支えてるだろ?」

「それで逆に大怪我されたら堪った物じゃ無いけど…ふぅ」

 串良漣がやれやれとばかりに呟いた瞬間、柿原セリカは叫んだ。

「居たぞ! 左10時の方向! エンジン停止! あたしが見てくる。小型無線機貸して!」

「はいはーい。気をつけてね」

 

 

 柿原セリカは藪に隠れながらそっと相手の様子を伺った。数は6両。間違いない。パドックで見かけたM4シャーマンだ。だけど違う点も見受けられた。それは砲塔上部に設けられた箱型の物体で…M4シャーマンは砲塔を旋回させるとその野太い砲身を高々と掲げた。柿原セリカは直感で理解する。そしてその場を脱しながら無線機に叫んだ。

「此方クロムウェルの柿原! 本隊ヤバイぞ! 早く何かに隠れろ!」

 そしてその直後、柿原セリカの悪い予感は的中した。耳を劈く砲声の音と、次々に放たれる、強烈なロケット花火にも似た噴射音を。

 

 

 

 

 

「全車! 散開して前方の家屋の影に隠れて下さい! 何かが来ます!」

 エンジンが唸りをあげて戦車は加速する。危険を承知で神無月しおりは僅かにキューポラから頭を覗かせて空を見上げた。

「ロケットランチャー!? なんでそんな物が…! パドックに居た時は何も付けてなかったのに」

「多分、フィールドの中に隠していたんじゃないか? 小道具や仕掛けを用意しても良いのは正規の戦車道と同じだしな」

 

 

 霧島蓉子は淡々と語りながら、家屋の側面に三/四号戦車を滑り込ませた。遂にはヒュルルル…と飛翔物の落下してくる音が響いてきた。

「敵弾、来ます! 全車衝撃に備えて!」

 言うや否や、砲弾とロケット弾の雨が殆ど正確に降り注いできた。こんな攻撃は流石の神無月しおりでも初めての経験である。地面と戦車が揺さぶられ、まるで皆と見た映画の火山の噴火の様だとさえ思った。今はただ、耐えるしかない。

「しおりさん! 相手の情報が分かりました! 柿原さんが送ってきてくれた写真、T40ロケットランチャーです!」

 

 

「あんなに大きいのを、6両分も!?」

 道理でこの弾幕の雨が降り続けるのも納得であった。

『こちら柿原! 砲撃に紛れてM4シャーマンを2両食った! だけども発見されたから一旦逃げるぞ!』

「ありがとう御座います! この隙に体勢を立て直します!」

『了解! ああくそっ! 105mm砲怖えぇ!!』

 危険を顧みずに攻撃してくれた柿原セリカに神無月しおりはただただ感謝の気持ちで一杯だった。これで敵からの砲撃は暫く止む筈だ。

 

 だが、良い情報だけが飛び込んでくる訳も無く…

『こちらB1・Terの東郷! 隊長ちゃん、フロントスプロケットに直撃弾! 履帯破損!』

『こちらT69E3の三号車の四葉ヒカリ! エンジンルームに直撃! 攻撃が止み次第消火作業に入ります!』

 神無月しおりは理解する。恐らくT69E3の三号車は白旗が上がっているハズだと。B1・Terは履帯損傷。果たして動けるかどうか。

『隊長ちゃん、聞こえる!? あたし、諦めないから!!』

 

 

 すると威勢の良い声が無線機に響いた。東郷百合の声は、まだ闘志を失っていなかった。

「絶対に無理だけはしないで下さい! 怪我だけは絶対に!」

『分かってるって! 交信終わり!』

 その直後、東郷百合は砲撃が収まったのを静かに確認した。今がチャンスとばかりに、B1・Terの道具箱をガサゴソと漁り始める。

「一体何をする気なの、百合ちゃん!」

 B1・Terのドライバー、五月雨綾子は心配そうに応えた。

 

 

「修理するに決まってるでしょ!」

「でもどうやって? フロントスプロケット、グチャグチャだよ?」

 彼女は彼女はニヤリと笑いながら愛用の道具を手にした。

「戦車道のルールでも、使っちゃいけない修理道具に規定は無かったっしょ?」

 

 

 

 

 

 

 その頃…

「シオリは吃驚してくれているかしら? 戦いは前後左右だけじゃなくって、上からも来るって事」

 くすくすとジェーン・フォードは笑っていた。大きな戦車の上で。半壊した教会の中にその身を隠しながら。

 

 

 

 

 

 ロケットランチャーによる攻撃は弾切れを迎えて終わり、その代りに断続的に降り続ける砲弾の雨の中、神無月しおりは思った。おかしい。こんなに正確に間接射撃による攻撃が出来る訳が無い。何かが見ている筈だ。観測員が居ると。空を見上げてもバルーンの類は無かった。だとすれば…

「全車! この砲弾の雨の中を振り切って移動してください! 敵の偵察車両を探します!」

 

 

『偵察車両ったって…戦車はもう既に9両確認済みだぞ!? その内の2両は柿原が撃破してくれた。残りは7両だ』

「あります! ルールブックの片隅にも明言されている一つの方法が!」

すると無線が入った。

『こちらT-34の五十鈴! 小さなバイクを発見しました! 追跡中!』

「やっぱり、ウェルバイク…! 五十鈴さん! バイクの運転手に当てない様に機銃を撃って! 撃破判定になります!」

 

 

『こちら五十鈴、了解です!』 

 指示されるや否や、小さなバイクに対してT-34は大きく狙いを反らして機銃を放った。そしてゆっくりとウェルバイクは白旗を上げながら減速した。その横をT-34がズドドド…と音を立てて通り過ぎてゆく。

「よもや、こんなちっちゃなバイクが偵察に出てただなんて…」

「まるで信じられないわよね。反則に思えるくらいだわ」

 

 

 大淀歩美はやれやれとばかりにひき殺さないように注意しながら運転した。

『こちらT-34の五十鈴。小さなバイクを一両撃破。本当に居たわ、偵察車両』

「了解しました。それでは各車両へ通達します! 敵の偵察用ウェルバイクを殲滅します!」

 

 

 それは時間の掛かるちまちまとした作業だった。周囲を駆けずり回り、小さなバイクを探さなくては成らないのだから。ウェルバイクはとても小さく、藪の影に隠れては見失いそうになるのを必死に追いかけまわる破目になったのだから。

 

 

「にしても、こんな作戦ってありなの!? バイク持ち込んでくるなんて!」

大島明海のボヤキに対して中嶋奏が非正規戦車道のルールブックを片手に読み上げた。

「戦車の中に収容可能な小型バイクに限り、持ち込みは可能ってルールブックの片隅にありますよ! あと、直接バイクの搭乗者に攻撃しない事も。

 まぁ危険ですからねぇ… さておき、シャーマンは車内も広いし、ウェルバイクは小さいですから、こんな作戦が取れたんでしょうね。まぁ…小さすぎるタイヤは大きいのに変えてあるでしょうけど」

 

 

「にしてもしおり君はよくこんなルールを知っていた物だ」

「それ程でも、ない…結果論として、何かが居るって分かっただけだから」

 やがて大きな苦労の果てに、恐らくは全てのウェルバイクを駆逐し終えた時、丘の向こうからゴゴゴゴ…と言う地響きが鳴り響いた。それは妙に重厚感に溢れた音だった。

 

 

『こちらセリカ! 五十鈴と共同して105mmシャーマンの大半を撃破! だけど一匹逃げたぞ! 気をつけてくれ!』

 無線機に飛び込んできた知らせに、神無月しおりは「ありがとうございます。助かりました」と返事を返した。

「親玉とその家臣、到来か…」

 何時でも狙い打てるようにレンジファインダーを覗いていた柿原セリカに対して、クラッペ越しにじぃ…と見つめていた中嶋奏は驚いた表情を見せた。

 

 

「…いえ、あれはシャーマンじゃないです! あれは…M6重戦車にT23中戦車? 何てマニアックな!」

 神無月しおりは不味いと思った。M6重戦車はその図体の大きさの割りによく動くし、弱い側面はT23中戦車に守られている。シンプルながらも見事な布陣だった。

「気をつけて! あの3両は主砲が強力だから! シャーマンの76mm長砲身と同じ主砲です! 

 バウムガルドさん! 昼時の角度でM6を攻撃! パンターの主砲なら徹甲弾で正面装甲でも貫通出来る筈です! 残りは左右に散開! T23の注意を引きつつ、側面や後部を狙います!」

 

 

 

 こう来る事は分かっていたのか、ジェーン・フォード率いる敵は手ごわかった。交戦距離ギリギリを保ちつつ、互いに決定打に欠ける砲戦を繰り返す。押し勝つか? いや、押し負ける可能性だってある。

 ソミュアとクロムウェル、そしてT-34は今此処に居ない。B1・Terは行動不能、T69E3の三号車はやられてしまった。

 

 現状では事実上の3対4。正面装甲の厚いパンターを囮に突っ込むべきか? それとも無理にでも側面へと回り込むか?神無月しおりは悩んでいた。その瞬間の事である。

 藪の中から105mmシャーマンが顔を出した。三/四号戦車のすぐ近くの藪からだった。

「不味い! 霧島さん、後退して!」

 

 

 前進すれば敵の餌食だ。しかし同時に思う、今逃げ出せば側面の戦車にも攻撃が当たってしまうのではないかと。神無月しおりが僅かな時間の間、逡巡した時である。

『でやぁああああ!!』

 雄叫びを上げながら、ギャリギャリと悲鳴を上げる履帯でB1・Terが105mmシャーマンに体当たりを敢行した

 

 

「B1・Ter! でもどうやって!?」

『説明は後!セリカちゃん! 止めを!』

『了解!』

 東郷百合は如何にしてB1・Terを走らせる事に至ったか? それは愛用の工具、グラインダーを使って邪魔な欠損部位を切り落としたのだ。そして履帯を繋ぎ、無理矢理走らせたのである。正に荒業と言えよう。そして不意打ちを逃した105mmシャーマンにクロムウェルの75mm砲が吼えた。砲弾は易々と装甲に突き刺さり、M4シャーマンは白旗を上げる。

 

 

『後は頼んだぞ! 五十鈴!』

『任せて頂戴!』

 クロムウェルがシャーマン退治を行っている間に全速力で大きく回りこんだT-34は、M6重戦車の背後を取り、エンジンルーム目掛けて57mm砲を放った。鋭く、低伸弾道を描く砲弾は見事にM6重戦車のエンジンルームを食い破って見せた。

残りは僅かに二両のT23中戦車ばかり。その時の事だった。不意に無線機にノイズが走る。此方の無線に相手が乗ってきたのだ。

 

 

『こっちの勝ち目はもう薄い。だったらカレラ、久しぶりにやろうよ。ウェスタンゲーム』

「何そのゲーム」

 聞きなれない言葉に大島明海は北村カレラへと問うた。

「映画の西部劇に習ってね、互いに背中合わせになって、合図に合わせて振り向いてズドンってゲーム。戦車道の場合は、ぴったりとお尻をくっつけてからの零距離戦闘。エレノア。受けて立つよ…いいよね? しおり君」

「…私は別に構わない」

 

 

 

 

 戦車道では異端の、物珍しいゲームが始まろうとしていた。ゆっくりとバックし、互いに背中合わせになる戦車。少女達は今か今かと見守る。そして…スタートの号令が鳴った。

 二台の戦車は互いに旋回した。ガツンとぶつかり合い、その反作用で逆方向へと滑る。霧島蓉子はぶつかった反動を利用し、車体を即座に反転させてスピン。

 

 

T23中戦車との間合いを取る。北村カレラは砲塔を旋回させ、照準を付ける。がしかし、車体をぶつけられて狙いが逸れた。それは同時に相手にも言えた。ぶつかり合うマズルブレーキと車体、爆ぜるマズルフラッシュ。幾度と無く繰り返される戦車同士の鍔迫り合いの最中、少女は勝利を確信した。

 

 

「貰った!」

 北村カレラが叫ぶ。「ぁ…」砲声が鳴る。小さな声を掻き消すように。何かが潰れる音を掻き消す様に。

 ウェスタンゲームの勝敗は、見事にカレラの勝利に終った。T23中戦車のターレットリングに突き刺さった砲弾が見事に相手の白旗を立てさせた。車内は勝利に沸き立った。…だが、ポタポタと何かが滴る音が響く。

 

 

「勝ったよ! しおり…しおりん!?」

 車長席に蹲る神無月しおりは左目を抑えていた。右目からはぼろぼろと涙を。左目からは痛々しい血を流して。

「あわわ…!」

 余りの惨状に、思考が停止する中嶋奏を霧島蓉子は叱責した。

「馬鹿! 中嶋! 運営本部の救護班を無線で呼べ!」

 

 

「は…はい! 此方播磨女学園三/四号戦車! 重傷者発生! 直ちに救護の要請を願います! 繰り返します! 三/四号戦車に重傷者発生!」

 騒然となった車内で、少女はぽつり、ぽつりと呟く。「痛い…いたい、よ…」と…

「しっかりして、しおりん! 大丈夫だから!」

「あ、ぁ…そん、な…! こんな事って…!」

 

 

 絶句し、顔面が蒼白になった北村カレラに大島明海は檄を飛ばした。

「北村さん! 呆けてないでしおりんの体を支えてあげて! 戦車から出さないと! ああもう! シュルツェンが邪魔!!」

 装填手ハッチを空けて、大島明海は渾身のキックをシュルツェンに何度も叩き込み、蹴り破った。そして神無月しおりをそっと戦車の中から運び出した。やがてすっ飛んで来た救急車のストレッチャーに乗せられ、少女は直ぐ様病院へと運ばれていった。

 

 

「大島明海さん!」

「あ…アレクサンドラさん! それに皆も!」

 観客席から駆けつけた少女達に、大島明海はどう答えた物かと思い悩んだ。

「シオリチカ、目を押さえていたけれど…」

「……うん……どうなってるのか、分からない。正直、不安でしょうがない、よ…」

 大島明海は、自分の体を抱きしめた。今になって恐怖が襲ってくる。神無月しおりは、大丈夫なのだろうかと。

 

 

「あの…大島明海さん、だったわよね…?」

 ジェーン・フォードが恐る恐る尋ねて来る。

「本当にごめんなさい! ウチのチームメイトが、あんな過激なゲームをやったりしなければ…!」

「そんな…! ……だって…戦車道に、危険は付き物だか、ら…」

 ふと思い出す。神無月しおりの言葉を。『戦車って結構しんどいし…怪我だってするかも…』

 

 

 怪我…あれが、怪我…? いいや、あれはもう怪我の範疇じゃない。あれは最早重傷だ。怪我と言うのは、そう…もっと浅いもので……

「…しおりん、あの子、一体如何して…!」

 思い浮かぶのは傷塗れの彼女の体。大小様々な痛ましい傷跡が大島明海の脳裏を過ぎる。

「…取りあえず、今はこの場を撤収するしかなくってよ」

 エリザベド・ガリマールの言葉に各々は頷いた。如何しようも無い不安に駆られながら…

 

 

 

 

 

  神無月しおりは集中治療室での治療が行われた。集中治療室での数日が過ぎて…更に一週間後。漸く面会が許される事となった。チームメイトと、各校の戦車長たちは押しかけた。神無月しおりの安否についてただただ心配であったから。

 …そして、白い病室の中、白いパジャマを着て窓の向こうを見やる神無月しおりは、酷く現実味が無かった。

 

 

「しおりん!」

 今にも泣き出しそうな声で、明海がベッドの傍まで駆け寄った。誰も彼女を止めない。彼女が一番、神無月しおりを心配していたのは明白だったから…

「もう、体は大丈夫なの…? 左目は…?」

 その問い掛けに、神無月しおりはゆっくりと頷き、付けられていた眼帯をゆっくりと外した。己の無事を示そうとして。

「…まだちょっと、眩しい、な…」

「…っ!」

 

 

 全員が、絶句した。そこにはもう、あのルビーの様な美しい紅い瞳は無く、まるで煮えたマグマの様な、黒い赤色が浮かんでいたからだ。再生治療の限界であった。彼女の瞳はとても特殊な発色をしていて、再現が難しかったと言う。

「生体義眼があって良かった。目が見えなくなったら…皆と戦車道、出来ないから…」

 神無月しおりの何処か的外れな言葉に、少女達は毒気を抜かれた。危うく左目を失いかけたこの子は何処までも、皆と戦車道をしたがるのだな、と。

 

 

「…北村さんは…?」

 キョロキョロと辺りを見渡し、神無月しおりの問い掛けに、大島明海は口ごもる

「すぐ其処に居るけど、会わせる顔がないって言ってごねてる」

 その言葉を聞くや否や、神無月しおりは行動に出た。

「…明海さん、体、貸して?」

 言われるが儘に、大島明海は体を貸してやった。神無月しおりの体は、恐ろしく軽かった。覚束ない足取りで、病室の外に出る。そして扉のすぐ傍で、床に蹲る北村カレラの姿があった。

 

 

この世の全ての絶望を見てしまったと言わんばかりに。傍らには霧島蓉子が暇そうに立っていた。そして、廊下に出てきた神無月しおりを見て一言述べた。

「無事で何よりだ。…私はこの馬鹿が逃げ出さないか見張ってた」

 霧島蓉子がそう言うや否や、北村カレラは震えた声を絞り出した。

「…すまない。私が、私があんなゲームに乗らなければ…! しおり君は…こんな怪我をせずに済んだと言うのに…!」

 

 

 北村カレラは今にも握り締めた手を自分で潰してしまいそうなぐらい力をこめていた。そんな彼女に対して、神無月しおりは彼女の手に優しく触れる。痛い程握り締められてた手を。

「手を、解いて?」

「…っ、だけど…!」

「…お願い…手を、解いて」

 優しくも、しかし、力のある言葉で彼女は懇願した。そして震えながら、北村カレラは手を解いた。

 

 爪痕が、今にも手を血で滲ませそうな位、深々とついている。そんな手を、彼女は優しく撫でた。慈しむように、そっと頬ずりをした。

 「…この手は、一杯…私を助けてくれた…私を守ってもくれた…貴女との出会いも、この手が始まりだった…貴女が悪いんじゃない…私が汗で濡れたグリップから、手を滑らせただけだから」

「…でもっ…!」

「…なら、死にたい…? それとも、一緒に死ぬ…?」

 

 

 普段はまるで良い所のお嬢様の様な神無月しおりが、恐ろしい言葉を口にした。死にたいのか。それとも一緒に死ねば貴女は気分が晴れるのか。そう口にする様はまるで死神の様に北村カレラは感じられた。

「違うっ! そんな事…!」

「だったら、生きて。生きて私と戦車道を、して欲しい。」

 無言になる北村カレラに、神無月しおりはそっと囁いた。

「今更、傷の一つや二つ…私には、関係ない…知ってるでしょ…?」

「…あぁ…でも…」

 

 

 風呂場で見た神無月しおりの体を思い出す。凄惨な傷跡の数々を。それでも、北村カレラは自分が許せないで居た。

「これは、戦車道だからこそ、着いて回る事故…だから、北村さんは悪くない…」

「…どうしても…私を許そうって言うのかい…?」

 偶発的にとは言え、己が為してしまった事に対する責任感で押し潰されそうな北村カレラに、神無月しおりはそっと答えた。

 

 

「…貴女は、大切な、二番目に出来た友達だから…」

「っ……! 馬鹿野郎! この、大馬鹿野郎…!!」

 神無月しおりの言葉に北村カレラは泣きながら彼女を抱きしめた。恥もへったくれも無く、泣いた。泣き止んだカレラの頬を撫でて、そして病室へと神無月しおりは戻っていった。北村カレラに抱きかかえられて。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドに戻った彼女は…一呼吸を置いてから、大島明海を呼んだ。

「…明海さん…私の服、脱がせて」

「ちょっ、しおりん!?」

 突然の言葉に、神無月しおりを除く三/四号戦車のクルー全員がギョッとした。

「いいの。隠す理由なんてない…話すなら、今がいい機会だから…」

「……分かった」

 

 

 一体何のことだろう、と言う少女達の声とは裏腹に、明海は手馴れた手つきで、しおりのパジャマを脱がせた。そこには、体中に刻み込まれた戦車道の傷跡が残っていた。凄惨な傷跡がありありと残っていた。少女達は、ただ絶句する事しか出来なかった。

「これが、神無月流の1つの真実…怪我を厭わない戦術に戦闘…打ち身と打撲なんて、数え切れないほど…

 これは無線機がひっくり返って出来た傷…これはギアボックスのオイルで出来た火傷…この傷は…なんだっけ…

 嗚呼、トーションバーサスペンションが折れて暴れた時の怪我だったかな…皆、みんな覚えてる…」

 

 

 体中に刻まれた傷跡をゆっくりと指し示しながら、神無月しおりは答えた。大島明海たち4人は思い出す。

 「傷を消さないのは忘れない為だから」と言う、神無月しおりの言葉を。だが、彼女は傷跡を残していた真実を語った。

「…私は…忘れたくない…こんな仕打ちをしてくれた…楽しくない戦車道を押し付けた、私の家を…神無月流を…! 

 ずっと、ずっと憎んでた。勝利だけを追い求めた神無月の戦車道を…! 私を、戦うだけのケダモノに仕立て上げた神無月を…!! だけど…」

 

 

 神無月しおりの言葉は、怒りも悲しみも交じり合っていた。そして彼女は言葉を一旦区切った。まるで思い返すかの様に、病室に集った少女達を見つめて。

「…皆との戦車道は、本当に楽しかった…凄くドキドキして、ハラハラして…興奮が、止まらなかった」

 それは神無月しおりの本心からの言葉だった。赤色のオッドアイにはじんわりと涙が浮かぶ。神無月しおりは静かに、パジャマを羽織った。そして、勇気を振り絞るかの様に、言葉を発する。

 

 

「……こんな、化け物みたいな…ケダモノみたいな私でも…友達で居てくれますか……?」

 自嘲めいた言葉を発する神無月しおりに、我先にと言わんばかりに、サーシャが手を取り、キスをした。

「勿論ですよ。愛しい魔女。希望を持たず生きる事は、生きるのを止める事と同じ。私は貴女の希望の一つになりましょう」

「抜け駆けなんてずるいわ! 戦う貴女は、とても美しくってよ? しおり。このあたくしが言うんだから、間違いないわ」

 そしてエリザベドが手を取り、キスをする。

 

 

「三番手は私ね。魔女と言い出したのは私が一番目なのだけども…」

 ローズマリーが静かに手を取り、キスをした。

「生きる事は考える事。そして貴女は考え抜いて私達に告白した。どうしてそれを笑わなければないのかしら?」

 くすりと、ローズマリーが笑った。

「えーっと…シオリとは出会って間もないし、今回の事で正直言って何だか申し訳なさでいっぱいだけど…あのね? 困った事があったら何時でも駆け付けるから! レディ(お嬢さん)」

 そういうと照れ臭そうにジェーンも手にキスをした。

 

 

 それぞれの学校の隊長が、静かに後ろに下がった。そして、播磨女学園の8人の車長が前に立った。

「まぁ、なんていうか。なぁ?」セリカが切り出す

「この前の甲斐女学園の生徒とのバトルで正直、不信感はあったけどもさ」

「隊長はん、全部正直に話してくれたし…今更戦車道を辞める言うんも、困るねぇ」

「実はあたし、隊長ちゃんが傷塗れっぽいのは知ってた。理由は今知ったけどね」

「私は傷如きで隊長の良し悪しを決める程愚かではないぞ。そりゃ、この前のは驚いたが」

 

 

「今まで私達を率いてくれたのは紛れもないですし」

「誰にだって隠したい事の1つや2はあります。ねぇアカリ」

「そうね。アカネ。葵姉さんなんて隠し事ばっかり」

 少女達が次々に言葉を連ねていく。

「そりゃないよアカネちゃん!」

 オチを持って来られた双葉葵が皆にクスクスと笑われ、葵が場の空気を正すかの様にオホン、と咳を出した。

 そして、最後に…

 

 

「ケダモノかどうかなんて、あたしにゃー関係ないよ。しおりちゃんはあたしの、大切な可愛い後輩なんやからさ」

 葵がそういって彼女を抱きしめた。少女達の心遣いが、慈愛が、しおりを泣かせた。ほろほろと。まるで真珠の様な涙を零した。そして、必死になって、彼女は言葉を紡ぐ。

「私は…此処に居ても…良いんだよね…?」

「そうだよ。しおりちゃんの、大切な居場所だよ。此処は…」

 

 

 嗚咽を漏らしながら泣く少女。喜びの涙は、何度目の涙だろうか。播磨女学園に着てからの泣き虫の少女、神無月しおりの涙は、喜びと悲しみの混ざり合った涙だった。しかし…今はただ、喜びの涙を流して咽び泣いた。

 

 

 

 

 

 

 数日後、神無月しおりは学園生活に復帰した。何処かのお嬢様か何かだと比喩される美少女の、突然のオッドアイについては何かと噂が飛び交ったが、それもすぐに収まった。曰く、生徒会が動いてくれたらしい。彼女は目を怪我した為、無駄な噂話を禁止する。と

 

 

 学園生活に復帰した翌日の事、神無月しおりは久留間舞子に呼び出された。お茶をいかが? と。彼女にとっては断る理由もなく、呼ばれた場所に行くと、そこは和室の一室だった。其処には久留間舞子だけでなく、五十鈴佳奈や柿原セリカが待っていた。

 

 

「えっと…私、呼ばれたのは良いけれど…茶道の作法とか…全然知らなくて…」

言葉を詰まらせながら搾り出した神無月しおりの言葉に久留間舞子はそっと笑った。

「美味しゅうお茶を飲んでくれたら、大丈夫どす。それと、これが本題なんどすけども…お茶のついでに、お互いの身の上話でもしまひょか。ってなりましてねぇ」

 

 

「神無月隊長だけが、自分の過去を話すのは何だか不公平だろう?」

 柿原はニヤリと笑った

「誰しも隠したい過去はある。だがより親しくなりたい場合は、時として残酷な過去を晒さなきゃならないもんさ」

 隊長があの時、語ったみたいに。と柿原セリカは述べた。

 

 

「ほなぁ、まずはうちからどすなぁ。うちん家はもう、茶道に花道、書道に香道と兎に角習い事でいっぱいで

 子供らしゅう遊ぶ暇も無おして、そらもうしんどかったんですわぁ。それで習い事をなんもかも放り出して

 過ごして居たら親から勘当を受けましてねぇ…せやけど同時に嬉しかったんどす。これでもう家から離れられる、って…せやけども」

 

 

 久留間舞子は丁寧にお茶をたてた。神無月しおりはただただキョトンとした。習い事で一杯…それはどんな事なのだろうかと思って。

 だけども…何処か、神無月しおりは彼女と自分は似ているな、と思った。

「お茶の先生だけは好きでしたわぁ。優しい先生で。お茶は楽しめたらそれで一番なのよって教えてくれて」

 …楽しめたら…甲斐女学園での戦車道では、そんな事は無かった。でも…今なら、彼女の言葉が分かるかも知れない。

 

 

「じゃぁ次はあたしだな。隊長はゆっくりお茶を飲んでおきな。あ、全部飲んじゃだめだからな」

 茶道のしきたりを少しばかり知っている柿原セリカはそう言うと懐かしむ様に天井を見上げた。神無月しおりは久留間舞子から差し出された茶碗を受け取り、そっと飲んだ。

「…ぁ…美味しい」

 

 

「だろう? 久留間のお茶って美味いんだよ。そんでもってさぁあたし、実は元不良なんだ。

 両親が最低のクズでね。毎日毎日ケンカばっかり。親戚の叔母さんに頼み込んで小学校のある学園艦の寄宿舎に逃げ込んだって訳。

 でも両親にはとんと愛されなかった。叔母さんと叔父さんだけが味方だった。

 ケンカに煙草、深夜徘徊。補導も何度か受けたけど、叔母さんと叔父さんの前でだけは正直な自分でいられたよ」

 

 

 柿原セリカの言葉に、悲しいやら、少し羨ましいやら、よく分からない感情が神無月しおりの中に渦巻いた。何故、親から愛されない子供が居るのだろう。何故、子供を産んだのだろう。だけども不意に、家政婦の八島七瀬の事が思い浮かんだ。何時も心配してくれた事に。夜食に紛れてお菓子を差し入れてくれた彼女に。自分は、彼女に素直になれただろうか。この前は余り良くない事を言ってしまった気がする。

 

 

「そんな折だ。中学に入って久留間と出会った。なんかぽやぽやした奴だなぁって思った」

「照れますわぁ。」

 柿原セリカの話は続いていた。神無月しおりは隣に座る柿原セリカに茶碗を手渡した。

 

 

「うん。相変わらず美味いお茶だわ。それで、なんだな。毒気が一気に抜かれた訳。コイツ、意外と押しが強くてね。そりゃもーしつこくお茶に誘われて、あたしが折れたって訳。それで茶道だ。びっくりしたよ。何処のお嬢様だ? って思ってね」

 

 

「柿原はん、寂しそな目ぇしてましたさかい、放っとけんでねぇ」

「てな具合よ」

 ケタケタと笑いながら、柿原セリカは五十鈴佳奈に茶碗を手渡した。

「じゃぁ、最後に私かしら。あ、その箱の中にお菓子が入ってますよ。一人一つずつですからね。」

 

 

 言われるが儘に、そっと箱を開ける。中に入っていたのは苺大福だった。小豆餡の、苺大福。まるで大福に苺が食べられてるみたい。と思いながら神無月しおりは苺大福を口にした。甘酸っぱい苺と、餡子と大福の皮が合わさって、美味しい。

 

 

「私は小さい頃から、所謂真面目ちゃんの委員長って感じでした。それのお陰かして全然お友達が出来なくってですね。

 寂しい学生生活を送っていたんですけれども、播磨の中学校に入学して少し経ったある日、二人に誘われたんですよ。

『おい! そこの背中が寂しいお前さん! 一緒にジャンボパフェ食いに行こうぜ!』って、柿原さんに言われたんですよ」

「あはははは! 似てる似てる! あの時の台詞と声真似そっくりじゃん!」

 

 

 柿原セリカが自分の膝をバシバシと叩きながら笑った。神無月しおりは、『意外と、友達の居ない人って少なくないんだ』と感じていた。だけども、そう…素敵なお節介さんが居るから…友達が出来る事もあるんだ、と。

「でね。それはもう吃驚しちゃって。三人でロクイチ亭のジャンボパフェを食べに行った時は学生ってこんな事してるんだって、

 考えると、なんだかとても楽しかった。お陰で二人ともお友達になれましたし、それから知り合いも増えました」

 

 

「あの時のジャンボパフェ、すっげぇ美味しかったなぁ。食べ終わる頃にはお腹がパンパンだったけど」

「あら、そうでした? 私はケーキをもう1つ2つ食べれそうでしたけど」

「こんの、大食漢め! …いや、女の子だから大食女か? うーん…」

 柿原セリカが他愛も無い事で悩む傍らでクスクスと笑いながら、久留間舞子は問いかけた。

 

 

 

 

「これで、うちらの身の上話はお終い。隊長はん、お茶とお菓子、美味しかったどすか?」

 その問い掛けに、しおりは素直に頷いた。お茶もお菓子も、とても美味しかったから。

「まぁ、なんだ。皆色々苦い物抱えて生きてるんだ。だからさ…ちょっとばかり変な所が有ったって自分の事、ケダモノって言うなよ。

 あんたは紛れもないただの一人の女の子で、美少女で、あたしらの大切な、戦車道に強い隊長さんって訳なんだから」

柿原セリカの言葉に、二人の少女も首肯する。

 

 

「そうどす」

「今まで楽しく戦車道が出来たのは、全部隊長さんが私達に丁寧に教えてくれたお陰なんですから」

「それと、他のクルーも皆、隊長に着いて行くってよ」

「地獄の果てまでご一緒どすなぁ」

「別に悪い事してる訳じゃないんだから。きっと行き着く先は天国よ」

「違いない! アハハハハ!!」

 

 

 最初は三人の過去の話を聞いて、ただ沈黙を貫く事しか出来なかった。だけども、最後の言葉に、しおりは心が震えた。嗚咽をあげながら泣いた。しおりを含めて始まりの五人の中、それも三人の車長からの言葉が、とても優しかったから。柿原が優しくハンカチで涙を拭いてやった。

「そいじゃ行こうぜ。久しぶりにジャンボパフェ!」

「いまの時期やと、桃やらはいってるんでっしゃろか。」

「桃、美味しいわよねぇ」

「…あのっ」

 

 

 神無月しおりが声を上げる。三人は優しくどうしたの? って顔をした。そして、彼女が言葉を発するのを待った。

 「…上手く、言えないけど、ありがとう」

 その言葉を聞いて、柿原はしおりのカバンを勝手に抱えて。五十鈴は優しくしおりの手を引き、久留間はその横をゆっくり歩いた。

 ただの戦車道のクルー(仲間)じゃない。新しい友達を得てしおりは歩く。

播磨に来て、良かったと。

こんなに沢山の、得られなかった物が得られたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…会長。件の用件、出来ました」

「そーぉ? あんがと」

 青島寧々の言葉に、双葉葵は淡々と答えた。

「最初っからさぁ。こうしてれば良かったんよね。柿原ちゃんが頭を怪我した最初の時から。戦車道は武道。怪我する事もある。知ってた事なのに、皆、打ち身ぐらいで済んでたからすっかり忘れてた。戦車道は大怪我をしかねない武道だって」

 

 

 双葉葵の後悔の入り混じった言葉に、青島寧々は答えた。

「盆から零れ落ちた水は戻りません。しかし、新たに注ぐ事は出来ます」

「その零れ落ちた水が何よりも変えがたい物やったとしたら? …私は、どうやって責任を取れば良いんやろうね…しおりちゃんの目の事…」

「自分の目を抉る、なんてスプラッタな事はしないで下さい。それはただのエゴです。反吐が出ます」

 

 

 青島寧々の歯に衣着せない言葉に、双葉葵は小さく苦笑した。

「青島のそう言う所、あたしは好きだよぉ。そんでもって、首尾の程は?」

「はい。グリップの滑り止めや無線機のより強固な固定。頭や体をぶつけそうな部位全てにクッションを取り付けました。これで以前よりはもっと安全に戦車道を行えるでしょう」

「うん。あんがと…それと、もう一つの事なんやけど」

 

 

「…神無月流の事ですか」

 青島寧々は少し眉を顰めながら呟いた。

「そう。ソレ。今までの対戦相手の隊長達に見せてどうだったよ」

 播磨女学園の練習スペースにはカメラが設置してあり、よく練習に用いられた。神無月しおりが主に「何故こうなったのか。この場合はどう対処すべきか」と言った講義に用いる物だが…

「恐ろしい事ですが…『見えた』そうですよ。テレビカメラ越しだと言うのに、青い鬼火が」

 

 

「…やっぱりかー。分かる人には分かるんだ…」

「エリザベド・ガリマールに至っては顔面蒼白でした。『噂は本当だったんですの…』と呟きながら」

 彼女が顔を青ざめるのもよく分かる。何せ神無月流の恐ろしい噂を知っていたのだから。

「鬼火を纏った神無月の戦車には気を付けろ。睨む瞳は魔眼の瞳、食らい付かれれば無事では済まない…か」

 

 

 全てが合致する。鬼火を放った三/四号戦車も。三/四号戦車の搭乗員が述べた、神無月しおりの尋常ではない目の色を。

そしてズタボロになるまで叩き潰された38tNAの有様を。

「どうするのですか。また何れ、彼女は『神無月流』を行うかも知れませんよ」

 青島寧々の懸念に、双葉葵はトントンと指で机を小突いた。

 

 

「その時は止めるしかないんよ。何をしてでも。あの子には『神無月流』をやらせはしない。しおりちゃんは、しおりちゃんの『道』を歩めば良いんよ。友達と笑いあって、普通の女の子になって、勝った負けたで泣いたり笑ったりして。それで良いんよ。いいや。そうじゃないといけないんだ」

 双葉葵は静かに、だが強い言葉で言い放った。

 

 

「本物の『魔女』になる必要は無い。ただの戦車道にちょっと強い、『播磨の魔女』で居ればそれで良いんだ」

 そう呟く双葉葵の手には、一組のロザリオが握られていた。一つにはサファイアが。そしてもう一つにはルビーの埋め込まれたロザリオが。

「その為には、私は『怪物』になったって良い。しおりちゃんを守る『怪物』に」

 双葉葵の確固たる意思の込められた言葉を聞いて、青島寧々は小さく溜息を付いた。

 

 

「ご無理だけは、なさらないで下さいね」

「無茶は承知の上だよ。それに、無茶って奴は意地と道理でこじ開けるものやからさ」

 生徒会室の展望窓から見える海は暗く、窓硝子はまるで鏡の様に見えた。双葉葵は思う。

 

この硝子の向こうに居る自分こそが、本物の自分なのでは無いかと。

 

こちら側に居る自分は、嘘と虚栄で塗り固めた偽物の自分なのでは無いかと。

 

 

 ……真実は、誰にも分からない。鏡の世界に入ることは出来ないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場戦車一覧と装備品

 

・M4シャーマン:鋳造車体

初期型のシャーマンである。ヌメリとした車体形状が大変特徴的である。

 

・M4シャーマン:前面機銃搭載試作型 

所謂M4A1試作型と呼ばれる物である。ヌメリとした車体形状に

車体前面に固定式の機関銃が二挺搭載されているのが特徴である。

 

・M4シャーマン:溶接車体

車体を構成する装甲板を溶接によって組み上げた物

第二次世界大戦後も利用された為、M4シャーマンと言えば

こちらのモデルを思い浮かべる人も多いかもしれず。

 

・M4シャーマン:トーションバーサスペンション試作車

機動性の向上とサスペンションの性能向上を狙って試作された車両

トーションバーサスペンションは確かに性能は優秀であったが

整備性が悪かった為にM4シャーマンには正式採用されなかった。

 

・M6重戦車

古くは1920年代から長い時間を掛けて開発、研究が為された戦車。

M4シャーマンを巨大化させた様な見た目だが

車高の高さや主砲火力の問題、駆動系の信頼性等の理由により

正式採用から外されてしまった車両である。その後は重戦車の研究開発に用いられたり

デモンストレーション等に使われたりと平穏な余生を送った。

 

・T23中戦車

M4シャーマンを置き換えるべく設計、開発された戦車である。

この計画では複数の試作車両があり、当車両はそのバリエーションの1つである。

駆動系に電気式変速機を搭載すると言った冒険を為した故か

その結果信頼性に欠ける破目となってしまった。

他にも採用されなかった理由にM4シャーマンと比べて火力不足が理由にあげられる。

 

・VVSSサスペンション

垂直渦巻きスプリング式サスペンションと言う意味。

初期型のM4シャーマンに用いられたサスペンション

整備性や拡張性に優れており、M3戦車の頃から使われていた

 

・HVSSサスペンション

水平渦巻きスプリングサスペンションと言う意味。

使用する履帯の幅は従来のM4シャーマンから2倍近くにまで広げてあり

また転輪の数を増やした事で履帯の接地圧を低く抑える事に成功した。

(この事により、履帯が泥や泥濘に沈み難くなる利点がある」

 

・105mm榴弾砲

野戦砲を戦車砲へと転換させた物。

火力支援に用いられた大型の榴弾砲であり、図太い砲身が特徴的。

世界大戦後、自衛隊でも使われた装備である。

 

・T40ロケットランチャー

72inch長ロケット弾を装填した箱形ランチャーを砲塔上部に搭載した物。

T34 Calliopeと言う装備に似ている。本来は75mm戦車砲のM4シャーマンで運用する装備だが

カーチスライト学園は105mm榴弾砲を発射可能な様に改造を施している

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