【Girls-und-Panzer】 砲声のカデンツァ   作:三式伊吹

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・互いに高め合い、互いに笑い合い、互いに生きてゆく。





ep.6

 ここは甲斐市。神無月家の邸宅。その邸宅の風情は煉瓦造りの荘厳な、ヴィクトリア朝時代を思わせる西洋建築であった。誰しもが「おぉ…」と感嘆の声を零す様な佇まいであり、庭の片隅には飾りとしてか。1号戦車が飾られていた。しかしそれは今にも走り出せそうな程、キチンと手入れが行き届いている。

 神無月流家元、神無月いおりは5人姉妹の下の双子の姉、神無月かおりを家に呼び出していた。部屋の造りも西洋建築に違わぬ、アールデコ調の部屋であった。

 神無月かおりの、その容姿は神無月しおりと酷く似ていたが、勝気な雰囲気と表情が、可憐さを思わせる神無月しおりとは対照的だった。神無月いおりは率直に自分の娘に問うた。

「見たのでしょう? あの子の戦いぶりを」

 問われた神無月かおりはクスクスと笑いながら答えた。

「えぇ。見ましたとも。煌々と輝いていましたよ。眩しいぐらいに、ね…」

 嬉しそうに語る神無月かおりに対して、神無月いおりは顔を曇らせながら深く溜息をついた。困った物だと言わんばかりに。

「…皮肉ね…本当に皮肉だわ…戦車道の才能は全く無いのに、誰よりも色濃く神無月の血を受け継いでしまうだなんて…」

 逆であれば、只の戦車乗りとして生きていけたでしょうに…と憐憫の籠った声で呟いたその時、神無月いおりはふと気が付いた。神無月かおりがずっと笑みを浮かべている事に。

「かおり、何故貴女はそんなに笑っているの」

「お母さま。それは当然の事ですよ」

 かおりは心底楽しそうに答えた。

「あの子と戦えるからです」

 神無月いおりの背筋がぞっとする位、恐ろしい程にニッコリと笑いながら神無月かおりは答えた。まるで最高の獲物を見つけたケダモノの様に。

 

 

【Girls-und-Panzer】

 砲声のカデンツァ

 第六話:カウンターアタック…ヒット

 

 その頃、播磨女学園では…神無月しおりが八島七瀬を呼び出していた。呼び出された彼女は意外にも、嬉しそうに足を運んだ。理由は只一つ。神無月しおりが「八島とお話したい」と電話で伝えたからである。

 斯くして八島七瀬は、神無月しおりとの待ち合わせ場所に指定された喫茶店に入店した。其処には既に店の奥の椅子に腰掛けていた神無月しおりの姿があった。

「お嬢様、この八島に何用でしょうか?」

 優しく、優しく八島七瀬は問いかけた。言葉はゆっくりと。声色は柔らかく。彼女は問いかけた。

「八島に話したい事が出来た、から…それとこの前…飛び出していった事…謝ってなかった、から…ごめん、なさい」

 ぽつりぽつりと、だが必死に神無月しおりは言葉を紡いだ。頭の中に入っている言葉を思い出すかの様に。

「まぁ…! そんな、謝らなくて良いんですのよ? 正直な所、お嬢様がご実家の事を好いていないのはこの八島、存じ上げて居ましたから」

「…でも…八島に、きつい言葉、言っちゃったから…」

「お嬢様…」

 なんと健気であろう。そしてどれだけ短期間の間に、この子は人間らしさを手に入れたのだろう。八島はそれを思うと感動で涙が溢れそうになった。

「…それと…いっぱい、あった。戦車道で友達が、出来たり…アパートに招いてもらったり…一緒にご飯、食べたり…友達と、喫茶店に行ったり…」

「まぁ…! 素敵な事ばかりですわね!」

「…それと…」

 神無月しおりは、何度か呼吸を繰り返し、意を決して、言葉を出した。

「…傷跡の事…話した」

「…っ…!」

 八島七瀬は仰天した。それは神無月流の、否、神無月家の戦車道に対するあり方を露わにする行為に等しい。下手に露呈すれば、戦車道をしている少女達から距離を置かれかねない。もしくは忌み嫌われてしまうかもしれない。しかし…

「…でも…皆…友達で、居てくれるって…言った」

「…お嬢様…!」

「…八島…私、嬉しい…いっぱい色んな事が出来て…友達が出来て…」

「えぇ…えぇ…! この八島、お嬢様のお話を聞けて、本当に嬉しく御座います」

 その後もポツポツと語る神無月しおりの言葉に、八島七瀬は嬉しそうに頷いた。神無月の家に産れてしまったが故に、人生のその多くを戦車道に費やされた少女と、そのお世話係の会談はやがて緩やかに、穏やかに終わった。

 神無月しおりはこの後、ちょっと生徒会と戦車の事について話し合いがあるから、と八島七瀬と別れた。彼女はそっと少女の後ろ姿を見送っていった。そして…

「いらっしゃいますのでしょう? お嬢様のご友人がた」

 隠れていた少女達はビクリ、と肩を震わせたが、恐る恐る物陰からゾロゾロと出てきた。正にたじたじである。しかし八島七瀬は、微笑むのを止めない。

「こう見えて、神無月家は武芸のお家。そんな家のお世話係たる私も、多少は武芸の心得がありますので」

 彼女の言葉に戦車道のクルーである少女達はなんとも言えなかった。しかし…

「しおりお嬢様を思っての事、ですね?」

 その言葉に、戦車道のクルー達は皆、ゆっくりと頷いた。心配だったのだ。神無月しおりがまた泣きながら飛び出して行かないかと。涙を流して走る彼女の姿はとてもとても痛ましい姿だったから。

 そして、八島七瀬は言った。

「では、これからも末永く宜しくお願いします。しおりお嬢様の事を」

 そう述べると八島七瀬はしずしずと学園艦から立ち去って行った。

 

 神無月しおりと、八島七瀬が歓談を行っていた、同じ時間帯の事…

 

 青島寧々は戦車道のせの字も無い、とある学園艦に来ていた。そして喫茶店で何食わぬ顔で珈琲を啜っていた。すると彼女の対面に少女が腰掛ける。

「あの…貴方が青島寧々さんで間違いないですか…?」

「えぇそうよ。貴女、甲斐学園の神威さんでお間違いなくって…?」

 鈴の音の様な、可憐な声で青島寧々は聞き返した。前髪を切り揃え、背中に延ばされた艶やかな黒髪は彼女にとても似合っていたし、その容姿もまた神無月しおりに負けず劣らずの美貌の持ち主であった。しかし、神無月しおりが抱きしめたら壊れてしまいそうな儚げな雰囲気なのに対して、彼女には確りとした芯の強さがあった。

「率直に問うわ。貴女、『晩夏の大流血』についてご存知…?」

 その言葉に少女は酷くギョッとした。青島寧々の発言に一瞬辺りを見渡してしまう程に。そして小声で青島寧々に聞き返す。

「な…何故それを知っているんですか…!?」

「問いかけているのは此方の方よ。それで、知っているの? 知らないの?」

 青島寧々は言葉の砲弾を幾つも撃ち出していく。しかし少女は口籠った。

「あの…その…あれは…」

 進展の無い様子に青島寧々はふぅ、と小さな溜息を呟き、カバンから札束を取り出し、机の上に置いた。少女はとても驚いた。

「悪いけれど、調べさせて貰ったの。貴女が学費で困窮している事を。これは交換条件よ。お金を得て話すか。それともこのまま何も見なかった事にして帰るか」

 すると少女は辺りを気にする様に、恐る恐る語りだした。

「…『晩夏の大流血』は…あの事件の当事者は…神無月しおりさんです…」

「当事者…」

 青島寧々は、半分そうであって欲しくない様な、半分は関わりがあるのだろうなと言う思いで少女の言葉を聞いていた。

「彼女はあの時、初めて隊長車を勤める事になりました…でも…相手チームの待ち伏せを受けて…彼女の乗っていたパンターは容赦なく滅多打ちにされました。大口径の榴弾砲で。それで…その、主砲の駐退機が壊れて…暴れまわった駐退機のパーツは彼女の脇腹と右腕を食いちぎって行きました…それで…」

「充分よ。ありがとう。もう良いわ」

 ぶるぶると震えていた少女を見て青島は額を抑えながら言った。彼女の震える手を優しく撫でてやり、少女を落ち着かせてやる。恐らくは彼女もその惨状を見届けたのか、それとも血塗れの戦車の車内を掃除する事を命じられたのだろう。錆臭い血の臭いに怯えながら。

「あの…お礼に…神無月さんの事…もう少しお話します…」

「えぇ。聞かせて頂戴」

 少女たちの会話は続く。カチコチと時計の奏でる無機質な物音さえも耳に入らぬ程。時計は回る。まるで駆動輪と誘導輪の様に。

 

 神無月しおりが、八島七瀬との歓談を終えてから翌日の事。少女は双葉葵に呼び出された。

「しおりちゃん。態々呼び出してごめんねぇ」

 申し訳なさそうに笑う少女に、神無月しおりは小さく首を振った。

「いえ…それで、その…何の用でしょう…?」

 幼気な少女からの問い掛けに、双葉葵はそっと彼女の手を取った。

「それはね。行ったら分かるよ。逆に言えば、行かなきゃ分からない。そしてしおりちゃんはその場所を知らない。だから生徒会室に一度呼んだわけ」

 神無月しおりは双葉葵に手を引かれて歩いて行った。そこは学園艦の庭園の一角であり、ひと気が無かった。存在するのは、白い礼拝堂…

「ここの周りの人払いは済ませてあるから、安心してええからね」

「…はぁ」

 何のことやら、と言った具合で首を傾げる神無月しおりだったが、礼拝堂の中の厳かな空気に少し感心する。外と中とではこんなに気配が違うのか。と…

 神無月しおりと、双葉葵は礼拝堂の奥へと進んだ。最奥には…色鮮やかなステンドグラスと女神像。そして…四葉アカリと四葉アカネが立っていた。

「私達は立会人です」

「ですので、どうぞ。」

 すると双葉葵は改めてオホン、とわざとらしく咳をした。

「…しおりちゃん。ウチね、考えに考えたんよ。どうしたらしおりちゃんの事を守ってあげられるかなって。そしてウチは一つの結論に達した。ソレイラの誓約を結ぶことを」

「…ソレイラ…?」

「そう。ソレイラ。昔々、元々この播磨女学園にあった制度。今でもぽつぽつ見かける程度に、風化しちゃった制度だけれどもね…これはね。上級生が下級生を指導し、導く為の制度。そして上級生が下級生を導くと言う事は、下級生を守る事も含まれてる。ウチはね…守るって決めた。しおりちゃんを守る責任があるんだって気が付いた。しおりちゃんがあんなに忌避してた戦車道にまた引きずり込んだ挙句、大怪我までさせてしまった責任を、ねぇ…」

 どうする? 拒否権はしおりちゃんにあるけれども。と優しく双葉葵は問いかけてみた所…

「…えっと…お受けします」

 神無月しおりは意外な程にすんなりと受け入れた。だが…

「…その…明海さんが…私の家族になるって…恋人になるって…言ってくれて…それで…会長さんとも…義理の姉妹になって…問題に…なりませんか…?」

「大丈夫。大丈夫だからさ。別にしおりちゃんを明海ちゃんから奪おうって訳じゃない」

 そう、例えるならば頼れる家族が増える様な物だから。だから決して、二人の関係を邪魔するつもりはないと、葵は言った。

 もしも仮に、神無月しおりと大島明海の仲を邪魔してしまうのならば、ひっそりと見守らせて貰うだけでも良い、と双葉葵は言った。

 彼女の確りとした説明を受けて、改めて神無月しおりはゆっくりと頷いた。少女達は女神像の前で向かい合う。四葉アカリと四葉アカネが言葉を発した。

「では、ロザリオの交換を」

「はい、これ。しおりちゃんの分。本当はそれぞれが用意しておく物なんだけどね。急な誓約だし、しおりちゃんはこんな事知らないから」

 神無月しおりはルビーの宝石の嵌められたロザリオを渡された。彼女はまるで自分の目の様な色をしているな。と思った。

 そして、ロザリオが交換される。ルビーのロザリオを双葉葵に。鮮やかなサファイアの嵌ったロザリオを神無月しおりに。

 再び、四葉アカリと四葉アカネが誓約の言葉を連ねる。

「健やかなる時も、病める時も、死が2人を分かつまで、貴女は姉妹と共に在り続ける事を誓いますか」

「誓います」

「…誓います」

「双葉葵。貴女は神無月しおりを導き、慈しみ、これを守りますか」

「誓います」

「神無月しおり。貴女は双葉葵から寵愛を受け、学び、これを守りますか」

「…誓います」

「今、誓約は為されました。これより二人は正式にソレイラとなります」

 胸元に揺れる、小さなサファイアの付いたロザリオを見つめながら、果たしてこれからどうなるのだろう…と神無月しおりは思った。

 こうしてソレイラの契りを交わした事で、何が変わるのだろうか。だが、悪い気はしなかった。

 双葉葵の、優しい言葉…『どうしたらしおりちゃんの事を守ってあげられるかな』…それが頭の中で小さく繰り返される。

 …守って貰える…その言葉が酷く温かく、感じた。

「…お姉様…」

「うん? 何か言った?」

 小さく、小さく呟いた神無月しおりの言葉に、双葉葵は聞き返した。

「いえ…なんでも…」

「あんまり気負わなくても良いよぉ」

 双葉葵はそっと神無月しおりを抱きしめた。

「出来る限り、しおりちゃんの事、ウチが守るから」

 ステンドグラスから差し込む幻惑的な光の中、二人の少女は義理の姉妹となった。

 これから何が起こるとも知らずに。

 

 …その日の夕方の事である。大島明海は双葉葵から呼び出しを受けた。生徒会室に。

 静まり返った生徒会室。他の生徒は一切居ない。田宮恵理子と長谷川凛、そして大島明海を呼び出した張本人である、双葉葵を除いて。

 双葉葵は海を一望出来る強化ガラスを背中に、椅子に腰掛けていた。まるでどうしたものかと悩んだ末、彼女はテーブルに肘を突いて話を切り出した。大島明海はソワソワとしながら、話が切り出されるのを待った。

「重要な話があるんだ、明美ちゃん」

「何ですか…? 葵センパイ」

 双葉葵は一息おいて、そして大島明海に言った。

「今日、しおりちゃんとソレイラの契りを結んだ。ソレイラの制度とかは知ってるよね? 賢い明海ちゃんなら」

「ソレイラって…あの義理の姉妹の関係の!? …そんな!? しおりんは渡しませんからね!! たとえ葵センパイでも!」

 彼女、大島明海の取り乱しぶりに(しおりちゃんは愛されてるなぁ~…)等と心の中で思いながら、双葉葵は続けた。

「あー。違う違う。勘違いしないで。確かにソレイラの契りを結んだ子達はよくラブラブになるけども、ウチは別件で契りを結んだの。純粋に上級生として、下級生を見守る権利を得る為に、なんよぉ」

 双葉葵はそう説明して見せる物の、大島明海は心底疑いながら双葉葵を見つめ返した。

「…本当に、ですか?」

「播磨の学園艦におわします女神様に誓って。……まぁほっぺにキスぐらいはするかも知れないけど。しおりちゃん可愛いし」

「もう!」

 茶化した言葉にやれやれとばかりの言葉を漏らして大島明海はあきれた。

「まぁそれに、聞いちゃったしね…」

 双葉葵は、言葉を区切った。神妙そうな顔で。

「しおりちゃんからさ。言ってくれたんだよね。明海さんは家族になってくれるって。恋人になってくれるって。本人の口から」

「しおりんが…!?」

 普段は口数も少ない彼女が、その様な事を他人に言うのは本当に珍しい事だ。それも、一等級の秘密に等しい内容を。

「それだけ、しおりちゃん自身が心配だったんだと思うよ。明海ちゃんとの関係が崩れるのを」

「…しおりん…」

 双葉葵に対して不信感を抱いてしまった自分に小さな嫌悪感を感じながら、大島明海は小さく俯いた。

「ま、そーゆー訳で。しおりちゃんと明海ちゃん、君達二人の問題はウチの問題である事と同じ。何か困った事があったら言ってええよ。力になってあげるから」

「あ…はい」

「ほんじゃま、これにて用件はおしまーい。帰ってしおりちゃんにご飯作ってあげて」

「…はーい」

 生徒会室を後にする大島明海の背中を見つめながらに双葉葵は思う。この告白が少しでも大島明海の役に立てば幸いだが…と。

 ソレイラの歴史と契りは重い。中途解消は余程の事が出来ない程。それだけ、かつては上級生が下級生の指導に熱心だったぐらいだ。…葵はそれを逆手にとって、なんとしてでもしおりを守ろうと画策したのだった。生徒会会長の枠組みさえも利用して。

 メロヴィング女子大学付属高校と戦った時の様な『あんな事』がもう起きない様に、と。…もう二度と、神無月しおりに悲しい思いをさせまいと、心の中で強く思いながら。

 

 …数日後の事。神無月しおりが他の少女達と一緒に戦車道の訓練の打ち合わせをしている最中の出来事であった。不意に、神無月しおりにとっては聞きなれた音が響いてきた。それは、サイドカーを取り外したBMW-R75だった。黒く、タイトなデザインの服を着た少女が、跨っていた。

 少女はゴーグルを上げて、そしてニヤリと笑いながら話しかけてきた。その少女は酷く神無月しおりに似ていた。

「久しぶりだねぇ…元気にしてたかい。しおり」

「…!? かおり、姉さん…!? どうして…」

 神無月しおりは酷く狼狽した。何故、此処に自分の姉が居るのかと。来客の放送の類は一切無かった。と言う事は勝手に入り込んだと言う事か。しかし肝心の神無月かおりは特に悪びれる様子もなく、神無月しおりに近づいていった。

「どうしてだって? 可愛い妹の顔を見に来たに決まっているじゃあないか」

「やだ…! 来ないで!」

 尋常じゃないしおりの声に少女達は困惑し、同時に硬直する。あのしおりが、明らかに来るなと否定したのだ。

「酷いじゃないか…折角の姉妹の再会だと言うのに」

「おい、やめないか! コマンダンテが嫌がっているだろう!」

 バウムガルト・桜が意を決して横合いから彼女を制止したが、それさえも気にせず、神無月かおりは羽虫を追い払うように彼女の手を払った。

「悪いけど、部外者の君達には関係のない話だ。本当に会いたかったよ。しおり」

「いや!…いやぁ!…んむ、ぅ…!?」

 しかし神無月かおりは、そんな嫌がる神無月しおりの言葉も気にせず、しおりの手を取り、頬を支え固めてキスをした。それは見るからに破廉恥なディープキスだった。舌を絡めあう程のキスで、周りの少女達を驚かせるほどの物だった。絡み合う二人から離れていてもなお、舌と舌がぬめり合う音が響くほどに…

 あまりの出来事に、少女達の思考が止まる。体を動かす事が出来ない。まるで魔法でも掛けられたかの様に。

 どれ程の間、ディープキスを交わしていただろうか。ほんの10秒程度だったかも知れないし、1分もの時間をかけていた様にも思えた。

 そして神無月しおりは、それこそ必死になって姉の神無月かおりを突き放し、振り解いた。今までにないぐらいの力を込めて。

「どうしたんだい、しおり。小さい頃はあんなに遊んであげたのに」

 その様子に心底残念だ、と言わんばかりに神無月かおりは眉をひそめた。だが…

「やめて! 私は…私は、貴女の玩具じゃない!」

 ハッキリとした拒絶の言葉に対しても、神無月かおりは余裕の表情を見せていた…次の瞬間。パパパパン! と連続した破裂音が響いた。音が響くと同時に、神無月かおりの足元で砂埃が舞い上がった。それは銃弾が作った砂埃だった。

 銃声は357マグナムの音色。その射手はツカツカと速足で少女達に近付いて行った。

「それ以上ウチのしおりちゃんに手を出してみろ。心臓に麻痺弾を全部叩き込んでやる…!」

 空薬莢をカラカラとばら撒き、チアッパ・ライノ・リボルバーへとクイックリローダーで空になったシリンダーに素早く弾を込めながら双葉葵は怒りを露にした。

「葵お姉様…!」

「ごめんしおりちゃん、駆けつけるのが遅くなった」

 しおりの「お姉様」と言う言葉に周囲はざわめいた。そりゃそうだ。実の姉妹でも無いのに神無月しおりが双葉葵の事を「お姉様」と呼んだのだ。少女の誰かがポソポソと口にする。ソレイラを契ったんだ。あの義理姉妹の? なんで会長と隊長がそんな事を? やだもう。もしかしてラブラブに?

 然し、そんな渦中に居ながら神無月かおりは心底楽しげに笑った。

「アハハハハ! これは面白い! 実の姉を差し置いて『お姉様』と来たか! こりゃ傑作だ!」

 神無月しおりとそっくりの顔付で、邪悪にも笑う神無月かおりに播磨の少女達は酷い不気味さを覚えた。

「面白くなった。本当に面白く育ったんだなしおり。そうだ。今日はしおりにぴったりな花束を持ってきたんだ。また会う日を待ってるよ。そこの『お姉様』とやらもな!」

 まるで芝居がかったような言葉を口にして、神無月かおりは花束を神無月しおりの代わりに、双葉葵へと投げ渡し、BMW-R75に乗ると走り去って行った。その間にもガタガタと体を震わせる神無月しおりに少女達は駆け寄った。その顔は酷く青ざめていた。

 双葉葵は空気を入れ替えるかの様に、パンパンと手を叩いて指示を飛ばした。

「今日の戦車道の訓練の打ち合わせは桜ちゃんに引継ぎをお願いする。いいね? 明海ちゃん、悪いけどしおりちゃんをアパートに連れて帰って、面倒を見てあげて。そんなんじゃとてもじゃないけど戦車に乗るなんて出来ないから」

「あの、会長はどうするんですか?」

 五十鈴佳奈は恐る恐る問いかけた。

「悪いね。ちょっと義理の妹を苛めた大悪党に関する調べ物」

 そう言うと双葉葵は怒り半分、冷静さ半分と言った足取りで生徒会室へ向かって行った。件の小さな花束をぎゅぅと握りしめて。

「田宮、青島は?」

 生徒会室に入るや否や、双葉葵は田宮恵理子に問いかけた。小さな花束を机の上に投げ捨てて。

「まだ戻ってきてません。何か彼女に用でも?」

 田宮恵理子はキョトンとしながら聞き返す。とんでもない言葉が返ってくるとも知らずに。

「神無月かおりについて。さっき、普段は大人しいのに、凄まじく拒絶して滅法嫌がってたしおりちゃんにとんでもない狼藉を働いた。公衆の面前でフレンチキスなんかかましやがった」

 双葉葵のその言葉を聞いて、田宮恵理子は絶句した。なんて酷い行為だろうと。

「それは…!? なんて酷い…確か、神無月かおりはしおりさんと実の姉妹では…?」

「そうだよ、だから知りたいんよ。何故あんなにも異様な空気を纏っているんか。異常な姉妹愛はさておくとして、だ…」

 やれやれとばかりに、何もない空間に物を動かす様なジェスチャーを交えて双葉葵は言った。

「たしか、凛ちゃんが作った報告書が…あった!」

 長谷川凛が作った神無月家についての情報が纏められた大きなバインダーに収められたスクラップブックを田宮恵理子は棚から取り出した。双葉葵は田宮恵理子からそれを受け取ると神無月かおりに関するページを探し出し、そして読んだ。熟読した。

 ……神無月かおり。神無月家の第三女にして双子の姉。年齢は神無月しおりより1つ年上。彼女は幼少期から頭角を表していた。タンカスロンや小学生戦車道など、小さな大会から中学生戦車道に至るまで度重なる勝利に次ぐ勝利で瞬く間に戦車隊の隊長を任される。インタビュー曰く愛車は高校生からティーガー改・長砲身。通常のティーガーよりも砲身がやや延長され、炸薬量も増やされているとの事である……

「しおりちゃんは度々自分の事を化け物だーって言うけれど、コイツこそ本物の化け物じゃないか…?」

 スクラップブックを読み終わった双葉葵は呟いた。事実上の常勝無敗。優勝カップを取った回数は数知れず。正に戦車乗りのエースであった。だが同時に残虐だった。

 分かる写真だけでも、彼女と戦った相手の戦車は見るも無残に破壊尽くされている物ばかりだ。宛ら、以前の怒り狂った時の神無月しおりの様に。

 溜息が出る。何なんだ神無月家は。何故こうまでして化け物を量産しようとする…? 双葉葵は苦悩した。

 その時である。コンコンコン、と扉をノックする音が聞こえた。双葉葵が「入っていいよー」と答えた。

「ただいま戻りました。青島です」

「おー。お帰りぃ。帰ってくるの待ってたよ。で、首尾はどうだった?」

「予想以上の情報が得られました。若しかしたら…会長が絶句する程の事が」

 その言葉を聞き、はぁ…とため息を零しながら、二人して完全防音の施された個室へと向かった。

 

「…先ず、『晩夏の大流血』の事ですが…真相が分かりました。神無月しおり。彼女が事件の当事者です」

「当事者って…ちょっと、ちょっと待ってぇよ。前々から変な言葉だとは思ってたけどマジで何が起きた訳!? 戦車道は基本的に安全に配慮されてるっしょ!?」

「落ち着いて下さい。状況を説明しますので…彼女、神無月しおりはその日が初めての、戦車隊の隊長を任された日でした。彼女の乗車していたパンターは待ち伏せに遭い、大口径の榴弾砲で滅多打ちに遭ったそうです。そして主砲の駐退機が破損。暴れまわった部品は彼女の体の一部と右腕を食いちぎって行きました」

 双葉葵は思った。だからか。だから神無月しおりの右腕は生体義手だったのかと。そして何故彼女が震える右手を抑え込んだり、腕をさする様な動きをしてみせたのか。右腕を失った時の幻肢痛に苛まされているからに他ならない。だが、何よりも…

「冗談じゃない!」

 双葉葵は立ち上がり、怒りを込めて力強く机をバン! と叩いた。エリザベド・ガリマールの言葉ではないが、恨み、妬みの籠った戦車道なんて戦車道とは呼べない。

 私怨の籠った、ただの殺し合いではないか! そんな理由を作ったのは恐らくただ一つ。相手を徹底的に叩き潰す事をモットーとする、評判の悪い神無月流の所為だ。そしてそれに恨みを持った戦車道チームの、つまらない感情に幼気な神無月しおりは巻き込まれたのだと。

「更にですが…」

 青島寧々は語り続けた。聞いた内容を記したメモ帳を見つめながら。

「彼女、神無月しおりは甲斐女学園での戦車道では落ちこぼれの扱いを受けていた様です。件の女学園の少女曰く、彼女の戦い方は優しすぎたとか…。また、神無月流でありながら勝利を得る事が度々無かった事から嫌味を込めて『無冠の姫』と呼ばれたそうです。重要な戦車の車長を務めても勝利を投げ打って僚車を庇ったり、破損した車両の為に囮となった結果、負けに負け続け、漸く勝利を掴みだしたのが中学生から。そして初めて、戦車隊の隊長を務めた矢先に起こった事件が『大流血』です」

「…えぐい。えぐいよ…」

 葵は愚痴を零す。なんて言う不幸だ。なんて言う間の悪さだ。冗談じゃない。彼女の初の隊長戦で起きた出来事がそれか。と

「……ふと思った。戦車道連盟は何をやってたのさ。これ程の大怪我が発生したんにも関わらず、ほんの僅かなゴシップにしかなってないじゃないか!」

「恐らくは、戦車道の人気を損ないたくなかったからでしょう。徹底的な隠蔽工作がなされ…思うに、だからこそ神無月しおりの経歴にも戦車道に関する事が揉み消された物かと」

「冗談がキッツイなぁ…」

 双葉葵はもう散々だ、とばかりに呟いた。戦車道連盟の気持ちも分からなくはない。だが実態はどうだ。事件を揉み消すだけ揉み消して、たった一人の女の子の心のケアもしていないじゃないか。双葉葵は心底戦車道連盟を嫌悪した。

「彼女のあの性格、そして戦闘中の優しさ。これで全て説明が付きましたね」

 青島寧々がそう呟くが、双葉葵は首を横に振った。

「いや、まだ問題が残ってる」

 葵は言う。コイツは大問題だとばかりに。

「神無月かおりだ。物凄く、きな臭い。いいや、きな臭いってレベルじゃない。気の狂ったケダモノに思えて仕方が無い。嫌がる妹に…公衆の面前でフレンチキスをかましたんだぞ?」

 葵は頭を抱えながら正直に青島寧々に自分の無力さを零した。

「しおりちゃんを守るって言った矢先にこれだ。私は彼女のお姉様失格だ」

「そんな事はありません。先程、此方に来る途中で長谷川から聞きました。駆けつけて直ぐに追い払ったと」

 青島寧々は率直に双葉葵の行動を評価した。まるで落ち込む彼女とは対照的の様に。

「だけど、事実は変えられない。覆水盆に帰らずだ…」

「以前にも言いましたが、零れた水はまた注げば良い。双葉葵。貴女にはまだチャンスがあるのですから」

「…いっつもありがと。青島。こんな弱っちいウチの背中を支えてくれて」

「生徒会役員の義務ですし、大切な友人の事ですから」

「本当…青島は確りしとって強い子やなぁ…」

 双葉葵の感心するような言葉に、青島寧々は首を横に振った。

「私はただ、気丈に振る舞っているだけに過ぎません。悩みながらも前に進む貴女の方が余程強いですよ…葵」

 凛とした表情から、そっと微笑みを浮かべて青島寧々は友人を評価した。

 双葉葵は「ほんま、おおきに…」と零しながらも、嫌な予感を感じずには居られなかった。神無月かおり、アイツとは必ず何処かでやり合う事になるだろうと。その為にも、出来るだけの事はしないといけないなと、双葉葵は決心した。

 その時である。完全防音の部屋にピーと柔らかい音のブザーが鳴った。誰かが双葉葵と青島寧々を呼んでいるのだ。双葉葵はガコン、と扉を開けた。

「はいはーい。なんですかぁ」

「あっ、会長! 先ほど、花束を机に投げていきましたでしょう?」

 田宮恵理子がタブレットPCを片手に困った様な表情で言葉を発した。

「おーぅ。 あの憎ったらしい神無月かおりからの、ねぇ」

 苦虫を噛み潰したかの様な表情で答えて「それで?」と彼女は問いかけた。

「気になって調べてみたんです…アネモネとヒヤシンスだけの花束なんて、妙な感じねって思って…」

「で~、何が分かったん?」

「…アネモネとヒヤシンスの花言葉は…あえて、悪く捉えるとしたら…『見捨てられた』『見放された』『ごめんなさい』『許してください』となります…」

 その言葉を聞いた瞬間、双葉葵の頭の中で何かがブチリと千切れる音がした。これの何処が『しおりにぴったりな花束』だぁ…?

「あんのクソアマぁああああああ!!!!」

 双葉葵の渾身の怒りの叫びが生徒会室に轟いた。

 

 …その日の夜の事であった。

 神無月しおりはまだ、怯えていた。体を震わせていた。拭い切れない恐怖に。実の姉の暴挙に…

「しおりん…大丈夫…?」

 大島明海の優しい言葉にも、神無月しおりは力無く首を横に振るだけであった。

 大島明海は、小さく決心した。聞かねば成らない。何があったのかを。でなければ彼女を慰める事が、癒す事が出来ないと思ったから。

「…聞いても、良い? 何があったの? 小さい頃に」

 その問い掛けに神無月しおりはビクリと一瞬、体を大きく震わせた。そして彼女は…意を決してぽつりぽつりと語りだした。

「…私は…小さい頃から…かおり姐さんに弄ばれてた…その頃は全く…何をされているのか、全く…分からなかったけど…でも…私が…そう言う行為が…イケナイ事だって…理解した瞬間…かおり姐さんの…してきた事は…激しくなった…」

 大島明海は絶句した。姉妹愛に対しては何の文句も言わない。そう言う関係もあるとしばしば聞くから。だが、幼い妹を、僅か一歳年下の幼い妹に性的な行為を行う姉がこの世の何処に居るのだ。それもレイプ紛いの暴挙を。

「……怖かった……かおり姉さんの目が……私を見る目が…まるで…獲物を見つけた…狼みたいで…」

 神無月しおりが語り終えたその時、大島明海は優しく彼女を抱きしめた。ふんわりと、慈愛の籠ったハグを。

「大丈夫。大丈夫だからね、しおりん。私が、居るから」

「…明海、さん…」

「大丈夫…今度アイツがしおりんに嫌な事しようとしたら、絶対に守るから」

 大島明海の決意は熱く、そして同時に神無月しおりをホッとさせた。体の震えが、少し収まった様な気がする。そして大島明海は思った。今しか、チャンスは無いと。

「ねぇ、しおりん、こっち向いて?」

「……?」

 キョトンとした表情で、視線を合わせる神無月しおりに、大島明海は優しく、優しく、額にキスをした。

「…ぁ…」

 ぽつりと、声が零れる。それは嫌悪の物ではなく…

「しおりんは…こんなキスは、嫌い…?」

 大島明海の優しい問いに、神無月しおりは小さく首を横に振った。

「…暖かかった…明海さんに…抱きしめられてるみたい…だった…」

「…もう一回…する…?」

 再びの問いかけに、少女は小さく頷いた。

 優しい雨が降る。キスと言う名の、優しい雨が。何度も、何度も。

 大島明海は、そっと静かに指を絡めた。神無月しおりの震えは、もう殆どない。

「ちゅっ…」と唇と唇が触れ合った。

「これも…イヤ…?」

「…いやじゃ、ない…その…よく、分からないけど…明海さん…あったかい…」

 もじもじと照れる神無月しおりのしおらしい姿に大島明海は生唾をごくりと飲んだ。お嬢様やお姫様と形容されるような美少女が、自分のキスで気持ちいいと言ってくれたのだ。例えその言葉が、少女にとっては上手く表現出来なかったとしても。気持ちが高揚して堪らない。だけども、必死で逸る心を抑える。

「これはね、しおりん…気持ちいいって、言うんだよ…?」

「…きもち、いい…」

 神無月しおりは、初めて口にする言葉をゆっくりと呟いた。大島明海は頷いて見せる。

「気持ちいいこと、もっと…する…?」

「…ん…明海さんと…暖かくて、気持ちいい事…したい…かも…」

 恐る恐る言葉を口にする神無月しおりを、大島明海はそっと抱きしめた。独り、心の中で呟く。良かった。壁の一つは突破出来た。と…

 ちゅ、ちゅ、とキスの雨を降らせながら、大島明海は神無月しおりのパジャマをそっと脱がせた。線が細くて儚さを思わせつつも、多くの傷跡が残る体にそっとキスをする。

「しおりんの体、本当に綺麗だよ…」

「…そんな事…ない…」

 困った様な、照れるような表情で神無月しおりは答えた。だが大島明海はううん。と首を横に振った。

「私が一番、知ってるもん。しおりんの体が綺麗な形をしているの」

 そう言いながら、大島明海はするすると自分のパジャマを脱ぎ捨てた。肉付きの良い、バランスのとれたスポーツマン的な体だった。

「私が、教えてあげるから…あんな強姦じゃなくて…『愛の一つ』を…」

「…明海、さん…?」

 言葉の意味が分からず、キョトンとする神無月しおりに、大島明海は優しく撫でる頬にキスをした。

「少しでも怖かったり、嫌だったら言ってね…? 私、しおりんの嫌がる事、したくないから」

「…うん…」

 そして少女達は体を重ね合った。唇を触れさせ合う。甘い甘い口づけを。最後の分水嶺を越える。下着をそっと脱がせて、少女達は己自身を曝け出した。

 体が、熱くなる。まるで逆上せるかの様に。ガソリンが燃え上がるかの様に。石炭が煌々と赤く燃え滾るかの様に。

「っ…ぁ…あっ…」

「ひぁっ…ぁ…あぁっ…!」

 甘い、甘い悲鳴が、アパートの一室に木霊する。幾重にも幾重にも重なって。少女の嬌声が響く。十重に二十重に重なり合う波の様に。

 

 神無月しおりはこの日、『愛の一つ』を知った。そして『愛し合った』。何度となく、甘い甘い『愛』をゆっくりと貪った。

 

 その翌日…

 神無月しおりを心配する少女達が、戦車の倉庫の前に集まっていた。まだ恐怖が抜けきって居ないだろうかと心配して。しかし…

 その心配は幸いにも無駄に終わった。神無月しおりは何時もの、何処か少しおっとりとした落ち着いた雰囲気を纏っていた。だが…

 神無月しおりと、大島明海の肌が妙にツヤツヤとしていた事に、とある少女は気が付いた。

「隊長と明海さん、一線を越えちゃったの!?」

「馬鹿ッ! そんな事は気付いても聞くんじゃない!!」

「でもでも、未成年だよ!?」

「黙らっしゃい! 隊長と大島さんに迷惑だろうが!」

 わーわーきゃーきゃーと騒ぎ、喚く少女達を前にして、神無月しおりは自分の感情を上手く表現出来なかったが、顔を赤らめながらそっと大島明海の背中に隠れた。

 

 あくる日の事、初夏ももう終わろうかと言う頃。播磨女学園に打電が届いた。

 打電主はローズマリー・レンフィールドだった。『しおりさん、お茶会をするからメロヴィング女子大学付属高校にいらっしゃいな』と。

 その打電を受けて、双葉葵は「行ってらっしゃーい。楽しんできてね~」と言って神無月しおりを送り出した。少女はお菓子を持たされてユンカースG24へと乗り込む。液冷V型水冷12気筒エンジンが調子よく唸りながら空を飛んだ。空の旅をする事暫し。メロヴィング女子大学付属高校の学園艦が見えてきた。空から見る学園艦は確かに遠い遠い昔、かつての世界大戦や戦後に作られた空母によく似ていた。しかし一番の違いは、その甲板であろう。何故なら人々が住む街と、学園があるのだから。

 ユンカースG24は緩やかに滑走路へと着陸する。神無月しおりが飛行機から降りるとお待ちしていましたとばかりに一人の少女が恭しくお辞儀をした。

「神無月しおり様ですね? お待ちしていました。他校の方々も既にお揃いです。どうぞ此方に。お茶会の会場までご案内致します」

 優雅な校舎。可憐な学生服に身を包む少女達。所々の庭に植えられている薔薇の数々に、神無月しおりは聖・バーラム学院とはまた雰囲気が違うな…と感じた。

 そうこうしている内に、どうやら目的地にたどり着いたらしく、薔薇の茂みに囲まれた半球状の屋根を持った、ガゼボがそこに在った。お使いの生徒が「神無月しおり様をお連れしました」と答えた。

「通して差し上げて頂戴」

 エリザベド・ガリマールの何処か勝気な、だけども嫌味ではない声が中から聞こえた。

「それではどうぞ、中へ」

 言われるが儘に、神無月しおりは小さな迷路の様な薔薇の茂みの間を通ってガゼボへと辿り着いた。其処には愛おしいメンバーがお茶の準備をしていた。

「いらっしゃい。シオリチカ。左目の具合はどう…?」

 アレクサンドラ・楠が少女達を代表するかの様にそっと問いかけた。

「ん…大丈夫。視力も問題ないから」

 そう答えると少女達はホッとした。特にジェーン・フォードは一番ホッとした事だろう。

 斯くして、戦車道少女達の他愛もないお茶会が始まった。それぞれが持ち寄ったお菓子を摘まみながら。しかしジェーン・フォードだけは少し困った様な顔をしていた。

「えっと…うちってアメリカ系の学園艦でしょう? 文化もアメリカ系だから、あんまり可愛いお菓子って無くって…だからこれで勘弁して頂戴!」

 そう言って差し出されたのは、小振りに作られたミートパイだった。逆に、とてもアメリカらしいと言う事で、少女達には好評であった。食べやすい小振りなサイズに作られたそれは、スパイスが効いていて、冷えていても美味しかった。

「そういえば、ポップコーンもあるのではなくって?」

 エリザベド・ガリマールはフィナンシェを摘まみながらジェーン・フォードに問いかけた。

「あ~…えっとね、そう思って作ろうかなって思ったんだけど…時間が経つと油っぽいし、真空パックしとかないと湿気ちゃうしで、ね…?」

 ジェーン・フォードは「たはは…」とばかりに苦笑した。中々どうして、それぞれの文化の違いがあって面白いな…と神無月しおりは思った。

「その点で言うと、しおりの学校はズルいわ!」

 神無月しおりの持ち込んだパリブレストを前にしてエリザベド・ガリマールはそう言った。…ズルい…? はて。どう言う意味だろう。と神無月しおりは首を傾げた。

「イギリス、フランス、ドイツって三ヵ国を網羅している上にとても美味しいんだもの!」

「やはり、播磨の近くにはお菓子に強い神戸があるからかしら?」

「羨ましいわよねぇ。色々食べられて。それにコレ、確か料理人を目指してる調理科の子達が作ってるのよね?」

 確かに、これは調理科の子達が丹精込めて作ったお菓子だ。態々学内で販売している程度には、気合が入っている。神無月しおりは小さくコクコクと頷いた。

「今度、プリャーニクでも注文してみようかしら」

 クスクスと笑うアレクサンドラ・楠に対して「意地悪はお辞めなさい?」とローズマリー・エンフィールドがやんわりとたしなめた。

「そうだわ! すっかり忘れてましてよ!」

 ガタッと椅子を揺らしながら立ち上がるエリザベド・ガリマールに神無月しおりは再びキョトンとする。

「タンカスロン、しませんこと? このメンツで」

 エリザベド・ガリマールのその言葉に少女達は乗り気だった。

「良いわね。タンカスロン。軽戦車を振り回すのって楽しいし」

「Good! たまには小さい戦車も使ってあげないと泣いちゃうわ」

「それで、エリー? ルールはどの様に?」

「チームそれぞれ2両ずつ。誰が勝っても負けても恨みっこなし! それで如何かしら」

 そして少女達は楽し気に言う。「乗った!」と。……ただ一人、神無月しおりを除いて。彼女は少しオロオロとしていた。

「あら、どうかしたの? シオリ」

 ジェーン・フォードの問いかけに神無月しおりはおずおずと答えた。

「私の学校…軽戦車持ってない…」

 その言葉を聞いて、少女達は「おうふ…」と表現し難い声を漏らした。

「ウチからレンドリースしましょうか?」

「でも、不慣れな戦車は不利になるのではなくって?」

「かと言って購入するにもタンカスロンの人気のお蔭で最近は軽戦車も値上がりしているし…戦車道でも偵察役として引っ張りだこだし」

「悩ましい問題ね…」

 少女達のああだこうだと言うやり取りの中、神無月しおりはふと思いついた。

「あの…お電話、良いですか…?」

 恐る恐る、神無月しおりは少女達…特に恐らくは、主催者のエリザベド・ガリマールに問いかけた。

「えぇ。問題なくってよ?」

 許しを得た神無月しおりはそっと携帯電話を取り出し、短縮アドレスをプッシュした。コールする事暫し…そして繋がった。

『はいはーい。どしたのしおりちゃーん。お茶会してるんやなかったっけー?』

「あの、おねえさ…んっ…葵さん、軽戦車を2両、どうにか手配出来ませんか?」

 つい、お姉様と言いかけてしまうのを我慢しながら神無月しおりは言葉を続けた。

『軽戦車? なんでまた? 何するの?』

「友達の皆で、タンカスロンをしようってなって…」

『ははーん成る程成る程。オッケーオッケー。お姉様に任せておきなさい。それじゃねー』

「宜しくお願いします」

 電話を終えて、小さくふぅ…と吐息を吐いた神無月しおりに、ローズマリー・レンフィールドが楽しそうに食いついた。

「ねぇしおりさん? 先程、お姉様って言いかけなかったかしら?」

 ローズマリー・レンフィールドの鋭い指摘に、神無月しおりは頬を染めた。何故だか分からないが、顔が熱い。

「まぁ、可愛らしい反応だこと。ソロルの契りを結んだ訳ね。恐らくは、生徒会長さんと」

 その時エリザベド・ガリマールは「はて?」と反応した。

「ソロル…? スペイン語で姉妹ですわよね…? 我が校でも選択科目に存在しますけれども…それとしおりと葵に何の関係があるのかしら?」

「義理の姉妹の事よ。私の学校はミッション系の学校だから、シスターと言うと修道女の『シスター』と被ってしまうの。それで、混同してしまうのを避ける為にスペイン語を使った訳。上級生と下級生を姉妹に見立てた制度なの。古くからある制度だけれど、まさか播磨にもあっただなんてね」

 ローズマリー・レンフィールドの説明を受けて、エリザベド・ガリマールは成る程! とばかりに納得した。

「我が校にもありましてよ! まぁ、義理の姉妹と言うか、姉弟子、妹弟子と言った感じですけれども」

「それでしたら、私の学校にも。ジェーンのところには…?」

 アレクサンドラ・楠の言葉にジェーンは悩んだ。

「うーん…そう言う耽美な制度は無いけどもー、すっごい仲良しでペアリングとか付けてる子なら見かけるわね!」

 神無月しおりは思った。他愛も無い談話が心地いい。平和で、暖かくて、今にもほぅ…と心地いい溜息が出てしまいそうになる。

 少女達の、平和なひと時。緩やかな時間。きっと心に刻まれる、思い出の一コマに。

 

 ほぼ同時刻…

 

 双葉葵は短縮アドレスをプッシュした。暫くの呼び出し音の後、通話が繋がる。

『双葉さん? 一体どうしたのかしら。注文の品はまだもうちょっと掛かる所よ?』

 電話に出たのは戦車会社の早乙女光だった。電話口の向こうからは少し忙しそうな雑音が聞こえる。

「急なお電話すいません。実はしおりちゃんがタンカスロンやる事になって。小型戦車をレンタル出来ないかなー思ったんよぉ」

 要件を手短に伝えると早乙女光は成る程! とばかりに自分のデスクで頷いた。

『それだったら丁度いいのがあるわよ! ウチの会社の試作品! カリッカリにチューニングしてあるから、腕のいい子にしか扱えないけど』

「それやったら問題ないと思いますわぁ。ウチの子達、しおりちゃんのお蔭でグングン成長してるから」

『それじゃぁ直ぐにでもそっちに輸送するわね! 合流地点の航路座標、あとで算出しといて頂戴』

「はいはーい」

 電話が切られと、早乙女光はちょっと休憩するから。と同僚に一声かけて、タンブラーにカフェオレを注ぐと戦車の工廠へと足を運んだ。

 そこには大小様々な戦車が立ち並び、クレーンには主砲や砲塔と言った重量物が吊るされていた。ゴン…ゴン…と鈍いハンマーの音がして、バチバチと溶接する音が響き、何かを掘削するドリルの音が聞こえ、グラインダーの強力な回転音が響く。早乙女光はその中でも二両の戦車に目を向けた。

「貴方達が暴れまわる姿を想像すると、とっても楽しみだわ♪」

 タンブラーからカフェオレを飲みながら、早乙女光は(しおりちゃんが今度やるって言うタンカスロン、有給取って見に行っちゃいましょうか)等と考える彼女に対して、その軽戦車は静かに…鈍い光を発するのであった。

 

 

 数日後…約束の日。アレクサンドラ・楠はT60軽戦車に乗って現れた。その表情は何処か勇ましげであった。ローズマリー・レンフィールドは何事も優雅にと言わんばかりにハリー・ホプキンス軽戦車に乗ってきた。エリザベド・ガリマールは威風堂々と言う風にオチキスH35に乗って現れ、ジェーン・フォードは楽し気な表情を浮かべてあれこれと改造したM2A4軽戦車に乗って現れた。

「ねぇジェーン? M2A4軽戦車ってちょっと重すぎなくって? 貴女それで大丈夫ですの?」

「イエス! だからちゃんと10トン以内に収まる様に改造してきたのよ。具体的にはちょっと軽い履帯に交換したり、使わない機関銃を下ろしたりね」

「履帯ってかなり重いものね…戦車道をやってて一番辛いのって履帯の修理なんじゃないかしらって思うぐらい。

「ところでシオリチカはまだなのかしら…?」

 そろそろ約束の時間なのだけども…と懐中時計を取り出しながらアレクサンドラ・楠は心配そうに呟いた。その時である。

 マイバッハの直列6気筒エンジンの音が響いてきたのである。それもかなり独特な音を奏でて。そして林の向こうから現れたのは…二号戦車ルクスであった。少女達はギョッとした。二号戦車ルクスは殆ど軽量な中戦車ではないかと。しかも30mm機関砲まで搭載している。神無月しおりとバウムガルト・桜は二号戦車ルクスから降りてきた。そして少女達は叫ぶ「ズルーい!!」と。

 神無月しおりはキョトンとした。お茶会でも「ズルい」と言われたが、その言葉の意味する所はなんだろうか? と。その様子を見てバウムガルト・桜は「やはりな…」と苦笑しながら言葉を零した。

「コマンダンテ。彼女らの言葉の意味が分かるかい?」

 神無月しおりはふるふると首を横にふった。相変わらずキョトンとして、幼気な彼女の振る舞いに幾ばくかの心のトキメキを感じつつもバウムガルト・桜は言葉を続けた。

「とどのつまりだ。彼女らは我々の事を卑怯だと言いたいのだ」

「卑怯…卑怯な事をズルいって言うの…?」

「そうとも。何故なら考えてみたまえ。我々の戦車の性能を。軽い中戦車に片足を突っ込みかけている。元々の重量は幾らだったかね?」

「…確か、13トンぐらい。燃料とか含めて」

「そうとも。それでもって、我々の戦車はこのタンカスロンに参加する為に転輪を大幅に軽量化したり、燃料タンクの容積を減らしたり、フェンダーや道具箱を取っ払ったりした訳だ。それでいて尚且つこの30mm機関砲は貫通力に大変秀でている。至近距離なら90mmぐらい貫通させる事が可能なのはコマンダンテもご存知だろう? そしてエンジンはよりパワフルに改造されている訳だ」

 バウムガルト・桜の言葉を聞いて、神無月しおりはコクリと頷いた。

「更に言えば、だ。タンカスロンの定番の戦法は何かね?コマンダンテ」

「…数があるなら包囲網を敷いての物量作戦。そうでないのであれば物陰を利用した奇襲作戦。足が速いのであれば速度を生かした高速戦闘や奇襲を兼ねた突貫」

「うむ。流石はコマンダンテだ。タンカスロンでの戦法をよく知っている。故に、彼女らは卑怯だと言ったのだ。ご理解頂けたかね?」

バウムガルト・桜の説明にゆっくりと神無月しおりは頷いた。だが既にその瞳は勝負に燃えていた。

「…卑怯でも…ちゃんと戦車は仕立てて来た。勝負を挑まれたからには…勝ちたいな…」

「うむ。楽しんで勝とう。それが我々の『道』だ。さてコマンダンテ。どう戦うかね?確かに我々の戦車は他の戦車に比べて俊足かつ火力に優れるが、装甲は平均的と来た。ハリー・ホプキンス軽戦車は我々程では無いが足が速く、装甲は我々より若干固い。オチキスは重装甲だが足は鈍重。M2A4軽戦車は割と主砲が強力だが側面と背後が弱い。T60の主砲は脅威だが、砲塔が狭く指示が難しい。装甲も強力だが、M2A4軽戦車と同じく後部や側面が弱点だ」

「…少し時間を貰う」

「しおりちゃーん!」

 その時であった。神無月しおりの名前を呼ぶ、優しい声が聞こえてきた。

「あ…早乙女光さん…」

 声の主は、戦車会社の早乙女光であった。普段の仕事着のスーツではなく、今日はジーンズにジャケットと言うラフな格好であったが、その姿も大変よく似合っていた。

「えへへ。しおりちゃんがタンカスロンやるって聞いて見学に来ちゃった。悔しい事に試合の方は中々見に行けるチャンスが無かったけれども。うちの会社が総力をあげて弄ったルクス、派手に振り回して頂戴ね。多少壊れたって問題ないから!」

「はい…存分に、使わせて貰います」

「それじゃ! 私は安全な所で見学させて貰うから! ばいばい♪」

 早乙女光とのやり取りを見ていたバウムガルト・桜はしみじみと思った。

「コマンダンテは中々どうして愛されているなぁ」

「…?」

「皆から慕われていると言う事だよ。それもまた、愛の一つの形なのだ」

「…そっか。うん…ちょっとだけ、理解できた…」

「シオリチカー!」

 アレクサンドラ・楠が神無月しおりを呼ぶ声が聞こえてきた。

「ちょっとこっちに来て頂戴ー」

 

 斯くして戦いは始まろうとしていた。とは言え、神無月しおりとバウムガルト・桜の駆る二号戦車ルクスとの性能差を考えて他の少女らは陣を組んだ。

 正面にホプキンスとT2がそれぞれ2両ずつ並び、左翼にオチキスが2両。 右翼にT60が2両 。そしてこの三角形のオチキスとT60が繋ぐ辺のやや後方に、ルクスは配置された。

「これでは事実上の包囲網だな…それでどうするかね? コマンダンテ」

「…定石を使いつつ、定石を破ります。説明するのでタブレットPCを見て下さい」

 

「それでは皆、準備は良いかしら?」

 ローズマリー・レンフィールドが皆を代表して無線機に問いかける。

『こちらサーシャ。問題ないわ』

『エリーよ。此方も問題なくってよ!』

『こちらジェーン。準備OK!』

『…神無月です。問題ありません』

「それじゃぁ、スタート!」

 ローズマリー・レンフィールドがキューポラの隙間から信号拳銃を撃った。ポンッと間抜けた音が響く。

 その途端、二号戦車ルクス2台は派手に発煙筒を発火。煙幕を散布した。それも二号戦車ルクスが全く見えない程に。

「いきなり煙幕!?」

 ジェーン・フォードは驚く。途方にも無い濃い煙幕だと。

『しおりさんは煙幕を使うのが好きなのよ。各車警戒!』

 するとどうだろうか。エンジン音を高らかに鳴り響かせながら、折角の煙幕の中から二台の二号戦車ルクスが飛び出してくる。

「どう言う事ですの!?」

『何はともあれ、狙わせて貰うわ、シオリチカ!』

 キリキリと砲塔を旋回させ、狙いを定めようとしたT60とオチキスH35は二号戦車ルクスの未来予測位置へと砲を向ける。

「貰った!」

 エリザベド・ガリマールがそう叫ぶや否や、二号戦車ルクスは急ブレーキをかけて、素早い勢いで後退した。見事な程に、T60とオチキスH35の射線上の少し手前に。神無月しおりは互いを誤射させた。

「ちょっと! 危ないじゃないの!」

『それはこっちの台詞ですわ! ルクスは何処へ!?』

 その間にも、煙幕の中を突き抜け、二号戦車ルクスは素早くドリフトターンを行った。後進運転から前進運転へと転進する。誤射によってもたついて居るオチキスH35とT60のエンジンルームへと行進間射撃にて30mm機関砲を斉射、神無月しおりとバウムガルト・桜は一両ずつを撃破した。

「二人とも、落ち着きなさい! 数の上ではまだ私達が有利よ!」

『シオリの運転、派手ったらないわね! まるでタンク・ラリーみたい!』

 ローズマリー・レンフィールドが少女達に指示を出し、ジェーン・フォードが気持ちを落ち着かせようと軽口を叩く。そうしている間にも、二号戦車ルクスはまだ生きているオチキスH35とT60をカーブの中心点にしつつ互いにクロスするような機動を取りながら再び煙幕へと突入する。

「好機よ! 包囲網を敷きなさい!」

 各車両は煙幕を取り囲む様に展開するが、突然二号戦車ルクスが煙幕から飛び出し、側面に回り込もうとしていたT60とオチキスの真横やや後ろへと横付けする。履帯と履帯がぶつかり合い、火花を散らした。ハリー・ホプキンス軽戦車とM2A4軽戦車は誤射の可能性が非常に高く、発砲する事が出来ずに居た。斯くしてT60とオチキスH35を盾にした二号戦車ルクスはハリー・ホプキンス軽戦車とM2A4軽戦車を一両ずつ撃破する。

『まだよ! まだ終わった訳ではないわ!』

『シオリったら、すばしっこ過ぎぃ!』

 再加速するルクスは再び煙幕を展開。少女達の視界を奪いながら高速で移動した。

「まずい! このままだと誤射の可能性が…!」

 アレクサンドラ・楠が叫ぶや否や、エンジンルームにガンガンガン!!と強い衝撃を受ける。車内の白旗判定装置の白旗を知らせるランプが点灯する。こんな煙幕の中でどうやって…? 疑問が止まないでいると、通信が入ってきた。

『嗚呼っ! もう! やられましたわ!』

 エリザベド・ガリマールの悔しさに満ち溢れた悲鳴にも程近い無線が響く。

「ジェーン!円周防御!ホプキンスの後ろに戦車を付けて!」

『オーケィ! このままやられっぱなしじゃ悔しいものね!』

 然し、少女達の奮闘も空しく、突如左右から現れた二号戦車ルクスに反応が遅れて、最後に残ったハリー・ホプキンス軽戦車とM2A4軽戦車は見事に撃破された。煙幕が晴れる頃には、白旗を上げる戦車が8両の戦車と、ピンピンしている二号戦車ルクスがあった。

 タンカスロンを見ていた観客たちは言う。一体煙幕の中で何があったんだ? ルクスは煙幕を出たり入ったり何をしていたのだ? と。

 斯くして、二号戦車ルクスを仕留めた後にバトルロワイアルを繰り広げる気満々であった少女達は、見事に神無月しおりにしてやられたのであった。

「それでしおりさん? 一体どんな魔法を使ったの?」

「イエス! あんなにモコモコとスモークを焚いて、どうやってチームメイトとぶつからずに済んだ訳?」

 少女達の問いに神無月しおりはもぞもぞと、とあるアイテムを取り出した。

「これ…タブレットPCと高性能GPS…あと目視…」

「えぇぇぇーーーッ!?」

 少女達の悲鳴が木霊する。神無月しおりはビクッと体を震わせつつも説明を続けた。

「圧倒的数の不利を覆すにはこれしか無かった。勿論、事前にどんな走行機動を取るのか、ブリーフィングしたけど」

「…してやられましたわ。ルール無用のタンカスロンで…」

「まさか、文明の利器に負けるとはね…」

「Oh…Shit…」

「これはもうアレね。しおりさんには何か奢ってもらうのは如何かしら? 日本のゴルフのホール・イン・ワン文化の如く」

「74アイスのアイスクリームなんてどうかしら?」

「賛成! 汗かいちゃったし、喉もカラカラだわ」

「良いわよね? しおりさん?」

 少女達のやり取りにオロオロしながらも、神無月しおりは自分のサイフの中を覗き込んだ。そして…

「…バウムガルトさん。助けて…後でお金、ちゃんと返すから…」

 どうしよう…と言う表情で神無月しおりは友人に助けを求めた。

「ハハハハハ…コマンダンテの願いとあらば、仕方ないだろう。安心したまえ」

 バウムガルト・桜は苦笑しつつも優しくしおりの頭を撫でるのであった。

「決まりね! エンジンルームもカーボン仕様だから、皆自走できる状態だし。それぞれの戦車で行きましょ」

 アレクサンドラ・楠がそう言って音頭を取った。少女達は頷く。

「誰か最寄の74アイスの場所、知ってまして?」

「イエス! あたし知ってるわ! 先導するから付いてきてー」

「ちょっとしたパレードですわね」

「最後尾が優勝者ってのも変ってるがな」

「ホントそれ!」

 バウムガルトの言葉に各校の少女が口を揃えてそう言った。神無月しおりは思う。どうして最後尾なのだろう。と

「しおりちゃーん! 煙幕の中の戦い、凄かったわよー!」

 ふいに、早乙女光の賞賛の声が聞こえた。神無月しおりは、自然と、微笑みながら手を振る事が出来た。

 74アイスクリームに到着した戦車少女達は和気藹々と、何を食べるかできゃっきゃと騒いだ。しおりは微笑む。何時までもこんな時間が続けば良いのにと。口に含んだバニラのアイスは、とても甘かった。

「なぁにシオリ。バニラだけ頼んだの? チョコミントも良いわよ?」

「ふえっ…?」

 不意にジェーン・フォードがチョコミントを神無月しおりのカップに分けてきた。少女はキョトンとする。

「あら。ラズベリーも中々の物よ?」

「えっと、あぅ…」

 次にはエリザベド・ガリマールが食べていたアイスを分けてきた。

「キャラメルだって素敵だわ」

「では私からはラムレーズンを」

「あわわ…」

 気が付けば少女達の善意によって、神無月しおりのアイスのカップは、お裾分けのアイスクリームでこんもりと盛り上がってしまった。彼女は困惑する。こんなに沢山のアイスクリームを食べきれるのだろうかと。

 ……前言撤回。何事も楽しい事は程々で無いと苦労するのだとしおりは思うのであった。お腹を壊したらどうしようか。と同時に思いながら。

 その傍らで、少女達と神無月しおりのやり取りを見て、バウムガルト・桜は思う。

 コマンダンテに友人が出来て本当によかったと。何故ならば、彼女の表情が前よりも豊かになって居たから。

 少女は確かに、一歩ずつ、普通の女の子への道を踏み出していた。たとえそれが、緩やかな歩みだったとしても。

 

 …時間は少し遡り…

 

「見たか、三之菱。あんな戦法を取る戦車乗りはそうそう居ないぞ」

 少女は楽し気にタンカスロンを見学していた

「是非ともお手合せを願いたいですね。川崎様」

「ああ! 楽しみで楽しみで堪らないな! それでは帰るとするか。三之菱」

「えぇ。川崎様。所で帰りしなにキューマル屋のクレープを頂いて帰るのは如何でしょう?」

「それは良い提案だ! 糖分は頭を回すのに大切な物だ。それでいて美味なら言う事はない!」

 二両のチハは、空冷ディーゼルエンジンの音を響かせながら、タンカスロンの会場を去っていった…

 

 

 

 

登場戦車一覧

 

T60軽戦車

ソ連製の軽戦車。長い経緯を経て設計、生産された車両である。

主な武装としてTNSh20mm機関砲を有する。しかし史実ではその華奢ぶりにあまり有用に使われなかった。

 

ハリー・ホプキンス軽戦車

イギリス製の軽戦車。テトラーク軽戦車を代替する為に生産された。かなり独特な駆動形式を有している。

主な武装としてオードナンスQF 2ポンド砲を有する。一見するとテトラークの亜種にしか見えない。

 

オチキスH35

フランス製の軽戦車。車体各部を鋳造し、繋ぎ合わせると言う独特の生産方法で作られた。

主な武装として21口径37mmピュトーSA18砲を有する。見た目は丸みを帯びて可愛いが、品質には色々と問題があったらしい。

若干の重量オーバーの為、履帯の軽量化が図られている

 

M2A4軽戦車

アメリカ製の軽戦車。多種多様なバリエーションを誇る。外見はM3スチュアート軽戦車にも似ている。

主な武装としてM5 37mm戦車砲を有する。皮肉な事にイギリスに送られた本車両の愛称もまた「スチュアート」であった。

見た目の割りに重い為、この車両もまた軽量化が図られている

 

二号戦車ルクス

ドイツ製の軽戦車。二号戦車の系列車両である。快速を誇る戦車である。また軽戦車には珍しく、乗員が4名である。

主な武装として55口径2cm機関砲KwK38を有する。当車両は偵察目的に作られたが生産を打ち切られた経緯を持つ。

タンカスロン参加に当たり、フェンダーを大胆に切除、履帯を軽量な物に交換、転輪の穴開け軽量化、燃料タンクの削減。さらには武装をより強力な3 cm M.K. 103機関砲へと交換する等の魔改造が施されている。

 

 

 

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