【Girls-und-Panzer】 砲声のカデンツァ   作:三式伊吹

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※当作品は昔ながらの文庫スタイルで書かれています。
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・歩み行く者。這い寄りくる物





ep.7

 

 

 

 他愛もない日常を破壊する物が『人間』だとするのであれば

 他愛もない日常を取り戻す物もまた『人間』である。

 

 神無月かおりの暴挙によって過去のトラウマの一つを抉り出された神無月しおりは大島明海の献身的な『愛』によってその束縛から解き放たれた。

 神無月しおりはまだ気付いていないだろう。『愛の力』を。『愛の為せる事』を。しかし今はそれで良い。少女には時間が必要なのだから。

 

 …あくる日、エリザベド・ガリマールの提案によって少女達はタンカスロンを行う事となった。斯くして試合当日の事である。続々と集まる少女達だが

 神無月しおりは驚異的なまでに改造された二号戦車ルクスを投入してきた。その性能差に少女達からはブーイングを受ける。そして…

 五校同時によるタンカスロンは、圧倒的な数の不利と言う状況下でありながらも神無月しおりの機転によって彼女の勝利に終わった。

 

 勝負に負けた少女達は勝利者である神無月しおりからの施しを要求した。しかしそれはただの理由作りにしか成らない。

 まるで例えるのであれば一人ぼっちの神無月しおりを取り囲む様に、少女達は自らが注文したアイスクリームを彼女に分け与えた。

 それは話題の切っ掛け作りの為に。少女達は口々に優しく問いかける。「美味しい?」と。

 少女らの問いかけに神無月しおりは必死に頭の中に詰め込まれた語彙を引っ張り出して答えた。それが少女らにはいじらしく見えた。

 少女達は教えてあげた。少女らしさを。普通の少女らしさを。神無月しおりの求める、戦車道が好きな普通の少女の有様を。

 その様子を一人、バウムガルト・桜は静かに見守っていた。『愛される』事もまた『愛』である、と。

 

 初夏ももう、終わりに近づきつつあった。

 …はしゃぐ少女達は何も知らなかった…

 …直ぐそこに一つの終焉が迫りつつある事を…

 

 

 

【Girls-und-Panzer】

 砲声のカデンツァ

 第七話:ディフェンス…リロード・モア

 

 

 そろそろ地上では蒸し暑くなろうかと言う季節の頃。学園艦は潮風を浴びて涼しい夏の始まりを謳歌していた。新しい始まりを謳歌しているのは季節だけではない。戦車道少女達もまた、新たな出会いに涌いていた。

 運び込まれてきたのは重戦車。それも二両である。方や、実戦配備型の増加装甲を施されたポルシェティーガー一型に、VK45.02の名を持つポルシェティーガー二型であった。

「凄い! 本物の重戦車だわ!」

 T34の装填手の大淀歩美が感嘆の声を上げる。それは他の少女達も一緒だった。神無月しおりもその一人だった。

「…こんな凄いの…よく手に入ったな…扱いは難しいって聞くけれど…」

 神無月しおりの言葉に二両の戦車を仕立てて来た早乙女光はえっへんと胸を張った。

「元々この二両はこの播磨女学園の倉庫にあった物なのよ。すっごいボロボロでスクラップ寸前だったけどね。しおりちゃん覚えてる? 使えそうな戦車の復旧をして欲しい。って言ってたの。だから復旧した訳。それにこの二両はバッチリなんだから! 一型の方は実戦配備型と同じ増加装甲を施して、弱点の側面ハッチも閉鎖したし、さらに二両ともにエンジンを熱に弱い空冷エンジンから液冷エンジンに取り換えた上で、パワーアップは勿論の事、発電機を小型かつ高出力で耐熱性に優れる物に交換! 当然動力モーターはヒートシンクを取り付け、パワフルかつ発電機にマッチする物へと入れ替え。最終変速装置も大きなトルクが掛かっても大丈夫な様にばっちり改造済みなんだから! オマケで使った後は整備が必須だけど、スクランブルブーストも掛けられるわよ! 回数は出力によるけどね」

 早乙女光の改良結果の解説を聞きながらも、中嶋奏は不思議そうにポルシェティーガー一型を眺めていた。

「でもこの子、ずいぶんとチグハグですねぇ…車体の増加装甲は別として、砲塔の構成が無茶苦茶ですよ? 普通のティーガーの初期型砲塔なのに、ポルシェティーガーのプロトタイプみたいな天板とトサカが付いてますし、ベンチレーターの追加は嬉しい事ですけども、キューポラもクラッペの大きな中期型。さらに言えば砲盾は後期型ですし…」

 中嶋奏の鋭い指摘に早乙女光は言葉を濁らせた。

「あー…それはねぇ…」

「…早乙女さん…何かあった…?」

 キョトンと、神無月しおりの無垢な視線に耐え切れずに早乙女光は正直に暴露した。両手の人差し指を互いに突っついて。

「えーっとぉ…色んな伝手を頼って集めたティーガーの砲塔の部品の中で使えそうな物をね? 切った貼った、切った貼ったを繰り返したら~…チグハグになっちゃった。みたいな? てへぺろ」

 照れくさそうに呟く社会人に少女達はズッコケた。修理のそれの何が悪いのだろうかと疑問を持たなかった神無月しおりを除いて。

「所で会長? 二台のティーガーの乗員はどうすんだ?」

 柿原セリカの問いかけに双葉葵はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにフフーンと鼻を鳴らした。

「ばーっちり揃えてあるよぉ。皆、カモーン」

 そう言うや否や、ゾロゾロと少女達が現れた。

「工業科の南雲よ。皆の戦車の改造やメンテをしているね。私の事は覚えてるでしょ? この戦車達、ちょっと癖が強いって言うからウチの子達を連れてきた訳。ドライバーの有栖川。砲手の島村。装填手の山本よ。車長は私がやるから」

 少女達はそれぞれに宜しくお願いします。と言った。しかし、一人は不承不承と言った感じで。

「はーい。次はウチの友達を紹介しまーっす!」

 そう言うや否や、東郷百合が楽し気に手を挙げながら新たな仲間を紹介する。

「車長の黒澤ちゃんにー、ドライバーの服部ちゃん。砲手の伊藤ちゃんに、装填手の織戸ちゃん! みーんな私のバイクレースとか、カーレース仲間なんだよー。戦車に興味なーい? ってもー必死になって声をかけて回ったんだから」

 東郷百合はふーやれやれ、と言う風に少しオーバーなボディランゲージをしてみせた。しかし…紹介された少女達は追い打ちをかけた。

「百合ちゃん、本当必死だったもんねぇ」

「場合によったらお菓子で買収しようとしたり」

「まぁそんな様子が可愛かったんだけど」

「酷っ! 私の苦労を笑うなんてー!」

 レーサー少女達は楽しげにアハハハと笑ったが、改めて全員がビシッと背筋を伸ばして挨拶をした。

「改めて、よろしくお願いします!」

「勝利のチェッカー目指して奮闘します!」

「私達も幾らか整備の知識はありますから、どうぞ役立てて下さい!」

「…とまぁ。皆真面目だよー。おちゃらけてる時は空気を読んだ上でおちゃらけてるから」

 東郷百合からの説明を受けて、少女達はパチパチと拍手を送った。

「それじゃぁ今日も練習始めよっかー」

 双葉葵がそう言った瞬間の時、「待った!」と言う声が響いた。

「悪いけど、件の隊長に会わせてくれる? 私は相手の実力を見ないと信じられない性質でねぇ」

「ちょっと、止めなよ五十子」

 南雲紫の制止も聞かずに山本五十子はキョロキョロと辺りを見渡した。そして神無月しおりを見つける。

「へぇ…アンタかい? 随分とまぁ、百合の花みたいな華奢な子だこと。こんな子が隊長を務めてられたって本当?」

「ちょっと! しおりんの事馬鹿にしないでよね! この子、根はすっごい強いんだから!」

 そうだそうだ! と周りの少女達の声が上がる。しかし神無月しおりは手を挙げて彼女らの声を制した」

「…実力って、なんでもいいの…?」

「おう、戦車以外ならな」

「…じゃぁ。掛かってきて」

 言うや否や神無月しおりの気配が変わった。それは戦車に乗る時のそれに近い物があった。彼女は身構えた。何が来ても良いように。少女達はハラハラしながら二人のケンカを見守った。それはその場に居た早乙女光にも言えた事だった。

「うおぉぉ!」

 山本五十子が掴みかかろうと駆けだした瞬間、パンッ! と一発の銃声が鳴り響いた。空薬莢が地面に転がる。神無月しおりのモーゼルM712の早撃ちであった。自衛用の麻痺弾は山本五十子の腹部に見事に当たり、彼女を痺れさせた。

「ぐへっ…!? くっそ…! まだまだぁ!!」

 それでも尚突進してくる山本五十子の様子にやれやれとばかりに神無月しおりは小さな溜息を付いた。そして怒りに我を忘れた少女の服を掴むと見事な一本背負いで彼女を地面に投げ転がした。

「がはっ…!」

 地面に転がる山本五十子に、神無月しおりは改めてモーゼルM712の銃口を眉間に突き付けた。

「これで満足した?」

「ごほっ…ごほっ… あんた、ほんと強いな…わりぃ。疑ったりして」

「…そう…」

 山本五十子の謝罪の言葉を受けて、神無月しおりはモーゼルM712をホルスターに収めた。同時にピリピリとした気配も消えた。神無月しおりは手を伸ばして彼女が立ち上がるのを手伝った。

「…ごめんなさい…お腹、痛かった…?」

「良いんだよ。元はと言えば私が先にケンカを吹っ掛けたんだ。酷い目に遭わされるのは覚悟の上さ…いちち…」

 神無月しおりの優しい言葉に、気にするなと言わんばかりに山本五十子は彼女の頭を撫でた。

「それじゃー改めて、練習開始と行こっかー。あ、しおりちゃんはちょっと相談に乗ってくれる?」

「…? えぇ」

「それじゃぁしおりん、また後でねー」

「うん…また後で…」

「しおりちゃん、あの戦車たち、上手く使ってあげてね」

「はい…早乙女さん…ありがとうございます」

 ぞろぞろと戦車に乗り込んでいく少女達と、キューベルワーゲンに乗って去っていく早乙女光を見送って、神無月しおりはすぐ近くに置かれていたテーブルの椅子に腰掛けた。

 テーブルの上にはしっかりと冷えたアイスティーが置かれていた。神無月しおりは素直にアイスティーに手を伸ばし、飲んだ。

「ウチさぁ。もう随分と戦車増えたじゃん? えーっと…何両だっけ?」

「最初に5両。追加でパンターとB1terの2両。それとT69E3が2両追加。今回のポルシェティーガーで2両です」

「えーっとつまり…5+4+2で11両かぁ…そろそろ通信するのに苦労しない? コードネームって言うか、愛称みたいなのをうちは付けた方が良いと思うんよー」

 双葉葵の言葉に成る程。と神無月しおりは納得した。コードネームを付けるのは確かに分かりやすい。だが…

「…困りました。私、あんまり言葉を知らないです」

 戦車道ばかりの人生を送ってきた神無月しおりは語彙力が極端に低かった。播磨女学園に入学したての頃と比べれば、最近は少女達との交流と娯楽のお蔭で随分と増えた方だが…

「そう思って、辞書持ってきたよー。焦らず考えてちょーだい」

「ん…」

 そう言って差し出された辞書を、神無月しおりはパラパラと読んだ。そして…

「ソミュアとB1terをシャルル1,2と名付けます。三両のT69E3は葵お姉様と四葉さんの名前に因んでクローバー1,2,3,パンターにはとある戦車乗りに肖ってブラックナイト。ポルシェティーガーにはそれぞれライガー1,2,クロムウェルとT34には…ポーカー1,2と名付けます」

「へぇー。面白いじゃん。…所でなんでクロムウェルとT34はポーカー?」

「…駆け引き勝負の強い車両なので…トランプで言う切り札にもなり得ますから」

 神無月しおりは一人思いを巡らせる。友人らに教えて貰ったトランプ遊びの一つがポーカーだった事に。そして切り札と言う言葉の意味も教えて貰った事を。

「あ、ところでさ。三/四号戦車はどーすんの? まだ聞いてないけども」

 その言葉を聞いて、神無月しおりは頷いた

「…三/四号は、『播磨の魔女』の名前にそって『ウィッチ』で行きたいと思います」

「…ははー…そう来たかぁ」

 双葉葵はタハハと苦笑した。この子はどうやら本気で他の戦車乗りの少女達が言い出した『播磨の魔女』に成り切るつもりなのだと。どんな事を考えているのかは分からないにしろ。

「とりあえず、りょーかい。美術部に分かりやすいアイコンを作る様に言っとくから、これにて相談はおしまーい。それじゃぁ訓練場所に行きますかぁ」

「えぇ…」

 双葉葵と神無月しおりは待機していた2台のサイドカーに乗り込み、その場を去っていった。

 

 その翌日の事。その日もまたせっせと戦車道の練習に励んでいる時の事だった。双葉葵はT69E3の車内で時計を見た。

「そろそろやねぇ…。あー、あー、クローバー1より各車へ。練習は一時中断。戦車を倉庫前に駐車して、待機してるバスに乗る様に」

『こちらウィッチ、了解しました。…何か用事でも?』

 皆を代表するかの様に、双葉葵の通信に神無月しおりは答え、そして問うた。

「それは滑走路に着いてからのお楽しみ~♪ そう言う訳で皆、戦車の倉庫前に集合ー」

 ぞろぞろと隊列を組んで戦車は倉庫の前へと駐車した。傍らには以前にも使ったシトロエンC6型のボンネットバスが待機していた。

 少女達は促されるがままにバスへと乗り込んでいく。ある者はタオルで汗を拭き、ある者は水分を補給し、ある者はお菓子をつまんだりと、各々が自由に車内で過ごしていた。双葉葵はその様子を見て、(うんうん。女子高生らしい。女子高生らしい)と見ていて喜んだ。その渦中に、義理の妹の神無月しおりが居たから。

「しおりん、汗かいてるよ? 汗疹になるから拭いとこ?」

「あ…うん」

「隊長ー。これこの前出た新作のスポドリー。水分補給ついでにさ。美味しいよ?」

「えっと…ありがとう」

「ねぇねぇ折角だしお菓子食べよ? ポテチが良い? チョコプレッツェルが良い? クッキーもあるよー」

「それじゃ…クッキーを」

(愛されてる。愛されてるなぁ…)と神無月しおりの様子を見て、義理の姉、双葉葵は幸せそうに一人頷くのであった。

 ボンネットバスが走る事暫し。学園艦の艦尾の一角に設けられた滑走路兼、学園艦の空の出入り口たる小さな空港が其処にはあった。双葉葵は検問ゲートの少女に学生証を見せて語る。

「生徒会会長の双葉葵やけどー、出迎えたい飛行機があるんで通して貰うね? 隅っこで待ってるだけで、無断搭乗とかはしないから」

「はっ! お疲れ様です!」

「そっちこそ、ご苦労様~無理しない様にねぇ」

 そして、シトロエンのボンネットバスは検問ゲートをゆっくりと通って行った。神無月しおりは以前、早乙女光が持ち込んできたB1戦車のシャーシを受け取りにきた事を思い出した。あの時もこんな感じだったな、と…

 滑走路の傍らで待つ事暫し、遠くに機影が見えてきた。

「あ、何か来ましたよ?」

 B1terのドライバー、五月雨綾子が言うと、少女達は艦尾の方へと視線を向けた。其処には確かに、機影が見える。徐々に機影は大きくなってきて…機種の判別がかなう程になった。

「YC130輸送機! すっごいマニアックな! しかも二重反転プロペラですよぉ!? 凄い改造ですねぇっ」

 機械に聡い中嶋奏が瞬く間に食いついた。少女達はほぇー…と声を漏らし、工業科の生徒達は

「ターボプロップか。あまり弄った事は無いなぁ」

「二重反転プロペラの整備ってギア周りが大変そうですねぇ」

「その代わりカウンタートルクが無くなったり推力が増えたりするからなぁ」等と工業科らしい知見を見せていた。

 緩やかにYC130は滑走路へと着陸した。その機首にはカーチスライト学園のV型エンジンをモチーフにした学園艦マークが描かれていた。タラップから降りてくる少女には、見覚えがあった。ジェーン・フォードである。にこやかに「ハァイ!」と挨拶の声を播磨女学園の少女達に投げかけた。

「アオイ! お待たせしちゃってごめんなさいね?」

「いやいや全然。皆でのんびり来るのを待ってたし。ねぇ?」

 双葉葵の言葉に戦車道履修者の少女達はうんうんとそれぞれが頷いた。実際、草原の上でお菓子を広げたりお茶を飲んではまったりとしていたのだから。

「とりあえず…約束通り、お詫びの品を色々持ってきたわ! …シオリにはこの前、すっごい迷惑かけちゃったからね…」

 言葉の後ろではとても申し訳なさそうに、ジェーン・フォードはそう喋った。当の神無月しおりは「痛かった事以外、別段気にしてないのに…」と言う風であったが。

「じゃぁ紹介するわね! T69E3用に76mm戦車砲に90mm戦車砲と、砲身に合わせた砲盾の改造キット。あと予備砲身、それでもってそれぞれの訓練砲弾と各種砲弾。最後に予備エンジンのフォード製V8エンジンも持ってきたわよ!」

 少女達はぎょっとした。最早お詫びと言うレベルを超えていた。大盤振る舞いと言っても良い。それ程までに、このジェーン・フォードと言う少女は義理人情に厚いのだと言う事が分かった。…勿論、神無月しおりの左目を潰してしまったと言う罪悪感あっての事だろうが。

「いやぁ本当ごめんねぇ…こんなに色々貰っちゃって」

 双葉葵は本当に申し訳なさそうに呟いた。神無月しおりもその隣に移動し、こくこくと頷いた。

「別に良いの! うちの学園艦、他所と比べたら小さいけどもシャーマン系の製造工場を持ってるから! それに…」

 言葉を一旦区切ると、ジェーン・フォードはとても申し訳なさそうに、すぐ近くに居た神無月しおりを優しく抱きしめた。

「うちの戦車道チームを代表して、改めて言うわ。本当にごめんなさい…凄く痛かったでしょうに」

 ジェーン・フォードの言葉を聞いて、神無月しおりは優しく彼女の背中をぽんぽん、と撫でた。何時ぞやの泣きじゃくる大島明海にしてみせた様に。

「…大丈夫…もう、終わった事だから」

「でもシオリ! 結果的にはその目を怪我させたのは過激なゲームを吹っ掛けた私達なのよ!?」

「…分かってる…でも、戦車道に怪我は付き物だから…それに…」

 神無月しおりは右目を瞑って、黒く濁ったガーネットの様な左目で少女を見つめた。

「…この左目は…ちゃんと、貴女を…貴女達を見る事が出来るから…」

 その言葉を聞いて、ジェーン・フォードは今にも泣きだしそうになった。

「馬鹿…! シオリの馬鹿…! どうして貴女は、そんなに優しいのよ…!」

「…これからも…貴女達と…気持ちよく…楽しい戦車道をしたいから…」

 それは神無月しおりの、純粋な気持ちであった。彼女にとっては片目が潰れた所でなんであろうか。今の時代にはとても便利な生体義眼があると云うのに。だったら、何も問題は無い。そう。ただ痛かった事を除けば。

「まぁ…そう言う訳で。しおりちゃんは気にしてないってさ」

 双葉葵も横合いから、ジェーン・フォードの背中を撫でてやる。彼女は自分のハンカチで涙を拭うと、そっとしおりに「ありがとう…」と呟いた。その様子を眺めていた少女達は口々に呟く。ウチの隊長は慈愛の女神か何かか? いや、天使かも知れないぞ。それにしてもちょっと優しすぎない? 等などと。

「ところでさジェーン? コレの事知ってる?」

 滑走路の片隅に駐機しているYC130から部品や砲弾の詰め込まれたケースが搬出される中、場の空気と話題を変えるべく双葉葵は紙切れを取り出した。そこには「果し状」と達筆で書かれていた。

「あぁ! それの事ね! うちの学園艦にも届いていたわ!」

 改めて少女達は果し状の内容を読んだ。「播磨女学園並びにカーチスライト学園の両校の方々へ。我が藤重学園との非正規戦車道の戦いを申し込みたいと思います。また、使用出来る戦車の数を返信して頂きたい所存です。かしこ」

「この…とうじゅう? って何て読むのやろうねぇ?」

 久留間舞子の疑問に長谷川凛が答えた

「調べた所によりますと、『ふじじゅう』と読むそうです」

「はぁ~ふじじゅう。…なんか不自由と勘違いしそうな名前だなぁ」

「こらっ、相手の学園に失礼でしょ!」

 柿原セリカの馬鹿正直な言葉に五十鈴佳奈は肘で突っついて注意を促した。二人のやり取りに少女達はクスクスと笑い合う。

「それで、アオイー? この試合、如何する? 受ける?」

 双葉葵はフフンと笑って、どうどうと答えた。

「受けない理由は無いねぇ。乗った! たーだーし…」

 意味深な言葉を発して、双葉葵は少女らの気を引いた。

「返事は偵察を終えてから、ね」

 彼女はニシシと笑った。

 

 …数日後の事。青島寧々は日本人が羨む様なその黒髪美人の容貌を活かして藤重学園へと見学の名目で潜入した。

「いやぁ、我が校に興味を持って頂けるとは、感謝の限りですねぇ。しかも貴女の様な美人に!」

「多くの学園を見てから転入を決めたいと思いましたので…」

 青島寧々を案内する見学係りのおべっかにも気にせず、彼女は淡々と、しかし愛想よく答えた。

「我が校の特色はなんと言っても様々な芸能を行っている事でしょう。茶道華道は勿論の事、香道に忍道、弓道や剣道等もやっております」

「本当に、沢山の芸能を取り扱っているのですね。中々これ程の芸能を行っている学校はそうは無いでしょうに」

 青島寧々の素直な答えに案内係の少女はとても気を良くした。

「それではどうでしょう。弓道の一つでも体験してみませんか?」

 少女の提案に、青島寧々は困惑した。

「申し訳ないのだけども、私は弓道の作法を知らないわ」

「ご心配なく! 我が校の弓道履修者が丁寧に教えてくれます!」

 そして案内されるが儘に、彼女は弓道場へと連れて行かれ、弓道履修者に囲まれた。

「諸君! 彼女は見学者の青島様だ! 無礼の内容に! 運が良ければ、我が校に転入して頂けるかも知れないぞ!」

 案内係の言葉に弓道の少女らは沸き上がった。当然であろう。芯の強そうな、凛とした美少女が転入してくるかも知れないのだ。

「不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」

 歓待された青島寧々は深々と頭を下げて、丁寧に弓の射方を教わった。弦の引き方を何度か試した後に、彼女は矢をつがえた。

 じっと的を見つめる。己の目の中に砲のレティクルが浮かび上がる。青島寧々は砲手の勘を頼りに、矢を放った。パンッと弦が戻る良い音が弓道場に響いた。

 弓矢は緩い弧を描きながら、見事に的に命中した。その結果に、弓道を履修している少女達は「おぉ!」と感嘆の声を上げた。

「とても難しい物かと思っていたけれど、意外と気持ちよく飛ぶのね」

 否。それは青島寧々の砲手としての勘が見事に働いただけである。神無月しおりによって鍛えられた、砲手としての勘が。

 青島寧々は弓道履修者の少女達に「どうも有難う御座いました」と深々と頭を下げながら感謝の言葉を述べて、弓道場を後にした。

「あ…」

 その時ふと、思い出したと言わんばかりの声を青島寧々は漏らした。

「おや、どうかされましたかな?」

「いえ、大した事ではありません…此方の学校では、戦車道にも力を入れていると知人から聞いた物ですから」

「おぉ! そうでした! 我が校は他の学校にも負けぬ勢いで戦車道に力を入れて居ます! どうでしょう。見学されますか?」

「えぇ。折角ですから」

 青島寧々は微笑む表情を変えずに心中にて思った。これで漸く情報が手に入れられる、と。

 案内されたグラウンドでは、確かに戦車が元気よく走り回っていた。そこにはチハやテケ車、そして三式中戦車等が居た。青島寧々は思う。他の日本戦車にこだわりのある学校よりも、この藤重学園では火力が充実していると。

「小さくて可愛らしい戦車より、大きくて勇ましい戦車が多いのですね」

 ボカした表現で、青島寧々は三式中戦車の事を言って見せた。

「我が校の基本的な主力でありますから! もっと大きな戦車もありますが、見学されますか?」

「えぇ。中々ない経験ですから。私はあまり戦車には聡くないのですけれども」

 青島寧々はそっと嘘を付いた。既にどれがどんな戦車であるかは神無月しおりの手によって勉強済みである。そして彼女は戦車を収めている倉庫に案内された。そこには三式中戦車よりも大きな戦車が確かに存在した。それも複数両も。

「先程の戦車に負けず劣らず、とても勇ましいですね…」

 感心する様に青島寧々は呟いた。長砲身を携えたそれは実際の所、確かに勇ましい姿をしていた。

「四式中戦車と申します! 我が校の切込み役ですな」

 えっへんとばかりに胸を張る案内係にバレる事の無いよう、青島寧々はチラと短く、倉庫の片隅を見つめた。其処には布の掛けられた大きな物体が幾つもあった。彼女は心中にて思う。この学校、一見すると普通に戦車を充実させている様に見えるけれども、とても怪しいわね。と…

 斯くして、藤重学園の見学を終えた青島寧々は播磨女学園へと帰還の途に就く。…幾つもの学園艦を経由しながら。理由は只一つ。藤重学園からの尾行を避ける為である。その為にも各学園艦には播磨女学園の所有する飛行機を待機させていた。飛行機の機種もてんでバラバラで。彼女は飛行中の機中にて何度も変装を繰り返した。

 後に青島寧々は語る。「流石に疲れたわ…今度は忍道を履修している子に頼みましょう」と。

 

 こうして、大胆不敵な偵察を終えてきた青島寧々は少女達を招集し、情報を開示した。

「藤重学園はその他の日本戦車に拘りのある学校と比べ、チハ中戦車やテケ車と言った小型かつ火力の控えめな車両は少なく、三式中戦車や四式中戦車が主力であると言う事が分かりました。四式中戦車に至っては57mm砲ではなく、長砲身の75mm砲を搭載した後期型です。交戦距離と当たり所によっては、我々の戦車も撃破される可能性があります。もっとも…この事を一番理解しているのは神無月隊長でしょうが」

「随分とヘビィな学校なのねぇ。火力的な意味で」

 ジェーン・フォードは説明を聞きながら正直な感想を漏らした。真空パックで持ち込んだポップコーンを摘まみながら。

「そう言えばアオイ? ウチからは戦車を四両出すだけで良いの?」

 ふと思い出したと言わんばかりにジェーン・フォードは双葉葵に問いかけた。

「良いよ、良いよー。丁度15対15で切りが良いっしょ? 相手側も了承してくれたし。あと単純に戦車戦って、するだけでお金掛かるからねー」

「本当にねぇー」

 タハハ、と二人の少女は笑う。互いに戦車道チームのサイフのヒモを握っているからこその会話であった。

「会長、説明を続けても宜しいでしょうか? これは個人的に重要だと思う情報なのですが」

 青島寧々は少女達に説明を続けた。

「布を被せられた、巨大な物が存在しました。恐らくは戦車か何かかと思われるのですが」

「んー…写真がある訳でも無し…それに布を被せられてたんじゃねぇ…相当特徴的な戦車でも無いと分からないんじゃないのー?」

 例えばシュトゥルムティーガーとかさー。とポテトチップスをパリパリと食べながら双葉葵は青島寧々の情報にどうした物かと悩んだ。

「しおりちゃーん、どう思う?」

 ずばり、播磨女学園の事実上の戦車道顧問と成った神無月しおりに双葉葵は問いかけた。

「……態々布を被せていると言う事は、相当重要な物だと思います。もし仮に、私が布を被せてまで隠したい日本戦車があるとしたら…88mmを搭載した五式中戦車・チリでしょうか」

 少女達は小さくざわめいた。日本戦車で88mm!? と

「落ち着いて下さい。これはあくまで私が隠すなら、と言う話に過ぎません。若しかしたら何か、突飛な戦車が出てくる可能性もありえます」

「こればっかりは実際に戦ってみないと分からないわなー…あ、そーだ。青島ー。アレもう来てるよね?」

「はい。今回の戦闘フィールドの地図が届きました」

 青島寧々がプロジェクターで地図を投影する。

「我々は北側に配置。藤重学園は南側に配置される事となりました。フィールドの中央よりやや南には川が流れており、事前情報によりますと、戦車が簡単に水没する程の深さを持っているそうです。川にそって東と西にそれぞれ橋が掛けられており、深い川を越える手段となっています。 なお、今回はこの橋を両方とも落としたチームが敗北と言う扱いを受けています。戦車の重量超過による崩落を除いて。…当然ですね。川が渡れないのですから、勝負になりません。川の北側にはダックインに適した丘があります。また、周囲の森林は緑が深く、機動戦には向いていないかと」

「しおりちゃーん?」

 双葉葵に言われるまでもなく、神無月しおりは熟考していた。どうやって戦おうかと。

「ねぇシオリ? 藤重の戦車を丘に誘い出して、うちのシャーマンの間接射撃で攻撃するのはどうかしら? 効果ありそうだけども」

 ジェーン・フォードの提案を聞くが、神無月しおりは暫し考えこんだ。

「すいませんが青島さん。この地図の森林部分、拡大出来ますか?」

「えぇ。詳細な地図を頂いていますので」

 プロジェクターによって拡大された森林地帯は、鬱蒼と生い茂った枝葉で碌に地上も見えなかった。

「ジェーンさんのプランは魅力的ですが、危険です。以前私達と試合をした時に使ったロケットランチャーや105mm砲の砲弾が太い枝葉に接触して誤爆する危険性があります。最悪の場合、ロケットランチャーの炎で森林火災になって、試合どころではなくなる可能性もありえます」

「Oh…それは不味いわね…じゃぁいつもの間接射撃攻撃は止め止め! 危ないのダーメ!」

 ジェーン・フォード以外のカーチスライト学園の少女達もうんうん。と頷いていた。当然である。森林火災が起きたら大ごとなのだから。

「ですが…」

 と、神無月しおりは言葉を連ねた。

「誘い出す。と言う作戦は良いかもしれません。橋の片方を破壊し、一方向からしか進行出来なくした上で、丘の方へと誘い込みます。囮役と橋を落とす係りが行動している間に、我々はダックインを行い、丘の上でアンブッシュを仕掛けます。東、北、西の方向に向けて」

「南には注意を向けなくていいのー?」

 クロムウェルの装填手、串良漣が質問をした。

「南側の斜面はすぐ近くに件の川がありますから、もしも地盤が緩かったら下手をすると水没しかねませんので…安全を配慮してもあまり此方側は進行されないかと」

「それもそっか」

「でも、串良さんの疑問は良い物です。…警戒しておくに越した事は無いでしょう」

「あ、どーも」

 串良漣はぺこりと頭を下げた。彼女にとっては以前、どんな些細な疑問や提案でも出して見ましょう。と言う神無月しおりのレクチャーを思い出しただけなのだが。

「では、改めて端的に作戦を説明します。片方の橋を落として、生きた橋に誘き寄せます。その間に私達は丘を占拠。アンブッシュにてこれを迎え撃ちます。とりあえずは、この作戦で。戦車道は何が起こるか分からないのが定番ですから」

 少女達のはーい。りょうかーい、イエスマム! おっしゃぁ! 等と言う元気の良い返事を聞いて、神無月しおりはふぅ…と少し疲れた溜息を零した。

「あ、まっずーい! ねぇアオイ! ちょっと直ぐ行って帰ってくるから、学園艦の航路のポイント教えて頂戴!」

「…? 良いけども、どしたのー? そんなに慌てて」

 双葉葵のキョトンとした言葉にジェーン・フォードはあたふたと答えた。

「ウチの子達、105mm砲を使ってばっかりで、高速低進する大砲に慣れてないのよ!」

 ああ、そりゃ拙い。と播磨女学園の少女達は思った。弧を描くように飛ぶ105mm砲よりも真っ直ぐ飛んでいく76mm砲の方が攻撃するのが安易だ。何より相手は三式中戦車や四式中戦車が主力と来た。榴弾砲でも撃破は出来るだろうが、貫通力の高い76mm砲の確実性を選んだ方が良い。

「ねぇカレラ、ウチのエレノアと協力して砲手達にお勉強させて頂戴! この通り!」

「構いませんよ。スパルタ気味になるかも知れませんが」

 苦笑を零す北村カレラにジェーン・フォードはタハハ…と笑った。

 こうして、カーチスライト学園の少女達はバタバタと播磨女学園の空港を飛び立っていき…文字通り、翌日には行って帰ってきた。凄い早業である。曰く、「ストックしておいた砲塔にパパッと76mm砲を取り付けて105mm砲を取り付けた砲塔と交換したのよ」…との事らしい。それでもジェーン・フォードの顔には少しばかり疲れた顔が見て取れた。

 何はともあれ、播磨女学園随一のエース砲手、北村カレラと、彼女のライバルであったエレノア・クライスラーによるシャーマン戦車のクルー達への特訓が始まった。

「砲手! どんな時でも落ち着いて狙え! 撃たれてもビビるな!」

「リローダー! 砲手と息を合わせて! 落ち着いて装填しなさい! 指を怪我したら洒落に成らないわよ!」

「大体でも良い! 兎に角相手との交戦距離を頭の中で計算しろ! じゃないと話にならない!」

「ドライバー! 走行中からの停車には十分気を付けて! ブレーキの掛け方で車体の揺れ方は全然違うのよ!」

 …と、観測塔から無線機越しに指示を飛ばす北村カレラとエレノア・クライスラーであった。なお、播磨女学園の少女達はと言うと、移動目標に対する砲撃訓練。と言う名目で何発もの訓練砲弾をシャーマンに撃ち込んでいた。出来る限り、砲塔やシャーシ狙いで。言わずもがな、履帯を壊したらいちいち修理をするのが面倒だからである。

 神無月しおりはと言うと、砲撃に不慣れなライガー1と2の砲手、島村素子と伊藤恵に指示を出していた。

「最初は少し上気味に狙って下さい。砲弾が飛ぶにつれて、どれ位落ちていくのかを把握出来たら、シャーマンを直接狙って撃ってください。上手く当たらないと感じたら、シャーマンの未来予測位置を探して撃ってみて下さい。具体的に言うと、シャーマンが動く先の位置です。ライガー1と2の主砲のアハト・アハト…ぁ、えっと、88mm砲は性能が良い反面、砲弾も重くて大きいから、装填手の方とも連携をしっかりと取って射撃して下さい。装填手の方を焦らせてはいけません。最悪の場合、大きな怪我をさせてしまいます。砲手と装填手は互いに息を合わせてこそ、活躍出来ます。それでは…お二人がよい砲手になる事を期待しています」

 神無月しおりの懇切丁寧な、だけども最後にプレッシャーが伸し掛かる指示を聞いて、二人は必死になってこの練習に打ち込んだと言う。ただし、プレッシャーだけが彼女らを動かした理由では無かった。

「隊長の指示、最初は難しいって感じるかも知れないけど実は基本から初めてくれんだよ。だから安心しな」と柿原セリカは言い

「隊長はんは信じるに値する人どす。安心しとぉくれやす」と久留間舞子が述べて

「目下、役に立たなかった訓練はありませんでした。行進間射撃も、静止した状態での精密射撃も、運転訓練や履帯の修理作業も」と五十鈴佳奈は言った。

 島村素子と伊藤恵の二人は、このチームの初期を支えた三人の言葉を信じて、練習に励んだのである。そして…神無月しおりの説明と指示は確かに合っていた。

 88mm砲の高速低進性を把握し、直接狙って撃ってもあまり当たらない事を悟り、未来予測位置を頭の中で割り出す事で確かに砲弾はシャーマンへと当たった。二人の少女はまるで神無月しおりの指示が、未来を予測して見せたのでは無いのかとさえ思った。そして少女達は掛け声を掛け合った。

「装填よし!」

「オーケー!」

 そう。たったのこれだけで良いのだ。簡単な言葉で良い。その方が分かりやすいから。お互いに焦らせてはいけない。信頼し合う気持ちが大事なのだ。装填手が焦ってもいけないし、砲手が焦ってもいけない。片や装填を失敗すれば大怪我を負いかねる事になり、片や装填はまだか、まだかと焦ると砲撃を失敗しかねない。お互いに冷静に、互いを支え合わなければならないのだ。

 

 …数日後、神無月しおりは射撃部の利用しているシューティングレンジに立っていた。あの日を境に再び持ち歩く事になったモーゼルM712をゆっくりとパンッ! パンッ! と撃っていく。シューティングシートには通常の円を描いた的ではなく、戦車の描かれた物であった。

 そんな折に、北村カレラが現れた。愛銃のゲヴェーア43を携えて。

「おや…珍しいね。しおり君がシューティングレンジに立っているだなんて…何をしていたんだい? …変わったシューティングシートを使っているけれど」

 神無月しおりはモーゼルM712のマガジンを抜き、ボルトを引いて薬室の中に何も入っていない事を確認してから、北村カレラに答えた。

「……これは、砲手の気持ちを忘れない為、だから…頭の中でシュトリヒを…考えて数える練習…みたいな物…」

「ははぁー…成る程ねぇ…だから真正面の戦車とか、真横の戦車とか描かれてる訳だ」

「うん…」

 シューティングシートを眺めながら、北村カレラは思った。中々悪くないヒット率じゃないか、と。勿論、拳銃と戦車砲では勝手が違うが、神無月しおりは弱点部位と呼ばれる個所を極力狙って撃っていた。

「…そうだ。しおり君」

「…?」

 ふいに自分の名前を呼ばれ、神無月しおりはキョトンとした。

「以前、どうして私が戦車道に参加したか、話しただろう?」

「…えぇ。確か…刺激が欲しいとか…大砲を撃ちたい、とか…」

 神無月しおりは思い出す。中嶋奏のアパートに招かれた時の事を。確か、そんな話をしていた筈だ。

「そこからもっと踏み込んだ話をしようと思ってね…それに…こんな私に対して君は『生きて』と言ってくれた。…しおり君、君一人だけに自分の過去を話させるのは忍びない」

 そう言うや否や、北村カレラはシガレットチョコを取り出した。…恐らくは禁煙のシューティングレンジで口寂しさを紛らわせる為にだろう。

「何処から話そうか…そうだね。何故射撃部に入ったのか。その『原因』を語ろうか…」

 北村カレラはカリッとシガレットチョコを僅かに噛んだ。

「空虚だったんだ。自分の心が、人生が。幼いころ、私はまだ陸に住んでいた時の事さ。両親にライブコンサートに連れて行って貰ったんだ。コンサートその物はとても楽しかったさ。だけどね…沢山の人間が集まってたんだ。子供の頃の自分にとっては何人居るのかもさえ分からないぐらい。その時、こう感じたんだ。山も、木々も、雑草の一つ一つも、そしてこんなに沢山居る人間も、『私自身』さえも、地球を構成する為のほんの些細な、塵芥の一粒に過ぎないんじゃないか。って」

 北村カレラはそう言ってから、くふふ…と苦笑を零した。

「子供って奴は本当、時々とんでもない真理を見つける物だね。心の純粋さ故に、かな? ともあれ、ただの塵芥の一粒でしかないんだ、と思ってしまった私は…まぁ実際の所、確かにこの地球の膨大な生態系を作る存在の一粒な訳だが…当時の私は空しくて仕方が無かったんだ。怖くて仕方が無かったんだ。だから、中学生になって、学園艦に入学した私は刺激を求めて射撃部に入ったんだ。しおり君ならわかるだろう? 銃を撃った時に感じる、あの反動、あの衝撃を」

 神無月しおりは素直に頷いた。自分のモーゼルM712を撃つ時の反動、衝撃は、中々忘れられない。

「ソレが私にとってツボにはまったんだ。…あー…しおり君に分かりやすく言うとだね、気に入ったんだ。体を痺れさせてくれる存在が、とても気持ち良かった。虚しさなんて、遠い何処かに吹き飛ばしてくれるみたいに。私はどんどん深みに嵌っていったよ。スチールチャレンジに、早撃ち競技。クレー射撃に狙撃。出来る物はなんでもやった。どれも違って、どれも楽しかった。そしてエレノアみたいな、可愛くて、強くて、魅力的な友人兼、ライバルとも出会えた」

 北村カレラは再び、カリッとシガレットチョコを噛んだ。

「しおり君。これは私の迷惑で、かつ身勝手な推測なんだがね。…君も、人生に、戦車道に虚しさや虚無感を抱いていたんじゃないかな?」

 神無月しおりは…ゆっくりと頷いた。そうだ。幼い頃からずっと、私の人生は、私の戦車道は、虚しさでいっぱいだった。

「やっぱりね…でも、安心していい。そんな虚無感は、些細な切欠で払拭出来るから。始まりはどうであれ、現に今の君は、戦車道が、人生が楽しいだろう?」

 そう言われて、神無月しおりは確かに納得した。切っ掛けは、正に些細な事だった。大島明海に戦車道をしていた事を打ち明けた事。そしてそれを聞いた双葉葵が戦車道をして欲しいとお願いしてきた事。自分の楽しい戦車道は…其処から始まったんだと。

「さて。これにて昔話はおしまい。すまないねしおり君。君の時間を浪費させて」

 神無月しおりが首を横に振ろうとした瞬間だった。不意に停電が起こる。しかしそれは僅かな間で、チカチカと明滅を繰り返し、電気は復旧された。

「何だったんだろうね? この播磨はそんなに艦齢の古い、ポンコツな学園艦じゃない筈なのに」

「…わからない…」

 彼女らがどうしたのだろうと話していると、スピーカーから放送が流れた。

『学園艦に住まう皆様と生徒の皆さんにお知らせ致します。ただ今の停電は配電盤の不調による一時的な物です。ご安心ください』

「…だとさ。配電盤が不調だったらそりゃ仕方がない。知ってるかい? しおり君。とある学園艦ではゴキブリの所為で停電した事もあったんだよ」

「…ゴキブリ…ちょっとやだ…」

「アハハハハハ! 私だって嫌だよ!」

 そんな他愛もないやり取りの最中…

 

「はぁっ…! はぁっ…! はぁっ…! んぁっ…!」

 双葉葵は走っていた。全速力で走っていた。息が上がるほどに走っていた。階段を駆け下り、隔壁を越えて、この学園艦の心臓部、機関室へと。そして辿り着いた。

「大丈夫か?! 船舶科管理長!」

 双葉葵は手摺を握りしめて叫んだ。其処にはリアクターの周囲で作業を行っていた少女達の姿が見て取れた。船舶科管理長は言う。

「ご安心ください! 部品交換の為に一瞬だけリアクターを停止させただけです!」

 しかし、彼女は残酷な現実の言葉を続けた。

「だけども、もう流石に限界が近づいてます! 他の部品にだって負荷が掛かって大変な事になりますよ!?」

「なんとかする! なんとかして見せる! 生徒会長として! だから、だましだましで良い! リアクターを動かし続けろ!」

 双葉葵の言葉に船舶科管理長は悲鳴に近い返事を上げた。

「サブリアクターだっていっぱいいっぱいなんですよ!?」

「承知の上だ!」

 双葉葵は歯噛みをした。早く、なんとか、なんとかしなければ、と彼女は悩む。だがしかし、まだ解決に至らない。どうすれば良いのか。彼女は悩んだ。

 

 …停電騒ぎの起こったその日の夕方。神無月しおりは生徒会室に訪れていた。

「あの…田宮さん…いらっしゃいますか…?」

「あら、神無月さん。田宮さんですね。すぐお呼びします。恵理ちゃーん? 神無月さんが呼んでるよー?」

 名前も知らない生徒会役員の一人の少女が、田宮恵理子の名前を呼んだ。

「はーい。今行きまーす」

 そう言うや否や、生徒会副会長の田宮恵理子が仕切りの向こうから現れた。何か作業をしていたのだろう。

「神無月さん、何か御用ですか?」

 田宮恵理子はボブカットの髪を揺らして、優しく問いかけた。

「…お願いが、あるんです…小さな、魔女の帽子が…欲しいなって…」

「あら…それはどうして…?」

 確かに、彼女は播磨の魔女と呼ばれているのは知っているが、何故唐突に、今になって帽子を欲しがるのだろうか?

 神無月しおりは、ゆっくりと呼吸を繰り返してから、言葉を発した。

「…私は、本当の…『播磨の魔女』になりたいから…気持ちだけでも…播磨に、勝利と笑顔を届ける『魔女』になりたいから…葵お姉様が…皆が、喜んでくれるだろうから…」

 田宮恵理子は神無月しおりの発した言葉に息を飲んだ。が、少しの間の後…

「じゃぁ、すぐに作っておくわね」…と彼女は笑顔を取り繕った。

 …田宮恵理子は、双葉葵から聞いていた。神無月しおりを『魔女』にはさせないと。悲しみを振りまく『神無月流』をさせはしないと。楽しい戦車道を続けさせる為に。

 しかし神無月しおりは言った。『魔女』になりたいと。播磨に勝利と笑顔を届ける『魔女』になりたいと。

 互いの言葉の意味は違えど、なんと言う皮肉だろうか。

 それはお互いに『相手を守りたい、笑顔にしたい』と願ったが故の言葉だったから…

 

 試合当日。少女達は特別編成の列車に揺られていた。この様にして移動するのは、もう何度目だろうか。半ば日常と化している様な気分に成る。それは悪い意味では無く、良い意味として。

 駅に到着すれば、少女達は慣れた手つきで戦車を列車から丁寧に降ろしていく。そして大型の輸送トラックへと積み変えて、駅から遠い会場まで走った。自走する事も出来るが、やはり長距離を走ればそれだけで戦車への負担になってしまう。これは偏に、戦友たる戦車を労わっての事であった。

 やがて会場に到着した。戦車を輸送トラックから下ろし、待機場へと移動。播磨女学園並びにカーチスライト学園の合同チーム、合計15両全部が複横陣に並ぶ姿は正に圧巻であった。

 戦車の最終確認をする。白旗判定装置、履帯の具合、砲弾の数、燃料並びに各部品のグリスアップや油量等など。些細な事で、戦車は戦えなく、そして動かなくなってしまうから。

 そうしている内に、位置の低かった太陽は高々と上り、少女達に汗をかかせた。無理も無い。此処は陸地。学園艦の心地いい潮風など期待出来る訳もない。

 さて…準備を終えた少女達は藤重学園のパドックへと散歩に出掛けた。青島寧々を除いて。彼女は一人、戦車の車内に持ち込んだ保冷剤や扇風機と冷たい飲み物で車内の暑さに耐えていた。潜入工作を行ったのだ。顔はとっくにバレて居る。無論、非正規戦車道においても相手チームへの事前偵察は認可されている。それでもなお、少女は耐える事を選んだ。不意にコンコンとハッチを叩く音が響いた。青島寧々はそっとハッチを開く

「寧々ちゃんお疲れ様。はい。キンッキンに冷えたドリンクと追加の保冷剤」

 ハッチを叩いたのは恵理子であった。青島寧々を労わる為の物が詰まったビニール袋を彼女へと手渡す。

「ありがとう。恵理子」

「うぅん。私達が無理を言って偵察なんかお願いしちゃったから。これが終わったら寧々ちゃんの我が儘、いっぱい聞いてあげるからね!」

「じゃぁ、デートして頂戴な。恵理子。貴女の一日を頂戴。お金は会長持ちで」

 その発言に田宮恵理子はタハハ…と苦笑した。

「寧々ちゃんったら、容赦ないんだから…」

「戦車の中に居る事は随分慣れたけれども、暑い物は暑いんだから…」

 

 そんな二人の少女のやり取りの最中…

 

 藤重学園のパドックに来た少女達はおぉ…と声を上げた。そこにあった屋台はなんとも古風な、昔ながらの縁日の様であったから。態々提灯を其処かしこに連ねて、何処か古ぼったくも懐かしいフォントで書かれた看板の数々。今やめったに見かけないスマートボールや、定番の射的まで、様々であった。何処かからか祭囃子の音さえも聞こえてくる。

「いやぁ、どうですかな。我々のパドックは。楽しんで貰えれば幸いなのですが」

 とある少女が見学をしていた播磨女学園とカーチスライト学園の少女達へと声を掛けてきた。

「Good! 以前写真で見た事のある日本のお祭りその物ね! …所で、貴女は?」

 ジェーン・フォードの問い掛けに少女は「これは済まなかった」と一言謝った。

「改めまして、藤重学園戦車隊の川崎蘭子です。こちらは私の補佐役にして副官の三之菱響です」

「ご紹介に預かりました、三之菱です」

「…神無月しおりです…えっと…宜しくお願いします…」

「今回の副隊長役のジェーン・フォードよ! 宜しくね、お二人さん」

 互いに握手を交わし合い、川崎蘭子は言う。

「この度は試合を受けて下さって感謝の極み! いやしかし、本当に可憐なお方だ! 播磨の魔女の実力、とくと我々に見せて下さい!」

「…出来る限りの事は、したいと思います…」

「ハハハハ! 可憐な上に口数も少ないとは、まさに深窓のご令嬢の様だ! あ、いや。嫌味などでは無く。純粋な意味で。お美しいものですから」

 川崎蘭子は思った事を素直に口にしたが、ハッとなって嫌味でない事を伝えた。神無月しおりは正直な人だな…と一人思っていた。

「いやしかし、播磨女学園の戦車も、カーチスライト学園の戦車も、どちらも個性的で面白い。どうにも己の学園艦に籠っていると、己の文化にばかり深く染まってしまう。停滞とは何れ緩やかな死を迎えかねませんからなぁ。故に、改めて…今回の試合を受けて下さりありがとう御座います。それに、異文化交流は楽しい物ですからな」

 そっと笑いながら、キャッキャと播磨女学園とカーチスライト学園の出している出店ではしゃぐ藤重学園の少女達を見て、川崎蘭子は呟いた。

「しかし…その帽子。以前は見かけませんでしたな?」

 川崎蘭子は神無月しおりの付けている小さな魔女の帽子を指摘した。

「…他の人達の言う…『播磨の魔女』の呼び名にあやかって…みました」

「成る程、成る程。 とてもお似合いだと思います。さておき。長々と立ち話もあれですな。我々のパドック、是非とも見学して行ってください」

 

 汗ばむ気温の中、少女達は屋台を楽しんでいた。かき氷にさっぱりとしたアイスクリン。意外な所では冷やしぶっかけうどん等も出していた。暑さ故だろうか。そんな中、神無月しおりはつるるんとしていた冷や麦に興味を惹かれた。

「えっと…一つ下さい」

「はい! …ってもしや貴女、神無月しおり様では!?」

 冷や麦の屋台をやっていた少女は酷くびっくりした。神無月しおりもその驚き様にびっくりして、キョトンと硬直した。

「私、貴女のファンなのです! この度の試合、是非とも良い戦いを! それと、冷や麦は奢らせてください! 態々この屋台を選んで下さったのだから!」

 少女の言葉に神無月しおりは困惑した。言葉の意味は分かる。だが何故それが奢ってもらう事に繋がるのかが分からなかった。

「えっと…駄目です…お金、ちゃんと払わないと…」

「嗚呼! なんていじらしい! ではせめて、半額で! どうか!」

 少女の押しに負けて、おずおずと神無月しおりは半額を支払い、冷や麦を手に入れた。こんな事をして貰って良いのだろうかと思いながら、冷や麦を啜る。つるつるとして美味しかった。出汁もとても美味しい。添えられた薬味が、冷や麦を食べていて飽きさせない。美味しいなぁ…と少女は思った。何より、この暑さの中で清涼感が心地よかった。

 その時の事であった。疲れ切った声で「しおりちゃぁーんっ!」と己の名前を呼ぶ声が聞こえた。疲れ切った声ではあったが、それは紛れもなく聞き覚えのある声で…

「早乙女さん…? 何で此処に…?」

 キョトンとする神無月しおりに対し、早乙女光はぜーぜーはーはーと息を切らして肩を上下させながら呼吸をしていた。その姿は私服ではなく、彼女と出会う時によく見るスーツ姿であった。

「こっちのっ、方でっ、仕事がっ、あったからっ……はぁ、はぁっ…ちょっぱやで、終わらせてきたわっ…試合、見たかったものっ…ふぅっ…」

 彼女のそんな有様に神無月しおりは恐る恐る問いかけた。

「あの…えっと…大丈夫ですか…?」

 少女の問い掛けに、早乙女光は荒い呼吸のまま、首肯しつつサムズアップした。そんな彼女の様子を見て、残った冷や麦をちゅるちゅると瞬く間に食べ終わると、神無月しおりは早乙女光の手を取り、優しく引っ張っていった。

「あら、シオリチカ。一体どうしたの? 此処に来て。そちらのお方は?」

 アレクサンドラ・楠他、何時もの戦車道によって得る事の出来た友人たちの観客席に、神無月しおりは早乙女光を連れてきた。

「この人の…面倒を見て欲しい…私の学校の…大切な人だから」

 神無月しおりの「大切な人」と言う言葉に、少女達は頷き返した。

「承りましたわ。ささ、其処の御仁? どうぞ此方へ」

「少しぬるいお茶を淹れましょう。この暑さと言えど、いきなり冷たい物を飲んではお腹を壊してしまうわ」

「そう言う訳だから、いってらっしゃい。シオリチカ」

「…ありがとうございます」

 神無月しおりはぺこりと頭を下げた。そんな彼女に、早乙女光は声を投げかける。

「しおりちゃん、試合、頑張ってねぇ」

 疲れ果てて、とても弱弱しい声だったが、神無月しおりにはとても暖かい声援に聞こえた。

 

 各々の陣地に戦車が配置され、試合開始の時間が、訪れた。空高く、ポンッと何処か間の抜けた音が響くシグナル弾が撃ち上げられる。

「試合開始です。各車、健闘を祈ります。シャーマン3とシャーマン4はそれぞれの受け持ちの橋へと急行。片側の橋を落として通路を塞いでください。生きている橋の方は敵を誘い込んで下さい。最悪の場合、撃破されても私は責めません。誘い込むのは難しいですから」

『了解です!』

『イエスマム!』

「残りの車両は事前の取り決めの通り、丘を占拠、何らかの強襲を受けた場合に備えて控えめなダックインを行い、敵を迎え撃ちます」

『ラジャー!』

『あいよー』

「それでは皆さん。パンツァーフォー!」

 神無月しおりの号令の下、戦車は動き始めた。2両のシャーマンがそれぞれ南西、南東に位置する橋へと全速力で駆け抜ける。その間に、神無月しおり率いる本隊は丘の上を目指した。

 暫くして、無線が入った。

『こちらシャーマン3、南西の橋に到着しました』

「了解しました。シャーマン4、そちらはどうですか?」

『あと数分掛かります! すみません』

「問題ありません。 シャーマン3、南西の橋を落として下さい。その後は茂みに隠れて様子を伺って下さい。

『シャーマン3、了解しました!』

 シャーマン3の車長の少女は、最初は神無月しおりのおどおどとした性格に「この子大丈夫なの? と言うか、こんな自信も無い様な子に私達は負けたの?」と正直不安に思っていたが、一度戦車の事となればまるでキリキリと正確に時間を刻む時計の様に動くさまに、態度を改めた。成る程、これが私達を打ち破ったチームのリーダーの本性か、と。

「リローダー! 榴弾を装填! ガンナー! 落ち着いて狙って! 敵はまだ来てない!」

「了解! 榴弾装填完了!」

「コマンダー、撃ちます!」

 ドンッ! と体がしびれるような音が響き渡る。そして橋が爆発した。普段使っている105mm砲や、歩兵支援に優れ、炸薬量の多い75mm砲と比べれば、その威力は控えめと言わざるを得ないが、それでも橋にダメージは与える事が出来た。だが、まだ崩落には至らない。

「仕方ない。徹甲弾で物理的に撃ち崩そう! リローダー! 次、徹甲弾!」

「了解!」

 そして次弾が放たれ、橋へと着弾。物理的に橋を支える桁を破壊され、見事に橋は崩落した。

「こちらシャーマン3! 橋の破壊を完了!」

『ありがとうございます。茂みに隠れて対岸を伺ってて下さい』

「イエスマム! …確かに重要よね、見張りも。ドライバー、ガンナー。貴女達もスコープ越しに確り見張ってて。リローダーは少し休憩を」

 少女の指示に、彼女らは確りと従った。

 

 その頃…神無月しおり率いる本隊は丘の上を制圧していた。車体を左右へと揺さぶり、じゃりじゃりと地面を掘る。こうする事で人の手で土を掘る必要も無く、軽いダックインを行えるのだ。元より人間の手で戦車の塹壕を掘っている暇はない。これは神無月しおりなりの、妥協案でもあった。

「どう…なるかな」

 神無月しおりはぽつりと呟いた。この作戦、上手く行くだろうか、と。

 

 一方、観客席では…

「シオリチカ、堅い陣を張ったわね」

 アレクサンドラ・楠が率直に呟く。

「敵を待ち受ける作戦ね。エリザベドもやられたわよね? アンブッシュだったけど」

「あの時のしおりには参りましたわ。本っ当に見事な隠蔽だったもの。スコープの光の反射に気付かなければ分からなかった位ですわ!」

 少女達の歓談の傍らで、早乙女光はじぃ、と実況画面を見つめていた。

「でも、どんな堅牢な鎧にも弱点はあるわ」

 早乙女光の言葉に少女達は視線を向ける。

「利点は欠点でもある。その逆もまた然り。藤重学園が秘匿していた数両の戦車。私はソレがこの戦いのキーポイントになると思うわ」

「それは早乙女流戦車道の勘ですか?」

 介抱をしている間に聞いた、早乙女光の自己紹介からアレクサンドラ・楠の問い掛けに彼…もとい彼女は首を振った。

「いいえ。いち、一人の戦車乗りとしての勘よ。この試合、すんなりとは終わらないわ」

 早乙女光の目は、ただの社会人の目ではなく、紛れも無い戦車乗りの目をしていた。

 

 シャーマン3に遅れる事数分、シャーマン4も無事に橋へと到着した。そして茂みへと身を隠す。

「遅れちゃってごめん」

 シャーマン4のドライバーが車長へと謝った。

「良いの。地面が意外とグネグネ曲がってたんだからしょうがないわ」

「この作戦、上手く行くかなぁ?」

 シャーマン4のリローダーが心配そうに徹甲弾を抱えていた。

「分からないわ。分からないからこそ、あの伝説の第63回戦車道全国高校生大会では番狂わせが起きたのよ」

 そして勝ち上がってきた。伝説となった少女達も。そして播磨の少女達も。圧倒的に経験が薄いはずでありながら、彼女らは見事に戦い抜いてきた。一人の少女の存在によって。

「信じるしかないわ。私達を打ち破った、シオリって言うあの子を」

 そう呟いた時だった。橋を挟んで対岸に一両の三式中戦車が現れた。

「リローダー! 焦らず装填して! ガンナー! しっかり引き付けてから撃って!」

「イエスマム!」

「こちらシャーマン4! タイプ3戦車を視認! これを撃破、ないし誘導します!」

『了解しました。無理はしないで下さい』

「コマンダー! 十分射程距離に入った!」

「射撃よし!」

「ファイア!」

 76mm対戦車砲が、鋭い機動を描いて三式中戦車へと命中する。まともに被弾した三式中戦車は行動を停止、白旗を上げた。

「こちらシャーマン4よりチームリーダー。タイプ3戦車を一両撃破」

『了解です。後続の戦車は確認出来ますか?』

 神無月しおりの問い掛けにシャーマン4の車長はスコープで外を睨みつけた。

「…現在の所、後続の戦車は発見出来ません。オーバー」

「妙じゃない?タイプ3がたったの一両だけだよ?」

 リローダーが心配そうに呟く。確かに妙だ。攻勢を仕掛けるのであれば戦力は一斉投入するに限る。

「シャーマン3、そっちの様子は?」

 嫌な予感がしたシャーマン4の車長は友人へと無線で呼びかけた。

『怖いくらい静かよ。そっちの状況も無線で聞いたわ』

「チームリーダー! 何かが妙です! 気を付けて!」

 

シャーマン4の車長が無線に叫んだ頃…

『チームリーダー! 何かが妙です! 気を付けて!』

「報告ありがとうございます」

 当の神無月しおりも妙に思っていた。静かすぎる。圧倒的に。何故敵は攻めてこない? 何故敵は三式中戦車を一両だけ、橋に寄こしたのか? 陽動か? それにしては数が少なすぎる。橋を崩されたのを確認出来たならば、一斉に攻め入るべきだ。例えアンブッシュが待ち構えていたとしても、押し通す事が出来るのに。

「…嫌な予感がする」

 少女は呟き、喉頭マイクをしっかりと押し当て、指示を出す。

「シャルル1、南の斜面の偵察をお願いします。各車両、不測の事態に備えて身構えてて下さい!」

『了解どす』

『あいよー』

『ラジャー!』

 シャルル1こと久留間舞子は神無月しおりの指示通りにソミュアS35を走らせ、そしてスコープ越しにとんでもない物を見て、すぐさまソミュアS35を後退させた。

「しおりはん! 敵が登ってきてはります! すぐ其処まで!」

 久留間舞子の見た光景は正に驚愕の一言であった。三式中戦車と四式中戦車がゾロゾロと登って来ていたのだから。

「全車へ通達!すぐに逃げ出して下さい! 転換する猶予はありません! 真っ直ぐ丘を降りて下さい!」

『一体どんなマジックを使ったんだ!?』

『ジーザス!』

『なんだって言うのよ、もう!』

 少女達の悲鳴にも程近い声が無線機の間で飛び交う。だが文句を言っている暇はない。戦車の後部と言う物は得てして装甲が薄い物である。速急に逃げ出さなければならない。

「霧島さん! フルスロットル!」

「言われなくてもとっくにやってる! 確り捕まれ!」

 霧島蓉子は神無月しおりの号令を待たずに直ぐにギアを入れてアクセルをめいっぱい踏んでいた。重力に引かれて酷くガタゴトと揺れながら丘の斜面を下ってゆく。

「やぁだもぉ! 砲弾が暴れるぅ!」

「これで照準器のレティクルが狂ったら洒落にならないぞ!」

「ひぃーっ! 無線機、壊れませんよね!?」

「丘の上で負けない為の代償と思え!」

 大島明海、北村カレラ、中嶋奏の三人の悲鳴に対して霧島蓉子が叱責した。その様子に神無月しおりは苦笑しつつも、みごとにしてやられた、と思わざるを得なかった。

「シャーマン4、聞こえますか? 橋を渡って対岸から丘の南側を偵察して下さい! きっと其処に何かがあるはずです!」

『イエスマム!』

「シャーマン3は我々と合流してください。作戦を立て直します!」

『ラジャー!』

 

「にしても、敵は何をやらかしたんだ? 本隊があんなに滅茶苦茶になるような事を」

 そろりそろりとシャーマンは茂みの中を進んでいた。この対岸側に敵がまだ残っているかも知れないからだ。その時、僅かに茂みが開いた。丁度丘の南側に位置する場所だった。シャーマン4の車長はジッとスコープを見つめる。……川の中に何かがあった。

「…なんだあれ!?」

 車長の少女は叫ぶ。そしてハッチから乗り出し、ジッと双眼鏡を使って見つめた。そこにあったのは…

「ぺったんこのカチ車ぁ!?」

少女はただただ驚愕した。

 

 …観客席にて…

「こんなのってアリなんですの!? 武装をすべて取り払って、架橋戦車の代わりにするだなんて!」

エリザベド・ガリマールの言葉に早乙女光が答えた。

「ルール上、どんな改造を施しても良いのが非正規戦車道と言う物よ。軽戦車をより軽くし、偵察車両にする為に武装を下ろしたり、砲塔を下ろしたりするなんて言う改造は日常茶飯事だわ」

「にしても、なんて定石を無視した攻勢かしら…驚く他無いわね」

 アレクサンドラ・楠は唸る他無いと言わんばかりに言う。

「橋が無いなら架ければいい。確かにそれは一種の『答え』だわ」

 パンが無いならブリオッシュを食べれば良い…と言う訳ではないけれど。とローズマリー・レンフィールドは呟いた。

「さてしおりちゃん…逆転されちゃった貴女はどう動くのかしら」

 早乙女光は期待に胸を膨らませながら、実況画面を見つめるのであった。

 

「…ふぅ。まさかカチ車を踏み台にして川を渡ってくるだなんて」

 シャーマン4からの情報を得て、神無月しおりは溜息をこぼした。

『どうするの? シオリ。逆に私達が不利になっちゃったけど』

「…数の上では、こちらが有利です。敵は既に3両を消費して居ます。カチ車を2両、三式中戦車を1両、相手は既に消費しています」

『それでもまだ12両が陣取ってるんだよねぇ。これがさー』

 双葉葵の言葉に、神無月しおりは一人頷いた。そう、『まだ』12両も居るのだ。敵のフラッグ車を燻り出すにはこの状況をどうにかしなければ成らない。

 敵の車両を撃破出来るのは実質の所、14両。残念ながらソミュアS35では後部を至近距離から狙い撃つぐらいしか撃破の見込みがない。しかし決して使えない訳ではない。

『敵は丘の上だ。誘き出すにしても、相手は有利な立地から動こうとはしないぞ』

 バウムガルト・桜の言葉も尤もだ。故に神無月しおりは必死に考えた。相手を誘き出す事は出来なくとも、どうにかして丘の上から追い出せないか。またはこちらへと引きずりこむ事が出来ないかと。

その時ふと、とある人物の顔が彼女の脳裏に浮かび上がった。早乙女光である。態々仕事を恐ろしく手早く終わらせて、観戦に来てくれた彼女を。そして神無月しおりの頭の中に一つの作戦が思い浮かんだ。

「ジェーンさん、そちらの戦車の中で加速装置を積んだ車両はありますか?」

『んー? ナイトロとか、水エタノール噴射装置とか、スクランブルブーストの事?』

「はい。それらに類する物です」

『一応全部のシャーマンには付いてるけど、一等級に激しい奴はエレノアの乗ってるシャーマンジャンボね』

「ありがとうございます。それでは改めて作戦を説明します。各自、しっかりと聞いて下さい!」

 

「あっはっは!快なり。快なり。さぞ神無月さんも驚いた事だろう!」

 四式中戦車のキューポラから体を出して川崎蘭子はとても愉快だと幸せに浸っていた。

「しかし川崎様。相手はあの『播磨の魔女』です。どんな手段を使ってくるやら」

 三之菱響は努々油断しないように、とばかりに川崎蘭子に話しかけた。

「うむ。だが私は同時に楽しみでもあるのだよ。相手がどんな風に反撃して来るのか、ね」

「川崎様ったら…ちょっと妬いてしまいますわ」

『川崎様!』

 二人が喋っていると、三式中戦車に乗っている一人の少女が叫んだ。

『相手側に動きがあります!』

「状況は!?」

 川崎蘭子はすぐさま車内へと戻り、無線機で問いかける。

『何やら榴弾を用いて、木々をなぎ倒している様です』

「…木々?」

 神無月しおりは何をする気だ…? 態々この鬱蒼と生い茂る森の中で。川崎蘭子は首を傾げたが、きっと何かをしてくれるのだろうと言う興味もあった。

『三方向から、木々をなぎ倒しているのを確認!』

『彼女らは森林伐採の仕事でも始める気でしょうか』

 三之菱響の言葉に川崎蘭子は応える。いいや違う。と

「各車、警戒せよ! これは何かの予兆だ!」

『川崎様、何かが来ます!』

 

「これより、アローヘッド作戦を開始します! 各車、準備は良いですか?」

『ライガー1、いつでもオーケー』

『ライガー2、問題なし!』

『シャーマン2、何時でも行けるわ』

 無線機から帰ってくる少女達の返事に、神無月しおりは頷いた。

「それではカウント始めます!5、4、3、2、1、0!」

 神無月しおりの号令の下、ポルシェティーガー一型と二型、そしてシャーマンジャンボの三両の戦車が邪魔な木々をなぎ倒した森の中から加速し、飛び出してきた。そして丘を駆け登ろうとする。

「小癪な!」

 頭上を取っている藤重学園の戦車が狙いを付けようとしたその時

「かっとべ、ライガー!」

「スクランブルブースト!」

「ナイトロ、ON! GO BABY!」

 三両の戦車は驚異的な加速を見せながら丘を登る。それこそ、照準を付ける暇さえなく。無論それは、激しくガタガタと丘を登る此方側にも言えた事だが、問題は其処ではない。三両の戦車は瞬く間に丘を登りきり、勢いと馬力を生かしたドリフトターンによる180度旋回を行い、互いの背中を守り合うと装填済みの徹甲弾で背中を見せている三式中戦車や四式中戦車に容赦なく発砲した。

「よもや重戦車級をこんな風に突っ込ませてくるとは! 全車、退却!」

『川崎様!』

 三式中戦車に乗っていた少女が悲鳴を零す。

「一体どうした!」

『カチ車がソミュアによって退かされて居ます!』

 神無月しおりのプランはこうだ。三両の重装甲の戦車を高速で突撃。仮に被弾しても重装甲にてこれを弾く。そして丘の上をひっかき回している間に、川辺にソミュアS35を走らせ、架橋戦車となったカチ車を退かす。又は榴弾でひっくり転がす。と言う内容であった。

「何ぃ!? くそ…生きている橋を使う! 改めて陣を組みなおすぞ! ふふ…ハハハ! 面白い。面白いなぁ神無月くん! アッハッハ!」

『笑っている場合ではございません、川崎様。森の中には敵戦車のアンブッシュ射撃で包囲されています』

 三之菱響の言う通り、播磨・カーチスライト合同チームは茂みの中から射撃を行っていた。しかし当たれども有効打に成らなかったり、外れてばかりだ。

「恐らく、我々が攻勢に出た時に激しく丘を下ったお蔭で調子が狂ったのだろう。好機だ! 今の内に逃げ出せ!」

 言うや否や、藤重学園の戦車隊は尻尾を巻いて逃げて行った。だんだんと離れていくにつれて砲撃は収まっていき、ついには静かになった。

「生き残った車両は何両だ?」

『9両です。川崎様』

「ふんむ。まだ戦えない数字ではないな! さぁ諸君。頭を切り替えていこう!」

 藤重学園の戦車隊は見事な隊列で一路、生きている橋へと向かって行った。川崎蘭子はどうやって戦うべきかを、キューポラのスコープから外部を覗き見ながら考えていた。気が付けばもう橋のすぐ近くまで来ている。こちらに囮として出していた三式中戦車に心の中で敬礼しながら横を通り過ぎてゆく。

 そして橋を渡っている最中だった。突然の轟音。突然の衝撃。

「一体なんだ!?」

 川崎蘭子は叫ぶ。そして車内の白旗判定装置の作動を知らせるランプが光った。

「アンブッシュを受けました! 川崎様!」

 川崎蘭子は唖然とした。播磨・カーチスライト合同チームの射撃の悪さは調子が狂った訳では無かった。あの砲弾は我々を追い立てる役に過ぎなかったのだ。本命はただ一つ。この橋を渡ろうとする川崎蘭子の乗るフラッグ車への一撃。

「してやられたな…陣を立て直す積りが、犬追物にされるとは…ハハハハ! 神無月さん、天晴だ!」

 

「グッジョブ! 対岸に残してたシャーマンを使った良い戦法だったわしおりちゃん!」

 早乙女光は興奮し、神無月しおりの奮闘を称えた。

「弱ったと見せかけて相手を誘き出し、誘導する。見事だったわ。シオリチカ」

「それにしてもあの三両の戦車、凄い加速でしたわ!」

「比較的軽量な38トンのシャーマンジャンボは兎も角、特に60トン近いあの二両、悪評名高いポルシェティーガーとは思えない運動性能だったわ」

 ローズマリー・レンフィールドの言葉に、早乙女光はふふーん♪ と気分を良くした。

「うちの戦車工房なら、じゃじゃ馬なポルシェティーガーだって一級品の戦車に仕立てて見せるわ」

「…先程名刺を頂きましたけれど、あなたの会社がしたてたんですの? あのポルシェティーガー」

「まぁ、非正規戦車道専用ですけどね。エンジン弄ったり取り換えちゃったりしてるから」

「…葵さんが懇意にするのもよく分かるわ」

 観客席もまた、神無月しおりとその仲間たちの連携を称えた。

 

 試合を終えて、両校の少女達はパドックへと戻ってきた。川崎凛子は負けたにも関わらずとても楽しげな表情だった。

「いやぁー楽しい試合でしたなぁ! 重戦車があんな勢いでグイグイと登ってくるとは! いやはや恐れ入った。やはり世界は広いなぁ」

「こちらも…吃驚しました…カチ車を架橋戦車にしてしまうって言う発想が…」

「神無月さんにそう言って貰えるとは、恐悦至極ですな! まぁ正直な所、練習したとは言え、上手く渡れるかは運頼みでしたがなぁ」

 川崎蘭子はそう言いながらワハハと笑った。この人は本当に笑顔の絶えない人だな…と神無月しおりは思った。

「願わくば、また試合をしたい物ですなぁ」

「…今度、私の友達も、紹介してあげる…私達みたいに戦車道、やってる友達を…」

「おぉ! それは真にですか! 大変嬉しい限りだ! いやはや。しかし…」

 川崎蘭子は不意に、寂しげな言葉を発した。先ほどまでの向日葵の様な笑顔も気力も消え去った。

「…我々は、あと何年戦車道が出来るのでありましょうな」

「…?」

 彼女の発した言葉の意味を理解できず、神無月しおりはキョトンとした。

「我々はまだ学生であるが故に、その間は自由気ままに戦車道が出来ましょう。しかし…ひとたび学生と言う枠から外れてしまったら、戦車道は遠のいてしまう…」

 川崎蘭子は寂しげに、自嘲するかの様に呟いた。しかし

「そんな事、ない」

 神無月しおりは珍しく、少し強い語気で言葉を発した。

「戦車道は、うぅん、戦車と戦車道を思い続ければ、いつだって、いつまでも出来る。ずっと、ずっと。きっと出来る。戦車を、戦車道を好きだって思っていれば」

 神無月しおりの拙いながらも真っ直ぐで真摯な言葉に、川崎蘭子は呆気にとられた。そして再び、アハハハ! と気持ちよく笑った。

「これは一本取られましたな。嗚呼、確かに私はつまらない感傷に浸っていた様ですな。貴女の言う通りだ。ありがとう。播磨の魔女。機会がありましたら是非とも。貴女のご友人がたとも楽しく戦車道をしたいものですな!」

「…えっと…ありがとう」

 神無月しおりは、必死になってこう言う時にはどう気持ちを伝えれば良いのかを思い出し、言葉を絞り出した。

 

 少女達は握手を交わし合い、そして撤収した。

 学園艦との連絡船へ向かう汽車に揺られて、少女達はひと時の眠りにつく。暑く、疲れもするのだ。眠るのも無理は無い。

 そんな中、神無月しおりはぼんやりと一人、客車から窓の外を眺めていた。彼女の胸の中には、自分が発した言葉が繰り返されていた。

『戦車を、戦車道を好きだって思っていれば』

 自分でも不思議だった。あんな気持ちが、あんな言葉が出てきた事が。何故だか分からない。ただ、悲しそうな川崎蘭子を見ていたら、自然と言葉が出たのだ。

 …自分は、少しは人間らしくなれたのだろうかと、思い悩む。

 正直に言えば、神無月しおりは怖かった。自分はまだ、バケモノなのか。それとも人間に成れたのだろうか、と。

 …戦車道を戦い抜く為だけに『作られた』バケモノ。そんなバケモノが、本当に人間になれるのだろうか?

 友人らと一緒に見た、怪物が人間になる映画を見たが、果たして映画の様に、本当に人間になれるのだろうか…

 疑問が、疑念が止まらない。本当に…? 本当に…? 鏡の様に反射する窓ガラスの自分に、問いかける。

『私は人間に成れますか…?』

 …答えは当然、帰ってこない。当然だ。そこに居るのは自分の虚像なのだから…

「しーおりん」

 不意に、自分を呼ぶ暖かい声が聞こえた。振り向けば大島明海が2つのカップを持って立っていた。甘い香りがする。

「はいこれ。しおりんの分。しおりんは隊長さんやってて一番疲れてるんだから、糖分補給しよ?」

 差し出されたカップにはココアが入っていた。心地よい暖かさのココアから、砂糖とカカオの甘くて香ばしい香りが漂ってくる。

「…ありがとう…明海さん」

 神無月しおりはココアの入ったカップを受け取りながら、小さく微笑んだ。

「今回も色々とハラハラしたねー」

「…うん…びっくりした」

「ローズマリーさんと戦った時のTOGにもビックリさせられたけどね~」

「…私も、あんなの出てくるなんて思わなかった」

「戦車道って、色々とビックリする事多いよね。楽しかったり、ちょっと怖かったり」

「うん…」

 他愛もない会話が、心地いい。

 他愛もない会話と共に飲むココアも、心地いい。

 …今は忘れよう。自分がバケモノなのか、人間なのかを問うのは。

 …今は多分…自分は女の子だと思うから…

 

 

 …少女達は汽車に揺られる。戦車と共に…

 …じわりじわりと這い寄る闇が待ち受けているとも知らずに…

 …少女達は汽車に揺られる。戦車と共に…

 …悲しみが口を開けて待ち構えているとも知らずに…

 

 

登場戦車一覧

・播磨所学園側 追加戦車

 

・ポルシェティーガー(プロトタイプ改・実戦配備型)

 試作戦車のポルシェティーガーを実戦配備型に改修した物。正面装甲に追加の装甲が取り付けられた他、車体側面の搭乗員乗り込み口が封じられている。

 …なのだが、ありあわせの部品で拵えた砲塔を使用しているので、シャーシから上が凄まじいキメラ戦車となった。本作では一型と呼称している。

 

・ポルシェティーガー(VK45.02)

 正式名称は不明。キングポルシェティーガーとも呼ばれなくは無い。本作ではポルシェティーガー二型と呼称している。

 キングティーガーのポルシェ砲塔を持つモデルであり、パンターやキングティーガーの様な傾斜装甲でシャーシが構成されている。

 

 

・藤重学園 登場戦車(主要戦車に限る)

 

・三式中戦車(チヌ)

 日本陸軍が初めて対戦車戦闘を念頭に入れて開発した戦車であり、シャーマンとも渡り合えると言われた戦車である。

 しかしシャーシやエンジンが一式中戦車と同等な為、装甲と馬力が心許ない。史実では本土決戦に向けて温存された。

 

・四式中戦車(チト)

 軽量な戦車が主体だった日本陸軍が開発した戦車の中でも珍しい前面装甲が75mmもある重戦車である。その為重量も30トンと重い。

 主砲も長大かつ強力な75mm戦車砲を積んでいる。なお、三式中戦車の主砲も同じ75mmの戦車砲だが、両車は全くの別物である。

 

・カチ車こと特三式内火艇

 日本陸軍が開発した水陸両用戦車である。車体は溶接構造であり、また水深100mに耐えられる程の耐圧構造を有している。

 藤重学園の秘密兵器。車体上部の構造物を全て取り払い、まっ平らにする事で架橋戦車として利用された。戦力としての能力はない。

 

 

 

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