【Girls-und-Panzer】 砲声のカデンツァ 作:三式伊吹
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血を流し、涙を流し
夏の始まり。藤重学園との試合の終わり際、川崎蘭子の発した『私達は何時まで戦車道が出来るのだろうか』と言う寂しげな彼女の言葉に対して、神無月しおりは…彼女にしては珍しく…強い声で言葉を返した。
そんな事はない。戦車を、戦車道を好きで居れば、何時でも、何時だって出来る、と。神無月しおりのその言葉に川崎蘭子は笑顔を取り戻した。文字通り向日葵の様な明るい笑顔を。
…試合の帰り道。ガタゴトと揺れる客車にて神無月しおりは思う。…自分は、少しは人間に成れただろうかと。其れとも未だ、化け物の儘なのではないかと。寂しげな神崎蘭子に対して、何故あんなにも感情を発露させる事をするとは自分自身が思いもしなかった。故に彼女は問うた。暗い夜のガラスに映る自分に対して。『私は人間に成れますか…?』と。
虚像の中の神無月しおりは答えない。だが…ぽつりぽつりと友人達と他愛もない事を話せる様になった事を、彼女は独り、小さく喜んだ。他愛ない青春の一コマ。それは何事にも代えがたい眩しく輝く玉虫色の思い出と言う名の宝物。それは正に、少女にとっての宝物。
新たな友を得て。新たな仲間を得て。互いを知り、少女は歩む。
歩む先に待つのは光か、闇か。
少女達は足掻く。危機を回避しようと。されども現実は残酷である。
彼女らに残された時間は、幾ばくであろうか。
海鳥達でさえ、船の行方は分からない…。
…――それは遂に訪れた――……
【Girls-und-Panzer】
砲声のカデンツァ
第七話:フォアシュピール
今日も学園艦は海を航る。潮風を浴びながら、水面を切り裂きながら。…その筈だった。
不意に、学園艦全体に響き渡る、鈍いゴォーンと言う音と振動。それから暫くの間に渡って起きた、短い停電。何事かと誰彼がヒソヒソと声を漏らす最中、学園艦の各所に据え付けられたスピーカーから声が発せられた。
『こちらは播磨女学園の生徒会長、双葉葵だ。学園艦に住まう生徒並びに居住者の皆様に告げる』
生徒会役員室の中の放送室のマイクの前で、双葉葵は一度唾を飲み込み、気持ちを整えて言葉を発した。
『現在、我が学園艦のリアクターはその能力を失ってしまった。我々は不名誉な漂流よりも、【接岸】と言う英断を選びたいと思う。この事態に対して、対応し切れなかった事を、生徒会会長として悔やむ限りだ。連絡は以上である』
双葉葵の学園艦へ向けて発した言葉の後、生徒会役員室の前には多数の生徒が押し掛けていた。
「私達はどうなるんですか!?」
「この学園艦、潰れちゃうんですか!? 一家で住んでるのに!」
「私達だけじゃないです。大人の人達だって…!」
がやがやと色んな言葉が、色んな声が扉の前で聞こえてきて、双葉葵は「ふぅー…」と酷く疲れ切った溜息を零しながら、両手で顔を覆っていた。
覚悟はしていたが、改めてこの事態に対して直面した事が、ショックで仕方が無かったのだ。
そんな双葉葵の耳に、言葉が入ってくる。
「戦車道チームの皆様、お通しします!」
木製の扉が開かれて、ぞろぞろと数十名の少女達が生徒会役員室へと入ってきた。
「どういう事なんだよ会長! リアクターが壊れたって!」
柿原セリカの言葉に双葉葵は小さく首を振った。
「言葉通りの意味だよ。この学園艦のメインリアクターは、今年の四月の始まりに突然大きな不具合を出した」
「直せなかったんですか? ずっと…ずっとこの事を隠してたんですか!?」
五十鈴佳奈の言葉に、双葉葵は今度は頷いて見せた。
「そうだよ。隠してた。皆が怯えて学園生活を送るよりも、この件に関して秘匿していた方が穏便に済むと思ったから。これは学園艦の商工会の偉い人達からの賛同も得た。勿論、直そうとしたさ。どうにかして、リアクターを修理する為の手段を探していたんだ。
学園艦運行委員会に必死になって説得したけれど、今は新造艦を作るのに手一杯で、新しくリアクターを用意する事も修理する事も難しいって言われて…だから、自分達で修理する為に、修理する為のお金を貯金する為に必死になって戦車道のスポンサーに頭を下げて回って、お金を稼ぐ為の戦車道やるのにも、兎に角お金を切り詰めに切り詰めて…」
双葉葵の言葉に、久留間舞子がハッとなって思い出した様に呟く。
「もしかして…戦車道を始める時に学園艦の名前を売りたいから…って言ってはりましたのは…」
「そう。そーゆー事。非正規戦車道は観客からのギャンブリングで沢山お金が入ってくるから、それで修理費を稼ごうとした訳。実際、試合の稼ぎの何割かは、今まで壊れかけてたリアクターを動かし続ける為のお金になったよ…」
やれやれとばかりに、双葉葵は学園艦が抱えていた爆弾の事のあらましを述べた。
「私達は…私達、戦車道のチームはこれからどうなるんですか!?」
パンターの無線手、アリカ・三日月が悲しげに問うた。双葉葵は、投げかけられた問い掛けに再び答える。
「…今はまだ、播磨女学園の生徒として生活出来る。一般人の方々もだ。だけど…このままリアクターが修理されないままで次の春が来る時には、この学園艦は正式に廃校と見なされる。残念ながら皆には、他の学園艦に転校して貰うしかない…」
そんな…! こんな事って…! 信じられない…! 口々に言葉を紡ぐ少女達の中で一言、不気味なまでに良く通る声が一言、聞こえた。
「嫌だ…」
少女の一声に、少女達のざわめきがスッと消える。声の主は…神無月しおりだった。
「しおりちゃん…?」
双葉葵は小さく、少女の名を呼んだ。彼女は、肩を震わせて言葉を発した。
「嫌だ…嫌だ…! 折角、折角皆と仲良く成れたのに…! やっと、楽しい戦車道が出来るように成ったって思ったのに…! 皆と離れ離れになるなんて…嫌だ!」
神無月しおりは、叫んだ。ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、魂の慟哭を発した。言葉を吐き出すのを終えるや否や、彼女は生徒会室を、皆の群れの中を後にした。生徒会役員室の扉の前の人込みを駆け抜けて。
少女達は茫然としていた。だが然し、彼女の来歴を知っている少女達は彼女の言葉が痛く心に響いた。残された少女達が神無月しおりの残した空気の中で身動きが取れない中、霧島蓉子はハッとした。
「拙いな…今の彼女の精神状況だと自殺しかねない。会長。悪いが彼女を探してくる」
こと、車に対する情熱においてはロマンチストだがロジックにおいてはリアリストである霧島蓉子は双葉葵に向けて言葉を発した。
「ごめん、頼むよ」
双葉葵の疲れが滲み出た言葉を受けて、霧島蓉子はその場に居る少女達に言った。
「ここに来てない戦車道のクルーも集めろ。学園中の中で隠れられそうな場所、若しくはしおりが行きそうな場所を探せと伝えろ」
「霧島さんはどうするんですか!?」
中嶋奏の率直な問い掛けに霧島蓉子は淡々と応えた。
「中嶋、北村、大島はあたしと一緒に来い。タトラを出す。あたしは一つだけしおりが行きそうな場所に心当たりがあるんだ」
霧島蓉子の指示の元、神無月しおり捜索隊が組まれると、少女達は彼女を探し出し始め、霧島蓉子はその間にも三/四号戦車のクルーを引き連れて、愛車タトラ603を出した。
「皆、それっぽい所には居ないって言ってる!」
霧島蓉子が心当たりがあると言う場所へ向けてタトラ603を運転する最中、三人の少女は携帯電話を片手に他の少女達とやり取りをしていた。
「戦車の中も探して見てみたそうですが、居ないみたいです!」
「…いや、一つだけ情報があった! 学校の外に飛び出したって!」
北村カレラがそう発すると何か合点がいったらしい霧島蓉子は小さく頷いた。
「…一度しおりのアパートに寄るぞ」
ハンドルを切り、学園艦の市街地を駆け抜けていく。そう時間も掛からずに、タトラ603は神無月しおりと大島明海の住むアパートに着いた。そして…
「やっぱりな。しおりのバイクが無い」
「本当だ! しおりんの銀色のバイクが無い!」
雑多に剥ぎ取られたバイクのカバーシートが駐輪場に寂しげに残され、主の帰りを待っていた。
「これで確定したな。行くぞ」
「何処に行くんだい?」
北村カレラの問い掛けに、ギアを1速に入れて素早くクラッチミートしながら霧島蓉子は答えた。
「学園艦の艦尾、飛行場横の海の見える公園だ」
タトラがホイルスピンギリギリの加速をしながら、少女はそう答えた。
時ほぼ同じくして…
早乙女光はキューベルワーゲンを学園へと向けて走らせていた。それは戦車の消耗品の事やレストア中の戦車の事、細々とした内容について生徒会長の双葉葵と話す為に。然し、今この学園艦で起こっている事の重大さを何も知らずに居た。
その時だ。ヘルメットも被らずに速い速度で突っ走る古めかしい、銀メッキのタンクを持ったバイクが対面に現れた。そしてすれ違い、早乙女光はギョッとした。バイクを走らせていたのは、神無月しおりで、彼女は酷く悲しそうな顔をしていたのだから。
彼女は直ぐに自分が走らせているキューベルワーゲンの前後をチェックする。車が他に居ない事を確認すれば、ドンッとクラッチとブレーキのペダルを踏みこみ、ハンドルを切りながらサイドブレーキを引いて180度ターンをした。ギア、シフトダウン。アクセルオン。クラッチミート。キューベルワーゲンは浮き輪の様な丸いバルーンタイヤをキュキュキュとホイルスピンさせながら加速していった。
神無月しおりは、バイクを乱雑に海の見える公園の駐車場に止めて、まるで身を投げる勢いで欄干にもたれ掛かる。ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながら、涙で濡れた頬は風で冷たく、然し溢れる涙はずっと止まらずに居た。
「しおりちゃん!」
聞き慣れた声が、背中に掛かってきた。神無月しおりはまるでゾンビの様にのったりとした動きで振り返った。その先には、早乙女光が居た。
「どうしちゃったの、しおりちゃん。そんなに泣いて…一体、何があったって言うの…?」
彼女の言葉を受けた神無月しおりは、縋る様に抱き着き、嗚咽を漏らした。早乙女光は彼女のこの様な姿を始めて見て、酷く狼狽したが、然し、自分が落ち着きを取り戻すと、彼女の背中を優しく撫でた。
「…良いのよ。しおりちゃん。泣きたい時は、うんと泣いちゃえば良い。誰も涙を流す貴女を咎める権利なんて無いのだから」
そう呟きながら、早乙女光は神無月しおりを優しく見守った。そうしている内に、霧島蓉子らを乗せたタトラ603が海の見える公園に到着した。
「行ってこい、大島。後は任せる。私はタトラの中で待ってるから」
その言葉を受けて、大島明海率いる三人は神無月しおりと早乙女光の元へと駆け寄った。
「早乙女さん!」
「明海ちゃん! それに他の子達も…やっぱり、何かあったのね…?」
「えぇ…色々と…ねぇ、しおりん…」
そっと、大島明海が言葉と手を伸ばした時である。ビクッと震えた神無月しおりは、震えた声で答えた。
「来ない、でっ…」
彼女には珍しい拒絶の言葉を大島明海は投げ付けられた。
「…今、は…明海さんに、酷い事…言うかも…しれない、から…」
必死にぽつりぽつりと呟く神無月しおりに対して…それでも、大島明海は彼女に近付いて行き、早乙女光と変わる様に、神無月しおりをぎゅぅ…と強く抱きしめた。強く抱きしめた彼女の体は、何時も以上に細く小さく、儚げに感じられた。今にも手折ってしまいそうな程に。
だからこそ、優しく、話しかけた。
「…根拠なんてない。証拠だってない。だけども…だけども、きっと、大丈夫だよ…。それに今までだって、上手くやってこれた。まだ半年以上、猶予はあるんだよ」
大島明海は続けて短く区切りながら、然し真っすぐに言った。
「まだ、みんなと一緒で居られるから。今すぐ離れ離れに成る訳じゃ無いから。未来の事なんて、起きてから考えれば良いよ」
そう。今起きてる出来事はなんて事は無いとばかりに大島明海は言って見せた。
「…っ…明海、さん…!」
大島明海のただただ優しい、論も証拠もない言葉にしおりは泣き崩れ、そして眠るかの様に意識を手放した。
「…取りあえずはひと段落、か…」
ジッポライターで紙巻煙草に火を付けながら、北村カレラはそう呟いた。
「…北村さん。事のあらまし、教えて貰えるかしら。学校まで送るから。私のキューベルワーゲンで」
「喜んで。奏君も一緒に来たまえ。会長とゆっくり話をしないと…蓉子君。君はしおり君達をアパートまで送って行ってあげてくれ」
「元からそのつもりだ。そっちは任せた」
斯くして、波乱の一日目はゆっくりと収束していった。
二日目、神無月しおりを無事に保護したとの知らせを受けた他の戦車道少女達は、改めて生徒会長の双葉葵を含めて顔を合わせていた。今後の振る舞いについて。
「これからどうする?」
率直に柿原セリカが皆の顔を見ながら問い掛けた。
「しおりはんの言う通り、離れ離れになるんはえらい悲しいどすなぁ…」
しみじみと久留間舞子がそう呟いた
「何より、私達を導き、引っ張ってきてくれたのは彼女だ。彼女の魂からの願いを無下にはしたくない」
バウムガルト・桜の言葉に、皆は他の言葉を発せずに居た。誰がこの現状を打開出来ようか?
「…そう言えば、会長。何故、神無月さんに無理をさせてまで戦車道を?」
五十鈴佳奈が問い掛けたその時の事だった。生徒会役員室の木製の扉を開け放ってぞろぞろと少女達が現れた。それは今まで試合を通じて交流を深めた戦車道乙女達であった。
「お聞きしました! 学園艦の危機だと!」
「もうリアクターが限界なんですって?」
「どうしてもっと早く相談してくれませんでしたの!」
「何か打つ手はないの!?」
「貴女達の、そしてしおりさんの戦車道が失われるのはとても悲しい!」
アレクサンドラ・橘、ローズマリー・レンフィールド、エリザベド・ガリマール、ジェーン・フォード、川崎蘭子と言った各校の戦車道のチームリーダーが、この播磨女学園の危機と知って現れ、次々に言葉を発した。
溢れんばかりの言葉の洪水を発する少女達を前に、生徒会長の双葉葵は彼女らの言葉を制する様に改めてゆっくりと両手を挙げた。
「一つずつ、答えていこう。これからどうするのか。我々は、戦車道を続ける。いや、続ける他無いんだ。何故ならまだチャンスは残っているのだから。非正規戦車道を続けていけば、少しでも良い話が転がり込んでくるかもしれない。
そしてしおりちゃんの願いは叶えたい。これからもずっと、この播磨女学園で皆と戦車道を続けたいと言う思いを。これは推測の話に過ぎないのだけれども…ウチの予想やと転校の振り分けが行われた際、恐らくだが彼女は再び甲斐女学園に連れ戻される可能性が高い。
過去在籍していた事もあるし、今となっては彼女の戦車道における能力を知られてしまったからだ。そんな事があったらそれこそ、今の彼女にとっては自殺しかねない勢いの問題だ。若しくは、このまま高校を中退、路頭に迷うつもりだって考えられる。
次の質問。しおりちゃんに無理をさせてまで戦車道を始めたのは、前任者の隊長であった少女が、亡くなってしまったからだ。リアクターが大きな故障を起こした同じ日の事だよ。真夜中に前任者は眠る様に亡くなってしまった。だから新しい隊長の役割を戦車道経験者のしおりちゃんに頼るほか…いや、縋るほか無かったんだ。
ウチは正直、知る由も無かったんだ。しおりちゃんがあんなにも…最初は戦車道を嫌っていた事を。そして、彼女の過去を調べていく内にウチは後悔したよ。彼女を戦車道に勧誘した事を。だからせめて少しでも、彼女を守るって決めた。神無月に纏わるマイナスのイメージから、あの子を。自分から戦車道の隊長になる事をしおりちゃんにお願いしておいて、自分勝手でおこがましいけどね」
一度、説明を終えた会長はお茶を一口飲んだ。ふぅ…と重々しい溜息を吐き出す。
「サーシャ達の質問に答えよう。ご存知の通り、リアクターはもう限界だ。そして何故相談出来なかったのか。交換するべき部品があまりにも高額だった為だよ。粒子加速装置のクアンタム・ハーモナイザーと整流装置のフォトニック・レゾナンスチャンバーが壊れた。この二つは学園艦を動かす規模の大型リアクターを運用する上で大変重要な事は…まぁ、知ってる人は知ってるだろうね。機械に聡いフォードちゃんとか」
その言葉にフォードは「ジーザス…!!」と天を仰いだ。彼女には事の重大さが酷く伝わったらしい。
「そして、打つ手は探してきた。学園艦運行委員会に相談したり、知名度が上がってから、非正規戦車道の運営会長に頭を下げにいったり。今まで度々の番狂わせを、ジャイアントキリングを行ってきた、殆ど無名に近かった戦車道チームがのし上がってきた事を理由に。
だけどそれでも駄目だった。いや、無理だったんだ。新品の重戦車50両分にも相当する金額を、誰がポンと出してくれる? ウチは必死にお金を切り詰めて、屋台を出して稼いで、そして戦車道で得た賞金や売り上げを貯金した。
はっきり言おう。ウチは…うちの学園は中古の重戦車が5両を買えるぐらいまで貯金出来た。だけど…所詮はそこまでだった。他の学園艦の友人諸君、諸君らにこの話をしなかった理由がそれだ。寄付を募った所で、目標のお金は届かない。
いや、身を削ってまでお金を用意して貰ったとしよう。だけどもそんな事、しおりちゃんが喜ぶ訳がない。何故なら一番手軽に大きなお金を得られるのは、戦車を売る事だ。皆との戦車道を楽しんできたしおりちゃんが、諸君らが大切にしてる戦車を売って身を削ってまで用意したお金を喜ぶ訳が無い」
少女達は、沈黙した。そして会長は、ひどく悲しげに言葉を発した。
「…最後の手段だが…」
双葉葵の重々しい言葉に少女達は息を飲んだ。
「…膨大な貯金を有する学園艦に勝負を挑み、博打を仕掛ける他ない。…尤も、そんな事をすれば最悪の場合はしおりちゃんの腕を見込んでの転校。次点でしおりちゃんとうちの学園の皆が修理して買い集めてくれた戦車の没収と成りえる…これだけは、絶対したくないんだけど、ね…」
双葉葵の重い言葉に、少女達はただ押し黙る他無かった。
「…あの、もしも、このまま廃校になったら、私達の戦車は…」
少女の問い掛けに、会長は冷酷な事実を告げる
「最悪の場合、文科省に預かられる事になる。そして転売。次点で戦車道連盟が預かり、他の学校へと寄贈。運が良ければ、戦車とその乗組員単位で他校への転入、転校になるだろう…本当、運が良ければね…世の中、何があるか分からないから」
「酷い! 余りにも横暴だ!」
川崎蘭子の言葉に双葉葵は頷いた。
「勿論、そんな事は断じてさせない。……サーシャ、それに他校の皆。最悪の場合、戦車を紛失した事にして、分散して君たちに預ける。良いかな…?」
他校の少女達は、勿論と答えた。
「…先ずは最寄りの岬に接岸だ。海を航る時の気持ちの良い船の潮風とも…暫くお預けか…」
双葉葵の言葉に、唯々誰しもが黙る他無かった。
学園艦が最寄りの岬の港へと入港、接岸して数日が経った。最初こそは戸惑いを隠せずに居た少女達ではあったものの、それでも少しずつ、海を走らない学園艦での生活に慣れつつあった。そんなとある一日の事。大島明海は神無月しおりの小さな手を握って生徒会役員室へと現れた。
「どうしたの。連絡も無く直接こっちに来るなんて」
事前の連絡もない大島明海達の突然の来訪に長期間の接岸についての湧いて出てきた書類仕事を片付けていた双葉葵は小さく驚きながらも大島明海へと問い掛けた。
「時間を貰いに来ました」
端的な大島明海の言葉にふむ。と頷き返す。その実の所を彼女に問い返した。
「成程。それで?」
「しおりちゃんと一緒に、私の実家に少し戻ります」
その言葉を聞いて、双葉葵は彼女の思惑の全てを察した。
「…今回の件もあって、明海ちゃんも、覚悟を決めたんだね」
「はいっ」
短く、然し意志の込められた返事を大島明海は返した。彼女の言葉に、神無月しおりは小さく手を震わせた。
「いいよ。もとより戦車道履修者は何かしらの理由がある場合はかなり自由な行動を認めているからね」
「ありがとうございます。…それじゃぁいこ? しおりん」
「…うん」
まだ何処となく虚ろな目をしている、生気もなく顔が青白いままの少女を引き連れて、大島明海は生徒会室を立ち去った。
「会長。先程の言葉の意味は?」
すぐ近くに居た長谷川凛は少女らのやり取りの意味を双葉葵に問うた。
「…明海ちゃんは実家に行って、改めてしおちゃんとの交際をする旨の報告。そして…結婚する意志を伝える筈だよ」
あっさりと正直に双葉葵はそう長谷川凛に伝え、その言葉に彼女は驚いた。
「…あの子、明海ちゃんは…しおりちゃんの家族になるって言ってた。だから法的にも家族になる気なんだ」
「何故、そこまでして…」
驚きを隠せないで居る長谷川凛に双葉葵は淡々と語る。
「…あの子が、しおりちゃんが余りにも可哀想だったからじゃないかな。楽しくない戦車道の毎日。強制される戦車道の毎日。勝たなくては叱責されての繰り返し。少女らしさも無い。少女らしさを求めたくても求め方が分からない。
神無月流をしろと、ひと度しろと言われれば修羅にならざるを得ない日々。
そして体中のあの傷跡。凡そ人の送る人生じゃない。明海ちゃんは優しい子だから、だからこそしおりちゃんを、一人の『人間』にしてあげたいんだ」
「…そう言う理由が、大島明海にはあったのですね」
「そう言う事。長谷川。二人の外出許可書を出してあげて。遅延許可も添えて」
「分かりました」
少女は話を聞くや否や、書類仕事へと戻っていった。双葉葵は椅子を回して窓の方へと振り返る。海の見えない生徒会役員室からの眺めを、唯々ぼんやりと眺めていた。
翌日、ユンカースG42 は学園艦の飛行場から飛び立ち、神無月しおりと大島明海は機中の人となり、空を飛んでいた。
神無月しおりはぼんやりと窓の外を見ていたが、徐に大島明海の方へとゆっくりと振り向き、問うた。
「…明海さん…何処に行くの…?」
その問い掛けに大島明海は優しく微笑みながら答えた。彼女の手を優しく握って。
「私の実家だよ」
「…明海さんの、実家…」
「そう。しおりんをね。私の家族に紹介したいから」
家族への紹介、と言葉を耳にして、神無月しおりは小さく体を強張らせた。そんな彼女を見て、大島明海は優しく背中を撫でた。
「大丈夫! 私の家族は本当に仲良しなんだから! それでもしおりんは、心配? 怖い?」
「…怖いって言うか…よく、分からない…」
「…そっか。うん。無理しなくて、良いからね?」
そんな他愛もないやり取りをしている内にも、ユンカースG42は飛んでいく。そして神戸空港へと滑らかに着陸した。
二人は予め予約していたタクシーのスカイライン2000GT-Bへと乗り込んだ。直列六気筒の滑らかなエンジンの回転が、路面のギャップを柔らかく吸収するサスペンションが、ゆるく少女達を揺らす。
神無月しおりが何となく窓の外を眺めていると、立派な家が立ち並ぶ、俗に言う高級住宅地の路地を今タクシーが走っている事が分かった。不意にふと、彼女は射手の北村カレラの言葉を思い出していた。
「育ちの良さが香ってくる」と。今までに得た経験から、神無月しおりは思った。嗚呼、これが北村カレラの言う「育ちの良さ」の理由なのか、と。
やがて目的地に到着したのか、タクシーは止まり、少女達は料金を支払って柔らかなシートから降りた。目の前に建つ家へ通じる小さな道と階段を歩いて大島明海はドアを開き、そして言葉を発した。
「ただいまー。明海、帰ったよー」
玄関いっぱいに、大島明海の朗らかな声が響く。ほんの少し後に家の奥から二人の人物が現れた。一人は人が好さそうな男性で片手にパイプを持ち、もう一人は大島明海によく似た女性であった。
「おかえり明海。そしていらっしゃいお嬢さん」
「おかえりなさい明海ちゃん。そしてそっちが、話に聞いてるしおりちゃんね?」
大島明海の母親は優しい目つきで神無月しおりを見て、そう問いかける。神無月しおりはゆっくりと頷いた。
「さぁ、家に上がって。長旅で疲れただろう」
「ほらほらしおりん。あがってあがって」
大島明海とその両親に促されるがままに、神無月しおりは大島家へとお邪魔した。
応接間でのとても他愛もない軽いやり取りを終えてから、大島明海は神無月しおりを一人部屋に残して、家の奥へと消えていく。
「ちょっと大事な話をしてきますね」
…と、大島明海の母親が言い残した。ぽつんと一人残された神無月しおりは所在なく、小さなカバンに入れていた文庫本に手を伸ばした。ぱらり、ぱらり…と何ページか読みふけっていると、彼女は不意に視線を感じた。
…その頃、大島家のリビングにて…
大島明海の父親は少し困っていた。ゆっくりと言葉を選びながら、互いに傷付く事の無いように話を進めた。
「父さんは、何の問題も無いと思うよ。彼女との交際も悪いとは思わないし、結婚したいと言う明海の気持ちもよく分かるが、ちょっと急いているんじゃないかい?」
もしかしたら、そのう…相手さんの心変わりとかが何かあるかもしれないし…とやや歯切れ悪く言う大島明海の父親だったが、それに対して大島明海は力強く、そして鋭く反応した。
「とてもじゃないけど、放っておけないの!」
「明海ちゃん…」
大島明海の母親は彼女の言葉に込められた力に驚いた。
「あの子は何時も涙を流してた! 自分がどうして涙を流すのかの理由も全然分からずに! 学校が始まってからずっと、あの子の姿を見てきたから分かるの! 声にする事も儘ならない痛みにただ体を震わせて、たった独りで必死に耐えて! 私はそんなあの子を癒してあげたい!
あの子の人生は、あの子にとっては普通かもしれないけれど、私にとっては、ううん、私だけじゃない。あの子の友達の皆にとっても全然違ってた! 全然普通じゃなかった! だから、あの子に自分の気持ちを伝える事を教えてあげたい! 押し殺した気持ちなんかじゃなくて、ありのままの心を!」
大島明海の思いが熱く滾った言葉に父親はやれやれだなぁと思った。真っすぐで、それ故に頑固だな、と。また同時に思うのであった。彼女の母親。即ち自分の嫁からも己の学生時代、熱いアタックを受けた物だった、と。
その時だった。大島明海の母親が、二人を静かに呼んだ。
「明海ちゃん。あなた。こっちに来て」
ヒソヒソとした大島明海の母親の言葉に二人はなんだなんだ? とばかりに彼女の後をついて行き、そっと三人は応接間の様子を伺った。
其処には、大島明海を少し小さくした様な少女と、神無月しおりが会話をしていた。
「お姉ちゃん、戦車道やってるんでしょ? 雑誌で読んだよ」
「うん…戦車道、やってるよ」
少女の問い掛けに、神無月しおりはゆっくりと答える。
「やっぱり! 戦車道って楽しい?」
「…辛い事もあるけど、楽しいよ…良い友達に、出会えたら」
少女の目を優しく見つめながら、神無月しおりは正直に答えた。
その様子に、大島明海の父親は酷く驚いた。人見知りの激しい、大島明海の妹、大島七海が短時間であんなに懐くなんて、と。
「これはもう、お父さんの負けね。七海がすぐに懐くなんて」
大島明海の母親の言葉に、父親はやれやれだとばかりに頬をかいた。
「こりゃまた、娘の晴れ姿を早く見ることになりそうだし、オマケに美人さんの娘が増えると来た」
「んもう、お父さんったら!」
大島家は朗らかな空気に包まれていた。今日は泊っていくんでしょう? お料理の準備をしなくちゃ。お父さんはどうしようかなぁ。食後のお茶菓子でも何か見繕おうかなぁ。私、七海としおりんの傍に居てるね。等々…
冬の季節、暖かな暖炉の様な、優しい空気が、そこにはあった。
…そんな穏やかな空気に反して、生徒会長の双葉葵はとある学園艦に招かれていた。
招かれ先は…甲斐女学園だった。学園の中を行き交う少女は表情も何処か硬く、タクシーのBMW・1500から見た街並みもまるで寒々とした北欧の街並みの様であった。なんて生気の無い学園艦だろうと双葉葵は思う。勝利主義者の神無月流の戦車道を履修して居なくても、この学園艦の様子では生活しているだけで表情が硬くなってしまいそうだと。
ややあって、双葉葵はとある建物の一室へと通された。その部屋の扉には【学園艦商工会・学園長】の名が刻まれていた。文字通り、商工会を取りまとめる大人達にとっての学園艦の長である。
恰幅の良い、表情だけで言えば、人が好さそうな人物がスーツを身に纏って少女を待っていた。
「お待ちしておりましたよ。双葉葵さん」
「どういたしまして。甲斐女学園の学園長さん。正直な話、ウチはどないして此処に呼ばれたのかさっぱりなんだけども」
双葉葵にとって方言が方々に滲み出るのは和んでいるか焦っているかの何方かである。今この状況においては後者であった。何か禄でもない事を考えて居るのではいやしないかと。
「いやはや、何…播磨の学園艦でリアクターが壊れたと言う噂を耳にしたのでねぇ…」
「…ッ!」
その話、何処で聞いた! と叫びたかったのを必死になって双葉葵は抑え込んだ。下唇を噛みしめて。外様向けには学園艦のメンテナンス、と言う体裁を取っていたと言うのに。
「まぁ。前置きはそれで結構でしょう。どうです? ウチの学園艦と戦車道の試合をしてみて、貴女達が勝利したならば、リアクターの修理費を出しましょう」
「…そう簡単に、はい分かりました。…とは応えられないねぇ。見返りは何なん? 財布の紐を握る人は見返りの無い事はせんよねぇ? 試合にウチらが負けた場合の代償は。聞かせて貰いましょうか」
「何、代償と言う程の物を求めては居ませんよ」
手をパタパタと横に振る様子は気さくな風でもあったし、双葉葵にはわざとらしい仕草にも見えた。
「こちらの学園艦からそちらへ転校した少女が居ますでしょう。神無月しおりさん。彼女の戦いぶりを見る事が出来ればそれで構いません」
学園長からの言葉に双葉葵は全身の毛が逆立つ様な不気味さを感じた。確実に彼女を狙っているのだと悟る。
既に用意されていた書類が学園長の秘書から差し出され、少女は身震いするのを必死に抑え込みながら、書類の内容を読んだ。
約束を反故にする様な文章が書かれたり、炙り出しの文字が無いか等と必死に調べて、彼女はたっぷりと時間を掛けて漸く書類にサインとハンコを押した。
……果たしてこの先に何が待ち受けているのか、只々その先の見えない有様に恐怖しながら……
やがて、神無月しおりと大島明海、そして双葉葵が播磨女学園の学園艦へと戻ってきた。戦車道を履修している少女達全員が学園内に居る事を確認した双葉葵は彼女達を招集する。全てを知らせる為に。
「…全員、集まったみたいやね? 今から重要な話をするから、よく聞いて。…甲斐女学園。昔、しおりちゃんが在籍していた学園艦との試合が決まった。学園艦のリアクターの修理費を賭けての。
だけどウチはこの物事についてこう考えてる…これは言わば決闘だ。しおりちゃんと、あのクソアマの神無月かおりとの。あちらの学園長が此方に要求した代償はしおりちゃんの戦いぶりを見せろとの事だ。あいつら、十中八九しおりちゃんの戦車道の腕を狙ってる」
双葉葵の言葉に少女達はざわついた。そんな少女達に対して、双葉葵は手を叩いて騒めきを収めた。
「期日は来週の週末。我々はただ淡々と…今までの様な楽しい試合ではなく、ただ戦う為に学園艦を出発する。屋台を率いる事も無く、ね…」
「期日までの練習はどうしましょうか、葵姉さん」
四葉アカリの言葉に双子の妹のヒカリも頷き、双葉葵は静かに神無月しおりへと視線を向けた。他の少女達も、そっと彼女へと視線をやる。
そこには…オーラを纏っている少女が立っていた。然し…何時ぞやの様に、殺気立ったオーラでは無い。静かな闘志のオーラを身に纏った神無月しおりが、其処には居た。
そして彼女は言葉を発した。
「…皆さんに、訓練の内容を発表します」
何時も以上に真剣な声の神無月しおりに、少女達は息を飲んだ。
「…私の、かつて居た甲斐女学園の取っている戦略は…とても凶悪です。戦車の装甲の分厚さ、そして主砲の火力の高さを生かした戦い方を主眼とします。宛ら黒森峰の様に。…故に…私は…皆さんの自主性に任せたいと思います」
今まで様々な訓練を選び、少女達を導いてきた神無月しおりの言葉とは思えないソレに少女達はザワついた。
「正直に言います。私達はきっと正攻法では勝てません。故に、各々の個性を生かして、戦って下さい。相手は強固です。頑強なまでに。だからこそ、正攻法から外れた戦い方をする。
それが相手に付け入る事が出来る、私達の戦法だと思います。……これが、私が、かつて甲斐女学園に居た『私』が言う事の出来る、最大限の皆への助言です……こんな助言しか言えなくて…ごめんなさい…」
「そんな事ねえだろ!」
柿原セリカが、強く言葉を発した。
「隊長! お前何度も言ったじゃねえか! 戦車道に明確な答えはないって! 絶対なんかありゃしないって!」
少女達は頷いた。そうだ。今まで戦ってきた相手も、そしてそんな相手達に勝ってきた自分達も、【明確な答え】も【絶対】なんて事も無かった。
「何かあったら、何時だって私達に任せてくれたじゃねえか! 今更水臭い事言うなよ!」
「モスカウ学園との闘いだって、聖バーラムとの闘いだって、メロヴィングも、カーチスライトも、藤重の時だって!」
「明確な指示以外は、どないすんかはずっと自由行動やったやないどすか!」
「私達は信じるよ! 隊長の言葉!」
少女達が次々に発する言葉に、しおりは涙ぐんだ。自分は、こんなにも慕われているのだと、理解して、こんなにも、思われているだなんて知らなくて。そして…ぐっと息を飲み込み、神無月しおりは言葉を発した。
「それでは皆さん、くれぐれも怪我の無い様に! 練習開始!」
「はいっ!」
少女達が元気よく返事を返す。各々がそれぞれの戦車へと足を運ぶ中、神無月しおりはバウムガルト・桜へと声を掛けた。
「今回の練習に、付き合ってほしい」
「ふむ…コマンダンテ。何か考え事があっての事だね?」
バウムガルト・桜の言葉に神無月しおりは頷く。
「私の姉さんの乗る戦車はティーガーだから。今このチームの中で一番ティーガーに近いスペックを持ってるのは、パンター改だから」
「成る程。ヤボールコマンダンテ。クルーにも話しておこう。では、練習場へ」
「はい。お願いします」
ぞろぞろと戦車を格納している倉庫から、戦車が出庫していく。
各々が思うが儘に、己の戦い方を考え、そして術を捻り出す。何度も何度も繰り返して。時には術を変えてみて。
そしてそれは、三/四号戦車のチームにも言えた事であった。
何度となく、繰り返される背後を取る攻撃。フェイントを繰り出してみたり、煙幕を用いてみたりと思い付く限りの術を繰り出してはティーガーを想定したパンター改へと攻撃を繰り返す。
そんな練習を繰り返した初日の事、神無月しおりは双葉葵と共に生徒会役員室へと足を運んだ。早乙女光と連絡を取る為に。
『要件って何かしら、しおりちゃん』
映像通話越しに話しかけてくる早乙女光に神無月しおりは小さく頷き、そして言葉を発した。
「私達の持つ戦車の転輪と履帯を今よりも軽量化して貰うのと、ソミュアS35とルノーB1terの主砲のマグナム化と其れに伴う中退機の強化に、マズルブレーキの装備をお願いします。履帯は最悪の場合、一試合だけ持てば構いません」
予想もしなかった注文に早乙女光は吃驚しながら聞き返した。
『履帯の、そんなピーキーなセッティングで大丈夫なの? 主砲の方は何とでもなるけれど…履帯の方はどんな動きをしたら切れるか分からないのに…』
「そうでもしないと、勝てる見込みが少ない相手なんです。戦う相手は…神無月流の中で飛び切り狂暴な相手だから」
少女の切実な言葉に、早乙女光はゆっくりと頷いて見せた。
『…分かったわ。直ぐに準備させて、部品を届けるから。それとこっちからも作業員を送るから。新しいパーツを付けて練習をするにも出来るだけ早い方が良いでしょう?』
「ありがとうございます」
『私がしてあげられるのはこれ位の事だけだから。頑張ってね』
映像通話が切れると、神無月しおりは双葉葵へと振り返ってこう言った。
「すみません、お姉様…今は少しでも出費を減らさないといけないのに…無駄に使っちゃって…」
「いいや、無駄なんかじゃない。」
力強く、双葉葵は言った。
「勝つ為の出費だから。だからこれは決して、無駄な出費なんかじゃない」
練習を繰り返す日々が過ぎて、約束の日が遂に来た。
学園艦からの出発に僅かな見送りを背中に受けて、少女達は特別編成の輸送列車に戦車を乗せていく。
輸送列車が、ガタンゴトン…ガタンゴトン…とレールの繋ぎ目に揺さぶられる。
やがて夜が明けた。普段は明るい会話の飛び交う車内が、沈黙に満ちている。ただ黙々と、戦いに備える様に食事も摂った。
静かな車内。何時までもこの儘かと誰もが思った中、一人が歌いだした。神無月しおりの、パンツァーリートだった。
「Ob's sturmt oder schneit, Ob die Sonne uns lacht,Der Tag gluhend heiss (雪の降る嵐も、暑い一日も)
Oder eiskalt die Nacht. Bestaubt sind die Gesichter (凍るような夜も、顔が埃に汚れても)
Doch froh ist unser Sinn, Ist unser Sinn (陽気な心こそが、私の心意気)
Es braust unser Panzer Im Sturmwind dahin (邁進する我らが戦車。暴風の真っただ中を)」
傷塗れの戦乙女。傷塗れの戦車乗り。神無月しおりが歌う。パンツァーリートを。戦車兵の歌を。
少女達がそれに呼応して、一人、また一人と歌いだした。
やがて、客車いっぱいの中に響く、少女達のパンツァーリートの大合唱。
何度も、何度も繰り返し歌い、そして、合唱は静かに終わる…。そして誰かが、呟いた。
「隊長。決して躊躇わないで。だから、今まで私達を導いてくれた事を…ううん、そうじゃない。自分自身を信じたら良いと思うの。例え今日負けたって。私達には、明日は明日の風が吹くのだから」
少女の言葉に、神無月しおりは、強く頷いた。
やがて汽車が、辿り着くべき駅へと到着した。駅前に駐機されていたトラックへと戦車を載せ替えて、少女達と戦車は行く。
暫くの間、トラックに揺られて…目的地…甲斐女学園の艦外練習場へと到着する。何の歓待も無い、寂しい場所であった。
そんな真っただ中に、ティーガー中期型を背中に控えた神無月かおりが待ち構えていた。
三/四号戦車から降り立った神無月しおりに、彼女は近付いて行く。
「今日の日を今か今かと待ち侘びていたよ、しおり。さぁ、遊ぼうじゃないか」
神無月しおりの姉妹とは思えない程の、いやらしい笑みを浮かべて一歩一歩近付いてくる神無月かおりに少女達は背筋がぞっとした。
だが…それを制する銃声があった。神無月かおりの足下で弾ける麻痺弾だった。両手でしっかりとブローニングM1910を構えた大島明海の放つ銃弾である。
「しおりんはもう、貴女の玩具なんかじゃない! 私の大事な家族よ!」
強い意志と、僅かな怒りを込めてそう叫ぶ大島明海に呼応するかの様に、双葉葵もチアッパ・ライノを向けた。
「右に同じくだよ。もう二度とウチの大切な義理の妹には手を出させんから」
双葉葵が神無月かおりへと銃を向けながらそう言うや否や、銃口が三度神無月かおりへと向けられた。重くて、大きな拳銃。神無月しおりの、モーゼルM712だった。
「…姉さん。私はもう、貴女の玩具に、言いなりになんて、ならない」
誰よりも毅然として、しおりは答えた。鋭く赤い瞳でジッと睨み付けて。
そんな少女達の様子を見て、神無月かおりは心底面白いとばかりに腹を抱えて笑った。
「実の姉妹を、実の家族を差し置いてか! 楽しいよ、しおり! 本当に君は変わったねぇ!」
嗚呼、笑った笑ったとばかりに腹をさすると、其れ迄の様子とは一転、猛獣の様な眼光で神無月かおりは少女達を、神無月しおりを見つめた。
「それじゃぁ戦おうか、しおり。一対一でだ」
その言葉に神無月しおりは困惑した。彼女はフラッグ戦を想定していたのだから。
「尚、学園長からの言付けだが、この戦いを降りれば学園艦の修理の話は無しになるそうだ」
殆ど脅迫紛いの言葉に、神無月しおり達は渋々了承した。
ドロドロと重い音を響かせながらティーガー中期型と三/四号戦車は川を渡る橋を通る。通り過ぎるや否や、橋が上がり、道が封じられた。
どこまでも一対一で戦いたいらしいと言うあちら側の思惑が滲み出てくる。
「さて…」
神無月かおりは咽喉マイクに手を添えてスイッチを入れる。
「お前達は暇をしているお客人と遊んでいろ」
神無月かおりがそう言うや否や、少女達の右側、開けた大地を挟んだ林の中から五両の戦車が現れた。
「舐めやがって! …って、なんだあれ!?」
柿原セリカが疑問を飛ばす。それは三両のパンターの傍らに居た、見たことも無い恐ろしく平べったい、長砲身の戦車砲を装備した妙な形の駆逐戦車であった。
その戦車を視認するとバウムガルト・桜が悲鳴にも近い声を上げた。
「ガスタービン駆逐戦車、オリオールだと!?」
驚愕の声で叫ぶや否や、ガスタービンの甲高く耳に煩い音が甲斐女学園の全車両から響く。
「まさか…! あのパンターもガスタービン!?」
「冗談じゃないわよ! 大出力のガスタービンエンジンだなんて! どんな動きするか分かったもんじゃない!」
「くそったれが! 長っ鼻でペチャンコなだけの戦車の癖に!」
「待て、皆!」
バウムガルド・桜を除く各車両が、駆逐戦車オリオールに向けて発砲した。然し、駆逐戦車オリオールはその平べったく頼り無さそうな見た目に反して、砲弾の悉くを見事に弾いてみせた。
「何て硬さなの!?」
「ライガー2のアハトアハトでも抜けないなんて!?」
少女の悲鳴の一つに、バウムガルト・桜は言葉を発する。
「よく聞け! あいつの正面装甲は200mmかつ68度の傾斜装甲だ! 実質500mmを越える装甲を持っている! 高火力のAPFSDSでも無ければ貫通出来ん! 主砲のアハトアハトはキングティーガーに匹敵するから気を付けろ! だが側面は僅かに30mmの紙切れだ! そして所詮は足の速いだけの頭でっかちだ! 諸君、押し潰せ!」
バウムガルト・桜の指示の元、少女達が戦車を走らせた。彼我の距離を詰める。例え相手側が圧倒的に有利な火力を持っていても、乱戦に持ち込まねば播磨の少女達に勝機は無いのだから。
ガキン! ガキン! と心臓がぞわっとする様な砲弾がかすめていく音を何度も聞きながら、少女達は突貫した。
「ペチャンコなの潰すにしても、先ずは相手の手数を減らさなきゃ、おちおち側面も取れやしない…! 舞子ちゃん、パンターから潰しに行くよ!」
『いきますえ!』
東郷百合の言葉に久留間舞子は言葉と共に頷き返し、猛スピードで左右から弧を描くように二両は突っ込んでいく。耳を劈く様な音を響かせる砲弾をガリガリと受け流しながらソミュアS35とB1terは正面やや左右から同時に、ガッシャーン!! と激しいダブルタックルを噛まして三両の内一両のガスタービンパンターの動きを止めた。
「なんて無茶な!?」
ガスタービンパンターの車長の少女がそう呟く間に、ギリギリと二つの砲塔がこちらの方へと向いてくる。例えそれが小口径短砲身の戦車砲であっても背筋がぞっとする物だっだ。そしてソミュアS35とB1terの狙いは…
「不味い、ショットトラップ!? 全速後退!」
車長の少女がそう指示を下す間に、ドドン! と二発の砲声が轟きパターの砲塔根本へと突き刺さった。シュパッと白旗がガスタービンパンターから上がる。
『やったでぇ! きゃぁっ!?』
「舞子ちゃん!? くっそぉ!」
タックルを仕掛けたガスタービンパンターから脱する間際にソミュアS35は駆逐戦車オリオールに側面を食い破られた。着弾の衝撃でソミュアS35は横転し、エンジンルームから黒煙を吹かした。
「何よあの戦車砲! キングティーガーレベルの火力所じゃないんじゃないの!? まるでふざけてる!」
飛び交う砲弾を避けながら東郷百合はヒステリック気味に砲塔の中で叫んだ。その間にも戦いは刻一刻と続いていた。
「佳奈! 打合せ通りこっちもコンビネーションで行くぞ!」
『分かったわセリカちゃん! やっちゃいましょう! 高速二重奏のメリーゴーランド!』
T-34とクロムウェルがもう一両のガスタービンパンターを包囲する。左右別々、別回転から繰り出される砲撃に晒されガスタービンパンターの車長、射手並びにドライバーは混乱。雨晒しならぬ砲弾晒しに遭い、こてんぱんに叩きのめしてこれを撃破なるも、B1terを追いかけまわしていた駆逐戦車オリオールの長砲身88mm砲によってT-34はエンジンルームに被弾。白旗を上げる事となった。
『きゃぁあッ』
「佳奈ぁ!!」
『行って、セリカちゃん! 私達を気にしないで!』
「くっそぉ…!」
『セリカちゃん! 今はあのペチャンコから逃げなきゃ!』
B1terの東郷百合が無線機で話しかけながら柿原セリカの乗るクロムウェルに合流、少女はキューポラから身を出して叫ぶ。柿原セリカは悔しさで爪が食いこみそうな程手を握り締めた。
「ぜってぇぶっ潰してやる! このゴキブリ戦車が!」
今この瞬間に思い浮かぶこれでもかとばかりの罵声を駆逐戦車オリオールに投げ付けて、クロムウェルはB1terと共に逃走、回避に入った。
その間にも、クローバー1、2、3こと双葉葵並びに四葉アカリ、ヒカリの乗るT69E3は三両目のガスタービンパンターを相手に縦横無尽に回避行動を取っていた。
『側面を取りたくても砲塔の旋回制限で狙いが付けられない…!』
『正面からの撃ち合いは互いにチキンレース…葵姉さん、どうしますか!?』
双子の従姉妹からの言葉に必死になって双葉葵は考えを巡らせる。現状は数で有利、無線機から飛び込んでくる様子から他の戦車の力を借りるのは難しそう。そうとなれば…
「アカリちゃん、ヒカリちゃん、よく聞いて! ヒカリちゃんの言う通り、チキンレースを相手に仕掛ける!」
『そんな無茶な!』
『勝算はあるんですか!?』
「ある! 相手のカードは一枚。こっちは三枚だ! 単縦陣に並んでパンターに突撃! 砲弾を回避しながら突っ込むよ!」
『嗚呼もう! 葵姉さんってば!』
三両のT69E3がジャリジャリと地面を滑りながらクイックにターンを行うと、車間をとって一列になってパンターへと突っ込んでいく。この戦法はかつて神無月しおりが自分の目の前でやって見せてくれた物だ。今度は自分がそれをする側になるとは思いもしなかったが、彼女にとってこれが唯一の最善策であった。
「自殺志願者か? ガンナー、随時撃て!」
「ヤボール!」
ドォン! とガスタービンパンターの75mm戦車砲が火を噴く。高速低伸する徹甲弾が吸い込まれるかの様にクローバー2のT69E3の車体と砲塔の境目へと着弾する。
「きゃうぅっ」
『アカリ姉さん!』
『ヒカリ! 今は前を見るんや!』
双葉葵の声に四葉ヒカリは改めてペリスコープを覗き見る。正面のパンターとの距離は、残り700メートルと言った所か。
「せめてあと200メートルは距離を縮めないと…! 回避に専念して! 砲塔、こっち向いたら4つ数えるから!」
キュィー…とガスタービンパンターの砲塔がモーター音を響かせながら此方へと狙いをつける。砲口の死の黒点が此方へと指向される。
「1、2、3、回避!」
T69E3のドライバーが双葉ヒカリの指示の元、操縦ハンドルを切る。その直後、ガスタービンパンターが発砲した。やや横滑りしながら、車体側面を砲弾で削られつつも四葉ヒカリの乗るT69E3は回避に成功。四葉ヒカリは小さく手を握り、やった。と自分を鼓舞した。
「次行くよ! …1、2、3、かいひっあいたぁ…!!」
動きを先読みされてしまったか、それとも戦術その物を読まれたか。クローバー3のT69E3は車体正面下部のギアボックスカバーを削られながらドライブスプロケット回りを破壊され行動不能に陥った。互いのカードは残り一枚。ショータイム!
「残ったシャーマンもどきを平らげなさい」
クスクスとガスタービンパンターの車長がそう指示を告げた途端、目の前が真っ白に成った。
「何事!?」
「分かりません! まるで霧か煙幕みたいで…まさか煙幕弾!?」
「くそ、こんな下らない戦法で…! これじゃ敵の姿が…!」
「こっちからは丸見えだよ、と! ぶち噛ませ! 青島!」
言われる迄もなく、青島寧々は神無月しおりと北村カレラによって鍛え上げられたその技術で、モクモクと此方が撃ち込んだ煙幕弾で白煙を噴いているガスタービンパンター目掛けて砲撃を放つ。緩やかな弧を描きながら、90mm戦車砲の砲弾がガスタービンパンターの砲塔装甲に直撃した。此れで彼我の撃破数は3:4.残すは二両の駆逐戦車オリオールだが…
「くぅ…!」
バウムガルト・桜が乗るパンター改は必死になって駆逐戦車オリオールを追いかけ続ける物の、あと一歩手が届かず確保撃破に至らずに居た。
『バウムガルトさん! こっちから追い詰めるから、撃破は宜しく!』
ポルシェティーガー一型ことライガー1の車長を務める南雲紫の言葉にバウムガルト・桜は直ぐに応じた。
「かたじけない、助かる! アルピーナ、確り狙え、絶対外すな!」
「ヤボールっと」
パンター改の射手、アルピーナ・藤井はマイペースに、然し何時でも撃てるように確りと照準を定めていた。後は必殺の瞬間を待つばかりである。
そしてその時は遂に来た。滑り込むようにライガー1が駆逐戦車オリオールの進路へと割って入り、そのすさまじい程の快速を60トン近い重量で無理やり押し留めた。
「ガスタービンの弱点ってのはねぇ! 馬力が高くってもトルクが細いし、回転数の変化に弱いって事よ!」
南雲紫の叫びと同時にアルピーナ・藤井は今だ! とばかりにトリガーを引いた。
パンター改の75mm戦車砲から砲弾が飛び出し、駆逐戦車オリオールのエンジンルームを食い破り、見事に爆散させた。
「やったぞカメラーデン! …なっ!?」
喜ぶ暇もなく、目の前で駆逐戦車オリオールの足止めをしてくれていたライガー1が、B1terとクロムウェルを追いかけまわしていた最後の一両の駆逐戦車オリオールの長砲身88mm戦車砲によって食われ、撃破。白旗を上げる。
「我らは五両、相手は一両、だが然し…!」
バウムガルト・桜がそう言葉を漏らす内にも、駆逐戦車オリオールはその豊潤な出力を使って播磨女学園の戦車を追い抜くとパワースライドを行い急旋回。B1terの側面装甲を長砲身88mm戦車砲で食い破って見せた。
『くそぉぉお!!』
タッグを組んでいた久留間舞子の仇を討つ余裕も無く撃破された東郷百合の悔しみに満ちた叫び声が無線機越しに響く。
『おい、あの最後に残った長っ鼻をなんとかしねえと皆揃って食い殺されるぞ!』
柿原セリカの言葉にバウムガルト・桜は分かっている。分かっているのだと理解しつつも策が思い浮かばない。
正面装甲は絶対の硬さを誇り、火力はキングティーガーの其れに程近く、ひと度スピードが乗れば尋常ではない機動性を持つ。重量に富むポルシェティーガーだからこそ、あの勢いを止める事が出来たが二度は同じ手は通じまい。だとするならば…相手の不意を突く他手段はない。こんな時、コマンダンテならばどうする…!? と彼女は頭を必死になって働かせた。その時だった。
『此方ライガー2。あたし達に妙案があるんだけど、乗ってくれるかな?』
不意に無線機から聞こえてきたライガー2の車長の黒澤香子の言葉にバウムガルト・桜は少し驚きつつも無線機のスイッチを入れる。
「どんなプランでも聞き入れよう。我々を見下した非道に一泡吹かせてやる事が出来るなら! セリカ君、今の話は聞こえたかね?」
『ばっちり! 幾らでもやってみせるさ!』
そして少女達の最後のアタックが始まった。駆逐戦車オリオールと正対したパンター改とクロムウェルは次々に榴弾を発砲。相手に着弾させていく。然し例え着弾した所で実質500mmの装甲の分厚さの前では榴弾もただの煩い花火と変わらない。そうしている内にクロムウェルが駆逐戦車オリオールの88mm戦車砲によって撃破され、次いで放たれた砲弾はパンター改の車体角に着弾。エンジンストールを起こし、一時行動不能に陥る。
残るはポルシェティーガーティーガー二型だけだと言わんばかりに駆逐戦車オリオールの車長は周囲を見渡す。すると…
「隠れていたのか!」
ずい、とばかりにパンターの背後からライガー2が顔を見せる。側面を取られては堪らないとばかりに車長は旋回する事を指示するが、駆逐戦車オリオールの車長の想像とは違いライガー2はオリオールの横を目にも止まらぬ勢いで走り抜けていく。
「スクランブルブースト! かーらーの!」
ジャリジャリと地面を蹴りながら背中を取られまいとする駆逐戦車オリオールに対して、レーサー少女の集まりのライガー2は予想だにしていない技を繰り出して見せた。
「師匠直伝、必殺! 神岡ターン!!」
通常の鋭くきついコーナリングよりも更にクイックかつ奥行きの深い高速なターンをもってして見事に背後を取って見せたライガー2は容赦なく駆逐戦車オリオールのエンジンルーム目掛けて88mm戦車砲を発砲。通常のティーガーの88mm戦車砲よりもより大量の炸薬で加速されたその重い砲弾は見事にガスタービンエンジンを破壊。白旗を上げさせる。
此処に彼我の撃破数を語ろう。播磨女学園は10両中8両が撃破され、甲斐女学園の強力な5両の戦車は全て倒された。数の優位性はあった物の、戦力並びに戦車道の経験においては圧倒的優位を持っていた甲斐女学園との戦いにおいて、これは快挙と呼べる戦いでは無いだろうか。屍累々となった舞台にてパンター改の車長、バウムガルト・桜は思う。
「さぁ。我々の戦いは終えた。我々のこの勝敗に学園艦の存亡に対する意味が無くとも、我々は勝ってみせたよ、コマンダンテ。貴女が私達をこうして導いてくれたから。後は…貴女達だけだ」
少女達が熾烈な戦いをしている最中、神無月かおりが乗るティーガー中期型に導かれるままに道を進む。やがて二両はコンクリート造りの廃墟に到達した。エンジン音がくぐもって響く中、ティーガー中期型はゆっくりと三/四号戦車へと対峙した。
そして神無月かおりはこう言った。心底嬉しそうに。
「さぁ、愛し合おうじゃないか、しおり!」
寂しげな、然し熾烈な戦いが始まった。遠くからその様子を見学塔で見る、たった一人だけの観客を有して。
「しおりお嬢様…」
八島七瀬の漏らす言葉は心底心配そうな声色であった。
「霧島さん、全速で突っ込んで。明海さん、徹甲弾を装填!」
「おうさ」
「分かったよ!」
神無月しおりの指示で素早く動き始める三/四号戦車に神無月かおりのティーガー中期型も全速力でスタート。両者、擦れ違い様に発砲。互いにすれ違う砲弾を、三/四号戦車は霧島蓉子のテクニックにて寸前でこれを回避する。装甲の角で砲弾を弾くギリギリと耳を劈く様な音にも少女達はめげない。だが三/四号戦車の放った砲弾もまた、ティーガー中期型のエンジングリルを掠めるだけに終わった。
「このまま全力で曲がり角まで走って、角を曲がったらそこで急旋回! ティーガーを待ち構えます!」
神無月しおりの指示の元、三/四号戦車は砲弾を右へ左へ避けながらティーガー中期型に勝る速度で必死に逃走。ギャリギャリと履帯を滑らせながら急旋回し、曲がり角で斜めに構えて相手が来るのを今か今かと待ち構える。
その時不意にしおりはハッとした。危ないと。
「全力後退!」
マイバッハHL157P改V型12気筒エンジンが咆哮し、約25トンの車体をまるで首筋を引っ張られた猫の様に後ろへと下がらせる。その次の瞬間、三/四号戦車の居た空間に廃墟を突き破って砲弾が走った。
「読まれてた…!」
神無月しおりは悔しそうに、苦しそうにぼやく。
「後退しながら応戦! タイミングを見たら反転して逃げます!」
「くっそぉ…! 狙いを付けても付けても避けられる!」
「しおり、後ろが見えない、無茶な注文だが後ろの視点は任せた」
右に左にフラフラと踊る様に回避行動を取るも、ティーガー中期型は追う事を止めない。見事に正面装甲に命中弾を与えても、その装甲の厚みで受け止められてしまう。ティーガー中期型も応じるかの様に88mm戦車砲を発砲し、車体側面のシュルツェンを吹き飛ばされる。それだけでも大きな振動が少女達を揺さぶった。
「反転!全力で逃げて!」
神無月しおりの指示の元、霧島蓉子は後進したまま180度旋回し、前進へと移行。再び加速する。その間にもティーガー中期型からの砲撃は止まず、砲塔や車体の角を掠めていくそれは寧ろ、まるで弄ぶかの様な砲撃だった。
「くっそ、こんなに88ミリを受けてたらその内故障するぞ!」
北村カレラが戦々恐々としながら砲塔の射撃装置の問題が無いか調べながらに叫ぶ。
「相手は明らかにこっちを弄んでるぞ…こんなの、面白くないな!」
霧島蓉子が苛々する様に言葉を吐いた。
「霧島さん、もう一度広場まで逃げて下さい」
「おうさ!」
「カレラさんはそのままティーガーに応戦!」
「分かった」
路地を曲がり、広場へと逃げるべく舵を切る三/四号戦車に対し、ティーガー中期型は廃墟を撃って瓦礫の雨を降らせ、その道の邪魔をする。宛ら何時ぞや、自分達が聖・バーラム学院のカベナンターを追い掛け回したかの様に。
(…こっちが広場に行こうとしてる事さえ見抜いてる…)
度重なる妨害で咄嗟に回避せざるを得ず、三/四号戦車は中々中央広場へと辿り着けずに居た。然しそれでも如何にかして、最早這う這うの体でと言う表現が似合うほど、瓦礫の砂ぼこりや砲撃の掠り傷塗れで漸く如何にか辿り着いた。
「霧島さん、広場をグルっと大回りしてティーガーが出てくるタイミングを見計らって下さい。カレラさんも同じく、ティーガーが広間に出て来たら合図で砲撃を!」
神無月しおりはキューポラのペリスコープ越しにティーガーの速度ならばこのタイミングで来るハズ …と必死に睨み、耳に音を傾けながら意識を集中させる。やがてマイバッハHL230 P45・V型12気筒エンジンの音が大きく聞こえてきた。今だ…!
「ここ!」
神無月しおりがそう叫んだ瞬間、履帯の滑る金属音が聞こえてくる。次の瞬間にはドリフトしながら此方へと砲塔を指向させて現れるティーガー中期型の姿があった。
「また読まれた!?」
二度も攻撃を読まれた事に神無月しおりは動揺した。何故。如何して…? その間にも霧島蓉子の咄嗟の判断による操縦でティーガー中期型の放った砲弾はキューポラを掠めるだけで済んだ。
そんな最中、神無月かおりはティーガー中期型の車内にて楽し気にしていた。
「分からないかなぁ、しおり。きっと分からないだろうね。姉さん達は君に全く興味が無かった様だけど、私は違うよしおり。ただ弄んできただけじゃ無い。ずっと見てきた。君の思考も、行動も。だから手に取る様に分かる。可愛いなぁしおり! 本当に可愛いよ! 必死にもがき、足掻こうとするその様が、なんともいじらしい!」
少女は興奮していた。精神的にも、そして性的にも。興奮のあまり、今にも鼻血が出てしまいそうなぐらいだった。
「次、行きます! 背後を取って、至近距離から砲撃します!」
ボロボロの三/四号戦車は必死になってエンジンをゴゥ! と響かせて加速する。それを見計らったかの様にティーガー中期型も加速する。いざ回り込もうとした瞬間に、車体の角を88mm戦車砲で撃たれ、三/四号戦車は滑りながら吹き飛ばされた。
「…ッ! これも、読まれた…!」
三度、己の戦略を読み取られ、神無月しおりは歯噛みする。やはり、自分では勝てないのか。『今のままの』自分では勝てないのか。大きな存在である姉に対して足掻こうとした。
だが三度も行動を読み取られた現実を突き付けられた事が心を揺さぶって来る。『アレ』を使わざるを得ないのか。神無月の教えを。三/四号戦車はもう満身創痍も寸前だ。あと何度アハトアハトを受けて壊れずに済むか分からない。
震える思いで、キッと目を鋭く開いた瞬間だった。
暖かい物が手に触れてくる。
神無月しおりはハッとした。
それは大島明海の優しい手だった。
「大丈夫だから」
大島明海の言葉に続いて北村カレラも神無月しおりの手を握った。
「無理はしなくて良いんだ。私達はしおり君を信じてる」
運転席からも、霧島蓉子が背中を反らしながら神無月しおりへと答えた。
「前にも言ったろう。戦車が好きで居る限り、お前となら地獄の果てまで行ってやる。だから安心しろ」
中嶋奏もまた、同じように応える。
「戦車道が始まったあの日から私達は、何時だって、一緒です!」
只々暖かい皆の言葉に神無月しおりは目が潤んだ。嬉しさから溢れ出た涙を袖で拭い、改めて決意の視線を向ける。
「然し、どうする? 側面もまともに狙わせてくれない。後ろに至ってはもっての他だぞ?」
「本当にそれ! 昔大洗と黒森峰が夏の大会でやったみたいに、弱点のお尻を叩こうとしても全然させてくれないもん!」
北村カレラと大島明海の言葉に、神無月しおりはハッとなって何かを閃き、そして答えた。
「あります。側面でも後ろでもない、ティーガーの数少ない弱点が!」
そして神無月しおりは明確に、かつ分かりやすくティーガーの貴重な弱点を説明した。斯くして指示を出す。
「霧島さん、お願いします。発進したらスクランブルブースト、最大出力で」
戦車に無理をさせるのをあまり良しとしない神無月しおりとは思えないオーダーに霧島蓉子は答え返した。しかも今となっては何時白旗が上がってもおかしくない程、三/四号戦車はボロボロと来ている。
「正気か?」
「少しでも、相手の意表を突かなきゃ。難しい運転ですが、お願いします。直進した後、左に行くと見せかけてのフェイントモーション、切り返して右に回り込んで。その後もう一度クイックに滑らせてティーガーの側面方向に車体を向けて下さい。明美さん、最初に榴弾を装填して。カレラさん。無理の無い範囲で砲塔の根本を狙って下さい」
「榴弾でかい?」
北村カレラの問いに、神無月しおりはゆっくりと頷いた。
「ちょっとで良いんです。不意を突くのと、砲塔が少しでも故障して、回るのが遅く成れば」
「なるほど、合点だ!」
「それから中嶋さん。雑で良いので相手の右側の履帯に目一杯機関銃を撃って下さい。銃弾が少しでも履帯の間に挟まったら動きが鈍る筈だから。明海さんは榴弾の次には徹甲弾を装填して下さい。とても揺れるけれど落ち着いて、だけども出来るだけ怪我せず確実に」
「分かりました!」
「分かったよ、しおりん!」
「三/四号戦車もボロボロだから…これがきっと、ラストチャンスです! 私も…自分を、皆を信じます! 行きます! パンツァーフォー!」
神無月しおりが号令を下し、三/四号は走り出す。その様子を見ていた神無月かおりは、眉を顰めた。不意に三/四号から溢れ出したオーラは、それまで一度も神無月しおりが見せた事も無い、温かみに溢れる物だったから。
「……なんだ、そのオーラは。その見た事も無いオーラは。何を考えている、しおり!?」
神無月かおりは砲塔の中で叫んだ。妹が、神無月しおりが何かを企てていると。自分の知れない何かをしようとしていると。思考が読めない。一体何を考えて居る…!? その間にも三/四号戦車はティーガー中期型に対して直進した後に大きく左に回り込もうとした。
中嶋奏はオーダーの通り機関銃で履帯を射撃し続ける。機関銃の銃弾はその大半をバチバチと火花を散らしながら弾かれたが、神無月しおりの思惑通り、何発かの銃弾は見事に履帯の隙間にねじ込まれた。北村カレラも同じくオーダーの通り榴弾を発砲。75mm戦車砲の砲弾を見事に砲塔根本付近に着弾させ、これもまた神無月しおりの思惑通りにティーガー中期型のターレットリングに歪みを生じさせた。
「ターレットの何処かが損傷!」
「動きが悪い…履帯に何かが挟まりました!」
「ちっ…!」
舌打ちするかおり。だがまだ慌てるほどじゃない。この程度はまだ想定の範囲内だ。例え思考が読めなくとも88mm戦車砲の砲弾を直撃させてしまえば良い。そうしてティーガー中期型が発砲しようとした刹那、履帯で地面をガリガリと削りながらティーガー中期型から見て右から左へと鋭く切り返す三/四号の姿が見えた。ティーガー中期型の88mm戦車砲がの砲弾が空を切った。
「次弾装填!例え回り込んだ所で…!」
ギギギギ、と動きの鈍くなった砲塔であれど、進地旋回をすればいいだけの事。だが然し、スコープから外を覗き見る神無月かおりは驚いた、三/四号戦車が後ろを狙っていない事に気が付く。側面でも、後部でもない、絶妙に謎な位置を取った三/四号戦車にかおりは背筋がぞっとした。
「何だ…何なんだしおり!? 何を考えて居るんだ!?」
10年近くもの間、弄び続け、その思考を読み切った自分が読めないで居る。その恐怖の真っ只中に神無月かおりは居た。刹那、強い衝撃がティーガー中期型を襲う。白旗判定装置が作動し、シュパッと白旗が上がった。
神無月しおりが狙ったのは、ティーガー中期型の砲塔の左斜め後ろにあるピストルポートだった。どれだけ分厚かろうが、どれだけ頑強なリベットで留めていようが、弱い事に変わりはない。最後の最後で、自分を、仲間を信じた神無月しおりの勝利だった。
刹那、ボンッ! と三/四号戦車のエンジンルームから火の手が上がった。
「自動消火装置、作動不良!」
中嶋奏の悲鳴に神無月しおりは直ぐに行動する。
「明美さん、消化器取って! 皆は逃げて!」
「何言ってるの!? しおりん一人でほっとけないよ!」
「このっ、この! くそっ!」
中嶋奏が必死になって消火装置を手動で起動させるレバーを引こうとするも、度重なるダメージでか、手動で消火装置を作動させるワイヤーが殆ど動かないでいた。
「中嶋!お前も死ぬ気か!」
「死ぬ気じゃないです! 守りたいんです! 一緒に戦ってきた、私達の三/四号を!」
中嶋奏の真っすぐな言葉に霧島蓉子は、全くこの機械好きめ…と優しい悪態を心の中で呟いた。
「非常用マニュアルに書いてあった。この配電盤の中だ。赤のケーブルを千切って無理やり通電させろ!」
「はい!」
その間も神無月しおりは砲塔から抜け出し、果敢にも消火器で燃えるエンジンルームの炎上を止めようとしていた。
「しおり!」
真っすぐ叫ぶ声。声の主は神無月かおりだった。片手に消火器を持っている。
「姉さん!」
「一人じゃ危ないぞ! お前の友達は!?」
「逃げてって言った!」
その間にも大島明海はオロオロとしていた。逃げてと言われても神無月しおりを放っては置けず、エンジンルームに面した装甲の特殊カーボンが高熱で変質し、ドロリと融解し始める
「明美君! しおり君の言う通り、もう逃げよう! これ以上此処に居るのは危険だ!」
大島明海は、北村カレラの言葉を聞き、苦渋の思いで戦車の外に逃げ出した。
そうこうしている内に神無月しおりと神無月かおりの使っていた消化器の消火剤が切れる。だがまだエンジンルームの奥底に炎がメラメラとチラついているのが見えた。その時である。
「こんのぉぉ!」
中嶋奏が、配電盤のパネルをドライバーで開き、頑丈なケーブルを必死になって千切ると、配電盤の中の自動消火装置を作動させる回路に通電させ、見事に消火装置を作動させた。
大量の消火剤がまるで火山の噴火の様にエンジンルームから噴き出して三/四号戦車は、寸前の所で炎を消化し終えた。
然し、結果としてエンジンルーム周りの装甲は炎上の際の高熱で歪み、特殊カーボンは劣化し変質溶解、エンジン周りはボロボロと大破したと言わざるを得ない状態になった。
そんな騒動の後、神無月しおりは恐る恐る、自分達の戦車を助けてくれた実の姉に問い掛けた。
「…姉さん、どうして消化するのを手伝ってくれたの?」
「…戦車道を行う者として、私は必要最低限の礼節を守ったつもりなだけだよ。それに…燃えて壊れる戦車を見るのは忍びない…」
寂し気に呟いた後、神無月かおりはそっと笑った。そして今度は彼女から妹へと問いかける。
「…しおり。最後のアレは読めなかった。あれは何だい?」
神無月かおりの問い掛けに神無月しおりは言葉を選んで、ゆっくりと応えた。
「…無理、しなくても良いんだって…神無月流に頼らなくて良いんだって…皆に、教えて貰ったから…自分を信じたら良いんだって、教えて貰ったから」
「…そうか。あのオーラは『神無月流』のオーラではなく、『しおり自身のオーラ』だったんだな…」
神無月かおりはそう、感慨深そうに呟いた。弄んでいた頃と比ぶべくもない。自分の妹は知らぬ間に大きく成長したのだと。嬉しくもあり、楽しかった玩具を失ってしまった現実に人としては余りにも無礼極まりないが小さな悲しみも感じていた。
ティーガー中期型に牽引されて凱旋する少女達とボロボロの三/四号戦車。ティーガー中期型が砲塔から掲げる白旗に播磨女学園の少女達は歓喜の声を上げた。
然し…それを見て、現実を受け入れられないでいた、甲斐女学園の少女が一人居た。
「隊長が…負けた…? そんな…あり得ない…あり得る筈が無い…ッ!」
一人砲塔の中で呆けていた少女が、一人この現実から逃避するべく、ガスタービンパンターの砲塔旋回装置に手を伸ばした。砲塔を旋回させるモーターが音を唸らせ、旋回させる。丁度そのガスタービンパンターのすぐ傍に居た少女が砲塔が動いている事に気が付き、異常を察した。
「何をする気だ。やめろ! 止めないか! 戦車乗りとしての誇りを捨てる気か!」
少女はガスタービンパンターに飛び乗り、キューポラに潜り込むと正気を失った少女の背中を強く蹴り飛ばした。
「止めるな! これは、かおり様に泥を塗った天罰だ!」
「馬鹿野郎! 止めろ! 人を殺す気か!!」
少女がそう叫んだ瞬間、ガスタービンパンターの75mm戦車砲が火を噴いた。神無月しおりが砲塔から降りようとした瞬間に。
飛び散る砲塔のシュルツエン。それは刃物にも等しくて。少女の体を切り裂くのは余りにも容易で。
神無月しおりはバランスを崩し、転げ落ちる。
『切り落とされた自分の片足』と同時に。
正気を失った少女は一人ゲラゲラと狂い笑った。その様子を止める事が出来なかった少女は怒りに任せて目の前の少女の頭を蹴り飛ばした。
「この、大馬鹿野郎! 戦車乗りの面汚しが!」
やがてこの恐ろしい事態の犯罪者と被害者に気が付いた少女達は直ぐ様行動を始めた。
「しおり君! 確りしろ! しおり君!」
「しおりん! 誰か、止血剤を! あるだけ持ってきて!」
「カメラーデン諸君! 布だ! 包帯でも良い! 傷口を保護しろ!
「…っ…は…ぁっ? …はっ…はぁっ…」
突然の出来事と、あるべき物が失われた感覚に、神無月しおりは痙攣しパニックに陥る。当然だ。自分の目の前に自分の足が転がっていて、ある筈の足の感覚が無いのだから。
その間にもガスタービンパンターの砲塔で凶行を行った少女は引き摺り降ろされ、神無月かおりの前に突き出された。
「彼女に救急措置を。そしてヘリを直ぐに用意しろ。近くの救急病院に搬送する」
神無月かおりは冷静に指示を出しながら、狂った少女に近付く。少女はフヘヘ…と何処かとぼけた笑い声を零しながら虚ろな目で神無月かおりを見つめ返した。
神無月かおりは淡々と腰のホルスターからモーゼルM712を引き抜き、マガジンを入れ替えると彼女は正気を失った少女を撃った。『実弾』を。容赦なく。狂った少女の片足に。それも数発も。
「あがぁっ!?」
正気を失った少女は痛みの余りに地面に転がる、更に神無月かおりは血の流れる足の傷口目掛けて容赦なく思い切り踏みつけた。
「この程度の仕打ちで済んだ事を感謝するが良い。貴様は甲斐女学園から退学だ。消え失せろ」
神無月かおりは猛獣の様な眼光で淡々と言い捨てる。そして振り向くと大島明海の渾身のビンタが待ち構えていた。パンッ。と人間を叩く音が小さく響く。
「貴女の所の生徒、どんな教育してるのよ!? 馬鹿じゃないの!? 頭おかしいんじゃないの!?」
大島明海の罵声に神無月かおりの先程までの猛獣の様な眼光は消え失せ、一人の少女の目付きへと戻っていった。
「…すまないと思っている。ウチの生徒が…よもやあんな暴挙に出るとは」
「しおりんに…しおりんに、あんな大怪我させるなんて! どう責任を取るつもりなのよ!? 指を切ったなんてレベルじゃないんだから!!」
大島明海の怒りは止まらない。大切な人。大切な少女。そんな存在である神無月しおりをあんな目に遭わされたのだから。
「…今はまだ、思い浮かばない。だが精いっぱいの努力はしようと思う」
そうしている内に甲斐女学園の所有するヘリコプター・カモフが到着し、神無月かおりは担架に乗せられて収容され、大島明海、双葉葵、神無月かおりの3人は付き添いとしてヘリに同乗した。
ヘリコプターのエンジン音と、神無月しおりの「ヒュゥー…ヒュゥー…」とした呼吸が聞こえた。大島明海は移動している間も神無月しおりの手を握って「大丈夫。大丈夫だから」と声を掛け続けた。
やがて最寄りの救急病院に到着し、神無月しおりが手術室に運ばれていくのを見届けてから、神無月かおりは徐に言葉を紡いだ。
「…さて、後は医者に任せる他ないな…所で君達、ひとつ昔話をしようじゃないか…君達はしおりの事を、何処まで知ってる…?」
「すっごい酷い人生を送ってきたって事」
「『晩夏の大流血』の当事者って事」
「…成る程、だいぶん聞いて回って、調べたみたいだ」
二人の直球な言葉を聞いて神無月かおりは改めて言った。
「…しおりが落ちこぼれの扱いを受けているのは知っているか?」
双葉葵は言葉に対して頷く。それに反して大島明海は、首を振った。
「そうか…じゃぁ改めて言おう。しおりは甲斐女学園と実家…つまりは神無月の家からも【出来損ない】の扱いを受けていた。戦車乗りとして。戦車道をやる者として」
大切な恋人の神無月しおりがこれでもかとばかりに貶されていると感じた大島明海は力を籠めすぎて震えるぐらい手を握り締めた。双葉葵はそんな大島明海の様子を見て、握り締められた手を優しく撫でてあげた。
「だけどあの子には一つだけ才能があった。神無月の【血】だ。戦車乗りとしては落ちこぼれだが、神無月の【血の濃さ】においては私達姉妹の中でも断トツだった。私のお母様が恐れる程に、あの子の【血】は濃い…」
「…何なのさ。その【神無月の血】って」
双葉葵はただただストレートに聞き返した。
「…戦場を支配する力。戦車を己が物にしてしまう力。暴虐を振りまく力の事だよ。それがひと度振るわれたなら、戦いの場は戦車の躯に溢れかえる。ぺんぺん草一本生えやしない荒地と化すんだ」
「そんな…! …でも…」
大島明海が言い淀んだのを見て、神無月かおりはゆっくりと言葉を紡いだ。
「知っているんじゃないか? しおりがその力を振るった事を」
大島明海と双葉葵は押し黙る他無かった。何故ならそれは事実だから。
「だけど、【神無月の血】と戦車乗りの才能は等しく得られるとは成らない。お母様はしおりの【血の濃さ】に気づいていた。そして私も。私の上の姉二人は全く気付かず、私の双子の妹は一切興味を示さなかった。彼女らはしおりを【ただの一人の戦車乗り】としか見てなかった。
彼女らには【神無月の血】が受け継がれなかったんだ。だからしおりの【血の濃さ】の恐ろしさに気が付けなかった。あの子がひと度本気で【神無月の血】の力を振るったら……それはもう恐ろしい事になるだろうね……」
神無月かおりが語り終えた話に、二人はただただ沈黙を守るしか無かった。
「…ひとつ、質問」
その沈黙を破るかの様に、双葉葵が手を挙げた。
「しおりちゃん、【落ちこぼれ】って言われてるけど、ウチらの事、此処まで率いてくれたよ」
双葉葵のその言葉に神無月かおりは、悲しげに溜息を零した。
「それはだね…彼女が負け続けたお陰さ。沢山の【負けた】と言うデータを蓄積に蓄積して、頭の中で何度となくシミュレートを繰り返して、漸く辿り着いた訳だ。【勝つ方法】をね。だけどもそれはしおりにとって、良い出来事じゃ無かった。【勝つ事を強要された】からに他ならない。あの子にとってはとても不愉快だったろうね…何故勝つ事ばかりを求めるのか。って…」
「そうだよ! なんでそんなに勝つ事に拘るのよ!」
大島明海が問い、神無月かおりが淡々と答えた。
「種として、家として生き残る為さ。常在戦場。大胆不敵。見敵必殺。全てはお家断絶を防ぐ為。西住流や島田流程の知名度も無い。その力が及ぶのは精々が学園艦一つにその流派を根付かせる程度。門下生もその学園艦に在籍する少女と、僅かなOGだけ。相手を徹底的に叩き潰すのも、神無月の名前を知らしめる為に他ならない…尤も、怒りを買う事も多いがね…」
「そうだよ! それでしおりん、ビンタされたんだから!」
明海は憤慨した。メロヴィング女学校との試合の後、過去に起きた遺恨によって相手側の少女に神無月しおりが叩かれた記憶は今でも鮮明に記憶に残っている。
「その為にも、うちの家の者は護身術を叩きこまれている。見た事があるんじゃないか? 普段はおどおどしているしおりが、時々鋭い目つきになって体術を振るうのを。拳銃の早撃ちをして見せるのを」
双葉葵と大島明海は、押し黙る他無かった。全ては事実だから。もう何度、こうやって事実を突き付けられて黙る他無いのだろう。
「…恐らくだが…しおりが受けたビンタに反応出来なかったのは、良い意味で体が忘れていたのだろう。戦車道から離れている間に、自分の身を守らなくても良いんだと、ね」
「そんなのって、無いよ…」
大島明海が、悲し気に呟いた。つまり、戦車道を再開した事で、また神無月家の教えを取り戻していった…? そんなのは、決して女の子らしく無い。まるでスイッチを入れられた兵器(マシーン)だ…。
「…家の為に…生き残る為に…ただ戦う為だけの殺戮マシンを作り続ける…なぁ神無月かおり、あんたら、頭おかしいんと違う?」
語気を荒くして、双葉葵は言った。一人の幼気な少女を、文字通りの戦車破壊マシーンとして作り上げるそんな家訓に対して。そんな家族関係に対して。
「…それこそ戦車道を…いや、戦車に乗った時からの我が一族の生き様さ…悲しい事にね。戦場から生きて帰る為に、血眼になって神無月の始祖は戦った。それ故か、私達の瞳は血の様に、ルビーの様に赤い。正に『血眼』って訳だ」
パンッ、と物を叩く音が響いた。今度は双葉葵が、神無月かおりを叩いた。
「冗談を言っとる場合か!? しおりちゃんの体が一大事やって言うのに!」
「…流石にこんなにぶたれたのは人生で初めてだよ」
「なんなら殴ろうか? あぁ?」
双葉葵の怒りに満ち満ちた言葉に神無月かおりは勘弁してくれ。と言った。そんなやり取りをしている間にも、時計の針は、ゆっくりと、だが然し正確に時を刻んでいった。
…一週間と半分が経った頃だろうか。神無月しおりは、播磨女学園の学園艦の病院に移送された。
大島明海、双葉葵、そして八島七瀬が神無月しおりの元へ、面会に来た。
ベッドに寝そべる少女の姿は、痛ましかった。生体義足の取り付けられた左足は、同じく生体義手を取り付けられた腕と同じく、不自然に肌が白かった。
神無月しおりが、ゆっくりと顔を動かして大島明海達、面会者の方を見た。覇気も気力も無く。
「しおりん、大丈夫?」
大島明海の言葉に、神無月しおりは無言でぽろぽろと涙を零した。
「しおりお嬢様…!?」
突然の光景に八島七瀬は酷く驚いた。殆ど無表情で、ぽろぽろと大粒の涙を零す、少女の姿を見て。
「…私…わたし、勝った、よ…? 試合、勝ったよ…? 勝ったのに…なんで、おしおき、されなきゃいけないの…? わからない…わからないよ…どうして…? わたし、悪い事、したの…?」
茫然自失と言わんばかりの死んだ目で、少女はポツポツと言葉を紡ぐ。その様子に耐え切れず、大島明海は神無月しおりを抱きしめた。
「…やだ…やだよ…勝ったのに…おしおきなんて…痛いの、やだよ…勝ったのに、おしおき、されるなんて…戦車に、乗りたくない…」
「しおりん…」
その場に居た誰もが、言葉が掛けられずにいた。
「…でも」
少女はぽつりと、言葉を発する。
「私、は…私、から…戦車を、取ったら、何が、残るの…? 戦車しか、取り柄、無いのに…」
「そんな事ない! しおりんは、普通の女の子になれるんだよ!」
大島明海は咄嗟にそう叫ぶ。神無月しおりは、普通の女の子だと反論する為に。だが…
「…普通って…なに…? わからない、わからないよ、明海さん…」
「今まで、いっぱいしてきたじゃない! 皆と、友達とご飯食べに行ったり、遊んだり、買い物したり! それが普通なんだよ!?」
「…わからないよ…だって…私は…戦車にずっと、乗るのが…日常だったから…それが、私にとっての…普通だったから…」
少女の痛々しい言葉に、大島明海は言葉を紡ぐ。
「…辛いなら、もう戦車に…」
乗らなくて良いよ、と言おうとした時だった。
「…私、乗るよ、戦車」
その場に居た三人はぎょっとした。
「…だって…だって…私には、戦車しか、無いんだもの…戦車を通じてしか、友達が、出来ないんだもの」
そう言う彼女の目尻からは、血の涙がぽろぽろと零れていた。黒く濁ったガーネットの様な色をしていた左目の義眼が、見る見る内に鮮やかなルビーの色へと戻っていく。
なんたる皮肉。まさしく、あのルビーの様な鮮やかな赤色は、【血眼】だったのだ。
「私はきっと…死ぬまで…戦車から…離れられない…だろうから…」
しおりはとてもとても悲しい言葉を発しながら笑った。あはは…あはは…と少女の虚ろな笑い声が、白い病室に僅かに響いた。
夏の季節。少女は再び多くの血を流した。
登場戦車一覧
甲斐女学園所有車両
・ティーガー重戦車中期型
伝説の重戦車と名高いティーガーである。
劇中に登場した、神無月かおりが搭乗するティーガー中期型は
エンジン、足回り、駆動系、と言ったバランスの良い改良が為されている他、砲弾発射火薬のマグナム化と10口径ばかりの砲身延長が為されている。
・ガスタービンパンター戦車
よりコンパクトで高出力かつ、どんなに質が悪い燃料でも動かす事が出来るガスタービンエンジンを開発、搭載する計画が為されて試作されたエンジン並びにそのエンジンを搭載予定であったパンター戦車である。
幾つかのプランとガスタービンエンジンが試作され、納入予定だった物のドイツ第三帝国の戦局の悪化、敗戦により芽吹く事なく終わった
・駆逐戦車オリオール
下記にして記載
『架空戦車コラム』
Schnell Jagdpanzer SchK II AUREOLE
高速駆逐戦車 オリオール
スペック
全長9.6m
全幅2.9m
全高1.7m
重量37t
武装88mm PaK 43 L100
装甲厚
車体
前面200mm/68°
前面下部80mm/-55°
側面30mm/40°
側面下部25mm/0°
後面25mm/40°
後面下部30mm/-60°
Schnell Jagdpanzer SchK II AUREOLE・高速駆逐戦車 オリオールとはドイツ陸軍が開発した駆逐戦車の1つである。設計手はマリカ・ゼイシュナー博士。名前から察する通り女性の戦車設計技師である。
彼女の設計は奇抜その物であった。開発は難航したが1943年には少数の量産計画が取られた。
当車両の大きな特徴は3つ。
一つ、全面装甲200mmを有する恐ろしく平べったい車体。
二つ、異常なまでに長い砲身を持つ強力な88mm戦車砲。
三つ、第二次世界大戦中でも稀なガスタービンエンジンを搭載。
それぞれをゆっくりと説明していこう
・車体について。
正面装甲は68°と言う強い傾斜角を持ち、装甲厚200mmと相成り実質の装甲は500mmにも相当する凄まじい堅牢さを誇っている。然しそれに反して側面装甲は30~25mmと非常に頼りない。
車体重量の低減を目的とした物であるのか、駆逐戦車と言う敵戦車と正面から殴り合う状況を想定した設計だからか。真実の程は定かでは無い。
また件の強靭な前面装甲による重量配分の悪さが圧倒的にフロントヘビーである事から、第一転輪から第三転輪にかけてのサスペンションの機械的疲労が多かったと言う。
そしてその恐ろしく平べったい車体からして搭乗員からの居住性の評判は悪く、また同時に火砲についても問題を生じさせた。その事は次項で述べよう。
・火砲について。
武装は88mm PaK 43 L100と言う、キングティーガーと同等の砲弾を100口径の砲身から放つと言う途方にも無い代物であった。一説にはキングティーガーよりも高初速なのでは無いかとも言われている。
しかし、大型の火砲と砲弾はただでさえ狭い駆逐戦車オリオールの車内空間を圧迫した。
100口径の砲身に開発が難航したのか、初期型は75mm短砲身戦車砲を与えられたが、1943年当時に75mm短砲身戦車砲の火力では既に心もとなく、当戦車を配備された戦車兵からは酷いブーイングが巻き起こったと言う噂がある。
この75mm短砲身戦車砲の時点で、砲弾と発射装置で圧迫された酷く狭苦しい車内が、大型の88mm戦車砲に取って変わった事で居住性は更に悪化。背の高い戦車兵では身動きを取るのも難しかったと言う。
その為か、設計者のマリカ博士は政府高官に頼み込み女性で構成された戦車クルーを用意した程である。しかしそれでも尚車内空間は狭く、操縦が難しい事から文句を零した女性の戦車クルーに向かってマリカ博士は堂々と
「狭いのならば足を切ればいい。切った足は私の戦車が変わりになる」と豪語したと言う。
幸いな事に公式記録では一人も足を切断した女性戦車クルーは居なかったそうだ。
・主機のガスタービンエンジンについて。
ジェットエンジンの開発さえも満了しきっていないと言うのに関わらず大出力のガスタービンエンジンを開発しろとのお達しはエンジン開発メーカーに多いな驚きを与えた事であろう。
研究開発にはメッサーシュミットMe262のジェットエンジン開発に貢献したユンカース社の他、排気タービンの研究や船舶の蒸気タービンエンジンの開発等に関わった数社による共同開発が為された。
タービンシャフトの異常加熱やタービンブレードの耐久性、高熱に晒されるボールベアリングの潤滑の問題等、様々な技術的難関が露呈した物の、一応の完成を見る。
当車両は小型のガスタービンエンジンをエンジンルームに二基並列に搭載し、排気炎は車体後部から排出し、コンバータを介して動力を一極化させて車体前方のギアボックスへと動力を送り届けている。
同時に当車両専用と言ってもいい、ガスタービンの大出力に耐えうるこのギアボックス関係の開発にも苦労が伺えた。
狭い車内スペースに割り当てられるギアボックスのサイズは決して小さな物ではなく、同時に最大出力を発揮した際の最高時速60km超と言う恐ろしい速力を弾き出すには強力で頑丈なギアボックスが必要となるのであった。
結果として、中型戦車程の重量でありながら当車量のギアボックスの大きさ、並びに重量は重戦車並みの構造強度を有する事になった。このギアボックスがまたしても車内空間を圧迫し、戦車兵からの不平不満を買うのであった。
駄々を捏ねる硝子の心臓のガスタービンエンジンに不良は始まり、急加速と急制動でサスペンションとブレーキは安易に破壊され、あまりの高速運転に履帯は易々と千切れ飛散し
駆動系は少しでも扱いを間違えれば粉々に砕け散る有様であった。お陰でオリオール専門の整備中隊が組まれる程であり、部隊からはじゃじゃ馬、壊れ物、役立たず、の悪評の三拍子が揃った厄介な代物だったのである。
機関部並びに駆動系の改良が進み、長砲身88mm戦車砲の配備が始まった事で駆逐戦車オリオールの活躍はその強さを見せつけ始めたが時既に遅し。
大戦末期には部品供給も禄に得る事が出来ず、分解整備の間隔の短いガスタービンエンジンを利用し続ける事は容易い事では無く、末期ドイツ第三帝国の生き残った戦車の末路とほぼ同じ最期を遂げた。
(※当文章は非実在の車両オリオールを実在の戦車の様に扱った筆者の空想である)